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2008-10-30

うすらバカを目立たせるのがはてなのブコメ

ぼくは頭の良い人が好きだ。その一方でバカも好きだ。嫌いじゃない。だけど嫌いなのはうすらバカだ。これは本当に心の底から嫌いだ。

はてなにはバカが一番多い。これは確かなことで、誰にも否定しようがないだろう。次に、少数ながら頭の良い人もいる。これは時々本当に感心させられる。強いインスパイアを受ける。そして割合としては一番少ないのだが、一握りのうすらバカがいる。これにはうんざりさせられる。彼らは徹頭徹尾役立たずで、存在価値はプラスでもマイナスでもなくぴったりゼロである。毒にも薬にもならないとはこのことで、煮ても焼いても食えないから本当に始末が悪い。

そしてはてなブックマークは、バカを可視化させると同時に、頭の良い人を目立たせないというシステムがある。そこまでは良い。そこまでは現実の世界をそっくりそのまま写し取ったようなものでもあるからだ。しかしはての一番質が悪いところは、数としては一番少ないはずのうすらバカを目立たせる機能を備えているということだ。

はてなは、うすらバカが跳梁跋扈するような空間を発生させやすい独特の雰囲気があるのだ。例えばこのエントリーのブックマークページがおそらくそういう空間になるだろう。このエントリーは、バカには何を言っているか分からないから、おそらく何もコメントしようがない。一方で頭の良い人には言わずもがなのことを言っているので、やっぱりコメントする気が起きないだろう。しかしうすらバカは、このエントリーの意味するところが分からないくせに、自分は頭が良いと勘違いしているから勝手に理解した気になって、その誤解に基づいた毒にも薬にもならないうすらバカなコメントを恥ずかしげもなく書き残していくのだ。

しかしながら、そうしてうすらバカしかコメントをつけないからこそ、また目立つのである。塵も積もれば山となるで、うすらバカも寄り集まるとそれなりのボリュームになる。そしてはてなはうすらバカが寄り集まりやすいから、結果的に目立ってしまうのである。

ぼくは、このエントリーにコメントをつけるようなうすらバカが現れたら、もう少し彼らのことを観察したいと思う。彼らはなぜこの世に生まれ、なぜ存在するのか? 目的は何か? 彼らはどこから来て、どこへ行こうとしているのか? そもそも、うすらバカとは一体何なのか?


このエントリーは、そうしたうすらバカに対するぼくの観察宣言である。


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大恐慌の今だからこそ「ゴッドファーザー」を読むべきだ

というエントリーを読んで、今はなんでも1929年以来の大恐慌らしいということを知った。そこで、その時代を舞台としているぼくの好きな小説「ゴッドファーザー」をあらためて読み返してみた。この中に、そうした状況を生き抜くための何か良い智恵はないかと思ったのだ。すると、これがなかなか止まらなかった。その流れるような叙述に引き込まれ、ついつい最後まで読み通してしまった。そうして、必ずしも直接的に役立つわけではないが、なにかヒントになるかも知れないと思うような記述は見つけることができた。そこで、それを下に引用してみたのだけれど、これもやっぱりなかなか止まらなかった。まるで写経でもしているかのように、写し取る作業が楽しくてたまらなかったのだ。


小説「ゴッドファーザー」の上巻(ハヤカワ文庫版)にはこうある。

 大恐慌のおかげで、ヴィトー・コルレオーネの帝国はさらに強大なものとなった。彼がドン・コルレオーネと呼ばれるようになったのも、まさにこの頃からであった。当時は、まっとうな職にありつけないまっとうな人間が街じゅうにあふれていた。誇り高き人々も、生活のためには膝を折り、無礼きわまりない役人どもの慈悲にすがらなければならなかった。だが、ドン・コルレオーネの部下たちは、頭を高くかかげ、硬貨や紙幣でポケットをいっぱいにしながら表を闊歩していた。とにかく失業の恐れがまったくなかったのだ。これには、驕ることを知らぬドン・コルレオーネも、さすがにまんざらでもない顔をしてみせたものだった。彼は自分の世界とそこで働く人々の世話を怠らなかった。彼を頼り、彼のために額に汗して働き、自己の自由と生命を賭けて尽くしてくれる人々を、彼は決して失望させはしなかった。運悪く警察につかまり、刑務所送りになった部下がいても、その不運な男の家族には生活費が支給された。しかもそれはしみったれたものではなく、その男が自由の身の時に稼いでいたものと同じ額が支給されたのだった。

 しかしむろんこれは、純粋な意味でのキリスト教的慈悲の精神とは異なっていた。ドン・コルレオーネを聖者と呼ぶような友人は一人もいなかった。この寛大さの中に、いくばくかの利己主義が潜んでいることは否めない事実だったのだ。刑務所送りになった部下たちは、自分が口さえ閉じていれば、妻や子供たちの生活にはなんの不安もないということを心得ていた。警察に口を割りさえしなければ、釈放されたあかつきには、温かい歓迎が彼を待ち受けている、自宅ではパーティが催され、最上の食物、手作りのラビオーリ、ワイン、パイなどがテーブルを賑わし、友人や親戚がみんな集まって彼の釈放を喜んでくれることだろう。そして時には、コンシリオーリのジェンコ・アッバンダンドが、ひょっとしたらドン自身さえもが、夜の闇にまぎれてひょっこり彼の家に立ち寄り、その忠誠心をたたえてぶどう酒で乾杯し、日常の仕事にもどる前に家族ともども一、二週間の休暇を過ごせるよう、ぽんと大金をプレゼントしてくれるだろう。これがドン・コルレオーネの無限の思いやりであり理解なのだった。

 彼よりも大きな支配権を持ち、そして常に彼の行く手に立ちはだかる多くの敵よりも、自分の方がはるかに自己の世界の運営に長じているとドンが気づいたのは、ちょうどこの頃であった。この思いが、ひっきりなしに彼の助けを求めにくる近隣の貧しい人々によって、いよいよ確固たるものになっていった。彼らは、生活の保護を受けるために、息子たちに職を見つけたりあるいは刑務所から出してもらうために、どうしても必要な少額の金を借りるために、さらには、失職中の十人から無理矢理家賃を取り立てようとする家主に話をつけてもらうために、引きも切らずドンのもとを訪れてくるのだった。

 ドン・ヴィトー・コルレオーネは、こういった人々への助力を惜しまなかった。そればかりではない、彼は自分の施しから苦い棘を取り除こうと、善意と励ましの言葉と共に彼らを援助してやるのだった。それゆえ、このようなイタリア人が、州議会や市議会、国会などに自分たちの代表を選ぶ際、考えあぐねて友人のドン・コルレオーネに、彼らのゴッド・ファーザーに意見を求めにくるのは、当然の成り行きであったといえるだろう。その結果、彼の政界に対する発言力が増し、彼は現職の政党の幹部から相談を受けるほどになった。そして彼は、政治家に必要な先見の明によって、この発言力をますます強固なものにしていった。つまり貧しいイタリア人の家庭から能力のある息子には学資を出して大学に行かせてやり、彼らはやがて、弁護士や地方検事補、さらには裁判官となって実を結んだのだ。彼は国家の偉大な指導者が持つすべての洞察力を働かせ、自らの帝国の将来を設計していたのだった。


ぼくが小説「ゴッドファーザー」と出会ったのは偶然だった。もうずいぶん前、新宿で待ち合わせをしていた時にたまたま早く着いたので一人で本屋さんに行き本を立ち読みしていたら、偶然この本が目に止まり読み始めたら止まらなくなり思わず買ってしまったのである。ぼくは、それまでにゴッドファーザーの映画は見ていたけれど、小説は読んだことがなく、また名作映画の原作には面白いものはないという偏見も持っていたので、あえて読もうとも考えていなかったのだ。

しかしこの本はぼくに多くのことを教えてくれた。特にその頃はまだドラッカーもマネジメントという言葉も知らなかったけれど、概念としてのマネジメントを初めて意識させられたのは他ならぬこの本を読んだ時であった。

その他にもこの「ゴッドファーザー」には、恋愛のことやハリウッドのこと、小説のことや家族のこと、経済や経営のこと、社会や思想や差別のこと、裏切りのことや人を殺すこと、その他本当にたくさんのことが書かれていて、まさに全体小説と呼ぶに相応しいスケールの大きな作品である。この小説を初めて読んだ頃から、ぼくの海外小説への傾倒は決定的なものとなった。それに伴って、ぼくの書く文章というのも日本の小説の影響はほとんどなくなって、代わりに数多く読み込むようになった海外小説の、その翻訳文の強い影響を受けるようになったのだった。


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