2008-11-04
生きるための水を飲むように嘘をつくハックルベリー・フィン
小説「ハックルベリー・フィン」の主人公、ハックの際立った個性の一つに「嘘をつくこと」というのがある。それも特徴的なのは、まるで「生きるための水を飲む」ように嘘をつくことだ。
「ハックルベリー・フィンの冒険」の登場人物は、ほぼ全員が嘘をつく。ここにはありとあらゆる嘘つきが揃っていて、いわば嘘つきの見本市の様相を呈している。
中でもハックの嘘のつき方は際立っている。彼は、他とは違っていつも全くなんの構えもなしに嘘をつく。剣豪で言うなら殺気がない。露ほどの殺気も感じさせないまま、真正面からいきなりバッサリと袈裟懸けに嘘をつくのだ。
その他の登場人物は、嘘をつく時には嘘をつく時なりの独特の雰囲気を漂わせる。この小説には、嘘をつくことをまさに職業とする詐欺師が登場するのだけれど、そうしたプロにおいても、その嘘には嘘ならではの独特の胡散臭さがつきまとう。
しかしハックにおいては、そうした気配が微塵も感じられない。正直に生きることを心の底から諦めているハックには、逡巡が全くないのだ。おかげでハックの嘘は誰にも見破られない。それは嘘つきのプロたる詐欺師においてもそうだし、ハック同様の大嘘つきで、無二の親友のトムにおいてもそうだ。だから、特権的な立場にいる読者以外には、誰もハックの心のうちを見透かすことができないのだ。
そして、それが面白い。そこにはどこかマジック・リアリズム的な価値の転倒と言うか、不可思議な雰囲気が醸成されている。ハックのその水を飲むような嘘のつき方をくり返し見ていると、まるでハックのついている嘘の方が真実で、それ以外の方が嘘っぽく、偽物くさく感じられるようになるのだ。
ハックのよくつく嘘の一つに「でたらめな名前を騙る」というのがある。例えば物語中盤で筏が遭難した時、陸に上がって助けを求め彷徨い歩いていたハックは、たまたま通りかかった家の犬に取り囲まれ、吠え立てられてしまう。それに気づいたその家の住人に誰かと問い質されると、こんなふうに答えるのだ。
「お前たち、吠えるのを止めろ! そこにいるのはだれか?」
僕は言った。
「僕です」
「僕とはだれだ?」
「ジョージ・ジャクソンです」
ここで注目すべきは、三行目の「僕です」という返答だろう。初めにこう答えることで、相手の出方を窺っているのである。またこうすることで時間を稼ぎ、騙るべき名前を考えてもいるのだ。だから、そこであらためて「僕とは誰だ?」と聞かれると、極めてスムーズに「ジョージ・ジャクソンです」と答えることができた。これでもう、誰もそれを嘘だと疑う者はいなくなるのだ。
ところで、この嘘には面白い落ちがつく。結局その家に泊めてもらうことになったハックは、一晩ぐっすりと眠ったらせっかくついたその嘘の名前をすっかり忘れてしまっていた。そこで仕方なく、一計を案じてその家の子供であるバックにこんなふうに尋ねるのだ。
「君、字が綴れるかい、バック?」
「綴れるとも」
「僕の名前はきっと綴れないよ」
「綴れるにきまってるさ」
「よしきた。やってごらん」
「G-e-o-r-g-e・J-a-x-o-n―そら、どうだ」
と、バックが言った。
「やあ、できたね、まさかできるとは思わなかったよ。なかなか容易に綴れる名前じゃないんだ――習わないですぐなんかね」
ここに登場するバックは、少しエキセントリックなところはあるものの、心優しくまたとても気の良い少年で、ハックは本当に好きになる。けれども、このバックにはこの後、悲しくも残酷な運命が待ち受けているのだが、それについてはぜひとも小説を読んでほしい。
ところで、この小説の後半には、これと同じようなシチュエーションで、やっぱり岸に上がったハックが助けを求めて彷徨い歩くというシーンが出てくる。するとそこには、ハックのこんなモノローグが差し挟まる。
僕は別にどうという計画もたてずに、ずんずん進んで行った。いざというときには神が適当な文句を言わせてくれると信じていたからで、なるがままにしておけば、必ず神が適当な文句を言わせてくれることを知っているためだ。
つまりハックは、ほとんど神の思し召しのままに、何も考えることなく、計画を立てることもなく、そうした嘘をついていたのだ。まさに「生きるための水を飲む」ような嘘だ。彼はアドリブで嘘をつき、思いつくままに名前を騙る。それは彼の純粋な感性の発露であり、混じりっ気ない魂の声なのだ。
そんなハックは、この後こんな嘘をつくことになる。
白人の女は顔じゅうに微笑をたたえ、立ってることもできないほどだった――そしてこう言った。
「あんただったのね、とうとう!――ねえ?」
僕は思わず、「はい、奥さん」と、言ってしまった。
ここに出てくる「奥さん」とは、たまたま行き着いた家で出会った白人女性のことだ。この奥さんは、出会うなり「顔じゅうに微笑をたたえ」、ハックのことを他の誰かと勘違いするのである。
するとハックも、それを瞬時に見て取り思わず「はい、奥さん」と答える。つまりこれが、神が言わせてくれた「適当な文句」だというわけだ。
ところがこの後、このハックの言った「はい、奥さん」という嘘が、本当に神が言わせてくれた適当な文句だというのが明らかになる。それはもう、誰が読んでも分かるくらい、あまりにもハッキリと露わになる。
そうしてそれは、凄まじい衝撃となって読者を襲う。その瞬間が、この小説最大のクライマックスともなっており、これまで数多の読者を虜にしてきた。
またその衝撃をして、この作品は世界文学の中でも特別な地位を占めるようになった。この嘘の正体が明らかになった瞬間、ぼくは後頭部を殴られた衝撃を感じ、クラクラとした目眩を覚えたほどだ。
そんな、あまりにも衝撃的なこのシーンについても、できれば実際に小説を読んで確かめてもらえたら幸いだ。
