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ハックルベリーに会いに行く このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-01-27

電車で席を譲る時どうするか?

電車で席を譲るのは難しい。ぼくはお年寄りにはよっぽどでない限り譲らない。失礼に思われるとイヤだからだ。

怪我人や妊婦なら譲る。これは考えるまでもなく譲れるので楽だ。

ただ、その譲り方が問題だ。ぼくは昔、照れくささもあったのだが、譲る時は必ず「次の駅で降りるので」と言っていた。その方が、相手も気楽だろうと思ったのだ。そして、本当は降りる駅じゃないのに、わざわざ次の駅で降りたりしていた。そうして気付かれないように離れた車両までダッシュして、乗り直したりしていたのだ。

その方が、親切だと思っていた。それがやさしさだと思っていた。


しかし最近、ふと考えるようになった。相手はむしろ、感謝したい気持ちがあるんじゃないか? たまたま次の駅で降りる人に譲ってもらうよりも、すぐには降りない人にわざわざ譲ってもらった方が、ありがたみが増すんじゃないか? その方が、心温まるんじゃないだろうか。相手に感謝をさせた方が、親切なんじゃないだろうか? その感謝を受け止めるのが、本当のやさしさではないだろうか?


そこでぼくは、その考えを実践してみた。

先日、渋谷から銀座線に乗ったところ、表参道で妊婦が乗ってきた。その時、車内はそれなりに混んでいた。そして彼女は、ぼくの目の前に立った。


そこでぼくは、彼女に席を譲った。「ここどうぞ」と言いながら、立ち上がったのだ。

すると彼女は、ちょっと驚いたように目を見開くと、すぐに「ありがとうございます」と頭を下げた。それから、ぼくとすれ違う時に「すみません」と言って再び頭を下げ、席に座ってから三度「ありがとうございます」と頭を下げた。


彼女が席に座ると、ぼくは彼女のもともと立っていた場所に立った。つまり彼女の真正面に立ったのだ。そこでぼくは、仁王立ちなった。仁王立ちになって、真っ直ぐ窓の外の暗がりを見ていた。

そうしながら、時々座席の妊婦の様子を見るともなしに見ていた。すると彼女は、こちらの様子をちらちら伺っているようだった。一度目が合ったのだが、その時にまた、軽く会釈された。


そうして彼女は銀座駅で降りていった。席を立ち上がる時、彼女はまた、ぼくの目を真っ直ぐに見て「ありがとうございました」と言い、それから降り際にもう一度会釈した。彼女は結局計6回、ぼくに頭を下げたことになる。


そんな彼女の態度からは、心から感謝している様子が伺われた。このコンクリートジャンルの東京砂漠で、思わぬ人のやさしさに触れた……そんな感慨を抱いているようだった。

彼女は、人に感謝することの温もりと喜びを、十二分に味わったに違いない。6回の会釈が、それを表していた。


しかし、ぼくの心にはふとした疑問が沸き上がってきた。

「本当に、これで良かったのだろうか?」

ぼくは、確かに良いことをした。そして彼女に、他人に感謝する機会を与えもした。

しかしそれが、本当に彼女のためになったのだろうか? 彼女への親切になったのだろうか? やさしさになったのだろうか?


それがぼくには、分からなかった。そしてそのことの答は、まだ出ていない。何が本当のやさしさなのか、ぼくの中では、まだ考え中なのである。

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