2009-03-13
新海誠は女の子に喜ばれない
ぼくの知り合いにアニメ好きの女の子がいて、この子の誕生日に何かプレゼントを贈ろうとなった時、それならぼくの好きな新海誠の「秒速5センチメートル」のDVDをと考えた。聞いたところ、それはまだ見たことがないということだったからだ。
ぼくはアニメにはちっとも詳しくないのだが、新海誠の「秒速5センチメートル」が好きだ。特にその背景が素晴らしい。新海誠の描く景色は、ぼくにぼくの子供の頃住んでいた場所を強く想起させる。きっと彼は、子供の時にぼくの見ていたものを見たのではないか?――と、そんなふうにさえ錯覚させられるほど、それはぼくのノスタルジーを強く刺激する。既視感を強く惹起させられるのだ。
それで贈ったのだけれど、これはどうやらあまり喜ばれなかったらしい。感想を聞いてもぼんやりした答えしか返ってこなかった。何でも彼女は彼女の兄と一緒にそれを見たのだそうだが、兄の方が夢中になっていたということだった。
それでぼくはアッと思い至った。これは勘なのだが、きっと新海誠は女の子にはあまり喜ばれないのだ。ここには何か男性にしか感得し得ないものがあって、それは女の子には届くことがない。それが例え、アニメ好きの女の子だとしても……いや、アニメ好きの女の子には特に、かも知れない。
これはアニメに詳しいid:y_arimさんなどにも聞きたいのだが、なぜ新海誠は女の子に喜ばれないのだろうか? あるいはアニメ好きの女性の方で、にも関わらず新海誠や「秒速5センチメートル」が苦手(もしくは嫌い)という人がいたらぜひともその理由を教えてほしい。
ちなみに彼女の好きなアニメは「もやしもん」だということだった。
http://www.youtube.com/watch?v=aAUi1NuOnJ0&feature=related
- 「もやしもん」
http://www.youtube.com/watch?v=RSRUf-uRqNw
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桑田真澄選手の思い出
ぼくは子供の頃高校野球の大ファンだった。高校野球がぼくの人生のかなりの部分を占めていて、毎年夏が来ると否応なく胸を高鳴らせたものだった。
そんなぼくの思いと呼応するように、甲子園大会も毎年、素晴らしい戦いをくり広げていた。素晴らしいドラマを紡ぎ出し、素晴らしいヒーローを生み出しいていた。
そんなぼくにとっての最大のヒーローは桑田真澄だ。1983年の夏、ぼくと友人のSくんは、地元の茨城から青春18きっぷを使って、鈍行を乗り継いで大阪へと乗り込んだ。そこで、生まれて初めて甲子園大会を生で見るためである。
お目当ては池田高校だった。準々決勝の前日、朝の6時に荒川沖駅から電車に乗り込んだぼくらは、東京から東海道線を乗り継いで、夜の7時くらいに約13時間をかけて大阪へと到着した。
そこからぼくらは、梅田の地下街で一番安い素うどんだけの夕食を済ませると、真っ直ぐ甲子園球場へと向かった。そこで野宿するためである。球場には、既に明日の試合のチケットを買い求める客たちの列ができていた。その列に並んで、一夜を明かしたのである。それが、ぼくにとっては生まれて初めての(そして今のところは唯一の)野宿であった。
次の日、中京商業との息詰まる熱戦を、池田高校側の内野席で観戦したぼくらは、その勝利に酔いしれた。次の対戦相手はPL学園に決まった。エースと4番がともに1年生で注目を集めていたが、準々決勝では件のエースが打ち込まれ、薄氷を踏む勝利であった。池田の勝利はまず間違いないように思われた。むしろ問題は、その先の決勝戦にあった。
そこでぼくらは、鈍行の旅と野宿と炎天下の観戦とで疲れ果てていたため、その晩だけ安い宿に泊まった。昼の3時頃に宿屋に入ったぼくらは、昼寝のつもりで少し横になった。すると、いつの間にか深い眠りに落ちていたらしい。再び目を覚ました時は、すでに朝の7時だった。16時間もぶっ通しで寝たのだ。そんなことも、ぼくにとっては生まれて初めての(そしてこれまで唯一の)体験だった。
朝食と支度を済ませ宿を出て、甲子園に着いた時にはもう10時近くになっていた。これでは、内野スタンドは残念ながらもう埋まってしまっていた。そこでぼくらは、仕方なくレフトスタンドの、それも中段になんとか席を見つけた。ダイヤモンドまではとても遠かったが、しかしあまり気にしていなかった。問題は明日の決勝戦にあったからだ。今日は、池田の勝利だけ確かめられたら良い。そんな腹づもりだった。
ところが、そこでぼくらは歴史的なできごとを目撃することになる。それは2回の裏だった。打席に入ったPL学園の1年生エースが、池田高校のエースで、後にプロ入りすることになる水野投手からレフトにホームランを叩き込んだのだ。それも、スタンドの中段、ぼくらが陣取っていた席のほんの数メートル前にまで達するとても大きなホームランだった。
それが、ぼくが桑田真澄というヒーローと出会った瞬間だった。
それはまさに衝撃だった。ぼくは、水野投手からホームランを打てるようなバッターがいたというのもさることながら、その飛距離の大きさに何より驚かされた。しかもそれは1年生で、年齢でいえば15歳になったばかりなのだ!
結局、そのホームランが実に効いて、投げては池田高校をシャットアウトするこれまた信じられないことを演じてみせた1年生エースの投打に渡る活躍で、PL学園は決勝戦に進出する。それは、池田高校の史上初めてとなる夏春夏の3連覇の夢が断たれた瞬間でもあった。
そこでぼくらは、後にぼくら双方にとって最大のヒーロー(Sくんは生まれついてのジャイアンツファンだった)となる人物との出会いを果たしたとはいえ、贔屓にしていた池田高校のあまりにも無惨な敗戦を目の当たりにさせられ、その落胆からついに立ち直ることができなかった。結局、とぼとぼと梅田駅まで戻ってきたぼくらは、その日のうちに大阪を後にした。途中の駅(確か米原だったか)で夜を明かし、家に着いたのは翌日の昼頃だった。
そこから、KKコンビの伝説の幕開けとなる横浜商業との決勝戦が始まったのだけれど、その試合も、ぼくらは結局見られなかった。家に着いた瞬間、再び気絶するような深い眠りに落ちたからだ。
この映像のどこかに、ぼくとSくんは写っているはずだ。
http://www.youtube.com/watch?v=owzBuFO_FHM


