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2009-07-23

非常に危険な領域

はてなの全スタッフは次に引くエントリーとそのエントリーページを見ると良い。ここで行われているのは文字通り「いじめ」だ。それ以上でもそれ以下でもない、正真正銘の「いじめ」である。

株式会社はてなインターネットに生み出した空間で――id:jkondoがビジョンし、id:naoyaがコンストラクトし、id:kawasakiがプロモートしてきたインターネット上のコミュニティにおいて、今まさに「いじめ」が行われているのだ。そして、はてなにはそれについての責任がある。なぜなら、はてなダイアリーあるいははてなブックマークは、いじめを助長しやすい設計になっているからだ。


はてなダイアリーユーザーであるid:usukeimadaは、2009年の7月20日、上記のエントリーを上げた。その中に、こんな一節があった。文脈も大切なので、少し長めに引用する。

連休の初日に伯父の家族がやってきた。伯父には三人の子ども、つまり僕のいとこが三人いるのだがその真ん中、今年14歳になる女の子がおもしろい。毎回会う度に、よくいえばオシャレな女の子に、悪く言えばケバイギャルに変容していくのだ。その変化は普段会わない僕には顕著に見える。最初はさりげない細部に変化の兆候があったのだが、このところはもう開き直ったか、僕に会うときだろうとお構いなしにその変化の度合いを見せつけてくる。

思い返せば僕の中学時代も、この年頃の成長というのは、まだ女子の方がその速度において男子を圧倒していた。夏休みの登校日や新学期の初日、一学期には黒々としたロングヘアーをなびかせていた清純そうなあの娘が、当時の僕ら男子には想像の付かない「一夏の経験」を経て、趣味の悪い金髪になっていたり。とにかくいろいろあるものなのである、14歳というお年頃。考えてみれば14とは中二であり、文字通り男子が中二病を患っていたそのころ、そんなしょーもない病に気にもとめず同年代の女の子はどんどんいろいろな成熟をとげていたというわけだ。

閑話休題。案の定、一昨日も彼女は前回から一段と「オシャレ」になっていたのである。それでついつい、僕が言ってしまったのだ。彼女の淡くそまった茶髪の髪を横目に「自分の女の価値に気づきやがって」、と。下ネタへの耐性などまるでないアットホームな伯父の一家が一挙に凍り付き、シーンと静まりかえった中にその子のビンタだけが僕の頬で鳴り響いたのは、言うまでもない。


この後にも、id:usukeimadaの論は続くのだけれど、しかしここまでの文章に対して、多くの人が拒否反応を示した。多くの人が嫌悪感を抱いた。そして多くの人が、ここに何かを嗅ぎつけた。その嗅ぎつけたものとは、二つある。一つは、id:usukeimadaの反社会性。そしてもう一つは、それを無自覚にさらけ出した「迂闊さ」である。

このエントリーには、とても多くのブックマークコメントがついた。それらは、このページで読むことができる。


すると、これらのリアクションに対して、id:usukeimadaは次のようなエントリーを上げた。


その中で、id:usukeimadaはこんなふうに述べている。

ちゃんと読んでもらえれば、冒頭の「伯父の家族エピソード」というのは話の導入部にすぎず、「僕の問い」の本質は後半に集約されることがわかってもらえるはずだ。なのに、書いた本人としてはどうでもいい(もっと言えば無くてもよい)前半のエピソードの枝葉末節をあげつらっての批判が大半ではないか。僕はこの状況に、うんざりする。「木を見て森を見ず」とはまさにこのことではないだろうか。

id:usukeimadaの一連のエントリーを読む中で、ぼくが最も慄然とさせられたのは、実はここの部分を読んだ時だった。特に、「木を見て森を見ず」の文言を見て、戦慄が走った。

「この人は分かってないんだ」

「これは大変なことになる」


id:usukeimadaは、本当に色んなことが分かってない。あまりにも多くのことが分かってないので、何から説明すればいいのか困惑させられるくらいなのだが、とりあえずは最も重要だと思える「木を見て森を見ず」の部分から説明する。

id:usukeimadaは分かってない。コメントをした多くのユーザーは、id:usukeimadaが「枝葉末節」と表現した最初のエントリーの一節が、id:usukeimadaにとっては枝葉末節、つまり「木」でしかないことをちゃんと分かっている。だからこそ面白おかしく糾弾し始めたのだ。つまり、「id:usukeimadaは枝葉末節の部分で自らの反社会性をさらけ出してしまうほど迂闊な人間だから、いじめればきっと面白くなるだろうな」と思ったのだ。これが、エントリーの「森」の部分、つまり全体や結論でこういうことを書いていたら、「面倒くさい人間だな」とか「危ない人かも」とか「関わると厄介だ」と思われて、ここまで茶化す人間は増えなかったであろう。しかしid:usukeimadaは、「森」ではなく「木」の部分で自らの反社会性を綻ばせてしまった。そこの部分が、いじめっこたちの琴線に触れたのである。


2ちゃんねるでもそうかも知れないが、はてなブックマーカーもこういうところを見逃さない。こういう「いじめると面白くなりそうなブロガー」を見つけると、その嗜虐性向を一気にエスカレートさせる。匿名なのをいいことに、悪罵の限りを尽くすようになるのだ。

また、2ちゃんねる以上に質が悪いのは、はてなブックマークには「いじめっこ同士が徒党を組めるシステムがある」ということだ。それは主に「はてなスター」が大きな役割を担っている。いじめている人間のコメントにスターをつけること(支援すること)によって、それが多数派であるということを演出できる。ただ一人のコメントと言うよりは、巨大な民意であるかのように演出できる。星が数え切れないほどついていると、それだけで一般市民を代表しているかのような迫力さえ醸し出すことができるのだ。


ただ一方で、いじめっこの常ではてなブックマーカーたちは気が弱くもあるから、追い込み過ぎることによって逆に自分が反撃されたり、あるいはついやりすぎて自らの反社会性をさらけ出し、今度は自分がいじめの対象となったりすることをとても恐れている。いじめられっこが昨日まではいじめっこだったというのはとてもよくあるパターンで、はてなブックマーカーたちはそういうケースをいやと言うほど見てきたから、自分がそうなることだけは絶対に避けたいと思っている。だから、ある一定のところまで来ると抑止力が働いて、もうそれ以上の攻撃をやめるのだけれど、悪いことにid:usukeimadaは、そうしたはてなブックマーカーの性質や自分が今置かれている立場などにも無自覚だったために、迂闊にも彼らの嗜虐性向をさらに刺激するような、前回のに輪をかけて迂闊なエントリーを上げてしまったのである。


それが、ここにもう一度引く、最初のに続けて上げたエントリーだ。


このエントリーは本当にひどい。ぼくは昔、人間の中には自ら進んで生け贄になるタイプの人がいるということを書いたことがあったけれど、そのことを思い出さされた。これはまさに飛んで火に入る夏の虫で、常人の想像を絶している。

以下に、その迂闊な発言のいくつかをピックアップし、それが如何に迂闊であるかというのを見ていきたい。


まさにこの状況、村上春樹的な「やれやれ」、である。
自らの状況を村上春樹に例えるのはとても危険だ。なぜなら村上春樹はおそらく日本で最もファンの多い小説家だから、自分をそれに例えるだけで、数え切れないほど多くの人から反感を買うことになるからだ。
「木を見て森を見ず」とはまさにこのことではないだろうか。
自らが「木を見て森を見ず」なのに、この諺を持ち出すのがあまりにも迂闊だ。しかも、ブックマーカーたちが実はちゃんと森を見ていることにさえ気づけていない。くり返すが、ブックマーカーたちは最初に引いたエントリーの一節が「木」であることをちゃんと見て取ったからこそ、id:usukeimadaをいじめのターゲットとしてロックオンしたのだ。
「読みの多様性」や「創造的な誤読」というのを僕は否定しない。
この上から目線がブックマーカーたちの嗜虐性向を否応なく高ぶらせる。「とことんまで行くか」と決意させるに十分な物言いだ。
だいたいこのエピソード自体が全くのでたらめ、フィクションかもしれないではないか。
ここでid:usukeimadaは論点をずらし、逃げ腰になっている。つまり、ちょっと弱気になっているのだ。こういう時に弱気なところを見せるのは非常にまずい。なぜならそれは、いじめっこたちに攻撃のきっかけを与えることになるからである。あるいは、彼らのサディズムを刺激することになるからだ。
あるいは、こういう可能性も考えられる。僕の書いた文章そのものが「不愉快」だから非難した、という可能性だ。
ここに至って、id:usukeimadaはまだ自分がいじめられていることを自覚していない。こういう鈍感な人間は、「とことんまで行ってもいいな」といじめっこに思わせてしまうところがある。なぜなら、いじめられっこがいじめられてることに気づかれなければ、告げ口されたり反撃される可能性は極端に低くなるからだ。こういうケース――いじめられっこがいじめられていること自体に気づいてなかったというケース――は、現実のいじめにおいてもよくあることだ。
読み手を「不愉快」にしたのだとすればそれは申し訳ないが、それでも僕のブログを開いたのは読み手のあなたであるし、読みたくないなら読まなければいいのだ。
id:usukeimadaは、ブログのルールとかモラルとかコンセンサスというものを全く理解してない。こういう理解のしてなさも、相手の嗜虐性向をエスカレートさせる。なぜなら、いじめっこに「おまえもルールを理解してないんだからおれもルールを理解しなくていいよな」という、無体ではあるがありがちな屁理屈を抱かせてしまうからだ。
投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。
今見たらコメント欄が承認制になっていた。これはid:usukeimadaがようやく不穏な空気に気づいたという証拠だろう。しかしもう遅い。今さらそれに気づいたって、エスカレートしたいじめっこたちの嗜虐性向はもはや本人たちにさえコントロール不可能な領域にまで達しているからだ。もうすでに一種の集団ヒステリーみたいな状態になっている。もうすでに十分危険な領域に突入してしまったのだ。



はてなスタッフの方々は、今このブログで何が起ころうとしているかをぜひ注視して下さい。そして真に社会に貢献するWebサービスの構築を目指すなら、こうしたいじめは一刻も早く止めて下さい。もはや、id:usukeimadaにもブックマーカーたちにも、あるいは他のどのユーザーにもこれを止めるのは不可能です。これを止められるのは、はてなのオフィシャルしかいません。

このままでは、早晩id:usukeimadaはこのブログを閉じてしまうでしょう。それも、はてなに対して大きな恨みを抱いたまま。その恨みは、単に彼だけのものにとどまりません。いじめというのは、いじめる方にだっていやな後味を残すものなんです。こういういじめがくり広げられることによって、得をする人は誰もいないのです。そして誰よりも損をするのは(痛い目を被るのは)、他ならぬ株式会社はてななのです。


これははてなの未曾有の危機と言って差し支えないでしょう。だからこそ、ぼくはそれを公の場においてご忠告申し上げました。もしかしたら、ぼくがご忠告するまでもなく、はてなはすでにそれへの解決に奔走されていたかも知れません。しかしながら、これ以上いじめが続くことをぼくは無視できなかった。だから、お節介のそりも厭わず、先生に告げ口するために職員室へと走った学級委員長役をあえて担わせて頂いたのです。今は、はてながこの問題を真摯に受け止められ、解決に向けて全力を尽くされることを祈るのみです。ぼくにできることは、もうありません。後は、はてながこれをどう解決してくれるのか、そのことを見守るのみなのです。