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2011-10-13

潜在ニーズを探る3つのマーケティング手法

ジョブズが亡くなって、彼の功績――取り分けマーケティングの分野において成し遂げたことへの賛辞の声が喧しい。

主な記事は、こちらなど。


ここで語られている「ジョブズ流マーケティング」の要諦を一言で表すと、「顧客の声を聞いてはいけない」ということである。

なぜかと言うと、顧客のニーズ(あるいはウォンツ)からスタートするというのはビジネスの基本中の基本であるにもかかわらず、顧客が自分で自分のニーズやウォンツを把握していたり、それを「声」にして表現できるケースはほとんどないからだ。だから、顧客からスタートしようとして彼らの「声」を聞いたがために失敗するケースというのは、非常に多いのである。

しかし顧客は、自らのニーズを把握したり声にすることはできないまでも、それらを心の奥に無意識的に――潜在的には持っている。だから、マーケティングでだいじなのは、その隠れている潜在的なニーズやウォンツを探り、見つけていくことになる――

と、ここまでは非常に分かりやすく、また納得しやすい話なので、「じゃあジョブズのそのやり方を真似て頑張りましょう」ということになるのだが、しかし実際は、そうは問屋が卸さないところがある。というのも、その肝心の「潜在ニーズの見つけ方」というのが、とても難しいからだ。

なにしろ「顧客自身でさえ意識化できていないこと」を探せというのである。それは、メソッドとして確立し一般化するのが困難なのはもちろん、成功事例すらモデルとして十分とはいえないケースが多いため、傾向を見出すことさえ困難なのだ。潜在ニーズを見つけるというのは、「そこに行けばいいとは分かるものの、なかなか行くことはできない」という意味で、「『ドラクエ1』の竜王の城」みたいなところがあるのである。


そこでここでは、そんな困難を極める「潜在ニーズの見つけ方」について、ぼくがこれまで培ってきたメソッド――と言うほどではないにしろ、それに近づくための考え方のコンセプト――を紹介していきたい。これらを踏まえたうえで潜在ニーズを探っていくと、もちろん百発百中というわけにはいかないけれど、しかし高い確率でそのヒントをとらまえられるようにはなる。そうしてそれができるようになれれば、今度はその経験によって勘が働くようになり、肝心の潜在ニーズもそれまでより見つけやすくなるのである。


1.情報を「縦のライン」で見る

これは、さまざまな商店街や商業地域で見られる現象だと思うのだが、「なぜかそこだけ毎度毎度潰れる店舗」というのがある。その両隣はずっと変わらず繁盛しているのに、そこだけ特異的に次々とテナントが入れ替わってしまう、いわゆる「呪われたお店」というやつだ。

こうした現象がなぜ起きるかというと、もちろん本当に呪われているわけではなくて、例えば導線的に微妙に入りにくいところがあったり、あるいは日当たりや景色など無意識に訴えかける部分において居心地が悪かったり、店員にとっての使い勝手が悪かったりすることが要因だったりする。そうしてそれらの要因は、一見するだけでは気づきにくいし、あるいは実際に使ってみてもなかなか分かりづらかったりする場合が多い。なぜなら、そうしたお店に入ったテナントは、それらの要因に気づかなかったり分からなかったりするからこそ、それを改善することができず、結局撤退を余儀なくされてしまうからである。そうして、テナントが次々と入れ替わるという事態につながるのだ。

しかしながら、そうした店舗の来歴を知る人――例えばその商店街に古くから店をかまえる人などは、けっしてそこに店を出そうとはしない。なぜなら、そのお店がなぜ流行らないかは分からないけれども、とにかく誰が何をやっても流行らないということは分かっているため、君子は危うきに近寄らずで、手を出そうとしないからだ。

だから、その店舗に手を出すのは、それを知らないよそから来た人に限られる。そういう人は、不動産屋に案内されて一度か二度内覧しただけで、立地や周囲の条件が悪くないということでその店舗を借りてしまうのである。そうして、それ以前の潰れた店舗の二の舞を食らって、やがて撤退の憂き目を見るのだ。

この時、そこを借りる人と借りない人との差というのは、情報を「横のライン」で見ているか「縦のライン」で見ているか――と言うことができる。すなわち、借りる人はその商店街の雰囲気や他の店舗との比較――「横のライン」で見て「賑やかな商店街だし、両隣も流行っているから流行りそう」と思い借りるのだが、借りない人は、その店舗に入っていたテナントの顛末を知っているため――つまり「縦のライン」で見ているため、けっして借りようとはしないのである。

だから、情報を見る時には、その事象の歴史や来歴――「縦のライン」を見ることが肝要となるのである。但しこれは、「横のライン」と比べると調べるのが面倒だったり時間がかかったりするため、ついつい蔑ろにしてしまいがちなことでもある。しかしながら、もし潜在ニーズを見つけようと思うのなら、この一手間はけっして欠かさない方がいいだろう。なぜなら、一見しただけでは分からないそうした「縦のライン」の中にこそ、実は潜在ニーズというものが隠されているケースが多いからだ。


2.小さな変化に着目する

そういうふうに情報を「縦のライン」――つまりその事象の歴史や来歴に着目して見るようになると、今度はそこにある「変化」というものが見えてくるようになる。「諸行無常」「万物は流転する」で、物事は何でも変化しているのだが、その変化というものをよくよく見てみると、そこには「大きな変化」と「小さな変化」という、二つの種類の「変化」があるということに気づかされる。

このうち「大きな変化」というのは、「山」にたとえるとするならば「天気」のようなものである。晴れてたかと思えば、急に雨が降る。汗をかくような暑さの後に、凍えるような寒さが襲ってきたりする。それに対して「小さな変化」というのは、例えば「樹木の成長」である。年に数メートル、下手すれば数センチという単位でしか伸びないが、しかし僅かではあるけれども、これらも確実に変化している。

そうしてこの「大きな変化」と「小さな変化」には、いくつかの違いがある。

一つは、「大きな変化」が「可逆的」であるのに対し、小さな変化は「不可逆的」であるということだ。天気は、雨が降っててもいつかはまた晴れるが、樹木は、枯れることこそあっても縮んだりすることはけっしてない。

また、「大きな変化」は誰でも気づけるが、「小さな変化」はなかなか気づきにくい――ということもある。山で雨が降ってきたら誰でも気づけ、それに対して例えば合羽を着るなどの対処もできるが、樹木の成長はゆっくりであるために、ついつい見逃してしまい、それに対してのリアクションも取らないし、取れない場合が多い。

さらに、これが一番重要なのだが、「大きな変化」は予測をしにくいが、「小さな変化」は予測がしやすいというのがある。山の天気を当てることは、気象に詳しくてもなかなか難しいが、しかし樹木が一年間でどれだけ成長するかというのは、ちょっと調べれば誰にでも簡単にできるのである。

だから、だいじなのはそこにある「小さな変化」に目をつけ、それをマーケティングに生かすことである。なぜなら「小さな変化」は「不可逆的」なので、今後も続く可能性が高く、しかも目立たないので、多くの人が見落としやすい(つまりそれに着目するライバルが少ない)。さらには、変化のベクトルも予測が立てやすいので、間違いが少ないのだ。「小さな変化」に目をつけることには、それら3つの利点があるのである。

人間は、山を見る時にはついつい「天気」などの目立つ、分かりやすいものに注目しがちだか、それよりも、樹木の成長のような、目立たない、分かりにくいものに注目することで、潜在ニーズというものを見つけやすくなるのである。


3.笑顔を疑う

潜在ニーズを見つけようとする時、ジョブズの言うように「顧客はそれを声にできない」のだとしたら、「顧客の言葉を疑うこと」から始めるのも、それに近づくための一つの手立てとなる。いわゆる「常識を疑え」ということなのだが、これはこれで多くの人が唱えているし、また実践してもいる。

そこでここでは、そこからさらにもう一歩踏み込んで、「では実際にどんな常識を疑えばいいのか?」ということについて、一つのアイデアを提唱してみたい。

それは、「笑顔を疑う」ということだ。世間の常識を疑う時、まず最初に疑うのが、「顧客の笑顔」というわけである。

どういうことかというと、それはディズニーランドの顧客の中に、端的に表れる。

ディズニーランドに行ってお客さんを観察していると、若い女の子というのがよく目につく。特に、カップルで来ている女の子よりも、女の子同士で来ている顧客に、どうしても目がいく。なぜかというと、彼らはたいてい華やかで、また賑やかだからだ。

彼らを見ていると、たいてい満面の「笑顔」である。また彼らの声に耳を澄ませていると、たいていが非常に喧しく、「楽しいね」「来て良かったね」などと、言葉に出して喜びを分かち合っている。

そうして今度は、逆に「一番目立たない顧客」というものに注目してみると、それは意外なことに「小さな子供」だったりする。特に、ミッキーマウスと握手をしている子供を見ると、彼らはたいていとても静かだ。ニコリともしない無表情で、ミッキーの手を握ったまま、ずっと押し黙っている。

この両者を見比べると、一見すると若い女の子の方が楽しそうだし、また満足しているように見えるのだけれど、しかし彼らの「目」というものをよく見てみると、状況は一変してくる。

華やかで楽しげな女の子たちが、どこか虚ろな目をしているのに対して、子供たちの目は、情熱に赤く染まっているのだ。そうして彼らは、そのメラメラと赤く燃える目で、ミッキーマウスを凝視したまま、顔を逸らさないのはもちろんのこと、瞬きさえしないのである。

この両者のどちらが本当に楽しんでいるか、満足しているかは、最早言うまでもないだろう。つまり人間というものは、本当に面白いと感じている時には、実は笑ったりすることができないのである。ましてや「面白いね」などとは、口が裂けても言えないのだ。

それよりも、そのことに集中して、「自分がどう思っているか」などということは考えられなくなる。文字通り「夢中」になって、表情も作れないし、言葉も発せられなくなるのだ。

だから、潜在ニーズを探るのであれば、世の中の笑顔になっている人を、まず疑うのがいい。そうして、目立たないけれどもその目に静かな情熱の炎を宿している人――つまり「真剣」になっている人を探して、その人をよく観察するのである。

そうすると、やがて彼らの夢中になっているものが分かってくるのだけれど、実はそれこそが「潜在ニーズ」なのである。というのも、真剣になっている人は、たいてい「自分が何に夢中になっているか」分かっていない。だから、彼らが夢中になっているものは、すべからく「潜在ニーズ」ということができるのだ。

そうして、真剣な人を足がかりに「潜在ニーズとは何か」ということの見識を深めていけば、やがてはそれを見つけることも以前より容易くなる。なぜなら、そこで潜在ニーズというものの実相をよりよく知れるようになるために、新しいそれと巡り会った時に、すぐに「これだ!」と気づけるようになるからである。


おまけ

ちなみに、上記3つ目の「常識を疑う」ということについては、「人間の本質を知る」ということが、一つの大きな鍵となる。またその「人間の本質を知る」ということについては、実は小説を読むことが、習熟への大きな助けになるのだ。

なぜかと言うと、例えば上に挙げた「人間は本当に楽しい時は笑顔にならない」ということも「人間の本質」の一つなのだけれど、こうしたことは、現実の世界を見ている時よりも、小説を読んでいる時の方がはるかに見つけやすいからだ。というのも、小説というものは本質的に「作家が常識を疑うことによって見つけ出した人間の本質を選択的に描くもの」のことを指すからである。それも「世界的名作」とされている作品ほど、その傾向が強い。

だから、潜在ニーズを見つける力を養いたいのであれば、世界的名作といわれている小説を読み、そこで「人間の本質」を知ることが一番の近道なのである。

そこで以下には、そうした「人間の本質」を知ることのできる世界的な名作小説を、いくつか挙げる。「人間の本質」――引いては「潜在ニーズ」を知るための手がかりとして、ぜひご活用頂ければと思う。

赤毛のアン』には、人間というもの――特に女性の本質に迫る無数のヒントが詰まっている。


ハックルベリイ・フィンの冒険 (新潮文庫)

ハックルベリイ・フィンの冒険 (新潮文庫)

人間の醜くもあり、また美しくもあるという多面性を知ることができる『ハックルベリイ・フィンの冒険』


マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

マルタの鷹』には、『赤毛のアン』とは逆に「男」というものを知るためのヒントが詰まっている。


小説の読み方の教科書

小説の読み方の教科書

上記のような小説について、その本質をえぐり出すような読み解き方について書かれた本です。