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2011-10-17

「自分に自信がない」と言う人は自分がそう見られたいだけの嘘つきだ

増田のこの記事が興味深い。


この人は端的に言って嘘つきである。

誰に嘘をついているかと言うと、自分にである。他人に対してもそうだけど、誰より先に自分に嘘をついている。「敵を欺くにはまず味方から」というわけだ。だからこの人は、嘘はついているけれども、自分自身ではその自覚がない。

では、この人の発言のどこが嘘かと言うと、まず「私は、とてもじゃないけど自分に自信がない」と言っているのが嘘である。なぜなら、この人は「自分に自信がない」と「言える自分」に対して、「堅固な自信」を持っているからだ。だから、そういうことを臆面もなく言えるのである。いや、「増田(匿名で書くブログ)だから臆面もなくないのでは?」という意見もあるかと思うが、それは自分や他者を欺くために、仕方なくそうしているまでである。これを実名で自分のブログに堂々と書いちゃうと、さすがに「実は自信家」であるということがバレちゃうので、次善の策としてこうしているのだ。


それからまた、この人はこんなふうにも書いている。

「「うわー、あの程度の人間のくせに、リア充気取っちゃうんだ?」と後指さされるのが怖くて仕方ない」

こう言っている時のこの人の心は、「うわー。こういうこと言える私ってスゴい!」という恍惚とした気持ちで満たされている。自分が素晴らしいと思えて仕方ない。自信が、さらに揺るぎないものとして固まっているのだ。

ところで、自信を持つことそのものは、取り立てて悪いことではない。というより、それを持たない方が問題である。

なぜかと言うと、自信は人間にとっての生きる原動力なっているからだ。本当に自信がなくなってしまったら、自分のすることさえ信じられなくなって、もう何をすることもできなくなる。そうして、もう生きていくことさえできなくなり、後は死へと向かうのみなのである。

だから、この人の問題は別にある。それは何かと言うと「自分が自信家である」ということが自覚できていないところだ。自覚できていないと言うより、「自分は自信家ではない」という嘘を自分自身について、それで自分を(表面的には)欺いているのである。そうして、表層意識では自信がない状態を保っているのだが、しかし無意識では自信家のままであり、むしろそれはより堅固なものともなっている。だから、心の「表」と「奥」がバラバラになってしまって、その両者に心が引き裂かれたような状態となってしまっているのだ。

そのため、今はとてもつらい状態のはずである。思ってることと感じることがバラバラなので、何をやってもちぐはぐで、生きていることの実感を味わえないのだ。


このままでいくと、さらなる問題がこの人を待ち受けている。それはどういうことかと言うと、本当に自信がない状態――つまりもう生きてはいけない状態になってしまうことだ。

この人は、記事の最後に「こんな自分でも、なんとか生きていかないといけないんだけどさ」と書いているが、これが実に示唆的である。この人は、自分でも気づかないうちに、この問題が自分の生き死にに関係しているということを自覚しているのだ。この言葉は、この人の深層心理が表層意識に投げかけたSOSである。


ところで、ではなぜ生きていけなくなるかというと、理由はこうである。

この人は、「自分は自信家ではない」という自らの価値観に見合った人間に自分を見せかけるため、他ならぬ自分の深層意識を騙そうとしている。深層意識を蔑ろにし、毀損しているのだ。そして、この人の深層意識にある「自信家」の部分は、前述したように、人間の「生きる力」に密接に結びついている。人間は、承認がないと生きていけない。取り分け、「自分の承認」がないと生きていけない。そして「自信」とは、自分で自分を承認することのことである。「生きていてもいい」と、自分で認めることである。それこそが、「自信」の正体なのだ。

ところが、この人はその「自信」を蔑ろにしているため、やがてそれと密接につながっている、「生きる力」や「自己承認」そのものをも蔑ろにし始める。そうして「自分は自信家ではない」という見栄を守り通そうとするため、やがてはそれを証明しようとするのである。つまり、自分が嘘をついていないということを(つまり自信家ではないということを)、死をもって示そうとするのである。「ほらね、私は本当に自信がないから死んじゃったでしょ」と、その嘘をつき通さんがために、ついには自らの命をも毀損する結果となるのである。


ところで、この人は文中に「似たような人いないかな」との問いを投げかけているが、似たような人は、はっきり言って少ない。なぜなら、似たような人たちは早晩自らを死に至らしめるため、絶対数が圧倒的に少ないのだ。これはキルケゴールが言うところの「絶望」――つまり死に至る病にとても近く、これに罹患している人間はその存在を長くは許されないため、どうしたって少なくなってしまうのである。


と、問題を指摘してるだけでも仕方ないので、解決法を一つだけ。

それは、自分が見栄っ張りであることを認め、素直に自分はバカだったと反省することである。そして、「自信がないなどと嘘をついてすみませんでした」と、はてなの読者と誰より自分自身に、心から謝罪することだ。

そのうえで、自分がとても下品な自信家であるということと一緒に、これからの人生をみっともなくも逞しく、楽しく健康に生きていくことである。


小説の読み方の教科書

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