Hatena::ブログ(Diary)

風の歌が聞こえますか

2017-10-05

カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞

ひとりの読者として本当に嬉しいニュースだった。
彼の小説についてはこのブログでも何回か取り上げたが、このように
静謐でリリックでありながら深い内容の小説が正当に評価されたこと
を本当に嬉しく思う。
おめでとうございます!

2017-07-12

鳥を見ながら思うこと

ここを最後に更新したのが3月。
気がつけば7月に入っている。
この3ヶ月半は体調不良との戦いだった、という気がする。
完全に復調したとは言い切れないけれど、少なくともこうやってブログ
更新をする程度の元気は出てきた。

3月18日のブログに書いた耳の不調にはしばらく悩まされたがその後
解消。ところがその後は目のピントが合わず、生理的飛蚊症がひどく
肩こりがひどく体が疲れやすくだるい、という症状が続いた。
今もそれは解消されたとは言えないが、眼鏡をかけたりすることで徐々に
改善されつつある。深い部分での疲れが(コップから溢れ出ていた疲れが)
徐々に水位が下がっている、ということだろうか。

もっともこの期間、休みの日を寝て過ごしていたわけではない。
むしろずいぶん積極的に外に出ていた。
家内と共にバードウォッチングにハマってしまったのである。
日本野鳥の会に入り、探鳥会に(家内と共に、あるいは一人で)行き、
双眼鏡、カメラ、望遠鏡と図鑑を買い、バードウォッチング旅行にも
行っている。
この歳になってこんなにハマれるものが出来たことは幸せである。
昔、僕は天文少年だったのだけれど、この歳になって天体観測は辛い。
夜遅くまで(あるいは場合によっては徹夜して)星を見るのは本当に体力
が要るのだ。ピアノも楽しいのだけれど最近、ピアノを弾くとひどく肩が
凝る。滅多に弾かない上に弾き方が宜しくないから余計にそうなるのだろう。

バードウォッチングの良いところは「開放系」の趣味であることだ。
ピアノ演奏は「集中系」の趣味なので、今の仕事に対する趣味のマッチング
としては厳しいものがある。
鳥を見ている間は、何も考えない。
鳥を探して歩いている間も、何も考えない。
バードウォッチングをしている人たちは、どちからというとシャイで人付合い
が得意ではない感じの口数の少ない人達が多いのだが、それも心地よい。
しばらくはこの趣味にハマって心身のリカバリーを目指したい。

2017-03-18 耳の不調

耳の不調

先週、今週と業績報告会と経営会議、役員会で疲労困憊していたのだが、
火曜日の夕方、経営会議の途中で左耳が詰まったような感じで(耳塞感と
呼ぶようだ)耳が聞こえにくくなった。おかしいな、と思ったがそのまま
帰宅。翌朝もまだ耳塞感が残っていて声が聞こえにくかったのだが、出社
して仕事をしているうちに解消。問題ないと判断して夜のMBA講座に出席。
木曜日、朝、若干の耳塞感はあったが会社に行く途中で解消したので大丈夫
と判断し、朝から晩までみっしり仕事をした。その夜、早朝覚醒で睡眠不足
かつ体調不良の状態で金曜朝出社したのだが、両耳とも耳塞感が出てきて
音がひどく聴こえにくい。
夕刻、これはおかしいと判断して会社のビルに入っているクリニックへ。
予約していないので待合室で1時間ほど待ったのだが、その間、目をつぶって
肩を動かしたり首を回したりしているうちに、不思議にもかなり改善された。
そのこうするうちに診療室に呼ばれる。

耳の内部を確認し聴力検査をしたところ、左耳の低音部の聴力が落ちていた。
先生は「内リンパ水腫が原因の軽度のメニエール病の可能性が疑われる。今は
自然に戻っているようですが、繰り返すと治らなくなる」とおっしゃる。
「この病気はストレスが原因と考えられてますが、どうですか?」と聞くので
「この一週間は過度にストレスがかかった状態ではありました」と回答。
「ま、ストレスを溜めないように、しっかり眠るようにして下さい」とのこと。
念のためメニエール病の薬(利尿薬)を一週間分貰ったが治ったらもう来なくて
よろしい、とのこと。なんだか深刻なのかそうでないのかよくわからないな、
という感じで帰宅。

昨晩ぐっすり眠ったら今日は夕刻ごくわずかな耳塞感はあったが、今は何とも
ない。ネットなどで見ると肩こり、首こりが原因でなることも多い「急性低音
障害型感音難聴」のほうが僕の症状には当てはまっている気がする。
こちらのほうが治る可能性は高いし、軽い病気だし、鍼治療がよく効くらしい。
今週、僕は肩こり、首こりが滅茶苦茶ひどい(僕は肩こり、首こりにほとんど
ならないのだが)。首を回しただけでぐきぐき音がするぐらいで、今日は首肩
を温めて、繰り返しストレッチもしている。ネット記事によれば肩こり、首こり
に起因することも多いらしい。
このまま治ってくれれば良いのだが。

東京に来てから毎年体に不調がある(なかった年はない)。
あと3年、体が持つかな、といささか心配である。

2017-03-12

自分の中の権勢欲

ちょっとおもしろい気づきがあったのでメモしておきたい。
僕は通常東京のオフィスにいるのだが、大阪のオフィスに出張することもある
ので、大阪にもデスクがある。僕のデスクのある階に人の出入りがあり、執行
役員が一人上がってくることになった。このままでは今後この階に常駐する
彼のデスクを入れるスペースがない。
僕は「いいですよ。僕は出張で時々しか来ないし来てもデスクに座っている
時間はしれてるから、僕のデスクを使って下さい。僕はこれからは出張者用
デスクを使いますから」と執行役員の彼に言った。
彼は大喜びで(ホクホク顔で)そうさせて頂きます、と了承した。

その時、僕はたいして考えず何も感じることなく、ごく自然にそう言ったのだ。
もちろんそれがごく合理的なこと、という気持ちもあったし、今もある。
しかしながら、昨朝、僕の心の底に「不快感」が沈殿していることに気づいた。
すぐにはその不快感の原因がわからなかったのだが、掘り下げるうちに原因は
執行役員に自分の席を譲らざるを得なくなったこと」であることに気づき、
僕は仰天した。『取締役の俺が、何で執行役員風情に席を譲ってやらんといか
んのだ』という僕の大嫌いな威張り散らすオヤジが言いそうなことが、僕の
この不快感の原因なのである、苦笑。

僕は極めて地位や権力に対して淡白な人間だと思う。
他人に対して威張り散らして権威をひけらかすことが何より大嫌いだ。
これは自己分析というより、過去は家族や上司の分析であり、直近では僕を
よく知る(もう会社を去った)先輩たちの分析でもある。
そんな僕でも、たかが出張の時のデスク一つのような下らない事で、そんな風
に感じるのか!
僕の心って、なんて狭く醜いものだろう!

僕の中には、やはり隠れた強い権勢欲や威張りたい欲があるのだ。
それは表面上は隠されているだけで、地球の核のように明らかに存在する。
これから3年後、僕は取締役を退くことになるが、このステップダウンの時、
僕はどれほど不快に感じるのだろうか?
これまで下がったことがない会社人生で、初めて「降りる」ことになるわけ
だけれど、このくだらない「デスク問題」がヒントをくれたように思う。

2017-02-12

文明が衰亡するとき

高坂正堯「文明が衰亡するとき」読了。
この本の洞察の深さ、広さには恐れ入った。さすがは名著である。
本当に30年以上前に書かれた本なんだろうか。。
備忘のために一部抜書。

現在の世界において国民国家がもっとも基本的な運営単位であることも
現実であり、経済活動がほぼグローバルにおこなわれていて、それが
各国の繁栄の重要な基礎になっていることも現実だからである。
その論理的帰結は国際的相互依存のシステムと国益主義との動揺を
つづけるバランスに他ならない。

これはオバマ治世下の「国際的相互依存システム:国際協調主義」から
トランプ治世の「一国国益主義」に舵を切ったアメリカにぴたりと当て
はまるのでは? つまり今は、一種の「歴史的揺り戻し」と考えるべき?
一方次のフレーズは「保護主義で国家の衰亡が防げるか」という点について、
ベネツィアを例にこのように高坂は語る。

大体、保護主義が衰頽を防ぐということはまずないものである。
この保護主義的な措置に、われわれはヴェネツィアの自由で積極的
な姿勢が弱まり、消極的な態度が現れたのをうかがい知ることが
できるであろう。実際、自由な精神と開放的な態度の衰弱こそ
ヴェネツィアの衰亡期の特徴であるように思われる。


また次のフレーズは現代日本に通じるのではないだろうか?

冒険を避け、過去の蓄積によって生活を享受しようという消極的
生活態度は、ヴェネツィア人の貴族の男子で結婚しない人が
増えたことに現れていると言えるであろう。
16世紀に適齢期の男で結婚しないものはすでに半ばに達して
いたが、17世紀にはその比率は60パーセントへとさらに
上昇したのである。それは経済が発展を止め、あるいは収縮
するなかで、生活水準を維持したいという気持ちから、子孫を
増やしたくない、ということになったためであると考えられる。

次のフレーズは、保守主義者でプラグマティストとしての高坂なら
ではのものであり、明るく晴朗でオープンな(理想主義的な)
アメリカン・デモクラシーへの懐疑の表明である。

ラヴェナルは「公開された国内政治の手続きと外交政策の間に
トレード・オフの関係がある」のであって、アメリカリベラル
が考えるように「議会の監視、行政府の公開性、議会との強力が、
アメリカの力と影響力を海外に及ぼす有効性をたかめる」という
ことは幻想ではなかろうかと書いた。
「柔軟で、実情に即した外交をおこなうためには、秘密、行政府
の特権、非道徳的な対外的行動の許可、市民の権利を縮小する
国内的行動が必要なのである」
このラヴェナルの言葉は、不快ではあるが真実を語っているのでは
なかろうか。


最後に次は通商国家(主としてオランダとベネツィアに関して)一般
についての記述。(今の日本にも当てはまる)

通商国家は戦争をしないか、あるいは避けようとする。しかし、
平和を作るための崇高な努力もしない、それはただ、より強力
な国々が作り出す国際関係を利用する。(中略)
巧妙な生き方をするが故に、通商国家が他人に好まれないも、
人間の性からしてやむをえない。

文明が衰亡するとき (新潮選書)

文明が衰亡するとき (新潮選書)