Hatena::ブログ(Diary)

関西ジョシ抜き日記

2011-02-08

小さな希望

| 05:44

「江」も終わって、もう寝るよと電気を消し布団に入る。背中をとんとんしたりして、オシメ様を寝かしつけにかかったときだった。「オシメ、ここにいたい」。突然、オシメ様がつぶやいた。意味を捉えかねる。こことはどこだ。暗闇の中、オシメ様の目ばかりがやたら大きく見えた。幼いころ、布団に入るといつも死ぬことを思い泣いていた。オシメ様もそうなんだろうか。「いたらいいよ、お父ちゃんとお母ちゃんのまんなかはオシメの場所やん」と声をかけると、にっこり笑って抱きついてきた。

少女のころ「私はここにいる!」と大声で叫ばずにはいられないほど果てしない自己顕示欲と、「私はここにいてもいいの?」と問いかけずにはいられないほどとめどない自信のなさに苦しんでいた。今になったからこそ、あれは苦しんでいたんだなとわかる。当時は苦しんでいることすら気づかなかった。親や先生、友達に相談したら解決するかもしれないなんて思いつかないほどに、悩みだとは認識していなかった。考えるのをやめてみたら楽になったけど、すっかりノンポリになった。大人になるということとは少し違う。

「ここにいたい」という小さな希望。ここがどこであろうとも、オシメ様はそこに「いていい」。そして、オシメ様がそこに「いること」を私はちゃんとわかっていよう。変な苦しみに、しおれてしまわないようにこの小さな芽を育てていこう。

2011-01-31

ゴールの先に

| 10:02

「33歳にして、面接であのザマではおぼこ過ぎる。職人やっといたほうがいい」。面接後の部長は容赦ない。ワラビさんの後任を採用する面接に呼んだのは5人。採用するならどっちかだよね、とリジー氏を絞った2人のうちの一人をバッサリ斬った。

33歳元パティシエ。学校を卒業したあと、普通の会社で数年事務職をしていたが、パティシエへの夢を諦められず退職、パティシエになったあとはいろいろなホテル等で働いてきたという。ピークになれば朝から夜中まで立ちっぱなしでケーキを作るのが体力的につらく、転職を考えたという。本人は確かに33にしてはかわいらしいくらいに素直で真面目な感じ。部長は口が悪いと思いつつ「おぼこい」という表現も納得できる。待合室で話していると好印象ではあるけれど、面接でのアガリ具合は尋常ではなかったらしい。「人と接する仕事してないもんなぁ」とリジー氏がやんわりカバー。

しかし。これはいったいなんなんだ。ジョシなら一度は憧れる「パティシエ」。彼女はその夢に向かって邁進し、見事に実現させた。そのときの充実感、達成感はどれほどだったろう。彼女は果敢にチャレンジし、ゴールに至った勝利者ではないか。それが、わずか数年で限界を感じ、再スタートを目指せば「33にしてこれじゃつぶしが利かん」と切り捨てられる。どうしてこんなことになるのか、私にはわからない。

結局採用が決まったもう一人は、元保育士。その後雑貨屋の店員に転じて今回応募してきた。店の夜間シフトに入るのが辛くなってきたという31歳。保育士も雑貨屋店員もやはりジョシの憧れ職業ではないか。職業にはキレイごとではないものもあるだろう。でも、なりたいものもなく、超氷河期時代に手当たり次第会社を回り、漫然と流されるままに仕事に就いた私に比べると、自分の将来について真剣に考え、チャレンジし、実現させてきた人たちなのに、なぜそれでハッピーエンディングではないのか。ゴールの先に、何があるというんだろう。

面接と同じ日、取引のある某銀行の営業担当が、上司と後輩を連れて挨拶に来た。今後はこの後輩と2人で担当しますという。どこか頼りないうらなり君で、人事部内では「うらちゃん」と呼んでいる担当君は、その上司が言うところによると「京大法学部卒」。一緒に連れてきた後輩ちゃんは「東大法学部卒」らしい。2人とも入社1年目は窓口で個人客相手に投信を売っていたという。札束ファンを作りながらお年寄りと世間話をしている2人の姿を想像する。東大京大学士様がねぇ・・・と思うとますますわからない。

何を学び、何を望み、どう進むのか。何が違ってそれぞれの今があるのか。知りたい、わかりたい。そしてオシメ様に伝えたい。

2011-01-28

業を思う

| 17:52

診断書に書かれていたのは、見慣れないカタカナだらけの病名。ググってみれば原因不明の難病だという。その人がそんな病に犯されたのは昨年の秋。ちょうどアルバイトから契約社員になったばかりのころだった。本人の熱意と、アルバイトで仕事が一通りわかっている人を確保しておきたいという現場の意向から、その月末で最初の契約期間が終わったのだけれど、さらに半年の契約を更改した。もちろん本人はその後一度も出社していない。年が明けて、やはり療養を続けなければならないという内容のそれは、休職申請に添付されてきたものだった。

更改した半年契約は、3月で終わる。このままでは出勤実績がないままに契約更改の時期を迎えることになる。果たして、4月以降の契約更改をするべきなのかという冷徹な疑問が首をもたげる。確かに休んでいるのだから費用は発生していない。このまま更改しても何の損もないかもしれない。しかし。その人が休んでいる欠員を埋めるため新たに人を入れた。継続して来てもらいたいと判断できる実績もない。更改するとしたら、何がその根拠になるのだろうか。

「今後の療養状況によっては、4月以降の契約更改可否の判断をしていただかなければなりません」。遠まわしではあるけれど、更改しないことを覚悟するよう現場に伝えた。自らの業を思う。仕事を持っているということは、療養生活の中で強い支えになっていることだろう。それを奪うことになるのだ。原因不明の病。私だっていつ同じ立場になるかわからない。オシメ様が、オトノ様が、同じ状況になるかもしれない。そのとき、同じような決断が下されたら、どんなに衝撃を受けることだろう。どんなに心細いことだろう。胸が痛まないわけはない。

これが仕事なのかという暗澹たる気持ち、これは本当に正しいことなのかという逡巡。いろいろなことを思い悩みながらも、多分私はこの判断を変えはしない。これはいったい何なのか。最近わからないことが多すぎる。昔SJが「一人の異動を決めるのも、そいつの家族のこと健康のこと、いろんなことを考えて悩んで悩んで悩みぬくものだ」と述懐していたことを思い出す。SJのレベルに比べれば、私のなんて低い低いものだろうけれど、あれはこういうことを言っていたのだろうかと考える。SJなら、この「何なのか」という思いの正体を教えてくれるのだろうか。

2011-01-24

違和感のもと

| 06:18

オトノ様の仕事がピークになり「家で集中したいから」とのことで、オシメ様と2人追い出される。というわけで、父母の新居に泊まりに行った。

間取りはほぼ私たちが住んでいたマンションと同じ。私たちは和室をつぶしてリビングを広げたので、その分だけ父母の部屋は狭く見えるが、これは当然。隙間風だらけの無駄に広い古家に住んでいる身としては、ひさびさのマンションにしばし感動。おおお、ぬくい!日の光が差してるだけでぬくい! そしてコンパクトな動線にまた感動。おおお、掃除が楽そう!階段がない! それはそのまま、一戸建ての古家から越してきたばかりの父母の感動でもあるのだなと思う。やっぱりマンションは楽やわ、次引っ越すときは、マンションに戻ろうかなぁ、とまで考える。

ひととおりの感動が済むと、気づかないうちにじわじわと染み出てくる落ち着かなさ。これはなんだろう、なんだろうと考えているうちに思い当たったことはひとつ。「木がない」。

我が家は築80年のなんちゃって町家だ。なんちゃってではあるけれど、そこは町家。柱に床の間、建具に階段。すべて古ぼけた木が使われている。他にも畳に障子に襖と植物素材だらけ。壁は土壁だ。やたらと広い押入れスペースに、エレクターなどの現代風な家具は全部押し込んでしまったので、目に入るのはそんなものばかり。

引き換えマンションで目に入るのは、白くきれいに張られた壁紙ばかり。木といえるものは、木目調に加工された食卓テーブルと家具調こたつ。それすらあくまで木目調。模様に妙に規則性があって、落ち着かなさに拍車をかけている。

ドタバタの挙句に住み始めてまだ8ヶ月。気づかないうちになじんでいるものだ。違和感の元に気づいてしまったら、仮に次またマンションに戻っても心安らかに過ごせるのか、甚だ不安になってきた。

2011-01-23

お楽しみはこれから

| 05:47

早起きができないのはこの寒さのせいだとわかっていたが、そこに体のだるさが加わって、あれ〜?仕事的には先週の方がハードだったのに・・・と首をかしげているうちに生理がくる。そりゃあ来る日は大体はわかってる。その前触れにこんなだるさを連れてくるなんて。やっぱりそういう年頃なんだろうかと「女35歳からの漢方」などを重々しく開いてしまう。

朝起きられないと、家事でも仕事でもちょっとした楽しみでも少しずつ「できてないこと」がたまっていく。それが積もり積もって、というわけではないけれど、ずっと前から予定していた久々のヅカも行けなくなってしまって、泣く泣くチケットを母に譲る。先週はオトノ様とオシメ様をそそのかし、今シーズン初のお洋服を買いにごり押しで出かけた。そうでもしないと自ら単独での遠出というのは有休取らないと望むべくもなく。その有休もなかなか取れず、意を決して申請しても直前でおじゃん(ああ、ロミジュリ・・・泣)。

ワラビさんは先日、ダンナと「ソーシャルネットワーク」のレイトショーを観に行ったそうだ。こちとら本日朝イチで「ゴセイジャーVSシンケンジャー」だぜ。ああ、ハリウッドもレイトショーも遠くなりにけり。戦隊もライダープリキュアも、見てると面白いし好きだけど、最近の娯楽が東映スーパーヒーロータイム一色なのが情けなくもなる。与えられた環境の中でなんとか楽しみを見出している自分・・・みたいな涙ぐましい構図まで見えてくる。

50になれば。最近とみに考えてしまう。そう、50になれば、オシメ様は自分の予定で好きに週末を過ごすだろう。私も週末を好きに過ごそう。服を買いに出かけ、カットに行き、本を読み、思う存分掃除をし、ゆっくり洗濯物をたたみ、たまにはジンジャーシロップなどを作ってみたりなんかして、オトノ様と映画を見に行こう。

あと10数年。守るべきは健康。持つべきはお金。なすべきはオシメ様の自立教育。これからのお楽しみをオトノ様と楽しめるように、この10年心血注ごう。