2006-11-12 しつこく『チャーミング・ガール』 
あのときの怒りの正体がわかったように思うので記しておきたい。わたしが感じた怒りは、チョンヘに手を出してなお、社会的制裁を受けずに自分の暮らしを守ってきた伯父に向かうものであり、彼女のあのような生活を許容している社会に向かうものだったのだと思う。
『チャーミング・ガール』はあるカウンセラーが書いた本を題材に作られた映画であり、作家によると何人ものモデルを組み合わせて、チョンヘという主人公ができあがっているそうだ。なるほどと思う。わかりやすいメタファとして「レイプ」という記号があったが、それはさまざまな消すことのできない「つらい記憶」と読んでいいだろう。その記憶の重さの大小は問題ではない。抱えた問題をどのように受け止め、どのように処理していくかは個人が決めることで、Aという問題がBさんには深く刺さってCさんにはかすり傷にもならないということもありえる。
「消すことのできない記憶」を抱えるものは多い。あの映画を見て、この女はわたしだと共感するものは少なくないはずだ。つまり、この物語は記憶を乗り越えられずに同じところで足踏みを続ける人間の話である。本を書いた人も映画を撮った人も、そうして悲しみを内在させたまま生きる――ただ命をつなぐことを生きると言っていいならば――人間を肯定している。応援していると言っていいかもしれない。しかし、とわたしは思う。外側にいるものが、その生き方を肯定するのは傲慢ではないか。少なくとも現時点では肯定するべきではない。
この映画には「哀しみが彼女を美しくする」というキャッチフレーズがついている。これもまた、いやな気持ちになる。確かに画面に映る主人公は、ある種のひたむきさで見るものの心を奪う。しかし、悲しみにくれる人を美しいなどと言ってはいけない。悲しみに暮れて美しくあるよりも、幸せに満ち溢れて醜くあるほうがいいに決まっている。内側に痛みを押し込めた彼女のような暮らしを傍観者が肯定してはいけない。肯定したいなら手を差し伸べるべきだ。差し伸べる手を持たずに、ただ見ているだけの者が、誰よりもそこから抜け出したいと願っている彼女を肯定するのは傲慢である。
わたしはやはり、チョンヘは伯父を殺すべきだったのだと思う。実際にナイフを突き立てなくても、社会的に殺す方法はいくらでもあっただろう。もちろん、それはチョンヘ自身にも、もう一度レイプされるような激しい痛みを伴うものだったに違いない。しかし、そうして身のうちにたまった膿を出さないことには、いつまで経っても同じことを繰り返す。最初の夫とのハネムーンのベッドから逃げ帰ったように、相手を変えても同じことを繰り返す。向き合っていないからだ。自分の抱える傷やそこからわきあがる痛みを認め、受け入れなければ、永遠にチョンヘはその先へはいけない。
チョンヘは伯父を殺そうとして殺せなかった。伯父の前から逃げ帰り、公園のトイレではじめて一人で泣く。たしかに感情を外に出すことは大切なことだ。しかし、ああして一人で泣いていても問題は解決しない。巣窟が身のうちにある以上、泣いても泣いても切れることなく泉のように悲しみがわいてくるだけだ。永遠に吐き出し続けなければならない。
泣いて、そして歩き出す。そこに希望を見るという感想もよく聞く。実際に、わたしが同行した者もそのようなことを言っていた。しかし、わたしはその意見には首をかしげる。それはもちろん歩くだろう。この世界は立ち止まることを許さないのだから、歩くしかない。与えられた役割を果たし淡々と暮らしていれば、時間だけは流れてゆく。時間が過ぎれば、傷を受けた当初の生々しい痛みは引いていき、楽になったように感じるかもしれない。もう大丈夫と考え、新しい関係に手を伸ばすかもしれない。「痛みが癒えた」という感覚は、しかし、幻想でしかない。本人が真っ向から向き合っていない以上、消えてなくなることはないのではないか。
ここで、公園にぼんやりと座っていた伯父に視線を向けてみる。その人生を考えると、彼の暮らしもまた、楽なものではなかったろう。レイプされるあの少女は十歳ほどに見えた。ということはその後の二十年、何食わぬ顔でチョンヘと親戚づきあいをしてきたことになる。チョンヘは当たり前のように伯父の居場所を知っていたし、映画の途中で電話をかけてきた伯母はこの男の妻だったのだろう。そう考えると、その二十年は、男にとっても痛々しいものだっただろう。チョンヘがひとたび口を開けば、それまで築いてきたものをすべて失うことになる。家族を失い、仕事を失い、社会的な信用を失う。そのような恐れを抱きながらの二十年は、針のむしろに座り続けるものだったに違いない。そして、それが公にならない限り、死ぬまでその時間は続くのである。
ならば、潔く償うべきではなかったか。自分がしたことの罪を認め、侘び、償いをするべきだ。チョンヘが伯父を(社会的に)殺して、伯父が償いをしてはじめて、二人とも次のステージに進むことができるのではないか。もちろん、彼がしたことは償いきれるものではない。チョンヘの傷も本当には消えはしない。しかし、そうして、それぞれが起きてしまった出来事と向き合うことでしか、その先へはいけないのではないか。楽なわけはない。繰り返しになるが、チョンヘにとっては、再度レイプされるようなものだと思う。それを乗り越えろ、と傍観者が突きつけていいものではない。しかし、伯父が罪を償い、チョンヘが自分の傷と向き合い、それぞれが振り出しに戻って、新しい世界を築けたときにはじめて、彼女を美しいと認めたいとわたしは思う。
以上。
2006-10-25 『チャーミング・ガール』 
映画を見終わって、まず襲われたのは激しい怒りだ。襲われるなどと大仰な物言いをしてしまったが、実際にそうだったのだから仕方がない。強烈な怒りの波が押し寄せて、あるいは内側から湧き上がってきて、くずれる、と思った。このままこの場所にいたらくずれ落ちて醜態をさらす。そこで、同行者に断ってトイレに行った。同行者は男だったので、トイレに行けば必然的に一人になれる。個室に入って歯を食いしばって泣いた。ぽろぽろと涙がこぼれたから、怒っていたのではなく悲しんでいたのかもしれない。映画『チャーミング・ガール』を見ることは、私にとってそういう個人的な体験だった。
(下記、ネタばれあり)
主人公のチョンヘは郵便局で働く二十九歳の女性である。古びた団地の部屋に一人で暮らしている。ともに暮らしていた母親も数年前に他界した。同僚とはつかずはなれず距離を置いてつきあい、恋人もいない。職場と部屋との往復の毎日は淡々と過ぎてゆく。ある日、一人の男がチョンヘを尋ねてくる。夫だった男である。男は再婚することになったとチョンヘに告げ、どうしてあんなことをしたのか理由を教えて欲しいと迫る。チョンヘは新婚旅行の途中で夫を置いて、ひとり帰ってきてしまったのだった。チョンヘは黙り込む。それは消すことの出来ない少女時代の記憶へとつながる質問だった。
そうして自分の殻に閉じこもって暮らすチョンヘにも小さな変化が訪れた。気になっていた作家志望らしき青年に声をかけて食事に誘う。ご馳走を用意して男を待つチョンヘ。しかしその晩、青年は来なかった。そんな折り、一人で食事に出た先で酔いつぶれた若い男に会う。絶望して泣く男。そんな男をチョンヘはただ抱きしめる。男が泣きつかれて眠った後、チョンヘは男のナイフを持ち出す。自宅へ戻り、猫を逃がし、幼い頃に自分をレイプしたおじに会いに行く。公園のベンチに叔父と並んで座り、チョンヘはバッグに忍ばせたナイフに手を伸ばす。おじはただ黙って座っている。手の甲の血管が浮き出るほどに激しく握り締めるが、チョンヘは叔父を刺すことはできずにその場から逃げ出してしまう。逃げる途中で足がもつれて転び、バッグから飛び出したナイフで手に怪我をする。公衆トイレで傷を水にさらしながら、チョンヘは声を上げて泣く。母親が死んだときにも泣くことのできなかった彼女は、このとき初めて嗚咽を上げ、涙をこぼして泣いた。
やがてチョンヘは自宅へ戻る。猫を放した場所に戻って姿を探すが見つからない。そこへ先の作家志望の青年がやってくる。食事に行くと約束した日、少しだけ寝るつもりが熟睡してしまって行けなかった。申し訳ない。もし良かったら、もう一度誘ってはくれないか。
迷いと期待、そして、おびえの入り混じったチョンヘの表情を残して映画は終わる。
+
徹底した現実感を持って、その暮らしは描かれる。同僚とのどうでもいいおしゃべり。一晩中つけっぱなしのテレビ。寝るのは布団ではなくソファだ。向こう側へ行く時間を知らせる目覚ましのベル。女は緩慢に動き出す。家での一人の食事はわびしい。カップ麺に湯を注ぎ、通販で取り寄せたキムチは皿に盛ることもせず、指でつまんで箱から直接口に運ぶ。
この暮らしを知っていると思った。骨の髄までなじんだ暮らしだ。そう感じるがゆえに、チョンヘという女に、自分がどんどん擦り寄っていってしまう。これはわたしだ。東京郊外の2DKのアパートを緑で埋め尽くして、わたしもまた、こういう暮らしをしていたことがある。大量の植物は必要なものとしてそこにあった。水をやり葉の汚れを落とし、自分が手をかけないと死んでしまう、あるいは弱ってしまう存在が必要だった。子猫を拾ってくるのも同じだ。自分以外のものに手をかけることでようやく息がつける。テレビをつけっぱなしにするのも、消すことも叶わないまま内に抱えるものに目をそむけていたいからだ。人と深く付き合わないのは自分を保てなくなるのが怖いせいだった。ぴたりと閉じておけば生きていくことだけはできる。楽しいこともないかわりにそれ以上につらい目に会うこともない。食べて寝て働いて、そうして時間が過ぎるのを待つ。傍観する。孤独といえばこれ以上の孤独はないが、さみしさとは他人に期待することから、そして、その期待が叶わないことから生まれる感情だから、はじめから手を伸ばさないと決めていれば、しのげないほどつらいものではない。たまらない、たまらない。こんな暮らしを人目に晒してくれるな。
こうしてわたしはこの映画にとっぷりとはまり込んでしまった。
せつこ
こんばんは。私、常々一番浅ましく哀しさを表すシーン(特に映画で)は食べるシーンだと思っているの。孤独に苛まれている時に、一人で食事をするってことは辛い。もし映画を撮るなら、そういう食べるシーンを入れたいなと思っていた。そして以前見た映画で恋人を亡くした女性が(これは中国の映画なんだけど)夜中に一人で麺を食べていた。黙々と。台詞も何もないけれど、上手いなと思った。ほとんど台詞のないような映画だったけれど、丁度その時必要としていた映画だったかな。
Ayaさんの見た映画のキムチを食べるシーンも目に浮かぶようだった。できることならば。二人で微笑みあって慎ましくとも楽しい食事をしたいね。それが無理ならば、せめて一人であっても、食べることを楽しみたい。楽しめる生活を送りたいと思う。
aya_sakita
こんばんは。食べるというのは人の根っこの部分を引き出すのだろうか。
『チャーミング・ガール』でのキムチのシーンはなんだか身につまされるようだった。傍らにはカップ麺があって、はこからキムチを摘み上げると汁が垂れるの。その汁をまた、皿とかではなく左手の手のひらで受ける。だらしない感じはしないんだけど、そういうところに頑張れない絶望がじわじわと伝わってきて、いやだなあと思った。リアルすぎてあんまり見たくなかった。映画に寄り添いすぎは重々承知しながら、ぐっとのめりこんで観ていた。食べるって生きることと直結してるじゃない。そのときはそこまでして生きなきゃいけないの? と涙がぼろぼろこぼれた。そのときはね(笑)。
黙々と麺を食べる恋人を亡くした女性。それもまた胸に迫るものがある。深いところに落ち込むと言葉が出なくなる。また、言葉にはなんの意味もなくなる。そういうときにできることってあんまりない。
そういえば、カーバーの短編にThe small good thingというのがあったな。子どもを亡くした夫婦が、その子のバースデーケーキを取りに来ないと怒るパン屋に会いに行くの。
話を聞いたパン屋はその夫婦に焼きたてのシナモンロールを勧める。食べなさい。食べることはこういうときにできる些細な、でも大切なことだよ、とかなんとか。
せつこ
再び、こんばんは。
カーバーのその話、覚えてる。シナモンロールを勧めるのだったのか。バースデーケーキは覚えていたのだけど。「食べなさい」って温かい言葉よね。口に出さなかったとしても、辛い状況の時に何か食べ物を与えてくれるって。私、泣きながら食べるという行為がとても好きだな。そういう時はジャンクフードかあるいはお茶漬けのようなシンプルなものがいい。そういう時、私は生きているなって思う。泣きながらそれでも食べる。(笑)でも、そういう「味」を知っている人は、多分他人がそれを必要としている時に黙って(或いはどうでもいいようなバカなことを言って)与える事ができるんだろうなと思う。
aya_sakita
シナモンロールでなかったっけ。どろりとした砂糖がけのパンの絵が浮かんだんだけど(笑)。カーバーの話はいつも絵で覚えてる。不思議。
泣きながら食べるなら、そうだな、わたしは生活感ありありのものがいい。たくわんとか。ぼりり、ぼりりと音を立てて食べたい。
自分も人にすっと食べ物を差し出せる人でありたい。せつこさん、そういえば、よくガムをくれるよね(笑)』
2006-10-16 元気でね 
「いま大丈夫?」
と七つ下の妹より電話があった。妹が電話をかけてくるのはたいてい何かに困ったときなので一瞬ひやりとする。
「お父さんのことなんだけどね」
「お父さん?」
「なんか言ってた?」
「なんかって?」
「だからほら」
「ほらじゃわかんないよ」
「心配してたとか」
「かの子を?」
「うん」
「そりゃ、してるでしょう。お盆にも帰ってこないんだから」
「そっかあ」
「当たり前だよ。お母さんが会いにいったときも部屋にいなかったって言うじゃない」
「うん。……あのさ、お父さん、誕生日だったんだよね」
ああ、そうかと思う。父の誕生日を忘れていて、いまさら本人に言えないから様子を探りたいのだ。
「なんかやった?」
「なんかって?」
「お祝いとか」
「うん。外でご飯食べて、帰ってきてから麻衣子ちゃんのお手製のケーキで蝋燭消して、で、プレゼントを渡した」
義理の妹は菓子作りが得意だ。一緒に暮らすようになって、我が家の祝い事は華やかになった。
「今年は何をあげたの?」
「ちょっとした健康器具」
「ふうん」
「子どもたちからって言ってあるから、かの子の名前も入ってるよ」
「え、そうなの?」
ぱっと声が華やいだ。現金なやつだ。
「これからも入れといてね」
「あはは」
「ね」
「いいけどさ、たまには帰ってきなよ。お父さんもお母さんも淋しがってるよ」
「うん」
「本当になんかあったわけじゃないんでしょ?」
「ないよ。忙しいだけ」
「お父さんに電話入れたげなよ。今からでもいいから」
「うん、そのつもりで先にお姉ちゃんにかけたの。どんな具合か知っておいたほうがいいと思って」
「あはは。大丈夫。心配はしてるけど、そういう心配の仕方じゃないから」
「うん、よかった」
「カズも気にしてたよ」
「うん、でも、お兄ちゃんはすぐ説教するしさ」
弟は妹に厳しい。ことあるごとにえらそうに説教を垂れる。その分、わたしには頭が上がらない。父や母には反発する弟もわたしの言うことだけは聞くので、義理の妹がいつも可笑しがっている。
「ケイ君は元気?」
「うん、元気」
「仕事はその後どう?」
義理の弟は転職したばかりだ。
「なんとかやってる。あたしのほうが給料いいけどね」
「食べられてるならいいんじゃない」
「まあね。じゃ、また電話する。ありがとね」
「うん。元気でね」
電話が切れた。
元気でね、はこの先しばらく会わない相手に言う文句ではなかったか。それがふいに飛び出した自分の口がさみしかった。
せつこ
そうだね。元気でね、という言葉はどこかしんみりとした感じがあるね。
とても柔らかい家族の情景が感じられる。
妹さん、かの子さんと言うのか(笑)
aya_sakita
お、初コメント(笑)。ありがとう♪
うん、しんみりするね。うんていから落ちてわんわん泣いていた妹なのに、気づいたら遠くに行ってしまったなあとか。自分が必要なときしか連絡とれないあたりが、あの子らしいんだけど。わたしを避雷針に使うなっつうの(笑)。
2006-10-13 無題 
夜半にみどりより電話あり。
鬱々とした声で「あやちゃん?」と第一声が聞こえた。沈んだ気持ちが声にダイレクトに乗っている。正直な女だ。わたしは彼女の正直さを評価しながら、一方で嫉妬している。鬱々とした気分をそのまま声に乗せることなどできない。そういうときほど、はしゃいだ声を出すだろう。面と向かってしまってはごまかすことなどできないが、電話やメールだったらいくらでも嘘をつける。嘘とまでは言いすぎかもしれないが、伝えないというのはやはり消極的な嘘である。わたしは生来の嘘つきなのだ。
みどりとは十年のつきあいになる。間をあけながらも長く付き合ってきたのは、その人生や性格が自分の鏡像だったからかもしれない。わたしがのどから手が出るほど欲しかったものを彼女は手にしていた。みどりが羨望してやまないものをわたしは持っていた。いまのみどりは自分が狂っているのではないかとおびえている。大きな出来事が立て続けに起こって心に変調をきたしはじめた。
さて、ここからは自分話となるが、二十代の後半にうつ状態に陥ったことがある。体重の減少、食欲不振、不眠、無気力、無価値感、罪悪感。症状としてはそんなものだったが、ここでうつ病といわずにうつ状態と言うのは医者には行かなかったからだ。名前をつけてもらったわけではないので、きっぱりとうつ病だったとは言い切れない。ただ、絶望感が長く続いたというだけの話かもしれない。当時、特に無価値感と罪悪感にひどく苛まれ、自分の、特に体が憎くて仕方がなかった。ちょうどその頃、仕事が忙しく厳しい先輩達に囲まれていたのは幸運だったと思う。判断力が鈍っていて使えないわたしを叱咤して動かしてくれたのは彼らだった。仕事がなければ、どうなっていたかわからない。
その鬱々とした状態は三年を経て上昇を開始した。きっかけは確かにあったが、いいかげん上昇する時期に来ていたのだと思う。上向きに転じるまでの三年間、それまでの人間関係の一切を絶った。その状態を友人たちに言えるほど強くはなかったし、そういう自分を受け入れられずにいた。理由をつけては断り続けたので、三年の後には誰からも誘いがかからなくなった。もちろん淋しかったけれど、やつれた自分の姿を見せるのは忍びなかった。体重で七キロ落ちていた。七キロ落ちると人は顔が変わる。親を心配させたくないので実家にも帰らなかった。
上向きに転じて、以前の友人たちに連絡を取った。みどりもその一人だ。わたしたちはそれまで親しい友人であったから、突然の一方的な断絶は彼女を傷つけたようだった。連絡を絶った三年間にあった出来事を話すとみどりは泣いた。同情して泣いたのではない。怒りの涙だった。なぜ言ってくれなかったのか。自分はそんなに頼りないのか。
ありがたかく、心底申し訳なく思ったけれど、当時の苦しみをシェアすることはできなかったと今でも思う。うつ状態で、一度誰かの手にすがったらその手を離せなくなる。手を離さなければ、やがて重荷となって相手は去っていく。きっちりと線を引ける強い人もあるかもしれないが、わたしには無理だった。線が引けないために、実際に失ってしまった関係もある。いてくれると思った人が消えたときの虚無感は相当なものだ。だったらはじめから手を伸ばさない方がいい。
ただ、そうして自分の殻に閉じこもっていくことが良かったのかどうかはわからない。医者に行って薬を処方してもらえば、人を選んで助けを求めていれば、もっと早く、たとえば一年ほどで切り抜けられたのかもしれない。
しかし、自力で這い上がったという事実は事実として残った。この先また落ちることがあったとして、そのときにまた同様に這い上がれるとは限らないが、それでも、一度は抜け出したという実績は消えない。些細なきっかけでうつ状態に陥るほど弱いかもしれないが、自力で這い出せるほどには強かったという実績。
この一年、みどりには大きな出来事が立て続けに起こった。問題は沈静化してきたが、沈静化をきっかけに心に受けたダメージが顔を出しはじめた。うつではない。珍しい種類の心の病だ。相談を受けて精神科の受診を勧めたのが先週のことだが、今日の電話では付き合っている男にそのことを告げると男はしり込みしたと言っていた。判断力が落ちているだろうから、誰か信頼できる人とともに受診してその医者でいいのか判断してもらったほうがいい、とわたしは言ったのだったが。まあ、男が怖気づくのもわからなくはない。自分の妻であったりすれば別だろうが、そうでもないかぎり、そこまで腰をすえて付き合えはしないだろう。近くにいるならわたしが付き添ってもいいのだが、あいにくみどりは遠方に住んでいる。
そんな男やめちまえと悪し様に罵ると、みどりは男を弁護した。自分でも好きかどうかわからないと言うが、彼の存在は必要としている。世の中の多くの人がそうであるように、みどりにも彼女を認め、求めてくれる誰かが必要だ。彼がその役割を担っているのは間違いがない。やんわりと、彼と話せないかと訊ねるとこれは無碍に断られた。彼の中に心の病について偏見があるのなら取り払った方がいいのだが。病んでいるか病んでいないかなど、病名がついているか否かの違いでしかないとわたしは思う。
みどりは確かに病んでいるかもしれない。その感情の起伏の激しさは尋常ではない。だがしかし、あなたやわたしが病んでいないわけではないだろう。あなたが病んでいないのと同様にみどりは病んでいないし、わたしが病んでいるのと同様にみどりは病んでいる。
みどりは決して川をはさんだ向こう岸にいるわけではない。わたしやあなたが歩いているのと同じ、地続きの海岸ぺりを歩いている。
2006-10-12 早朝覚醒 
ぐっしょりと汗をかいて目が覚めた。いやな夢でも見たかと思うが、断片を追うほどに記憶はこぼれ落ちて三十分の後には跡形もなし。布団から這い出すと一気に汗が冷えて身震いするほどに寒い。濡れたTシャツを替えたいが、ここで体を動かしたら本格的に覚醒してしまう。時計は2:20を指している。2:22のぞろ目を確認して目を閉じた。そのまま布団の中でとろとろするも明け方四時にきっぱりと覚醒。朝を迎える。昨夜の残りの野菜炒めと赤米炊き込みご飯で朝食をすませる。食欲はからきし。しかし、眠れないときほど食わねばならぬ。食えないときほど眠らねばならぬ。どちらかを満たしておけば倒れることはない。どちらも満たせなくなったら潔く倒れればいい。倒れたところで誰が困るでも悲しむでもなし。convertibleなワタクシ。気楽なものだ。
通勤の電車の中でもぎんぎんに覚醒している。覚醒しすぎて座席に身を貼り付けておくのが難儀だ。頭の芯にちりちりとした痛みあり。頭蓋の内で高速で回転するスーパーボールのイメージが浮かんでこびりつく。蛍光オレンジのスーパーボール。ゴムだから耐えられないほどの痛みではない。痛みそれ自体を切り離すこともできる。回転しているのがいが栗でなくてよかった。あるいは剣山とか。
と思った瞬間に鉄製の剣山が回転しはじめる。いってえ。
こないだ会社の先輩に連れられて初めて風 俗で抜いてもらったんだけど
やっぱ金払うのもったいねーわ・・そう思わね?
先輩風 俗いっぱい知っててチョー自慢気だったけどさぁ
これ知らねーなんてカワイソすぎ(^^; まぁあえて秘密にしたけどwww
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これヤった後でパチ屋に行ったら勝率上がりすぎwwwwww
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ただの軍資金稼ぎのつもりでヤってたんだけど、
パチも負けねーもんだから金が余りまくりっす・・(^^;
まー金は余っても困らないからまだ続けるけどねーヽ( ・∀・)ノ
とりあえずBMWでも買うわwwwwwww
あっもう!ちょ!!!凄い!!!凄いよ!!!!!
あぁぁテンション上がりすぎて何から言えばいいかわかんねwww
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オッス!ニートの桜井だよ!いやいや毎度毎度!!!!!
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3日お風呂入らずに来て!!って言われたから
我慢してその通りにしたんだが、行為を始めた途端に
チ ン カ スだらけの俺のテ ィ ン コを咥えてキレイにしてくれたわwwww
とりあえずされるがままでフィニッシュしたんだが、
ボーナス付けるとかイミフな事言われて8 万ゲットしたよ(^^;ラッキー♪
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