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◆マンガ『なぞの岩戸』

◆マンガ『かえってきた小鳥』 ◆『かえってきた小鳥 第2章』(連載中)

2012-01-16

[]10年ぶりの『悪霊』 10年ぶりの『悪霊』を含むブックマーク



 10年ぶりにドストエフスキーの『悪霊』を読んだんだけど、とにもかくにも「こんな話だったんだ」という驚きがありました。


 大学1年の教養の授業で新潮文庫版を読まされた時は、本当に歯が立たなくてちんぷんかんぷんで、当時それは人名が覚えられないせいだと思ってたんだけど、今読み直すと、もっと根っこからまるごと読めてなかったのがわかる。

 この小説は登場人物の会話やしぐさの中にある含みやほのめかし、あてこすりや隠された願望が大きな意味を持つのに、言葉の意味を表面通りに受け取っていたので、それぞれのキャラクターがなんでこんな風に動くのかというのが全然わからなかったんですね。この辺り、18、19当時の自分のコミュニケーション能力がどれほど貧しかったのかがわかってしまっておそろしい(いまだって貧しくって困るんだけど)。


よくって。わたし、あなたにさっきこう言いましたよね。わたしは、自分の時間を一時間だけって決めていたって、だからもう落ち着いたものよ。あなたも、ご自分の一生をそうお決めになったら……といっても、あなたには目的がない、だって、これから先も、まだいろんな《一時間》や《一瞬》をたくさんお持ちになるんでしょうから


 悪魔的な美男子スタヴローギンに誘惑され、婚約者がいるのに一夜を明かしてしまった令嬢リーザがスタヴローギンに向けたあてこすりまみれの辛辣な言葉。スタヴローギンの中に底知れないものを感じ、強烈に惹きつけられていたリーザが、実際に誘惑者と一夜を明かしてみたら、その飽きっぽさ、底の浅さ、キッチュな俗悪さを認めてしまい、一気に軽蔑するという場面です。


 今なら「こんな風に幻滅することってあるんだろうな…」と感じ入ってしまうけど、10代の頃はリーザの態度がどうして一変したのか全然わからなかったし、そもそも《一時間》や《一瞬》が何を示してるのかもよくわかっていなかったように思います。相当なネンネ読者ですね。

 この後、リーザが群集の中にふらふらと出て行ってしまう場面は、19世紀の小説とは思えないくらい生々しさと暴力に満ちている気がします。


  結末近くに、「自分が何も信じていないということさえ信じていない」スタヴローギンが幼なじみの農奴出身の娘、ダーリヤに力を振り絞るようにして送った、文法的にも稚拙な手紙のいびつなメッセージと願いがなぜか胸を打ちます。


あなたはかつてぼくの《看護婦》になることを願って、いざというときには、あなたを呼びによこすという約束を取りつけました。ぼくは二日後にはここを出て、もう戻らないつもりです。ごいっしょしますか?

(中略)

ぼくたち、いっしょに出かけ、そこで永久に過ごしましょう。ぼくは、どこにもけっして出ていくつもりはありません。


 しかし、18、19やそこらの学生(NOT文学専攻)に「ついてきなあ!」とばかりに『悪霊』を読ませた先生は、なかなか無茶をさせるお人だったんだなあと思うけど、こういう蛮勇が10年後、20年後に感銘を呼び起こすこともあるんだから、教育って奥深いやね……あれ、びっくりするほどまじめな結びに……。

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2011-12-18

[]中高年の憂鬱― ミシェル・ウエルベックある島の可能性中高年の憂鬱― ミシェル・ウエルベック『ある島の可能性』を含むブックマーク


ある島の可能性

ある島の可能性


 40代になっても50代になっても、20代の見た目のまま美しくいたい! 50代になっても60代になっても10代や20代の女の子とつきあいたい!


 こういう願望を世間は馬鹿馬鹿しいと思うのか、それとも率直で自然なものだと思うのか。20年前は「年甲斐もない」と笑われたのかもしれないけど、今はどうだろう? 20代にしか見えない40代の女性が「奇跡」ともてはやされて、歳相応の変化は「劣化」と言われてしまう。親子ほどの歳の差の結婚がメディアを賑わしている。この調子でいくと、10年後、20年後は?


 のっけからにべもない話をしてしまったけれども、ミシェル・ウエルベックの『ある島の可能性』を読むと、こういう身も蓋もない願望をくだらないと笑えたらどんなにいいか、そんな風に思って暗い気持ちになってしまいます。しかし暗い気持ちになりながら、おもしろくてしょうがない!と興奮して、ページを繰る手が止まらなかった本でもあります。


 遺伝子操作により人類から進化したネオ・ヒューマンが暮らす未来の時代。ネオ・ヒューマンは子どもを作らず、クローニングと記憶の転送技術によって同一の遺伝子の持ち主が永遠の命を繋いでいる。ネオ・ヒューマンには笑いや悲しみといった感情がなく、性欲や愛情を求める心もない。

 ネオ・ヒューマンの〈ダニエル24〉は、遠い21世紀の祖先〈ダニエル1〉の残した「人生記」を読み、ネオ・ヒューマンの目から見たら愚かで不可解なダニエル1の生涯をひも解いていく。


 21世紀に生きるダニエルは『みんな大好き乱交パレスチナ娘』なんてタイトルの番組をやるような、『ボラット』のサシャ・バロン・コーエンをもっと過激にしたような切れ者のコメディアン兼映画監督。成功者なったダニエルは、歳を重ねるほどに愛情やセックスを求めて、忍び寄る老いにおぞけをふるう。


僕は、相手がどんな娘であれ、これから彼女たちとつきあおうとするとき、自分が受けるにちがいない屈辱のことを想像した。すんなりつきあってはもらえないだろう。つきあったとしても、いっしょに街を歩くのを恥ずかしがり、友だちに紹介するのをためらい、ぽいっと僕を捨てて同じ年頃の少年のところへいってしまうだろう。僕はそうしたことを何度も繰り返し想像した。そしてそんな状況になったら自分はとても生きていけないだろうとわかった。僕には自然の掟に背こうなどという野心はまったくない。つまりペニスの勃起能力は低下傾向にあり、低下を食い止めるためには若い肉体を探す必要がある……僕はサラミの袋とワインを開けた。それなら金で買うんだ。僕はひとりごちた。


 ダニエルが初めて愛した女性で、妻となるイサベルは、〈ロリータ〉という雑誌の編集長をつとめている。〈ロリータ〉は表向きはティーン向け雑誌だけれど、真のターゲット層はもっともっと上の世代。イサベルは語る。


どう考えても、三十代の女性が〈ロリータ〉なんて名前の雑誌を買うのは馬鹿げてる。でもチビピタのトップとか、超ショートパンツを買うのだってどっこいどっこいでしょ。ラジョワニー(註:雑誌の株主)が狙った大穴は、女性が、とりわけフランス人女性が強く抱いてきた、その馬鹿げているという感覚が、いつまでも若くありたいというそのものずばりな願いの影に、少しずつ消えつつある点なの。

(略)

人が歳を取るのを恐れるのは当然のことだわ。とりわけ女性はそう。それはいつの時代だって同じこと。でもいまのこの状況は……なにからなにまで度が過ぎている。女性は完全に狂ってしまったのだと思う。


このように看破した知的で美しいイサベルもまた、自身の老いの前に打ちのめされてしまう。ダニエルとイサベルの間には性的なすれ違いもあったりして、夫婦はうまくいかなくなってしまいます。


 その後、ダニエルは若くて奔放な女優エステルと出会って身も心もとりこになり、自分で予言したような若さと老いのギャップに屈辱を感じて苦しむようになります。さらに、ダニエルは遺伝子工学による「永遠の命」をうたったカルト新興宗教のエロヒム教*1に接近していくことになり…。


 ここまで身も蓋もなく、品もなく、シニックに、「歳を重ねることが成熟なんて嘘だ」といわんばかりにダニエルやイサベルという中高年の姿を描いたウエルベック…恐ろしい作家…。

 ここで書かれているような、欲望をあおるだけあおってそれを実現できない人たちを鬱状態にさせる社会は、いまの日本で(この不況下にもかかわらず)かなり実現されているような気もします。 近い将来中年になった自分が、若さや性に滑稽なくらいにこだわるダニエルを笑えるかというと、どうだろう。全然笑えないかもしれない。そんな予感を持ってしまうことがおそろしい。


 ……と、この小説の暗い面ばっかりを取り上げてしまったけど、ダニエルの身勝手なエロ独白のしょうもなさとか、カール・ラガーフェルドトム・クルーズビョークが集うパーティーの場面のくだらなさとか、新興宗教エロヒム教の趣味の悪さ(公式HPは教祖がドリームウィーバーで手作り、イベントでテクノ調にサンプリングされたワーグナーが流れる)とか、かなりシニックでおもしろいジョークも満載。ウエルベック…やっぱり恐ろしい作家…。今回、初めて読んだんだけど、この先ついていくしかないじゃないですか。

2011-12-05

[]マリオ・バルガス=リョサ『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』 マリオ・バルガス=リョサ『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』を含むブックマーク



 マリオ・バルガス=リョサといったらノーベル文学賞作家なので、おもしろさは折り紙付きだけど重厚で読むのに骨が折れる本ばっかりなのかな…と思っていたら、これは中編くらいの長さでサクサク読めておもしろさはそのまま!という素晴らしい一冊でした。


 警官のリトゥーマ*1が発見したのは、老木に吊るされ、串刺しにされた若い男の死体。凄惨なリンチの果てに殺された青年は歌の名手として知られた男で、生前は誰かに叶わぬ恋をしていたらしい。青二才の警官リトゥーマとその上司のシルバ警部補は二人で調査に乗り出すが……というミステリ仕立てのストーリー。南米を舞台にしたシャーロックホームズという趣きで、まんまシルバ警部補がホームズ、リトゥーマがワトソンという役回りです。


 このシルバ警部補のキャラクターがおもしろい。若くてハンサムで切れ者、部下にも優しいという非の打ちどころがない人物なんだけど、ただ一つ不可解なのが女の趣味。親子ほどに歳の離れた食堂の太ったおかみ(脳内キャスティング:渡辺えり)に首ったけ。ことあるごとに「日増しに、美しく、女らしくなっていく」と口説いては熱視線を送るので、家庭のあるおかみからはどつかれ、リトゥーマも無言になってしまいます。


 陰惨な殺人事件の背景には人種差別があったりして、ペルーの暗い部分が見え隠れするのだけれど、全体的にユーモラスな味わいがある小説。シルバ警部補が食堂のおかみの水浴びを大喜びで覗く場面なんか、土ワイの混浴温泉殺人事件の古谷一行もかくやという感じで、リョサ様の筆が乗りに乗ってる姿が浮かんできます。

*1:バルガス=リョサの代表作『緑の家』の登場人物でもある

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