ぼんやり上手 このページをアンテナに追加 RSSフィード

◆マンガ『なぞの岩戸』

◆マンガ『かえってきた小鳥』 ◆『かえってきた小鳥 第2章』(連載中)

2014-08-03

[]安楽椅子のダンスミュージックたち 安楽椅子のダンスミュージックたちを含むブックマーク



 パラパラ、マカレナ、ツーステップ、ランバダ、ユーロビートといった面々は安楽椅子に座ったまま、静かにまどろんでいた。

 そこは天井に近い窓からわずかに光が入るくらいの薄暗い部屋で、椅子は一列に並べられている。彼らはほんのたまにおしゃべりをするくらいで、あとはおのおのの椅子の上でじっとしている。ときおり、マカレナが小さく咳き込む音や、ツーステップのしゃっくりが聞こえてくる。

 ダンスフロアからお呼びがかからなくなって、どれくらいの時間が経ったのだろう。


 ダンスミュージックたちは眠りを知らない。ダンスミュージックたちは吸血鬼のように、夜の間中ずっと起きている。吸血鬼は人の血を吸って生き永らえるが、ダンスミュージックたちは若い人間の汗や熱気を吸い込んで生きていた。


 あの子たちはどうしているのだろう。ダンスミュージックたちは懐かしい思い出に浸っていた。どのダンスミュージックも記憶の中にある若い子たちが大好きだった。


 アルマーニのシャツなんて着てても、まだ少年のしなやかさを骨に残している青年。プラスチックの大きなイヤリングをして、歳を5つも上にサバ読み、VIPたちのお気に入りとして成り上がる家出娘。蝶の鱗粉のように男たちの肩に跡を残すグリッターのアイシャドウ。ジャケットの両肩をぴんと引っ張る、ぎゅうぎゅうに綿がつめられた粋な肩パッド。ミラーボールやブラックライトの人工的な光が照らす瑞々しい肌。


 ダンスミュージックたちは若い子たちを愛していたから、彼らの声に耳をすませていた。


 「もうママのところへは帰らない」

 少女の声を聴いたランバダは言った。

 いいだろう。まだあどけない君をママのところへ返しはしない。君はさっき、ほんの5分前に出会ったあの男のことを、ママよりも愛してしまったんだろう。私の流れに身をまかせて、あの男の太ももの間に君のきれいな足を差し入れなさい。門限にうるさいママもパパも、手品みたいに君の頭から消えてしまうよ。


 「あの子を連れ出したい」

 青年の声を聴いたユーロビートは言った。

 いいだろう。あのツンとすましてとびきりお高くとまったワンレンの彼女。女王様みたいなあの子をさらっていきなさい。君は今夜、勇敢な騎士のようにフロアで誰よりも上手に踊ったのだから。自慢のインテグラの助手席に彼女を乗せて、湾岸線を飛ばした遠く向こう、誰も知ることのない場所へ。


 ダンスミュージックたちは年寄りが嫌いだった。恥ずかしげもなくダンスフロアにやってきて、きょろきょろと若い子を物色する若作りの中年たち。ダンスミュージックたちはそんな時、複雑なステップで年寄りたちの足をもつれさせては転ばせた。ようやく自分が場違いな恥さらしだと気づいた年寄りがおずおずと退散する姿に、ダンスミュージックたちは大笑いした。


 ダンスミュージックたちはそれぞれの思い出の中で過ごしていて、おしゃべりをすることはそれほどなかった。夜の世界を生きる同族意識はあったけれど、実際のところ世代も育った場所も違うので、共通の話題があまりなかったのだ。


 ある時、ランバダが目立たないようにいそいそと荷造りをしていた。なんでも、ひさしぶりにお呼びがかかったと、はにかみながら言う。「ジェニファー・ロペスとかピットブルとかいう歌手が、ぜひ私を使いたいと言っているそうでね」。誰もジェニファー・ロペスのこともピットブルのことも知らなかったが、ランバダだけにお呼びがかかったことに、ダンスミュージックたちは胸が苦しくなるほどのうらやましさを覚えた。ダンスミュージックたちは胸の痛みを押し隠しながら、無理に笑顔を作ってにこやかにランバダを送り出した。


 しばらくするとランバダが帰ってきた。夢見心地のようなぼんやりとした顔をしている。マカレナが「おかえり」と声を掛ける。

 「楽しかったかい」

 「ああ、楽しかった」

 「フロアを沸かせたかい」

 「ああ、沸かせたよ」

 「みんなまた、あの有名なダンスを踊ったんだろう?」

 「ダンス? ああ、それは踊ってなかったかな……」


 それから数日間、ランバダはフロアの熱気がまだそこにあるような幸せそうな顔をして過ごしていた。そして再び、静かな安楽椅子の生活に戻っていった。熱狂から遠く離れた、はてしなく続くまどろみの日々。あんなに幸せそうだったランバダは、だんだんと沈みがちになり無口になっていった。ある夜、ダンスミュージックたちは、押し殺したすすり泣きの声を聞いたような気がした。

 

 いつ終わるともしれないまどろみの中で、ダンスミュージックたちは思う。愛しいあの子たちはどうしているだろう。いつまでも永遠に若い、ダンスフロアで踊り続けるあの子たち。


 「ママのところへは帰らない」と言ったあの女の子。あの子はちゃんとママから逃げおおせただろうか。まさか、2人も子どもを産んで、盆暮れには実家に帰ってママの世話になる……そんな平凡な母親になっているわけはあるまい。だって、あんなにキラキラと輝く特別な女の子だったんだから。

 「あの子を連れ出したい」と言ったあの男の子。今でもとびきりの女の子を助手席に乗せているだろうか。くたびれきったサラリーマンになって上司の顔色をうかがいながら、マンションのローンのためにあくせく働いている……まさか、そんなことあるはずがない。だって彼は、私たちが愛したダンスフロアのプリンスだったんだから。


 どうしてあの子たちは我々を呼んでくれなくなったのだろう。あんなに愛していたし、愛されていたのに。どんな願いだって叶えてあげるつもりだったのに。私たちと一緒にいれば、年寄りになんてならずに永遠に若くいられたのに。

 

 ダンスミュージックたちはきつく目をつぶる。ダンスフロアがあらわれる。お気に入りのあの子たちがいつものように踊っている。ミラーボールの下で汗がきらきらと光る。胸が苦しくなるほどの愛しさと熱狂。ずっとずっと夜は続く。朝なんて決して訪れない。音楽は永遠に鳴りやむことがない。

2014-07-28

ayakomiyamoto2014-07-28

[]スペインで見た猫 スペインで見た猫を含むブックマーク


 先日、スペインに旅行してきました。10年以上ぶりの外国旅行です。

 旅先では妙に猫が気になり、ちょくちょく写真を撮りました。


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 南のほうにあるネルハという海沿いの街。ヨーロッパのバルコニーと呼ばれてるそうで、欧州からとおぼしきファミリー観光客がたくさんいました。


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バルコニー猫たち。観光地の猫らしく、ハトがそばを歩いていても完全無視。


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 9歳か10歳くらいの観光客の男の子が、この中にいたトラネコをいとおしそうにずっと撫でていたのが印象的でした。ほかの観光客に連れられて吠えながら散歩している犬が近くを通ると、男の子が猫の顔をさっと片手で覆って、猫から怖い犬が見えないようにしているのがとてもかわいく、心打たれました。


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フリヒリアナという村にいた子猫。


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馬と犬もいた。大きさの違いがすごい。


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 グラナダで泊まったペンションで見た、お腹大丈夫なのかと心配になるほど長い間噴水の水を飲んでいた猫。宿のご主人に「お宅の猫ですか?」と聞くと(英検3級の英語で)、「彼は好きな時に来て、好きな時に行っちゃうんだよ」とのこと。この猫に道で会ったときに「おーい」と声を掛けたら、「ミャッ」とうっとおしそうに返事をしてくれた。


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 同じくグラナダの猫。暑そう(実際暑かった)。


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 トレド猫。こっちの猫は足がすらっとしてるなあと感心しました。

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2014-07-20

ayakomiyamoto2014-07-20

[]文士村への引っ越し 文士村への引っ越しを含むブックマーク


 「あなた様を真正の文士とお見受けし、わが村に移住していただきたく候。住居・生活一般の用意もございます」


 月曜日、かりそめの姿である会社員として、とりとめのない業務でよれよれになってアパートへと帰った私は一通の手紙を受け取った。火曜日、急いで荷造りをし、仕事も社員食堂の味も、同僚たちの顔も、なにもかもが平坦な勤め先をあっさりと捨てて、誰にも何の連絡もせず、逃げるようにして遠く遠くのこの村へとやってきた。


 それから幾日が過ぎただろう。朝はすがすがしい空気と小鳥の声で目覚める。心地よく調えられた部屋。趣味のいい数枚のレコード。ベッドに近い窓から、遠い山の稜線が朝日を浴びて浮かび上がるのが見える。なにげない風景の一片が詩になる。

 そう、ここは都会の喧騒から遠く離れた文士村。文化の薫りたゆたうまほろば。日経平均株価にしか興味のない経済ゴロやIT錬金術の軽薄なウェッブ屋、業界に憧れるだけで文字も読めないワナビーはお呼びでない。だがしかし、私は呼ばれた。


 文士村の住民は、その名の通りすべて文士、オール文人体制である。詩人、俳人、小説家、論評家、コンテンポラリーアーティスト。表現にかかわるさまざまな「文士」たちが居住している。その数は数十人とも百人に及ぶとも言われているが、移住してまだ間もない私は、せいぜい十数人の姿しか見ていない。


 引っ越してきたばかりの私に声をかけてくれたのは作家のI氏である。彼はこの界隈ではリーダー格で、ここでの暮らしのことをいろいろと教えてくれた。

 文士村には仕事というものがない。文学活動に専念することが仕事といえるかもしれないが、文学は仕事というより人生そのものだ。私たちに課せられているのは、ただ生きることである。これはI氏の弁である。


 天気のいい日は、大通りに面したI氏の家の前に椅子を並べて、数人で文学談義にふける。この日のメンバーはI氏と詩人のS氏、そして新参者の私である。彼らと少しでも話せば、皆すぐれた文士であることがわかる。パナマ帽を被ったり、パイプをくゆらせた姿がいかにも文人らしい。実際に彼らの作品を読んだことはなかったが、気鋭の文学者たちと肩を並べていることが誇らしかった。


 大通りに面して並べた椅子で文学談義を繰り広げていた私たちは、自分たちも気づかないうちに黙り込んでいた。目の前を一人の女人が通り過ぎていったからである。


 文学者たる私の務めとして、彼女がどのような様子だったかをとくと観察し形容せねばなるまい。切れ長のすっきりとした目に赤く塗られたふっくらとした唇。頭の形を美しく見せるショートボブから伸びる華奢な首の線。体にぴったりと張り付いたタイトなスカートが重力に逆らうような腰を浮き立たせている。白い日傘を差した女人はこちらに目もくれず、軽やかな調子で歩いていった。

 彼女はこの村では、私よりもさらに数日新参者であった。なんでも、自身の奔放な恋愛を題材にスキャンダラスな内容の私小説を執筆しているという。


 「ふん、あれが噂の発展家の女史ってやつか」

 苦み走った顔でI氏がつぶやく。

 しかし、わたしはI氏が女を評するときに、ことさら好んで「発展家」という言葉を口にしていることに気がついていた。ハッテンカという言葉を転がす時のI氏の舌先は、ハッカのキャンディーでも嘗めているような刺激とほのかな甘みを味わっている。目はしっかりと女史の後ろ姿を追っていることを、文学者たる鋭利な観察眼でわたしは見抜いている。


 「スキャンダルの具体的な内容を、実地で知りたいものですね」

 同じく、女史の後ろ姿から目を離さずに、詩人のS氏が軽口を叩いた。

その顔は好奇心を隠さない。

 S氏は「どんなに美しい女も詩作のための一つの素材に過ぎない」といってはばからなかった。女性の怒りを買ってもおかしくない言葉だが、不思議なことに、そう公言するS氏の素材にしてほしいと願い、彼にわが身を差し出す女たちは後を絶たなかったらしい。しかしS氏はこの村ではそういう美しい「素材」が少ないと嘆いていた。


 数日後、夕暮れ時の薄暗い路地で女史と逢引きしているS氏の姿を目にした。

 さらに数日後、人目を気にしながら女史の家に上がり込むI氏の姿が目撃された。


 I氏とS氏は通りで顔を合わせても挨拶すらせず、口もきかない仲となった。悲しいことである。ともに文学の理想を語らいあった同好の士が、たった一人の女によって決別してしまった。しかし、私の文学者たる部分がこれは絶好の人間ドキュメント、人間観察の場であると伝えていた。私は文士たちが演ずるこの人間ドラマを、観察者として一定の距離を置き、怜悧な目で外側から眺めるのだ。


 ある日の昼下がり、何の前触れもなく私の住居に女史があらわれた。ノックの音が聞こえ、扉を開けるとそこに女史が立っていた。

 どうして、どうして観察対象が私の領域まで入り込んできたのだ! 混乱する私の胸に、女史は何も言わずに倒れこんできた。扉は開いたままで、私はあわてて女史を引きはがそうとする。

 女史は「あたくしのこと、いつも見てたから知っているでしょう? あたし、さみしいの……」とつぶやき、ますます私に体を押し付けてくる。彼女の体温や息の温かさを感じる。観察者のままでいるには、あまりにも距離が近すぎて、視覚が像を結ばない。午後の日差しが私たち二人をじりじりと焼く。観察者であり文学者たる私は……私は……


 そこで、天空のスクリーンから昼下がりの午後の風景を映しだすヴィジョンが消え、空が割れるようにゆっくりとドームが開いていった。午後の日差しが暗やみに変わり、私たちは抱き合った格好のまま、あっけにとられたように上空を見上げる。暗黒の宇宙空間に、青白い彗星が大きく尾を引いていた。村のスピーカーから「彗星がステーション付近を通過中です」とアナウンスが入る。


 そう、ここは文士村。文学や芸術に関心のある人物ばかりをランダムに集めたスペースコロニー。趣味嗜好を同じくする人間を集め、限られた空間で共に生活をさせることで、精神心理がいかなる影響を受けるか評価するための、宇宙空間に作られた実験の場である。


 「続けましょうか」

 しばらくの間、青白い光に照らされて彗星を眺めていた女史が私へ顔を戻して言う。無言でうなずき、女史を扉の中に引き込む。

 被験者の生活ぶりや人間関係は逐一観察され記録されているというが、我々にはっきりとしたことは知らされてはいない。私たちはただ、文士村の住民の名に恥じないように、日々を生きるのみである。そうやって生きることそのものが、文学であるのだ。


 地球から遠く離れた文士村に移住して145日目、私はまだ原稿に取りかかってはいない。

 

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