ASC“代表の徒然” プライベート このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-04-24

[][][]ASCビジョン〜創立記念日の翌朝想う〜

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今日は、ASC創立記念日の翌日。

朝起きて、つくづく思う。

16年前にこんな朝を迎えられると思っていただろうか、と。

16回も記念日を祝うことができました。心から感謝します。

 

これもひとえに、

ASCシェイクスピア劇を愛してくださった観客の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます

そして、一緒に活動してくれた仲間たち、スタッフの方々、諸先輩方、

いくらお礼を言っても足りません。

感謝の気持ちを形で表さねばならないのに、ここ2年ほどは、

企画公演や外部演出などはやっているものの、

本公演を上演できていないことが、

我ながら何とも悔しいです。

 

が、ただ沈黙を守ってきたわけではありません。

日々、私たちなりに研鑽に励んできました。

新機軸は何か、私たちはなぜシェイクスピア劇を上演し続けるのか、

そんな問いをもう何度自分たちに問いかけてきたことでしょう。

 

17年目に突入し、光明が見えてきました。

それもかなり具体的なビジョンです。

発想の転換とは、なんという生みの苦しみなのでしょう。

が間もなく、産み落とすことができそうです。

 

シェイクスピア☨アラカルト”

ウェディングシェイクスピア

 

前者は、日野が命名しました。

後者は、僕。

どちらも“シェイクスピア Revue”の発展形です。

そもそも“シェイクスピア Revue”も、

シェイクスピア Duo オンデマンド”の発展形です。

http://homepage2.nifty.com/asc_web/nextstage.html

 

つまり、すべては同じコンセプト。

〜目の前の人を大切に〜。

が、それぞれ対象が違うのです。

またもうひとつ

 

“シェイキング SHAKESPEARE

 

シェイクスピア各作品の本質と核だけ取り出した、

ウィスキーで言えば「ピュアモルト」的な上演形態

 

まだ発表はできませんが、

様々な上演スタイルが具体性を帯びてきました。

また、グローバルにもなってきています。

日本にとどまらず世界公演こそがシェイクスピア作品の本領

 

停滞の時期は、創造の始まりの証し。

そう自分に言い聞かせてきましたが、

そろそろそれも終わりにしたいと思います。

 

凛と立つASCシェイクスピア

さりげなく、深い」

 

まもなくお届けします。

いましばらくお待ちください。

ご期待は裏切りません。

 

【お知らせ 1】

年明け早々から毎日曜日開催してきました

「彩乃木崇之&近童弐吉のシェイクスピア勉強会」は、

4月末をもって一区切りです。

ASCとは別の活動として、

全37作品上演を前提にその下準備として実施してきましたが、

僕と近童弐吉さんの間で、全作上演に対する目的に若干のずれが…。

なので、方向性をもう一度ふたりで検討します。いったんお休みです。

勉強会については、今後“あやのぎ塾”の一環として開催します。

基本的には、やはり毎日曜日の夜です。詳細は後日公式サイトにて。

またいずれにしても、近童弐吉さんには

上記のASC新機軸公演の際には、ぜひお力をお借りしたいと考えています。

 

【お知らせ 2】

新機軸の公演に向け、

日本語英語による企画書作成や上演会場のリサーチなど

いま具体的に動き始めました。

とくに日野聡子が、東京は浅草あたりから神奈川は桜木町エリアまで、

首都圏をほぼすべて自転車移動、文字通り奔走しています。

それでもまだまだやることは山積。仲間を絶賛大募集です。

力を貸してください。お願いします!

 

シーズンメンバー募集(キャストスタッフ

http://homepage2.nifty.com/asc_web/other/audition_menber.htm

 


 

2012-01-21

[][][]NHKスペシャル シリーズ日本新生 「生み出せ!“危機時代”のリーダー

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http://www.nhk.or.jp/shinsei/

リーダーについての多事争論がとても興味深かった。

自分にいったい何ができるかを深々と考えさせられた。

それこそが番組目的だったようだ。

「小さなリーダー」を目指したい。

早速明日、小さいが初体験のできる機会がある。

ある種の「リセット」になりそうだ。

 

以下、心に残った言葉

(こういう言葉は、羅列するといつもインパクトがなくなる。本当に残念。)

 

自分たちができることを探す、その力をもっている者。

・一瞬にして人の意識を変えられる人。

事なかれ主義ではなく、事あれ主義で、問題を解決していく力。

自分の商品を必要としている人を探し出し、プレスメント(正確に渡すこと)をできる人。

・ジョブズの言葉 

ハングリーたれ。愚か者たれ。」

時間は限られている。誰かの人生を生きる時間はない。」

今日人生最後の日なら、今日の予定をあなたはやるのか?」

人生のところどころでリセットしていく。リセットはときとして変人扱いを受けるが、一度経験すると怖くなくなる。

・大人が若者をサポートし、表に出ない。

若者がどう動けるか。それを社会がどう支えるか。

・大人が希望を語る。それが子どもたちにとって大切。

・小さなリーダーがたくさん出現してほしい。

・目の前にいる人の幸せを祈ることのできるリーダー

・多事争論こそがリーダーを生み出す。

 

2012-01-05

[][][]献身の年。

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新年、あけましておめでとうございます。

貢献と奉仕の精神、目の前の人を大切に。

本年のスローガンであります。

 

ASCのカンパニー理念「まっすぐに、ただひたすらまっすぐに。」を

今年はとくに肝に銘じます。

http://homepage2.nifty.com/asc_web/asctoha/index.html

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

皆様、くれぐれもご自愛なさってください。

皆様にとって素敵な一年となられますよう、

心よりお祈り申し上げます。

 

アカデミック・シェイクスピア・カンパニー(ASC)代表/“あやのぎ塾”塾長

彩乃木崇之

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2011-05-17

[][][][]マルセ太郎さん。

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マルセ太郎という芸人さん、

10年前に残念ながらお亡くなりになりましたが、

素晴らしい方でした。

マルセさんの一人語り「スクリーンのない映画館」は絶品。

邦画・洋画を問わず映画一本を、独特の語り口で再現してしまうのです。

ASCの1998〜2001年

“ONLY ONE シェイクスピア 37”シリーズを上演の時、

とても大きな影響を受け、大いに勉強させていただきました。

http://homepage2.nifty.com/asc_web/asctoha/asctoha_series.html

http://homepage2.nifty.com/asc_web/jobs/no12_onlyonevol1.htm

 

先日、“あやのぎ塾”のレッスン後、

塾生の日野聡子と話をしていた時、

日野がこの1週間で見た映画DVD3本の話をしてくれた。

うち1本を僕が全く知らなかったので、

ストーリーを日野が語ってくれた。

面白かった。

聞き終わった後、1本の映画を見たときのような心地よい充足感。

(ちなみに日野は、その映画をあまりお気に召さなかったらしい。それも不思議。)

そのとき、マルセさんを思い出した。

 

マルセさんは、2001年に亡くなった。

マルセさんは、一度だけASCの公演に来て下さった。

懐かしの銀座みゆき館劇場。

確か2000年のはず。

マルセさんの芸に感激した僕は公演に招待させてもらい、

それに応えてくださった。

肝臓がんとの闘病中で、みゆき館の客席に座っておられる

日に焼けたような氏のお顔を鮮明に思い出す。

本当にありがとうございました。

 

マルセさんが生前中学生に向けて書かれた文章を

あるお医者さんがブログにアップしてくれていました。

ここにご紹介します。

http://blog.m3.com/turedure/20070124/Be_

 

語る。

人に語るということ。

その大切さをあらためて考えました。

 

マルセ太郎さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

ありがとうございました。

 

【Be動詞への自信】

マルセ太郎  

 

僕は1933年生まれですから、中学生になったのは敗戦の翌年でした。生まれ育ったのは大阪です。戦争による焼け跡の中、食べ物に不自由していた頃でしたが、それでも中学生になった喜びがありました。電車で通学するため、定期券を持つのがえらくうれしかったのを憶えています。科目別に先生が変わることや、小学校ではクラスを、一組、二組と言っていたのが、A組、B組という、つまらないことまで、何か未知の世界が広がっていくように思えたものです。中でも英語が習えることに、わくわくする期待感がありました。しかしこの期待感はすぐに挫折しました。やはり難しかったのです。

 

僕らは単純に、英語の単語さえ覚えれば、それをそのまま日本語とおきかえて、英語ができるものと思い込んでいたのです。君達もそうでしたか。ところが知っての通り、そうはいきません。主語が変わると、アムとか、アーとか、イズという、つまり「Be動詞」が変化することや、他にもややこしいことが多くでてきます。どうして、アムならアムだけで統一しないのか。僕たちを勉強させるため、わざと面倒にしているのではないかと思ったほどです。

 

Be動詞というのは何なのでしょう。僕らは英文のamの下に、「です」と仮名をふって日本語に訳していました。いまでも「です」と教えられているのですか。大人になってから考えました。あれを「です」と教えてはいけないのです。大切なことは、Be動詞を、日本語にはないのだということを、まず教えるべきです。

 

ではBe動詞とは何か。「存在」なのです。アイアム。私は存在している、ということです。有名なシェイクスピアの劇、「ハムレット」に出てくる台詞があります。To be or not to be、生きるべきか、死ぬべきか。to beで生きることを意味しています。つまり存在することが生きることなのです。

 

話しを急転回します。よくみなさんは、自信をもて、と教えられませんか。先生も親も、上に立つ人は、なにかというと自信をもてとあおります。もしかしてみなさんも、自信をもつことが正しいものと、受け入れているのではありませんか。自信て何でしょう。僕は嫌いです。むしろ害悪だとさえ思っています。なぜなら、それは他と比較する上で成り立っているからです。彼には負けない自信がある。この中では一番になる自信があるとか、すべて競争の論理で成り立っています。

 

それでは自信は必要ないのか。そんなことはありません。生きるため大いに必要なことです。そこで言いたいことは、「Be動詞」への自信を持つという事です。アイアム。アムへの自信です。私は存在しているのだ、ということの自信です。ユーアー。あなたは存在している。ヒーイズ。かれは存在している。ここに優劣の比較はありません。

 

   

2011-05-16

[][][][]しゃべりすぎだ、っちゅうの。

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昨日のスローガンは、「端的に」「シンプルに」「聴く」。

聴けていないから、やることが複雑にうるさくなる。

そうツイッターにも書いた。

 

では、検証。

実際に目標達成はなったのか?

昨日は一日中“あやのぎ塾”のレッスンだった。

 

しゃべりすぎだ。

注意しててもやはり言葉が多い。

注意してなかった以前は、おそらく無駄な言葉の嵐だったことだろう。

自分が喋りたいことで頭がいっぱいになり、

思考の指向は超内向き、

脳味噌の急性オタク化症候群。

 

つまりしゃべりたいことを考えることで

脳はフル稼働してしまい、

目の前でいま起こっていることを感知しきれない。

聴けていない。見えていない。

勝手にしゃべっているだけ。

自分に酔っているトランス状態。

 

稽古中、演出をしていて陥る罠の一つに、

演出者の頭の中だけで作品が成立してしまい、

実際の出演者たちの演技が理想の形になっているかどうか、

その判断を見誤ることがある。

目の前ではまだそうなっていないのに、

演出者の目は、脳内の自分ビジョンを見ているのだ。 

 

しゃべりすぎるときにも同じことが起こる。

しゃべりすぎてちゃんと見ていなかったために、

何年間も誤解し続けることがある。

7年間誤解していたことが、昨日判明。

愕然とした。

 

ちゃんと「聴く」のに7年かかった。

正確に事実をつかんだことにより、

これまでの一連の疑問点の多くが一気に解消した。

また、なんと多くの徒労があったことか。

自分の思い込みにより、

一番最初の事実認識が違っているのだから、

その後の対応と行動は、的外れになるのは当然。

7年越しの熱演。

自分にあきれた。

 

伝えたいという思いが強いとしゃべりすぎる。

その伝える情熱は、今のままでいい。

が、言葉の量を減らせ。

そのために、言葉を昇華しろ。

眼の前の人の心の中で起こっていることに、

最大限集中しろ。

たくさんしゃべるのは、それができてからだ。

シェイクスピアの真似は、まだ10年早い。

 

7年越しに分かったことはショックだったが、

でも気持ちがよかった。

素直に反省できる。

自分の心の風通しがきっとよくなる。

目の前の人を大切にしたい。

 

  

2011-05-15

[][][][][]原点回帰。

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原点に戻ろう。

ASCを結成するとき、3つの担当が僕にはあった。

俳優、演出、責任者。

やりたい順番は、上記の順。

グローブ座カンパニーで培った俳優としての実力を

自分の劇団で試したかった。

 

が実際は、即、

責任者、演出、俳優の順になった。

当然と言えば当然。

まずは人のことなのだ。

そうしないと進まない。

まずは、責任者としての仕事。

ものを創る前準備がなければ話にならない。

続いて、作品創りの最高責任者といえるのが、演出。

演出の方向性が定まらなければ、やはり進まない。

一番最後は一人でチマチマやっててもいいこと、

つまりは役づくり、俳優としての仕事だ。

一人でもできる部分が多いということは、

どんどん後回しになってしまうということ。

が、後に回して時間が足りずうまくいかないと、

周りの人に被害甚大、作品全体をも壊しかねないのが、

役づくりだ。

 

思えば。

結成記念公演「ジュリアス・シーザー」のときもそうだった。

正確に台詞が入っていなかった。

一度やったことのある役なのに。

キャシアスは僕の当たり役なのに。

責任者&演出としてのプレッシャーが、記憶力を大いに弱らせた。

 

さらに思うに、

アカデミック・シェイクスピア・カンパニー(ASC)のこの15年は、

純粋に俳優としての自分を大切にはできなかった、

と誤解を恐れずいまためしに言ってみる。

(力になってくれたメンバーや関係諸氏の皆さん、ごめんなさい) 

だから、不平不満がいつもどこかにあったようにも思う。

一番やりたいことがいつも中途半端に終わることの

やるせなさ、後ろめたさ、欲求不満。

 

ここで一度、原点回帰。

30余年前上京してきたときの初心に戻ろう。

気持ちの問題なのだ。

一俳優としての立場を若いときのように自覚する。

その上で、いま

自分は何をやりたいのか、

自分には何が必要か、

深々と自問した後に、即行動だ。

若いときは、いまのように時間をかけず

まずは動いていた。

 

動くことにより、

必要な衝動を呼び起こす。

 

2011-05-08

[][][][]できることは、もちもとやりたいこと。やってきたこと。

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先日観たある劇団の研究生の自主公演、

実にすばらしいものだった。

愉快だった。感動した。

若者たちの汗は、いつ見てもいい。

 

が、ひとつ気になったことがある。

その自主公演は基本的に無料、御代は見てのお帰り、

とのことだった。

カーテンコールの最後に受付の女の子が一言。

「御代の一部は、被災地に募金します。」

この一言に、考えさせられた。

募金は必要ないんじゃないか?

 

若者の自主公演、

「持ち出し」じゃないわけがない。

みんなバイトしながらぎりぎりの経済状態でやっているはず。

が、お足をいただくほどのレベルではない、との自己判断から

チケット代は無料にしたんだと思う。

でもやっぱりお金は欲しい。苦しいもんな。

そこで「御代は見てのお帰り」となったわけだ。

だが、この御代自体が将来ある彼らへの募金のようなものだ。

募金が別の募金(震災の)に回る不思議さ。

「若い僕らに、エールの募金を!」

のほうがよくないか?

彼らの熱い汗だけで、生きる喜びを感じることができた。

いまの日本で最も大切な感覚だ。

 

そんなことを思ったら、震災直後の演劇人たちのあわて方を思い出した。

もちろん自分も含めて変にあわてていた。

演劇の意義を声高に訴えていた。

 

無理に何かを付け加えなくてもいい。

演劇人は、真摯に演劇をやり続ければいい。

最後の一人まで捜索を続けると決意したある消防団長のように、

微力を知った上での力強さ、底力を持ちたい。

 

2011-05-07

[][][][]やるほうがいいのか、いけないのか、それが問題だ。

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ある日のハムレット的思考。

その日、やろうと思いついたことが4つあった。

  

1.やろうと思いついて、実際にやってよかったことは、2つあった。

2.やろうと思ったが、やらなかったことが、2つ。

3.1のうち、一度Qを外したが慎重に次の機会を狙い、すぐ後に成功。

4.2のうち、1つはやらなければリスクはゼロだが、やれば失敗する可能性はあった。がやはりやったほうがよかったと後で思った。もう1つは、やらないと逆によくないことが起こる可能性があったにもかかわらず、やらなかった。おそらく自分一人が目撃者ではなかったからだ。

  

【1について】

Qを外してもそこでやめず次のチャンスを丁々発止と狙う、それこそが演劇。

俳優の芝居が面白いときは、やはり演出家や観客との戦いがあるからだ。

名優と評されたり自分が最高責任者の劇団では、面白くなくなることはよくある。

戦いがなくなるからだ。「丁々発止」がないのだ。

自分が演出した芝居の中では、いかにイレギュラーなことをやろうと許される。

それこそ、「丁々発止」がない。

だから、演出家が主演する芝居は、面白くない。

猛烈に自省。

   

【2について】

やはりいずれにしろやったほうがよかったと言えるのではないか。

 

思いついたことは、とにかくやったほうがいい、という結果。

「あとは沈黙。」なんて言わないで、

「思い立ったが吉日」です、ハムレット君。はい。

  

  

2011-05-06

[][][][] ボーダーレス。「当たり前」の功罪。

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家族や恋人、友人など、

いつも自分のそばに、目の前にいてくれる人たち。

大切だ。かけがえのない存在。

が、その存在が「当たり前」になってしまうと、

意識的には、日常的に感謝しなくなる。

感謝を飛び越え、次に進んでしまうのか。

ありがたい気持ちをスルーパス、傲慢にさえなる。

愚かにも人は、

最も大切な人に感謝を忘れる。

 

そのことに深く反省しつつも、

別の視点で考えてもみた。

すると、

大切な人がそばにいることが「当たり前」のとき、

悪いことばかりじゃないようにも思えた。

日常的な感謝を忘れてしまうときは、

もっと深い関係性を相手に感じているときではないか。

平常時は確かに感謝を忘れた無礼者のようだが、

非常事態には、無私となり命にかえても相手を救う。

いざとなったら身命なげうつ、という気構えや責任感、使命感が、

日常的な感謝を忘れさせている場合があるのではないか。

一言でいうと、自分と相手との“一体化”だ。

相手は自分でもあるから、いちいち感謝しなくていい?

 

そう思って僕の周りを眺めてみた。

すると、ずいぶん景色が変わった。

家族や友人の行動に対する自分の見方がずいぶん変わったように思う。

かつて筋の通らないことは

どんな小さなことでもひとつひとつ気になっていたが、

不思議と気にならなくなってきた。

というのも、

相手にはもっと大きな筋があるのだと感じられるようになったからだ。

相手からの日常的な感謝言葉が少ないのは、

僕の気が付かないもっと深くて、大きて、親密なことを、

僕との関係の中で相手が思ってくれている証拠。

相手が、僕と自身を一体とみなしてくれている証拠。

ということは逆に、僕に不平が多いのは、

僕が自分と相手を分別している証拠。ボーダーライン。

 

誰しも自分を認めてもらいたい。

自分の善意は、たとえそれが小さくても気づいてもらいたい。

が、そう思い込んでいるうちは、

自分がどんどん窮屈になる。気が流れない。

くりかえすが、

自分の小さな善意に気づいてもらえないときは、きっと

相手がもっともっと大きな善意を自分に向けようとしてくれているときだ。

少なくとも僕の大切な人たちは、そう考えてくれているようだ、

いまさらながらそれに気が付いた。

 

すると、

自分が口にする「ありがとう」という言葉が増えてきたようにも思う。

つまりは、

認めてもらえないと不満を抱いていたのはやはり当の僕で、

実は一番感謝を忘れていたということか。 

 

★★★★★★★

 

震災を乗り越えようとしている我々日本人。

ボーダーラインなく、いまこそ一体化したい。

 

★★★★★★★

 

2011-04-22

[][][][]できることは、信じてること。

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NHK「マイケル・サンデル 究極の選択」大震災特別講義 を録画して昨日見た。

上海、東京、ボクトンの学生を(日本では数名の著名人も加わった)をネット中継で結んで行われた。最後のサンデル教授の言葉が印象に残る。

「議論の中では意見の不一致もあった。しかし今回の災害を世界がどう受け止めたのか、どんな意味を持つのか、それを理解しようと私たちは力を尽くしてきた。私の願いは、国境を越えて交わした今日の議論が、たとえささやかでも日本の皆さんへの励みとなることです。

日本の皆さんが行動で表した美徳や精神が、人間にとって世界にとって、大きな意味をもつということ。それが再生、復活、希望につながる一助になればと思います。

今後、日本の皆さん、そして善意をもって支援をしようという世界中の人々が、この議論の中に何かを見出してくれればと願います。参加してくれたみんな、どうもありがとう。」

議論するということは、

結論にのみ意味があるのではなく、

議論をする行為そのものに大きな意義がある、

とサンデル教授の番組を見ているといつも感じる。

議論という行為の意義とは、

議論する、問題を互いに投げかける、そこから

各人がそれぞれ何かを見出す一助とする、ということだ。

 

ところでなぜ僕は、

教授の最後言葉が印象に残ったのだろうか。

我々の思考を活性化させ議論を深めさせることが、

サンデル教授の「義援の形」、そう思ったからだ。

つまりは、

もうわかったからといいたくなるくらい♪AC~♪がテレビで繰り返している

『いまわたしにできること』だからだ、教授にとって。

僕が驚いたのは、

教授にとっては、いつもと変わらないことなんだ!

ということ。

 

力ある人にとっては、震災前も震災後も

やることが変わらない。

 

★★★★★★★

 

自分のメモ帳を見ると、

震災後(3月時点)の演劇人の意見の中に、

たとえば次のような正直な言葉があった。

 

「公演するかどうかの議論は演劇をやる意味を見つめることにつながった。やりたいからやるでは通用しない場面で、社会との接点を改めて考える必要を感じた」

 

また別の率直な気持ちに、

 

「演劇行為に迷いがあった自分は、震災という非常事態のおかげで、逆に焦らなくてもよくなった。自分の中に妙な安定感。変だ。その正当化のために、今は何もしなくていいということか。“やる”ほうが“やらない”よりつねに難しい。が、今は、ことさら“やる”理由を見つける必要はない。そして、いつものように、やり続ければいい。やり方が変わるだけだ。やらないことではない。」

 

また僕はといえば、

震災前の2/28に三重Duoでわが人生最大級の挫折をしたばかりだったので、

http://d.hatena.ne.jp/ayanogi/searchdiary?word=%5B%BB%B0%BD%C5Duo%5D&.submit=%B8%A1%BA%F7&type=detail

震災に関係なく、実質活動休止状態だった。

そんな人間がここぞとばかりにエラそうに発言した。

⇒過去エントリー3/21 「元気よりも電気だ。」

http://d.hatena.ne.jp/ayanogi/20110321

だれに反論したかというと、

震災前から予定していた公演にもかかわらず、

変な後ろめたさや自信のなさから「普通」にやれなくなり、

ポンプアップを図り、カラ元気的な意義をひねり出して

自らを無理やり正当化しようとするかに見えた活躍中の演劇人に対して。

僕の僻みか?

 

とにかく、震災直後は、芝居人、

とってもみんなおかしかった。

あたふたしていた。あたりまえだが。

(そんな中、老舗新劇の仲代さんの言葉は、「普通」で、率直で、素直で、いまだに響く。)

 

★★★★★★★

  

力のないやつが、吠える。

力がないと自覚してても認めたがらないやつが、もっと吠える。

 

ふだんの生活の中で、

自分のやっていることをどのくらい信じているか、

こういうときにはっきりしてくる。

 

力があってもなくても、

いま「信じていること」をやればいい。

それがいま「自分にできること」だ。

 

『信じていることしか、自分にはできない。』♪ASC~♪

 

 

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