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2013-08-28

[][]神明中学演劇部は、抜群!

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7/31の平塚市立中学演劇発表会のDVDを観る。

ほかでもない指導した神明中学も出場。

本番にはいけなかった。

 


もう抜群にいいではないですか!!

みんなの大健闘に拍手喝采です!!!

  


「和食」ばかりの学校の中、神明中だけが「洋食」、とは顧問先生言葉

最高に美味しい「洋食」だと思った。

そして相当に難しいことにみんなが立ち向かっている気迫を感じた。

その共通した体験が、秋の文化祭まで3年生全員が部活を続ける、

下級生も大喜びといった現在の結束力につながったのだと確信



ありがとう


僕の反省点。

「海」を知らなくても「海」の素晴らしさは実感できるはず、

が、やはり「海」を実感してもらうまでにいたらなかった、ということ。

予感的中。

知らなくても実感できる、

それこそ人間けが持ちうる最大の力である想像力

それは演劇の魂。

愛や思いやりも想像力なくしてはありえない。

「海」を子どもたちに伝えきる方法を今後さらに熟考したい。

  


僕が未熟でも、みんなはなんとか「海」を体感しようとしてくれた。

そう思った。

子どもたちの熱意に胸を打たれる。

本当にありがとう!!

  


そして、これはDVDを観てはじめて思ったことだが、

次回はぜひ劇場スタッフとの打ち合わせに、あるいは劇場でのリハーサルに、

先生とご一緒に僕も立ち会えないものかと考えた。

もちろんお許し願えればだが。

照明変化のタイミングやスピードなどをちょっと変えるだけで、

みんなの演技が見違えるように素晴らしくなるはず。

エンディングのシルエットでのソロダンス、かっこいい。

あいった良さがほかにももっと隠れている。

それをピックアップしてあげたい。

それは僕の仕事なのだと思った。



それにまた、ドラマクライマックスはどこにあるのかをみんなに伝えることもしなければ。

いまは全部を同じようにがんばっている。

もちろんそれでいいのだが、

いちばん「美味しいところ」を知って演じると、ドラマはいきなり劇的になる。



音、いい。

歌詞を抜いたメロディラインがとても有効に働いている。

これは吹奏楽にも長けている顧問松原先生演奏

さすが音楽家

「照明音響賞」はうなずけます。



これからほかの学校の上演を観るが、

おそらく神明がすでにダントツの一番、僕の中では。

観ていないのにおかしいな。

でもでも、

未知なるものにチャレンジしているみんなの気迫、

これに匹敵する学校はそうそうないと思うから

生きていくことは未知なるものへの挑戦、

それこそが中学演劇本質だと思うから

誰もが知っている「和食」ばかりの中、神明中学けが唯一の「洋食」だったとの先生言葉

ぴったりの表現ですね。



本質にまっすぐ向かっている神明中学演劇部は、本当に素晴らしい!

僕の誇り。

大きな勇気をもらいました。

何度も何度もありがとう



いつの世も「新しいもの」は、初めのうちは受け入れられない。

からこそ、「圧倒的」であらねばならないのだと思う。

そのためにまだ僕のできることはあるのだと確信

松原先生来年もどうぞその機会をください。

 



本当に本当に、

ありがとう


【2013.9.17 追記】 

このエントリー記事について、お詫びいたします。

神明中学のみんなを誇りに思うことが、

ほかの中学の生徒の皆さんやその関係者の方々に対し、ご不快な思いを抱かせてしまいかねないと反省いたしました。

大変申し訳ございません。

どの学校も、みんな眩しいくらい輝いていました。

みんなから大きな勇気をいただきました。

本当にありがとうございました。

 

 

【2013.9.19 追記】 

http://d.hatena.ne.jp/ayanogi/20130901

以上のように講評の視点に疑問はあったものの、平塚神明中の公演で主人公の一人をやった3年生の女の子が個人賞を取った。

これは大いに頷けた。

なぜかというと、オンリーワンの演技だったからだ。

 

世界中彼女にしかできない演技だった。それも、いまの彼女にしか。

確実に、そこにいた。

これこそが演劇

とくに青少年にとっての演劇は、このことがとても大切だと思う。

指導者は肝に銘じなくては。

 

子どもたちのやりたいことを汲み取り、

それを生かし、

子どもたちの心の中に自尊心を育み、

互いに敬う心を育てる。

それこそが本物の自信となる。

青少年演劇実践の意義だと思う。

 

 

 

 

2013-08-27

[][]新“シェイクスピア・アラカルト”青少年バージョン

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シェイクスピア全37作品から観劇してもらう観客の年齢層や好みに合わせ、

あるいはリクエストにお応えする形で数作品を選び出し、

そのクライマックスシーンや名場面を連続してご覧いただくといった内容になっています。

それもただ単に羅列するのではなく、全作品を貫くテーマを横断的に捉え直し、

よりダイナミックに感じ取ってもらいたいといった企画です。

「アラカルト」という命名どおり、「美味しいとこ取り」という訳です。

 

 

また〜目の前の人を大切に〜といったことをスローガンにしています。

いまこの瞬間自分の目の前にいてくれる人を大切にすることなしに、

多くの人への思いやりなどありえない、

からこそまずは身近な人を大切にしてほしい、という願いがこめられています。

その意味で、上演形態Duo(二人芝居)となっています。


 

来る11/29の東調布中学での上演作品は、上演順に、

マクベス」「ヴェニスの商人」「じゃじゃ馬ならし」「ロミオとジュリエット」「ぺリクリーズ」の5作品です。

(昨年の一橋大学での上演では「ロミオとジュリエット」はなく、「ハムレット」が加わっています)

はじめの4作品では、いろいろな男女の愛のあり方を、年齢をさかのぼる形で(つまり大人の愛→初恋)、

ときにシリアスに、ときにコミカルに、そしてロマンチックに、プランニングしています。

そして最後の「ペリクリーズ」では、

過酷運命に翻弄された父と娘の奇跡的な再会のシーンをご披露します。


 

この青少年バージョンでは、

思春期子どもたちに恋愛のすばらしさを感じてもらいたい、

と同時に、真剣に異性を愛してもらいたい、はじめの4作品にはそんな願いがこめられています。

さらに、素敵な恋愛の後結婚子どもを授かる、男女の愛が家族の情愛へと昇華していく、

そんな人生の大切な軌跡を子どもたちに感じ取ってほしいと、

最後に「ペリクリーズ」をもってきました。


 

上演時間は、1時間20分です。

 

 

はじめのプロローグと四大悲劇ひとつマクベス」で25分、

いきなりシェイクスピアの劇的世界子どもたちを案内した後、

休憩効果のある愉快な「ヴェニスの商人」があり、

とても身近な喜劇じゃじゃ馬ならし」が続き、

純愛ロミオとジュリエット」が終わる約1時間経過の時点であえて一度幕にします。

終わった感じ。子どもたちに一息入れてもらうためです。

そのあとアンコールという形で、家族愛を描いた「ペリクリーズ」の上演という流れです。

そのほかに、「お気に召すまま」「夏の夜の夢」などの台詞もちりばめてあります。



延べ1時間20分。

この流れなら、中学1年生でも十分集中力は持続するのではないかと考えています。

(10数年「子どものためのシェイクスピアカンパニー」で子どもたちの前で演じてきた勘ですが)

マクベス」以外の4作品はそれぞれ約10分前後です。

ロミオとジュリエット」が15分くらいかな。

それにプロローグエピローグなどを加えて1時間20分となる予定です。

上演後は、アフタートークも予定しています。


 

また、とくに大掛かりな装置などは用いません。

基本的には、椅子ひとつです。

人がそこにいる、ただそれだけでとても意味のある尊いこと、

そういった意味がこめられています。

   

    

    

幼き頃の読み聞かせ

温かいママの胸、頼もしいパパの膝の上。

愛されていることを小さな背中で実感した幼心が、

想像力の翼を思いっきり羽ばたかせて物語にのめりこんだ。

何もない空間で紡ぎだされる私たちの作品が、

あの頃の安心感と躍動感を思い出すきっかけになれば、本当に幸せです。


2013年

アカデミックシェイクスピアカンパニーASC代表  彩乃木崇之

    

    

 

2013-08-20

[][]いま君がそこにいるということ。〜神明中学指導で思う〜

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何かが違っていた。

今回の神明中学での指導に思う。

 

 

到達すべき目標値があらかじめ想定してあったように思う。

僕の中にも、そしてこれは勝手想像だが、顧問先生の中にも、部員みんなにも。

具体的な目標値は各々さまざまであったとしても、

到達すべき頂上に行かねばならないと各人が思い込んだ。とくに僕が。

これが一番の問題か。

 

 

また、僕がかかわって4年目、伝統らしきものが部員の中に芽生え始めていることを感じた。

それを嬉しく思ったが、それによって当の部員たちが縛られてしまったのではないか。

そんなことを今思う。

 

 

演劇もっと自由であるはずだ。

これでいいんだ、と思った瞬間に呪縛の罠にはまる。

 

 

中学生は、とくに神明中の子どもたちは、本当に純粋だ。

純粋すぎると言ってもいいくらい。

から、大人を信じすぎる。

指導者である僕を信じすぎてしまった。

そして自分たちの持つ自由を手放し、羽をもがれた。

僕の責任

 

 

大人を全面的に信じてはいけない、

でも自分自身も信じられない、

人の一生のうちもっとも不安定な心持ちの時期が思春期なのは言うまでもない。

 

 

中学生演劇をやる意味とは。

演劇中学生に果たす役割とは。

思いやりや共感など、教育的な意義はもちろんあるだろう。

が、それらは最も大事なことではないような気がする。

 

 

熱烈に人が生きている。

その存在自体の迫力、意味価値を問う必要などない、その尊さ。

圧倒的な生きるエネルギー

自由とは、そういうことだ。

 

 

それが演劇の核心だ。

それさえ彼らが感じてくれれば、

中学校という教育現場に限らず人生のすべてのシーンで、

演劇はその任を果たす。

 

 

馬鹿みたいに懸命に生きている。

そんな人間が一番素敵。

 

 

今回、僕の気持ちと実際の現場がどうも遊離していたように感じたのは、

僕自身、本質から若干ずれていたからだ、

告白すれば、おそらく自分指導伝統ができ始めたことに悦に入っていたのだと思う。

 

 

「いま自分は、ここにいる。」

ひとりひとりがそう思えることがもっとも大切だったはず。

 

 

演じる役はその道具に過ぎない。

サングラスをかけるといつもの自分とは違う感覚になる、

何か自由な気持ちになる、

役とはそういうもの。

自由な気持ちになった自分こそがいい。

役柄は本質ではなく一部分、きっかけにすぎない。

 

 

熱烈に、強烈に、訳もなく、馬鹿みたいに、最大限に生きる。

架空物語の中だからこそ、自由になれる。

 

 

みんな、本当にありがとう

そして松原先生、心から感謝しております。

 

 

 

2013.8.20早朝 彩乃木崇之

 

【追記】

日常生活の中にも、もちろんとても自由な人がいる。

心が解き放たれている自由な人の行動は、さりげなく愛情はとても深い。

そして、深いのに愉快な人が多い。

 

 

それにしても、「指導」という言葉にはちょっと違和感を感じるなぁ。

指さして導くって、神様じゃあるまいし。

 

  

彩乃木twitter

https://twitter.com/asc_ayanogi

関連していろいろつぶやいています。

 

 

 

http://d.hatena.ne.jp/ayanogi/20130828

「神明中学演劇部は、抜群!」(8/29記事)

 

 

 

 

2012-11-19

[][]シェイクスピア † アラカルト”初演成功の鍵

2012.11.19(月)

シェイクスピア † アラカルト”初演成功の鍵

  一橋大学 国立キャンパス本館 31番教室

 『舞台芸術論』の講義内にて。

 “シェイクスピア † アラカルト”初演

(この記事は、愛すべき相棒日野聡子のブログより転載したものです)

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お蔭様で無事、成功に終えることができたと思います。

いただいた言葉の数々。笑顔。

この公演に力を貸してくださった方々。

すべての人たちの顔が浮かびます。

本当にありがとうございました。


 + ☆ + ☆ + ☆ + ☆ + ☆ + ☆ +


今、正直な気持ちをここに記しておこうと思う。

この体験は初めてで、そして、この達成感を得られた理由がちゃんとある。

私は自己正当化ばかりで、それで自分や仲間の足を引っ張ってきた。

そんな自分に、事実としてここに記録しておきたい。


まず、不健康な我慢はしないことにした。

演技において、私以外の人が言うことはきっと正しい。私が変わればそれでうまくまわるんだ、変えられないのは自分が下手なだけだ。

それをヤメタ。

からなければわからないと言う。

気持ち悪ければ、なんか気持ち悪いと言う。

そして、なぜわからないのか、気持ち悪いのかも、伝える。


これが、今までと大きく違うところで、今回の収穫を得た鍵だったのだと思う。

伝えるには勇気がいるし、自分のわがままや弱音なだけかもしれない、

口にしない方がリスクが少ないと考えてしまう。

でも失くすことはできない、ちょっとずつ狂っていく。


お芝居の良さの一つには、共演者との信頼が絶対に必要ということ。

私はこれまで本当に相手役を信じていたのか。相手役をちゃんと見ていたのか。

虚構の物語なのに、現実としての信頼関係があって初めて、虚構を演じられる。

もうすぐ9年目になろうとしている師匠彩乃木さんとの共演。

シェイクスピア37作品のうちの6作品を、二人だけで役を変えて演じる。

これまでの私は、師匠の言葉を絶対とし、卑屈にもなりながらしがみついてきた。

成功の為に、それを選んできた。

そこを抜けられたのではないかと思う。

今回、絶対に成功しなければ、という思いがあった。

成功とは何か、を考えた。はっきりとはわからなかった。

上演後、成功した、と思えることが成功だ、ということはわかるから、そこに向かった。

その為には何があればもっと良くなるか、そこに集中した。

そしたら、気持ちが広くまっすぐになった。

言われたことだけにただがむしゃらになるよりも。

「目の前の人を大切に」

やっと分かり始めたのかもしれない。


今回、採用されたことがいくつかある。

黒板への作画やプロローグの導入などの提案、

具体的な演出までも生意気にも発言し聞いてもらえた。

思いついたことが稽古場で形になっていった。

嬉しい。

演目の決定は、とても不思議な体験の積み重ねでできた。

彩乃木さんと稽古していく中で、自然に決まっていった。

稽古では、その時の衝動を信じてお互いがやりたいシーンを連続して演じていく。

あらかじめの打合せはしない。

まだ初演のお話をいただく前のことだが、

ある日の稽古で『マクベス』を始めたくなりセリフをしゃべり出した私に、彩乃木さんが応じてくれ、今回上演した基本の形が偶然出来上がってしまった。

その直後『ハムレット』がやりたくなったのだけど、やるなら第三独白から始めたくて、

それならハムレットを演じる彩乃木さんに始めてもらわなくてはならないけれど、

口に出して伝えるのはつまらないから、じゃあ私がハムレットを始めてしまえばいいのかと思った瞬間、彩乃木さんが始めて、

こんなふうに次の衝動が合致することがよくあって、すごく面白かった。

こうやって、今回の一橋大学バージョンは出来上がった。


本番で黒板に作画をお願いした四谷デッサン会の人たちにも、稽古場でも本当に力を貸していただいた。

稽古場は恥をかくところだから関係者以外の人がいるとさらけ出せなくなる。そう思って、これまでは稽古を見られるのが嫌だった。

けれど、“シェイクスピア † アラカルト”は、いつでも・どこでも・なんでもがキーワード。

ノックしてくれる人を拒むなんてもったいない、こちらからだってどんどん迎え入れたい、出掛けていきたい。

それで、彩乃木さんと相談し、稽古場を開放。

最も何度もいらしてくださったのは、夏合宿でも力を貸してくださった四谷デッサン会の皆さん。

皆さんの前でだって、恥をさらしたっていい。

さらすかぎりは思いっきり。

「自信をもって間違えろ。」

師匠の言葉

さらした恥すら描いてくださる。

こんなに肯定してもらうってあるだろうか。

何度も力をいただいた。


『舞台芸術論』という講義は、一体何か。

そこを考えたのも、これまでと違う。一体何を求められているのか。

自分が信じるものを表現にし、観ていただくのが公演。

それは何も間違っていないと思うのだが、その中で、なんだか飲み下せない何かを感じ始めていた。

その違和感みたいなものに、この数年向き合ってきた。

お客様のご要望を追求してこそ、本当の美味しさが表れてくるのでは?

相手がいて 初めて 自分が生かせる。

そんな思いを彩乃木さんが掬い取ってくださり、今回マーケティング調査をすることになった。

一橋大学の小関先生にもご協力いただき、学生の皆さんに事前アンケートをお願いした。

それで発見したことはとても大きく、そこから一気に稽古が変わった。

短期間だった。

湧き起る衝動のままに進められてきた稽古の中で、今度は“見せる”ということが大きなテーマとなった。

そして、見せるためには、プランニング必要になる。

プランニングがある上で、即興で演じる。

プランニングと即興という、一見相反する2つの要素を実現するには、常に「挑戦」の意志をもつこと。

この二文字を幾度となく彩乃木さんに言われた。

様々な制約の中での、即興の自由。それを可能にするのは挑戦の心。

師匠が挑戦して良いと言うんだから、して良いのだ。

私が例えば転んでも、必ず救いとってもらえる。

また、その逆も。そう信頼してもらっているように感じた。勝手想像かもしれないけれど。

挑戦とは、感謝表現なのだとも思った。

感謝はたくさんしているつもりなのに、伝わってないなら、

伝える方法は、挑戦すること。

そして、挑戦するには勇気がいる。

勇気の源は、感謝したい相手にある。


本番をこんなにワクワクする気持ちで迎えられたのも初めてだった。

期待と武者震いで、本番前の1週間は毎朝早くに目が覚めた。

「挑戦すること。そして、新たな課題が見つかることが、今回の成功。」

そう、課題は見つかった。

こんな充実した体験を書き記したけれど、私自身は大失敗もしている。

それを思い返すと悔しくてたまらない。

というか、実は達成感の喜びよりも、悔しさの方がずっと大きい。

『ペリクリーズ』で、私は挑戦しようとしていた。

その挑戦の勇気を、自分から生み出そうとし、結果失敗した。

目の前にいる彩乃木さんを見ずに、自分だけでなんとかしようとしてしまった。

彩乃木さんは掬い取ろうとしてくれていたのに。

挑戦は、一人では成し得ない。

挑戦の一瞬前に恐怖があるのは当然で、その時必ず目の前の人は手を貸そうと構えてくれてさえいる。

そんな大事なことが、あの時見えなくなっていた。

申し訳ないという気持ちとともに、本当に悔しい。

この悔しさは、また次のステージを考えさせてくれている。

勇気感謝と挑戦。

一橋大学の学生の皆さん、

小関先生

四谷デッサン会の皆さん、

この企画発案から助言をくださった皆さん、

気にかけてくださっている皆さん、

次に出会う皆さん、

そして彩乃木さん、

本当にありがとうございます。

私自身、やっとスタートに立ちました。

まだまだ未熟な私ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

日野聡子

 

2012-10-07

[][]本音と優しさ

2012.10.07

文化庁ワークショップの報告・本音と優しさ

(以下の記事は、助手として同行した日野聡子のブログより転載したものです)

(今回のワークショップほど緊張したことはこれまでありませんでした。それほど責任の重いものでした。)

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ご報告が遅くなりましたが、先月10/7に再び神明中学校へ文化庁派遣事業によるワークショップに、彩乃木さんの助手として行ってきました。

3年生は一部引退し、2年生から新部長・副部長が決まり、新体制でのスタート。

約3週間後に行う文化祭での舞台上演に向かっていた。

 

今回ほど、予測の立てられないワークショップは初めてだった。

前日に作品の変更、新体制はどう動き始め、部員たちの状態は。

手がかりがなさすぎて、ありすぎて。

そこで、素直に質問することから始まった。

今、どんな問題があるか。

けれど皆、その核心部分を口にしようとしない。

私が今回とても感じたのは、

皆、非常に人に優しいということ。

自分を置いて、相手を思いやっている。

それが、本音を口にしないことを自分に選択させている。

人を傷付けたくない。

そこから、本音を口にすることは悪い事、としてしまっている気がした。

 

人と良い関係を築きたいから

ちょっとしたことは自分が我慢すればいい。

その時は、それでうまく流れた気がする。

飲み込んでみた。

けれど、段々その本音は体の中で暴れ出す。

それを抑えつける為に、また色んなエネルギーを使う。

相手の為に飲み下したはずなのに、そのエネルギーは相手にも伝わってしまう。

互いを気遣い合って、苦しくなって、よくわからなくなってくる。

  

その人と良い関係をずっと続けたい。

大好きだ。

その為には、「ちょっとしたことだから」と飲み下そうとしているその本音は、きっと、その時点で解放してやった方が良い。

そのまま吐き出したら、険悪になるかもしれない、傷付けるかもしれないじゃないか。

でも意外とそんなことはなくて、その為に工夫が要って、

その工夫が、結構難しくて、でもうまくいくとすごくうまくいく。

その喜びは、相手にも伝わる。

工夫は明るい。

自分の立場とか関係によって、その工夫もどんどん難しくなるけれど、

チャンスはいつもある。

 

今回も4時間余りに及んだワークショップ。

彼らは、本音をそのまま吐き出すことではなく、

思いやりをもったまま、今欲していることを、工夫し、まっすぐ口にすることを、自分自身で選択した。

そして、その結果、欲しいものを手に入れた。

想像していたよりも素敵なもの。

それは、まだ見たことのないものを欲しいと願う、自分の意志を大切にして、その時思いやりだけはどうしても外さなかったから

本音は大事にする。

思いやりはもったまま。

から工夫する。

脱帽する思いです。

そんな彼らの文化祭本番は、10/31だった。

今回は私は残念ながら観に行けなかったけれど、きっと素敵な上演になったことと思う。

見失いがちなものを、彼女達を思うと改めて教えられる。

たとえ失敗してもいいから本音を口にする工夫、そのチャレンジの回数を、

見守ってあげるのが大人の役割

その為に、私自身がもっと回数を増やすことを心掛けたい。

チャレンジは、恐いけれど、希望だけは確実にある。

いつも本当にありがとうございます。

感謝だけも、いつも確実にある。それも本音。それが一番の本音。

 

助手 日野聡子

  

2012-09-03

[][]自分が、信じる

2012.09.02

文化庁ワークショップの報告・自分が、信じる

(この記事は、助手として同行した日野聡子のブログより転載したものです)

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先日は再び、彩乃木さんと神明中学に赴いた。

県大会出場校に選出されなかったこと、

それを皆はどのように受け止め考えているのか、

何よりも、指導の方向が違ったのか、

それを見つけ改善するため。

 

指導

指し導く。

この時大人は、子どものどの位置に立つことが良いのだろう。

時には後ろに回って背中を支える、

隣りに座って同じ方向に顔を向ける、

子どもを抱きしめて、身体を張って庇う。

背中で、自らの意志に向かう姿を見せる。

 

自信という言葉があった。

自分たちの思いが審査員に伝わっていなかったことにショックと憤り、そして、伝わる演技ができていなかった。

伝わる演技とは何か。

自分を信じる、と書いて自信。

が、「自分が、信じる」ではないかと。

自分の思いを、あの時自分は信じていたか。

今この瞬間を、自分が信じるか。

 

本番も観て思ったのは、

どの学校の子も皆、真摯に一生懸命だった。

きっと先生の指し示す頂上に、一生懸命向かった。

ただ、神明中学の皆は山の頂上がどこにあるのかもわからなかった。

山の頂上さえ、自分たちで見つけようとしている。

それで良いと思う。それが良いと思う。

大人はそんな子どもを見守り、

横に座り、

時には身をもって庇う。

 

そして、それを子どもに伝えなければと思う。

どんなに叱っても、見守っていることが伝わっていなければ、子どもにとってただの敵になってしまう。

この思いを、伝える工夫はしているか。

思っていれば伝わるはずと思っていないか。

自分が信じる、その上で、伝える努力を諦めないのが大人だと思う。

「君のためだ」という言葉ほど、やる気を殺ぐものはない気がする。

思い通りになって欲しいという一点の濁りが、相手の水をも澱ませる。

「僕のために君の力を貸してくれ」と言える大人は少ない。

ただ黙々と、背中を見せ風雨から守っている大人は少ない。

 

神明中学の皆に何を言えば役に立つのか考えながら話したが、

省みると自分が思ったことを語っただけだ。

もう一歩踏み込む馬力が足りない。

それは、役に立ちたいという意志にもう一歩踏み込むことかもしれない。

自分に踏み込むことが、相手に伝わる言葉、人を動かす位置になる。

 

それにしても、子どもは大人だなと思った。

ぐちゃぐちゃな自分を認識していること自体が優しくて強い。

そんな自分が信じるものを見つけようとしている中学生に、

大人として役に立つ位置はどこか。

演技とは立ち位置でほとんど決まるというから、よく似ている。

これでもかとばかりに向き合っているのが芝居の人物達なのだからあたりまえか。

いつも教えてくれるのは周りだ。

感謝を。

 

助手 日野聡子

  

2012-07-22

[][]「おいしーのが好き!」

2012.07.22

文化庁ワークショップの報告・「おいしーのが好き!」

(この記事は、助手として同行した日野聡子のブログより転載したものです

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文化庁「子どもための優れた舞台芸術体験事業」により、本年度も神明中学演劇部に赴くこととなった。

自分で探す。

自分で選ぶ。

選ぶのは何の為なのか、それさえも自分で決める。

そういうことを、毎回皆と模索している気がする。

 

そんな彼女たちが今回選んだ作品は、『おいしーのが好き!』(作/吉原みどり)。

夢を食べるバクが、最近は受験や塾のことでいっぱいで「人生なんてそんなもん」と言いながらも悩んでいる主人公・未来はるかに、おいしー夢を探しに行こう!と、一緒に旅するお話。

こういう作品を選ぶ神明中の皆に、今回もまず感服。

読んだだけで涙する、まっすぐで素敵な作品。

 

そんな渦中へ飛び込む私の課題は、

役に立つこと、だった。

指導する彩乃木さんからは、今回何度もその言葉があった。

どう動いて良いのかわからなければ、とにかく動いてみればいい。

目の前の人の役に立ちたい、それを大切にする。

そうすれば、自分の役も立つ。

役者。

 

私が皆の役に立とうと心掛けるのは、

それが仕事なのだから、あたり前なのだけど、

“あたり前”という純粋子どもには、余計なものも付着しやすくて、その付着物に乗っ取られることはよくある。

から、役に立とうという意志と向き合うことが、私のやるべきことだった。

失敗も、ほんのちょっとの手応えも、収穫もあった。

失敗は、いつのまにか楽しさに没頭しているとき。つまり、手を抜いているとき。

ほんのちょっとの手応えは、一緒にやっている隣りの子からもらった。

収穫は、素敵な演出を自分で見つけられたとき。

からきっと、私が今回向き合おうとしていたものは、間違いではないという自分への評価が収穫。

 

まず皆が悩んでいたのは、「どう動いて良いかわからない」ということだった。

つまり、今止まっているのは気持ち悪い、ということはわかっている。

その気持ち、よくわかるなあ。

好きなように動いてみようったって、好きなようにのその気持ちが沸いてこないんだから、足一歩だって出せない。

そのためには何が必要なの?戯曲分析?足がかりが欲しい。

そんな彼女たちと一緒にやれたのは、全部の時間を合わせたら1日分にも満たなかった。

その時間彼女たちの集中力は凄さ。加速していくようだった。

あと1週間後に迫った中地区中学校文化連盟の大会まで、私たちはもう手を貸すことができない。

 

それから本番。7月28日(土)。

観に行ってきました。

この1週間の飛躍。驚いた。

台詞意味が、ストンストン胸を打つ。

教えていない動きを、難なく魅せる。

何よりも伝わったのは、皆、互いを思いやり続けていること。

常に、役に立とうという意識が動いていること。

こんなに優しくて温かくて、とても清々しい気持ちが劇場に広がった。

こういうのが、演劇さんも喜ぶ演劇なんだなと思った。

結果は、惜しくも県大会には届かず。

けれど皆は、やるだけやった、楽しい舞台だったと。

何が良いか、自分で選び、決めることができる彼女たちの言葉に、私の方が勇気をもらう。

本当は大人の手なんか借りなくても、自分で切り拓いていけるのだなと思う。

では神明中の皆に、私がやるべきこととは何だろう。

今思いつくのは、言葉の使い方に、もっともっと注意を払うことに思う。

私の方こそ、もっと皆の役に立つ為に、考えることだと思う。

子どもはまず、自分がおいしーと感じる自分大事にし、

少し成長すると、あなたはおいしー?と聞き、

大人になると、あなたがたにもおいしーを分けたいと思い、

から、おいしさにもっと真っ直ぐになろうとする。

余計なもののないおいしーって何だっけ?

けれど怠慢な大人はたくさんいて、それを気づかせてくれるのは子どもやスポーツや芸術だったりする。

まず、ありがとう

やっぱり皆、おいしーのが好き!

おいしーものにまっすぐに、丁寧にありたいと思う。

神明中の皆に、心からの拍手とありがとうを。

 

助手 日野聡子

 

2012-04-24

[][][]ASCのビジョン〜創立記念日の翌朝想う〜

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今日は、ASC創立記念日の翌日。

朝起きて、つくづく思う。

16年前にこんな朝を迎えられると思っていただろうか、と。

16回も記念日を祝うことができました。心から感謝します。

 

これもひとえに、

ASCシェイクスピア劇を愛してくださった観客の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。

そして、一緒に活動してくれた仲間たち、スタッフの方々、諸先輩方、

いくらお礼を言っても足りません。

感謝の気持ちを形で表さねばならないのに、ここ2年ほどは、

企画公演や外部演出などはやっているものの、

本公演を上演できていないことが、

我ながら何とも悔しいです。

 

が、ただ沈黙を守ってきたわけではありません。

日々、私たちなりに研鑽に励んできました。

新機軸は何か、私たちはなぜシェイクスピア劇を上演し続けるのか、

そんな問いをもう何度自分たちに問いかけてきたことでしょう。

 

17年目に突入し、光明が見えてきました。

それもかなり具体的なビジョンです。

発想の転換とは、なんという生みの苦しみなのでしょう。

が間もなく、産み落とすことができそうです。

 

シェイクスピア☨アラカルト”

“ウェディング❤シェイクスピア

 

前者は、日野が命名しました。

後者は、僕。

どちらも“シェイクスピア Revue”の発展形です。

そもそも“シェイクスピア Revue”も、

シェイクスピア Duo オンデマンド”の発展形です。

http://homepage2.nifty.com/asc_web/nextstage.html

 

つまり、すべては同じコンセプト。

〜目の前の人を大切に〜。

が、それぞれ対象が違うのです。

またもうひとつ

 

“シェイキング SHAKESPEARE”

 

シェイクスピア各作品の本質と核だけ取り出した、

ウィスキーで言えば「ピュアモルト」的な上演形態

 

まだ発表はできませんが、

様々な上演スタイルが具体性を帯びてきました。

また、グローバルにもなってきています。

日本にとどまらず世界公演こそがシェイクスピア作品の本領。

 

停滞の時期は、創造の始まりの証し。

そう自分に言い聞かせてきましたが、

そろそろそれも終わりにしたいと思います。

 

凛と立つASCシェイクスピア

さりげなく、深い」

 

まもなくお届けします。

いましばらくお待ちください。

ご期待は裏切りません。

 

【お知らせ 1】

年明け早々から毎日曜日開催してきました

彩乃木崇之&近童弐吉のシェイクスピア勉強会」は、

4月末をもって一区切りです。

ASCとは別の活動として、

全37作品上演を前提にその下準備として実施してきましたが、

僕と近童弐吉さんの間で、全作上演に対する目的に若干のずれが…。

なので、方向性をもう一度ふたりで検討します。いったんお休みです。

勉強会については、今後“あやのぎ塾”の一環として開催します。

基本的には、やはり毎日曜日の夜です。詳細は後日公式サイトにて。

またいずれにしても、近童弐吉さんには

上記のASC新機軸公演の際には、ぜひお力をお借りしたいと考えています。

 

【お知らせ 2】

新機軸の公演に向け、

日本語と英語による企画書作成や上演会場のリサーチなど

いま具体的に動き始めました。

とくに日野聡子が、東京は浅草あたりから神奈川は桜木町エリアまで、

首都圏をほぼすべて自転車移動、文字通り奔走しています。

それでもまだまだやることは山積。仲間を絶賛大募集です。

力を貸してください。お願いします!

 

シーズンメンバー募集(キャスト・スタッフ

http://homepage2.nifty.com/asc_web/other/audition_menber.htm

 


 

2012-01-21

[][][]NHKスペシャル シリーズ日本新生 「生み出せ!“危機時代”のリーダー

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http://www.nhk.or.jp/shinsei/

リーダーについての多事争論がとても興味深かった。

自分にいったい何ができるかを深々と考えさせられた。

それこそが番組の目的だったようだ。

「小さなリーダー」を目指したい。

早速明日、小さいが初体験のできる機会がある。

ある種の「リセット」になりそうだ。

 

以下、心に残った言葉

(こういう言葉は、羅列するといつもインパクトがなくなる。本当に残念。)

 

自分たちができることを探す、その力をもっている者。

・一瞬にして人の意識を変えられる人。

・事なかれ主義ではなく、事あれ主義で、問題を解決していく力。

自分の商品を必要としている人を探し出し、プレスメント(正確に渡すこと)をできる人。

・ジョブズの言葉 

「ハングリーたれ。愚か者たれ。」

時間は限られている。誰かの人生を生きる時間はない。」

「今日が人生最後の日なら、今日の予定をあなたはやるのか?」

人生のところどころでリセットしていく。リセットはときとして変人扱いを受けるが、一度経験すると怖くなくなる。

・大人が若者をサポートし、表に出ない。

・若者がどう動けるか。それを社会がどう支えるか。

・大人が希望を語る。それが子どもたちにとって大切。

・小さなリーダーがたくさん出現してほしい。

・目の前にいる人の幸せを祈ることのできるリーダー。

・多事争論こそがリーダーを生み出す。

 

2012-01-05

[][][]献身の年。

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新年、あけましておめでとうございます。

貢献と奉仕の精神、目の前の人を大切に。

本年のスローガンであります。

 

ASCカンパニー理念「まっすぐに、ただひたすらまっすぐに。」を

今年はとくに肝に銘じます。

http://homepage2.nifty.com/asc_web/asctoha/index.html

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

皆様、くれぐれもご自愛なさってください。

皆様にとって素敵な一年となられますよう、

心よりお祈り申し上げます。

 

アカデミックシェイクスピアカンパニー(ASC)代表/“あやのぎ塾”塾長

彩乃木崇之

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