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2008-09-07

[][][][]合宿感想メールその13(最後) 古田きょう花さんより 〜俳優志望の若き才能・初参加〜

 

古田さんはとても不思議な魅力をもっている。

初めてあったのは、“あやのぎ塾”レッスンの見学に来たとき。

24歳、ふぁーとそこにいる。

 

その理由のひとつに、どうやら近視ということが絡んでいたようだ。

裸眼で0.1くらいとのこと。

そのままメガネコンタクト矯正もしないで日常を過ごしているとのこと。

ぼくも裸眼は0.1位なので、どんな風に見えているかは想像できる。

まあ、ほとんど見えてない。

それに、両耳ともに感音性難聴とは本人の弁。

 

その二つのウィークポイント

今回の合宿彼女に劇的な自己発見をさせることになる。

 

そのひとつ、難聴について。

彼女難聴であることを僕たちはあらかじめ聞いていたが、

合宿中ほとんど意識しなかった。

逆に、彼女難聴ではない普通の人より耳がいいのではないかと思ったくらい。

後で知ったが、身体的な耳の機能と人の聴く能力はまったく別物らしい、医学的に。

彼女は機能的に難聴であるがために、聴く能力が数段にアップしている。

これは素晴らしい才能だ。

 

意志の力。

 

この「意志の力」こそが、個々にとってもっとも大切であるということ、

その再発見と実感、それが合宿での参加者全員にとっての最大の収穫だった。

 

「まず最初に、自分が決める。」

 

最終日のミーティングのとき、古田さんは

合宿での自分なりの成果について具体的に言えないもどかしさから、費用に例えてこう言ってくれた。

今回の費用がたとえ10倍であったとしても高いとは思えません、っと。

ありがとう(笑)

 

彼女は、メガネをかけることを決意した。

そしてその後、どんな発見があったのか。

それは彼女がくれた以下3通のメールを読んでください。

僕の返信はたいしたこと言ってないので、今回は省きます。

 

合宿感想メール、まだまだあるのですがこれで終わりにします。

長々とお読みくださりありがとうございました。

またメールを送ってくれたみんな、本当にありがとう。

今回の合宿の成果に気をよくして、僕は

この冬や来春、冬季または春季合宿を計画しようと思ってます。

 

次回は、合宿を通して僕が感じた

“ニューフィクション”“ニューアクション”メソッドの効用について、

書こうと思います。

 

 

古田きょう花さんからのメール 2008.8.26 9:44】

 

お久しぶりです。

合宿後のことを報告させて頂きたいと思い、メールを送らせて頂きました。

 

あれからしばらくは初めて「自由」を知った喜びと感動で涙腺がゆるゆるでした。

「私は自由になりたがっていたんだな−」と自由になった今、自由ではなかった自分に気が付き涙しました。

しかも自分をそんな状態にしていたのもまた自分だったという事実に涙です。 

 

「人のために演劇を」と思っていたのですがそれよりも

「何を解りたいのかも解らず衝動の赴くままに演劇を選んでいた」という方が正確な気がします、

つまりは自分のために。

それに気が付いた最終日、初めて演劇を辞めようと思いました。恋も消えました。

でも演劇をいざ捨てようとすると何か躊躇するものがあり、それが何なのかを考えた時、

やっと解ったのです。

とてもおこがましいかもしれませんが、

「私が役者であるからなのだ」と。「役者になる」のではなく「役者だからやる」のだと解ったのです…

・・・やります。

プラス、今はすごく恋愛がしたいです。

好きな人を見つけ「伝え、受ける」という関係を持つことが楽しみです。

 

ちなみに今日メガネの処方箋をゲットします!

  

 

古田きょう花さんからのメール2「自由」 2008.9.2 9:42】

 

心は他人の心にも動ける自由なものということを学びました。

それも自分の観念といえばそうなのですが、

それでも少なくとも目を合わすことで心も合わすことができるということを感じました。

心の自由を知りました。

 

合宿後は人の目ばかり観察するようになり…すごく目の綺麗な人に恋(?)しました。

目が綺麗な人は心も濁りがなくて透明なのではないかと思います。

とても大人な人ですが目は子供のように純粋、素敵な人です。

目の重さを教えて下さった彩乃木さんのためにも、今度こそは気持ちを伝え、

その反応もちゃんと見るようにしたいですO(≧∇≦)o

 

明日からメガネっ娘デビューです、乱視のために遅くなりました。

人やものをよく見て、目に磨きをかけたいと思います!

 

 

古田きょう花さんからのメール3「メガネの日々」 2008.9.5 20:31】

 

以前は人の目を見る行為を「頑張って」やっていました。

特に怖いとは思っていなかったのですが、やはり少なからず恐怖心を持っていたと思います。

メガネをかけるとそれまでのことが嘘のようになんでもなくなりました。

人がはっきり見えることで恐怖心が無くなりました。

人の目を見ることは特別「頑張って」やるほどのことではないと解りました。

見えないから分からず、分からないために怖くて見なかったのだと思います。

 

なによりも感動したことは笑顔です。

私の周りにいる人達の笑顔がこんなにも優しくてキラキラしたものだとは知りませんでした。

「今までの人生、損してた〜!」と本気で思いました。

 

…恋は今のところ何にも進展がありません(TωT)

 

2008-09-03

[][][][]合宿感想メール(といっても僕のコメント集)その12 銀座で働くKさんより 〜“あやのぎ塾”塾生〜

Kさんは、OLの若い子。確か23歳だったかな。

銀座でセレブ女性を相手にする美容関係のサービス業

とてもがんばり屋さん。

子供のためのシェイクスピアカンパー”の10年来のファンとのこと。

昨年あたりから、ひょんなことで顔見知りになり、この春から塾生。

あやのぎ塾”はASC演劇研究センターとは違い、俳優志望ではない人も参加可能。

Kさんは、記念すべきその第1号。

 

なぜイニシャルかというと、僕のまったく分からないジャンル職業なので、

僕のあずかり知らないところで仕事に支障が出ちゃったりなんかすると申し訳ないから。

それにKさんは、ブログなどはどうやらmixiでしかやっていない。

その思いも配慮して。

 

日野や大西、高尾君などとメールのやり取りしている間にも、

mixi上でKさんともコメントのやり取りをしていた。

なので今回はメールではありません。

 

で、ここで突然趣向を変え、

僕が残したコメントだけを掲載することにしてみる。

もちろん僕のコメントの前には彼女日記コメントがあるわけだ。

  

話しの流れ、わかるかなぁ。

とりあえず挑戦。

 

って、わざわざそんなことをしなくても、とお思いでしょう。

直接彼女日記をみたい方もいるでしょう。

ここではだめです。

mixiの僕の日記に来てください。

そこで彼女日記をお教えしましょう。僕のコメントも全部あります。

 

でもでも、待って、

ここのはこれで、ある種の作品となっていきそうでっせ、ダンナ

 

時間のある人は、ここのほうから読んで!

 

  

【僕のコメント1 2008.8.21 19:33】

 

この前は、お疲れ様。  

とても楽しかった。

きついスケジュールの中、本当にありがとう。

 

『素朴』と『素直』、

自分にとっていちばん分厚いお面が要るだろうと思っていた要素を、お面なしに出す…。

 

(『素朴』『素直』、合宿で僕が彼女にいった言葉、もちろん彼女の魅力について)

 

「出す」必要なんかないんだよ、ちょっとだけお面をはずすだけ。

ほんのちょっとの勇気が必要だけどね。

勇気って、ドキドキするでしょ。

そのドキドキが、その人の本当の魅力を引き出すんじゃないかな。

ちなみに舞台の上もドキドキする。

いい俳優の表情は、実は素顔なんだよ。ちょっと意外でしょ。

 

彼女のこの日記タイトルは、「ガラスのお面・・・?」。

 どうやら漫画「ガラス仮面」にかけているようだ。 

 合宿では、日常で相手によって仮面を付け替える作業がいかにむなしいかが話題になった。

 それは、きりがない。

 で彼女は、日記で自分も仮面を付け替え日常を送っていることに触れ、

 仮面のことを自分では「お面」と表現している。カワイらしい。)

 

生きているとお面が必要なときもあるかもしれない。

そのとき大切なことは、

自分はいまお面をかぶっているときちんと自覚できているということなんじゃないかな。

その自覚さえあれば、素顔がブスにならない。

それにガラスのお面ならすぐ壊せる。

 

上司言葉、嬉しいね。

 

合宿ホテルをチェックアウトした後、直接銀座の仕事場に彼女は戻った。

 もともと多忙な上に合宿では寝不足、客商売なのにひどい顔をしていると憂鬱だったのに、

 いきなり上司に「可愛くなってる〜、どうしたの?」といわれたそうだ。)

 

 

【僕のコメント2 2008.8.22 14:54】

 

上の文章(僕のコメントに対しての彼女コメントのこと)、

君じゃない人が書いたみたいだ。

とても素直。

これももし君の「お面」のひとつだとしたら、僕はびっくりだ。

 

ドキドキは、人を素直にするね。

素直な状態は、自分でもいい気持ち。

それが伝わるんだよ、周りの人に。

 

自分にとっての必要な時間や意義あることを、

人に伝えていくのは気持ちいい。

さらに自分にとってだけじゃなくて、

それが人にとっても意義があれば、

さらに嬉しい、気持ちがいい。

 

自分にとっての大切な時間が、

人にとってはどんなふうに作用しているのかを

リアルタイムで考えてみる。

そんなことを君に提案したけど、

出来るだけリアルタイムだと収穫も大きいよ。

 

意見交換の意思表示だと思うので、

君が抱いた疑問について、以下書きます。

 

心がない・人をモノ扱いしている→人間として劣っている

 

(自分の仕事の一部である営業活動についてのこと。 

 合宿でやったあるエクササイズで、彼女は自分の仕事を再現して見せてくれた)

 

君は気づいてるかもしれないけど、

後半の「人間として劣ってる」は君の感性言葉)だよ。

僕は一言もいってない。僕は言ってないけど、君が感じたのは事実

君が君自身の「営業活動」をそう評価してる、

ということに結果的になっちゃうね。

そしてそんな自分を正当化する手段として、君が言っているように

開き直るという反応。

 

視点が自分にだけあるからだよ。

僕らが食事中でも隣の席の人に関心があるのは、

ネタ」にしたいためじゃないんだ。

もちろん陰口のように茶化して蔑んで面白がるためじゃない。

 

合宿期間中に何度か行った飯屋でのこと。昼間からお酒も飲める。

 三浦海岸という土地柄のためかいろんな人たちがそこに集っていて、

 僕は実に楽しかった。人間はやっぱり面白い)

 

君にはそうとしか思えないかもしれないけど、

たとえば、君がよく芝居を観に行くのと同じことなんだ。

登場人物に悪意を持つために劇場には行かないでしょ。

 

僕も君も、やっぱり人が好きなんだと思う。

 

 

【僕のコメント3 2008.8.23 21:10】

 

いやだからね、ネタにしているんじゃないってば、僕らは(笑)

あれは愛の行為なんだけどなぁ。

もうちょっとしたら君にも分かってもらえるような気はしてる。

楽しみは、しばし待とう。

 

君の職場に素敵な人たちがいるのは、この前実感したよ。

君が合宿中日職場に一度顔出さなくてもよくなったり、

上司の方の素敵な言葉を知ったりしてね。

それに君は、自分の仕事に関して自分が言うように甘えたりしてないと僕は思うよ。

部外者が無責任なこと言っちゃいけないかもしれないけど。

 

それにしても、コメントの書き方がとても素直になってきたね。

僕は嬉しいです。

 

(これは僕の勝手な印象かもしれないけど、根は素直で素朴なのに、

 銀座という土地柄のためか、もともとのがんばり屋さんが行き過ぎるときがあるのか、

 誤解を受けるような行動や言動をときどき彼女はしてしまう。

 それを面白がっている向きもある。自虐癖? 僕と同じだ。)

 

 

【僕のコメント4 2008.8.24】

 

なるほど、ひとりぼっちを実感するのか。。。

 

(前述の食事中の人間観察について。

 一人で食事をする機会が比較的多い彼女は、周囲を見ると逆に孤独を感じるとのこと。)

 

みてるその人に意識がいくと、断然楽しくなってくるよ。

だって、関心を持つって愛だから。

愛は、いいでしょ。

いいことしてるときは、人は楽しい

 

そうなると

独りじゃないって感じてくるよ、きっと。

 

君が誰かと食事するとき、

その人に関心もってない?

だから食事は人とすると楽しい

 

(クサイこと言ってんなぁ、オレ。いまにはじまったことじゃないけど)

 

2008-09-01

[][][][]合宿感想メールその11 日野聡子より 〜“あやのぎ塾”塾生〜

今日は本当は8月24日なのだ、まだ。

しかし、合宿感想メールが立て続けに来たり送ったりしてるので、

日付がどんどん未来になっちゃう。

9月に突入してしまいました、日付が。ご了承を。

同じ日付でも別枠になるような設定はできないのか、はてなブログめ。

アップがおっつかないよ〜

 

【メール10】をつくっているうちに日野から立て続けに2通来た。

 

 

【日野聡子からメール 2008.8.24 14:43】

 

太田さん(爆笑問題の。ちなみに彼はピカソが大好き。合宿で話題に出た)がピカソに、

「もう一回、誰でもわかるところへ戻ってきて欲しかった」というのが、

彩乃木さんの言葉遣いが小難しくなると感じるのかもしれません。

 

(文脈が意味不明だなぁ。でも言わんとしてることは分かるような気がする。

つまり、「残念だ」と思ってくれているのでは)

 

渡辺淳一エロスの文章(これも合宿で話題に出た)は、

本人は、文学昇華させるのにはエネルギーがいると言っているけれど、

なんだかイケスカナク感じるのは、それで本人が気持ちよがってる気がするからかもしれません。

相手は誰なのか、というところ。

 

ライブを観に行っても違和感があるのは、音楽をやっていることに本人が酔いしれている時。

ファンはそれをかっこいいとも見るのかもしれないけど、

発信にはなってない。

自己完結してる。

 

私のこのメールも変かな。

彩乃木さんに言ってるから畏れもあるし。

うん、変です。

 

また!

シャッフルします!

 

 

【またすぐ日野聡子からメール 同日7分後】

 

直感的なものを言葉にしようとしてるから、言葉邪魔して小難しくなる、

それだけですね。

ごめんなさい。

 

 

【僕からの返信 同日18:26】

 

「発信になってない」

いいね〜

 

別に謝らなくてもいいよ。だいじょうぶ。

直感的なものをどう体系化・方法論化するか、

それが僕らの目指してるところ。

“ニューフィクション”いや無次元演劇論(日野が合宿で命名)か。

 

2008-08-31

[][][][]合宿感想メールその10 日野聡子より 〜“あやのぎ塾”塾生〜

前回の【合宿感想メールその9】に続く日野とのやり取り。

“ニューフィクション”の効用について、

日野がなかなかいいことを言ってくれてる。

ご一読を。

 

 

【日野聡子からの返信 同日22:50】

 

こんばんは。

返信が遅くなってすみません。

「はは、昔のアニメはまあ時間のあるときにみてみて。」(メール4のこと)

から始まるメールについて、そう思ったのでした。

 

はい、文章というのはオタッキー(独りよがり)になりますね。

それに私の場合は、彩乃木さんに対してだから、

失礼のないように、とか、でもニュアンスは伝えるためにここはくずして、とか、

くずし具合に気を配ります。

まあ、それは必要なことですよね。

 

「君は教えられるのが基本的に好き」

というのは、そうだと思います。

知らないことは知りたいし、楽しいです。

「引っ張っていってもらうのが好き」

というのは、わからないです。

そうとも言えるし、そうとも言えない気がします。

 

携帯にくださったメール(すぐ前のヤツ)は、変じゃないです。

意識していないと、私も思いました。

 

文章って本当に難しいです。

どんなに正直に言おうとしたって、

言葉にした時点で違うのに、

それを更に、活字にすると、めちゃくちゃになります。

読み手の状態によって、何通りもの読み方になってしまうから。

自分の文章すら、

時間が経って読み返すと、違うものになっています。

臨場感も変化する。

 

文章にする時、諦めが必要なのかもしれません。

だから、俳句や詩は、それを逆手にとって、

読者のイメージに委ねている。

どんな風に読んでもいいですよ、と。

 

無次元から文章の次元に変換する作業もまた、

演劇行為かもしれないですが、

無次元から二次元という、数が減る場合は、

妥協と力技が必要になってくる。

しかしまた、その作業の中で新たに見えてくるものもある。

明確になるものもある。

ほぅ。

やはり、どっちからどっちに行っても、

この演劇行為(“ニューフィクション”のこと)は、何かを生み出せるのかもしれません。

 

 

【僕からの返信 2008.8.24 11:32】

 

「はは、昔のアニメはまあ時間のあるときにみてみて。」(メール4のこと)

なるほど、うん、あのメールはブログ用っぽいよね。

やっぱり僕が思考にはいっているときだね、君に伝わりにくくなるのは。

一緒にいるときは、同時進行思考がよくても、

メールだと置いてけぼりのような印象を与えちゃうってことかな。

その違いも面白いね。

 

あのメール、僕の思考ってこととは別に、

指導者は、未来確信がないと、仮にいくら同時進行してもみんなに信用されないよ」

ってことを君に伝えたい思いも、打ってるとき意識していた。

ただの同時進行だと、ほらあの前にいった有名な演出家みたいになっちゃう。

(ここで実際にはその演出家実名を挙げているが、

 そしてここでも実名を挙げてもいいんだけど、

 誤解を招かないように説明するには紙面?が足りない。なので、あえて伏せる)

講師の君は未来への確信をもってない、っていってるんじゃなくて、

同じ指導者としてともに気を付けようという意味だよ。

でも、理屈っぽくなるのは僕の悪い癖だなぁ。

田中さん作家田中浩司)にも

「固い」「古い」「ダサイ!」って言われたしなぁ(笑)

(以前僕の文章を田中さんはそう評価してくれた。感謝。)

忠言、本当に感謝してる。

ありがとう!

 

「引っ張っていってもらうのが好き」

というのは、わからないです。

そうとも言えるし、そうとも言えない気がします

 

その両方もってるが君のいいところ!

僕の表現が悪かったね。

君は同時進行で両方持ってる。相手が変わっても。

 

人によっては、両方あるけど相手によって100%モードチェンジをしちゃう。

完全に仮面を付け替えちゃうよね。

そうすると、ある程度長い付き合いをすると、

逆に信用が減ってしまう結果になるかもなぁ、と思うよ。

 

長女の君は、長男の僕と同じで、思ってることがすぐ顔に出るよね(笑)

それで、いやそれがいいんじゃないかと思うよ、僕は。

 

文章って本当に難しいです。

活字にすると、

めちゃくちゃになります。

何通りもの読み方になってしまうから。

自分の文章すら、

違うものになっています。

臨場感も変化する。

 

同感、同感、まったく同感。

 

文章にする時、諦めが必要なのかもしれません。

だから、

読者のイメージに委ねている。

 

それを「諦め」ととるか、「根気!&根性!&熱意!」ととるか。

実現するのは不可能じゃない? ってなことに向かって、

不可能を知りつつ(これが「諦め」かな)、限りなく可能にするために情熱を傾ける。

ってなことが、アーティスト資質なのかな。

そのもっとも有効打が、「他者のイメージにゆだねる」ってことかもね。

 

妥協と力技が必要になってくる。

しかしまた、その作業の中で新たに見えてくるものもある。

明確になるものもある。

ほぅ。

やはり、どっちからどっちに行っても、

この演劇行為は、何かを生み出せるのかもしれません。

 

「妥協」という言葉は、ちょっと違わない?

君自身もその言葉にちょっと抵抗感じてない?

「力技」ってのは、面白いね。

熱演とは違う意味だよね。

「ネバーギブアップ技」ってことだよね。

“ニューフィクション”の可能性を的確に捉えてるジャン!

 

それにしても、

ブログ用文章になりかけそうなのをコントロールするって、ムズカシイなぁ(汗)

 

2008-08-30

[][][][]合宿感想メールその9 日野聡子より 〜“あやのぎ塾”塾生〜

メール用ブログになってるのでは、と最初に指摘してくれたのは日野。

合宿感想とは少し外れるかもしれないが、

最後のほうはやはり今回の合宿のコンセプト

“ニューフィクション”“ニューアクティング”にかなり絡んできると思うので、アップします。

 

ちなみに、ここまで辛抱強く読んでくださった方は、

「いったいいつ、その“ニューフィクション”とやらの具体的なことが出でくるんじゃイ?」

とお怒りかもしれません。

すんません。

 

まもなくです。

もうしばらくのお付き合いを。

 

 

【日野聡子より 2008.8.23 0:20】

 

8/21の22:40(合宿感想メール その4)にくださった彩乃木さんのメールから、

ちょっとブログ用な感じがしてました・・・。

それを感じたのは、まだ、このメールのやり取りをブログに載せると聞いてなかった時点です。

(僕もまだ思いついてなかった時点)

ちょっとだけ、彩乃木さんのメールがブログ用になってる・・・?

そうなるとですね、彩乃木さんの言葉の選択が、

なんだかわざわざ小難しくなってくるのです・・・。

生意気なこと言ってすみません。

 

私も、もう少し思ったことを、私信としてメールしていきますね。

ではまた(^-^)

 

 

【僕からの返信 同日 22:40】

 

お、忠言感謝するです。

で、どのブログかちょっと分からないんだけど、

これのこと?

 

(僕はこのとき勘違いをして、日野のいうメールの一つ前のメールのことかと思ってた)

 

もしこれだとしたら、まったくブログアップは意識してなかったときだけどなぁ。

小難しくなってる感じも僕はあまりしないんだけど、

そういう印象になってるとしたら、

ブログ用ということではなくて、僕が思索に入り込みかけているときかもしれないなぁ。

 

ところで、ブログにアップするかもと意識すると、とたんに理屈っぽくなるよ。

それはさっき、大西に返信したときに感じた。(メール その8)

会話などを録音しているときは録音してることを忘れるのに、

文章を作るときはとても意識して変になってしまう。

 

なぜだろう?

 

会話録音の場合は対話、

人が目の前いるから、リアルタイムで相手が鏡になってくれている。

文章作成は個人作業、推敲する時間経過があるからかなり客観的、

それなのに個人作業だからオタッキー(僕の造語。まあ言ってみれば独りよがり化・まえのめり化)

にもなってのめりこんでしまう、ということかな。

 

やっぱり面と向かって会話すること以上に、人の心を捉える行為はないのかもね。

爆問学問(NHKの番組)も本(番組がそのまま本になって出版)より

テレビのほうが数段面白いもんなぁ。

 

 

【日野聡子より 2008.8.23 0:36】

 

彩乃木さんのメールが、私信ではなくブログ用になってきた感じがするということについて捕捉。

なぜそうなると嫌なのかというと、

私に話しかけられている気がしなくなってくるからです。

ブログの読者や、または彩乃木さん自身にしゃべっている感じで、

そうすると、不思議と、私の思考にひっかかりずらくなりました。

大勢に向かって発信しているメールなので、解読するような作業が必要になってきました。

いいのか悪いのか、ただの甘えなのか、ただ考えなしの生意気なのかわからないのですが、

打たれて響き方が鈍くなってきました。

私の状態の変化なのかなぁ。

 

でも実際、今のこのメールも、

もしかしてこのままアップされるかもしれないと、

全く意識していないとは言い切れず。

とにかく、彩乃木さんに宛ててメールしたいと思います。

 

うーん。

自分でもややこしくなってきました。。。

 

 

【僕からの返信 同日1:02】

 

ついさっき返信したけど、

やっぱり原因は、僕が自分の思索にはいってるときなんだね、

僕の自己満足なときともいえる、

君への伝わり方が鈍くなるのは。

 

了解じゃ。

 

そういう印象は、君の僕に対する甘えも少し原因となっているかもなぁ。 

君は教えられるのが基本的に好き、ということもあるんじゃない?

どうだろう?

引っ張っていってもらうのが好き。

そんな君の志向も影響してないかな。 

それが悪いってわけじゃないよ。 

 

ところで、

僕も自分でややこしくなってきたよ(笑)

さっきのメールで書いたとおり、まったく意識しないでメールを打てなくなっちゃったね。

このメールは最初からアップするつもりはなかったから意識してないけど。

君のさっきのメールもアップしないよ。

 

(といいながら、やっぱりアップしてしまいました。もちろん日野に再度了承を得た上で。

 というのは、この続きに“ニューフィクション”に関することなどが多く出てきたから。

 実際にはその効果についてですが)

 

まてよ、僕は意識してないつもりだけど、君から見るとやっぱり文章が変かな?

 

ブログアップを意識してメールのやり取りをしてても妙だから、

これ以後の合宿感想は、各々ブログに書こうか。

そのほうが普通だよね(笑)

 

(と言いながらも、やっていない)

(ここまでも“ニューフィクション”の効用がけっこう語られてるが、 

 さらにこのあともその効用についてのやり取りが続く。

 ツゥー・ビー・コンテニュードゥ、次回【メール その10】へ)

 

2008-08-29

[][][][]合宿感想メールその8 彩乃木から大西伸子へ

ブログ用メール(今回ブログにアップすることを前提につくったメール)になってしまっている。

そのことが気になって、僕は大西に確認した。

僕だけじゃないかも、と思った。

それがもしかしたら、前回の彼女のメールを

ネガティブな印象にしてしまった要因のひとつではないかとも思ったから。

そうなら、ブログにアップすると彼女が誤解されてしまう。

 

で、結果は大笑いとなった。

大西は、実に愉快なヤツだ。

 

 

【僕から大西へ 2008.8.23 1:09】

 

ところで、はじめにくれた合宿感想メールを書いたときの状態についてちょっと聞きたいんだけど、

ブログにアップされることを意識して書いちゃったかな?

 

正直言うと、さっきの君への僕の返信はかなりブログへのアップを結果的に意識してしまった。 

意図的にではないし、意識しちゃいけないと思ったんだけど。

率直に君個人に宛たいと思ったのになぁ。

 

なので僕の返信は、ちょっと理屈っぽくなっています。

何度か推敲したんだけど、やっぱり少々理屈っぽい。

ごめんね。

 

ただ嘘は書いたつもりはないので、真意が伝わってくれると僕も嬉しいです。

 

というわけで、 

もし君がくれた最初の感想メールをブログにアップしないほうがいいようなら考えるけど、どう?

 

 

【大西伸子より 同日 6:27】

 

確かに感想メールは、誰かに見られるかもしれない、という意識はしました。

しかし、そういうことも含めて真実の気持ちであることには変わらないと思うので、

アップされても何ら問題はないです。

今日の夜に、また、返信を書きます。

  

(やっぱりちょっとネガティブな匂いがするなぁ、って感じたのは僕の先入観?)

(ちょっとドキドキしながら、夜の返信を待つ)

 

 

【大西伸子より 2008.8.24 1:21】

 

返信ありがとうございます。

最後の部分が「あきらめモード」だと指摘され、もう一度自分の書いたものを読み直してみました。

 

まず、感じたのはそれ以前に、中途半端な文章だなあということです。

いつも文章を書くときは、成功しているかどうかはともかく、

一応ちゃんとまとめようとは意識するのですが、今回はできませんでした。

やはり、自分の中でもまだ、合宿感想がまとまっていないことを実感します。

 

「あきらめモード」ですが、いや、そんなつもりはないと言いたいところですが、

否定しきれない部分もあります。

かつて、やはり、「自分の人生が大きく変化した」と感じた瞬間は幾度かあり、

そのたびに「変わるかも」と期待して、結局あまりたいした変化はなかった、

そんな経験を何度か繰り返しているので、

マイナーな思考モードを身につけてしまったのかもしれません、

 

今までは、「変わるかも」と受動的になったことが、変えられなかった原因だと思います。

今回こそ、これで「変わるんだ」いや「変えてやる」というもっともっと、積極モードでいきたいと思います。

もう、がんがん行きます。人生は短いのです。

 

それにしても、合宿中、本当に笑ったなあと思います。 

あれくらい、あれ以上にもっともっと笑おうと思います。

  

また、何か思いついたらメールします。

 

 

【僕からの返信 同日11:43】

 

抜群に面白いよ、君は!

君がくれたメール読んで、声に出して大笑いした。

 

もう、がんがん行きます。人生は短いのです。

 

って、なんだよ、もう。

オモロイね〜、まったく。

その極端な気持ちの入れ替えが、君の一番いいところだよ。

 

ホント合宿中は笑ったね。

よし、すべてを笑い倒してやろうぜ。

「笑う角には福来る」ってな。

日本人の持ってる「おちょくり精神」で行こう!

 

2008-08-28

[][][][]合宿感想メールその7 大西伸子より 〜“あやのぎ塾”塾生〜

大西伸子とは、6年ほど前に出会った。

パフォーミング・アート・センター(野沢那智代表)で僕が講師をしているときの教え子。

そこで1年間指導した。

その3年ほどのち、ASC演劇研究センターに入所。

ASCでの僕との付き合いは、いま3年目になる。

  

ちなみに彼女は、“あやのぎ塾”のレッスン料を向こう3年分全額前払いした。

ということは、まだまだ大西との関係は続いていくのだ・・・

  

いや大西、誤解しないで、それがイヤじゃないんだよ。

嬉しいと思ってるんだ。ホント、本当に。

  

冗談はさておき、

この記事より興味深い変化がメールに生じてきた。ちょっと面白い。

これまでのメールは、すべて私信でブログにアップする予定はなかったもの。

がここからは、ブログアップが決まってからのもの。

  

思ったことをそのまま書きづらくなってきたのだ。

 

   

【大西伸子より 2008.8.22 18:23】

 

まずは、合宿でいろいろとお世話になってありがとうござました。

何日かたっての発見感想ということですが・・・

一度メールを書いても送らずに消してしまったりと、なかなか難航しています。

何を書いても本当のような、嘘のような、

また、どれほど言葉を重ねても書き足りないようなそんな不思議な感じです。

キーボードだと打てるんじゃないかしら、と期待をこめて書いているのですが、

どうなることでしょうか。

  

合宿に参加して、何よりも、私にとって収穫だったのは、

初めて芝居を学んだときからおそらくずっと言われ続けてきたこと、

たとえば芝居のときは

「相手をちゃんと見る」、「会話をする」、「役をしっかりイメージする」など、

ものすごく初歩的なこと、それでも何年経っても全くできなかったことが、

本当は自分でもできるんだ、と分かったことは大きな自信につながりました。

「訛らない」なども・・・

ほんの少しでも、自信を持つと世界が変わります。

今まで持っていた暗い劣等感が、大分軽減されたように思います。

なんでもやってやろうと希望にあふれています。

  

合宿では、本当にドラマチックなできごとばかりで、

映画やドラマでなければこんなことはないよ、と思っていた感動が次々と起こり、

本当に素晴らしかったです。

それは、人に深く関わろうとしたからこそ、起こったものだと思います。

  

今、日常生活に帰り、今まで以上に人のことをちゃんと見ようと思うのですが、

人は大抵、無表情で何を考えているのか分かりません。

いくら、眼鏡をかけて、視力を上げてもやはり何も見えないのです。

結局、自分も含めてなるべく人と関わらないようにしようと、

考えながら過ごしているのが今の日常なのかもしれません。

  

それにしても、日常は忙しくせわしないです。

忙しいというのは、遊ぶことや、テレビを見ることなども含めてです。

次から次へとやること、やりたいことがたくさんあり、

合宿で考えたことをあっという間に吹き飛ばし、蹴散らかしていきそうな勢いです。

合宿での時間は本当に贅沢な時間だったんだなとあらためて思います。

  

合宿でのことを、今後の芝居や生活に役立てたいのですが・・・

合宿から帰ってきたら別人のようになっていて、

日常もドラマチックに大きく変化した、なんていうことはもちろんなく、

意識して忘れないようにしようとしなければ、と考えています。

   

今のところはこんな感じですが、また書きたいことがあるかもしれません。

    

(前半はそうでもなかったが、このメールの後半はなんだかネガティブ。

 それが気になって、次の僕の返信につながった。ただしそれは、

 どうしてもブログアップを意識してしまったものになったような気がする)

(それになにより、せっかくの合宿での収穫が日常という現実によって

 台なしにされかけているのではという心配が大きかった)

 

   

【僕からの返信 2008.8.22 21:36】

  

メール、ありがとう。

合宿感想

『なにを書いても本当のような、嘘のような、書き足りない感じ・・・』  

僕もまったく同感だ。

それくらい得るものが大きかったね。

君が自分でもいっているように、

君の大変化は、今回の最大の発見の一つ。

本当にびっくりした。

「君のいまの演技、僕はどう転んでも一生出来ない」といったのはまったくの本心。

君も別のときに、「悔しかったら真似してみてください」なんて冗談を言って笑っていた(笑)

演技の上で、

これまでみたこともない大西伸子の素顔をみることができたことは、

大収穫だった。

人の素直な顔は、やっぱり綺麗だ。

 

また、ずっと直らなかった君の京都訛りの大改善。

あれにもアゼンとした。

突然だったモンね。

俳優イメージが大切とは分かっていたけど、それをしっかりと自分のものにしたとき、

何年も直らなかった訛りまでほぼまったく改善されるとは思いもよらなかった。

単に、聞き取る耳の機能の悪いことが原因ではないことが証明された。

すべては俳優の「意志」の問題だということを、大西が身をもって証明してくれた。

 

それに、指導にあたった僕にとっては、

「人の長所を見つける行為は、実にクリエイティブな作業だ」という

プロフェッショナル(NHKの番組)の茂木さん(脳科学者の茂木健一郎)の言葉の、

実践と実感ができたことは貴重な財産となったよ。

それがクリエイティブであるということを実感できたのは、

君も含め参加者全員がびっくりするくらい変わってくれたからだ。

ありがとう。

 

合宿は、劇的なるものの連続だった、これも同感。

参加者全員が、全力で他者に関わったその成果だね。

あまりにも必然的に偶然が重なって、

それこそ芝居の予定調和かと思ったよ、僕も。

 

合宿で得た貴重な経験と財産、それを日常でどう生かすか。

難しい。

ただ諦めるなよ。

僕ら俳優仕事は、合宿で得たようなことを広く伝えていく作業にある。

その作業の過程にこそ、俳優の使命の本質があると僕は思うよ。

 

古田さん(合宿参加者・初対面)の機能としての聴覚障害は、

「聴く」という強い「意志」により、

機能的にはなんら問題ない人に比べはるかにいい耳となっている。

その事実は、すごい。

 

人は無表情ではない、という前提でもう少し考えてみたらどうだ。

合宿ではそんな視点で君も人をみていたように思う。

だから発見できたことがたくさんあったはず。

 

合宿を海外旅行などの気分転換のように扱うのは、実にもったいないぜ。

それに海外旅行の気分転換で、人が別人のように変わるわけはないし。

ま、結構みんなそんなことを期待しちゃうけど。

 

合宿でのことを今後の生活や芝居に役立てたいと本当に思っているなら、

具体的に合宿のときのように深く思考することだよ。

忘れないようにしよう、というような現状維持的だとどんどん忘れるよ。

停滞や固定は、無意味

過去はフィクション、大切なのは「いま」だよ。

 

みんなで実感したこと、

関係は、新しく転換し続けるためにこそ意味を持つ。

そのために人は生きてるって、寺山さん(寺山修司)も言ってるってば。

 

得たものは大きいけど、大きな自信につながったのも確かだけど、

日常ではあまり役に立たない。

大西の合宿感想は、要約するとそんな印象になってるぜ。

もったいないよ。

 

本当の意味で「みる」こと、本当の意味で「聴く」こと、本当の意味で「話し、伝える」こと。

芝居に不可欠なこれらの要素、君は全部できたんだよ。

 

「意志」だよ、大切なことは。

  

(僕の文面が理屈っぽくなっている。明らかにブログ用文章を意識して、

 結果その脅迫に負けている。言葉数が多いのに、説得力が弱いなぁ。)

 

2008-08-27

[][][][]合宿感想メールその6 高尾枝理より 〜2006鳥取「不届千萬忠臣蔵」共演者〜

【メール その5】のあとの高尾枝理からの返信。

 

それに対する僕の返信の内容は、かなり寺山修司さんの影響があるなぁ。

最近、機会あって彼の文章を読んだ。

いま僕が感じていることを、寺山修司は30年も前に発言していた。

驚きと喜び。

最も驚いた彼の言葉

 

「僕らはアバンギャルドではない」

 

僕は寺山修司という人を前衛の最先端だと思っていた。

が、そうではなかった。僕の理解不足。

彼の思考は、至極まっとうなものだったことがいまさらながら嬉しい。

 

 

【高尾枝理からの返信 2008.8.22 0:09】

  

誰かが変化を角度に例えたコトを言ってたんですが、例えば1日1度の変化があったとする。

だケド、その時はその変化が小さくて気付かないコトが多い。

でも、180日経った時、その変化は180度になり、180日前のそれとは全く違ったものになる。

 

う〜ん。

自分が気付かなぃうちに変わってたんですネ

 

今ある関係を新しい関係にするためには、やっぱりちゃんと思ってるコトを伝えたり、

そぅゆぅとこから始まるんですかネ??

 

合宿、楽しそぅ!

人間、ホントにハマると寝食忘れますよネ

だケド、すっごく楽しい♪♪

私が高校生だった時がまさにそぅでした。

 

件名は、特に主義があるわけでもなく、単につけてなぃだけです。

ケータイだと思わなぃですが、パソコンだとわかりにくいですか??

今回つけましたが***

 

そぅいえば、東京でお猿さんが!

私、ほぼ毎日のよぅに見てまぁ〜す(笑)

この間は猪を見ました

どんだけ田舎だ…

 

 

【僕からの返信 同日 11:36】

 

誰かが変化を角度に例えたコトを言ってたんですが、例えば1日1度の変化があったとする。・・・・・

 

角度にたとえるのも分かりやすいね。

視点の問題になるから。

視点はたくさん持ったほうがいい。

 

僕のいう「変化」は、「進歩」に近い。

もちろんそれには視点も含まれてる。

 

視点は、言葉を変えれば、ものさしとも言える。

たくさんの尺度を持つっていうことかな。

たくさん尺度を持つと、次の疑問は「尺度ってなに?」となるよ。

そうすると、尺度も過去もよく分からなくなり、フィクションとなり、

自分がいま在ることの「意味」について思考する感覚が鋭くなる。

それがつまり「進歩」という変化。

新しい関係への転換の連続こそが面白い。

 

う〜ん。自分が気付かなぃうちに変わってたんですネ

 

そのとおり!

さらに小さな変化にも自分が気づきながら変わっていくと、もっと面白くなるよ。

変化と発見の同時進行。

 

今ある関係を新しい関係にするためには、やっぱりちゃんと思ってるコトを伝えたり、

そぅゆぅとこから始まるんですかネ??

 

それ、とっても必要なことだね!

またそれは方法や手段でしかない、ともいえる。

なぜその方法を選んだか、それをはっきりさせていくことがもっと大切。

 

合宿、楽しそぅ!

人間、ホントにハマると寝食忘れますよネ ・・・・

 

そうだね、

人はあることに「ハマル」ととても喜びを感じる。

ただ、人は「飽きる」。

たぶん僕たちの合宿での状態は、「ハマッテイタ」んじゃないと思う。

さっき言った「人がいま在ることの意味」をずっと思考していた。

だから飽きなかった。

物には飽きるけど、人には飽きない。

 

件名は、特に主義があるわけでもなく、単につけてなぃだけです。

ケータイだと思わなぃですが、パソコンだとわかりにくいですか??

今回つけましたが***

 

今回もついてないよ、件名(笑)

件名って、単に用件を表す場合もあるけど、そのほかの意味として、

ちょっと大げさだけど、自分が伝えたいことの象徴された言葉、という認識が僕にはあるんだ。

ただし、象徴化する行為は、ときに言葉を最大公約数的なあいまいで単純なものにする危険もある。

その場合は、象徴化じゃなくて、機能化と言えるのかな。

 

ちなみに僕がメールを打つとき、

件名をわりと先に打つかな。

で、本文をつくって、本文を読み返して、件名を変更することも多々ある。

内容と件名があっていないということだけど、

実は伝えたいことに対しての、自分の認識の変化と発見とも言える。

本文をつくっているうちに、本当に自分が伝えたいことが分かったということだね。

 

件名のもうひとつの側面は、宣言。

このことについて伝えたい、というはっきりとした意思表示を先にやってしまうということ。

簡単に言うと、有言実行。

宣言したら、最大の努力で伝えなくちゃならなくなるからね。

 

メールでも実際でも君がよく使う口癖「〜〜ですかネ??」、

正直言うと、これは僕はあまり感心しないよ。

自分が一番聞いてみたいことを言うときに、君はこの語尾をよく使う。

一番聞いてみたいことは、君にとって一番大切なことのはず。

なのに、この語尾を使うことでなんとなくあいまいにしてる。

自分が一番大切で聞いてみたいことが、他人にとってはくだらないことかもしれない、

そんな不安が君の中にあるんじゃないかな。

どう?

少なくとも自信がないことに対して尋ねるときに、この口癖が出てきてない?

 

件名なしも口癖も、そんなところに本当の理由があったりするかもしれないよ。

僕は断定しているわけじゃなよ、推測しているだけ。ごめん、ちょっと失礼だ。

その可能性があるかも、そんなふうに思考してみるのも悪くないんじゃない?

 

件名なんか、ま、大きな問題じゃないけど、

日常生活で、人がなぜそんなことを言っているのか、

その人が無意識で発言している場合でも、

その発言の内容を深く思考してみると、

意外にも大きなドラマが隠れていたりするよ。

そのことこそ、真の「劇的なるもの」であって、

作家の書くフィクションなど足もとにも及ばないものかもしれないと、

最近とくに思うんだ。

 

そぅいえば、東京でお猿さんが!

私、ほぼ毎日のよぅに見てまぁ〜す(笑) ・・・・

 

ということは、東京でドラマになる衝撃的な出来事が、田舎では日常

もうそれだけで、「劇的」。

 

 

2008-08-26

[][][][]合宿感想メールその5 高尾枝理より 〜2006鳥取「不届千萬忠臣蔵」共演者〜

【メール その1】のあとの高尾枝理からの返信。

若いというのは素直さと可能性の塊だなぁ、

と最近とみに思うようになってしまった。

ふ、若さへの嫉妬か。

 

最後話しがそれているようですが、

次回にて、合宿のことと結びつくので、

読んでやってください。

 

 

【高尾枝理からの返信 2008.8.21 20:41】

 

合宿は収穫があったようで何よりです♪

またお話聞かせて下さぃネ

 

この前は本当にすみませんでした。

言葉で相手に思ってるコトを伝えるのって難しぃケド、

またそれを文章にするってさらに難しいコト、改めて実感しています。

芝居に関してももちろんだケド、

普段の生活でも気を付けなければならないコトですね。

 

本当にありがとうございます。

もっと相手の立場になって考えるとゆうコト、頑張って努力します。

 

最近、いろんな人や物にはっとさせられたり、考えさせられるコトがすごくあります。

自分が前よりそぅゆぅ事に関してアンテナをはってるのか、

はたまた周りが変化していってるのかわからないですが、

そぅなる度に自分の中に流れていた空気が変わるとゆぅか、

良いコトはもちろん、悪いコトも何だか妙に心地良かったりします。

変化が楽しぃ♪♪

 

 

【僕からの返信 同日21:13】

 

変化が楽しいって、抜群にいいことだよ。

そして間違いなく、周りではなく君自身が変わったんだよ!

まして、いいことと悪いことを同じように気持ちよく感じていられることは、本当にいい。

いまの状態をちゃんと記憶しておくようにね。

 

人は時々どうしようもなく落ち込むことがあるから、

そのときその記憶を思い出すといいと思うよ。

 

ただし思い出すだけ。

 

調子の悪いとき、その記憶どおりに無理に再現しようとすると逆効果。

鮮明に思い出すだけのほうが、効果は大。

 

人は、今ある関係を新しい関係に転換するために人生を歩んでいると、

寺山修司さんも言っていた。

同じ相手でも、どんどん新しい関係を取り結べることができれば、本当に嬉しいよね。

 

 

継続=工夫×変化

そのためにこそ自分のエネルギーを使いたい、と僕もいま改めて思ってるところ。

 

合宿では全員文字通り寝食を忘れ、そんなことばかり考えてた。

ホントにみんなあまり食べなかったし、眠くならないんだ。

そして、たいして疲れなかった。

創造行為は、それ自体が人間エネルギー源だということを再度強く実感したよ。

 

ところで、メールは件名をつけたほうが相手にとってよくない?

それとも何か君自身の主義があるのかな?

件名つけると、内容を件名からくる先入観で読まれてしまう気がしていやだとか?

 

2008-08-25

[][][][]合宿感想メールその4 日野聡子より 〜“あやのぎ塾”塾生〜

さらに【メール その3】に続く日野からの返信。

合宿の具体的感想突入

話が盛り上がってきました。

 

ところが、この【メール4】がほぼ仕上がったときアップする前にIEにエラー。

すべてが無駄になってしまった。

この記事は再度つくりなおしたもの。

くやし〜!

  

   

【日野聡子より 2008.8.21 22:02(その3と同日)】

 

はい。

私も、今回の合宿では私でいるだけでしたが、一方で、

トアニ(東京アニメーター学院)では逆の立場になるわけだからどうしたらいいのだろう、

とも思っていました。

でも今回の彩乃木さんは私たちと一緒に同時進行で思考していて、

それでいいんだ、逆ではない、同時がいいんだと思いました。

確かにトアニでしゃべる時、私のリアルタイムの疑問を投げると、皆とても集中します。

興味があるし、楽しいんですね。

 

その時私は、何か生徒が少しでも「おぉっ」と思うことを言わなければと思ったりすることがあり、

そこに入ると途端に何言ってるか繋がりなくベラベラしゃべってしまいます。

たくさんの目が「先生はどう思いますか」と委ねてくる時、焦ります。

 

「良いことを言わなければ」という目標を設定しないことですよね。

でも人数が多いと興味を持っていない子も何人かいて、そうすると焦ったり、

イイ子ちゃん菌(長男長女特有の正義感を僕がそう命名した。日野も長女)が出てきます。

自分にだけ集中するからいけないのですね。

生徒からきっかけをもらえばいいのですね。

あと、自分の物差しと人の物差しは違うということも、これから見ていかなければと思っています。

 

私も昔のアニメ、検索してみます!パソコン買ってもらって(^_^)v

 

(ちなみに、日野の家族は昨年千葉から熊本に引っ越した。今月末、日野は帰省?する。

 そのとき彼女は、いま壊れかけているPCをお父さんに買ってもらおうと目論んでいる)

 

 

【僕からの返信 同日 22:40】

 

はは、昔のアニメはまあ時間のあるときにみてみて。

結構発見があって楽しめるよ。

それにお父さんに、アニメみるためにPC買って、なんて言えないしね(笑)

 

同時進行の思考を指導者がするっていうことは、とてもいいね。

僕もASCの2〜3年までは、イイ子ちゃん菌と責任者菌(代表者としてのプレッシャー)が強かった。

「オレが何とかしなきゃ」という意識が強烈だった。

なので、演出プランを考える作業が苦痛だったよ。

「いいプラン思いつかなかったらどうしよう」って不安が強かったなぁ。

 

で、1999「から騒ぎ」でかわった。

俳優を信用するってことがちょっと分かった。

ただ自分も役者だから、反面、役者はいい加減な生き物ということも知っている。

信用しきれなくて今日まで来ちゃったのかもなぁ、なんておもってる。

僕が演出オンリーだったらそのままいけたかもね。

 

でね、指導者がみんなと一緒に同時進行するっていうことは大切で、

さらに、もうひとつの要素をプラスしないとその大切なことができなくなるという発見があった。

俳優でありかつ指導者でもあり続けようとするよくばりな僕にとっては、

大きな発見と実感。

 

意識の中にある自分のビジョン、その確信がとても重要だと思ったよ。

意識の中にあるから科学のようにはっきりと証明できない。

でも確信と核心だけはあることを自分でも強く信じてる、自信はないけど。

そのことは明言できる。

それを伝えて、協力を仰ぐ、意識上にのぼらせる作業を一緒にやってもらうよう頼む。

 

それは、自分だけのその確信と核心をみんなのものにするためにね。

 

そんな姿勢が指導者には必要なんだね。

指導者が「未来に」確信と核心を持っているということが伝わりさえすれば、

みんなは一緒に思考してさらに楽しんでくれる。

みんなが楽しんでくれることがそのまま指導者の喜びになり、

確信と核心はどんどん意識上にのぼってくる。

喜ぶその指導者をみて、みんなの中にも確信と核心が芽生えてくる。

関係が、どんどん新鮮なものに転換されていく。濃密となる。

 

陥りやすい罠は、指導者が「過去に」いくら確信などを持っていても、

過去だけを伝える行為は、指導者にとっても生徒たちにとっても退屈なんだね。

関係が変化しないから。

寺山さん(寺山修司)がいうように、過去はストーリーであり、フィクション

未来の新たな関係性における財産、財産だけどそれ以上のものじゃない。

その財産をどんなふうに応用し活用していくかをみんなで考える。

そのことが新たな関係に転換させ続ける大切な要素なんだね。

 

ともに未来に向かうことこそ、もっとも必要な心得だね。

そのときの道しるべが、リーダーの未来に向かっての確信なんだと思う。

 

指導者にとって未来への方向性がはっきりしてるとき、

つまり山の頂上が見えていなくてもそこにいたる道筋はつかんでいるとき、

そこにいたるまでの方法や手段の段階で分からなくなることがあったとしても、

そのまま正直に「オレもわからないなぁ」と言ってみんなの知恵を借りればいいだけなんだね。

そうすればみんなも、指導者から信頼されていると感じてくれるし、事実そうだ。

同時進行の思考って、つまりはそんな関係なんだ、きっと。

で、一緒に思考してるから、常に新しい関係に転換し続ける可能性を含んでる。

 

人は、いまある関係を新しい関係に転換し続ける、そのために生きている。(寺山修司)

 

 

君にメールしてると、いろんなことが整理できてくる。

ありがとう。

 

これからブログ更新しよ〜と。

 

(この直後に、合宿感想についてブログの更新を試みるがうまく行かず、

メールのやり取りをそのままアップすることを思いつく)

 

ところで話はぜんぜん変わるけど、

いまPCのある部屋のドアの向こうでは、トイレの便器がはずされその床の補修が始まってる。

ちょっとくさい。

(前述した自宅の改修工事のこと。合宿の翌朝から始まった)

現実と創造活動を隔てているのはドア一枚。

それでも現実の「くさいにおい」は忍び寄り、僕の創造活動を邪魔しようとする。

でもよく考えると、それら全体が、もうすでにひとつの劇的な状況とも言える。

しょうがない、においを楽しむか。

お、「改修を楽しめば」という君のアドバイスどおりになってる。サンキュ。

 

合宿の翌朝から4日間もの改修工事が始まることが僕は憂鬱だった。

家族を旅行に出かけさせ、立ち合うのは僕一人。

そのことを合宿中にぼやいていたら日野が、「そのことも楽しんでみては」

と助言してくれていた)

 

 

【僕からの提案 翌2008.8.22 11:45】

 

合宿での感想を書こうと思ったんだけど、

ブログ用の文章にするよりも、君とのメールのやり取りをそのままアップした方がいいように思えてきたんだ。

どう?

君からのメールは私信だから、承諾なしには出来ないと思ったので、メールしました。

 

どうか許可を。

 

ちなみに、エリ(高尾枝理)からも君と前後してメールが来ていて、

彼女の場合は島根での活動に関しての相談などだけど、

それに対する僕の返信が、やはり合宿経験の影響が大きく反映してるので、

そのやり取りもあわせてアップしたいと思っています。

もちろん彼女にも承諾を得た上で。

 

このアイデア、たぶん一番率直に合宿でのことを伝えられる方法のような気がしてる。

 

かつ、メールのやり取りをアップして、それに関しての感想をさらにアップすることもできるかもしれない。

 

任せてくれない?

 

 

【日野からの返信 同日 12:00】

 

私もそう思っていたところです!

これをブログ上でやればよかったと。

でももしブログ上でやっていたらブログ用の文章にするために余計なことが入って

気持ちよく進めなかっただろうな、とも思っていました。

是非よろしくお願いします!

 

 

【僕からの返信 同日 12:01】

 

了解!!

さんきゅ!!!

 

(このあとすぐ、他の合宿参加者にも同様の承諾を得る)