『愚者のエンドロール』


米澤穂信愚者のエンドロール』を遅ればせながら読了しました。
氷菓』に続き、ライトノベルというくくりだけに入れておくにはあまりにも勿体ない。(実際今は「角川文庫」として発行されている。)
そもそもこの作品が形式を借りている、バークリーの『毒入りチョコレート事件』を読んでいるローティーンがどれだけいるだろう。
正統で良質な推理小説だと感じた。


それでもやはり基本は青春小説。
神山高校の古典部折木奉太郎と友人達が「ミステリー(仮)」というビデオ映画に隠された謎に挑みながら、今度は自分の役割、存在ってなんだろう、と考えたりするのだ。

"シャーロキアン"と"ホームジスト"


"シャーロキアン"に触れるのはおそれおおいというか、誤解を恐れずいってしまえば宗教に触れるくらいコワイことだと思っている。
それほどのことなので私にとってはまったく難しい話題なんだけど、今回は言葉そのものの問題と限定して考えてみようと思う。


○"シャーロキアン" Sherlockian
シャーロック・ホームズが探偵として活躍するコナン・ドイルの小説の熱狂的なファンという意味だが、今回『愚者のエンドロール』では、奉太郎の親友・里志が「僕は"シャーロキアン"にはなれても、"ホームジスト"にはなれない」といったことをいうシーンがあった。


○"ホームジスト"とは?
その文脈からなんとなくわかるけれど。


検索してみると、ほとんど出てこない。
一般に使われている言葉ではないのかもしれない。
(一件、同じことを検索しているblogがありました。)


Wikiによれば、イギリスでは"ホームジアン"、アメリカや日本では"シャーロキアン"という、らしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%82%AD%E3%82%A2%E3%83%B3


上記の二つは名前で呼ぶか名字で呼ぶか、という問題で意味はさして違わないと思う。
(ニュアンスとしてはもしかしたら、ファーストネームを使った方が親しみがもてるともいえるかもしれないが…。
ご当地イギリスの人にとってはより親しみやすい存在ということだろうか。)


ピアニスト、エコノミストスペシャリスト、といった-istの接尾語の性質が、"ホームジスト"に意味づけをしているのだろう。


 ■-an
 「…の土地の(人)」
 「…に所属する(人)」
 「…を奉じる(人)」
 「動…属の,…科の」
 ・ Italian, republican, Hegelian, mammalian.
 [ラテン語


 ■-ist
 《-izeで終わる動詞,-ismで終わる名詞に対応する名詞をつくる》
 1 「…する人」
 ・ tourist.
 2 「…に巧みな人」「…家」
 ・ botanist, organist.
 3 「…に関係した人」
 ・ journalist.
 4 「…主義者」
 ・ socialist.⇒-ISM, -IZE


 [注記] socialist, rationalistなどは「…的」の意の形容詞もある.


 (以上、プログレッシブ英和中辞典)


Sherlock Holmesから、Sherlock - ian あるいは Holmes - ian とし、「シャーロック・ホームズを奉じる(人)」という意味合いだろうか。


"ホームジスト"とは、Holmes - ist ということになるだろう。
厳密に言えば、"ホームズ"という固有名詞に-istはつかないのだろうが、もはや個人名というよりホッチキスやバンドエイドといった商標のようなものになっているのだろう。


作中でいう、"ホームジスト"とは、-istの1「…する人」に近い2「…に巧みな人」「…家」で、シャーロックホームズ役の人、ざっくりいえば推理する人、探偵役っていう意味なのだと思う。
米澤造語なのかしらん。


CMで言われている「ホーム、ホーマー、ホーメスト」のアレ、"ホーメスト"も、"ホームジスト"と似て非なる。
(そもそも最上級の活用なので接尾語とも違うわけだけど。そもそも名詞は活用しない。)
そして、"暮らし安心クラシアン"、はその意味を考えれば、"クラシスト"の方がしっくりくるだろう。
余談ですけど…。

自分だけの役割


この作品のテーマにこの"-an" or "-ist" の言葉の問題は深く関わりがある。
役者、スタッフというそれぞれの役割を持った者達が集まってひとつのビデオ映画を作り上げるように、私たちは生活のなかで自分だけの役割を求める。
だけど、自分にしかできないこと、なんてほとんどないのだ。それこそ、里志が作中で奉太郎に尋ねられて「レギュレーションの不備を窘め」て、とっさに答えた内容こそ、私にも自信を持って答えられるただ一つの真実のように思えた。


自分(だけ)の役割なんて、大人になっても答えがあるのかどうかさえわからないのに、やっぱり求めてやまない。
愚者のエンドロール』を読んでどう思うのか、私も友達に聞いてみたいなあ。