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2005-06-26 (Sun) 世界は人の内にある

azamiko2005-06-26

今日は、先日観た映画と金曜日(24日)に聞いた詩人の鈴木志郎康さんのお話について書いておこうと思います。

[映画][雑記]『阿賀に生きる』『阿賀の記憶』『SELF&OTHERS』監督:佐藤真〜映画的愉悦 [映画][雑記]『阿賀に生きる』『阿賀の記憶』『SELF&OTHERS』監督:佐藤真〜映画的愉悦を含むブックマーク [映画][雑記]『阿賀に生きる』『阿賀の記憶』『SELF&OTHERS』監督:佐藤真〜映画的愉悦のブックマークコメント

『阿賀の記憶』を最初に観た時にこのじんわりと満たされる気持ちはなんだろう。これをどのように表現したらいいかと思っていた。

先日、近くの大学のメディア論の授業*1で、詩人の鈴木志郎康氏が数本のフィルムを上映、お話しされたのをきいていて、言葉では表現できないクオリア(質感)と言われていたのに、合点がいった。

暗い土間に差し込む光、だるまストーブ、掛けられたやかんから吹きあがる蒸気、薪のはぜる音、おばあさんの方言、死んだお爺さんの座布団、秋空に高く実る柿の実、雪の残る田んぼに立って歌う老人・・・

それらのものすべての質感が映像を通して、私に愉悦をもたらした。

その場に立ち会っていて、映画館の座席に座って観ているだけの愉悦を味わえるかというとかならずしもそういうことではないと思う。作家(佐藤真)の目(レンズ)をとおしてフィルムに焼き付けられた質感に愉悦をおぼえたのだ。

50分ほどの『阿賀の記憶』は質感をまざまざ伝え、観るものの内なるものを呼び起こす詩的映像である。呼び起こすものは何かというと「なくなったものの存在」ということなのだろうと思う。

『阿賀の記憶』は『阿賀に生きる』を撮って、10年後にその地を訪れたフィルムである。すでに亡くなっている人たち、流れた時間がある。

しかし、『阿賀に生きる』を観ていなければ、わからないというのではない。その魅力は充分に伝わってくる。

前篇にあたる『阿賀に生きる』は阿賀野川の農家に住み込み、農業の手伝いをしながら、3年あまりの歳月をかけて、そこに住む人びと(農業、船大工、餅屋など)の日常を通して阿賀を描いている。

人々の営みそのままに、ゆったりと時間が流れ、時間の流れと人びとの生活を支えている阿賀野川の流れに昭和電工の有機水銀が溶け込んでいたことの理不尽を描いている。

この映画も質感をとおして歴史(時間)を感じさせるものだった。

このほかに『SELF&OTHERS』という牛腸茂雄という36歳で亡くなった新潟出身の写真家の残した写真とテープをもとに作られたセルフフィルムの形式の映画もあった。こちらは三鷹で牛腸茂雄の写真展があったときに会場で上映されていて、その不思議な魅力にヴィデオを購入している。

その魅力が何なのかパンフレットに引用さている佐藤真が「ドキュメンタリーの存在理由」について語っている言葉で分かったように思う。

(それは)量的拡大を図るマスメディアとは対極の位置にある。まず、メディアとしての小ささに意味がある。対象との平板な距離を持つテレビとは違って、その距離感が主観であろうと客観であろうと、そのどちらかにきちんと、かつ過度に片寄っていること。テーマは、誰にでも、分かりやすくではなく、誰かしか分からないこと。対象への眼差しは偽善的な博愛主義のそれではなく、主観的な思い込みを根拠にしていること・・・

ドキュメンタリー映画の地平―世界を批判的に受けとめるために〈上〉

ドキュメンタリー映画の地平―世界を批判的に受けとめるために〈上〉

この佐藤真の言葉は鈴木志郎康さんのお話しと通じるものがあるように思った。

記憶に残った言葉で、あらましこのようなことだったと思う。

>世界は人びとの内にある。同じものを見ていても人によって見方はそれぞれである。自分の見方を身近な日常を撮ることで表現する。そうしたものを作品化することによって、コミュニケーションの回路をつくることもできるし、そのことによって、意志や決意を生む。そういう可能性は今のネット社会に、だれにでも開かれている。

胡桃ポインタ―鈴木志郎康詩集

鈴木志郎康さんのお話しは半分も理解できなかったけれど、上映された映画はとても面白かった。質感を映し出す作者の目がとても面白かった。

*1:だれでもどうぞという担当教授の意向に参加、鈴木志郎康氏はこの日の特別講演者

tosukinatosukina 2005/07/04 15:29 azamikoさん
 少し、ごぶさたしていました。
 やはり先々週が、あわただしくて仕事のしわ寄せが先週にきました。
玄関前の紫陽花は、西を向いて咲いているせいか
いきいきとした色彩を表現していたのは短く、この前の猛暑でしおれて
しまいました。
 南側の庭の紫陽花は、なぜかまだ活き活きとしてます。
猫たちは、マイペースで過ごしていますが、一歳を過ぎた
子猫は母親が離れる時間が多くなったせいか、私たちに甘え
る仕草が目立ちます。ブラッシングを丹念にすると満足して
どこかに歩いてゆきます。


 佐藤真さんの作品は見損なっています。この前、「兼子」を上映した
友人が数年前から毎年、上映しているのですが、タイミングが合わず見て
いません。本人もコメントで来ているのですが。

 以前、山形国際ドキュメンタリィ映画祭が所有している
アナキズム関連の作品を借りて上映会をしたのですが、
それ以来MLで案内がきています。ウェブサイトからでも情報にはアクセス
できますが。

http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/home.html
トップページ↑  
リンク↓
http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/links/links.html

リンクにあるマイナーな映画祭がもうすぐ始まります。
http://skipcity-dcf.jp/index2.html
 キューポラのある街ですが、ここはNHKの放送塔が
あった場所で広めの敷地に今はNHKアーカイブが建って
います。
 
 土曜日にたまたま中野重治の文庫(筑摩日本文学全集)を借りたら、
「柳兼子さんの唱うのを私一人できく」という短いエッセィが収録さ
れていました。
 1972年の執筆で1940年の秋のできごとを回想したものです。
妻が検挙され、当時二歳の一人娘を連れて、駒場の民藝館を
訪れます。民藝館の二階で娘が何か童謡か唱歌をうたっていた
ら、それに合わせて別の歌声が聞こえてきた、それが柳兼子
さんだった、という記述です。

azamikoazamiko 2005/07/05 02:24 ☆ tosukina さま
お忙しそうですね。雨が降ると自家用車(自転車)が使えないのがちょっと・・・(困ります!)。
木の陰になっているせいか、家では今でも山紫陽花がたっぷり雨を受けて瑞々しく咲いています。このところ草花が伸びること伸びること(笑)
子猫ちゃん、すっかりなついていますね。
なるほど、ブラッシングはグルーミングのようなものなんですね。

>  佐藤真さんの作品は見損なっています。この前、「兼子」を上映した
> 友人が数年前から毎年、上映しているのですが、タイミングが合わず見て
> いません。本人もコメントで来ているのですが。

ご本人というのは佐藤真さん?それとも、ご友人。

>山形国際ドキュメンタリー映画祭
> http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/home.html  トップページ  
> > http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/links/links.html リンク

> リンクにあるマイナーな映画祭がもうすぐ始まります。
> http://skipcity-dcf.jp/index2.html

情報ありがとうございます!2年に一回、今年の秋ですね!
この映画祭も定着しましたね。
2003年のカタログを去年、アテネフランセで上映会があったときに購入しました。あまりにたくさんあって、どれを見たらいいか分からず、最後のほうでカンボジアの映画を観たくらです(^−^;
ららさんご紹介の『クメール・ルージュの虐殺者たち』もこの映画祭で上映されたんですね。佐藤さんの『阿賀に生きる』もYIDFFの受賞作です。

>  土曜日にたまたま中野重治の文庫(筑摩日本文学全集)を借りたら、
> 「柳兼子さんの唱うのを私一人できく」という短いエッセィが収録さ
> れていました。
>  1972年の執筆で1940年の秋のできごとを回想したものです。
> 妻が検挙され、当時二歳の一人娘を連れて、駒場の民藝館を訪れます。民藝館の二階で娘が何か童謡か唱歌をうたっていたら、それに合わせて別の歌声が聞こえてきた、それが柳兼子さんだった、という記述です

いいお話しですね。
民藝館に行きたいと思いながらまだ行っていなくて。
検挙された中野重治の妻というのは原泉さんですね。
3年ほど前、大西巨人氏が中野重治を語るという講演会があって、そのときに中野重治氏のお嬢さんもいらしていました。闊達な明るい方でした。大西さんは中野さんのお家にご夫婦で同居していたことがあるそうです。

tosukinatosukina 2005/07/05 09:43 azamikoさん

 コメントは佐藤さん本人です。「兼子」のときは監督本人と
近隣の大学の教員でした。二回上映をしたので。
 民藝館は二十数年前に行ったきりです。中野重治は小田急線
豪徳寺駅の近くに住んでいたので、当時に駅があれば東北沢駅
が三っめの駅で、そこから歩いて10分で民藝館に着いたと推測
します。あるいは下北沢で乗り換えて、駒場東大前か?
 1930年代後半から豪徳寺駅近辺には徳永直、中西伊之助など
が住み始めます。
 原泉は、昔はテレビにけっこう出ていましたね。

azamikoazamiko 2005/07/06 08:01 ☆ tosukina さま

作者自身が作品を語るのをきけるというのは、特別の感慨があります。東京にいるとその機会に恵まれることは多く、うれしいかぎりです。

>  原泉は、昔はテレビにけっこう出ていましたね。

髪をポンパドゥールに結って、ハスキーな声、毅然としたセリフまわし。芯の強い、おばあさん。貴重な性格俳優でしたね。

BEEBEE 2006/05/25 23:01 >テーマは、誰にでも、分かりやすくではなく、誰かしか分からないこと。

 たくさんの矢印はいらないんだ、とすぅっとしました。すっきりではなくやわらかく納得しました、そうだよな、と。

azamikoazamiko 2006/05/26 08:16 ☆ BEE さま

>  たくさんの矢印はいらないんだ、とすぅっとしました。すっきりではなくやわらかく納得しました、そうだよな、と。

「主観的な思い込みを根拠にしていること・・・」というのも、言ってくれてありがとう、という感じです。
先日『「エドワード・サイードOut Of Place』のトークショーでも、「サイードを撮り、サイード論にしようとしたのではなく、サイードの見ていたもの、家や街や人や・・・を撮ることで、サイードが何を見、考えていたかということを描きたかった」と佐藤真さんは語っていらっしゃいましたが、常に個の視点のこだわりなのでしょう。

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