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「文系」医師のつぶやき このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-06-01 ベトナムの記憶その3:戦争証跡博物館 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

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もう半年も前のことになってしまいましたが・・・ベトナムの記憶を少し。


ベトナムホー・チ・ミン。この地で、今までの人生の中で最も衝撃を受けた博物館に出会いました。

その名も、「戦争証跡博物館


博物館には、ベトナム戦争の記憶が刻まれています。

写真を使い、言葉を使い、ホルマリン漬けの標本を使い、絵を使い、そして再現した建物を使い・・・。


印象的だったことはいくつもありますが、特に言葉が出ないほど衝撃を受けたのは、当時アメリカ軍が捕らえた南ベトナム解放民族戦線*1の人々を拘留したという「虎の檻」を再現した建物でした。


「虎の檻」では、人間はここまで卑劣に、また残酷になれるのかということが克明に示されていました。ここに入れられた南ベトナム解放民族戦線の人々は、どんなに屈強で、どんなに国を想い、国のために戦おうという強い意志を持った人でも、戦争が終わってそこから出てきたときには怯えきった様子で、誰も信じることができない、およそ人間としては生活していくことができないだろうという状態に追い込まれていたといいます。


中で何が行われていたのか。


一例を示すと、毎日毎日一枚ずつ爪をはがしていったり、女性の場合には陰部を蛇に噛ませたり、割ったビール瓶で陰部を突き刺したり・・・。

敢えてナイフなどではなく、瓶で刺したのは、ガラスの場合レントゲンに写らず、破片が入っていて激痛を残したり、後遺症を残したりしても、証拠が残らないからだったといわれています。

また、一つ一つの牢は上が格子状になっていました。そこから米兵が牢屋の中のに対し、糞尿をしたり、火をつけたろうそくからたれる蝋を落としたり・・・。


今でもあの画や記録した文章を思い出すと、苦しくて眠れなくなります。

人がどんなことをされたら内部から破壊されていくか、その全てを凝縮した場所のような気がしました。


今でも、イラクアメリカ兵はイラクの人々が宗教や民族的に、最も忌避されるようなことを、拘留していることいいことにやらせたり、北朝鮮でも捕らえた脱北者未遂者に対し、精神的な嫌がらせを続けているといいます。



この「虎の檻」のほかにも、枯葉剤によって生まれてくることのできなかった奇形児のホルマリン漬けや、有名な沢田教一の「安全への逃避」を始めとした数々の写真が展示されています。



そして、この博物館の価値を高めているもう一つのこととは、当時、世界中で起こったベトナム反戦運動の様子を展示していることです。当時、誰が見ても全く関係のない被害、それも上記に示したような考えがたい被害を受けたベトナムに対し、世界中から抗議の声が上がり、ホー・チ・ミン率いる南ベトナムに賛同するという声が上がりました。ヨーロッパアジア(もちろん日本も含まれています)、中南米アフリカ、そしてもちろん、アメリカ内部からもです。*2

ホー・チ・ミンベトナムでは「ホーおじさん」の愛称で呼ばれています。)の素晴らしいところは、あの絶望的な国内の情勢の中、世界に目が向いていたところです。とにかく世界にこの悲惨な状況を伝え、一緒に戦ってくれるように呼びかけました。しかもその文面はとても人間味にあふれていて、恐ろしい被害を受けているにも関わらず、その言葉は常に全ての人々に対する感謝の気持ちから始まり、紳士的な態度に包まれていました。



博物館を周り終える頃、私はふとあることに気づきました。

自分の中に残っている気持ちとして、「アメリカへの憎悪」がなかったことです。

時として、こういった記録を見るとき、被害者側に感情移入をして見てしまうのではないかと思うのですが、この博物館を周っていて感じたのは、あれだけ悲惨な状況を展示し、後世に伝えているにも関わらず、アメリカという「国」に対する恨みや憎しみといった感情がこの博物館からは読み取れないのです。


それは、博物館のある場所に展示されているベトナム戦争で傷ついたアメリカ兵の記録が残されているからではないか、ということに思い当たりました。


クチトンネルに行ったときにも思いましたが、この国の展示や記録として残されているものの中には、必ず自分たちの国の被害だけではなく、相手国の中にも被害を受けた人たちがいたことをきちんと示してあります。

ベトナム戦争で人々を殺した兵士の中には今も苦しみ、立ち直れない人々はたくさんいると聞きます。

「敵」として相手を描くのではなく、一緒に傷ついたものとしてあのように歴史を語れる場所を作れるということに対し、深く尊敬の念を感じました。



建物自体は非常に簡素で、もちろんよく整理はされていますが、その事実を語るものがただただ並べられているという印象を受けます。かつての沖縄の平和祈念資料館に似ているかもしれません。かつての平和祈念資料館を知っている人は、あれよりももっともっと大きくなったものと思っていいと思います。


また長い文章になってしまいましたが、ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

ホー・チ・ミンを訪れた際は、苦しいとは思いますが、是非この博物館に足を運んでもらいたいなぁと思いました。






あとがき

後で読んでみると、この博物館は、かつて、「戦争犯罪博物館」と名づけられていたそうです。クリントンアメリカ大統領であったときにベトナムを訪れ、この博物館を訪れたのをきっかけにその名前を変えたそうです。

写真は街の中心にあるホー・チ・ミンの像にしました^^

*1:通称ベトコン。フランスに替わり侵略してきたアメリカ軍に対し、農民を中心に、国を守る、自分たちの土地を守るために立ち上がった人々。ホー・チ・ミンが率いていた。ベトコンという言葉は、実際はアメリカに擁立された北側のゴ・ディン・ディエム首相がつけた名称で、蔑称として使われていましたが、こちらの方が今では定着しているかもしれません。

*2アメリカでは2人の学生が抗議のためにホワイトハウスの前で焼身自殺しました。