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好評既刊

2013-12-28

[][]きゅんたまScreamingと猥褻風俗史とキリスト教的風教心

宮武外骨は「明治大正猥褻巨人」でもあって、猥褻風俗史の他にも「猥褻科学」とか、「此花*1」とか、猥褻に事欠かない。

とはいえ、「猥褻風俗史」は今の人向けではないので……w

竹の子書房2013年最後の一冊は、夏ぐらいからずっと延び延びになっていた、「本当にあったエロい実話怪談」こときゅんたまScreaming】


気まずいシチュエーションで気まずい幽霊が現れて、というシモ怪談エロ怪談といえば、拙著「弩」怖い話3がその代表格、と自負しているw

「弩」怖い話〈3〉Libido with Destrudo (竹書房文庫)

「弩」怖い話〈3〉Libido with Destrudo (竹書房文庫)

考えてみればこれも結構エロい実話怪談ばかりだったけど、18禁になってないな(^^;)

この「エロい実話怪談」というのは、「大人で男でおじさんを実話怪談の読者として開拓する」というのが狙いの一つでもあったんだけど、体験者の気まずい怪談の多くは実際のところ「大人で男でおじさん」には随分評判が良かった。

が、「若い女性の赤裸々な体験談」が多かったせいもあって、女性読者はウケは最悪だったと思いますorz


だって、久々に怪談トークライブのお座敷が掛かった。

トークライブでは「本に書いてない話」「あまり聞いたことのない話」をやるのが礼儀だろうなーと思うので、シモ怪談を(ry

終わってから御客さんお見送り挨拶のときには、なんでか美人女性客の方々から「すごく面白かった!」と絶賛をいただき、やっぱこの分野は本当は「皆大好き」なんじゃん? という確信を深め(ry


そういうわけで、2013年最後の一冊はこちら。

きゅんたまScreaming

加藤AZ 著

RAY'S. イラスト

漫画ホットミルクの巻末の読み物連載分に書き下ろしを加えた構成。

猥褻風俗史」同様18禁ですが、猥褻風俗史の時代(明治44年)に、「なぜそれまで卑猥・猥雑ではあっても違法ではなかったものが、猥褻という違法ものになったのか?」をなぞったものであることを踏まえた上で、昨今の表現規制非実在青少年問題などが「なぜ猥褻と指弾されるのか?」を考える材料としてみるのもおもしろいかもしれないし、家族兄弟に見つからない秘蔵のオカズとして見るのも実用的wかもしれないし。



……「猥褻風俗史」と同時代に宮武外骨が出した(出そうとした)「猥褻廃語辞彙(猥褻用語事典)」は、今風に言えば「エロワード辞書」で、ほぼ全て文字のみ(一部春画などから拝借の挿絵あり)にも関わらず、出して三日も待たずに発禁になってる。

きゅんたまScreaming」も一部挿絵ありだけど基本的には文字のみで、条件は同じはず(ry そこらへんを考えると現代エロ表現に対して非常に寛容な社会になってるな、とは思う。その寛容さは、猥褻風俗史を紐解く限り「暴走」ではなくて「元々日本性風俗意識伝統的に野放図」なのであって、昨今の状態は「奔放にすぎる」のではなくて「伝統的状態に回帰しているだけ」なのではないのかとすら思えてくる。

明治初頭頃、外骨が憤懣やるかたなく不平を抱く「猥褻を取り締まる法律」は、「洋行帰り」が西洋価値観に準えて、「これから国際基準にならねばならぬ」と息巻いて造った。

この西洋価値観というのはキリスト教的風教心という奴で、「女性は慎ましやかに」「汝姦淫するべからず」というアレ。

平成の昨今、表現規制非実在青少年モデルとした児童ポルノ規制を口やかましく訴えているのも、実はキリスト教婦人団体であったりする。

要するに、「性風俗の乱れ」「性風俗表現の過激さ」に眉を顰めてそれを諫めるのは、今も昔も「西洋キリスト教価値観」への従属を強いる人々なのだなあ、とかなんとか。


きゅんたまScreamingは「実際に体験者がいる実体験談」を聞き拾った*2ものを集めたという意味では、普通の実話怪談本と同じです。

普通の実話怪談本の著者と版元が避けるが故に、読者にもあまり知られていないケースの「マジかよ、あんのかよ」みたいな話が多めです。

エロい、ってだけです。


では最後にもう一度。

きゅんたまScreaming

加藤AZ 著

RAY'S. イラスト



2013年お疲れ様でした。

あと4日あるけど。4日しかないけど。

次は2014年1月末日の【「超」怖い話 午】でお会いしましょう。



皆様、良いお年を

[][]猥褻風俗

まず、古書のスキャンドキュメントスキャナー(ScanSnap)が使えないような状態の古い本(外骨の本は和装和綴、黴びたり染みたり劣化したりでしたorz)に、連続して用紙を吸い込むスキャナを用いた破壊スキャンは困難。

非破壊スキャナは高いw(あとスキャンデータOCRするのにはスキャン後素材としては不向き)。

ドキュメントスキャナーを使って取り込んだものは若干の「ぼやけ」があり、これが後のOCRの成果品質を下げた。LEDフラットベッドスキャナーを用いたものはそれよりは鮮明になったけど、それでも現在一般的フォントと異なる「明治大正時代の活字」からOCRは困難を極めた。まず、旧字体の問題。

実は、第三水準、第四水準として今も多くの「旧字」そのものフォントで使えるのだが、OCRソフトがそれらを正しく認識できないケースが多かった。

また、異体字という問題もあって。

例えば「半」「尊」などの上に付いてる逆ハの字。現在はこれらの文字では、払いは「下がせまく、上が広い。外側から内側に向かって払う」という字形になっているのだが、明治大正昭和前期くらいまでの活字では、これが逆になっていて、逆ハの字の払いは「上が狭く、下が広い。内側から外側に向かって払う」という字形になっている。

これは旧字ではないので、今のフォントを探しても出てこない。

他に、「教」という字の偏の「孝」という字。これは「土」「ノ」「子」の合体でできている、と我々は字形から理解しているけど、明治頃の活字だと「土」ではなく「メ」「一」でしたorz

土じゃないんだよ! だけどこれ第三水準第四水準にはないんだよ!

だけど、「説」の異体字の「說」は三水四水にあるんだよ!

ただこれ、SJISだと表示されないんだよ! UTF-8じゃないと表示されないんだよ!

OCRソフト読取革命」はSJISで出力しやがんだよ!

とまあ、そういう問題がぞろぞろと……。


結局、絶版古書電子復刻の第一弾・猥褻風俗史(宮武外骨)は、「スキャンデータを手本として、目で見てタイピングする【総手入力」になった。

しかも、この本は総ルビ。

OCRは実は総ルビと圏点には極めて弱くて、ルビと圏点を避けて細かく指定するか、スキャンデータの時点でルビと圏点を取り除く画像加工をしてからでないと、ルビ、圏点、ついでにスキャンノイズであるゴミなども全部「文字として認識」しようとしてしまい、結果、OCR認識成果はぐだぐだになるorz

結局、ルビも全て手入力になりました。

なんだこの手の掛かりすぎる本は!!!!!

誰もが「原本があるんだし、スキャンしてOCRすればそれだけでポンとできる。それで金を取る気か」と思うだろなと……。だけど違うんだよ。本番はルビ入力、さらに大本番は校正なんだよ!*3


猥褻風俗史は10月下旬頃に話が持ち上がり、11月上旬に神沼三平太氏が手に入れた原本からスキャンデータを起こし、そこから須藤安寿氏、加藤一で入力を始めて、途中それぞれの本業で中断した時期もあり、12月に入ってからは主に須藤安寿氏が校正を行い、kindleでの頒布のために必要となる「独自コンテンツ」を加藤が書き下ろして、ようやく形になったのが12月25日。のべ二カ月。

実働時間を一日6時間労働くらいでカウントすると2〜3週間かなあという気はするけど、それにしたってああた。


という労作が、これです。

猥褻風俗史 全(注釈付き+総ルビ本)

宮武外骨

18禁扱いになってるのは、この本は、明治期にできた「猥褻を取り締まる新法」によって、それまで、つまり江戸時代以前には違法ではなかった日本の伝統的な性的風俗信仰などが取り締まりの対象になってしまい、次第に廃れていくに至った、というようなことをまとめた本、だから

同書の原本が非アダルトとして流通してるのだから別に18禁じゃなくてもいいんじゃん? とは思ったけど、kindleは一応「審査」があるそうなので、念には念をで18禁扱いにしました。

古文だけど全編に魂を注ぎ込んで造ったルビが入っているので読みやすいです。

内容については、当時は「猥褻物を販売すると官憲逮捕されるかもしれないから、売らない。予約者と書店主にのみタダで配る」と、同時刊行の「筆禍史」という本の景品として、百部だけ造られた稀覯本中の稀覯本。

過去に抄訳や影印本は何度か出ているんですが、いずれも研究用だったり掻い摘み過ぎだったりルビなしだったり、何より値段が高かったり……。

というわけで、今回「学術資料としては大変お求めやすい金額」、読みやすいリフロー版にして、ついでに「電子復刻作業のときに使ったスキャンデータ」を無料付録で付けてみました!*4


……正直、掛かった人手を回収できるかどうかも怪しいのが、こうした古書電子復刻がなかなか進まない最大の理由であるということが改めて理解できた。

なお、kindleでは「活字のみの画像データを束ねたスキャン本(フィックス本/レプリカ本)」は販売できないルールkindle Paperwhiteなどのビュアーに不向きであること、スマホなどでの閲覧に不向きなことなどがその理由なんだけど、加えて「活字のみのスキャン画像」を判読可能なクオリティ解像度で保存すると、40頁弱程度でも70MB近くになる。Kindle回線を大幅に圧迫する可能性があるため、コミック以外についてはこのような仕様にしてるんだろなあとは思う。

これだって、やってみなきゃわかんなかった話で、研究という意味ではひとつの成果である


なお、この宮武外骨は2005年7月に著者死亡から50年が経過しており、日本既存法では著作権消失したパブリックドメイン文書に辺り、著作権者・遺族の権利が消滅している。青空文庫でも外骨の著書の電子化が試みられているが、現状では「一圓本の害毒」のみが完成しており、「賭博史」は作業途中のまま中断している。

外骨の本は「量が多い」「馬鹿馬鹿しいw」「出刃亀根性的に面白い話題」「学術的には評価されない分野の取り扱い」「何度も発禁を受けたり投獄されたりしている内容」*5などから、読み物としても大変面白い

是非他の人々にも電子復刻を手がけて貰いたいところだけど、「よほどの物好き」か「研究者が高い金出して買ってくれる」かでないと無理だろうなあということも痛感した。

ちなみに、竹の子書房としては、

などを、それぞれ底本として確保している。

既に「私刑類纂」はスキャン作業+OCR作業を終えて校正組版作業中。

「奇態流行史」はスキャン作業は終えているが、圏点とルビを取り除いてOCRを行う作業が進行中。どちらも100頁近いのでまだ暫く掛かるだろうが(これから本業が忙しくなるので)、どちらも「とにかく面白い」のでどうにかしてもう一度世に出したい、出すべきだ、と考えている。

面白半分はさらに面白いんだけど、これ外骨本としては超有名なので、いずれ河出書房が出すんじゃないかなあ、と(1980〜90年代に河出は外骨の著書をかなり出してるので、復刻するとしたらあそこだろうと)期待して、敢えてまだ手を付けず、原本をときどき取り出しては(・∀・)ニヤニヤしている。

スコブルもやりたいんだけど、「総ルビ」「50頁の本が27冊」「縮刷影印本しかないので判読が困難」という理由で足踏み中。

「變態知識」は古川柳の集成本なんだけど、猥雑だったり和算クイズになってたり、これまた知的娯楽の粋を極める。なんだかんだで当時、外骨のファンが多かった理由がわかる気がする。

というわけで、大切なことなのでもう一度。



猥褻風俗史 全(注釈付き+総ルビ本)

宮武外骨

Amazon Kindleで絶賛発売中。

Kindle専用端末でなくても、

などの携帯端末で大概閲覧可能です。

PCスマホなどでAmazonのストアサイトから買って、自分スマホなどで閲覧、というスタイルPCでは(今の所は)閲覧できないんだけど、PCで読む方法もあるらしいので、これはいずれまた。

[][]電子書籍の種類(制作スタイル

電子書籍については、

  1. 自己の新作を造って頒布する」
  2. 自己の旧作(絶版)を再頒布する」
  3. 「他の著者から新作の編集制作の委託を受けて作成する」
  4. 「他の著者の著作権消失古書(著者の死後50年経過したもの)を電子復刻する」

などが考えられる。

他にも色々あるだろうけど、目下はこのあたり。

(1)は校正を考えなければ、原稿さえあれば或いはモチベーションさえあればすぐに誰でもできる。「個人による電子書籍出版」で誰もが思いつくのはまず(1)だろう。

次に、「昔出したけど今はもう売っていない本をもう一度出せばまた売れるんじゃないかな」という、作家ならではのスケベ根性wが(2)。これについても、(1)同様、元原稿は自分の手元にあるんだからすぐ出せるじゃないか、と思ってしまう。これはたぶん、商業作家でも同様に考えてる人多いんじゃないかという気がする。

実際には前述したように「校正編集作業」を、一番最初の草稿に戻ってイチからやり直しをしなければならないわけで、その労力たるや尋常ものではない。

(3)は(1)に近いんだけど、「校正編集その他の作業」を外部委託先として引きうける、というもの。やってみるとやはり紙の商業書籍を造るのとさほど変わらないだけの労力が掛かることが理解できた。「何日間で何工数で仕上げるか」「品質保証をどこまでするか」で大きく金額が変わる世界だと思う。

(4)の古書の場合、「完成品(底本)があるんだからスキャンしてOCRかければ簡単だろ!」とはよく言われるのだが、本当に簡単なのかどうかを実際にやってみようということで、宮武外骨の古書について電子復刻に取り組んでみたのだが、全然簡単じゃなかったよ!!!

という苦労話を聞いて貰いたい(`;ω;´)

[][]今年の竹の子書房の活動とその感想

今年の3月くらいから竹の子書房密林支社と題して、「電子書籍有償頒布する」という課題に取り組んでいる。詳しくは、密林支社のWebページ http://www.takenokoshobo.com/kdp/ に譲るとして、将来的に「電子書籍を個人出版するためのノウハウ」の獲得は、執筆生業とする同業者の間でも興味と期待と懸念の材料にはなっていることと思う。


これから執筆する新作を展開すること、旧作を改めて電子書籍化すること、絶版本の電子書籍化、著作権の消滅した古書の電子書籍化などなど、一口に「電子書籍化」「電子出版」と言っても抱えている問題は様々。

特に「著者」としてやってきた人達は「原稿さえあれば簡単に本が出せる」と考えがちだし、そのように煽っている電子書籍ハウツー本も少なくない。

だがしかし。実際には「編集作業、校正作業」があり、できあがった本を店頭Amazon)に並べるだけでは売れないわけで、さらには「販促活動」というものも考えていかなければならない。

特に、著者としてのみ本作りにかかわっている人にとって、「書いて並べれば勝手に売れるもの」と思っていた本が、「売ろうとしないと驚くほど売れない」ことに気付かされることは多いのではないだろうか。

常々「電子書籍はとにかく売れない」と繰り返してきて、まあ実際売れないんですけどw、それであるが故に「紙の本を電子書籍にするために掛かるコストを、電子書籍の売り上げでは回収できない」「売れるように工夫(宣伝)をしても、その宣伝コスト電子書籍の売り上げでは回収できない」という、なんとも逃げ場のないジレンマから脱する方法が見当たらないのもまた事実

電子書籍は紙の商業誌に比べて少人数で動けるから、紙の本より売れなくても収益は確保できるはず」

と誰もがそう思う。まあ、僕も昔はそう思ってましたw

実際にはどうかというと、紙の本と電子書籍の大きな違いは「完成したデータを、紙に印刷するか電子データとして配布するか」という完成品の頒布方法の違いなんだけど、それ以前の「データを完成させる」っていう工程は、紙でも電子でも実は言うほど大きく違わない。

まりは、「データができあがった後」ではなく「できあがるまでに掛かる手間暇とコスト」には大きな違いがない。

元々薄利多売でそうした制作費を確保してきた出版という産業形態から見た場合電子書籍は少なくとも桁二つくらい市場規模が小さい(2013年でもそういう感想は変わらなかった)以上、紙の書籍と同じだけの制作コストを掛けられないのが実情だった。

しかもこれ、「著者の印税」とは別枠の、編集・制作コストの話だからね。


校正をかけない本のクオリティは「誤字が目について内容が頭に入ってこず読むに堪えない」になってしまうわけで、そのために校正必要なんだけど、よい校正仕事は「完成品のどこに問題があったのかまったくわからない状態に仕上げる」ということであって、完成品だけ見ると校正要らないじゃん、と逆に思えてしまうのが素人の浅香光代という奴で。

実際、その校正に掛かる手間暇は「著者単独」ではどうにも軽減できない。

おそらくやはりここがネックなのだなあ、というところに何度も何度も立ち戻った。

多分今年最後更新

今年は6回しか更新しませんでした(´Д`)

すっかりTwitterに主戦場シフトしているためで、今までブログで書いてきたようなことのほとんどはTwitterでやってる。

その主立った理由は、ブログに比べて思考修正・不足知識の補足がされやすい点にあるようには思う。誰かの意見を見て閃いたり、誰かからの追補・補足を受けて自分の主張に修正を入れたりといったことについては、Twitterのほうが向いている。ブログは「邪魔が入らない」けどその分、偏りや思い込みによる偏向の修正がしにくい。

「コレ以上は変化しない結論」を発表する=アウトプットの場としてはブログは相変わらず有用だと思う反面、変動し続ける思考の整理、インプットブレインストーミングの場としてはTwitterのほうが有用だなー、と思う次第。

ツールの使い分けという感じ。

その分、「思考ダダ漏れ」「未整理の自問自答」がドドドと続くので、Twitterで僕をフォローされている人達はTimeLineが埋まって大変だろう気の毒だな、とか他人事のように思うんだけどまあすみません

*1:浮世絵・春画研究

*2:或いは、同業著者が「僕は書けないので奉納します」と投げ寄こしw

*3須藤さん、猥褻風俗史の校正ありがとうございます

*4付録ダウンロード方法kindle本巻末に掲載

*5猥褻政府批判が主なのだが、現代では差別と見なされる話題なども多く、これが復刻の妨げにもなっている

2013-08-03

[]麻生発言についてのポリティカル・コンパス

まだ幾つか並行してるけど、今回の麻生発言を系統別にまとめ。


  1. 改憲について政権与党ナチス手法に学んで、喧噪(熱狂)のどさくさに紛れて静かに(密かに)進めてしまえばよい」と理解して批判
  2. 改憲について政権与党ナチス手法に学んで、喧噪(闊達な議論)を封じ込めて静かに(異論排除して)進めてしまえばよい」と理解して批判
  3. 改憲についてマスコミナチス手法という失敗*1に学んで、喧噪(熱狂)の中で事が進まないように静かに(落ちついた議論を)すべき」と理解して擁護
  4. 改憲についてナチス手法の失敗に学んで、という例示は【誤解する人がいることを避けられない】のだから、そもそも出すべきではなかった」と理解した上で批判
  5. 麻生はバカなんだから、どうせ言ってることは間違いだらけ、漢字も読めない奴だから日本語もちゃんと扱えない。そんな奴を壇上に上げるのが間違い」という罵倒を孕んだ批判(割と見かける論調(^^;)

(1)……この場合の「ナチス手法という失敗」というのは「喧噪のどさくさに紛れて事態を進行させてしまうことを許した」であり、それは結果的にドイツ国民にとっての「失敗だった」。つまりナチス手法は、ドイツ国民にとって失敗であった」から、【その手法を繰り返さないよう、ドイツ国民が何を間違えたかという失敗に学ぶべき】になるんだが、「失敗したナチスに学ぶ」「ナチスにとって失敗だった」と解釈すると、これがまた意味が違ってくる。批判の解釈が何通りも発生した(しかもまったく逆の解釈なのに、どちらも批判に結論した)のは、そこらへんの主語が省略された結果だと思われる。


結局のところ、「どう受け取るか」「どう理解したか」というよりも、「どう理解を【したい】か」で導き出される結論が左右されるところはままあるかも。

そして、(5)を除けば比較的冷静に考えた結果、それぞれ(1)-(4)の結論を出している様子。


(3)のみ主語が「マスコミ」になって、他の批判とは対象がぐるりと変わるのはなぜかというと、元の発言では直前の段落で「靖国神社中韓を交えた喧噪の対象にしてしまい、静かに熟考する余地を奪ったのは、狂騒を焚きつけて煽り立てたマスコミである」としているところから

靖国神社が置かれた喧噪を作り出したのは「ナチスのように振る舞ったマスコミ」なので、「(歴史に)学んだらどうかね」という皮肉たっぷり言葉が出てくる。

文脈を辿れば、その皮肉を向けられているのがマスコミである、という理解をするかしないかで、全体の解釈が変わってしまう。


それぞれの結論を別の答えを出した人に、全員が「俺の解釈こそ正解」と互いに強い合っているのが、その後の議論の残照*2だと思う。

(5)については、(1)(2)の意見の人は割と安易に飛びついて組み込みたがるし、庇いきれないと考える(4)の人も潜在的に意識してるように見える人がちらほら。


麻生議員の釈明、麻生議員の発言を【音声で】最初に聞いた人々、要約された誤解釈記事が出た後の全文書き起こしと音声を合わせて確認した人々の認識は、等しく(3)で、その上で「マスコミの理解力を過大に期待するからこうなるんだ」という主旨での(4)に至った人もいる。


そんなわけで僕は一連の問題について「麻生議員の脇が甘い」「誤認と理解できる引用がある」という批判について一定の理解を示す一方で、「文章は、音声と映像ライブ)のニュアンスを伝える力がない。まして、要約や整理によってニュアンスが変わる」という点を特に重大視してる。

インターネットは確かに映像情報動画)の共有も簡単に行えるようにしたけど、「未編集映像フルタイム、逐一確かめる」のは暇人専門家マニアだけで、大多数の人はそういうことはしない。

まり、「一次ソースを見た誰かが要約したもの」を報道や伝聞、さらにそれを翻案した誰かのツイートという形で見ることになるわけで、無加工の一次ソースにいつでもアクセスできたとしても、それを逐一確かめるのは、よほどのディレッタントだけだろう、ということを、考えておかないといけない。


  • (´∇`)「人の嫌がることを進んでやります
  • <丶`Д´>「人の嫌がることを進んでやります

とかは、この点の「ニュアンスの相違」を理解するうえで、わかりやすい例文だとは思う(^^;)


民主主義は「情報の種類、事前選別、選択肢の充足、読み解き方・読み砕き方、選択者自身の損得の立場」とかを勘案しながら得た情報に基づいて判断を下すことを、個々の問題の専門家ではない【大多数の門外漢に委ねる仕組み。

とはいえ、有権者全員が個々の問題の万能の専門家になることはできないから専門家が上げた情報に基づき、それを理解しなきゃいけない。

そこで上げられる情報選択肢課題点についての説明が十分であれば、同じ地域にあって権益を共有している人が選ぶ選択肢はだいたい同じになる。

かいポジションの違い、権益を共有できない話題では、そこらへんは違ってくるから権益を共有できる人同士が党派を組んで、優先順位をあげようとする。

ここらへんも情報が正確なら健全に働くと思う。


その意味で、「マスコミ健全なら、民主主義健全に働く」。そうじゃないからマスコミしっかりしろ、という話になるんだと思う。


【分業社会】 高度に分業が進んだ社会の光と影 【妬みと蔑み】

http://togetter.com/li/133801

【有能】 民主主義に則ると有能な人材は輩出されにくいらしい 【無能

http://togetter.com/li/401562


ご唱和下さいヽ(´∇`)ノ



一連の麻生発言について、擁護者と批判者に割れた(実は冒頭にもあるように批判者の間でも批判の理由が真逆に割れている)のはなぜか?

また、「講演をその場で耳で聞いた人達」と「文章で後から読んだ人達」、「文章で後から読んだときには疑問を感じたが、映像で(音声で)聞いたら誤解が氷解した人達」の間に何が起きたのか? についての考察はこちら。

【耳で聞く】 麻生発言〜情報を耳目のどちらで処理したかで解釈が変わるのはなぜか 【目で読む】

http://togetter.com/li/545180


しかし問題は、この「初手の【マスコミによる誤解釈】を、後々リレーする記事・記者翻訳者の全てが、訂正しないままに誤解釈ニュースとして拡散している」ということ。間違いに基づいた論評を、誰も指摘しないままに拡散し続けているけれども、右から左リレーしただけの人々はそれを「自分は伝えただけ」「翻訳しただけ」として責任を負わない、という点かと思う。

関わった人達は全員が、「自分は悪くない」と口を拭う。

訳しただけ、元記事に基づいただけ、元記事の作成者は誤解に気付いても「語解するような言い方をする奴が悪い」という。

例えばこれが、どんどん話がこじれていって断交宣戦布告を受けるような流れになっていったとしても、悪いのはリレーした者達ではなく、「語解されるようなことを言った奴」ということになる。

民主主義は正しい情報、正しい報道に基づいて初めて正しく機能する。

政府間の情報よりも報道のほうが遙かに早く広く事態を伝達し拡散する昨今では、外交上の判断が報道に基づいて行われるケースもある。

トップ同士の外交であれば、直接の確認が行われたりもするのだろうが、与党の閣僚ではない議員などは民間報道から取った情報に基づいて各種の政治的判断を行うケースも珍しくないわけで、「報道の誤解釈」「報道の誤訳」がその後の政治的な過ちの温床になっていくケースは繰り返されるのだろうと思う。

教科書問題、靖国神社問題、従軍慰安婦問題などなどと、今回の麻生発言の「訂正できないマスコミ報道世界規模の拡散」には、今後も我々が【騙され続ける】ことに対する絶望的な示唆が含まれている。

やれやれだぜ。

*1:この場合の「ナチス手法という失敗」というのは「喧噪のどさくさに紛れて事態を進行させてしまうことを許した」であり、それは結果的にドイツ国民にとっての「失敗だった」。つまりナチス手法は、ドイツ国民にとって失敗であった」から、【その手法を繰り返さないよう、ドイツ国民が何を間違えたかという失敗に学ぶべき】になるんだが、「失敗したナチスに学ぶ」「ナチスにとって失敗だった」と解釈すると、これがまた意味が違ってくる。批判の解釈が何通りも発生した(しかもまったく逆の解釈なのに、どちらも批判に結論した)のは、そこらへんの主語が省略された結果だと思われる。

*2:まだ続けてる人、の意

2013-07-31

[]麻生発言の朝日全文書き起こし(私家版)

文章のニュアンスの錯誤が若干気になるので、自主トレも兼ねてパラグラフを整理してみた。


朝日新聞による全文*1書きだしオリジナル版)

http://www.asahi.com/politics/update/0801/TKY201307310772.html


 僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだからドイツ国民ヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。


 そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。


 私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算対応しておりますし、事実若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。


 この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前戦後不況を知っているから結構しゃべる。しかし、そうじゃない。


 しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。


 そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。


 ぜひ、そういう中で作られた。ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。


 靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。


 何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。


 僕は4月28日、昭和27年、その日から今日日本独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。


 昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。


 わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。


パラグラフの位置が気になるので、文脈を考えつつ直してみた。

文面は変えてません。


朝日新聞の書き出しを元にパラグラフを整理してみる


ヒトラードイツ国民に合法的に選ばれた

 僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。

 ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。

 全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから

 ドイツ国民ヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。

 そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。


憲法の善し悪しではなく、有権者意志ナチスを選ぶことは可能だった

 常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。

 ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。


若い世代は好況を経験していないのに前向き、50〜60代はダメ

 私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算対応しておりますし、事実若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。

 一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代バブルの時代でいい思いをした世代が。

 ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。

 この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。

 50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。

 おれたちの世代になると、戦前戦後不況を知っているから結構しゃべる。

 しかし、そうじゃない。

 しつこく言いますけど*2、そういった意味で、憲法改正は静かに*3、みんなでもう一度考えてください。


狂騒の中でなく、冷静な議論で改憲案は練られた

 どこが問題なのか。きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。

 そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。

 30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党部会で怒鳴りあいもなく。

ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。

『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。

 何回か参加してそう思いました。ぜひ、そういう中で作られた。

 ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。


靖国神社参拝を狂騒する問題にしてしまったのはマスコミ

 靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。

 騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。

 何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。

 日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。

 僕は4月28日、昭和27年、その日から今日日本独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

 昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。

 いつから騒ぎにした。

 マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。

 騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。

 だから、静かにやろうやと。


ワイマール憲法全権委任法*4

 憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。

 *5あの手口学んだらどうかね*6。わーわー騒がないで。

 本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。


マスコミが作り出す狂騒状態」の中での憲法改正強行は好ましくない

 ぜひ、そういった意味*7、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが*8、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。

改めて読み直してみると、前後の文脈から「あの手口学んだらどうかね」というのは、実は【マスコミに向けられた嫌味】のようだ。


さて。

パラグラフを整理した理由について補足。

「本来分割すべきではない、文脈として連続しているセンテンスが、別のパラグラフに分割されたことで【何に掛かる言葉なのか】が変わってしまって分かりにくくなっているのではないか?」という疑問から

例えば、こんな例文があるとする。

リンゴがある。それはまるまるとしている。美味そうな子豚である

これを、「リンゴがある。それはまるまるとしている」で区切ってパラグラフにまとめたら、「まるまるとしている【それ】」とはリンゴを指すことになる。

しかし、リンゴ下りを別のパラグラフに分けて、「それはまるまるとしている。美味そうな子豚である」のほうでまとめたら、「まるまるとしている【それ】は子豚を指すことになる。

まりパラグラフをどこで分けるかによって、「それ」「あの」といった文章が何を指すつもりで使われたのかが、がらっと変わってしまう可能性がある。


朝日書き起こしは元が「演者の主張にある程度共感していて、主張の骨子を理解しており、主語目的語を省略したり対象を明示しなくても意図が理解できる」という聴衆集団に向けられた口頭の発言を文字に起こしたものなので、どうしてもわかりにくいところは出てくる。

原稿を読み上げ、ディレクターカンペに従って進行するニュース番組の語りと、ライブで曲と曲の合間に即興でするMCと、それぞれを文章起こししてみたら、後者の「読み上げないトーク」のわかりにくさったらない、と思う。

こうした講演のトークはライブMCに近いわけで、「わかりにくい」のは当たり前とも思う。


また、整理した私家版に入っている小見出しはAZUKIによるもの

「書き起こしに小見出しを入れるのは反則」という批判は正しい。が、朝日が提示したパラグラフを整理し直した結果、それぞれのパラグラフはどんな趣旨の発言群になったか?について、改めて個別に理解を促すと「読解能力の差によって意図する通りに理解されなくなるだろう」と思ったので、ここは「AZUKI私家版は、朝日書き起こしと比較したときに、どのような意味を見出すように整理されたか?」を分かりやすくするために付けた。

……というような付記も、はてブコメントを見ると、「言わなくてもその意図がわかる人」と、「言われなければ誤解する人」にぱっくりと分かれる。つまりこれが、「理解に必要情報量は、人によって個別に異なる」ということの証左であり、今回の麻生発言が「主語目的語を省略したことで、分かりやすい人と分かりにくい人を分けてしまった」というところに繋がる。




仕事の文章整理でもそうなんだけど、「どこで改行するか」「どこで段落を分けるか」で、実は文章はそのまま同じでもニュアンス結構変わってしまう。

助詞一つこっそり変えただけで意味が逆になることだってある。

「あの」とか「それ」といった言葉が何を指しているのか、それだけでやはり意味は変わってくる。


まして、整理された原稿を読み上げるのではない、アドリブ混じりの即興の講演・演説などでは、発言者の脳内で繋がっていて、連続して聞いている聴衆にもなんとなく繋がっているものであっても、それを文章に起こしたものだと印象も変わるし、やはりニュアンスも変わる。


新聞記事などではこうした発言者の全文を掲載せずに、「文章を整理する」「ニュアンスを要約する」といった作業が行われる。

取材者が現場で聞いた内容を整理要約したものを、さらに「現場に立ち会わなかったデスク上司」が要約し、整理部が見出しを作る。

二重三重に「削ぎ落とされる」ことで、削ぎ落とされた中に入っていたニュアンスが伝わらなくなったり、逆の意味になったりする。

それが意図したミスリードである場合もあれば、錯誤や伝言ゲームミスによる誤報になる場合もある。


現代人の多くは処理すべき情報が多すぎる。

仕事日常趣味、娯楽などなど。

そうすると、特に興味のない情報見出しだけですませたい、となる。

車内吊りであったり、スポーツ新聞の数文字の見出しであったり、ネットニューススレタイであったり、140字のツイートに含まれる誰かの感想であったり。

それによって元のニュアンスが損なわれたり、逆の意味になったり、ということは日常茶飯に起きているのではないだろうか。


「腹が立つ記事」或いは「義憤に駆られることが許された記事」、見出しなどを見かけることがあったら、できるだけ原典に近いものに当たってみないと、「あっ、ナニコレ! 騙された!」というようなことがないとも限らない。というか日常茶飯

我々は読む能力もっと鍛えないといけないかもしれない。

「そんなつもりじゃなかった」「騙された」と騒いでも、どこからも賠償はされないんだし。

*1:どうも【全文】ではなく、講演全体の該当箇所(と朝日が判断した下り)の抽出らしいので

*2朝日の書き起こしでは、「憲法改正は静かに」という文脈はここで初めて出てくる。つまり「全文書き起こし」ではなく、一番最初パラグラフ以前に、別の主張があったはず。そこも検証すべきかも

*3:後でも出て来るけど、「静かに」は「注目を集めず」という意味ではなく「狂奔・狂騒状態ではなく、冷静な議論を」という比喩と思われる

*4ナチス憲法、というのは全権委任法のことかと思う

*5:問題の発言は「マスコミは」という感じで「狂騒を控え静かにするべき対象=既に騒いでいる者」に向けられている。

*6:「学んだらどうかね」という言い回しには、「窘めるニュアンス」と「唆すニュアンス」の双方があるが、前段の流れで出てきたことを考えると、これは「騒ぐマスコミ」に向けられている。

*7:ここの「そういった意味」が、どこに掛かってるのかがわかりにくい

*8:ここは前述の「全権委任法を肯定しないの意

2013-06-26

[]煙管の作法パイプメソッド(書き下ろし)

ここ何年か、怪談本ばっかり書いてたけど、久々に怪談とあんまり関係のない本を、盟友である須藤安寿先生と共著で書き下ろした。

紙巻き煙草の禁煙……に失敗しがちな人のための、「少なくとも紙巻き煙草の禁煙には成功できる」本。

その代わり、煙管かパイプにハマりますよ、というようなコンセプトになっております(^^;)

紙で出す予定は今の所ないので、電子書籍のみのご提供です。



モノカキ・エカキはヘビースモーカーが多く、咥え煙草でチェーンスモーカーも昔から珍しくない。

が、近年、健康志向&煙草の価格高騰、喫煙可能な場所の減少もあって、喫煙者は減少傾向にある。

そのこと自体はともかく、これに伴う弊害がちょっと起こり始めている。

煙草を吸わない作者による、「煙草を吸うキャラの描写」問題、というか。

映画、漫画、小説に拘わらず、悪役だったり渋め・ワルめの登場人物が煙草をくわえている描写というのは珍しいものではない。

のだが、吸わない人が増えているせいもあってか、喫煙描写が間違ってるものがちらほら目に付き始めた。

紙巻き煙草はまだいい。「咥えてライターで火を点けて、大きく吸い込んで【ふー】」みたいな描写で、概ね間違ってない。

減ったとはいえ、周囲には喫煙者もまだまだ多い。

ところが、煙管やパイプになると、描写が根本的に間違ってるものが案外目に付く。

例えば煙管。

雁首(煙草を入れるとこ)は熱くなるので必ず羅宇を持つ。咥え煙草のイメージなのか、咥え煙管をしてる描写も目に付くが、煙管は必ず手に持って吸うものだ。(吸い口が丸いので、咥えているとくるんと回ってしまうのだ)煙管の一服は、多くて3服程度。咥えっぱなしでいたら、すぐにタネが終わってしまう。また、煙管は原則として火種があるところで吸うものだ。(火種を持ち歩く場合もあるので)不可能ではないけど、路上喫煙というのはあまりない。

例えばパイプ

ライターだけではパイプは吸えない。必ずタンパー、ピック(合わせてコンパニオン)が必要で、吸っている最中は割と小まめにタンピングをし、灰を捨てる。持つところはボウルで、シャンクやマウスピースは持たない。パイプレスト(パイプを置く台)は必須(そうでなければ机に直置きできるパイプでないと出先で吸えません)などなど。

記憶にある限り、パイプ喫煙する様子を非常に正確に描いていたのは旧作のムーミン(のパパや、スナフキン)と、あらいぐまラスカル(の主人公スターリングのパパ)で、ムーミンパパはタンピングコルクで灰を捨てる、ピックでチャンバーの中のタバコ屑を浚う、といったかなり細かい描写がされてた。今思えば「なんでそこまで細かく描写する必要があったのか」と思わなくもないんだけど、最近のムーミンパパは帽子とステッキになってて、昔のトレードマークだったパイプはもう咥えてないんだよね……。


というわけで本書は。

タバコ代が嵩んで禁煙を考えている人には、「もっと安くてうまいタバコがあるぞ」と教え、タバコは吸わないけど「煙草を吸うキャラの描写」に不安がある人には、「描写に必要な程度には十分実用的な説明を」というような、色々な意味実用的な一冊になっています

パイプの説明本って要るよなー、と思ってたところに、「煙管を始めてからブログに来る人のかなりの割合が、【煙管】というキーワードで流れて来るようになった」という須藤先生からお声掛かりがあり、

「やりますか?」

「やりますか!」

と相成って、それぞれの本業の合間を縫っての執筆上梓と相成った。

4月頃から始めて二人がかりで、文庫本に直すとだいたい150〜60頁分くらい。須藤先生といえば、僕など足下にも及ばないほどの「文字の壁が超速筆で押し寄せてくる」系の速筆作家さん。最近ブログほったらかしてTwitterゴゴゴ三昧の僕ですが、久々にゴゴゴじゃない文章書いたヽ(´∇`)ノ

原稿完成直後くらいに、たまたま最近やっと手が空きました!」という絵本作家よしはるKさんを捕まえることができたので、ナイスな表紙も書き下ろしていただいた。

まずは、表紙原稿料を支払えるくらいは売れるといいなあ、と(ry



それはそれとして、夏に向けて電子書籍でのみ読めるものをあともう幾つかリリースしたい。

可能なら、毎月1冊くらいは出したいなあと思ってるんだけど、電子書籍特有の課題点もあって、なかなか思うに任せずといったところ。

できれば7月くらいに、実話怪談本(電子書籍のみリリース)を出せるといいなー、というところで、AZUKIさん、生きてます


生存報告でしたヽ(´∇`)ノ

2013-04-08

2013-02-02

[]超-1/2013始まりました

http://www.kyofubako.com/cho-1/2013/


というわけで、今年もやってきた超-1。

今回で8回目です。

昨年は初の選抜者なし。

数量も十分と判断できず、怪コレもなし。

どうしようかだいぶ検討を重ねたけど、やはりQOSを大切にしたい、という結果になりました。


今年は2012の宿題ちょっと残ってるんだけど(諸般の事情による(´・ω・`))、それは恐怖箱 稲荷吼錆を乗り越えてからになる(´・ω・`)



といったわけで。

恐怖箱作家陣に加わるための門戸は、今年も開かれています。


実話怪談著者発掘コンテスト

超-1/2013

http://www.kyofubako.com/cho-1/2013/

2013-01-29

[]ツナコンビーフ風/パテ風

いつもの常備菜マグロコンフィ」の発展版。


まずはツナコンフィのおさらいから

  1. スーパーマグロのあら(血合いなど)をget
  2. あらは血やこけらの残りなどをペーパータオルなどで掃除した後、サクのまま塩とローレルパウダーをまぶし、ジップロックに入れて、グレープシードオイルをそそいで封をする。
  3. 炊飯器の内釜にジップロック*1ごと入れて、沸騰した湯を浸るくらいまで注ぎ、炊飯器を保温にして2時間ほど置く。

下処理。

  1. ジップロックから火の通ったマグロのあらを取りだし、適当な大きさに裂きながらボウルに移す。このときに大きな骨や固いスジなどがあれば取り外す。
  2. ボウルの中身にローレルパウダーと塩胡椒を少し追加で振って、すりこぎなどで搗き潰して繊維を小さくしていく。
  3. ほどほどまで潰したところで、ジップロックに残っていた油とスープをボウルに戻し、へらなどでよく混ぜ合わせる。
  4. まだ熱いうちに別のジップロックに入れてエア抜きした後、冷凍*2

使うとき

  1. ジップロックから必要な分ずつ取り分ける。
  2. ボウルなどに移し、凍ったまますりこぎで身を潰していく。
  3. 細かく搗いていって、ここにチリペッパーマヨネーズまたはシーザーサラダドレッシングを投入して、よく混ぜる。
  4. 粗さを残して搗くとコンビーフ風。滑らかになるまで搗くとパテ風。マヨ/ドレを多くすると緩くなる。
  5. できあがったものは、サラダに入れるなり別の料理の具材にするなりで。

最終段階で取り損ねていた骨が出てきたら、その都度取り除くこと。

ツナコンフィはたくさんできるわりに日持ちにも限界がある。加熱後密封/冷凍してしまえば、1カ月くらいまで延長可能。*3







……今気付いた。新年明けすぎましておめでとうございました。

さぼり記は閉鎖も放棄もしてませんが、ペースダウンです。

*1:余裕があれば半日ほどおいてから。そのまますぐに加熱しても問題なし。

*2冷凍と言いつつも、油分が多めだとかっちかちにはなりません。油分を抜いた状態で冷凍しても可。

*3冷凍庫焼けしないようにするための油分追加です