Twitter Nobel log 46

2251.
月が綺麗だと貴方は言う。綺麗ではない月などあるのですか? と問えば、貴方は困った様に笑った。ああ、確かにその通り。そう言って貴方はひどく優しい目をして私を見ると、破顔した。「君はずっとそのままでいてくれ」

2252.
嘘を吐いたわけではなくて、真実を口にしなかっただけ。それを欺瞞だと貴方は怒るだろうか。否。きっと貴方は寂しい笑みを浮かべ、そんな私すら許容するだろう。貴方がそんな男だから私は嘘を吐けないのだと一度言ってみてやりたいが、それも口惜しいから、やっぱり私は真実を自分の中に閉じ込める。

2253.
雨を避ける傘を私は持たない。代わりに銃を持ち、不用意な貴方を守る。
癒しの傘は持てない。代わりに苛烈なまでの覚悟を貴方の為に持つ。
土砂降りの雨が殺すのは、貴方の焔と私の女。
雨の中、二人立つ戦場は共に心が満身創痍。

2254.
十年も何をしてきたのかと問われれば、ただ彼の背中を見つめ生きてきたと答えるしかない。それで良いのかと問われれば、良いも悪いも他の路を知らないと答えるしかない。自分の意志はなかったのかと問われれば、これが私の意志なのだと答えるしかない。迷いなく生きてきた、そう誇れるから答えは一つ。

2255.
二人で撮った写真なんて、公務の際に偶然撮られたものを除けば多分一枚もないんじゃないだろうか。過去の自分たちの姿を形にして残すより、私たちは共に歩く未来を選んでいるから。過去を振り返って懐かしんでいる暇はない。今この時、隣に君がいる。その事実があれば、懐かしむ過去は不要。

2256.
二人で撮った写真なんて、公務の際に偶然撮られたものを除けば多分一枚もないんじゃないかしら。形あるものの無意味さをあの日私たちは思い知った。だから、持つのはこの胸にしまい込める分だけの思い出でいい。最期の時まで持っていられる唯一の、それが私の生きた証。

2257.
私を相手に駆け引きをしている暇がおありなら、どうぞ仮眠をお取り下さい。そう冷ややかに言って私に毛布を放って寄越す彼女の耳の端が僅かに紅い。私の言葉を駆け引きだと切って捨てながら、彼女は無意識の駆け引きを私に仕掛けてくるから全くたちが悪いと思う。天然に敵うもの無し。

2258.
役目を果たせばお払い箱で、みんな貴方を忘れてしまう。それが平和で良いのだと、貴方は笑って空を見る。英雄なんて平時には必要の無い存在だ。だから忘れ去られることは私にとっては栄誉なことだ。まるで人事みたいな貴方、歯痒くなるのは私ばかり。口惜しくなるから私だけは貴方を忘れてやりません。

2259.
下らない嘘を吐くのは下手くそで、直ぐ私に見破られて頭を掻いているクセに、人生賭けた大嘘はとても上手に笑顔のオブラートに包んで私を騙す男がいる。ずっと昔からそれを分かっている癖にやっぱり騙されるしかない私は、その優しさに怒ればいいのか、その狡さに怒ればいいのか時々分からなくなる。

2260.
少しばかり私に理想を見過ぎている副官の幻想を砕くべく、私は彼女を腕に抱く。男なんてこんなものだと今のうちに知っておく方が、彼女の身の為だろう。いつか彼女が幻想に傷付く日が来る前に、私自身で彼女の中の私を汚す。その程度の償いしかできぬ男だと知ってくれ。

2261.
傘がないなら走ればいい。多少濡れたって、風邪を引くほど君も私も柔ではないだろう? 女性をエスコートすることに慣れた貴方が私に向けて笑いながら言う、そんな大雑把で甘えた信頼の台詞に苦笑する。表向きは莫迦な上官に呆れたふりをして、それでも駆け出す足音は軽やかに私の心を代弁する。

2262.
血の染みも煤の色もすべて飲み込む黒い服を着る私。
血の染みも煤の色もすべて受け止める白いシャツを着る貴方。
私たちの覚悟の方向は違うけれど、それでもそれを包む青い軍服の色は同じ。

2263.
ソファは貴方の読書の場であり、思索の場であり、仮眠の場であり、堕落の場であり、洋服置き場であり、本を積み上げる場である。そんな場所に別の意味を持たせて良いのですかと問いながら、私は貴方の私的なテリトリーにコレクションされる特権を得る。

2264.
手袋の上から唇で触れる。その肌に触れる資格のない私は、貴方に与えた火蜥蜴越しに貴方に触れる。それを倒錯というなら言えばいい。焔の朱に紅の色を添えて貴方を見れば、苦い痛みを噛みしめる表情が私を煽る。貴方の肌に触れずとも、その心に触れる至福。

2265.
雪国の軍装に袖を通した貴方は別人に見えた。諦めの悪い私は愚直に貴方と同じ寒い国の装備で隣に立つ。どこまでもついて行くと決めた。たとえ変わるものがあったとしても、私の立つ場所は変わらず貴方の隣だとそれだけを守り続ける。

2266.
ビールの美味しい季節が終わってしまいますね、と彼女は言った。
暖を取る為に君が私の傍に来る季節がやってくる、と私は笑う。
少しだけ赤くなる彼女の頬。少しずつ色付く樹々の葉。秋の気配が少しずつ。

2267.
石鹸を共用する。シャンプーを共用する。香水を共用する。パジャマを共用する。それらは匂いを共用する行為。同じ戦場に立つ。同じ血に塗れ泥の河を渡る。それらと同等に臭いを共用する行為。私たちは同じ匂いのする相手をこの腕に抱き、互いの臭いを移し合い、すべてを共用し生きている。

2268.
いつもより少し化粧が濃いことに彼は気付いているだろう。それでも何も言わないでくれているのは、彼が私を理解している証拠だろう。それでいて嬉しそうな笑みを隠さない、そんな彼だから私はプライベートの夜の化粧を怠らない。照れずに女の顔を表に出す、彼が相手だから。

2269.
権利を主張するからには義務を果たすことを当然とする貴方が私に手を差し伸べる日が来るとは思っていない。この身朽ちるまでに私たちの義務が終わる日が来るとは思っていない。それでも貴方の眼差しが他を向くことがあるとも思っていない。矛盾した信頼を抱える自分を莫迦だとは、少しだけ思っている。

2270.
劣情を覚えるなら親指を噛んで。
不服を伝えるなら人差し指を噛んで。
快楽を堪えるなら中指を噛んで。
想いを伝えるなら薬指を噛んで。
小指は貴方の為に空けておく。

2271.
特別なことは何も必要なくて、ただ少し寄り添って体温を分かち合う時間があれば、それだけで明日も生きていけると思う。安らぎだとか癒しだとか、そんな大仰なものを求める気はさらさら無くて、ほんの少し自分を軍人ではない何者かにする時間があれば、それでいい。貴方を見てそう思う。

2272.
ラブレターなんて気恥ずかしいものを送るのも送られるのも性に合わない。君も私も同じ。そんな二人が昔交わした手紙を後生大事に持っていることは、互いに隠しあっている公然の秘密。気恥ずかしさと懐かしさと痛みを伴う言葉が並ぶ紙の束は、私たちの心の一番柔らかい部分を刃よりも鋭く切り裂くのに。

2273.
月が満ちて欠けると思うのは人の勝手。月は常にただそこにある。受ける光によって、見え方が変わるだけ。
私も同じ。貴方がどう私を見ているかの違いだけで、私自身は少女の頃から変わらぬままなのに。
貴方のように頭の良い研究者が、そんな簡単なことも分からないなんて不思議な話。

2274.
雨の日の準備は、傘を用意することでも無く、長靴を用意することでも無い。いつもより余分に弾を持ち、いつもより慎重に貴方の行動を制御すること。

2275.
料理をする時の手よりも、銃を撃つ時の手の方が私の女という性を表す。昔は認めようとしなかったその事実を今は誇りにさえ思うのは、貴方がそんな私を当たり前に傍に置いたから。無条件の肯定が私を強くする。

2276.
子供の頃の宝物はいつしかガラクタに成り下がり、いつの間にかなくしたり捨ててしまったりで私の前から消えてしまった。それでも手放せずずっと持っているものがある。時々そっと眺めるそれは未だにキラキラと眩しくて、直視できなくなる程だ。貴方の背中に目をやり、そして視線を伏せ胸に手を当てる。

2277.
ぬるま湯の様な安心感はいらない。ひりひりと焼け付く様な熱が欲しい。
それは戦場の熱であり、それは褥の熱であり、それは火蜥蜴の熱であり、それは焔の熱である。貴方の焔だけが私に火を点ける。

2278.
手紙を書くのも面映ゆく、代わりに小さなメモを残す。『残業はなしで』『飯でもどうだ?』『体調管理は万全に』『すまなかった』『ありがとう』当たり前の言葉が紙の上で文字になると、途端に少しの重さを持つような気がする。少しでも君に届けばいい、曖昧な言葉の裏にあるものが。

2279.
貴方が残した小さなメモの言葉が心に降り積もる。
『残業はなしで』却下
『飯でもどうだ?』却下
『体調管理は万全に』了解
『すまなかった』お互い様かと
『ありがとう』……どういたしまして
言葉にしない返事を紙片に囁く。そのくらいの距離で私には十分だと嘯きながら。

2280.
不要なものは持たずに生きてきた。だから引っ越しの荷物もさほど多くはなく、こんな時には至極便利だ。転勤の荷物をまとめながら思う私が、この国の中枢までわざわざ移動するのは幼い頃から抱え続けたこの想いに基づく誓い。一番大きくて重いものは心の中に。だから、私は身軽に貴方に付いていく。

2281.
私の言葉は音にはならず、唇の中に消えていく。夜の静寂の中ですら、私の言葉は空気に触れず、心の奥に沈みゆく。誰にも、誰の耳にも届いてはならない、私の本当の言葉。たとえ、それが貴方だとしても。いえ、貴方だからこそ。

2282.
仔犬とキスは平気でするくせに、彼とのキスには少しの躊躇いを覚えてしまう。仔犬程度に何の意識もせずに触れあえたなら。そう思うこともあるけれど、やはり彼との間には適度な緊張感と背徳感がある方が私たちらしいのかもしれない。甘いだけじゃない、キスも苦い方がきっと心に沁みる。

2283.
深夜の執務室、うっかり開いてしまった扉の向こう、闇に炯々と光る眼差しが俺を掴まえる。薄闇に浮かぶ広い背中に絡むのは、いつもはトリガーに絡む細い指。上官の肩越しに俺を射貫く鷹の目が『邪魔をするな』と威嚇する。大慌てで静かに扉を閉めた俺は、見てはならぬ光景に命からがら逃げ出した。

2284.
男は背中で語り、女は目で殺す

2285.
まるで走る速度で生きている私たちは、お互いに向き合う暇がない。そんな言い訳で自分を誤魔化しているけれど、もしも歩くスピードで世界を見る日が来たならば、私はどんな風に貴方と向き合えばいいのだろう。少しの恐怖と少しの不安と微かな初恋の痛みが、私の目から答えを隠してしまう。

2286.
今日は幾つ彼に嘘を吐いただろう。数えることさえ嫌になり、私は静かに目を閉じる。
嘘は嫌いだと言っていた潔癖な少女だった頃の私はどこへ行ってしまったのだろう。子供の頃の私が知ったら、こんな大人になった自分をどう思うのかしら。それでも彼から離れられないのよ、貴女は。仕方ない女ね。

2287.
台所の片隅に君のお気に入りの椅子があったことを覚えている。晴れた日には窓辺に置いてじゃがいもの皮を剥き、雨の日には膝を抱えて雨粒を眺め、雪の日には両手に持ったカップからホットミルクを飲む、お気に入りの場所。今の君に、そんな風に心安らぐ場所はあるのだろうか? 私の傍でなくとも。

2288.
私のキングは無茶が好き。ルールなんて見えない振りで、ポーンもルークも飛び越える。溜め息顔でキングを見やり、私はクィーンに手をかける。私に任せておきなさい。思い通りの駒を取り、貴方の手中に勝利を運ぶ。それが私の役割だから、キングはキングの役割を。

2289.
思い出を汚したくないのなら、口を閉じて生きていくのが最善のことよ。幼い頃の父のお弟子さんから貰った初恋も、あの夜捧げた夢も背中も、戦場での再会も、誰かに話せば安っぽいお涙頂戴の物語に成り下がるわ。私と彼だけが知っていればいい。

2290.
この国で一番偉い人になった彼の書類仕事に欠かせない眼鏡が、いつか読書のためだけに使われる様になる日が来たら、私は銃の代わりにナイフを手にし、それが料理のためだけに使われる幸福に酔うことにしよう。日々奮闘する彼の大きな背中を守りながら、そんな小さな夢を見てみたりする。

2291.
隣のテーブルで背中合わせに打ち合わせ。目も合わせない。言葉も交わさない。そんな私たちの肘が触れあっていることに気付く者はいるだろうか。少しの背徳と悪戯心とスリルを孕んだ遊び。軍服越しでは体温すら感じないけれど、伝わるものは確かに熱量。

2292.
電話を通してのひとときの逢瀬。仔犬を暖房代わりに、毛布にくるまって、手元には甘いカフェオレを持って。こんな自堕落な姿が貴方に見えないことを幸いに、私は冬の日の幸福をぬくぬくと享受する。

2293.
深夜の執務室、静かに呟かれた「莫迦」という副官さんの声。いつもは辛辣な棘を含む言葉が、これほど優しく発音される様を僕は初めて知る。兄さんも僕も知らない世界が、扉の向こうにはあった。

2294.
本当は少し怖いんだ。悪夢に叫び出したくなることもある。それでも、君に格好の悪いところは見せられないなんて下らない理由で凛と立つ。その程度の私で良いのだと君が笑ってくれるから、私は叫び出しもせず、逃げ出しもせず、ずっと前だけを向いて立っている。

2295.
独り占めなんて出来ない人よ。だって、みんなの大総統様だもの。民族を解放したり国交を結んだり忙しい人よ。だから、私も一緒に忙しくするの。同じスピードで走れば、同じ景色が見えるかもしれない。貴方が見て微笑む景色を一緒に見られたら、それはきっと私だけの特権なの。

2296.
無責任なお伽話の結末は、悪をやっつけたその後は二人は幸せに暮らしたと読点を打つ。本当の人生はそこから始まるというのに、何がめでたしめでたしか。焼き払ったものを修復しても、私たちの距離は戻らないかもしれない。私たちは物語の句読点をどこで打つべきか、いつも計りきれぬまま共に迷っている

2297.
未来の話をすると少しだけ胸の奥が痛くなる。もしも目的が叶ったなら、私は貴方の傍にいる為の言い訳を失ってしまう。副官でない私が貴方の傍に居て良い理由を見つけ出せたなら、私は未来を純粋なる解放の日と思うことが出来るのかもしれない。

2298.
贖罪が生きている内に終わるとは思っていない。それでも、いや、だからこそ、その後の生活を夢想する。生まれた街で研究に明け暮れ、蔵書に埋もれ余生を過ごすのが私の夢。誰にも知られぬ一国民として、市井に埋もれひっそりと生きる。許されるなら隣には……否。夢だ、ただの。許されるわけがない。

2299.
人肌の温度が一番安心すると教えてくれたのは貴方。貴方の温度が私を乱すと気付いたのはいつの日だったろう。穏やかな時間が心狂う時間に変わり、私は女になった。人肌の温度が無くても眠れる大人になったけれど、その温度を欲して止まない女にもなってしまった。

2300.
軍人だから姿勢の良いはずの彼が,背中を丸めて夢中で机に向かう姿は研究者の姿。部下を牽引する大きな背中が,机上の本の中にある宇宙に向けて収束していく閉じた世界もまた、私には馴染み。どちらの世界も守りたいと思う私は、そっと机の端に置かれた珈琲カップを避ける。



(20160824〜20161201)