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2008-10-21
金綺泳『自由処女』
再びシネマート六本木に戻り、金綺泳(キム・ギヨン/김기영/Kim Ki-Yeong)監督の82年の作品『自由処女(자유처녀/Free Woman)』鑑賞。
とある研究所につとめる、スペイン帰りの若い女性研究員(アン・ソヨン)は、「愛情なんて植民地主義的奴隷根性」(その言やよし)とうそぶきつつ、気軽に男たちと一夜限りの関係を持ち性を謳歌している。しかしそれが蝶の採集を趣味とする研究所の室長と出会い、不倫の関係を持つうちに心ならずも本気になってしまう。
不倫にはまって男を泥沼に引きずり込むタイプの怖い女と言えば言えないこともないが、かなりコミカルなタッチなので「下女」「火女」系列の作品のような恐怖は感じない。それにしても、性的不能を理由に自殺を図るようなタイプの中年男に、何も本気で入れ込まなくて良さそうなものだ。「あんたじゃ若過ぎて味が無い」なんて同僚には言っているが、年だけ食って中身が子供のような男も味が無いと思うのだが…。個人的には、最後まで男を手玉に取って走り抜けて欲しかったところだが。
タイトルこそ「処女」だが全然処女じゃないじゃん、と言いたくなるところだが、「처녀」は未婚女性の意で用いられるので、経験の有無には関係ない。
ゲームセンターで声をかけてきた男たちとボート遊びをする(そしてそのまま行為に及ぶ)場面があるが、男女1組になっての競争で、自分のボートが負けそうになるとサッとブラウスを脱ぎ捨てるところは抱腹絶倒。それで相手の男はがぜん奮起して一気に先頭に躍り出るのだが、『史上最悪のボートレース/ウハウハザブーン』(ビデオ題:アップ・ザ・クリーク [VHS])と同レベルじゃないか。
白いワンピースの裾をつまんで、蝶の羽のようにひらひらさせる仕草が繰り返し出て来る。キム・ギヨンの作品で、男を誘惑するタイプの女にはそれぞれ決めポーズがあるが、彼女は蝶(というか蛾か)。この仕草が、室長との愛の日々の情熱を喚起するものとて用いられているが、なんとも間の抜けたというか、笑うしかないといった具合で、夫の浮気相手が目の前でこんなことを始めたら、妻の怒りに油を注ぐようなものだ。それをぬけぬけとやってしまうあたりが何とも図々しい。
ナディーン・ラバキー『キャラメル』
TOHOシネマズ六本木ヒルズに移動し、アジアの風部門でレバノンの女性監督ナディーン・ラバキー(Nadine Labaki)の『キャラメル(Caramel/Sukkar banat)』(IMDb)(日本公式サイト)鑑賞。実はこの作品、会場でチラシをもらって初めてユーロスペースでの公開が決まっていたことを知った(配給はセテラ・インターナショナル)。嬉しいけれど、そうと知っていたらこの時間にマシャラーウィ『ハイファ』を観たのに!
ナディーン・ラバキーはこの作品では監督・脚本・主演をつとめており、この映画が縁で音楽を担当した男性と結婚、現在は妊娠中のためドクターストップで当初予定していたティーチインは参加できなくなったとか。この映画自体、優しい視線で女性の様々な悩みを描きながら、一種幸福な雰囲気にあふれている。ものすごく深い内容の大作とは異なるものの、いとおしい佳作と言っていいと思う。
ベイルートの街角にあるエステサロンのオーナー、ラヤール(ナディーン・ラバキー)は30歳の独身女性で不倫中。そこで働くニスリン(ヤスミーン・アル=マスリー/Yasmine Al Masri)は結婚式を控え、処女でないことがばれたらどうしようと焦っている。もう一人のエステティシャンには口が悪くてボーイッシュなリマ(ジョアンナ・ムカルゼル/Joanna Moukarzel)。常連客には女優志望でオーディションを受け続けているが、忍び寄る老いに怯えるジャマル(Gisèle Aouad)がいる。そして仕立て屋を営むローズ(Siham Haddad)は、現実と想像の境界があいまいになった姉の世話をしつつ、髪のセットなんて構っていられぬまま人生の黄昏にさしかかっている。
これは一人で観るより、SATCのように友人同士で観るのが良いかもしれない。女性映画で男性には共感を得られにくい題材だろうが、アラブ美女が次から次へと出て来るのでそれを楽しむだけでも充分か。
結婚式の前にニスリンのヘアメイクをリハーサルする場面、みんなで歌いながら例の「ロロロロロ…」という甲高い合いの手をはさんでいる。『ガリレアの婚礼』(感想)で出て来たあれだ。結婚式の場面は、ウェディングドレスとタキシードだが、歌あり踊りありのにぎやかな式。
バスでリマと隣り合わせた黒髪の美女は、それから彼女の店の常連客になる。上品で清楚な雰囲気の彼女は、しつけの厳しい家庭で育ったらしい。これは二人が愛し合うようになるのか、と思わせ、性的な気配を濃厚に感じさせるものの、それはあくまで気配に終わる。レバノンで同性愛を正面から描くのは受け入れられないのかもしれない。
でも一番私の印象に残ったのは、不倫とか性体験の有無とかいう話ではなく、姉の面倒を見ながら静かに暮らしているローズのパート。客としてやってきた一風変わったアメリカ人紳士と良い雰囲気になる。ただ、男に愛されれば幸福になるとか、恋愛が幸福をもたらすといった陳腐なラストではなく、彼女は最後に自分の意志で選択して心の平安を得る。
ところで、出て来る女優がみなくっきりした二重瞼で、なるほどアイシャドウというのはこういう目を持つ女たちが考え出したのだなと余計なところに感心した。
金綺泳『陽山道』
東京国際映画祭四日目にして初めて丸一日会場にいられる。まず午前中はシネマート六本木でアジアの風部門、金綺泳(キム・ギヨン/김기영/Kim Ki-Yeong)監督『陽山道』(양산도/Yangsan Province)鑑賞。
55年の作品で、金綺泳監督のデビュー2作目、フィルムが現存する最も初期の作品だとか。モノクロのオーソドックスな恋愛時代劇で、若様に横恋慕された娘が言い交わした仲の青年と引き裂かれる話。日本初上映の由、フィルムに欠落部分ありということだが、ラストがぶっつり切れるだけで、『高麗葬』のように二巻も抜けたりはしていない。
非常に正統派の物語で、他の作品のように驚かされる部分は少なかった。キム・ムリョンという若様が科挙に受からぬまま都から帰って来る。よからぬ遊びばかり覚えて来た彼は、さっそく村娘オンナンに目をつける。しかし彼女にはスドンという婚約者がいた。ただ、オンナンの母は父のいないスドンが母と貧しい生活を送っているのを嫌い、娘をもっと金持ちの相手に嫁がせたいと願っている。そこにつけこんだムリョンは、贈り物攻勢をかけ、母からオンナンを妾にするとの言質をとりつける。
どうしようもなくなった二人は、オンナンの父とスドンの母の立ち合いで形ばかりの祝言を挙げ、駆け落ちする。しかし見つかってオンナンは連れ戻され、スドンは虫の息になるまで殴られ放置される。オンナンを引っ立てて来たムリョンの家来と、オンナンの父はもみ合いになり、父は家来を殺してしまう。オンナンは父の死罪を免じて欲しければ言うことを聞けと迫られ、ムリョンに嫁ぐことを決める。それを聞いたスドンは絶望し首をくくり、彼の母は復讐を誓う。そして、オンナンの花嫁行列の途中で事件は起こる。
孝と情の葛藤という古典的テーマの話で、最後は花嫁行列がスドンの墓のそばを通るので、これは塚がガバッと口を開いて花嫁が吸い込まれる、梁祝のパターンかと思いきや、あっと驚くラストになる。ただし、やたらとあっさり終わってしまうのであまりキム・ギヨンらしくない。もっとも、欠落部分にどろどろのしつこい立ち回りと最後の台詞が無いとも限らないが。
婚礼の行列に仮面舞踊が伴うのは、話に聞いたことはあったが映像としては初めて観た。
ところで、オンナン役の女優は下ぶくれで一重まぶたの古典美女、というかはっきり言えばおたふく顔。一方、その友人でムリョンに思いを寄せる娘は劇中ではブス子扱いだが、ぱっちりした目でむしろ現代風の美人だ。この作品から5年後の『下女』ではみな現代風の美人だが、このあたりで韓国の美人の基準が変わったのか?
