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辣子辣嘴不辣心 小妹嘴甜心不真

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2008-12-25

上野千鶴子『おひとりさまの老後』

| 02:42 | 上野千鶴子『おひとりさまの老後』のブックマークコメント

おひとりさまの老後

おひとりさまの老後

 図書館で予約から半年待ちで借りる。

 老後のことはそれほど心配でもないが、部屋で今死んだらいつごろ発見されるだろうと気になることは時々ある。仕事に行っている時期なら良いが、学期と学期の間ならくも膜下出血で部屋で倒れたりしても、たぶん誰も気付かないと思う。一人で死ぬのは望むところだが、腐乱死体で発見された場合、おそらく部屋は床板や壁のクロスの張り替えが必要になるだろうし、人に貸せなくなるだろうから大家さんに相当な額の補償をするはめになるのではないか。もちろん合い鍵を預かってもらっている友人は近所にいるけれど、三日にあげず連絡するわけではないし。象印のiポットでも契約すべきだろうかと考えたが、連絡先を誰にするかが問題だ。友人に頼んでも迷惑だろうし、かといって親というのも考え物だ。ポットの電源投入時間や給湯時間がメールされるということは、外泊したとかそういうことまで判ってしまうわけで、あまりありがたくない。三日間ポットが使われなければ連絡が行く、くらいならいいのだけど。

 タイトルは「おひとりさま」だが、書いてあるのはむしろ、ひとりだからこそ大切になってくる社会とのつながりの維持だったりする。完全にひとりで生きるということは無理なのだから、家族の代わりに友人を(一人にあらゆる役目を負わせるのは迷惑だから何人もの)頼ったり、あるいは金銭で受けられるサービスを利用することが必要になる。友人関係のメンテナンスなどは、家族のいる人にとっても同様に大事だろうけれど。リスクを分散せず家族だけの中に閉じこもってしまうと、死別や離別なんてことが起きたら、残された者は本当に孤立することになる。

 一人でいるにはどんな事態にも備える心構えが必要なのだと思う。逆に言えば、それさえできていれば、別にひとりでいてもかまわないし、あるいは結婚したり子供を生んだりすることだって抵抗なくできるようになるのかもしれない。結局は最小単位は自分ひとり、と腹をくくってしまえば、結婚相手に対する過度の要求もなくなるだろうし、子供だって最初から家庭という単位に抱え込む必要はないのだし。

 でも私は正直なところ、一切の係累が無くなった後、誰にも気付かれることなく部屋でひとり死んでいた、というのが理想的で、誰にも惜しまれることなく無縁仏にしてもらうのが一番ありがたいのだが…。問題はその後始末が、雀の涙ほどの貯蓄でまかなえるかということなのだが。

 登場するのは皆それなりに蓄えがあって、経済的に豊かな老後を送れる人ばかりだが、確かにこの本にあるような自立した老後を送るにはお金が(第一義的にではないとしても)必要だ。子供と同居せざるを得ないというのも、感情の問題というより実際には経済的な問題が大きいのだろう。フェミニズムが強者のものだとは思わないし、むしろ弱さの中で工夫して生きる術を模索するものだと思っているが、この本の読者として想定されているのは、少なくとも今後の貯蓄の可能性がまだ開かれている者のようだ。貯蓄なんて望むべくもない場合、また違う老後の備えをしなければならないだろう。

 ところで、この著者はきっとすごくいい女なのだろうと思う。実生活では男女を問わず友人は多いはずだし、こういう女性と生活を共にできる男性は幸福なのじゃないかな。別に男性を仮想敵にしたり軽蔑したりしているわけではなくて、男女を問わず誰かにべったり依存していながらそれに気付かないタイプの人には、不愉快に思われるであろうフレーズが散見されるというだけ。