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mise en relation

2010-07-31

ハイブリッド世界の本質-2

(前回の「ハイブリッド世界の本質」の続き)

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BIGSOLUTIONS」さんのチャンネルが9ヶ月ぶりに更新されていた。前に「メモ-5」の記事で書いた、デンマークの「BIG」(Bjarke Ingels Group)が設計した(上海万博の)「デンマーク館」の動画です。楽しそう。でも、見てるだけでも目が回る(w)。

えーと。あと、その「メモ-5」の記事で、「デンマーク館の写真がこのサイトに載っていた。CGかと思いました(w)」とか書いたのだけど、コンセプトCGはここです→動画。あと、CGに見えない写真(?)もありました、これ→写真。この写真、割と好き。ル・コルビュジエが設計した「サヴォア邸」(1931年)のように見えるし*1、構造家のオヴ・アラップが設計した「ペンギン・プール」(1934年)のようにも見える。更に、ウォータースライダーのように見えるし、首都高速中央環状線の「大橋ジャンクション」(2010年)のようにも見える(一応、その「メモ-5」の記事の最後に貼ったこの動画の1分5秒〜1分20秒と1分35秒〜1分50秒が「大橋ジャンクション」です。それぞれ「上り」と「下り」です)。ともあれ、この「デンマーク館」から、21世紀の今日のデンマークらしさ(デンマークの空気)が感じられるところが一番いいと思った。コンセプチュアル、かつ、ナチュラルな建築です。まっ、とは言っても、僕はデンマークへ行ったことないけどな(w)。

とりあえず、その上記のコンセプトCGの動画(の10秒〜50秒)を見て、この建築を「サムネイル型アイコン建築」と名付けた(勝手に)w。「サムネイル」とは、「画像や印刷物ページなどを表示する際に視認性を高めるために縮小させた見本のこと」で、「視認範囲の限られるカタログや画面表示上、もしくはデータ量の限られるネットワーク上の画像情報の伝達において用いられることが多い。」んです→ウィキペディア。また、前に「十九世紀の罠-2」の記事で貼ったこの動画*2(の6分50秒〜7分3秒)で、建築家のビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)自身が語っているように、この建築は、デンマークという国(コペンハーゲンという都市)が、強力で単一のアイコン(「人魚姫」等)で表現されてしまうことに対しての批判的な役割を担っている。つまり、この建築も、前回の「ハイブリッド世界の本質」の記事で書いた、「消極的アイコン」なのである(もちろん、アドルフ・ロースが「シカゴ・トリビューン新聞社」の建築コンペの案で、最も保守的な単一のアイコンを用いたのとは異なり、この「デンマーク館」では複数(5個)のアイコンを分散的(クラウド的)に用いて、ループ状*3の建築形態で綴じている、という技法上の違いはある。この違いは大きい)。

いずれにせよ、「アイコン」はエクリチュールと同じで「」にも「」にも*4なるのであり、その「毒」の性質に対して過剰防衛することは「独善的な犯罪」*5以外の何物でもなく、そもそも、今問われているのは「社会」における建築のあり方(適合)と可能性であり、社会において「アイコン」は有用な手段にもなるのである*6。そして、この「アイコン」の有用さは、デスクトップやスマートフォン上の「アイコン」やフォトショップやユーチューブ上の「サムネイル」等を見れば、一目瞭然である*7。と言うわけで、21世紀の建築は「アイコン建築」です(キリッ)。以上。

では、6月〜7月についてのメモ。

(追記。まっ、「メモ」というか、僕のノート(落書き帳)に自己流の速記体や簡略記号で(w)メモってある内容(アーカイブ)をブログに書く(再編成する)、という作業です。正確には、この世のものとは思えない文字列を日本語に組み立てる(日本語に翻訳する)、という作業ですけど(ワラ)。旧ブログの「X」の記事参照。まっ、僕のブログで「接続詞」と「指示代名詞」が多用されているのも、おそらくそのせいです。それと、全体の流れを「占い本」の文体に乗せて書いている。僕は石井ゆかりの読者で、この人は占星術師なのに、占星術を全く信じていないんです。でも、占星術はしっかりと勉強できているので、占星術的に正しい占いはできるよ、といった感じの(距離感のとれた)文章をいつも書かれています。旧ブログの「Warped World」の記事参照(「手相占い」)w。*8

「ワンダー×ワンダー」(NHK)という番組の「水七変化!奇跡の絶景」(5月25日放送)の回をたまたま見た。映像がすごかった。とくに蔵王の「樹氷」と愛媛県の肱川の「動く霧」がすごかった→予告動画(この動画のラストに海へ向かって流れる「動く霧」の映像があるのだけど、その霧の下には普通にがありますw)。どちらも、自然界の特殊な条件(地形、気温等)が偶然、揃うことで起きるという不思議な(希少な)現象です。「樹氷のできる条件」はここ参照(木に雪が積もっているのではなく、「過冷却水滴」が凍る)。「動く霧」はここここ参照(「放射冷却」によって陸と海の気温がかくかくしかじか←忘れた)。

前に「ギリシャ型とローマ型」の記事で、「日食」について、「日食が起きると、気温が下がる、雲が発生する、星が見える、周りの(太陽の光が当たるところの)空が360°オレンジ色に見える、等々の多様な現象が、共時的に連動して起きる」(→動画)と書いたのだけど、今回の「樹氷」と「動く霧」は、「日食」と逆の順序になっている(つまり、複数の現象が先に共時的に起きて、それらが連動して、ある一つの現象が起きている)と言えるのかも知れない、うーん。まっ、ともあれ、とてもいい番組でした。「」の「状態変化」(固体、液体、気体)はほんとすごい(!)と改めて知った。あと、自然界の醍醐味は、「連動」する性質にあると思った。前に別ブログの「イオンレイクタウン-3」の記事の追記で、「「イオンレイクタウン」と「都心マンション」は連動している」とか書いたのだけど、「都市論」の醍醐味もこれである。*9

では、次。

「視点・論点」(NHK教育)の「日本の文化政策を憂う」(5月26日放送、三潴末雄)の回をたまたま見た。番組では、民主党が「事業仕分け」で文化予算を削減したことや、「国立メディア芸術総合センター」の建設計画が「国立漫画喫茶」と揶揄されて、中止になったことを厳しく批判していた。そして、「韓国の文化予算は日本の5倍」であると述べて、最後に「今こそ日本には、戦略的な文化政策の構築が必要」と結んだ。*10

韓国の文化政策については、前に「メモ-5」の記事の注釈2で書いた(いや、書いてない)、「新建築2010年4月号」の巻頭の「建築基本法から都市建築基本法へ」(仙田満)にも書かれている。国の文化政策については、前に後藤和子著「文化と都市の公共政策――創造的産業と新しい都市政策の構想」(2005年)*11を読んだ範囲でしか僕は知らないのだけど、勝手なことを言えば、もっと根本的な改革をする必要がある(例えば、前々回の「メモ-5」の記事で書いた「土地の税制改革」)のではないかと思う。更に、これは「文化」とは何か、または、「文化」に国が介入する必要性(正義)がいつどこにあるのか、といった(政治哲学的な)問題でもあると思う。

また、「公共性」と「経済性」の関係は、前に別ブログの「雑記5」の記事で、「情報空間と都市空間の関係と、「公共性」と「経済性」の関係は、今ぼちぼち考えているところ」と書いたように、これまで書いてきた「都市空間」(アトム空間)と「情報空間」(ビット空間)の関係と同等の、僕の関心事項(図式)の一つである。そして、前に「闘うレヴィ=ストロース」の記事の追記で書いたように、「公共性」と「経済性」は全くの別物であると考える(もちろん、僕は「公共性」を「経済性」から自律させるべきであると考えている)と割と整理がし易いのだけど、これに伴う問題点もなくはない。とくに、前に「明日の田園都市-2」の記事で大文字(黄色)で書いた、「生産の増大」か「より正しくより平等な分配」かの「二つの陣営」の対立図式に陥る(と同時に、そのどちらの「陣営」の立場に立つこともできない、分裂する)という可能性である。更に、この「二つの陣営」が実際に(とくに経済学的に)どう結び付いているのか、または、どのような結び付きが理念的に正しい(正義に適っている)のかは、僕に分かるはずもない(泣)。*12

でも、同じくその「明日の田園都市-2」の記事で書いたように、都市計画家のエベネザー・ハワードは「田園都市」(「Garden-City」)という都市計画によって、この「二つの陣営」を「実用性という糸で綴じた」のである。これは一体、どういうことだろうか。

…と、書いたものの、この先の話はすごーく長くなるので、また今度にする(おいおいw)。興味がある方は、エベネザー・ハワード著「明日の田園都市」(のとくに第10章)を読んでみてください、翻訳はいまいちだけど*13。まっ、大ざっぱに(アウトラインだけ)言うと、第一に、前回の「ハイブリッド世界の本質」の括弧内でも書いたのだけど、いろいろと「工夫」(発明)がされている、ということです。つまり、その具体的な「工夫」の一つひとつが重要なのである、ということです。第二に、前に旧ブログの「Integral Project-3」の記事で(レム・コールハースの「松島新都市」の都市コンペ案(1998年)を例に)書いたのだけど、「マルチエンディング」になっている(1つの「都市計画」の中に複数のエンディングが用意されている)、ということです。分かり易く言うと、上記の「二つの陣営」のどっちに転んでも構わない、ということです。

(追記。一応、強調しておくと、その「どっちに転んでも構わない」状況が、何によって実現されるのかと言うと、それは「都市計画」によってである、ということです。エベネザー・ハワードは、今日では「都市計画家」と呼ばれるけど、「田園都市」以前のハワードは、イギリスの「議会の記録係」だった。ハワードは実直に「良い社会をつくるにはどうすればいいのか」を考えた結果、「土地の税制」を経由して*14、「都市計画」という手段にたどり着いたんです*15。これは「ポストモダン社会」を生きる僕らには理解しにくいことかも知れない(ポストモダン社会では、例えば、「建築に何が可能か」とか「社会学に立つ瀬はあるのか」とか等、主題が倒錯する)けど、ハワードの著書を読むことで、再始動できるのではないかと僕は考える。)

そして第三に、というか(この長いー話の)総括になるけど、上記のように、複数の「未来」が想定されている、または、未来が「不確実」であるということは、とても現代的(21世紀的)であり、この「不確実」性を形式化して(モデル化して)扱う「手つき」こそが、今日の「都市計画」で求められているのである(今日の環境に適合する、本質的である)、ということです。この「手つき」は、未来が一つで確定的だった「近代」(ル・コルビュジエの「都市計画」*16等)とは対照的である、と言える。更に、この「手つき」は、レム・コールハース著「コールハースは語る」(2008年)*17で解説されている幾つかの具体例や、政治哲学者のジョン・ロールズの「無知のヴェール」や、最先端の数学の「確率論」(→ウィキペディア*18等と、(少なくとも僕の中では)密接に関係しているのです。以上。

その他の「メモ」は、そのうち書く。というか、メモってあっても、メモ通りにブログに書いた試しがない(ワラ)。

では、早めに今日の本題。

クリス・アンダーソン著「フリー〜〈無料〉からお金を生みだす新戦略」(2009年)、第13章「(ときには)ムダもいい」(P.255-258)より。

(前略)自然界にこれほどムダが多い理由は、数学者が言う「ありうべき空間の完全な精査」をおこなうためには、やみくもに撃ちまくる戦略が最良の方法であるからだ。砂漠に少し離れてふたつのオアシスがあるところを想像してほしい。片方のオアシスのふちに生えた木には、子孫を残すためにふたつの戦略のどちらかをとることができる。自分の根の近くに種子を落とせば、その種子が水を得られる可能性は非常に高い。これは安全だが、すぐに過密状態を招くことになる。あるいは、種子を空中に投げあげ、遠くまで風に運ばせることもできる。これは、ほとんどすべての種子が死ぬことを意味するが、もうひとつのオアシスを見つける唯一の方法だ。そこを新しい生息地として、おそらくはより豊かに繁栄することができる。数学者が言うところの「局所的最大値」から「大域的最大値」へいたる道とは、その途上で多くの「最小」を探索して、消していくことなのだ。ムダは多いが、最終的にはうまくいく可能性がある。*19

(中略)おそらく、ムダを受け入れることのすばらしさをもっともよく体現しているのはユーチューブだろう。(中略)ユーチューブにあるこれらの雑多な動画はすべて、肥沃な地面を探して飛ぶタンポポの種子そのものだ。

うーん。前回の「ハイブリッド世界の本質」の記事で、「僕はそれに2つ付け加える」と書いたのだけど、どちらも、次の第14章「フリー・ワールド」だった。以上(おいおいw)。次回書く。

「ハイブリッド世界の本質-3」に続く。

(まっ、エベネザー・ハワードの「田園都市」構想は、上記の「大域的最大値」ではない(ムダを受け入れたわけではない)けれど、少なくとも、上記の「局所的最大値」(過密都市・ロンドンの根の近くに都市を建設すること)とは異なる戦略(「田園都市」網によるイギリスの国土の再編)であった、と言える。*20

(追記)

さて、前に別ブログの「モーション・タイポグラフィ」の記事で書いた、「モーション・タイポグラフィ」の動画(ユーチューブ!)を少しまとめてみた。この「モーション・タイポグラフィ」とは大体、こういう(下に貼った)動画を指します。説明略(w)。

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では、ベーシック編。

http://www.youtube.com/watch?v=soEBaEMB_MU&fmt=18

http://www.youtube.com/watch?v=wOD04JN6TcI&fmt=18

http://www.youtube.com/watch?v=9hpW90qfV5w&fmt=22

前に別ブログの「別世界性」の記事で書いた、「「垂直」と「水平」がくるくるっと転回する感覚」、「リートフェルトを超える空間(形式)」とは大体、こういう動画のことです。シンプルで結構、好きです。または、ネオン的。*21

アニメ編。

http://www.youtube.com/watch?v=nSxr-HzSDLE&fmt=18

http://www.youtube.com/watch?v=dJxTelO1N94&fmt=22

まっ、僕はアニメを全く見ない(というか、テレビを付けっ放しにすることはあるけど、基本的に5分以上の動画はほとんど見ない)ので、よく分かりません(ワラw)。旧ブログの「Kinkyo-1」の記事参照(「萌え」について)。とりあえず、タイポグラフィー(活字)とキャラクター(アニメ)は相性が良い、と言える(というか、要するに、「マンガ」や「ケータイ」(絵文字)である)。旧ブログの「Minimal」の記事参照。

実写編。

http://www.youtube.com/watch?v=lLYD_-A_X5E

http://www.youtube.com/watch?v=X_n1FHX3mBw&fmt=18

http://www.youtube.com/watch?v=vS6wzjpCvec&fmt=18

3番目(一番下)の動画(PV)は、ほんとカッコイイ(!)です。これ名曲。最後のオチも面白い(ループになっている)。ちなみに、ロケ地は幕張副都心(のここ*22槇文彦設計)。あと、実写では、「一発撮り」(カメラの長回し)が「価値」を持つのかも知れない。

エロい編。

http://www.youtube.com/watch?v=uHF3X8tQYPU&fmt=18

http://www.youtube.com/watch?v=CxfQ37bqtMo

これは貼らなければ良かった、というか、貼る必要が全くなかった(泣)。まっ、いいか(w)。ただの僕の個人的趣味です(別に見なくていいです)w。

では最後に、僕の一番の「お気に入り」編。

http://www.youtube.com/watch?v=cTBPSr7if1I&fmt=22*23

まっ、これはくだらない「妄想」なのだけど、ここまでリアルに作り込まれていると、感動的ですらあります。くるくるっと転回するカメラワークも面白い。この動画(PV)を深読みするならば、2008年の「リーマン・ショック」後の世界(世界観)、または、「都市空間」(アトム空間)と「情報空間」(ビット空間)の戦闘か。更に、歌詞にある「Are you ready for it?」は、どういう意味なのか。ちなみに、「情報空間」が勝利してしまうと、こうなります→動画。これ最悪、泣。以上(!)。

(追記2)

ついでに、上記の本文中に「隠れ動画」を足してみた。やや足しすぎたかも知れない。まっ、「」、「」、「アトム空間」、「ビット空間」の4つです。別に深い意味はありませんw、ふいんき(←なぜか変換できない)ですw。*24

あと、北河大次郎著「近代都市パリの誕生――鉄道・メトロ時代の熱狂」(2010年)と久繁哲之介著「地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?」(2010年)を買った。前者は名著の予感。僕はこういう本を待っていた。後者は「コンパクトシティ政策」を批判している本らしいので、義務感(?)*25から買ったのだけど、うーん、読まないかも知れない(おいw)。

あと、前回の「ハイブリッド世界の本質」とその前の「メモ-5」の記事で書いた、「Dance and Music Center in The Hague」の建築コンペは、「第2ラウンド」へ進んで、最終16案が最終3案に絞られた。残った3案は、「ノイトリングス・リーダイク(No.12)」の案と僕の一押しの「トーマス・ラウ(No.14)」の案と一番人気の「ザハ・ハディド(No.16)」の案です。随時、報告する。以上。

あ、あとそれから、しばらくはブログの更新頻度は落ちたままになると思う(仕事をため込んだ、ワラ)。さすがに、尻に火がついてきた、泣。僕は今、燃えています(尻が)。

*1:「屋上庭園」と「斜路(スロープ)」と「白」が共通している。

*2:日本語字幕付きはここ→動画。この動画の6分2秒〜6分7秒で、ビャルケ・インゲルスは、「環境にやさしいというのはどうも苦しい思いをして善行をしなければならないネオ・プロテスタンティズムみたいになっています」と述べている(字幕みて気づいた、泣)。前回の「ハイブリッド世界の本質」の記事参照(「プロテスタンティズム」)。あと、この動画を作った「TED」のビジネスモデル(動画の無料配信)は、クリス・アンダーソン著「フリー〜〈無料〉からお金を生みだす新戦略」(2009年)で解説されている(P.170-171、P.297)。

*3:旧ブログの「Integral Project-3」の記事の最後の「おまけ」参照(「ループ」)

*4:追記。前者の「」は「映画Bigのトムハンクス気分になれる階段」(ギズモード・ジャパン、2009年10月18日)より。ちなみに、映画「ビッグ」(1988年)のそのシーンはこの動画っす。後者の「」は映画「インセプション」(2010年)予告編の動画。この映画は先日、見てきたけど、僕に上映時間163分は長すぎる、死ぬかと思った、泣。まっ、「インセプション」(「埋め込み」の意)が「毒」である理由は、この映画の究極の「ネタバレ」wになるので、詳しくは書かないけど、主人公コブが妻モルに埋め込んだエクリチュール(「ここは現実ではない」)が、環境の違いによって、2つの意味(「薬」と「毒」)を持ってしまった、ということ。詳しくは映画館で。

*5:旧ブログの「into the virtual」の記事参照(「ミニマムとは究極の装飾であり、最も独善的な犯罪であり、バロック様式の現代版である。」、レム・コールハース)

*6:「メモ-5」の記事参照(「多くの場合、私たちは特定の認識可能な環境に結びついている行動パターンを反復している。」、ケヴィン・リンチ)

*7:「一九七〇年代にゼロックス社のパロアルト研究所で働いていたアラン・ケイというエンジニアが、(中略)コアとなる演算処理のためにトランジスタを節約するのではなく、(中略)ディスプレー上が魅力的になるようにシリコンチップをムダに配置したのだ。アイコンを描いたり、マウスでポインタを動かしたり、さらには、ただかっこよく見えるという理由で、機能のないアニメーションを加えたりした。浪費をして、見て楽しいものをつくる目的はなんだろう。それは子どもを含む一般の人にコンピューターを使いやすくすることだ。ケイのGUI(操作の対象が絵で表現されるグラフィカル・ユーザー・インターフェース)の仕事は、ゼロックス社のアルトやのちのアップル社のマッキントッシュにインスピレーションを与え、一般の人にコンピュータを開放することで世界を変えたのである。技術者の仕事はどんなテクノロジーがためになるかを決めることではない、とケイにはわかっていた。」(クリス・アンダーソン著「フリー〜〈無料〉からお金を生みだす新戦略」、P.117)。また、この今引用した部分の前後を読むと、「アイコン」以前と「アイコン」以後で、コンピュータの社会的位置付けが180度変わっている(「トップダウン」から「ボトムアップ」へ)ということがよく分かる。ところで、クリストファー・アレグザンダーの「パタン・ランゲージ」の難点は操作(学習)の難しさにある。よって、この「パタン」の標題を「アイコン」(「消極的アイコン」)に置き換えたらいいと思う。子どもが冷蔵庫にシールを貼りまくるように、都市が「自然発生」するかも知れない(w)。まっ、もちろん、この様は「ランゲージ」ではない(「セミ・ラティス」でもない)けどな(w)。あと、YouTube上の「サムネイル」が(静止画ではなく)動画になれば、更に使いやすくなると思う。あと、割とどうでもいいんだけど、アメリカの学生のアラン・ベッカー(Alan Becker)が作製した「Animator vs. Animation」(2006年)参照

*8:念のため、僕は「占い」とか全く信じてない。でも、僕の「手相占い」が当たるのは、本当です(w)。「悪徳と美の館」の記事参照(「最上部は占星術の研究所」)

*9:フィンランドの「Musuta Ltd.」が作製した「Urban Abstract」(2009年)参照。この動画には「物理演算」が使われている。2010年「カンヌ国際広告祭」デザイン部門で金賞受賞。

*10:割とどうでもいいことだけど、「外国人からの注目度が高かった意外な日本の観光名所ランキングトップ20」(GIGAZINE、2009年4月9日)によると、1位は「築地市場」、2位は「東京ディズニーランド」、3位は「ポケモンセンター東京」です。「金閣寺」は7位、「清水寺」は12位。あと、割とどうでもいい記事だけど、旧ブログの「東京ディズニーランド」の記事参照

*11:「H&Mモデル」追記3の記事参照(「1930年代に労働者や市民の運動が反映され、すべての人々が平等にその生活のなかで文化を享受するという、生活と芸術や文化との結合が早くから図られているのが、スウェーデンの文化政策の特徴である。」、後藤和子)

*12:「「日本は自信を失っている」74% 朝日新聞世論調査」(朝日新聞、2010年6月10日)から少し引用すると、「(前略)「政治、経済、社会の仕組みを大幅に改革することが必要」という意見が57%で「いまの制度を維持しながら改良」の40%を上回る。(中略)今後の日本の進み方については「一生懸命がんばって経済的豊かさを向上させていく」が51%、「ほどほどのがんばりで、ある程度の豊かさを得られればよい」が43%と見方が分かれた。一方、「経済的に豊かだが格差が大きい国」と「豊かさはさほどでないが格差の小さい国」のどちらを目指すかでは「格差が小さい国」73%が「豊かな国」17%を圧倒。(後略)」

*13:「メモ-4」の記事参照

*14:「メモ-3」の記事参照

*15:「ハワードの生涯は多様である。(中略)一九世紀のちょうど真中に、ロンドンで生まれた彼は、階級にも教育にも特別な出自はない。一五歳で店員になり、青年期にはシェークスピアの素人俳優でもあったらしい。二一歳で渡米し、ネブラスカ州の土地で農民として定住するつもりになるが、失敗し、シカゴに行って事務所勤めをする。ここでは裁判所と新聞のための速記者である。一九世紀が四分の三を過ぎたところで英国に戻り、議会の記録係となりながら会社を興そうとするが失敗。次には機械の発明である。これは旨くいって、この自分の発明とタイプライターの貿易のために再び渡米。この間には宗教サークルにも、土地問題に関心をもつ改革派のサークルにも入る。そしてベラミーのユートピア小説を読んで感激し、英国での出版を企てる。(中略)こうした経験の後に、一八九八年、「明日・真の改革に至る平和な道」が出版され、一九〇二年、改訂を伴って『明日の田園都市』として発表されるのだ。(中略)一九〇三年、田園都市開発のための株式会社を興し、出資者を集めて一九〇五年、ロンドン郊外に最初の「田園都市」であるレッチワースを実現させ、自ら住む。(中略)その後、一九二一年にはウェルウィンを実現させ、移り住む。一九二七年にはナイト爵に叙せられ、サーの称号を得て、翌年死亡する。このように彼の生涯はディケンズの小説のようである。」(相田武文+土屋和男著「都市デザインの系譜」(1996年)、第7章「ハワード」、P.90-92)。いずれにせよ、「多様性」を掲げる思想家(市民運動家)の「都市論」よりも、「多様」な生涯を生きた人間が描いた「都市論」のほうが魅力的だと僕は思う。「メモ-5」の記事参照(ジェイン・ジェイコブズ)

*16:「ハイブリッド世界の本質」の記事参照(「300万人のための現代都市」、ル・コルビュジエ、1922年)

*17:「理想都市」、「ハイブリッド世界の本質」、別ブログの「雑記6」の記事参照(レム・コールハース著「コールハースは語る」)。ちなみに、その「雑記6」の記事の注釈1でも書いたのだけど、ブログタイトルの「mise en relation」は、この本(のP.104)から採っている。その前後を少し引用すると、(レム・コールハース設計の「シアトル公立図書館」について)「床や天井面をインタラクティブなものにし、色のかたまりだけでなく、情報のかたまりも見えるようにするつもりです。美的に目立つ物を配置して、人々が特定の地点に集まるように誘い出したり、別々の方向へ散らばらせたりもする。(中略)僕たちはますます野心的になっています。(中略)僕たちがやっているのはすべての再編成なのです。(中略)各分野がスパイラル状に連続し、そのなかを移動するしくみになっています。私の見方では、それらは下部部門ではなく、英語の表現にはないのですが、フランス語でいうところの「mise en relation (関係性に委ねる)」により近いもの、あるいは訳して「連続的な露出」というものになる。」(P.103-105)

*18:小島寛之著「確率的発想法〜数学を日常に活かす」(2004年)、第5章「フランク・ナイトの暗闇〜足して1にならない確率論」参照

*19:「メモ-4」の記事の冒頭に貼った(NHKの爆笑問題の)「粘菌」の動画(4分6秒〜30秒と27分2秒〜20秒)参照。あと、前に「メモ-3」の記事で貼ったこの動画(「博士の異常な鼎談」、ひろゆき、後編3/3)の一つ前のこの動画(後編2/3)参照(40秒〜50秒と4分6秒〜4分33秒、「いかに「低空飛行」するか」、「コストが非常に安い」)

*20:「明日の田園都市-3」の記事参照(「ハワードは「田園都市」を大都市の「磁場」の「外側」に建設した」)

*21:あと、関連して、「ユナイテッドヌード」の「Lo Res Project」参照(画像下の「GALLERY」をクリック)。これは、リテラルな「情報」(ビット)をリテラルに「物質」(アトム)化した、というデザインです。面白い。「元の車はなんでしょう?」(ギズモード・ジャパン、2010年7月17日)より。別ブログの「マンハッタンのゆくえ(後)」の記事参照(「ユナイテッドヌード」)

*22:割とどうでもいいことだけど、その写真の後ろに写っているのは、「イオン」の本社ビル(「イオンタワー」、1994年竣工)です。昔、僕が(仕事で)ちょくちょく通っていたところです。無駄に「エコ」意識が高くて、エントランスホールが(昼間でも)真っ暗です。というか、「イオン」はそういうの大好き(ワラ)。あと、「ガーネット」 (奥華子、2006年)のPVのロケ地も幕張副都心。

*23Royksoppの「Happy Up Here」(2009年)のPVです。旧ブログの「Airplane House」、「Flamboyant」の記事参照(「現代の世界はこんなとこ→動画」、Royksopp、「Remind Me」、2002年)。ちなみに、その「Remind Me」のPVを作製したフランスの「H5」は、2009年に「Logorama」と題した短編アニメを発表して、「第82回米アカデミー賞短編アニメーション賞」を受賞した→動画。字幕付きはここ→動画。旧ブログの「グローバリゼーション-1」、「into the virtual」の記事参照(「ロゴ」)

*24:念のため、はてなキーワードの「なぜか変換できない」の項参照

*25:別ブログの「エソラ」、「アルチュセール」の記事参照(「「コンパクトシティ」誘導政策によって、中心位置を元に戻そうというのは、かなり無謀」)。旧ブログの「Kinkyo-2」、「Coffee & TV」の記事参照(「車社会化された現代で駅前商店街が衰退したとしても嘆くことでもない」)。うーん。まっ、良し悪しは別として、僕がニューヨークへ行っていたときはほぼニューヨーク郊外に住む友人の家に居候していてw、毎日NJ トランジットプリンストン・ジャンクション駅からマンハッタンまで通っていたのだけど、駅前には小さな売店1件と駐車場しかなかった→動画