臙脂色のワンピース

パン屋で働くHさんの話。
午前九時頃、朝の配達を終えて店に戻る途中で、Hさんは歩道に友人の姿を見つけた。
高校の同級生で、お互いに地元で就職したこともあって頻繁に会う友人だ。
平日の朝だが友人は私服で、しかも連れがいた。裾の短い臙脂色のワンピースを着た若い女性だ。
手を握って寄り添って歩いている。
あいつ、彼女できたのか!? こんな朝っぱらからデートかよ。イチャイチャしやがって。
少し冷やかしてやろうと、Hさんは車の速度を緩めて友人の後ろから近づき、十メートルくらいの距離でクラクションを鳴らした。
しかし友人は振り向かない。
もう一度鳴らしても同じだ。
察しの悪い奴だな、とHさんはそのまま更に速度を緩めつつ友人に並走した。
だがそれでも友人はこちらを見ない。それどころか、ぼんやりした様子でうつむきがちに歩いている。
これ、デートとかじゃないのかな……?
Hさんはそう訝しんで車を路肩へと停めた。すぐ降りて友人の方を見ると、ワンピースの女は友人から体を離して道路脇の藪へと入っていってしまい、すぐに姿が見えなくなった。
友人へと駆け寄ってHさんが声をかけると、友人はようやくHさんに気が付き、きょとんとした顔で言った。
――あれH、何か用か?
――何か用かじゃないよ、それより一緒にいた子あっち行っちゃったけどいいのか?
――いや一緒にって、俺ずっとひとりだけど?
――何言ってんだ、ちゃんと見てたぞ。ついさっきまで女の子と手ェ繋いで歩いてただろ。
友人は訳がわからないという顔をした。
――いやいや、本当に知らないって。……っていうか、何で俺こんな所まで歩いてきたんだろ。散歩してただけなんだけどこっちまで来るつもりじゃなかったのに。ぼんやりしてたらいつの間にか歩きすぎたわ。
確かにその場所は友人の家からは五キロくらいは離れている。
あっけらかんとそう言った友人にHさんは呆れてしまったが、とりあえず友人を車で家まで送って行った。


何度尋ねても、友人は一緒に歩いていたあのワンピースの女については全く知らないということだった。
改めて考えてみると、あんな裾の短い服で藪に入っていったのもおかしい。友人があんな所をぼんやり歩いていたことも含め、腑に落ちないことばかりだった。
あのまま放っておいたら、あるいは気付かなかったら、友人は一体どうなっていたのだろう。そう考えるとHさんはぞっとするという。