baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 インドネシア・ビジネスフォーラム

 もう昨日の新聞にも載っていたから旧い話になってしまったが、24日に都内のホテルで開催されたインドネシア・ビジネスフォーラムに潜り込んで来た。折から来日していたジョコウィ大統領の臨席があると言うので是非にと思ったものである。流石にスカルノ初代大統領は僕がインドネシアと関係が出来た時には既に亡くなっていたのでどうしようもないけれど、それ以降の大統領とは、スハルトとは言葉を直接交わすチャンスは無かったけれども同席したし、ハビビ以降の大統領とは全て直接会談して来た。ジョコウィとはもうそんな会談は望むべくもないけれど、せめて生の姿を見たいという動機も強かった。
 フォーラムの主催者はジェトロだったけれど、日本側の実質的なホストは福田康夫元総理であった。福田康夫とはインドネシア関連のパーティーで最近は良く一緒になるが、高齢にも拘らず相変わらう矍鑠としていて歩くのも速い。しかも中国、韓国、インドネシアへと、裏の外交特使として飛び回っている。最近少々息切れを感じている僕から見ると正に超人で、未だ古希にもならない僕が息切れしてはならないと自らを戒める良いお手本である。この日の福田も颯爽と、演壇に向かう足取りは現役の総理の時の様に足早であった。
 このビジネス・フォーラムには日本側からは大手企業の幹部を筆頭に1,200名が出席した。大統領が来るなら定めしセキュリティ・チェックも厳しかろうと覚悟して少し早目にホテルに着いたのだが、何の事は無い、成田の搭乗時のそれと変わらない至って普通の警備であった。これがオバマであれば流石にこの程度ではシークレット・サーヴィスが許すまいが、とにかくその程度の警備で何事も起こらないのだから、やはり日本は平和な安全な国であるとの思いを新たにする。開会の時間から数分遅れて、大統領が福田康夫に伴われて入場して来た。満場の拍手を浴びながら、タイ人のように手を合わせて拝むしぐさで拍手に応えながらの入場である。そして主催者、福田康夫、夫々の挨拶が終わって、ジョコウィ大統領による目玉のキーノート・スピーチが始まった。吃驚した。数分間の、ありきたりの主催者や主賓への謝辞を終えるとさっさと演壇を離れ、用意してあったパワーポイントのスライドを投射した大スクリーンの横で、レーザーポインターを使って具体的な話を始めたのである。まるでどこかの企業の幹部が売り込みのプレゼンをしに来た趣である。実務家大統領である事は聞いていたが、こんな席でこんなキーノート・スピーチを一国の大統領から聞くというのは前代未聞である。
 プレゼンは、煩雑だった従来の外国投資に関わる手続きを大幅に簡素化したというジョコウィ政権による新たな改革、そして前政権時代からインドネシアの経済がどれだけ伸長していて将来性が高いか、という説明から始まり、日本の多額の投資に謝意を表しつつも技術移転が不十分であるとの鋭い批判も忘れない。そして、インドネシアを輸出の対象として捉えるのではなく、これからは輸出基地として積極的に投資して欲しいと訴えた。従来の一次産品の輸出ではなく、これからは完成品、少なくとも半製品の輸出を増やしたいと熱く語る。演壇を離れてからは原稿を見る事は一切なく、左手にマイク、右手にレーザーポインターを持ちながら、それでいて少しも淀む事が無い。
 更に、プレゼンはジョコウィ政権が重点政策とするインフラ整備に移り、高速道路、鉄道、水産業、港湾設備、空港、電力、の各分野の説明とインドネシア政府が描いている各プロジェクトの具体的な数字と場所を明記した地図を次々に映写して、夫々のプロジェクトへの投資を呼びかけるのである。しかも、例えば電力事業については、水力、地熱、ガス、石炭、と熱源ごとに設置場所と個々の発電能力を明記している念の入れ様である。更に話は観光産業、新たな工業団地の開発、経済特区の指定、などの具体的な将来計画にも及び、30分のスピーチ時間はあっという間に終わってしまった。
 僕は今まで色々な大物のスピーチを聞いて来たが、これ程具体的、且つ直截的に営業トークを聞いた経験は勿論皆無である。従来からジョコウィは実務派だとは聞いていたが、これ程だとは思わなかった。政権に就いてから5か月、その間に歴代大統領の懸案だったガソリン他の燃料の補助金をあっさりカットしてしまい、メガワティ以下の与党、闘争民主党から距離を置いてその政治的圧力を受け流し、汚職疑惑のある警察長官候補を引き摺り下ろし、それなりにドラスティックに矢継ぎ早の決断をしてきた。中には大量麻薬所持の罪で死刑判決の出た豪州人と伯人に対する両国からの助命嘆願を断固拒否するなど、新たな外交問題を惹き起こしたりもしている。しかし外国で罪を犯したら、その国の法律で裁かれるのは当然であるから、助命嘆願が通らないからと外交問題にする方が間違っている事は明らかである。少なくともこの5ヶ月間のジョコウィは、予想以上に矢継ぎ早の成果を挙げている。
 一方でジョコウィに対する危惧もある。と言うのは、歴代の大統領はアセアン諸国は別格として、それ以外では米国か日本に必ず真っ先に就任あいさつに来ていたのに、ジョコウィは中国と韓国には既に行ったにも拘らず日本には5ヶ月も経ってから初めてやってきた。しかも日本から直接、また中国を訪問して習近平と面談すると言う。実務的イコール功利的とも言える、新しいタイプの大統領である。
 しかし語り口はジャワ人らしく、極めて温和で好感が持てる。退席に当たっては、日本人が立ち上がって拍手するのに対して通路際の人間と一々握手をしながらの退場で、気遣いも人一倍である。巧みに硬軟織り交ぜ、実利を追求し外交辞令や美辞麗句には左右されない挙措言動、しかし予想以上に何かやりそうな力を感じる大統領であった。インドネシアがまた一皮剥けるかも知れないという期待が膨らむフォーラムであった。同時に、日本も従来の様にインドネシアは手の内、と言った甘い考えではこれからは切り捨てられる。しかし対等のパートナーとして、真にギブアンドテークの関係を築けば、インドネシアとの蜜月は決して夢ではない。そんな思いを抱いたフォーラムであった。