2199-10-09 新雑誌『For Everyman/フォーエブリマン』創刊
●『For Everyman/フォーエブリマン』公式blog開設いたしました。http://d.hatena.ne.jp/foreveryman/
こちらでの通販も間もなく開始します。ブックマーク等、よろしくお願い致します。
●創刊のご挨拶。
http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20111023
●取り扱い店一覧はこちら
http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20111103#p2
●池袋新文芸坐「女優 高峰秀子映画祭」にて、『For Everyman/フォーエブリマンvol.1』販売しております。
http://www.shin-bungeiza.com/schedule.html#d1201
日本映画専門チャンネルの高峰秀子特集では漏れていた、『二十四の瞳』『遠い雲』『笛吹川』など木下恵介作品も上映。
この機会に、スクリーンで是非。
■新雑誌『For Everyman/フォーエブリマン』創刊

新雑誌『For Everyman/フォーエブリマン』、ついに創刊の運びとなりました。
創刊号は、旧作日本映画を紹介する特集が並びましたが、読書、映画、音楽観賞といった営みを、僕たちひとりひとりが生きることと切り離さず、その一部として考え、語る、総合誌的なものを目指していきたいと思います。
「僕たちの暮らしそのものについても、同じ温度でざっくばらんに取り上げ、考える」 、「意識するのが辛いこと、言いにくいこと=切実なことほど、なるべく逃げず、恥ずかしがらずにゆっくり考える」、「難しいことは易しく、易しいことは面白く」、といったことを心がけながら、むしろ表面的にはブレつつ試行錯誤していくつもりです。
以後、お見知りおきを。よろしくお願いいたします。
For Everyman/フォーエブリマン vol.1
●特集1 「いま、木下恵介が復活する」山田太一×原恵一 4万字超ロング対談
「日本の社会はある時期から、木下作品を自然に受け止めることができにくい世界に入ってしまったのではないでしょうか。しかし、人間の弱さ、その弱さが持つ美しさ、運命や宿命への畏怖、社会の理不尽に対する怒り、そうしたものに対していつまでも日本人が無関心でいられるはずがありません。ある時、木下作品の一作一作がみるみる燦然と輝きはじめ、今まで目を向けてこなかったことを多くの人がいぶかしむような時代がきっとまた来るように思います」山田太一『弔辞』より
震災を経験し、バラバラな個人が貧困の影に怯えるいま、「近代個人の淋しさを人々に味あわせるに忍びない感受性を持ちつつ、自身はその孤独を敢えて引き受けて明晰な個人であろうとした」通俗を恐れない巨匠が、最良の後継者お二人の語りの中に蘇る。
●特集2 大映「悪名」「犬」シリーズ再見&藤本義一ロングインタビュー
「現実を安易に楽観せず、だからこそ否定面を大げさに嘆くほど呑気でもない」「苦しみ、哀しみを受け止めながら剥き出しにしすぎない、隣人への節度と労り」娯楽映画の安定感について。
今東光・勝新太郎・田宮二郎、そしてアルチザン魂を語る。(取材・構成 奈落一騎)他
「人や社会の汚れを認めず、否定すればするほど、極道は減ったかわりに、カタギ外道が増えてはいませんか?」
ピラニア軍団、松田優作、泉谷しげるらの熱き連帯。そして、笠原和夫の「100箇所の付箋」。
●『本と怠け者』&『For Everyman』ダブル刊行記念 荻原魚雷×河田拓也「高円寺文壇 再結成対談」
「誰もが明るく生きられるわけじゃないし、苦しく考えながら生きざるを得ない人生もある。地味な文学者たちに、そんな勇気と居直りを貰った」
高野真之『BLOOD ALONE』 たかやまひろふみ
「祭ばやしが聞こえない 〜関東甲信越小さな旅打ち〜」 天野剛志
『For Everyman』発刊の言葉に替えて
ジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレー『LOVE IS STRANGE』について 河田拓也
表紙イラスト TAIZAN
http://www.facebook.com/pages/%E6%B3%B0%E5%B1%B1TAIZAN/154855114587879
A5版 240ページ 1000円(税込)
2011-11-03 店頭販売開始とトークショー開催のお知らせ
■『For Everyman/フォーエブリマン』創刊記念トークショー開催します。

『For Everyman/フォーエブリマン』創刊記念トークショー
11月6日(日)18時〜
出演:河田拓也(本誌編集長) 荻原魚雷 TAIZAN(イラストレーター)
1000円(1ドリンク付)
友人夫妻の営む、高円寺の紙モノ、雑貨を扱うお店ハチマクラの奥ギャラリーで、『For
Everyman/フォーエブリマン』創刊記念のトークショーを行うことになりました。
3年越しの創刊の経緯や、旧作邦画の並んだ一見ややマニアックな誌面に込めた現在の自分の意図と関心などを、「高円寺文壇再結成対談」の延長のようなノリで、なるべくくだけてお話できればと思っています。
そしてもう一人のゲスト、手廻しオルガンミュージシャンオグラさんに、ミニライブをお願いしています。
オグラさんは魚雷氏同様、僕が高円寺に住んでいた頃からの10年来の友だちですが、実はそれよりずっと前、青ジャージ、800ランプといったバンドで活動していた頃、一観客として見て打ちのめされた、正真正銘の才人です。
こういう喩え方は真にオリジナルなシンガーであるオグラさんに失礼かもしれませんが、友部正人のような比喩に富んだ詩世界を、更に繊細に、激情を込めて、しかもシャンソンともフォークとも歌謡曲ともつかない自在なスタイルで唱う、唯一無二のアーティストです。
はじめて彼を見たときは「こんなに才気走った人は、きっとボブ・ディランやジム・モリスンのような嫌なヤツに違いない」と思い込み、声などとてもかけられませんでした。
けれど今、彼が歌っている歌には、当時感じた才気と情熱のスケールを更に増しつつ、それを当たり前に市井を生きる人間の一人として隣人達にサービスする、上質な歌謡曲と呼びたくなる大きさと、包容力を感じます。
僕が言っていることが大袈裟でないことを、直に聴いてくださった方にはきっと分かっていただけると思います。
中でも、来春発表されるニューアルバムに収録予定の『あなたの暗闇』で歌われている世界は、僕が『For Everyman』で目指したいものと大きく重なります。
http://www.majix.jp/artist_content/90 (こちらのダウンロードサイトに、押しかけで推薦文を寄せています)
僕らの対談はともかく(というと、せっかく駆けつけてくれる魚雷氏に失礼ですが)、彼の歌がもっと広く、多くの人に届くことを心から願います。
- アーティスト: オグラ
- 出版社/メーカー: インディーズ・メーカー
- 発売日: 2006/08/25
- メディア: CD
- クリック: 10回
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■『For Everyman/フォーエブリマン vol.1』店頭販売開始

誌面詳細はこちら。
http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20111023
11月より、下記の店舗で発売中です。
http://www.tokyodoshoten.co.jp/
http://www.books-sanseido.co.jp/shop/kanda.html
http://www.horindo.co.jp/takadanobaba/index.html
http://www6.kiwi-us.com/~cutbaba/
古書コンコ堂
ジュンク堂書店吉祥寺店(リトルマガンジンコーナー及び映画書コーナー)
http://www.junkudo.co.jp/tenpo/shop-kichijoji.html
http://basarabook.blog.shinobi.jp/
すうさい堂
http://suicidou.blog.shinobi.jp/
http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/
http://www.keibunsha-books.com/
http://www.h7.dion.ne.jp/~gakegake/index.htm
ちくさ正文館書店
http://www9.ocn.ne.jp/~chikusas/
http://homepage3.nifty.com/mushi-b/
トマソン社
随時、こちらをチェックお願いします。
もうしばらくお待ちください。
2011-10-23 新雑誌『For Everyman/フォーエブリマン』創刊
■新雑誌『For Everyman/フォーエブリマン』創刊

3年越しで構想してきた雑誌の第1号が、ようやく刊行の運びとなりました。
創刊号は、旧作日本映画を紹介する特集が並びましたが、今後の号では、文学や音楽、マンガetc…といったジャンルの作家、作品が誌面の中心になることも、また、僕たちの暮らしそのものの中にテーマを見つけて特集していきたいとも思っています。
『For Everyman』は、広義の文学を軸とした、総合誌を目指します。
一人一人の暮し方や、文化的な消費嗜好が一見バラバラに多様化し、インターネットの普及で各々が自分の見たいもの、知りたいものだけを能動的に選べるようになったここ10数年。雑誌などの活字メディアも、各々の嗜好に合わせたマニアックな考察やカタログ誌的な方向(あるいは、自分達の小さな世界の心地よさだけを、まっすぐに求める姿勢)へと、舵を切ってきました。
また、それに対する反動のように、批評や報道の世界では、各々が暮らしを体感し合う場を持たないまま、他者の存在を書き割りのように把握し、世の中を構造的、合理的に裁断していくような言葉が、寄る辺のない個人を脅かしているような状況もあります。
個別の事象に対して深く掘り下げることも、また、現実を俯瞰して地図を書いたり、大きな方向を模索することも、共に大切なことだと思います。
ただ、現実を生きる僕たちは、蛸壺のような世界に閉じこもりきることも、或いは、現実のすべてを把握し、定見を持つこともできません。
そして、現在の言論の状況を見渡すと、各々が自分の世界認識の広さ、完全さを言い張る競争自体が目的化してしまっていたり、それから逃れるように、趣味嗜好の世界にのみ閉じこもってしまうことが、あまりにも多くはないでしょうか。
今、必要なのは、世界を俯瞰、把握などしきれない自分たちを認識した上で、どんな生き方が可能か、何を幸福と考えるのかという問いに、静かに向き合っていくことだと考えます。
とはいえ、僕たちは一つの安定した価値観だけを信じ、生きていくには、あまりにも流動的、抽象的に拡大した世界を生きています。そこに向き合い、どう生き延びていくかを考えないわけにはいきません。
しかし同時に、常に動静を把握し続けることばかりに汲々とし、急な流れのままに生き方を変え続けていくことも、現実を生きる人間にとっては、辛く非現実的なことではないでしょうか。
人は、どんなふうにでも生きられるわけではない。けれど、ただ中空に個人として生きているわけでもない。
取り囲む現実が流動的で、一人一人が生きるよすがを見い出しにくい現在、ただ人を先へ先へと煽り、脅かすのでなく、いかに少しでも確かな生き方や繋がりを築いていけるか。
例えば、誌面に並ぶ記事の内容を、各々がすべて理解できなくても良い。
世界観の完成を性急に目指さず、各々が緩やかに影響し合いながら、常に試行錯誤がなされている状態(そしてその速度が、個々の人々の暮らしを、追い立てすぎない状態)を、理想としたいと思います。
意識するのが辛いこと、言いにくいこと=切実なことほど、努めて柔らかい姿勢で、しかしなるべく逃げず、恥ずかしがらずにゆっくり考える。
個々の現場、現実の深さを安易に整理することなく、世界の繋がりや広がりを少しだけ感じながら、各々のスピードで、じっくりと自分の生き方、暮し方を思い、考えていけるような誌面を、本誌は目指して行きたいと思います。
For Everyman/フォーエブリマン vol.1
●特集1 「いま、木下恵介が復活する」山田太一×原恵一 4万字超ロング対談
「日本の社会はある時期から、木下作品を自然に受け止めることができにくい世界に入ってしまったのではないでしょうか。しかし、人間の弱さ、その弱さが持つ美しさ、運命や宿命への畏怖、社会の理不尽に対する怒り、そうしたものに対していつまでも日本人が無関心でいられるはずがありません。ある時、木下作品の一作一作がみるみる燦然と輝きはじめ、今まで目を向けてこなかったことを多くの人がいぶかしむような時代がきっとまた来るように思います」山田太一『弔辞』より
震災を経験し、バラバラな個人が貧困の影に怯えるいま、「近代個人の淋しさを人々に味あわせるに忍びない感受性を持ちつつ、自身はその孤独を敢えて引き受けて明晰な個人であろうとした」通俗を恐れない巨匠が、最良の後継者お二人の語りの中に蘇る。
●特集2 大映「悪名」「犬」シリーズ再見&藤本義一ロングインタビュー
「現実を安易に楽観せず、だからこそ否定面を大げさに嘆くほど呑気でもない」「苦しみ、哀しみを受け止めながら剥き出しにしすぎない、隣人への節度と労り」娯楽映画の安定感について。
今東光・勝新太郎・田宮二郎、そしてアルチザン魂を語る。(取材・構成 奈落一騎)他
「人や社会の汚れを認めず、否定すればするほど、極道は減ったかわりに、カタギ外道が増えてはいませんか?」
ピラニア軍団、松田優作、泉谷しげるらの熱き連帯。そして、笠原和夫の「100箇所の付箋」。
●『本と怠け者』&『For Everyman』ダブル刊行記念 荻原魚雷×河田拓也「高円寺文壇 再結成対談」
「誰もが明るく生きられるわけじゃないし、苦しく考えながら生きざるを得ない人生もある。地味な文学者たちに、そんな勇気と居直りを貰った」
高野真之『BLOOD ALONE』 たかやまひろふみ
「祭ばやしが聞こえない 〜関東甲信越小さな旅打ち〜」 天野剛志
『For Everyman』発刊の言葉に替えて
ジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレー『LOVE IS STRANGE』について 河田拓也
表紙イラスト TAIZAN
http://www.facebook.com/pages/%E6%B3%B0%E5%B1%B1TAIZAN/154855114587879
A5版 240ページ 1000円(税込)
18日から31日まで、京都のガケ書房と恵文社一乗寺で開催中の「きょうと小冊子セッション」http://gakeibunsha.jpn.org/?p=77
及び、神保町東京堂書店1F一般書コーナー、3Fリトルマガジンコーナーにて先行販売しています。
brrito
2011/11/11 09:16
雑誌の値段が記載されてないのですが。
bakuhatugoro
2011/11/11 09:58
失礼しました。全240ページ、1000円(税込)です。よろしくお願いします。
2011-07-01 星野博美『銭湯の女神』『のりたまと煙突』
■[文学]星野博美『銭湯の女神』『のりたまと煙突』

わずわらしさを厭わず様々な人や土地と付き合い、眺め、肌で感じたものを流さずに、時間をかけてつなぎとめる言葉。
行動にも思考にも、手間と時間を惜しまない自信に裏打ちされた、簡潔できっぱりとした文章。
同時代、それもほとんど同世代に、こんな書き手が存在することに、驚きと嬉しさを感じずにいられない。
以下、自分などが論評の言葉を加えるのがおこがましい、という思いを大前提に、今回は感想とも紹介とも言えないような、彼女の文章に反射されて浮かび上がった自分の立場(と言える程結構なものではないが…)と内心について、出来るだけ正直に書いてみたい。
面倒でも外に出ていって、積極的に社会や他人に関わらなければ、いい仕事にも友達にも出会えない。
勉強したり、練習したり、一つ一つのことに手間を惜しまない習慣をつけなければ、暮らしは楽しくも豊かにもならない。
けれども自分は小心ななまけ者で、そういう手間や面倒を最小限に、いかに端折って暮らすか(そのくせ、結果の方はいかに最大限に得るか)を、まず考えて生きてきた気がする。
世間一般の基準よりも、ずっと自分はだらしないと思うから、後ろめたさや恥ずかしさが常に付き纏う。
ところが気がつくと、いつのまにか世間が、自分の通った道を追いかけるように、だらしなく変わっていく。
だから、世間に生じる新しい問題が、ケガの巧妙のように他に先んじて見え、意識されてしまうところがある(ような気がする)。
長電話、テレビ漬け、サブカル漬け、モノへの執着、昼夜逆転、コンビニ依存、ネット依存、自意識過剰な自分語り、成熟を拒否した消費個人主義…
街場の気楽な独り暮らしに憧れ、趣味に首まで耽溺し、心身ともに中毒してきた自分が、まっ先に望み、はまりこんだものだから、その時の後ろめたいような気分もなかなか消えない。
一度暮らしのタガが外れると、ずるずるとすべてにけじめが無くなり、何もかもが取り留めなく過ぎてしまうことの頼りなさ、寒々しさに心当たりがあるから、世の中が更にその先に進もうとするような変化を、ただ受け入れてしまうことを警戒もするし、新しい状況に無心に没入することが出来にくい。
どこかで「こんな暮らしは、まともではない特例だ」と自分を棚に上げて、世間のまともさに甘え、期待していたい。
他方、利便性に貪欲にまみれながら何かに夢中になっている人は、そのマイナスも込みで、何か豊かさを身に付けているという部分がある。
それを、一概に悪いとばかりは言えないし、人々の生活に根深く入り込んでいるだけに、外から単純には否定も断罪もできない。
ただ、世の中丸ごとの大きな趨勢である分、無意識、なし崩しに日常化してしまい、そこに自覚や葛藤が生まれにくく、負の側面が意識されないまま放置されてしまうことが多い。
そして、そうした環境が初めから「当たり前」な世代にとっては尚更、恥の自覚など生まれようがないだろう。それが怖い。
ただ、本来世間以上に自分が怠け者なのだから、何か言おうとする時、どうしても屈折した感情が混じる。
その辺り、星野さんは、ずっと深く状況に入り込んで熟考していて、立場が突き詰められ、言葉はすっきりとしている。
揺れと問題意識を維持しながら、能動的に流れにまみれ、渦中の人々との触れ合いながら、共感も違和感もたやすく流さず、時間をかけて考える。
そして、受け入れがたいものに対して、きっぱりと疑念を投げかけ、拒絶を表明する。
それが見上げるべき価値であることは間違いない。僕自身、そう思う。
けれど、それを誰もが(というより、まず自分が)目指すべきか?と考えた時、今度は逆の方向に躊躇してしまう。
人や物にまみれて生きるバイタリティは貴重だけれど、人にはキャパシティの違いがある。
他者や社会との関わりをできるだけ淡く、最小限に、なるべく一人で(あるいは安心できる人と)静かに暮らしたい、という幸福もある。
外にはさまざまな問題もあるけれど、抵抗するのがしんどい。その力がない。
解決できないことを、意識しすぎると辛いから、自分の中でバランスを取って納得してしまいたい。
そういう生き方もある。
どんな生き方も一長一短があるように、当然そこには問題がある。
というよりも、これは単に小人の生き方であって、星野さんのような姿勢を心棒にした営為がなければ、社会は容易に淀んでしまうだろうとも思う。
けれど、同時にどこからか、世の中も自分も、そんなに容易く立派になれてたまるか、立派になってたまるかという邪念が、むくむくと湧いてくるのを抑えられない。
なんだか、キリの無い話でしんどいな、とも正直思う。
そして、だらしなくなかった昔にも、厳然と孤独も生き辛さもあった、という実感も一方にある。
負い目や恥の意識の欠けた人や、世間の在り方は嫌だし、ただ醜くはなりたくはない。
できる努力はしたいし、変われるものなら変えたい、変わりたい、変る時は変わらざるを得ないだろうとも、頭の半分では思う。
でも、最後の最後は「だらしなくてどこが悪い」とも思っていたい。
香港から帰って来た星野さんが、便利で綺麗で安全で、煩わしくなく暮らせるけれど、平坦過ぎて生きる目標や、自分の根とすべき差異が見いだせない、東京の風景への違和を語るのを読んで(『のりたまと煙突』所収「中央線の呪い」)、半分共感しつつもそう思った。
星野さんが大味だとか、そういうことでは全くなく、勝手にコンプレックスを刺激されつつ、やはり自分はぬけぬけと、ここへの煮え切らない愛着(愛憎)を語りたいと思った。
正直、近い世代でこんなに「五月蝿いこと」を書く人、それも頭でっかちな上から目線じゃなく、だらしない凡人にも共感を禁じ得ない、地に足の付いた言葉で自分を突き詰め語りかける人に、初めて出会った気がする。
意識すると生き辛くなる。けれど、意識することがタブーになり、目眩ましされたままでは息苦しい。便利な答えも解決もないことを、痛みとバランスの中で問い、考える続ける営為。それを、文学というのだと自分は思う。
星野さんに恥ずかしくない仕事を、少しでも投げ返せたらと思う。
- 作者: 星野博美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2003/12
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2011-06-12 ジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレー『LOVE IS STRANGE』
■[音楽]ジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレー『LOVE IS STRANGE』

高校を出て、地元の県庁所在地に風呂なし四畳半の部屋を借り、フリーターやりながらバンドをやってた頃、キングビスケットレコードという、6、70年代ロックやソウル、ブルース、オールディーズポップスを中心にした品揃えの中古レコード屋によく通っていた。
店主のおじさん(といっても、今の自分よりも若かったはず…)はザ・バンドをこよなく愛するサザンロック、スワンプロックのファンで、大抵いつ行ってもうるさ方の常連客と話し込んでいた。
そんな客の一人に、たぶん若い頃激しい気持ちでロックにのめり込んで、楽な生き筋を踏み外したのだろう(と、20歳そこそこのヤングからは見えた)、小柄で細身な労務者風のおじさん(といってもおそらく30そこそこ…)がいた。
日々の疲れと不満と、ディープな音楽ファンとしての自負とを同時に漂わせ、険のある早口で自意識過剰気味に喋る彼は、おそらく背伸びして渋い音楽を勉強中の若造のことなど、目障りか端から眼中に無かったかのどちらかだっただろう。僕の方も偏屈で面倒くさい(それでいて平気で権威的なことが多い)苦労人や年長マニアは苦手だったので、直に口をきいたことは一度も無かったが、ある日彼が、ジャクソン・ブラウンについて熱く語っていたのが意外で、強く印象に残っている。
単純に自分の音楽的な無知も大きかったのだけれど、僕らの世代にとってジャクソン・ブラウンと言えば浜省、尾崎というイメージで、わざわざ渋い音楽、尖った音楽を探して聴こうとするような人間は、ナイーブでちょっと野暮ったそう…という先入観から、敬遠しがちだったと思う。
一時代前の流行りものでもあった西海岸サウンドには、さしたる思い入れの無さそうだった店主のおじさんもまた、どこか相槌が事務的だったような気がする。
僕は尾崎ファンだったので、彼が影響を度々口にした『孤独なランナー』を聴いてみたりしたが、どうも静かで落ち着き過ぎていて、食い足りない印象を持った。当時の自分は、ロックにもっと青春的な脆さや激しさを求めていて、こんなふうに静かに内省してばかりしていたら、自分のような自信のない人間は、煮詰まったまま身動き出来なくなってしまうと思った。もっとふっきれた、突き抜けた、悩むにしても攻撃的なくらい激しく突き詰めた表現で無ければ、気持ちが鼓舞されないと、あまり心に深く届かず遠ざかってしまった。
だから、地味でまともな普通の人(つまり適度な感傷に浸れるくらいに安定している人)の音楽に思えたジャクソン・ブラウンを、自分よりも遥かに疲れ、辛酸を舐めているように見える頑固者が、ほとんどしがみつくように大切に聴いていること(ヤングの目には、文字通り「日々を生きる支え」になっているようにさえ見えた)を、不思議に感じた。
それでもその時は、音楽マニアが、それまで取り零していたジャンルに新鮮さを求めて、多少大袈裟に入れ込んでいるのだろう、くらいにやり過ごしてしまい、あらためて聴き直してみるようなこともしなかった。
去年の発売から1年余り、ジャクソン・ブラウンとデヴィッド・リンドレーのアコースティックツアーのライブアルバムをよく聴いている。
特にディスク2の1曲目、セカンドアルバムのタイトル曲でもある「フォー・エヴリマン」が好きだ。
彼自身は「僕はドロップ・アウトしてしまおうかって考えたこともあったし、何もかも放り出してしまいたいって思ったことなんか、何度あったかわからないほどでね。「フォー・エヴリマン」はそんなことを歌った歌だ」なんて回想しているが、この曲はクロスビー、スティルス&ナッシュの「木の舟」へのアンサーソングでもあったらしい。核で汚れた世界から、新しい理想の地を求めて船出しようと歌うCSNに対して、「じゃあ、その船に乗れない、取り残された普通の人たちはどうなるんだ?」「ここで普通の人を待つ普通の人でいるよ」と。
ロック革命の時代の反動として、個人的、内省的な表現に傾斜した70年代のシンガソングライターらしい、とも括れるけれど、中でもジャクソン・ブラウンの朴訥な純情と、視線の低さは際立っていて、芸術的な尖鋭さ、或いは個的な洗練へと、表現を収斂させがちだった同時代の才気に富むSSW達の中でも、独特の間口の広さを感じる。
それでいて、優しく、暖かいだけではない、意思的な思索と問いかけを(多くの場合そこに解決はないとしても)しぶとく手放さない姿勢も好ましい。生真面目さゆえ、後にぐっと政治に傾斜して行き、80年代的な大味な音作りも手伝って曲に気持ちがフィットしにくくなり、そうした時期のアルバムは今もほとんど聴かないのだが、必要と感じたらそう動かずにはいられない彼の真摯さ、一徹さ自体は、個々の主張自体に同意できるできないにかかわらず、信頼に値すると感じられる。
万年青年のようにケレンの無い横顔は、長い月日の風雪に洗われ続けて来た。妻の自殺や親しい友人たちの早逝、誰もが豊かさに馴染み切って楽しさや格好良さを求め競い、空虚や退屈に自己憧着していく中で、彼の善意と内省がアウトオブデイトになった時代も長かった。それでも、その迷いや弱さを引き受けた、柔らかで凛とした声も、瑞々しいメロディも、深まりこそすれ決して損なわれることは無かった(彼のような人を見ていると、正しく信仰を持つことの「強さ」を、そこから遠い者として痛感する)。
ここ十年ほどは、活動のペースをぐっと押さえ、パーソナルな作風に回帰しているが、このライブアルバムでも愚直なまでの生真面目さは健在で、マイノリティの音楽に積極的に場を与えようと、ミスマッチやアンバランスを顧みず、ツアー先のスペインのミュージシャンを登場させ、多くの曲を共演しているのも印象的だった(多少の散漫さが、リラックスした自由な演奏の魅力も手伝って、いつもの彼のアルバムにない風通しの良さを生んでもいる)。そして何より、そうした真摯さと、柔らかい心を手放さず、迷いながらもしぶとく積み重ねて来た時間への静かな肯定を感じさせる、過去の彼自身の曲の再演が素晴らしい。
数年前の、ギター弾き語りによるセルフカバーライブ2枚も良かったけれど、アメリカ伝統音楽の豊饒さを丸ごと体現するような盟友デヴィッド・リンドレーのサポートによって、年輪を重ねた真摯さが転化した、現在の彼と曲の持つ柔らかく暖かい包容力が、より開かれた形で伝わってくる。
楽しく、心地良く、格好良いだけでは、取り残されたようで却って寂しくなる、という人をこそ楽しくさせてくれるアルバム。
あの常連のおじさんも、元気で聴いていてくれたらいいなと思う。
- アーティスト: ジャクソン・ブラウン&デヴィッド・リンドレー
- 出版社/メーカー: SMJ
- 発売日: 2010/05/19
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- アーティスト: ジャクソン・ブラウン
- 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
- 発売日: 2005/09/21
- メディア: CD
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