Journal of blue

2010-09-26

| 00:14

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そんなことを聞いても、わたしは白人と暮らしてみたいと思わない。アジア人と暮らしていてよかった。力学変化より化学変化が好きだ。体温が同じのとき———そのときの微妙な変化がいいと思う。体温といっても、体温計で計った三十五度とか三十六度とかいうあの熱ではなくて、体熱というか、内蔵とか粘膜の持っている熱。体という字でなく軀という字の熱。(300)

物が豊富で迅速に事が運ぶ文化都市にやってきたのだな、ロシアとはちがったところだな、と思っているだけだ。感動というのは、中央アジアの町へ着いたときにした。前世というものがあるなら、そのとき、ここで暮らしていたのではないかという気がしたのだから。(277)

武田百合子 『犬が星見た

犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)

犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)

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ことばの食卓 (ちくま文庫)

ことばの食卓 (ちくま文庫)

2010-09-12

| 17:18

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旧い友人たちが司法試験に合格したので、お祝い。わがことのように嬉しい。結婚や出産の話もたくさんきく。誰が結婚してるのかもうよくわからない。みんな歩を進めているという感じ。わたしにはまだ遠い世界のはなし。

2010-09-08

| 00:46

シャガールロシア・アヴァンギャルドとの出会い」展 @東京藝術大学大学美術館

http://marc-chagall.jp/

シャガールの絵には何度も同じモチーフが登場するけど、あれは深い内面性の追求というよりむしろ手癖みたいなもんなんだろうか、という話を連れがしていた。そうしたらこの本でもその点に触れられていて、やはり同じモチーフ(恋人、小屋、動物など)を繰り返すことによって、そのモチーフの持つ意味が徐々に失われ、異国情緒以外何も暗示しなくなっていくというのはシャガールの絵の問題点のひとつであったらしい。シャガールはそれを自覚し克服する努力をしていたようだ。モチーフよりも筆遣いや色彩の組み合わせがシャガールのもっとも大きな個性となったのは、抽象絵画を研究していたことや、手法を変更できるだけの才能に恵まれていたことによると言う。

わたしもシャガールの絵は色彩の魅力がいちばん大きいと感じる。この展覧会はロシアアヴァンギャルドがテーマだったので、シャガールの作品は多くなかったけど(残念)、上映されていた映画でたくさんの素敵な作品がほかにもあることを知った。また母がニースで買ってきた聖書のメッセージ美術館の図録が素晴らしく、ぜひ一度行ってみたいと思った。ランスの大聖堂のステンドグラスはみたことがあるけど(そのとき初めてシャガールいいなと思った)、あれももう一度みたい。。。

In Montreal

In Montreal

2010-08-29

| 22:33

世捨て人?のような暮らしをしているけど、とってもひさしぶりに雑誌を読んだ。

・BABYBABYBABY

http://www.babybabybaby.com.mx/

Lula Magazine

http://www.lulamag.com/

やっぱり少女趣味は年齢的に少女じゃなくなっても変わらないエネルギー源なんだって改めて思わされた。読んでいてすっごく楽しかった。Lulaの方が商業的というか、モードというか、洗練された、つくりこまれた感じで、写真がいい。サイトがすごくいいと思う。このブログもこんな感じにしたい。。。でもわたしはBABYBABYBABYのとんがり感に惹かれる。女の子たちがみんな可愛い。魅力的。いったい少女趣味って何なんだろう?って考えたけど、自分の内側にあるルールに従っている、というくらいのごく陳腐なところまでしか行き着かなかった。。。純粋さゆえの毒、が、それをできない人間からみるとまぶしい、ということなのかな。。。

・here and there

http://www.nakakobooks.com/index.html

とてもいい雑誌。本当に優しくて丁寧な気持ちになれる。瑞々しい。何かを創ろうという純粋な気持ち、本当にこどものときの図画工作のときのような晴れ晴れとしたわくわく感を感じさせてくれる。20年ぶりくらいの感情を想起させてくれた。びっくり。雑誌を読んで涙が出そうになったのは初めて。

2010-08-28

| 22:00

モモ (岩波少年文庫(127))

モモ (岩波少年文庫(127))

小学生のわたしは、なんでモモに与えられたのは「聴く」能力なんだろう?と考えて、はっきりした答えを掴めないままでいた。その問いはいまのわたしも引き継ぐべきで、というのもわたしは聴くっていうことが全然うまくできないから。

往時と同じ。時間の花を想像してうっとりする。。。

人間交際術 (智恵の贈り物)

人間交際術 (智恵の贈り物)

誠実さを感じるとともに、辛酸なめてきたんだろうなあって思わされる本。すべての忠告が実感とか経験から導かれているような気がする。ここに書かれていることは一見ありきたりかもしれないけど、そういうのって多くの人の多くの経験の結果として導かれた結論なのだなと改めて思った。陳腐な言い回しは多くの場合真理を言い当てている。

初読だけど、わたしは3年とか5年前よりは、著者の言葉に納得できるところがかなり増えていると思う。。。これでもすこしは周りが(自分も)みえてきているということだったらいいんだけど。。。そして見捨てずにいてくれたひとたちに本当にありがとうだ。

この手の雑貨本は世の中に氾濫しすぎていて、立ち読みするだけで疲れたりしてしまうのだけど、なぜかこの本には惹かれるものがあった。

理由はたぶんふたつで、ひとつは写真がよくて(もちろん写っているモノがいいんだけど、その絵からすぐさま眼を離すことを許さない写真。自然に味わいたくなる。時間が織り込まれている写真)写真中心のデザインだからだろうということ。もうひとつは、個人的なことで、お洒落といえば洋服、それもトップスばかり重視してきたわたしがいよいよアクセサリーに眼を向けるときがきたからじゃないか?と思った。それに思い当たったのは読み終わった数日後だったけど、啓示だ!と思ってすこしびびった。

女の子のための現代アート入門―MOTコレクションを中心に

女の子のための現代アート入門―MOTコレクションを中心に

おもしろいし現代アートのコンパクトな?いい紹介にもなっていると思うけど(実際美術館に行きたくなったし)、前書きでも書かれている通り、「入門」といっても初心者に読みやすい本ではないと思う。誠実に書かれていると思うし、読んでいて嫌な気持ちになったりは全然しなかったけど、いったいどういうこういうつもりでこの本を書いたのかいまひとつ飲み込めなかった。本当に「ふにゃふにゃの、自分の形がまだきまらない、でも変わりたいと思っているたよりない女の子」を読者として想定しているんだろうか?かくいうわたしはドンピシャですが。。。

美術の批評?ってあまり読んだことないけど、ある作品からうける印象や体験を描写するためには、類推や比喩の言語がどれだけ豊かであるかということが結構重要なのかなとこの本を読んで感じた。そういう能力によって、わたしに初めに鮮烈な印象を与えたのは、中高のオーケストラ部のコーチだったなとふと思い出した。どういうふうに表現してほしいか、いろんな比喩を使って指示してくださるのだが、それが本当に的確で幅も広くて、わたしはそれを熱烈に賛嘆していて、いまでも話しながら書きながらうまい比喩をみつけることには力を注いでいる。

この本のいいところはやはり挿画と、英訳併記のところ。和訳が文語なので、文学初心者にとってはとてもありがたい。英語の詩を読む、なんて時間を持つことじたい初めてで、新鮮。なんというか、、、とても遥かな気持ちになる。広がる感じ。豊かで、満ちている感じ。胸のなかにいいにおいの空気がはいってくるような。まだうまく言えない。。。

人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)

人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)

再読。こんどは前よりすんなりはいってきた。

[要約]

「美しい」と感じるとは、自分の利害とは関係なく他者(自然や動物を含む)に関心を持つことである。それは通常の思考を停止させるような制御不可能な感動として、ひとを訪れる。ありとあらゆるものは、ありとあらゆるものの必然に従って(人間の都合=利害に関係なく)存在しているが、その「ただ存在しているだけのもの」を認識するとき(出会うとき)、ひとはその存在を「美しい」と感じる。つまり「美しい」という感情は人間関係に由来していて、新しい関係を結ぶための芽みたいなものである。豊かな人間関係によってもたらされる幸福を味わったことのある人間が、現状の自分の外側の世界に憧れをもつ(欠落=孤独を意識する)ことが、「美しい」を感じるきっかけをつくりだす。ただし、人間だけは自ら自分の存在をつくりあげていかなければならないので、存在そのものに美醜があるし、利害を完全に離れて生きていくことはできない。

ちなみに、「美しい」を感じるための核になる孤独(=個の自覚)という感情は、近代以降に発見されたものである。それは個を基礎とした社会建設を近代が目指したからで、現代においてその計画は頓挫していると言わねばならないが(そしてそれゆえ個人の孤独は「転落」として吸収されてしまうが)、我々がその方向に向かわなければならないのは確かである。なぜなら美しいがわからない=生きている実感を得られない人間を大量に産んでしまう社会など、生きるに値しないからである。

[疑問点]

「美しい」の歴史はおそらく人類の文化の歴史とともに古い、といった趣旨のことが述べられているが(188)、著者がこの本で論じている「美しい」は孤独を核として、個人が主観的に判断していく類いのものなので、おもに近代以降に現れた行為を指していると考えられる。それ以前の「美しい」については、制度としての、王侯貴族の所持品としての現象であったのだととりあえずは考えておけばよいのだろうか?

[感想]

めったにこんなこと(2回読んだ上要約する)をしないわたしがこれだけこの本に切実さを感じたのは、美的な体験と人間関係とか人間の幸福にはなにか関係があるんじゃないかって漠然と感じていて、けど全然直感の域をでないまま、ずるずると過ごしてきたから。だから「美しい」を感じることと生きることの関係を実感ベースで語ってもらえたことに、ヒントというか糸口をもらえたような気がしたのだ。でもそもそもいままで美的体験というものについて論じた本を殆ど読んだことがないので、ひょっとしたらこういうのは定説?なのかもしれない。勉強しなきゃ。でもそれは横においておいても、これは誠実な言葉で書かれた、いい本、いい主張だと思う。帯にある通り、「人生論」なのかも。「ひらがな日本美術史」でこの人の切実さが、何かすごく気になっていたから、読んでよかった。

ちなみに、「モモ」のところに書いた疑問にも、この本が示唆を与えてくれるような気がする。モモは世界の美しさを感じられるひとだから、時間の美しさも同様に感じることができたのだと思う。

[追記]

この日記のいちばん最初にひいたクンデラのことば。これもすこしだけ関係がある?存在をつくること=自我を運びまわること、としたら。。。柳宗悦の言ってることと、実存主義のひとたち?が言ってることには、何か関係?似ている点?があるのかな。。。