蕃茄庵日録(ばんかあん。国立駅前・ギャラリービブリオ店主のブログ)

2014-02-22 20年前のお姿

20年前のお姿

早い時間は妙に静かだったが夕方からはにぎやかに。


サイハテのマドンナ」ことフォトグラファー白石ちえこさん来廊。

 

先日の鵜の木のhasu-no-hanaでの個展「ホエール・ウォッチング」も大盛況。


また三崎亜記さんとのコラボ、「海に沈んだ町」も好評。



白石さん、熱心にバックナンバーをご覧になっていたが「ワッ」と。


1993年12月号に「サイハテのダンディ」ことフォトグラファーの首藤幹夫さんが出ていたのだ。


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ある映画作品のスチールカメラマンとして登場。若い。21年前。



50歳でかっこいい人って30歳のころはたいてい野暮ったいんだけど(個人の感想です)、若いときからかっこいいなあ、首藤さんは。






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収蔵展「“ガロ系”の表現者たち part3」

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2013-04-01 新歌舞伎座に思う。

新歌舞伎座に思う。


ワイドショーを見ていると新築なった歌舞伎座のニュースが賑やかだ。「お練り」とか。


気になるのは「新歌舞伎座」という表現。


新歌舞伎座」って言ったらなんば駅前の御堂筋沿いにあったあの桃山風の劇場でしょう。今は上本町に移転しちゃったけど。


新歌舞伎座」を名乗りつつ歌舞伎がかかることは無かったが、演歌歌手の特別公演のメッカだった。最後は五木ひろしコロッケだったらしい。おもしろそう。


だから、テレビから「新歌舞伎座で沸く銀座です」みたいな報道があると、「ちがうだろー」とツッコミたくなってしまう。いや実際にツッコミを入れるのだが・・・・。


いつもはそれで家族にうるさがられるのに、今回だけは大阪人のツレが「そのとーり」と言ってくれる。



似たようなことが以前もあった。


それは1989年のことだ。


中国北京天安門で、民主化を求めるデモ隊と軍や警察との衝突がおき、多数の死傷者が出た。


今は「天安門事件」と呼ばれるこの事件、当初はマスコミでは「血の日曜日」などと仮称していた(ちなみに近代史にはこれ以外の「血の日曜日」が多数存在する。日曜日には大衆が集まり安い、つまり弾圧もおきやすい、から)。


それは、その時点では「天安門事件」というと1976年の周恩来死去に伴う騒動のことをさしていたからだ。しかし、事件の大きさが桁外れに違うことから、今は「天安門事件」というと、1989年のそれをさすようになった。


と、ここまで語るとさすがにうるさがられるのだけどね。




あ、今日から4月。3月の平均アクセス数は1150(/1日)。こんな、絵もない 花もない 歌もない 飾る言葉も 洒落もない そんなブログに毎日のアクセス、ありがとうございます。








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2013-03-29 庭掃除と巣作り

庭掃除と巣作り

朝、ゴミ出しに外に出たら庭の方から「ピシッ!ピシッ!」と音がする。朝っぱらからどこの女王様かと思ったら(思わねーよ)、カラスだった。何かをついばんでいる。


僕が近づくとバサバサッと飛び立った。


飛び立ったところをみると何たる惨状。家の前を掃く棕櫚ほうきが襲われていたのだ。


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母が言うにはこの季節のカラスは巣作りの材料を漁るらしい。ナイロン紐や針金ハンガーでなく棕櫚ホーキをねらうなんてなかなかオーガニックなカラス。


飛び散らかった棕櫚の葉を掃除をしなくちゃいけない。が、掃除をするにはこのほうきを使うしかない。自らの身から剥がされたものを自らで掃かなければいけないこのホーキの宿命。


しみじみと思い出すのは「七歩詩」だなぁ。


煮豆持作羹  

漉支以爲汁    

稘在釜下燃  

豆在釜中泣

本是同根生

相煎何太急


三国志のエピソード。魏の曹操の死後の跡目争いに破れた曹植は兄の曹丕に迫害されていた。あるとき、七歩歩くうちに詩を作らねば殺すと脅かされて作った詩、それが「七歩詩」である(諸説ある)。


煮豆持作羹

漉支以爲汁

稘在釜下燃

豆在釜中泣

本是同根生

相煎何太急


その後半部分ね。

「豆を煮るに豆がらを燃やす/豆は釜の中に在りて泣く/本是れ同根に生ぜしに/相煎(に)ることなんぞ太(はなは)だ急なる」


つまり、


「豆がらは釜の下で燃え豆は釜の中で泣いている。もともと同じ根から生まれた物なのに、どうしてこんなにまで煮て苦しめるのですか」


という悲憤の詩文。


むしられた箒の部分をその箒でそうじするんだから、普通思い出すでしょ「七歩詩」を。


そんな話をしながら今日もツレと立川に行った。明らかに聞いていない。


立川駅からはモノレールで北上。


それにしてもモノレールから見下ろす景色のべラボーなこと。軍用地というのは半端じゃないなあ。



今はもう珍しい米軍ハウス。僕が子供のころは国立にもたくさんあって住んでいる同級生もいてうらやましかったんだけど、ほぼ絶滅した。


立川には残っていてアーティストたちのアトリエになっていることも多い。


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その中の一軒に某アーティストを訪ねて打ち合わせ。懐かしいなぁこのつくり。トイレが広くてびっくりしたんだ。洋式トイレも珍しかったし。


打ち合わせは順調。いろんなアイディアが浮かんでは消えた(消えたのかよ)。



午後、帰ったらほうきがもっとすごいことになっていた。


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これだけ良質な建材を提供したのだから、ぜひともいい「ハウス」を作っていただきたい。





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2012-11-11 ああ、玉杯。

ああ、玉杯。


冷たい雨の一日。


「小さい秋」を見つける間もなく冬が来てしまった感じ。


日没からはさらにグッと冷え込む。まさに「戦いすんで日が暮れて」と言う感じ。



うん、このへんの導入(仕込み)いいね。



で、何の話をするかと言うと「玉杯」の話なのである(ほら、ね)。



故あって探しもの。ガラスのキャンディーポットを探していた。食器棚から納戸までひっくり返して。


出てこなかった。


かわりに出てきたのが玉の杯。玉杯。20数年前に台北の市場で買ってそのままになっていたもの。


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使い道はないけどたたずまいは悪くない。


「ああ玉杯に花うけて」というから、花をうけようかと思ったけど「うける」がわからない。じゃ「いけよう」と思ったけど、先週カランコエを枯らして以来わが家には花がない。万策尽きた(早い)。


何に使ったらいいのかな、色的には赤ワインかな。


いわゆる「夜光杯」も玉杯の一種。鉱物の種類がちょっと違うだけ。当然、もっと稀少なもの。シルクロード方面のお土産でよく見かける(らしい)。


葡萄美酒夜光杯

欲飲琵琶馬上催

酔臥沙上君莫笑

古来征戦幾人回

 

 (訳)

葡萄の美酒夜光の杯

飲まんと欲して琵琶馬上に催す

酔いて沙場に臥す君笑ふこと莫かれ

古来征戦幾人か回へる


ご存知、王翰の「涼州詞」である。


「葡萄美酒」、つまり赤ワイン。


こんなの美しい響きの普通話(北京語)で朗々と吟じられたらかっこいいだろうな。NHKの「漢詩紀行」みたい。


そう思いません?



思ったあなたはギャラリービブリオで開講中「中国語いともかんたん教室 Kunitachi」へ。楽しそう。


校長さんのインタビューが印刷会社のサイトにアップされた


「対バン」は瀬戸内寂聴、伊藤元重、船曳建夫、しりあがり寿、幕内秀夫、三上延、小池一夫、北尾トロ、内田樹、益川敏英、C.W.ニコル、田原総一朗、福岡伸一、ほか、各界の大物ぞろい。読み応えあります。



そんなわけで「玉杯発見記念」企画。


ご来店されたお客様、「玉杯で飲ませろ」の合言葉で、いただき物の赤ワインを玉杯で一杯サービス。無くなり次第終了。


って、いかにも空振りしそうな企画だなぁ。






・・・・・・絶賛発売中・・・・・・・・・・・・・・・・


国立限定「俳画カレンダー 平成25年」


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「關敏 小品展〜秋〜」

10月27日(土)〜11月13日(火)11時〜19時(水曜日は休み。最終日は17時)。


国立駅前のギャラリービブリオにて開催。


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2012-11-05 雑誌「ソトコト」に載りました。中国語講座始まりました。

雑誌「ソトコト」に載りました。中国語講座始まりました。

本日発売の雑誌「ソトコト」12月号をご覧ください。139ページにギャラリービブリオと僕が載ってます。


「人乃発声」という特集だか連載だかのトップで1ページまるごと。


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うまいこと撮るなぁ、さすがプロ。僕の後ろに「古本市」の旗がたなびきその下で熱心に携帯の画面に見入る幼馴染の順ちゃんの姿。


リポートも僕のまとまりのない談話をいい話にまとめてくれた。ついつい前職時代の悪癖で「もし広告だったらいくら」と換算してしまう。いかんいかん。



そして今日は、会議室「ビブリオネスト」での「中国語いとも簡単教室」の開講日


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なんか楽しそうだなぁ。時折笑い声も聞こえてきて和やかな雰囲気。一橋大学留学生である女性講師の美しい普通話(北京語)が耳に心地よい。



教室が畳の部屋だと言うのがまた面白く、なごむと思う。


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興味のある方はぜひ無料の体験レッスンからどうぞ。←クリック!!





2012-10-25 告知「中国語いとも簡単教室 in Kunitachi」

告知「中国語いとも簡単教室 in Kunitachi」

まぁ、いろいろある。いろいろあるがお隣さんとして上手に賢く付き合っていくしか選択肢は無い。そしてなにより使う人数が多い。だから使えたほうがいいでしょう。


なにって中国のことである。そして中国語のことである。



これからますます重要になっていくことだけは間違いない。


そこでいよいよ開講です、「中国語いとも簡単教室 in Kunitachi」。


会場はもちろんギャラリービブリオ。毎週月曜日 (4月から金曜日)の夜七時から中国人の女性講師が少人数でしっかり教えてくれます。畳の座敷で中国語教室なんてまぁなんてお洒落。


テキストは『中国語が1週間でいとも簡単に話せるようになる本』(明日香出版社 )というCDブック。


中国語 ←クリック!! 立ち読みもできるよる



月謝は月4回各1時間で6000円と破格。


教室の運営主体は首都圏に11店舗を持つブックスタマ(本部は福生)。だから安心。



興味のある方はこちらから(←クリック)同教室の公式サイトへ。






2012-10-06 ラストエンペラーの弟とその娘

ラストエンペラーの弟とその娘


今日は一日テンションが低かった。理由は疲労。疲れているのだ。



仕事で疲れたのではない。というか僕は仕事をしていない。


テレビである。


昨晩、見てしまったのだ、深夜12時からのNHKアーカイブスを。1時半まで。


自分の体力のなさは自覚しているのでこうなるのはわかっていたんだけど。我慢できなかった。


6年前に放送された「わが父・溥傑 ラストエンペラーの弟 波乱の生涯 」


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ラストエンペラーこと愛新覚羅溥儀を知らない人はいるまい。清朝最後の皇帝にして傀儡国家「満州国」の皇帝だ。その実弟である愛新覚羅溥傑(ふけつ=プージェ)の妻が日本の侯爵家令嬢・嵯峨家の令嬢・嵯峨浩(ひろ)であったことも大抵の人が知っているだろう。


政略結婚でありながら至高の愛と日中友好を貫いたこの二人の生涯を、その娘さんの旧満州への旅の記録とともに追ったドキュメント。6年前の放送時にももちろん見ているのだけど、これは何度でも見たい。


僕はこのご家族の大ファンなのだ。書家でもあった溥傑さんが看板を揮毫したというだけの理由で北京の下町のお湯も出ないような木賃宿に8連泊したり、醤油はヒゲタしか使わなかったり(浩さんの母方の本家である)。


日中関係が微妙なときだけにこの放送は非常に意義があるだろう。僕自身、ここ数ヶ月のともすれば感情的になりがちな前のめりに自制とし自省を促された感じがする。


こういうのを見せてもらうと受信料も惜しくない。祝儀の一つもつけようかとさえ思う(逆に「クイズ ホールド・オン」なんか見せられると、「金返せ」なんてリアルでは口にしたことも無い下品の一つも言いたくなる)。


その娘さんとは、つまり愛新覚羅溥傑・嵯峨浩夫妻の次女、福永コ生(コの字が出ない。女偏に零、「女零」みたいな字。正確には下の本の表紙画像見て)さん。


5歳にして満州国を追われ父はソ連に捕らえられ、母とともに銃弾飛び交う原野を流浪した経験をもつ。


で、この本です。


以前にも紹介したけど、この方の激動の半生を描いたドキュメント。


そうだ、京都に住もう。 ←クリック!!




すごい本です。改めては詳しく申し上げないが蕃茄山人さんがすごくいい書評を書いているのでクリックしてご覧ください



幸運にして番組を見られた方も、不幸にして見逃した方も、さらに新しい情報も入ったこの本をぜひお読みいただきたいのである。「友好」と言うのは簡単(感情的に罵倒するのはもっと簡単)だけど、それを体を張って命がけでなしてきた家族の肖像にぜひ接してもらいたいのである。




そんなわけでちょっと疲れてますが最低限の業務連絡。


林静一展「子どもと本と四季」は9日(火)まで。本展は巡回しません。この週末が最後のチャンス。お急ぎください。


・・・・・ギャラリービブリオ、現在開催中の企画は・・・・



林静一現代児童画展「子どもと本と四季」



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10月9日まで。水曜定休。11時〜19時(最終日は17時)


ギャラリー・ビブリオにて


・・・・・今後の予定は・・・・・・・

2人古本市 ←クリック!!



上京する文学展 ←クリック!!



2012-02-04 「北京故宮博物院200選」(上野・国立博物館)

「北京故宮博物院200選」(上野・国立博物館)

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今日は3時に仕事が上がった後、バスで上野へ。先月行きそこなった「日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展『北京故宮博物院200選』」と言う長い名前の展覧会。


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国宝級の文物がたくさん上陸している。超目玉商品の「清明上河図」の作品展示が1月24日で終了して混雑もこなれたと聞いたのでリベンジ。だってこの前は150分待ちですよ。


見ごたえあったなぁ、いろいろ。僕は「書」というものがほとんどわからないのだけど、今日展示されていた草書の「草書諸上座帖巻」は感動した。デザインとしてすごくいい。


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風呂敷、または手ぬぐいにしたい。


「蛛網擒猿図冊」という絵も面白かった。お猿さんが蜘蛛の巣を突っついてる図柄。


蛛網擒猿図冊


脇に教訓が書いてあって「猿が蜘蛛の巣を壊せばかかっていた虫は助かるが、蜘蛛は飢えて死ぬことになるだろう」。「ジャングル大帝」以来の命題だ。


パノラマの「清明上河図」の公開は終わってしまったけど、この他に「康熙帝南巡図巻」などの大パノラマがたくさん展示されていて楽しい。


ちょっと前のことだが「ヤンヤン歌うスタジオ」と言う番組があった。


D


いやそうじゃなくて、「ヤンヤンいちばにいく」という絵本があった。


ヤンヤンいちばへいく


中国の絵本作家が描いた日中同時発売の絵本だった。江南の朝市の様子がパノラマでダイナミックかつ繊細に描かれていて驚いたが、こういう絵巻物の伝統の下地があるんだなあ、かの国には。


発売当時、蕃茄山人さんがいい書評を書いているのでごらんなさい。


一番見たかったのが、世界史の教科書でもおなじみの「乾隆帝像」。


乾隆帝像


ああ、なんて端正なんだ。皇帝の顔のことを「龍顔」というがまさに「龍顔」。しかも高貴な色である黄色い龍の袍をお召し。この絵の前でしばし佇んでしまったよ。


本当はこの「乾隆帝像」の複製でも買って帰ろうと思ったのだけど、のんびり見すぎて気がついたら5時の閉館時間になっていた。早すぎるだろう。


北京故宮博物院200選」


2月19日まで。たっぷり時間をとってご覧ください。上の「乾隆帝像」をクリックしていただくと、公式サイトに飛びます。



<今日の1句>

龍の年の はじめに龍に 会いに行く


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開催中「石子順造的世界・展」は2月26日まで。

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2012-01-25 本家『流転の王妃』入手

本家『流転の王妃』入手

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僕が満洲好きなのは今まで何度も書いた。特に「ラストエンペラー」周辺。特に皇弟・愛新覚羅溥傑さんと浩さんご夫妻のファン。数年前には竹野内豊・常盤貴子という当代の美男美女でドラマ化された。


その忘れ形見、娘さんの福永コ生さんの人生を描いた本もある。傑作。ドラマ化希望。主演は市川由衣アゲイン。


流転の子 ←クリック!!


この本に関しては蕃茄山人さんが とてもいい書評を書いているからごらんなさい。 ←クリック!!


そして数多い関連書の座標軸ともなっているのがこの本。浩夫人の自伝だ。


愛新覚羅(嵯峨)浩著『流転の王妃の昭和史』


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僕なども何度読んだことか。


でも実はこの本には底本がある。


昭和34年に文藝春秋新社から出てベストセラーになった。『流転の王妃 満洲宮廷の悲劇』。船越栄二、京マチコという当時の美男美女で映画化もされた。


ずいぶん後の『流転の王妃の昭和史』とは内容が違うというのは聞いていた。なにしろ昭和34年。もちろん溥傑さんとの再会を果たす前。長女の慧生さんの自殺(天城山心中)のたった2年後だ。



そんなわけでずっと欲しかったわけである。消極的ながら長年探していた。50年以上前の本だけど、映画化されたほどのベストセラーだからあるはずだと。


某アメージング通販サイトの中古本で出ないことはないけど、5,866円から。ちょっと手が出ませんや。 ←クリック!!



そうしたら今日、ふと立ち寄った高田の馬場の古書店で発見。


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表紙は梅原の「紫禁城図」。「転」の字が旧字だ。


初版。僕は初版マニアではないのでそれはどうでもいいのだけど。価格はほぼワンコイン。もちろん即、買い。逆に安すぎちょっとムツとしてしまった。



でも帰って「日本の古本屋」で調べたら700円だった。


ちょっとだけ安かったのかな。



まぁ値段はどうでもいい。長年探していた本に出合えて嬉しい。大事に読もう。



<今日の1句>

流転経て わが手に入りし 冬の花


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2011-09-26 ラスト・エンペラーの姪の半生

ラスト・エンペラーの姪の半生

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ラストエンペラーこと愛新覚羅溥儀を知らない人はいるまい。清朝最後の皇帝にして傀儡国家「満州国」の皇帝だ。その実弟である愛新覚羅溥傑(ふけつ=プージェ)の妻が日本の侯爵家令嬢・嵯峨家の令嬢・嵯峨浩(ひろ)であったことも大抵の人が知っているだろう。

その愛新覚羅溥傑・嵯峨浩夫妻の次女、コ生(コの字が出ない。女偏に零、「女零」みたいな字。正確には表紙画像見て)さん。この人の激動の半生を描いたドキュメントがこの本だ。


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『流転の子 最後の皇女・愛新覚羅【コ】生』(中央公論新社刊、2,200円)


激動である。父は満州国皇弟、母は日本の侯爵家令嬢。政略的結婚でありながら最後まで至高の愛で添い遂げた伝説の夫婦(それは後の話だが)で、今も日中に多くのファンを持つ。かくいう僕もそうで、書家でもあった溥傑さんが看板を揮毫したというだけの理由で北京のお湯も出ないような木賃宿に8連泊したり、醤油はヒゲタしか使わなかったり(浩さんの母方の本家である)。


そんな二人の娘として生まれたが、5歳にして日本の敗戦、すなわち満州国の瓦解。国賊として追われながら母とともに広大な中国大陸を逃亡流浪した1年半。命からがら引き揚げてくるも、その後の姉の不幸な早世(心中)、プロレタリア文革による父への激烈な迫害、と日中の激動の歴史に翻弄された半生はまさしく激動。


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先週、書評のメルマガ配信されました。


読書の秋に入りました。ぜひちょっと重めの本をじっくり読んで見ましょう。



<今日の1句>


持ち重り 嬉しき秋の 読書かな


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2011-05-29 「中国市場」を通して「富と繁栄」を考える。

「中国市場」を通して「富と繁栄」を考える。


いろいろと将来についての不安は尽きない。健康のこと、そして年金問題を含むお金のこと。自分と自分の家族は自分で守らなければない。


そこで今日は話題の「中国市場」について考えてみたい。金の話である。「金」は「カネ」と読んでくれてもいい。「マネー」と読んでくれてもいい。さらには「キン」と読んでくれてもいい。


立川の特殊デパート「フロム中武」 。ダサカッコイイ街、立川を象徴するデパートだ。


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テイストはあくまでダサカッコイイ。チープでプア。都会的、都心的なものに敢えて背を向け目をそらすその生き様はすがすがしい。最新のキャッチフレーズは「立川HOLIC!!」。


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駅ビルのグランデュオには先日まで「立川中華街」なる不可思議なフロアがあった。陳建一の店をはじめとする中国料理店が集まり関帝廟まであった。この春、惜しまれつつ(かどうかはわからないけど)、その歴史に幕を閉じた。


おやおやと思っていたら、件の「フロム中武」に出来たのだ、中国雑貨と中国食品の店が。


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中国市場 ( ちゅうごくいちば ) 」なるそのお店で早速、若干のお菓子や雑貨を購入したわけであるが、、そうしたらお店の人が「開店記念品です」と言って、お目出度いデザインの小箱をくれたのでよろこんで持って帰った。

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帰って開けてみたら陶製の「ブタの貯金箱」だった。陶製のブタの貯金箱なんてのは珍しくないが、さすが中国におけるブタはその多産から「富と繁栄」の象徴である。全身キンピカというお目出度さ。


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しかもこの不敵な表情。

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それにしても貯金箱は嬉しい。500円玉で10万円くらいは貯められるんじゃないか、と早速一枚入れようと思ったら入らない。穴が小さい。


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ま、中国に500円玉はないものな、しょうがないよ。じゃ100円玉で、と試したが入らない。次々と試したが結局、一円玉すら入らない。

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だめじゃん。



落胆する僕を冷笑するこの邪悪な表情。

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ま、お金が余りすぎて困っている僕には

最適な貯金箱と言えよう。いいものをもらった。



それにしても、である。お金を入れられないからお金がたまることはない。お金がたまらないから割られる心配がない。


「役に立たないこと」で己が身を守るなんて

僕にぴったり。いいものをもらった。



あ、またも不敵に笑った。


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<今日の一句>


梅雨荒れの 市場に光る 金の雨


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2011-04-18 「青」と「赤」、どちらが勝つか

「青」と「赤」、どちらが勝つか


暖かな一日。でも一枚羽織るものが欲しい。かと言っていつもの銀色のバズジャンパーがうまくないのは昨日書いた通り。


そんなわけで件の銀色のジャンパーは封印。かわりにブラックサテンのドラゴンジャンパーを引っ張り出してみた。


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袖の部分までドラゴンの刺繍。これなら選挙スタッフに間違えられる心配は無い。いやチンパンの選挙ならありえるかも。


チンパンといってもバヤリースではない。


チンパン=青幇。清末の秘密結社。チャイナマフィアの元祖。紅幇(ほんぱん)のライバル。「青」と「紅」、どっちが強かったかと言うと青幇の方が圧倒的に強かった、と思う。



いやそんなことはどうでもよくて、このドラゴンジャンパーなら選挙スタッフに間違えられる心配は無い、というただそれだけの話である。チャイナマフィアの選挙ならともかく、と。


しかも写真を良く見ると背中に「KOREA」と刺繍してある。そうだ、これ、10年近く前に長男・虎太郎(仮名・当時は中1)と行った、ソウルの梨泰院(イテウォン。東京で言う六本木と福生の中間のような繁華街)でかったのだった。全然チャイナじゃないし。


これを着ていったのはいつもの多摩スポ。帰りは東回りで帰った。昼ごはん用に、東坂下商店会の八百銀さんでお惣菜を買った。炊飯器をセットして家を出たのでね。


炒豆腐とかぼちゃ煮とサツマイモのレモン煮。画像は下。


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いやこちらの方がいいかな。


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やはりバックに青(紺)のジャージを敷いたのより、赤いジャージを敷いた方が美味しそうに見えるね。


「食べ物の写真の背景は暖色にすべし」



広島は福山市の書店・萬生堂のご主人、重政さんの受け売りなんですけどね。


だからこちらは赤(=紅)の勝ち。


もちろん八百屋さんの作るお惣菜ですから、どれも最高に美味しいですよ。




<今日の一句>


春暖に 誘われ惣菜 買ひにけり


?

2010-11-07 続々々々々・リカバリ勝負服(Tシャツ)コレクション(最終回)

続々々々々・リカバリ勝負服(Tシャツ)コレクション(最終回)

もう寒いので、半袖も終わりかな。


「人民中国」Tシャツ。


2年前、長男・虎太郎と行った北京で購入。北京中、いや中国中で売っている。


したがって、稀少度はゼロ。推定生産数十三億くらいか。



いやもちろん着ているのは観光客(主に欧米系)で、地元の人は着ないけどね。




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2010-09-11 「【「チャーズ」について】 中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女」

「【「チャーズ」について】 中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女」

2週連続で「芸術小ホール」へ。今日は落語じゃなくて、平和都市宣言10周年記念事業 「戦争体験を聞くつどい12」。演題は「【「チャーズ」について】 中国革命戦をくぐり抜けた日本人少女」。

地元で国立の市民と市(市民協働推進課) が協働で実施している平和事業「ピースくにたち」の主催。


講師の遠藤誉(69歳)さんは、名著「チャーズ」の著者である。国立市在住で元・一橋大学教授。「チャーズ」。実際は漢字だけど出ない特殊な文字なのでかなで書いた。実際はこんな字。

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以下、やむを得ずカタカナで表記する。


僕もずいぶん前に読んで、忘れられない本なので、このイベントを知ってすぐに申し込んだ。当初は市役所の会議室で催されるはずのイベントだったのだけど、希望者が殺到して国立で一番広い芸小ホールのメインホールでの開催となった。


「チャーズ」の舞台は終戦直後の旧満州・長春で実際に遠藤さんの身におきた凄絶な体験である。


昭和20年、中国国民党軍の支配下にあった長春を、中国共産党八路軍が包囲して兵糧攻めにした。当然、居留民は飢餓に瀕し脱出を計ったがそれは困難を極めた。ようやく国民党の元を離れても、八路軍に行く手を阻まれ軍事境界線の狭い緩衝地帯(チャーズ)に閉じ込められ、更なる飢餓地獄となった。人が人を食う世界。次々と死んでいく兄弟たち。自分が助かるために同胞を売る日本人・・・。


そして天津に命からがら逃れたあとも「日本鬼子」と指弾される過酷な日々。

衝撃だったなぁ。もちろん本では読んでいたのだけど、実際に体験したした方から聞くとやはり迫力が違う。


「チャーズ」。その存在を八路軍の直系たる中国政府は認めていないのだという。13万人とも16万人とも、さらには60万人とも言われる餓死者を出したチャーズを。


戦争の愚かしさ、怖さ、とともに「国家」というものの恐ろしさを改めて考えてしまった。



そして今日、9月11日は奇しくも遠藤さんが50余年前、中国から舞鶴港に着いた日だという。


時折、美しい発音の中国語(北京話)を交えながら後援する遠藤さん。これだけひどい目にあいながらも、こよなく中国の大地を愛し、留学生をサポートする活動を続けておられると言う。


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2010-05-03 横浜中華街へ

横浜中華街へ

毎年、この日に読み返す文章がある。

それは、故・山口瞳先生の「卑怯者の弁」



今日もそれを読んだあと、家族で横浜へ。中華街に遊びに行ったのだ。子どもたちももう親と出かける年齢でもないが、サークルの用事がある長男・虎太郎(仮名・20歳)以外はついてきた。

中華街には、八王子経由で行くのが一番早い。八王子から横浜線、それも根岸線直通の大船行きを選んで乗ると、乗換えは一回だけで済む。意外と近い。


横浜の中華街。言わずと知れた「世界一のチャイナ・タウン」である。


中華街に行ったら、まずは官邸病、じゃなかった関帝廟。信義の神・関羽を祀ったお堂で中国では広く信仰を集めている。

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この豪壮な堂宇を見よ。

もっとも横浜の関帝廟がこんなに立派になったのは、ほんの十数年前。以前は、中華学院の校庭の隅の、モルタルのちょっと倉庫みたいな建物の奥のほうに三つ祭壇が並んでいるだけだった。もちろん観光客なんてほとんどいなかった。地元の華僑の人たちが、静かに信仰していた。

それが火事で焼けちゃって、寄付を募って今のような立派なものが出来た。寄付を集めている最中は、寄付をしている人の名前が張り出されていた。この辺は、日本の神社と同じ。そのトップが「シ余阿玉(と・あぎょく)だった。

いまや観光名所であり、なおかつランド・マークである。浅草における観音様、神楽坂における毘沙門様のような存在になっている。成功したんだなぁ(しみじみ)。

立派になった関帝廟で、僕も500円を払ってしっかり参拝。中国式の太い線香を供える。

ふと中華学院の庭を見ると獅子舞と龍舞の支度中。もしかして・・・・。


お土産屋さんを冷やかしたりしている間に、人が多くなってきた。行列はかなわん。うちの家族は全員、並ぶことに娯楽を見出す才能に欠けている。


とりあえず、手近なレストランに入ろう。

ここにしよう。芸能人のサイン色紙が貼ってある。


芸能人のサイン色紙が貼ってある店を避ける人がいるが、僕は逆。純情で気さくでいいじゃないですか。純情で気さくな人が作る料理が不味いはずかがない。


初めて入った、市場通りの「彩鳳」というお店。上海料理だったのかな。期待通りに美味しかった。


食後は山下公園へ。本日開催の「ザ・よこはまパレード」のスタート地点なのだ。僕はパレード見物が好きなのだ。

だけどものすごい混雑で、ちょっとだけ見て撤退。


サンバはすごい迫力。羽根飾りをつけたセクシーな衣装の踊り子さんを先頭に、打楽器隊が続く。陽気。

だけど・・・。古いことを言うようだが、いくらお祭りとはいえ、若い娘が昼日中<公衆の面前で「尻っぺた」を出して踊り狂うと言うのはなんとも・・・・、結構でございますな、どうも。気分が若返ります。


ボランティア・スタッフの人に配られていた参加団体リストの中に「横浜華僑総会(獅子舞・龍舞)」の文字。まさしく真打なので、登場はだいぶ後半らしい。残念、今年はパス。


人ごみを避けて赤レンガ倉庫へ。でもこういう建物は一橋大学の「兼松講堂」で見慣れているから、別に珍しくない。


パレードにぶつからないように迂回して再び中華街に。午後になりますますの大混雑。歩くのもままならないほど。そんな混雑なのに犬を連れている人がいる。へたすりゃ動物虐待になるから、別の道を選んだほうがいいだろう。


中華街大通りで、お土産をいろいろ買う。もちろんズッシリ重い月餅や肉まんもも。なぜかインド製の麻のエコバッグも。

なにしろ世界一のチャイナ・タウンである。なんでもある。

僕も中国は大好きで、北京、上海はもちろんのこと、瀋陽、大連、撫順、天津、蘇州、広州、ついでに香港、台湾といろいろ旅してきた。それでもなかなか目に付かないようなものが、ここ横浜にはあるのだ。


長女・花子(仮名・高2)が買ったのがブルース・リーのシールと人民帽。次男・三吉(仮名・中2)が買ったのが、下の画像の木製の太刀。

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多分、太極拳の演舞に使う物だと思うのだけど、刃渡りが約80センチと立派。しかもデザインがゲームの「真・三国無双」の中で、魏の勇将「夏候惇元譲」が振り回す名刀「滅麒麟牙」にそっくりだそうで、三吉先生大興奮だった。


いや、それにしても凄い人出だった。僕が初めて中華街に来たのは高校の頃。だから30数年前か。その頃は、日曜日に大きなバイクで来て、中華街大通りの道端にバイクを止めて食事をしても平気だったよなぁ。いつからこんなに込むようになったんだろう。知恵者がいるんだなぁ。




は5月14日(金)から!!

幻燈展 ←クリック!!


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2009-09-23 池袋陽光城

池袋陽光城

城郭好きの人は多い。落語家で言うと春風亭昇太師匠。お城好きで有名である。


かく言う僕もお城は結構見てるし登っている。かつて出張族だったころにずいぶんね。ほとんどの県庁所在地には行っているし、そこには大抵お城がある。


でも、今回のお城は特にユニークだった。それは「池袋陽光城」

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演芸場のほど近くにある「在日中国人による在日中国人のためのお店」。前から存在は知っていたけど、たまたま当日の朝日新聞のローカル欄に載っていたので行ってみようと思ったのだ。

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池袋西口に広がりつつある在日華僑コミュニティーの中心となっている店だ。

横浜中華街は良くも悪くも観光地。立川中華街は悪い冗談でしかない。ここは「生活」の場だ(もちろん、それぞれに良さがある。僕は観光地も好きだし、悪い冗談も大好きだ)。細長い建物の中には食料品とともに食堂もある。ネイル・サロンもある。

夕食にはちょっと早かったので、爪の手入れをしてもらった。うそ、中華食品をアレコレ買って来た。

中華カリントの「麻花児(まぁふぁるぅ)」、アヒルの卵の「皮蛋(ぴーたん)」、大好物の胡桃の缶詰(中学一年の時に読んだ山本有三の戯曲「海彦山彦」に胡桃を食べるシーンがあって、それがやけに美味そうで西友に走り、それ以来の大好物。高カロリーがうらめしい)、そして月餅(げっぺい)。

この月餅、買った時は気づかなかったけど、帰ったらアレレ。

パッケージには「どら焼き」と書いてあった。

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そして裏には「要冷蔵」と。常温で店先に積んでありましたけど・・・。まぁ美味しかったから文句は無い。


片言の日本語の店員さんからこまごまといろいろ買って池袋駅へ。


入ってきた列車は山手線開業100年記念のラッピング車両。明治チョコレートとのタイアップで、チョコレート色の電車を再現していた。

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懐かしい・・・。いやもちろんチョコレート色の山手線なんて知らない。「丸いミドリ」が山手線である。

僕が懐かしがったのはチョコレート色の南武線。僕が中学の頃までは南武線はチョコレート色だったんだよね。なんてことを思い出していたら、気がついたらキオスクでチョコレートを買っているから不思議だ。

ああ、高カロリーな逢魔が時であった。

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2009-07-31 瀋陽、右往左往<45> 最終話 中国、これでいいのだ。

瀋陽、右往左往<45> 最終話 中国、これでいいのだ。


・・・・・5月5日(4日目)の旅日記<2>・・・・・・

あとはもう帰るのみ。ホテルのロビーでガイドの張さんに拾われワゴン車へ。高橋さんと三日ぶりの再会。車中ではお互いの戦果など話し合う。


満洲特急・あじあ号との遭遇の一件を話すと、ガイドの張さんの目がきらりと光った。メモと地図を取り出して逆取材。張さんも詳しい場所は知らないという。


瀋陽桃仙空港はこじんまりとしたきれいな空港。チェックインしてゲート内に放り込まれる。パスポートの写真も今度はノーチェック。どこへでも行くがよい、という姿勢がわかりやすくてよい。


もう後はお土産を買うくらいしかすることはない。


とりあえず「押さえ」でパンダチョコレートを買う。中国って言えばパンダだからね。

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パンダといえば白と黒と熊。チョコレートでは表現しやすい動物の一つだよね。しかし・・・帰国して箱を開けてビックリ。


白と黒は合ってる。でも僕の知ってるパンダとはちょっと違う。

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パンダというよりタヌキ。タヌキというより「怪傑ゾロリ」のイシシとノシシ(と言ってもわかる人はほとんどおるまいが)。


まーなんというか、不細工で可愛くない(しかも不味い。帰国してから知ることだけど)

国の玄関口である国際空港で、国のシンボルであるパンダがこのていたらくでいいのか!? 

多分いいのだと思う。よくわからないけど。とにかく懐が深いのだ、中国と言う国は。すべて「無問題」。日本語で言うと、


「これでいいのだ」


バカボンのパパの至高の哲学も、赤塚氏が満洲出身であるのと無関係ではないように思う。


そんなことを考えながら、土産物売場をウロウロしていたら、中年の女性服務員が「得たり」と言う顔をして近づいてきて、耳元で囁いてきた。


「バイアグラ、ね?」


違うっ!! そんなもの探してないよ!!



なんだかんだで、これで瀋陽の旅も終わり。

8時半には無事飛び立ち、昼過ぎに成田に着いて、自宅には3時に着いた。三泊四日とは言え、初日は着いたら夕方で最終日は早朝出発。実質は2日間の短か旅だった。それなのに45回も書いてしまった。おつき合いいただいて、本当にありがとうございました。


帰った当初はもう中国は当分いいやと思った。明日はもう8月。旅から数えて3ヶ月近く経つ。早くもまた行きたくなってくるんだなぁ。当分いけないけどね。


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2009-07-18 瀋陽、右往左往<44> 瀋陽のマクドナルド

瀋陽、右往左往<44> 瀋陽のマクドナルド


・・・・・5月5日(4日目)の旅日記<1>・・・・・・

最終日である。フライトが8時30分とやたら早いので、今日はただ帰るだけだ。ガイドの張さんは6時にフロントに迎えに来ると言う。それまでに朝食にしないと。


選択肢としては、

一、コンビニで前の晩のうちにパンかカップラーメンを買っておいて部屋で食べる。

二、ホテルの近くに24時間営業を謳った定食屋があったのでそこにする。

三、マクドナルドに行く。


相談の結果は「三案」、旅の間に何度も見かけながらも一度も行かなかったマクドナルドにした。

荷造りは前の晩のうちに完璧にやってある。5時20分にホテルを出る。


ホテルから早足で7分、太原街の伊勢丹の向かいのマックが終夜営業なのはリサーチ済みだ。

入口は1階だけど店は2階にある。客は僕たちだけ。テーブルに突っ伏して寝ている男がいたけど客じゃなくてメンテマンだった。

店員さんも寝ぼけ眼。それでもちゃんとエッグマフィンを作ってくれた。味は東京と同じ。「ところ変われば品かわる」って言うけど、ファーストフードの店だけは万国共通だなぁ。ついでながら味だけじゃなくて、値段も東京とほぼ同じ。高ぇ!! 


三吉も眠くてテンションが上がらない。それでもあっという間に食べ終えた。


来る時には気づかなかったことに帰りに気がついた。それは中2階のテーブル。そこには平沼赳夫似のオヤジが・・・、なんてことはなくて、そのテーブルのデザイン。なんだ、このお洒落な模様は!?

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って、これ、ダイヤモンドゲームじゃない? 隣は中国将棋。しかも壁には「棋趣楽園」と書いてある。


碁会所かい?


客回転数を重んじるマックで、縁台将棋で客が滞留する碁会所とは。ところ変われば品かわる、だなぁ。


      

        ( つ づ く )次回、最終回。多分。

2009-07-17 瀋陽、右往左往<43>小さい土の豆は美しい

瀋陽、右往左往<43> 小さい土の豆は美しい


・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<17>・・・・・・

さて、瀋陽の旅、最後の晩餐である。あっという間である。たった3泊4日だからね。たった3泊4日の旅日記を40回以上の連載にしちゃいけませんな、反省。いやはやお退屈さまでありました。


さて、向ったのはホテルからタクシーで7分の「小土豆美食」。

「土豆」とはジャガイモのこと。ジャガイモ料理を中心としたレストランだ。

店に入ると、赤いチャイナドレスのティーンエイジゃーの服務員さんが、声を合わせて挨拶してくれる。可愛い。当たり前だけど、中国人の女の子はチャイナドレスがよく似合う。とりわけ東北三省の女の子は。当たり前だけど。

奥には立派な関羽像。

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入口近くの席に案内された。


けっこうキツキツにテーブルがセットされていて、隣のテーブルともかなり接近している。僕の背中はほとんど隣のテーブルに密着し、隣のおやじの背中はほとんどうちのてーぶるに密着する。当然、僕とおやじも「斜めに差し向かい」になる。ちょっと照れくさいぜ。

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この店の特長として「サンプル展示」がある。店内のディスプレー棚にサンプル(実物)が置いてある。それを指差して注文できるので便利。

たとえばこの「宮保魚善(「魚善」で一つの字。タウナギのこと)」。食材ではこんなの。

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調理するとこんな感じ。

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「朝洲香芋酪」の食材はこんな感じ。これを油で揚げるは容易に想像できる。

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あと、小さなジャガイモと青菜の煮物を食べた。

どれも美味しい。しかし・・・。量、多すぎ。半分以上残してしまった。


惜しかったのが上の「朝洲香芋酪」。これが塩でもかかっていれば美味しいと思うのだけど、なぜか色とりどりのチョコスプレーがかかっている。惜しい。塩気があればまだいけるぜ。

こういうときに遠慮は不要。そばにいたフロア・チーフらしき青年に、片言とジェスチャーで塩を持ってくるように言ったら、「得たり」とばかりにニッコリして厨房に走っていったが、そのまま戻ってこなかった。どこに消えた。


もう一つ惜しかったのがビール。ビールを注文したらリストを持ってきた(お、本格的)。でも中国語なので読めやしない。あてずっぽうで一番高いのを注文したら・・・、ノンアルコール・ビールだった。よく見たら「無醇」と書いてある。

正確には「無」でなくて、

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の字を書く。ちなみに「撫順」も、

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と書く。だから、「瀋陽→撫順」なども、現地では、

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と書く。知らなけりゃ絶対読めない。


ノンアルコールビールは味気なかったが、最後の晩餐はなかなか美味しかった。値段はちょっと高くて、二人で103元。約1700円。なかなか手が込んだ料理だったからね。一日目の「馬家焼麦」で大量の焼売、2日目の「老辺餃子」で大量の餃子、と比べれば、かなり差がつくのも理解できる。


でも、どの店にもう一回行きたいかと問われたら、「馬家焼麦」と「老辺餃子」で迷うだろうな、僕は。

 

  ( つ づ く )

2009-07-13 瀋陽、右往左往<41> 猪飼野の勝ち!!

 瀋陽、右往左往<41> 猪飼野の勝ち!!

・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<16>・・・・・・

そういうわけで、西塔(シータ)に行くことにしたわけであ。シータと言っても飛行石を持った謎の少女がいるわけではない。それはもう前回言った。

ツレに敬意を表しての訪問である。


瀋陽は間に丹東市をはさむだけで、北朝鮮と至近の都市だ。歴史的にも地理的にも。だから朝鮮族の人も多い。この旅日記にも書いた、お隣の撫順の犬料理店の繁盛振りなどもそれと無関係ではないだろう。

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これからいく西塔は、瀋陽の中でも特に朝鮮族の人が多いエリアだ。北系、南系両方いるそうだ。中国文化とは別の文化コミュニティがあるという。


つまり、「韓流の町」なのである。だから、ツレに敬意を表しての訪問。ちょっと強引である。普通に言えば「コリアン・タウン」なのかな。


こちらで買った「瀋陽旅遊地図」に載っている「朝鮮族百貨大楼」がランドマーク。それが見え始めたあたりから街の雰囲気は変わる。胸にハングルの縫い取りのあるジャージ姿の女学生の一団とかがいる。商店からは朝鮮の音楽が聞こえる。


「朝鮮族百貨大楼」は大楼というほどのことも無い5階建ての小規模のデパートだった。それほど珍しいものは無かったかな。


あっ、そうだ。前回は「ただみの日本食」の話で終わったんだったよね。

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「朝鮮族百貨大楼」のエレベーターはちょっと変わっていてね、両側のドアが開くの。最近、駅のエレベーターなんかにあるタイプ。2〜5階は内側が開くのだけど、1階は外側が開く。だから気づくと店の外に吐き出される。


そこで見つけたのがこの店である。

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「大全」ですよ「大全」。大きく出るなぁ、屋台店なのに。そそられるなぁ。


でこの写真、撮ったときは気がつかなかったんだけど、先日、ふと左上の黒いところを拡大したら、「ただみの日本料理」という謎の文字を見つけたのだ。日本料理店があったとは気がつかなかった。


さらに進んだところが、西塔のメインストリートだ。

でも・・・。レストランやクラブみたいなのは多かったけど、魅力は感じなかったかなぁ。ドアを閉じても隙間から猥雑なパワーが弾み出てくるような、そんな感じを期待して行ったのだけど、肩すかしだった。


比べてもしょうがないけど、これなら・・・・、


「猪飼野の勝ち!!」


「新大久保の勝ち!!」


あわよくば、西塔をぶらぶらしたあとプルコギで夕食、なんて考えていたのだけど、変更。一回、ホテルに戻って仕切りなおすことにした。


というわけで、振り向きもせずに西塔を後にしたわけであるが、僕の中では一つの確信があった。多分、間違いないと思う。それは・・・。


日が高いうちに子どもづれで来る街じゃない。


ということだった。


 ( つ づ く )  嗚呼、旅の終わりも近い。

2009-07-11 瀋陽、右往左往<40> 黄河南大街で見たいろいろなもの

瀋陽、右往左往<40> 黄河南大街で見たいろいろなもの

・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<15>・・・・・・

さて、と・・・。どこに行こうか。時刻は夕方にかかり、そう遠出は出来ない。名所旧跡、資料館の類はそろそろ閉館の時間だ。


そうだ、西塔(シータ)に行こう。シータと言っても飛行石を持った謎の少女がいるわけではない。まぁ、なんというか、ツレに敬意を表しての訪問である(いや、別にツレがシータだというわけじゃない。謎じゃないし少女じゃないし)。


約3キロと距離が微妙だし、今日は随分とタクシーに乗っちゃったから歩いていこう。

黄河南大街を南下する。


やっぱり歩きはいいね。3キロはタクシーだとあっという間だけど、歩きだといろいろなものを発見できる。


巨大な6階建ての巨大な家具店には、新興の富裕層の旺盛な消費意欲を見せてもらった。

一方途中でトイレを借りに入った私立病院のトイレの衛生状態は今ひとつだった。


瀋陽でも撫順でもよく見かけたのが、リヤカー。いやリヤカーじゃないな、いわば「フロントカー」。自転車の前にリヤカーがついているの。これでちゃんと曲がれるのかなぁと心配するのだけど、高速走行でも見事なコーナリングを見せる。

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あとよく見かけたのが「覆面おばさん」。瀋陽は黄砂が多い。だから、頭からスケスケのスカーフをかぶって自転車やバイクに乗っているおばさんがたくさんいるのだ。

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最初はギョッとしたけどじきに馴れた。

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黄砂が顔にかかるのは老若男女共通のはずだが、「覆面おじさん」も「覆面少女」もいない。いるのは「覆面おばさん」のみである。不思議だ。


覆面と言えばこんな覆面もあった。スカーフじゃなくて木の箱の覆面。そしてそこには鋭利な剣が突き刺さっている・・・。

交差点の広場で通行人に芸を披露する角兵衛獅子の少年少女。

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「ただ見はお断りだよ」と咎められてしまった(もちろんちゃんとお支払いしました)。


「ただみ」と言えばこんなのもあったんだけど、それはまた次回。

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( つ づ く )

2009-07-09 瀋陽、右往左往<39> 皇姑の秘宝探し

瀋陽、右往左往<39> 皇姑の秘宝探し


・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<14>・・・・・・


「張氏帥府博物館」、建物の写真が見つかった。携帯電話の中に入ってた。

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真ん中の青服の男、立ち○ョンではない。園丁が花壇に水をやっているのである。


さて、そういうわけで「張氏帥府博物館」で秘宝の数々を見たわけである。この勢いで、何か中国っぽいお宝を見たいね。ついでにお土産でも買えれば。僕は消費意欲が薄いので、意識してないと、ついお土産を忘れてしまうのだ。


ガイドブックを見たらいいお店があった。


「瀋陽友誼工藝美術有限公司」


高級お土産屋さんだな。こういうところは見るだけでも楽しいんだ。買えなくてもお宝を見るのは楽しい。

場所は?

「皇姑区」

皇の姑かぁ。そりゃまた秘宝探しにふさわしい地名だなぁ。でも地図で見たらちょっと遠い。タクシーで行こう。


タクシー代は20元。約320円。結構乗った。


大通り沿いにあるその店の重い扉を開けると、かなり広い。200坪くらいありそう。客はまばら。中国のお店らしく、店員さんがたくさんいる。一斉に僕らに視線が集まる。視線に肩が重い。


店内にはヒスイや玉の細工物や琥珀の工芸品などが並ぶ。数万元、つまり数十万円のお土産物品のオンパレードだ。

三吉は値札のゼロを数えては、「ヒェー!!」などと絶叫している。店内を小走りに巡っては、「とおちゃん、こっちにすげぇ高いやつがある!!」などと興奮している。


一人の店員さんがマン・ツー・マンでついて回る。ちょっと商品を手に取ると、すかさず流暢な日本語で詳しく説明してくれる。いや、そんな、冷やかしですから・・・・。


僕らが入ってきたときにいた数人のお客(もちろん日本人)が一斉にいなくなった。同じ団体だったようだ。というかこの店自体が、団体さんが放り込まれる店のようだ。


店員さんが聞いてきた。

「お客様はどのバスですか?」

いや僕たちは歩いてきました(ほんとはタクシーだけど)。


店員さんの相貌に失望の影が差す。そしてしばらくしたら、小さな声で囁いてきた。


「このお店はとても高いです。同じものがその辺のお店で半分くらいで買えます」


親切で言ってくれたのか、「貧乏人はモノを壊す前に他の店に行け」という意味なのかは未だにわからない。でもそろそろ潮時なのだけは間違いない。



僕は、玉を彫刻して作った白菜の値札を見て「ギャオーー!!」などと吼えている三吉を促して、店の外に出た。そう、「その辺のお店」に行こう、と。


 

 ( つ づ く )

2009-07-08 瀋陽、右往左往<38>「張氏帥府博物館」秘宝巡り

瀋陽、右往左往<38>「張氏帥府博物館」秘宝巡り

・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<13>・・・・・・

 そういうわけでやってきた「張氏帥府博物館」。つまりは張さんのお家である。瀋陽で張さんといえば、言わずと知れた張作霖・張学良父子だ。

 この親子については説明しない。長くなるから。


 でも、一言ずつだけ。

張作霖(1875〜1829)は軍閥政治家で、満州の統治者であった。北洋軍閥の流れを汲む奉天派の総帥だったが、関東軍の参謀・河本大作によって列車ごと爆殺された。

張学良(1901〜2001)はその長男。父の跡を継いだがその後の戦争、国共内戦などに翻弄され、後半生を台湾で軟禁されて過ごした。最晩年に釈放されてハワイに隠棲。100歳の天寿を全うした。


 ここ「張氏帥府博物館」は張作霖・張学良の官邸および私邸であった建物を利用した博物館だ。張ファミリーを巡る貴重な文物が展示されている。


入口の広場にスックと立つ学良のブロンズ像

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国共合作を成功させた歴史的会見を再現した蝋人形

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このイケメンは周恩来である。

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執務室には虎の剥製。こういっちゃなんだが、趣味が悪い。

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晩年はUMBROのジャージがお気に入りだったらしい。

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 とまぁ、こういうものばっかり撮ってきてしまったわけだが、メインは手入れの行き届いた美しい庭園や、豪奢な西洋館、宮殿とも思える中国式お屋敷などで、いろいろと見所は多い。

あいにく写真を撮りそこなってしまったが。



そうそう、これも貴重。張作霖が護身用に持ち歩いていたピストルである。

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うそ。 土産物売場のピストル型ライターである。


 こんな見所豊富な「張氏帥府博物館」の入場料は50元。800円。ご当地の物価を考えるとちょっと高目かなぁ。でも、まとまりの無さが味わい深くて面白かったなぁ、ちょつと「秘宝館」みたいで。「秘宝館」に行ったことは無いけど。


 ( つ づ く )

2009-07-07 瀋陽、右往左往<37> 右往左往で張さんのウチへ

瀋陽、右往左往<37> 右往左往で張さんのウチへ

・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<13>・・・・・・

そういうわけで、ホテルの前からタクシーに乗る、予定だった。でも行き先を告げると拒否。


そうそう、瀋陽のタクシーは流しを捕まえるしかない。上海でも北京でも五つ星クラスのホテルの前には、車寄せのところに必ずタクシーがいたのだけど、ここ瀋陽にはそんなことはない。路上で捕まえる。


で、ホテル前で拾ったタクシーに行き先を告げると、目の前で手を振って拒否されたのだ。

では仕方が無い、お向いに行こう。向かいが瀋陽医大病院なので、客待ちのタクシーがたくさんいるのだ。

病人や怪我人に混ざって列に並ぶ。

2台に拒否されて、3台目にやっと乗せてもらえた。拒否の理由は未だににわからない。


行き先は「張氏帥府博物館」。場所はなんと、この日の午前に行った「故宮」のすぐそばである。真南にあたりその距離たったの300メートル。グリコ一粒で行ける距離だ。

下図はご参照いただきたい。「故宮」を示す矢印の、頭のあたりが「張氏帥府博物館」だ。

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つまり朝の9時前に、瀋陽駅近くのホテルを出てタクシーに乗り、東に向かい、故宮へ。1時間ほど見学して、タクシーで一気に西に進んで「鉄西」へ。鉄西の蒸気機関車博物館をを見学した後、バスで東に1時間、瀋陽駅近くの牛肉ヌードルで昼食。そこからさらに東の「張氏帥府博物館」。

故宮の南、300メートルである。グリコ一粒である(しつこい)。先にこの「張氏帥府博物館」に行けば、無駄も無いのに、意味無く西へ東へ動いている。まさに東奔西走。いやそんないいものじゃないな、「右往左往」だ。いかに無計画に動いているのかがよくわかる。


そんな効率悪い動き方をして辿り着いたここは、「張氏帥府博物館」。つまりは張さんのお家の跡である。

そして、その張さんとは誰か。それは次回のお楽しみ。って、旧・満洲で「張さん」っていえば大体見当がついちゃうかな。

   ( つ づ く )

ちなみにタクシー代は11元、約180円でした。

2009-07-06 瀋陽、右往左往<36> 先生は大王

瀋陽、右往左往<36> 先生は大王

・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<12>・・・・・・

そういうわけで、お腹がすいちゃったんです、先生。


ホテル近くの「太原北街」でバスを降りて、一度ホテルに荷物(邪魔なクロスボウ)を置きに帰ろうと思っていたのだが、あまりにもお腹がすいていた。それに気になるお店があったので、そこに入ることにした。


ホテルの隣の「美国加州牛肉面大王」である。


凄い名前だな、牛肉面大王。顔が霜降りになった王様でもいるのか。


これを解説すると、

「美国」=「アメリカ」

「加州」=「カリフォルニア」

「牛肉」=「牛肉」(当たり前)

「面」=「麺」

なのである。つまり「カリフォルニア風牛肉ヌードルの店」なのである。

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瀋陽中どころか、中国全土にたくさん店を持つファーストフードチェーンである。ファーストフードといっても、ほとんどメニューは「牛肉ヌードル」しかないが。


看板右端のおじさんが、トレードマークの「李先生」である。

ま、言ってみれば、ケンタッキーにおけるカーネル・サンダース、マクドナルドにおけるドナルド、ベニハナにおけるロッキー・青木みたいなものである。


冒頭の「お腹がすいちゃったんです、先生。」というのは、李先生への問いかけなのだ。

それにしても「大王」に「先生」とはいずれにしても偉そうな名前である。


ファースト・フードだが、ウェイトレスさんが注文を取りに来て、また運んできてくれる。

上の写真の左側のウェイトレスさんが僕らを担当してくれた。


注文したのは、「大碗加州牛肉面」を各1と、「加州鶏」。〆て40元。640円。決して安くは無い。


「牛肉面」の麺は中華麺というよりウドンに近い。いやウドンみたいにモチモチしてない。沖縄ソバに近いかな。スープは意外にあっさりしている。というか、ちょっと物足りない。なんか薄ボンヤリした味。三吉の箸も進まない。

これで「大王」とはおこがましい。


一方の「加州鶏」は蒸し鶏をラー油で合えたもの。これが辛い。辛すぎ。

これが「先生」とは笑止。

物足りない「牛肉面」と辛すぎる「加州鶏」。うまくいかないものである。


ふと思いついて、物は試しと混ぜてみた。そうしたら・・・、最高に美味しい担担麺が出来上がった。三吉も「これはうまい」と夢中になって食べ始めた。


これなら大王、これなら大先生。

瞬くうちに完食。おちついて周りを見回すと、各テーブルの上には瓶があって、その中には真っ赤なラー油が入っていて、みんなそれをたっぷりかけて食べている。なんだ、もともとそうやって食べるものなんだ。もぉ、言ってくんなきゃ、って言ってもわからなかったと思うけど・・・・。

ウェイトレスさんに「ハオチー」といって店を出た。


ホテルにクロスボーを置きに行く。満腹になったら眠くなった。かと言って、ここで寝てしまったらもったいない。フカフカのベッドを見ないようにして、クロスボーを投げ出し、ホテルの部屋を飛び出した。

    ( つ づ く )

2009-07-05 瀋陽、右往左往<35>バスに乗って町に戻ろう

バスに乗って町に戻ろう


・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<11>・・・・・・

これから、バス停付近に戻る。

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一時間前、タクシーの運転手さんが蒸気機関車博物館の所在地を聞きまわってくれた場所だ。


記憶を辿って帰る。

来るときは気づかなかったけど、「鉄西森林公園」の野立て看板があった。一文字ずつ独立した看板。


こんな感じ。

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見ると結構錆びてたりして年輪を感じさせる。「于洪苗圃」から「鉄西森林公園」になったのも、昨日今日では無さそうだ。


大きな通り「重工北街」沿いには、回教徒が多い土地柄だけあって立派なモスクなんかもある。

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20分ほどでバス停に着いた。正午となりお腹もすいてきたが、この近辺は郊外なので食べるところなど何も無い。とりあえず、114路線のバスで町に戻ろう。


バスはすぐに来た。ほぼ満員。運良く二人とも座れた。かつてのように乗り口に人が殺到してダンゴになるようなことは無い。順番を守り、整然と乗り込む。


発車間もなく、うとうとし始める三吉。一方の僕は寝られない。

海外において、乗り物に乗るのより難しいのが、乗り物を降りることである。ぼやぼやしていると終点まで行ってしまう。窓の外の景色、バス停の表示と地図を照らし合わせながら行く。


1時間近く乗って、瀋陽駅を通り越すと、中山広場の毛沢東像が見えてきた。「太原北街」で下車。バス代は一人1元。約16円。安い!!


さあ、ようやく昼飯だ。もう一時を過ぎてお腹がすいてしまったよ、先生。

  (つ づ く)

2009-07-03 瀋陽、右往左往<34>未若柳絮因風起

瀋陽、右往左往<34>未若柳絮因風起

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・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<10>・・・・・・

憧れの「あじあ号」に会えて、この旅日記も終わったと思った人!! まだ旅の半ばですからね。ご覚悟ください!!


さて、そういうわけで、警備員さんたちのご厚意であじあ号(=パシナ)に会えて大感激なのであった。あ、一応断っておくけど、前回までに書いた僕と警備員さんたちの会話は、すべてお互いの母国語によるものです。ですから、厳密には噛み合ってないと思います。でも心はお互いに通じたと思っています。


閑話休題。後は、あのバス停まで歩いていくのみである。


長い長い道。三吉は前方に矢を放っては、それを追って歩いていく。フリスビー・ドッグみたいな奴である。


静か。静か過ぎるほど静か。時折、自転車で園丁が通る以外は行きかう人もいない。


目の前をちらちらするものがある。


綿だ。


どこぞで綿菓子屋が屋台を出しているか(思わない)、それとも蒲団屋が出張作業中か(思わない)。


「柳絮(りゅうじょ)」である。

「柳絮」=白い綿毛をもった柳の種子。また、それが雪のように散るさま。[季]春。(大辞林)


歳時記でその存在は知っていたが、初めて見た。美しく可憐なものである。

この鉄西森林公園、かつては于洪苗圃と呼ばれていた、街路樹用の若木を育てているところだから、木も若くて元気がいいのだ。

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「柳絮の才」という言葉がある。晋の時代、謝安が雪を何に似るかときいた時、甥が「塩を空中にまいたようだ」と答え、その妹である姪の謝道ウンが「未若柳絮因風起(白い綿毛のついた柳の種子が風に舞うようだ)」と答えたところから非凡な才女のことをいう言葉だ。

ダメだなあ、兄は。なんだよ「塩を空中にまいたようだ」って、お前は高見盛か?! 水戸泉か!?



って僕も、柳絮を見て「蒲団屋の出張作業」じゃ人のことは言えませんね。


   ( つ づ く )

2009-06-28 *p1*[中国][遊山]瀋陽、右往左往<33> 嗚呼、あじあ号。ついに

瀋陽、右往左往<33>嗚呼、あじあ号。ついに。

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キリ番プレゼント。次は「11111」。前後賞つきね。自己申告で。よろしく。


・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<10>・・・・・・

ずっと憧れていた「あじあ号」。

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その雄姿を写真で見るたびに思い出すものがある。鉄人28号だ。


「クラスの男子」というものは、「鉄人派」と「アトム派」に二分できるものである(あと「馬場派」と「猪木派」にも。えっ? それ以外? そういう上品でお利口な人は「クラスの男子」という種にカウントする必要なし ←偏見)。


僕は圧倒的に「鉄人派」だった(そして馬場派)。重々しい曲線のフォルム。深い思慮を湛えた佇まい・・・。どれも「あじあ号」と共通のものだ。そして上の写真ではブラックに見える塗色も青だったという。これも共通。


その憧れの「あじあ号=パシナ」が僕の目の前に姿を現そうとしている。いや、「静態保存」だから姿は現さない。僕のほうが動いて会いに行く。


そういうわけで、白シャツ氏が示した敷居のラインまで進み出た。ドアを全開する。


あじあ号がその重々しい姿を現した。うん、やっぱり姿は現した。


扉のほぼ正面である。「長八の宿」の「じっさん」に言わせれば、

「どのへんもあにもおめ 真正面に・・・ デーンさ」

である。


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大きい・・・・。そしてカッコイイ。想像以上に明るいカラーリングで、「鉄人カラー」というより「ドラえもんカラー」。でもカッコイイ。特に動輪のたくましさ・・。


圧倒された。

圧倒されて、気圧されて、思わずたたらを踏んで、二、三歩前に踏み出してしまった(おいおい)。

強力な磁力に引き寄せられて、至近距離まで近づく。警備員さんたちも、僕の背後でピッタリガードをしているが、もうとがめだてしない。


照明が無く、窓と天窓からのほのかな自然光だけなので、後部のほうはかすんで見えない。


「あじあ号」以外にも多くの機関車たちが静かな眠りについていた。

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三吉は機関車には全く興味を示さない。あいかわらずクロスボーをいじくっている。


男子と言うのは基本的に武器が好きな動物である。また、警備員Aさんが三吉に聞いてきた。

「坊や、それ、どうやるんだい?」

 あ、どうぞ。やってみてください。

「えーっと、こいつを引っ張るんだよな。あれれ?」

 こうやるんです(ト、三吉が指導)。そう、そうやって引っ張って、そこに矢を引っ掛けて。

「あ、こうか・・・」

そう、それで引き金をひくんです。

「・・・・。いや、ここで撃つわけにはいかないよ(笑)」


などという和んだ空気の中、鉄の扉から半径2メートルぐらいの間で見学させてもらっていたが、さすがに白シャツ氏が声をかけてきた。


「さて、そろそろいいですかね。規則なんでね。」


ありがとう。ありがとうございます。感謝します。日本語と中国語で礼を述べて鉄の扉に向った。そして最後にもう一度振り返り、その勇姿を目に焼き付けた。

       (つづく)

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※「蕃茄庵」からのお知らせ

今回、私たちは非公開の「蒸気機関車博物館」を訪れ、幸運にもその一部を見ることが出来ましたが、あくまで「幸運」によるもので、行かれた方すべてが見ることが出来るということではないことを、改めて申し上げます。むしろ「見られなかった」例の方が遥かに多いということは言うまでもありません。

また、警備員さん、係員さんたちもその職務に極めて忠実であったことも、彼らの名誉のために、改めて強調しておきたいと思います。

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2009-06-27 瀋陽、右往左往<32>うちの秘密兵器

瀋陽、右往左往<32>うちの秘密兵器

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ああ、結構ショックだ。じゃ、次は「11111」ね。頼んだよ!! 前後賞つきね。


・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<9>・・・・・・

そういうわけで、二人の警備員、一人の官吏と押し問答をしてたのだが、埒があかない。こうなったら秘密兵器だ。


まずは相手の警戒心を解かなければならない。つまり僕は危ないマニアじゃない。自分だけのものにするためにモノを傷つけたり、盗んだりするような奴じゃないことを示さなければならない。


そして数日前のブログで僕は「第一子ども連れで不法行為が出来るわけ無いじゃん。」って書いた。つまりそういうこと。人って子ども連れだと善良そうに見えるんだよね。警戒心を解くんだよ。つまり子どもをダシにするの。


「子どもを連れてはるばるトーキョーから来たんですよ。ぜひ息子に蒸気機関車を見せたいと思って。機関車が大好きなんですよ。なっ!?」


と後ろを見やると、僕の秘密兵器・三吉がいない。あっ、と思ったら、裏庭でクロスボーの試射に余念が無かった。

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三吉は機関車にはまったく興味が無い。



作戦失敗。


でも僕は見逃さなかった。仁王立ちする三人の後ろに鉄の扉があって、それが半開きになっていることを。そしてそのスキマの向こうに、巨大なる鉄の雄姿が、まさしく垣間見られることを・・・・。


「わかりました。中には入りません」


作戦変更。


「その代わりその扉を開けてください。そしてその扉のところから中を見させてください」


と言って、敷居(フラットだけど)を指差した。


白シャツ氏は渋い顔をして数秒考えていたが、オーケーを出してくれた。そして、敷居を指差して、「ここまでですよ」と念を押した。


「ありがとう!! おーい三吉」


秘密兵器たりえなかった三吉は、相変らず彼の秘密兵器のクロスボーの試射に興じていたが、目の届かないところに行って迷子になっちゃいけない。


「おーーい、三吉」


と呼び入れた。三吉がとんできた。


警備員Aの目がキラリと光った。


「なにそれ?」


「クロスボーです」


三吉が答える。



男の子と言うのは何歳になっても武器が好きな動物である。


「へー、カッコイイなぁ・・・」


急に場が和んだ。


チャンス!!


「ありがとう、じゃ、見せてもらいます」


 僕は一気に敷居まで進んだ。

  

 秘密兵器は、クロスボーだった。


   f:id:banka-an:20090507061500j:image


  (つづく)





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2009-06-24 瀋陽、右往左往<31>日中押し問答

瀋陽、右往左往<31> 日中押し問答

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・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<8>・・・・・・


僕のたのもぉっ!!


に対し、


どーれー!!


(とは言わなかったけど)、出てきたのはモスグリーンの制服を着た二人の中年の警備員さんだった。


裏口の脇が警備員の詰め所になっているようだ。


僕が来意を告げると彼らは・・・・。


あの、改めて説明するまでも無いが、僕は中国語がしゃべれない。彼らも当然、日本語がしゃべれない。以下はお互い別の言語でしゃべっているものを、類推で会話として再現したものだ。

           

僕     あのすいません、蒸気機関車見に来ました。見せてください。

警備員A  (顔の前で手を振って)だめだめ、中には入れないんだ。

僕     えー、そんなーー。遠くから来たのに。

警備員B  だめだめ。ここはやってないの。

僕     あの、怪しいものではありませんよ。

警A    とにかく入れません。

僕     そんなぁ、日本の東京からはるばる来たんです。

警AB   だめだよ、規則だから。誰も入れないの。

僕     そこをなんとか!! 

警B    だめだ、っての。

僕     ちょっとだけでいいから。

警A    もぉっ!! しつこいなぁ。

警B   (奥に向って)すいませーん。主任ーーーん。しつこいのが来てるんす。

警A    すいませーーーん!!

警AB   しゅに〜〜〜ん!!


すると詰所の奥から、


「×△▼◎■△●△(意味不明)!!」



の胴間声がして人が出てくる音がする。強面の武闘派の来臨、秘密兵器の登場か?


果たして、出てきた「秘密兵器」は白ワイシャツの優男だった。彼らの上司らしい。


今度は、僕と白シャツ氏との押し問答が始まった。相変らず言葉は通じない(って当たり前である。1分や2分で通じるわけが無い。)


うーーむラチがあかないぞ。


じゃ、こちらも秘密兵器を出すか!?




( つ づ く )



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2009-06-22 瀋陽、右往左往<30> 28年前のフラッシュ・バック

瀋陽、右往左往<30> 28年前のフラッシュバック

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・・・・・5月4日(3日目)の旅日記<7>・・・・・・

 とりあえず、未練たらしく「蒸気機関車博物館」のまわりをウロウロしていたのである。僕はチェ・ホンマンでもラジャ・ライオンでもないので中は見えないのだけどね。

おや?

右のほうに曲がりこんだら、裏口へのアプローチがあったぞ。でも正面以上に「手入れの無い感」が横溢していて、錆びた自転車とかリヤカーとかセメントの袋とかが放置されていた。


その、突き当たりに入口があった。鉄の扉が開け放たれている。人はいないが、なんとなく人の気配はある。


さあ、どうしょう。


甲案 「たのもう!!」と、堂々と名乗って見学を懇願するか・・・。

乙案 こっそりと侵入して、知らん顔して見学するか・・・・。


そのとき、僕の脳内にフラッシュバックがおきた・・・・。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

そう、思えば28年前にもこんなことがあった。

友人たちと4人連れで京都に行った。某座での歌舞伎の顔見世興行を見に行ったのだ。思いつきで行ったものだからチケットの予約などしていない。劇場の窓口に行ったら案の定売切れだった。

やれやれ残念だったね。でも、せっかく京都まで来たのだから・・・。

「せっかく京都まで来たのだから寺社巡りでもして帰ろうか」などと僕は思った。


でも、同行者たちはそうは思わなかったのである。

「せっかく京都まで来たのに見ないで帰れるものか」と思ったのである。


もう30年近く前の旧悪だから書いちゃうけど、裏口からスタッフを装って入ったのである。

それでこそこそ空席でも探して見るのなら可愛いのだけど、「桟敷席」で見たのである。桟敷席なんてのは大抵企業が接待用に押さえるから空いてる時は空いているんだ、などと若い癖に妙な世間知のあるメンバーもいたのである。

演目はなんだったかな。現・坂田藤十郎、当時・中村扇雀の「沼津」だったかな。

でも、小心な僕などはドキドキで芝居も見たようじゃなかったなぁ。こうしてキーを打ちながらもドキドキがよみがえっちゃうもの。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


そういうわけで、裏口からこっそりはやめよう。自分の心に傷をつけるし、下手をすると逮捕されちゃう。第一子ども連れで不法行為が出来るわけ無いじゃん。

よし、正面から堂々と、ってここは裏口。


もとい、裏口から堂々と行くことにした。奥に向って大声で呼ばわった。


たのもぉっ!!



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