日本映画?ガラパゴス?その2 映画の進行方向の見つけ方
以下の内容を読まれるのでしたら、こちら(映画の抱えるお約束事)とこちら(映画の抱えるお約束事2 日本ガラパゴス映画)をどうぞ。当ブログの理論についてまとめてあります。
私は、一体、どのような方法で映画の画面上に進行方向を見つけているのか?アメリカ映画は−> 現在の日本映画は<−と確定しているのか、ということについてですが、
現在のテレビドラマの場合、主人公の画面上の定位置が極端に<−に偏重しているので、そのような場合は非常に分かりやすい。
以前の映画では、進行方向は−>だったのですが、低予算・早取りの今日のテレビドラマ的な映画の場合、進行方向を確定するのは簡単なことです。
日活時代の吉永小百合

早送りで画面を流すと、ほとんどのシーンで吉永小百合はー>方向です。
一時期の日活作品でお約束事化していたシーン。
酒場に入ると、当時の流行歌手の演奏シーンに出くわす。これは幕間のショータイムみたいなもので、物語の目的とは何ら関係ないのだから、歌手たちの向きは<ーだったこともお約束事。
どうやら日活映画は、倒産する1970年まで一貫して−>進行だったらしい。
また、
『宇宙戦艦ヤマト』のように移動の過程が物語の主体であり、宇宙船の進行方向がはっきりと画面に現れる場合は、文句のつけ様もなく、進行方向が見て取れます。
『太平洋奇跡の作戦 キスカ』1965年
千島列島の基地からアリューシャン列島のキスカまで救出に向かう艦隊の進行方向は−>
このように、移動シーンが−>に統一されている場合には、映画が−>に進行していると確定することは極めて容易い。
そして、そのキスカへの移動方向に重ねられるように、航海が順調な場合の司令官の向きも
−>。
艦隊を待つキスカ守備兵も、困難な航海をやり遂げる船員らと心を一つにするかのように、−>を向いて救出艦隊の入港する湾に整列している。
移動シーン以外でも、「映画のお約束事」のシーンにいくつか着目すると、画面進行方向はわかります。
傷病兵に生きる気力を振り絞らせるために、自決用の手榴弾を取り上げようとする軍医長・平田昭彦。その説得時、彼の向きは−>。
世の中の常識的に絶対に正しいだろうことがなされる場合には、その画面の方向はポジティブな方向を示すのが普通。
この軍医による人命尊重の態度がポジティブに扱われていることは、このシーンに被さる荘厳なBGMからも伺える。
第五艦隊総督・山村聰がラバウルより腕利きの司令官・三船敏郎を呼び寄せる。
三船が乗っていると思しき航空機。このカットが実質の三船の初登場カット。
彼の進む先が物語の目的の所在であるゆえ、その初登場を印象づけるべく、−>向き。
いきなり外部からやってきた三船にとっては、新任の職場はアウェーであり、慣れない人間関係から、しばらくの間<ー向きが続く。
そういう組織の馴れ合いや、仕方ないで済ませる無責任さと残酷さ、または死に急ぎの美学など、旧軍の嫌な部分を振り切って、合理的に作戦を立案
し、それを冷静沈着な態度で実行するのが、この映画内容です。
長距離移動が画面で語られない、主役が何を求めているのかが自身で不明、そのうえ主役が善人でもない、こういう映画の場合画面の進行方向を特定するのは、難しです。
いや、難しいというか、それを特定することに意味があるのだろうか?とさえ思えるのですが、
『不毛地帯』1976年
常識的にポジティブであろうと思われるカット。
アメリカの戦没者墓地で、墓前で祈る老婦の後ろ姿を見る仲代達矢。
自殺を既に心に決めた親友と友情を確かめながら夜道を歩く。
世の中、何が正しいのかについての価値観が揺らぐと、
主人公の立ち位置がよくわからないものになってしまいます。
何がポジティブで何がネガティブかが分からなければ、映画の進行方向さえ揺らぐものなのですね。
『不毛地帯』は、実に淡々と物語が進行し、何を肯定しようとしているのかが見えないまま、状況だけが前へ進みます。
正直、この主人公像は道徳的に褒められたものではなく、友人の死因はほとんどこの人物に帰せられるべきであると私には思われます。
もみ消されそうになったロッキード社の事故のてんまつを、他社にリークすることで結果としてすっぱ抜くことになる新聞記者・井川比佐志。
かれの猪突猛進的行動は、ほぼ淀むことなく−>で描かれる。
この点において、この映画、この物語が持つであろうジャーナリズムやマスコミの人間への安易な信頼を私は感じ取ってしまい、安っぽいと言わざるを得ない。
それと比べて、仲代達矢は、嫌々ながら戦闘機の入札に関わるのですが、その不快感がなんなのかを直視することもなく、なし崩し的に積極的に入札にまつわる機密漏洩事件を主導していくのだが、その過程の表情、ポジショニングを見ても、やる気があるのかないのかよくわからなくて、見ているこっちとしても爽やかな気分になれない。
『タクシードライバー』と同年の作品であるが、佐藤勝によるBGMはところどころが『タクシードライバー』のそれと激似している。そういえば、主人公が戦争帰りであり、戦場の影を引きずっている点でも激似であることに気づかされる。
山本薩夫は、このあと『あゝ野麦峠』など数本を撮影して7年後に死去。恐らく死ぬまで−>の画面進行で映画を撮り続けたと思われる。
『野獣死すべし』1980年 村川透監督作
これまた、戦場帰りの人物『タクシードライバー』的な物語であり、画面がどちらに進むのかが、なかなか見えない。

自宅でくつろぐ優作 <ー


金、女、命懸けの犯罪行為、それらは日常の生ぬるさをどうしても受け入れることのできない「野獣」にふさわしいもの。
それらの中でこそ、初めて生きることができるので−>、
しかし、題名にあるとおり、そのゆくさきはあからさまに死である。
この映画も、ー>進行。
『梟の城』 1999年 篠田正浩監督作
「北枕」シーンを見つける
秀吉の息子の病死シーン

画面進行を−>とした場合の「北枕」シーン。
一方こちらは「蘇生」シーン

鶴田真由の看病で中井貴一が治癒するシーン。
「北枕」の画面つなぎ編集を行なっている映画は、確実に画面の進行方向に自覚的な作品であり、画面の進行方向が−>か<−かを確定する作業は実に容易。
暫定的に正体を偽るシーン

今井宗久の家に鍛冶屋の身分で入り込むが、すぐに正体を見破られ、左右の切り返しなされる。
これら「お約束事」を履行している作品では、画面の進行がはっきりしているが、
『梟の城』はそもそも、秀吉暗殺と物語の目的がはっきりしているので、主人公のポジションは八割がた−>。
ただ、この映画の興味深いことは、99年と最近の作品であるにもかかわらず、−>進行の映画であるということ。
映画からテレビに映像制作の場が移る前にキャリアを始めた作家の映画は、大勢が<ーに切り替わったあとでも、−>進行に固執していた、もしくは、今もしている、ことを示しているようだ。
『どら平太』2000年 市川崑監督作
画面の進行方向がわかりにくいと言えば、この作品もわかりにくい。であるにもかかわらず、物語そのものは、大変わかりやすい。
四騎の会(黒澤明、木下惠介、市川崑、小林正樹)による脚本であるせいだろうか、『椿三十郎』と『用心棒』的な要素が濃い。
主人公は、スパイのように自分の素性と本心を常に偽るのだが、その偽りの中にも放埒ぶりと快楽主義者ぶりが素直に発揮される。
「好き者で遊び好きで、堅苦しことが嫌いな正義漢」と主人公のことをみなせる場合は、画面の進行方向は難なく特定できる。しかし、それを受け入れられない場合は、画面の進行方向が読めなくなること必定。
女に弱い主人公。
内縁の妻に日頃のあそびグセについて激しく愚痴られて、それを聞かされる同僚。主人公には立場がない状況。
椿三十郎的なスーパーマンぶりで、世間知らずな若侍を軽くあしらう。
主人公には物語の成り行きが見えているが、若侍たちには何も見えていない。
−>進行の映画である。
篠田正浩でさえー>進行の映画に固執していたが、それより16歳年上の市川崑は当然のごとく−>進行の映画を最後まで撮り続けた。
テレビ屋に対する軽蔑と、映画屋としての自負心からだろうか。
ここで、私は、ひとつ重大な訂正をしておかなくてはならないのですが、
日本映画は、60年台半ばで進行方向を−> から <−へと変換し、世界的に孤立した画面進行方向で映画をつくり続けている、と以前書いていますが、
正確には、この進行方向変換は、テレビ界を中心に行われ、映画は新東宝の一部作品を除いて、易易と進行方向を切り替えはしませんでした。
テレビからキャリアをはじめる新しい世代が映画制作の主流になるに従い、日本映画のほとんどは<ー進行に切り替わっていきましたが、それでも昔からのキャリアを持つ監督たちは、−>進行にこだわり続けており、そのことが、日本人にとって画面には進行方向が設定されている事実を気付かせにくくしているものと思われます。
『ソナチネ』1994年

ヤクザに無断で賭場を開いている男を溺死させるシーン。
「とりあえず三分水につけてみよか」
「まだ、生きてるよ。もう少し浸けてみよ」
生きていようと死んでいようと男の向きは変わらない。
この件で、後ろの寺島進は神妙な顔しているけれども、ビートたけしと大杉漣は、関係ない話している。
まあ、それは、沖縄の抗争の話で、目の前の男の死が自分たちの死を嫌が応にも思わせるのだろうけれども。
みんなクレーンにつられている男と同じ方向を見ている。
勝村政信の走って逃げるシーン。−>へ逃げる
ビートたけしを待っている女のむいている方向―>
ビートたけしが最後に車を停めたカット。―>
鉄砲で頭を打ち抜く方向。−>
一応、最後にビートたけしのカットは左右切り返しが行われている。
これを「北枕」と受け取るなら、この映画の進行方向は−>ということになるのだが、
この映画には、進行方向がほとんど見えてこない。まず、生きることと死ぬことの間で二項対立を画面の上で表示していないのだから、
生きることと死ぬこと以外の二項対立を示すことに躍起になったところで、どうしようもない。
ハムレット命題の否定である。
最後の討ち入りシーンでも、ビートたけしは正面に向かって銃を撃っている。物語上では彼は身内のヤクザの裏切りにあって粛清されることになっているのだが、画面上では彼は敵とは戦っていない。左右での対立関係が表示されないのだから、彼には敵はいない。誰と戦っているのか?と言えば、やがて訪れる死を待っているだけで戦ってなどいない、ということになる。
勝村政信との別れのシーン。
バックミラーを見るビートたけしの視線の演技。
一度戻ってきて最後の冗談を言ったあと、勝村政信が振り返らずに行ってしまうのを確認したあと、納得したようにひとりうなづく。
『菊次郎の夏』
とにかく、この映画ワンカットが長い。
カットを切り替える時も、どの登場人物の視線かによって切り替わるだけで、カットを変えることで何がしかが切り替わったと潜在意識にすり込むような姑息なテクニックを使っていない。
第三者目線のカメラでも、それは特別な意味を持ったアングルではなく、演芸場の客席目線とでも言うようなそっけないもの。
ビートたけしの映画を撮るまでの活動といえば、演芸場での漫才であり、映画の為の演技をあまり意識していないのだと思われる。
テレビの仕事にしても同時に多くのカメラを回し、長回しの演技を行なっていたので、このようなスタイルの映画は、映画の部外者ビートたけしにとっては自然なことなのだろう。
そんな中でカメラの視線に意味ありげな箇所。
バスのこないバス停のシーン。なんのてらいもない真正面からのカット。
少年が母親のことをほとんど知らないことを聞き、「こいつも俺とおなじかぁ」、少年の寝顔にそう呟くビートたけし。
その心情吐露に対し照れるかように、カメラが正面ではなく斜め上からのものになっている。
客観視点のカメラが、演芸場の客席目線くさい。そして、それゆえだろうか、場末の演芸場的な演芸シーンがいたるところに挿入されている。
普通のアメリカの脚本構成法だと、まず間違いなく却下されるだろう作品。
たけしと子供の目的地はどこなのか、何を目的としていたのかが、よくわからない。
それは、上映時間の折り返し地点で、早々と少年の母親を見つけてしまい、そこから帰途につくのだが、その道中で二人は一体何を見つけたのだろう、そして、何かを見つけたとして、それを求めて二人は一生懸命頑張ったのだろうか?
ハリウッドの脚本形には絶対おもいつかないだろう脚本構成の作品。
と同時に、ハリウッド式脚本に対応するはずの画面の進行も、この映画にはほぼ見られない。
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