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ボードレール研究会

2013年11月29日

第32回ボードレール研究会のお知らせ

前回の研究会からすでに一年以上たちましたが、年に一度はボードレール研究会の開催を目指し、2013年12月28日に第32回ボードレール研究会を開催させていただきたく存じます。前回同様、関西のメンバーを中心とした集まりになるかと思いますが、東京を初め、他の地域にお住まいの皆さまのご参加を心よりお待ちしておりますので、ご検討いただければ幸いです。

  • 【会場までのご案内】
    • 会場となる「神戸大学梅田インテリジェントラボラトリ」は、梅田ゲートタワーの 8 階にある会議室です。大阪阪急梅田駅茶屋町口)からは徒歩 3 分、JR大阪駅からでも徒歩 7 分とアクセスしやすい場所にあります。 研究会当日は、タワー全体の冬季休業期間にあたるため、14:00-15:00 の一時間のみ、正面入り口の自動扉を開けておきます。15 時以降にいらっしゃる方は、夜間入口からお入りください(インターホンで警備員の方にボードレール研究会に参加しに来たとお伝えください)。

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2012年09月03日

第31回ボードレール研究会



司会者報告 廣田大地(大谷大学任期制助教

第31回ボードレール研究会は、9月4日(火)、最近恒例となっている大阪市南森町大阪日仏センター=アリアンス・フランセーズにおいて開催されました。参加者は11名。発表者の佐々木さんに加えて、名古屋からはもう御一方、ネットを通してこの会のことを知った非大学関係者の方に参加いただきました。ボードレール研究会では、関西以外の地域にお住まいの方々、大学に所属するフランス文学研究者以外の方々にも広く参加していただけることを願っていますので、ご関心をお持ちの皆さまは今後の開催時にはどうぞお越しください。

今回の発表者は、名古屋大学博士課程の佐々木稔さんと、大阪大学博士課程の太田晋介さん。太田さんは大阪大学フランス文学研究室の後輩ということで、今回、僭越ながら私、廣田がお二人の司会を務めさせていただきました。お二人とも、現在フランスへの留学を準備中とのことで、文学研究に対する新鮮な情熱がひしひしと伝わってくるような発表でした。

まずはボードレールを専門としている佐々木さんから発表が行われました。近年、かつての研究動向の反動なのか、散文詩などの後期ボードレール詩学に注目が集まっていた中、1848年以前の政治との関わりを強く意識して執筆活動を行っていたボードレールに注目した研究に取り組んでいる佐々木さん。レアリスムとの関わりに関しては近年、海老根龍介氏による反進歩主義としてのボードレールについての優れた論考がありますが、今回の佐々木さんの発表は、「ボエーム」というまた異なった切り口から、「脱・政治化」する以前のボードレール像を浮かび上がらせようとする意欲的な試みであったように思われます。質疑応答の中では、この領域に関する先行研究である横張誠氏による論考(「ボエーム/ルンペンプロレタリアート/遊歩者」『ユリイカ1993年11月ボードレール特集号所収)を踏まえながらも、どのようにして新機軸を提示するのかといった質問や、社会学的な観点からの研究だけでなく、そこから詩作品の分析にも結び付けて行ってほしいとの助言など、ボードレール研究の専門家としての発表者の今後を期待する参加者からは辛口ながらも好意的な意見が相次ぎました。

二人目の発表者である太田晋介さんは、20世紀中盤のフランス詩を代表する詩人の一人、フランシス・ポンジュを対象として研究を続けられています。今回は、年代的に『物の味方』発表の1942年の前後に位置する詩篇「蝸牛」(1936年)と「蜘蛛」(1950年)の2作品の分析を中心に、閉鎖的な作品構造から、読書行為によってその度ごとに生起するものとしての詩のあり方へと、ポンジュの創作観が大きく変遷していることを論じられました。質疑応答では、サルトルロブ=グリエによるポンジュ理解の誤りとその弊害についての確認や、「運動」mouvementによる「記念碑」monumentという意のポンジュによる造語movimentについての補足など、発表内容の射程の広さに応じた多様な意見が提示されました。準備の行きとどいた明快かつ内容豊かな発表という印象を得ましたが、あえて一つ司会担当者から指摘をするならば、「作者の栄光」「作品の不滅性」という根源的ではありつつも曖昧な抽象的概念を発表全体の大枠とする上で、フランス詩の歴史の中で「栄光」や「不滅性」がどのように認識されてきたのかを背景として踏まえておくことで、より広がりのある議論が展開できるのではないかと思われました。

お二人とも、それぞれの研究対象を論じる上で、年代による作風の変化と、作家と同時代との関わりという縦糸と横糸の双方を意識した堅実な研究方針をとっていることに好感がもてる発表でした。これからの研究の進展を期待してやまないのは当日研究会に参加した全員に共通の思いでしょう。


発表者報告 佐々木稔(名古屋大学博士後期課程)

本発表では、ミュルジェールの『ボエーム生活情景』の序文に依拠しながら、ボードレールを放浪芸術家としてのボエームとして位置づけ、それによって、1845年から1850年代前半に至るボードレールの批評意識を同時代の文学者の問題意識に漸近させることを試みた。

このような作業のはじめとして、ミュルジェールの「序文」に込められた戦略を読み取り、これが当時の芸術家の置かれた状況に対応するものであったことを論じた。まず、ミュルジェールは、ボエームという語にまつわる都市の下層民というイメージを払拭した上で、そこから区別される芸術家ボエームについて、これをさらに三つにわけている。その三類型が、「無名のボエーム」、「アマチュア」、「真のボエーム」である。ミュルジェールは、ボエームにまつわるイメージをこのように整理し、自身とその仲間を、「自身の作品によって名を知られる、芸術家の名に値する芸術家」という「真のボエーム」に位置づける。

序文に示されたミュルジェールの戦略が一方(ひとかた)ならぬ意味を持つのは、それが当時の若い芸術家世代、つまり、ゴーチエら、いわゆるロマン主義第二世代に続く新しい世代の不安定な自己意識に対応するものであったからにほかならない。それは、ブルジョワ的価値観が支配的になってゆく中で、いかにして芸術家がその自律的な立場を確保するかという問題であった。1845年および46年に発表されたボードレールの二つのサロン、および「天才を有する人はいかにして借金を払うか」(1845)、「若い文学者たちへの忠告」(1846)という二つの文芸記事は、前二者がこの問題の理念的な側面を、後二者がその現実的な側面を扱ったものとして読まれるべきものである。サロン評がブルジョワへ、文芸記事が文学者たちへと向けられているということは、ブルジョワ文学者たちの間に共通の価値基準を打ち建てようとする批評家ボードレールの意図を反映するものであると言える。その上で、ブルジョワを中心とした、同時代の公衆に訴えかけ得る「新しい伝統」を作り出せるかどうか、そこにこそボードレール世代の芸術家たちにとっての真の賭け金があったと言える。

このような1840年代の試みを検討することは、つまるところ1848年、そして1851年が、ボードレールにとってどのような意味を持ったのかという問題に結びつくものと、発表者は考えている。そのためにも、ボードレールにとってのボエーム、および青年時代(Jeunesse)の問題を、視点や枠組みなどの設定も含めて、さらに精密に展開する必要性を、発表後の議論の中で痛感した。今後は、ボエームの作品群や問題をさらに広い視野で観察しつつ、それが1845年から50年代初頭のボードレールにどのような影響を投げかけているかということを、追究していきたい。


発表者報告 太田晋介(大阪大学博士後期課程)

  • 詩と行為―ポンジュにおける« gloire »と« acte »の問題について―

本発表で発表者は、フランシス・ポンジュにおける「栄光」« gloire »というモチーフをめぐる詩人の葛藤とその解決について議論することを試み、その手続きとして以下の論証を行った。

はじめに議論の土台として、ポンジュが幼少の頃から石や記念碑という永続する存在に対して憧憬を抱いていたこと、および詩人は、自身の歌う対象を作品として永遠化することで作者としての「不滅性」「栄光」の獲得を試みた、という見解を示した。詩集『物の味方』において歌われる軟体動物とその殻の寓意の中にもそのことは確認される。

次に、そのような「栄光」を希求するポンジュの詩学は方法的困難を有していることを「蝸牛」と題された詩篇の分析を通して明らかにした。「蝸牛」詩篇において、蝸牛本体とその「殻」の関係性は、芸術家と作品のアナロジーをもって捉えることができる。しかし、「蝸牛」詩篇においては、蝸牛が地面を這う歩みぶりと唾の痕跡の美しさが「殻」以上に称えられることとなる。この2つの美の対置は、栄光を希求する芸術家は自己の本来性が喪われようとも永続する「殻=作品」を選択するべきか、それとも、より自己の存在に切実に結びついた「歩みとその痕跡=表現・行為」が持つ束の間の美を選択するべきかという問題として解釈される。言い換えれば、芸術作品における「作者の死、非人称化」の是非が「栄光」のテーマをめぐる詩人にとっての問題であった。加えて、この蝸牛が地面に残す痕跡の美はポンジュ詩学において特権的な意味を持つ« acte »という詩的概念と重なりあう。「行為」と訳されるこの語は多義的であるが、栄光をめぐる本発表の議論においては、この語が主体の「行為」を表すと同時に、その結果として産出される「事績」の意味を持つものとしてポンジュが捉えていることが重要である。

以上の議論を踏まえた上で、最後に「蜘蛛」詩篇の分析を通して、詩人がどのように上述の葛藤を乗り越え、詩的栄光の獲得を果たしたのかを検討した。結論から述べると、「読者」という要素を顧慮することでポンジュは問題の調停を図った。「蜘蛛」詩篇においては、複雑に込み入った蜘蛛の巣、迷宮のようなエクリチュールが採用されている。そして、この難解かつ多様な読解を許容するテクストの解釈を試みる読者は、作者の意図を措定することでそれを行う。ゆえに、読書とは、作者が確かにそこにいた、という事実が読者によって確認される一種の存在証明なのである。つまり、読書という行為を通して、« propos »言葉、意図としてテクストの中に潜む作者は読者の内部で蘇生、あるいは活性化« en acte »するのだ。そして、読者という他者とテクストの間に成立する力動的な読書空間の中に、ポンジュは詩人としての栄光を見出したのだった。

今回の発表では、テクストの寓意を読み解くにあたり、ともすれば恣意的な印象を与えてしまった憾みがある。質疑応答の場で賜った質問・指摘を検討しつつ、草稿や書簡などの資料を参照することで、本発表で示した作品の解釈により論拠と説得性を持たせたることを発表者のこれからの課題としたい。

2012年02月08日

第30回ボードレール研究会

  • 場所:大阪日仏センター=アリアンス・フランセーズ 9階会議室(http://www.calosa.com/acces_jp.htm)
  • 日にち:2012年3月15日(木)
  • 時間:14:00〜
  • 発表者:廣田大地
    • 発表内容:Espace et Poésie chez Baudelaire: typographie, thématique et énonciation(2011年12月パリ第3大学提出の博士論文報告)

司会者報告(中畑寛之)

発表者報告(廣田大地)

 発表者は2007年から2011年までの4年間パリ径膤悗卜嘘悗靴討い燭、それ以前の2004年から2007年の間、本ボードレール研究会にて幾度となく発表の機会をいただき、先輩諸氏の指導により論を深めていくことが出来た。この度はこれまでお世話になってきた研究会の方々に、無事に博士論文を書き上げ博士号を得ることができたことを感謝の思いとともに報告するべく、論文の内容を約3時間かけて詳細にわたり解説させていただいた。

 2011年9月にフランス・パリ径膤悗任博士論文として提出した本論文は、ボードレールがその晩年に「有限の中の無限」として定式化した弁証法詩学観を、詩人の代表作である韻文詩集『悪の花』と散文詩集『パリの憂鬱』の諸詩篇の分析を通して実証的に浮かび上がらせることを目的にしている。その際、枠組みの存在が逆説的にも豊穣な想像力を喚起する過程をボードレール詩学の根本原理として位置付け、その関係性を、詩編レイアウト、描写空間、発話空間という3つの異なる空間においてつぶさに調査する。

 印刷された詩句が持つ視覚性を論じた第1部では、とりわけ空白の効果について論じる。『悪の花』第2版の幾つかの新詩篇には、それまでには見られなかった章分割の形式が導入されており、その分割が章と章との間に生み出す空白は、永遠や無限の喚起をうながす詩句内容とあいまって独自の象徴効果を作り上げている。さらにはそのような詩篇の内部構造に属する空白と、余白という紙片の形態に属する空白とが印刷レイアウトの中で混ざり合うことで生じる問題と、それに対する詩人の視覚的美学観とを明らかにする。

 第2部においては、詩句によって描かれた作品内部の空間性について論じる。散文詩篇には第1部で考察したようなレイアウト上の空間性の利用はそれほど確認されないが、描写空間におけるテーマとしては韻文詩以上に枠組みの形象が現れている。額縁、窓、時計、目などのモチーフごとに、その描写の特性と、それを見ている主体の想像力が枠組みの内部に無限の感覚を見出す過程とを分析する。

 最後に第3部では、叙情詩において詩句という言葉を発している詩的主体である「私」に着目し、詩という発話行為を行っている瞬間に「私」の肉体が属している空間を分析対象とする。伝統的な叙情詩においては、詩人と読者が「私」という記号のもとで融けあい普遍的感情を共有するべく、「私」の個別性は隠され、その肉体が属している空間についても言及されることは少ないが、『悪の花』第2版の新詩篇では、その発話空間が「私」の知覚を通して間接的に表現される。そのような「私」は本来の叙情詩的主体のあり方からは逸脱しているが、「いま・ここ」という限定された世界に生きる有限の視点を提示することで、人間存在の有限性と想像力の無限性との対比が色濃く表れている。

 以上の3つの観点から、主に『悪の花』第2版の新詩篇を中心としたボードレールの後期詩篇を分析し、「有限の中の無限」という詩学が異なる種類の空間性を通じて具体化されていることを示し、さらにはそれがその後の現代詩のあり方にも色濃く影響を与えていることにも言及して結論としている。

2012年02月06日

サイト移転しました

これまでhttp://www.baudelaire.jp/にて公開していたボードレール研究会サイトを「はてなダイアリー」内に移転しました。過去の研究会の要旨については、ブログ上部ツールバーの「記事一覧」からご覧いただけます。

2011年09月10日

第29回ボードレール研究会(関西)

司会者報告 山田兼士(大阪芸術大学教授)

 約2年ぶりとなるボードレール研究会は2011年9月10日、午後3時より、「大阪日仏センター/アリアンス・フランセーズ」で行われました。急遽決まった日程で、告知も電子メールにかぎったせいもあり、集まったのは7名と、少々寂しい会でしたが、その分、発表者を囲んで忌憚のない意見交換が行われ、有意義な研究会になったと思われます。

 今回の発表者は、ボードレール研究論文文学修士学位を獲得したばかりの若き大学院生。瑞々しい感性と実直な調査内容に基づく好発表でした。佐々木氏は、まず、研究者の間ではもはや解釈され切った感のある「Spleen 憂愁」の概念について、その初出時(1851年)の時代状況、とりわけドーミエの版画に表される一般庶民の生活状況に立ち返ることで、新しい解釈の可能性を切り開いています。作品「Spleen」(『悪の華』第二版の通し番号75の作品)の初出時と詩集刊行時のヴェルションを比較することで、初出時におけるボードレールの時代認識を透視しました。(ただし、「chien」から「chat」、「ombre」から「âme」への書き換えが示す詩人自己意識の変化(深化)については、すでに山田兼士『ボードレール《パリの憂愁》論』(砂子屋書房1991年)に言及があり、本書を未見のままだったことは惜しまれます。)「Spleen」理解のさらなる深化に向けて、より総合的な研究を期待したいところです。

 次に、佐々木氏が解析したのは、「水」のイメージが繰り広げる「死」の主題の展開であり、こちらも大変魅力的なテーマですが、当日は時間切れで、「水の詩学」という観念の提出に留まり、更なる解析までは至りませんでした。今後の展開が楽しみな内容であることは十分に推察できるもので、今後の更なる研鑽を祈りたいと思います。

[発表要旨]現代的憂愁Spleen moderneの出来(しゅったい)―― 「犬」の表象、「死」の表象

佐々木稔(名古屋大学大学院博士後期過程)

 本発表の目標は、ボードレールの「憂愁」Spleenの語が現れた現場に立ち戻り、この概念にどこまで当時の社会状況を読みこむことができるか、その射程を見定めることにある。

 ボードレールの作品に憂愁spleenの語が初めて現れたのは、1851年4月9日付「議会通信」紙に、『冥府』という総題の下に11篇の詩が掲載された時である。この11篇の詩の中に、‹Le Spleen›と題した3篇の詩が含まれていたのである。検討対象となるのは、この「冥府」の冒頭に据えられた‹Le Spleen›(第二版における‹Spleen LXXV›)である。

「腹を立てたる雨月」で始まるこの詩のヴェルシオンを比較すると、『悪の華』では、l’âme、Mon chatと書かれている部分が、1851年の「冥府」ではそれぞれl’ombre(影)、Mon chien(私の犬)となっていたことがわかる。この「影」と「犬」という語には、1851年時点におけるボードレールの問題意識が投影されている。これらの語が示唆するのは、都市民衆の現実である。詩の外部、すなわち社会事象に詩の発想源を求めるならば、そこには病と革命という強烈な体験があったと見ることができる。それは具体的には、1832年および1849年のコレラ流行であり、ボードレールドーミエの版画「コレラ伝染病の記憶」を媒介して、その場景を詩の領域に移入した。さらに、革命については1830年の革命の記憶と1848年の2月革命、同年の6月暴動における詩人自身の体験の跡を見て取ることができる。こうした「死」にまつわる生々しい記憶と体験を詩の領域に移すとき、鍵となったものこそ、「水」の詩学であった。ボードレールは、ほかならぬ「議会通信」に掲載した「葡萄酒とアシッシュについて」(1851年3月)の記事の中で、水のイメージがもたらす詩学的な強烈さについて一文を割いている。この「水」の詩学がどこまでボードレール特有のものであったかどうかはともかく、当時ボードレールが水のイメージに対して強い関心を抱き、かつそれを詩に応用したことは間違いない。同じ「議会通信」紙に掲載された二つの記事、「葡萄酒とアシッシュについて」と「冥府」には、いわゆる間テクスト的な関係を読みとることができるのである。

 本発表では‹Le Spleen›という一篇の詩を分析対象としたが、詩集「冥府」の辿った軌跡をジャーナリズムの文脈で辿り直すことは、ボードレールの詩を同時代の社会に定位し直す際、きわめて有用であるように思われる。