インターネットでポップ立てたらこうなった

2014-03-20

最近読んだ本について

これはいま最後の方まで読んでいるのだがすこぶる面白いです。明快です。明快とはとういうことか徹底して考えぬかれた書物。万人がこの明快な思想に触れるべき。
おそらく繰り返し読むのでズタボロになることでしょう

こんなご時世だから読んでおきました。読書会もしました。

うたのしくみ

うたのしくみ

今読んどります

アーヴィングはやっぱよいです。下巻はやく図書館にはいんないかなー

やっと手に入れられました。文藝がくげいライブラリーは偉大です。ありがとう

ついに半分まできました。ちびちび読むのにむいています。スルメぼん的なそういうやつです

赤田さんが編集にいるんで安心して読めます

さっきコンビニで立ち読みしたんだけどえらいことになってた
食べ物が美味しそうで文字が読みたくなる雑誌なんて稀有ですな

町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)

町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)

ネグリハートとか言われて鼻白んでしまうような人には打ってつけの本。
でっかいことを語るときにまずはちびちび始めるといつのまにかこんなとこまで行ってましたドーンという労作。姿勢を見習いたい

ずいずいずいっと。

映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~

映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~

やばいオーラがびんびん
えらいことになってると思う。積んどく

白洲正子: ひたすら確かなものが見たい

白洲正子: ひたすら確かなものが見たい

2013-09-09

本!

日本の起源 (atプラス叢書05)

日本の起源 (atプラス叢書05)

自省録 (岩波文庫)

自省録 (岩波文庫)

想起のかたち―記憶アートの歴史意識

想起のかたち―記憶アートの歴史意識

原典でよむ 日本デモクラシー論集 (岩波現代全書)

原典でよむ 日本デモクラシー論集 (岩波現代全書)

ロックの美術館

ロックの美術館

社会の抜け道

社会の抜け道

少し不思議。

少し不思議。

カッパ・ブックスの時代 (河出ブックス)

カッパ・ブックスの時代 (河出ブックス)

2013-08-02

日誌 八月

1日、木。「絶園のテンペスト」を見始める。ご都合主義で胡散くて耐えられなかったが、5話まで見るとハマってしまう。前に見た最近の連続アニメだと、「あの花」に続いて岡田麿里が脚本。

2日、金。渋谷へ。かき氷を食べる。ラーメンを食べる。デートだった。「インフレーション宇宙論」の続きを調べる。

3日、土。「天空の城ラピュタ」を観る。傑作。乱気流に突入していくシーンにおける初々しい描写が好きなのだが、それは「風立ちぬ」における関東大震災の亀裂に通じる。そして「エヴァ」ともどこか通じている。「宮崎駿×半藤一利」を観る。高齢化社会はいいものだ。宮崎駿堀田善衛司馬遼太郎など先人と語ることを創作の源流としていた。(この対談本を立ち読みしたが宮崎が語る部分は殆どなく、鼎談としてはつまらなかった)そして半藤を得た。昔なら無理だっただろう。半藤は久しぶりに編集者の感覚に戻ったといった。天才が今の日本にも居ると分かったという。宮崎の母親は文藝春秋の愛読者で、戦後になり知識人の言動が変化したことに憤っていたといい、駿と論争にもなったという。「田中泯フランシス・ベーコン」を観た。ベーコンはどうでもよく、田中の畑仕事をいつまでも見続けたかった。

12日、月。「誰も戦争を教えてくれなかった」読了。素敵な本だった。「中国化する日本」以来の新しい本のスタイルと文体に触れた感じ。内容より何よりその明け透けな語り口に魅了される。脚注を楽しく使い、平板な描写でもたつかせない。加藤典洋が推薦文に書くようにこの素直さこそ、届かせるために必須の方法なのだと思う。現に自分には届いた。とくに、沖縄の施設と遊就館など思想的には間逆であろう施設が同じ業者によって空間がつくられているという記述に驚く。ももクロとの対談も、編集的に意味が付与された、意味あるものになっていた。戦争博物館ミシュラン含め、全体から考えぬいた末に新しいものができたという感じが漂う、本の可能性に開かれた一冊。おすすめ。

13日、火。蓮實重彦柄谷行人の対談集を読み始める。批評の定義は倫理だと言っているのが面白い。そしてそれはまったくその通りだと思う。たとえ形式が批評でなくとも、批評的なものは批評的なのだとおもう。だからこれまで批評的と言われるものに親近感がわかなかったのだとも言える。なぜかって、周りには目を凝らせばいくらでも批評的なものに溢れているからである。モンスターズ・ユニバーシティを観る時、そこにはいくつもの批評的な目線があることに気づく。批評批評おどろおどろしい日本のウェブなど見ずとも、そこには倫理があるのだから、それ以上何もいう必要はないのである。吉本隆明をしつこく蓮實がひく。吉本のような玄人になろうとしても難しい。人は飽きるからだ。これは大問題だ。人はどうしたって飽きるこれを考えなければならない。吉本は飽きずに「深く」論じていく。対象との関連の切り結び方が、大江における精神分析医のようなものだ。特に初期の対話が面白い。逃走のエチカになると、もう固有名のない「飽きた後の対話」になってしまっているから。人は飽きるから、飽きた人は見たくない。飽きない人の異常性こそ、人は楽しみたい。それは人間になる前の天使の姿だろう。

14日、水。重松清はすごい。業師だ。阿久悠が書いた甲子園球児への詞を追ったNHKの番組。阿久悠がいいし、重松もいい。重松はentaxiの長編インタビュー(というかもう重松の作品)がいい。最新のものは、いとうせいこう。出だしからシて素晴らしい。前号の是枝裕和もよかった。

15日、木。蓮實重彦柄谷行人の対談読了。蓮實の熱さがいい。

16日、金。アニー・ホールブニュエルの対談。

17日、土。【憧れのアメリカオリバー・ストーンアメリカ史を見ている。めちゃくちゃ面白い。とくに3話までが最高だった。そしていまは6話までみた。6話はキューバ危機ベトナム戦争について。フルシチョフケネディの類まれな指導力。ストーンの支持したい政治家なのだろう。憧れのアメリカの思いを 「千里の道も一歩から」。ケネディ暗殺の翌年、フルシチョフが辞任。ケネディの後、ジョンソン大統領に。火野葦平ドキュメンタリーを観る。

p200 保管場所もないし、記録・保存に情熱を感じている人もいません。あるいは、商売が優先していて、歴史を作っているという自覚に乏しいというようなことがあるのかもしれません。悪くいえば、保存に値するような作品を作っているつもりがないというのが実情でしょうか。『白雪姫』以来、すべての長編に使用された絵がきちんと整理・保存されているでぃずにーとは、たいへんなちがいです。

p221 忘れてはならないのは旅行家としての大塚さんです。旅行こそ大塚さんの好奇心を最大限に発揮できる機会でしょう。大塚さんの聞き上手m話し上手はけっして国内に限定されるものではなく、外国でも行く先々の言葉を真っ先に覚え、そのややブロークンな言葉を駆使して、並みの人には味わえない経験をたっぷり仕込んできます。

2013-07-15

日誌

13日、土。井筒俊彦の講座最終回。『意識と本質』に突如現れる二重性について。本質はあるのか、ないのか。結局は人生の時によって変化していくものだろう。豊子さんの解説を読まねばならない。“アラビアのロレンス”と帰りを共にする。ドミューンフェス。瀬戸内寂聴の説法はあの空間にいた人間の宗教観を変えただろう。大空間に密集して一方的に話をきく行為はそれだけで、アガる。大友良英あまちゃんバンド、NHK灰野敬二、伊東篤宏、坂口恭平冨田勲黒点と呼応する81歳。宗教について付き纏う夜明け。メルマガの購読を決めた。配信が待ち遠しい。

14日、日。樋口毅宏タモリ論』(新潮新書)読了。この本の成り立ちからしていい。吉田修一の『パレード』は中学生の時に読んだ。バカにしながら読んで、ドライででもどこかウェットな人間関係になんとも言えなかった覚えがある。この頃は、まともな本を読んでいなかった。本の広野を意識せず、手当たり次第流行りのものに手をつけていた。もう戻れない場所。『人間交差点』が読みたくなった。小林信彦『日本の喜劇人』を読み返さなくては。ラジオがやっと始動する。高橋源一郎大竹まことラジオ言ってた匙加減に注意しよう。

15日、月。大田俊寛『現代オカルトの根源ー霊性進化論の光と影』(ちくま新書)、一章「神智学の展開」まで読む。シュタイナー神智学の微妙な距離感をやっと理解できた。霊性進化論がいかに誕生し、神智学はそれを発展させてきたのかがわかる。ただ、オカルト本に馴染みがなさすぎて、教義の説明の理解が覚束ない。これはからだが理解してはなるまいと拒否しているようだ。かるく読み飛ばしつつ、二周目で理解できればな。『未来少年コナン』を八話まで。八話は傑作。コナンのギャグ(出会いの再現)に涙。できた男だよ。

16日、火。『未来少年コナン』最終話まで。圧巻。固定化された人間関係なんてない。固定化された気持ちもない。うつろうし、そのきっかけは思いもよらない事だ。それをこんなにうまく描けるなんて。ダイス船長、モンスリー大佐、少年のボスは立場や仲間が話しごとに変化していく。あまちゃんにおいてアキが北三陸のみんなを変えたように、コナンがみんなの気持ちを変えていった。朝まで見続けたが、爽快この上ない。また、このアニメは「災害アニメ」だった。日本以外の土壌で、このような設定はSFになってしまうだろう。宮崎駿の原点だ。津波や、エネルギーの爆発で大陸が沈んだ208年という符号から東日本地震を意識せずにはおれなかった。ありがとう宮崎駿。そのままBSアニメ夜話の「未来少年コナン」の回を見た。大塚康生の自伝読まなくてはな。『現代オカルトの根源』読了。『放浪息子』読み始める。

17日、水。『紅の豚』。1992年、監督・宮崎駿。豚になってしまった主人公は賞金稼ぎ。人間にホトホト嫌気が差していたがピッコロ社の技術者フィナとの出会いで人間を見直していく。結末ではジーナとフィナの恋敵の友情と、戦う豚の変わらぬ未来が暗示される。冒険奇譚として考えず楽しめる前期と、歴史を踏まえた無秩序の後期に分裂する、その交差点が『紅の豚』である、という下らぬ予想が見事木っ端微塵に。んなことはなかった。ロマン主義の駿の憧れ映画というわけではない仕上がりに。前半はやや冗長にウェットに言葉で感情を現していくんだが、フィナのホテルの上空を無言で旋回し生存を知らせるシーンからあと、言外のニュアンスで感情を美しく伝えていく。この映画は航空会社の依頼で作られたというが、現在もそのような特殊事情アニメはあるだろう。というか、たくさんあるのではないか。しかし、後ほど意味付けされるほどの豊かさをその諸作品が備えているのかは、わからない。どういった要素が、その分岐になるんだろうか。

19日、金。結局、元恋人の家に泊まる。会うのは3ヶ月ぶり。破産寸前だった。

20日、土。初日の「風立ちぬ」を新宿で。変に公開まで鼓舞してしまったのがわるかったのか、感動薄。「未来少年コナン」の躍動と比べると、画面はモッタリしており、動きで魅せるというよりは丁寧なストーリーで見せていく構成。中弛みの果て、急に展開が転がり出す。奈穂子が結核遺書を残して以後である。描かれぬまま戦争は終わり、描かれぬまま零戦は犠牲を払い戻らなかった。残骸のなかに立ちすくむ二郎とカプローニ。なにが「生きて」か。俺にはさっぱりわからない。人間・宮崎駿の生涯が詰まった作品ではあろうが、昨年の「おおかみこども」のような果てしない感動はなかった。ブックファースト新宿で選書を見、録音に臨む。休講。

21日、日。続々と評があがるが、大きく割れていた。なかでも、岡田斗司夫によるものが群を抜いて面白い。二郎の目がきれいなものだけを追っていたというのだ。女と飛行機。

22日、月。みんな戻って来なかった、お前たちは生きてくれ、という俺をも含む戦後世代への応援歌なのか。ちゃんちゃらおかしい気もする。思わず鈴鹿ひろみ。

23日、火。離れて以来、毎日連絡を取っている。居間で寝かされそうになり、激怒したらしい。ご苦労様。

24日、水。三砂ちづる内田樹の対談集を読む。三砂の単著図書館で貸出中だったのだ。しかし、巡り巡って内田の関係者の書籍に行き着くのは面白い。内田をその人と本だけでなく、周辺環境として楽しんでいるのだ。三砂と内田がここで言いたいのは、身体論みたいなことだ。身体の感性を上げると、ちがう世界が見えてきますよと。それは実証の甘いオカルト的な側面との結託でもある。が、最近の自分はそういう境の考えに触れたいために、刺激的だ。かつてはオカルト的なものに大反対だった。もう潔癖なまでに。今は、安藤礼二『近代論』の流れで、鈴木大拙井筒俊彦に触れている。日本という、近代以降学校制度が整い逸脱の難しくなった場所では、境をウロウロすることが、何かをものにするポイントになっているのは事実なのだろう。その辺りを見極めたい。

25日、木。参院選について話す。なぜその候補者を選んだのか、意図はひとそれぞれだ。そのそれぞれをみんなで参照できると違ってくると思った。芸術新潮「丹下」号と、美術手帖ヴェニスヴィエンナーレ号を立ち読み。太田佳代子と磯崎新のながい対談。BTは手が込んでいて日本館のレビューはアメリカドイツの2種類もあった。蓮實柄谷文庫本は見つからず。

26日、金。人間原理の本を買った。青木薫氏のファンなのだ。親しい友人のブログがあまりにもよくて泣いてしまった。人はとんでもないことを考えていい。とんでもないことを秘めたまま死んでもいい。吐き出してそれが表現になってもいい、ならなくてもいい。閑話休題。「恋人」という言葉の耐用年数の果てに、新しい関係性は生まれ倫理的に破壊尽くされるのか問題。

27日、土。宇宙は高温高圧の状態で始まり、膨張を続けながらさまざまな構造が生まれた。膨張はこれからも加速し、物質は自然にまばらになっていく(そして極めて低温になり人は生きれなくなる)。いま現在の僕たちは、ビッグバン・モデルにすっかり馴染んでおり、宇宙の年齢が有限であることや、宇宙は進化しており、いろいろな時期にさまざまな構造が生まれたということを殆ど常識のごとく理解している。しかし、決してその常識が昔からあったわけではなかった。ということを、過去に遡って論じ、人間原理を解き明かす基盤を構築していく。高温すぎる水星、低温すぎる火星ではダメだったのだ。地球でなければ人はいることができなかったし、宇宙もなかった。『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』読了。

28日、日。「モンスターズ・ユニバーシティ」鑑賞。ラストがいい。結局、復学できずに退学する。校長は最後まで冷たい。二人には能力があった。しかしマイクは怖さに欠けていた。サリーとのコンビで誰よりも二人なら怖がらすことができると証明した(パワーゲイジが崩壊したのは、校長以上の力だったことの証明だろう)。でも、組織には規則がある。規則を破るとそこにはいられない。散々組織に属さずともうまくいくかもしれないという基調だった本編の終わりに楽観的にではいられない現実も見せる。要は運もあるのだ。強かろう弱かろう、運のあるなしが人生の幸せを決めるわけではないのだ。どうなるかわからない。なるようにしかならない。過去の描いた夢との整合性は取れないかもしれない。けれどそれが不幸であるとは限らない。人種もエスニシティもバラバラな人たちが暮らすアメリカの坩堝的現在を引き受けたアメリカらしく痛快な一本。「ザ・ノンフィクション」の「おじいちゃんの遺言」がクソよかった。京大を卒業し一旦は別会社に勤めるも司法試験を受け一発合格で都内の初任給1500万円の知財事務所に内定。けれど、弱者の問題に取り組みたいと蹴って大阪の事務所にきた20代後半の女性。かたや、8度の試験不合格を経て弁護士になった女性。主に前者が、途中少しの後者が、描かれていく。石綿訴訟が中心にでてくる。アスベストだ。石綿工場で働いていたことのある70代後半の男性の家に弁護士は通い詰める。もうじき死ぬかもしれないが、とにかく通う。弁護士と、原告男性。この関係性が変にねじれていくのだ。裁判を起こしたいのは誰だ?なんのためにするのか?が問われてくる。通常は、原告が頼んで弁護士が引き受けるものだが、こちらでは弁護士が主導だ。突然弁護士がやってきて、おじいちゃんに依頼した。協力してくれと。それは弁護士の持ち前の明るさからなのか、おじいちゃんは次第に弁護士を受け入れていく。もう死ぬ間際なのに。もう死ぬ間際だから、かもしれない。おじいちゃんとその妻は2万円のアパートに暮らしている。妻はしんどそうに生きている。押しかけてきた弁護士は厄介者にも見える。最後の夫婦の時間を壊してもいるから。しかし、この弁護士さんのおかげで、おじいちゃんは生きている快感を得ている。弁護士の行為もよくわからない。休日におじいちゃんのふるさとに行って写真を撮ってきたりする。そんなことをせずとも、協力関係は終わらないだろうに。おじいちゃんはよくわからなくなってるし、弁護士もおそらくよくわからなくなっている。けれど、人間関係はいつのまにかよくわからなくなっていくもんだと思うのだ。それがすごくよく描かれている。捨象されずに、そこにある。もうひとつのファクターとして、もうひとりの弁護士がいる。彼女は原告の依頼で就任した路上問題を扱う新米弁護士だ。彼女は裁判に負け、原告たちに総スカンにあう。言葉は酷い。頑張った彼女に対して関西弁で非難と冷笑が浴びせられる。原告が対になっている。自ら頼まなくとも、協力を惜しまず複雑な人間関係が生まれた石綿原告と、自ら頼んでおいてしかしいつのまにか他人のように冷笑を浴びせてしまう路上原告。話が複雑になるのは、実はおじいちゃんは負けたのだ。裁判で。しかも55人中50人は認められたのに、おじいちゃんは認められなかった。弁護士は泣く。おじいちゃんは勝てなかったことではなく、自分がマイナスに作用したのかもしれないと思って悲しむ。原告団のひとつの目的として、一人あたり2000万円の賠償金を獲得することがある。国を訴えたいという正義感もあるだろうが、背に腹は変えられずその金額を目的とする原告もいるだろう。そして、きっとおじいちゃんの妻もそのお金は必要だろう。けれど、なぜか異様にもそのお金は問題とされず、おじいちゃんは悲しみ、そして弁護士との愛のさなかに死んでいく。複雑に絡み合ったドキュメンタリーは様々なことを想起させ、冒頭からラストまで泣き通しだった。よかった。

31日、水。昔付き合ってた子と再会。一年ぶりに。初めて真剣に付き合って最後は一方的にフラれていたので会う前はどきどきしていた。コンサートを見て駅で飲んでその子の家で5時まで飲んでアニメ見て寝て仕事に送った。いい話ができたし支えてあげたいと思った。

2013-07-09

多様なクラスタの代表が己のクラスタの幸福の増大を目指しつつ連携をはかる政治

ツイッターにしたツイートをここで一回まとめます。

|偲に俺がいま望んでることは、日本医師会支援の医師政治家がいるように、音楽業界、現代アート業界、建築家業界、出版業界、エンターテイメント業界(映画とか俳優)、ダンス業界、学生とか院生の界隈とかがそれぞれ議員を送り込んで、自分たちに都合のいい政策が通るようにネゴシエーションする

ワタミの人が「人々の幸せのために」、俳優とかの候補が「国のために」とか言うんじゃなくて、「飲食業の発展のために(規制緩和とか)」「アメリカのように街中で映画撮影などしやすくする」「俳優や脚本家のための政治家になる」とかなら、うおー!!頑張れ!!って俺は言いたいのにな。

多様なクラスタの代表としての議員が、自分のクラスタの幸福の増大を最大の目的として活動し、その意図や活動内容が国民にとって明示的であること。また、その議員の活動が同クラスタ内にどのように受け止められているかを報道が拾うこと。これが一番政治に望んでいることだわ。わかった。

ーー

い海Δ覆辰討ると明らかにすべきことがでてきたぞ。アーノルド・シュワルツェネッガーの公約に俳優や脚本家のために立てられた政策はあったのか、バルガスリョサペルー大統領に立候補した時に文化的な施作にどのように取り組もうとしてたのか調べてみなければならない。

イ△箸蓮現在立候補中のアントニオ猪木が政策に何を掲げているのか、大仁田厚議員時代に何をしたのか、神取忍は何をしているのか。大仁田厚プロレス業界のために粘り強くなにかの政策を実行しようと法律を通したりしていれば、先程の俺の立論は木っ端微塵に粉砕される恐れがある。調べねば。

Δ△箸東京都知事に立候補した黒川紀章公約も調べてみよう。

美大の教授やキュレイターなどがかつて日本の選挙出馬した事例を知っている方がいれば教えてください。

などとツイートしました。いまの政治家を見ていると、同じようなことしか言ってなくてガッカリするんですよね。そりゃ、幅広い世代・関心層から支持をあつめたければ、言うことは「これまでに投票者が聞いたことがあって、反発を覚えないもの」が馴染みのいいのはわかります。でもそれをいつまでも続けていたって仕方がないともおもうわけで。
日本医師会農協労組などを支援団体として議員が当選していたりするわけです。彼らが意図を持ち、自分たちが支援する議員を当選させる過程は当然です。それが彼らにとって有益であるからです。きっと、支援してくれた団体へ何らかの利益があるような施策をできるように努力するでしょう。
ここで私が問題だと思うのは、「己の団体に利益を誘導しようとする人々に偏りがあること」です。
既に利益を己のクラスタに還元させたい!という方々を責めたいのではなくって、ほかのクラスタ議員を送り込んで都合よくしていくために、法律など通すべきだと思うんですね。

そのように、多様なクラスタの代表が選出されて、それぞれの利益増進、もしくはそれぞれの分野の改善を求めて法律が通ったりする姿が継続されれば、やはり国民みな何らかのクラスタに所属しているわけですから、投票するし、その意味も明白になる気がするんですよね。


ということが言いたかったことです。
ここから先は調査した結果を、随時更新していくかたちにします。

ーー

黒川紀章公約都知事選立候補時(2007)に15の公約を掲げている。本記事に関係あるものを太字にしてみた。

1) 石原都知事が立候補を辞退しない場合には、都知事選に立候補する。
2) 無所属(どの党からも、推薦されれば受ける)で出馬
3) 1期のみ
4) 無給、官舎(公館)公用車は使用しない。
5) 石原都政の良かった点は、当然継承する。
6) タレント知事の乱立(すべてが悪いわけではないが)に歯止めをかけたい。
7) 都知事の期間、KKAA((株)黒川紀章建築都市設計事務所)は都の計画や設計を受注しない。
8) 東京オリンピック中止
9) 都を区中心の多核型の都市として活性化する。
10) 一部の首都機能の移転を積極的に支援し、都心に再開発のタネ地を将来のために確保する。そして緑地率を高める。
11) 東京を金儲け主義の投機から守り、文化と経済共生を目指す。
12) 傲慢な態度ではなく、都民と対話し、都民の声に耳を傾ける。
13) 議会民主主義)の重視
14) 中米露との関係重視
15) 知事のリーダーシップ確立、側近政治はおこなわない。