聖杯を巡るそれぞれの事情

 万物の始まりにして終焉、この世の全てを統べる「根源の渦」に至るため、約二百年前に、アインツベルン、マキリ、遠坂の魔術師たちは、それまでの独立独歩の道を捨て、互いの秘術を出し合い、ひとつの奇蹟を作り出した。それが、所有者のただ一つの願いを叶えるという聖杯だ。
 救世主の血を受けた聖杯とは異なり、概念的に生み出されたこの聖杯を手に入れるためには、聖杯により選ばれた7人のマスターが、それぞれの特性に合致した英霊、かつて世界で名をはせた偉人たちの霊を使役し、命を賭して戦い、勝ち取るしかない。この戦いは聖杯戦争と呼ばれ、これまで三度繰り返されてきた。

 第四次となる今回の聖杯戦争に参戦するのは、アインツベルンが勝利のために迎え入れた婿養子・魔術師殺しの異名を持つ衛宮切継、遠坂の当主・遠坂時臣、彼に遺恨を持ち自らを犠牲にして資格を得た間桐雁夜、魔術師と対立する聖堂教会に所属する言峰綺礼らの7人の魔術師だ。
 彼らはそれぞれ異なる動機、異なる願いに導かれながら、あるいは資格を奪い取り、戦いの渦中に身を投じていく。この物語はもともとゲームで描かれたものではあるが、この本ではその中であまり描かれることのなかった前日譚を語っているらしい。

 上記のような背景もあり、彼らがなぜその様な戦略を取るのか、なぜそんなキャラクターなのか、など、人物像が詳細に描かれていると言って良いだろう。この巻では特に、衛宮切継とその妻アイリスフィールの覚悟、遠坂時臣言峰綺礼、その父にして監視者の璃正の協力体制の様子、互いに興味を抱き理解する衛宮切継と言峰綺礼の皮肉な関係などが主に語られる。
 全6巻らしいので、物語はまだ立ち上がったばかり。まだ語りつくされないワクワク感が読者を期待させてくれると思う。

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虚淵玄作品の書評

目指すべき最高の調停員とは?

 いよいよ調停員としての立場に進退窮まってきた稲朽深弦の前に、当事者である秋永壱里調停員が現れた。ところがその彼女はなぜか街には行きたがらず、そして行う調停は当事者の事情を無視したメチャクチャなものばかり。深弦はその行動に不審を抱く。
 ついに最終巻。3巻で深弦が確立した調停員としての方法論に対して、壱里調停員の方法論は目的よりも手段を優先しがちなものであったことが明らかになる。最高の調停員という評価が確定している壱里調停員の調停結果に対して、深弦が取る行動とは?
 また深弦とセシルの日常に関する短編2本も収録されている。

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鳥羽徹作品の書評

オルクの作った街の光と影

 秋永壱里調停員の不在が協会内で噂にのぼりはじめ、稲朽深弦の調停員としての立場もいよいよ危うくなってきた。当然、深弦は自分の調停員としてのポジションを確立するため、調停実績を積もうと奔走するのだが、その様子を見るセシルは、彼女の姿勢に危うさを感じる。オルクたちのために尽くすことではなく、実績を積むことが優先されてしまっているのではないかと。
 セシルの意見に感情的には反発しながらも、彼女の正しさを本質では理解してしまっている深弦は、自己嫌悪と迷いに陥るばかり。そんな状態の深弦の前に謎の少年が現れ、彼女に一つの問題を出していく。果たして深弦は正しい答えにたどり着くことが出来るのか?

 目の前のことだけに囚われすぎると、本来ならば目的を達成するための手段に過ぎないことが、まるで目的のように勘違いしてしまうこともしばしばある。それを見切って、本末転倒にならないように出来るか。口で言うのは簡単だが、なかなか難しいことだと思う。

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鳥羽徹作品の書評

はじめてだから

 バドミントン部員の16歳、天然暴走系の大道加奈と高校球児の高木。二人は初めてのお付き合いをすることになる。はじめてゆえに生じる、色々と恥ずかしいやりとり。そんな青春物語です。

 前作の「スマッシュ!」最終版でメインとなった恋愛エピソード、そしてスピンオフっぽく読切があった委員長と野球部員のエピソードなどにあった要素を引っ張ってきて、そこに青年誌的な要素を付け加えた感じの作品になっている。
 多分ラブコメを描くこと自体は作者は好きそうな印象があるので上手くはまれば面白くなるかも知れないけれど、もっとあざとくして、むしろ少女誌とかでやった方が受けるんじゃなかろうかとも思う。青年誌的には中途半端というか、キャラは少年誌寄りだしエロ要素もむき出しという感じじゃない。さて、どうなるのかな〜。

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咲香里作品の書評

もう一人の当事者の物語

 テラノ・ユイガと小日向祭が出会い、互いの秘密を共有する関係となった出来事の中で、ユイガがレベル4のIPI配信者であるがゆえに犠牲になった少女が一人いた。自殺未遂をしてしまった彼女の名は羽田夕菜。
 これまでの、なるべく人と距離をとる姿勢から自分を変えるために、まずは夕菜と仲直りをしようとするユイガだったが、彼女の友人たちにそれを妨げられてしまう。だが、そんな夕菜から、祭あてに一通の手紙が届く。

 一方、ユイガになるべく普通の学園生活を送らせつつ、他の生徒への影響を最小限にとどめるため、七種一葉を中心とする祭の友人たちは、色々と画策を開始する。しかしその過程の中でひとつの疑惑が浮かび上がり始め、彼女たちの日常を壊しかねない事態に繋がっていくのだった。

 1巻出の出来事の事後談でもあり、その時にあった事件の真相を明らかにもする物語となっている。社会を取り巻く情勢と、一人の少女に課せられた運命とも呼ぶべき条件にがんじがらめにされながらも、その中で少しでも良い環境を作り出そうと努力する少年と少女たちがいる。
 その結末は必ずしも幸せと言えないかも知れないが、許される状況の中で最善を尽くした結果であるとは言えよう。

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里田和登作品の書評

相手に伝えるということの重要性

 他のコトモノの物語を詠唱する能力を持つムジカを宿した少女、名瀬由沙美は、ロゴたちの暮らす施設くるみの家に引き取られることとなった。「た」を認識できないコトモノを持つ少女、滝田たつねなど、くるみの家に暮らすコトモノたちにも受け入れられた由沙美だったが、ムジカの元となったコトモノを持ち、かつてのくるみの家の中心にいた真木成美の記憶を共有していない彼女は、何か落ち着かない気分になってしまう。
 こうしてホワイト・ラビットの事件が過去のものとなったころ、街には奇妙なダンスを披露する集団、破詞が広まりを見せ始めていた。そしてそのダンスを踊り続けたコトモノは、自らの物語を変質させてしまう。

 コトモノの物語を守るために、ロゴは破詞の正体を探ろうとするのだが、その圧倒的な広がりと、言葉を必要とせずに伝染するという性質ゆえに、己の無力感にさいなまれる日々が続く。そして、そんなことに気を取られているうちに、破詞の影響は身近なところにも及ぶのだった。

 今回の遺言詞は発声言語ではなく、別の手段を媒介して意思伝達が図られる言語、そして他者の遺言詞を通じて自らを複製するというレトロウイルス的な性質を持ったものがテーマとして取り上げられる。
 言葉を必要とせずに相手の気持ちが読める、意思の疎通ができるという能力はたいそう便利に思えるが、そもそもコトモノの能力は超能力的なものというよりも通常の能力が研ぎ澄まされた感じの能力なので、本当に心が読めるわけではない。
 だからその能力を過信しておぼれると、どういう結果になってしまうのか。伝えるということの重要さを考えたい。

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大泉貴の書評

人間ぽい感じがする

 アルバイト、会社員、美容師、女子高生、様々な立場の女性たちが自分の恋愛観などを明らかにして、他人との違いに悩んだり羨んだりする群像劇。各主人公は直接的な知り合いではない場合が多いのだけれど、色々な局面ですれ違ったりしている。
 どの人物も自分なりの生き方をしているのだけれど、誰もそれに満足しておらず、他の誰かを羨んでいるところに特徴があるかもしれない。羨まれている人にも悩みがあるということは別のエピソードで明らかになったりする。
 別にどろどろとかはしておらず、すっきりなんだけれど爽やかではなく、とても人間ぽい感じがするところが面白いと思う。

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ヤマシタトモコ作品の書評