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2018-05-30 好きな子ができると反抗期が終わる?

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問題があります (ちくま文庫)

問題があります (ちくま文庫)

100万回生きたねこ」で有名な、佐野洋子さんのエッセイ集。

おなかをかかえてゲラベラ笑った話もあれば、興味がない話で読みとばした話もある。雑誌などに投稿された作品を寄せ集めて出版したようなので、似たような話が何回かでてきたりする。

その中におさめられた「私はダメ母親だった」という作品。今後、くるであろう、KOTの反抗期の心構えとしたいので覚書です。いろいろなケースがあると思うけど、人は節目節目で成長するというのはその通りだと思います。

抜粋

思春期子供が荒れ狂った時、私は毎日泣いていた。全部自分のせいだと思ったのである。私は自分の生きてきた道すべてが、子供をそのようにしてしまったのだと思った。ありがたいことに世間の人すべては私のせいだと言った。本当にありがたい。しかしある人は「自分のせいだなんて思いあがるな。自分子供にそんな影響力があるなどと思うのは子供の魂への侮辱だと思う。彼は今人間になろうとする混沌を生きているのだ。彼をそんな弱い人間だと思うのは失礼というものだ。」と言った。しかし、バカな私は「そうか」なんて思えないのね。ただひたすら、自分を責め続け、うろたえ、おろおろして、毎日ドッキンドッキンと不安であった。やることなすこと、裏目裏目に出てくるのであるしかし、裏目をやめることができない。

 ある時、ケロリとまともになってしまった。それは、私が母親の愛をすべて捧げつくしたからではなかった。子供が、親以外に愛する他者を見つけたからである。私は呆然と腰が抜けた。そして私は、土下座して神に感謝したのである。「ありがとうございます。あの子に人を愛する力を与えてくださったこと、そんな偉大な力を与えてくださってありがとうございます。」私は本当にうれしかった。ふ、ふ、ふ、べつに私を愛してくれたんじゃなかったけどね。人は人を愛することで、人間として実にまっとうになるのである。私はこれで安心だと思った。私の役目は終わったのである。そしてそれから彼は彼の人生を歩き始めたと私は思っている。そして思い返すと、私は子供によって実に楽しい人生を持つことができた。それは、なんでもない、ただ子供がかわいかったということだけである。どんなことでも、ああかわいかったと思わせてくれたので、私は、思い返してニマニマ笑ってばかりいられるのである

中略

私は、子供が人を愛せる力を持てれば、それがすべてだと思う。男の子であろうと、女の子であろうと、そして愛する人と生きていくための力をそこからつかんで、金も稼がにゃならんし、人を守らねばならぬ、人とうまく付き合わなければならぬ。そのために私は何をしたか、なにもしなかった。私はただ子供がかわいかっただけである。愚かでみっともない母親をやっただけである

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