こうやたかお

えー、舞台は名古屋大学学生寮でございます。


寮長、寮長。
ん?何?どうした?
久蔵の奴、三日ばかり起きてきませんね。
何だい。よくねえじゃねえか。風邪か?
いや。違うみたいです。
金か?
そう……でもないみたいなんですよ。
何だ、おい。いま流行の便所でメシ喰うっていうアレか?
いや、そのメシも食べないんですよ。夜も碌に寝てないみたいです。夜中に部屋から妙な曲が聞こえてきますしね。
おいおい。やばい宗教にでもハマってんじゃねえだろうな。しょうがねえ行ってみるか。
どんどんどん!おい!久蔵!久蔵!開けろい。
へい。
へい、じゃねえよ。おい、お前ここんとこずっと寝込んでるってえじゃねえか。どうしたんだ?
いや……その……
何だよ、はっきりしろ。
あの、好きに……なったんすよ。
え?好きって、誰を?
あの……さゆ。
??
道重さゆみさん。
道重?誰だよそりゃ。
いや、あの、その、モーニング娘の……
モー娘?また、ずいぶん古風なモンにはまってんなあ。俺も詳しかないけど、今だったらAKBとかそんなトコにいくもんじゃねえのか?
いや、そういうことじゃなくて、この前名古屋駅歩いてると新幹線乗り場に人だかりができてるんですよ。なんだろうと思って聞いてみると、モーニング娘がこれから来るんだって話で、そんなこと言ってるうちに車が横付けされて、女の子たちが足早に改札に向かって行ったんです。
おう。それで?
みんな可愛かったし、きれいだったんです。でも、その中にひと際きれいな人がいて、すいません、あれは誰ですかって、そう聞いたら、あれはさゆだよって言われて。もう決めたんです。
ふーん。それでのぼせちまったってわけか。で、好きなのか。
いや、あの、好きってそんな好きとは違うんすよ。
違う?何が違うんだよ?
本気なんです。
?何?
本気なんです。
もう一遍言ってみろ。
ほんき…
馬鹿野郎。お前アタマおかしいのか?ちょっと考えてみろ。相手はアイドルだろ。本気ったって、一体何が本気なんだよ。
俺の気持ちがですよ。こんなに人を好きになったことはないです。本気なんです。
うるせえうるせえ。寝てろ当分。ったく、ちかごろの若いのはなに考えてるんだかなあ。妙なモン溜まってるから妙なこと考えるんだ。ソープ行け!ソープ。


寮長、寮長。
なんだよ。
久蔵の奴、牛丼目の前に置いて泣いてますよ。
何だよそりゃ。……ったく、どうした久蔵。
あの……さゆが、さゆが。さゆがいるんです。
何だおい。言ってることがわけわかんねえぞ。いねえよ。どこにも。
いるんです。目を閉じても目蓋の裏にさゆが写るんです。ああ、こりゃいけねえと思って、テレビでも見て気を紛らわそうとすると、いるんですさゆが。
そんなもん出てない番組を見ろよ。チャンネル変えろチャンネルを。
いや、出てないんすよ、出てないんすけど。見えるんです。汐留や、東京オペラシティや、ハーバード大の教室に。
……どうでもいいけど、見てる番組がめちゃくちゃだな。
それで、これじゃいけねえと思って学校に行くと、教授がさゆに見えるんです。んで、ダメだと思ってコンビニに行けばさゆ。あっちを向いてもさゆ。こっちもさゆ。ああ、これじゃいけねえと思って飯でもかっこんで寝ちまおうと思うと、どんぶりの中にさゆが写るんです。
もう、さゆが好きすぎてどうしていいかわからない……うう。
おいおい、しっかりしろよ。泣くんじゃないよ。
もう、ダメです。このままでは生きていけません。
しょうがねえなあ。いいか、相手はアイドルだろ?コンサートとか何だ、握手会とか色々あるんだろ?会いに行けばいいじゃねえか。
違うんです。違うんですよ。私はただ、さゆにこの気持ちを伝えたいだけなんです。言葉を……自分の……
うーん。そんなこと言ってもなあ。ダメだろよ。一般人がアイドルと話すなんて。無理だよ。あきらめな。
でも、でも、それこそ無理です。あきらめるなんて、そんなことできるわけないでしょう。寮長だって人を好きになったことあるでしょ?その気持ちは本物だったでしょ?
いや、ま、そうかもしれないけどさ。相手はアイドルだよ。ちょっと……
違います!そんなことを言ってるんじゃないんです。好きになった気持ちに、アイドルとか、何だとか、関係ないでしょ!
はい。そうです。……いやいや、関係ないわけじゃない気もするけど、第一、お前どうすんだよ。会いたいって言ったって会えるもんじゃないんだぜ。そりゃ、俺に何かコネでもあればあわせてやりたいけど、こればっかりはなあ。学生寮に7年いるけど、何のコネもないからなあ。
……あ、そうだ104号の藪井。いたろ。あいつ。学校にも行かずに全国飛び回ってるあいつ。あれ確かアイドルの追っかけやっててぐずぐずになってんだろ。ろくでもねえんだってなあ。あいつ連れてこいよ。なんか知ってるだろ。


あ、ども。お久しぶりです寮長。
おひさしぶりってのもなあ。俺7年ずっとこの寮にいるんだぜ。
すいません。最近イベ連発でスマが推されててユーストリームで流れててもやっぱ現場だからなかなか寮にも寄れなくて。
何を言ってるのか訳分からないけど、まあ、いいや。お前さん、あれか、モーニング娘の道重って知ってるかい?
いや、知ってるも何も。ご存知ないんですか? やだなあ、ロンハーとか見てない?今うさピーは?あいまいナは?
いいよ、知らないよ。いやな、あの久蔵だよ、あいつがその道重見て惚れちまったってやつだ、で、会いたい一心で飯ものどを通らない。牛丼に涙の粒を落としてるようなカタチでさ、お前さんなら、アイドル詳しいだろ。何かいい作戦考えてやってくれよ。
会いたいって、会うだけならコンサとか舞台とか行けばいいじゃないですか。コンサなら市公会堂とか来ますし、行けますよ。
いや、そういうんじゃないんだってよ。その、会って、好きだって話がしたいって。
話?じゃあ握手会かなあ。でも、握手会ったって一声かけられるかどうかくらいですよ。ハワイとかなら多少余裕あるけど、それでもどっこいどっこいですしねえ。
おいおい、それじゃやっぱり会話するってのは厳しいのかい。久蔵もうへろへろにまいってるんだ、なんかいい知恵貸してやってくれよ。
あ、そうだ、FC特典ですよ。ファンクラブに入ってポイントためればツーショット撮影のときに会えますよ。これが一番長く時間が取れる。
ポイント?
スペシャル会員になるとクレジットカードがもらえて、それを使うとポイントがたまるんですよ。で、その ポイント分で自分の押しメンとツーショット撮影ができるって、そういう特典があるんです。
おお、いいじゃねえか。じゃあ、クレジットをバンバン使えば二人で会話できるチャンスがあるんだな。
まあ、そうですけど3000ポイントですよ。金額にすれば300万円使わないといけない。久蔵にできますか?
んー。あいつ寮内でも1,2を争う貧乏だからなあ。……おい、久蔵。そういうわけだ、会ってきちんと話をするには300万かかるってよ。どうする?
やります。
いや、やりますはいいけど、ちゃんとわかってんのか?300万だぞ。
やります。バイトします。ポイントさえ貯めればさゆに会えるんですよね。
ああ、うん、会える…よな?
いや、まあ、会えるっていっても……
やります!こうしちゃいられません。お茶漬けください。鮭茶漬け! 13杯!
うるさいな。なんでそこだけ古典どおりなんだよ。……おい藪井、久蔵張り切っちゃてるけど、大丈夫かい。
なに、しばらくすれば目も覚めますよ。


さて、それから3年の間、久蔵さんは学校へも行かず、ひたすらにバイトバイトの日々。もう働いた働いた。
多い時には、日に6件の家庭教師を掛け持ち、その深夜に道路工事で赤色灯を振るという活躍ぶり。


寮長、寮長。
おう、久蔵じゃねえか。最近さっぱり寮で顔見なかったけど、大丈夫か?なんか顔が青黒くなってるぞ。
へい。お久しぶりです。寮長。……寮長!
わわ。なんだ、どうしたい。
貯めました。貯まりましたよ。
…?何。何がたまったって。
ええっ。忘れちゃったんですか。さゆですよ、さゆ。ポイントがようやく貯まったんで、会いに行けるんですよ。
ええっ。覚えてたのか。よくもまあ3年の間、学校にも行かずに働きどおし働いてるから、どうしたのかと思ったら。そういうことか。
寮長も3年ずっと寮長やってるんですから、たいしたもんですよ。
大きなお世話だよ。でもな、お前。300万もどうやって使ったんだよ。
へえ。寮長も御存じかもしれませんが、俺小さい頃に親父が死にましてね。それで、兄貴と俺、二人兄弟をお袋一人で育ててくれましてね。
ああ、そうだっけなあ。郷どこだっけ。上総湊、千葉か。
まあ、兄貴とおいら二人で大学行くなんてのは、どだい無理な話だから。でも、お前は、しっかりと勉強するんだと言われて。兄貴は残っておふくろの面倒を見てます。俺は何とか奨学金もらってここに通ってるって……いけませんね、しめっぽくなっちまって。
いや、んなこたねえよ。
だから、バイトで金貯まったら着るもの食べ物、家電なんか、アマゾン通して実家に送りつけてます。
そうか、そうまでして出してもらった学校にも通わずにアイドルにはまっちまって……ま、でも、それだけの仕送りしてるんだ。おめえの料簡も立派だよ。よし!行って来い。
久ちゃん。久ちゃん。
わあ。藪井このやろ。どっから湧いて出やがった。
へへ。あっしも300ポイントためたんですよ。ちょうど同じ会場なんで、一緒に行きましょう。
なんだい。藪の字、お前も貯め込んでたのか。
へ。まあ、あっしの場合は全部CDや遠征の交通費になりましたけどね。
お前はひどい親不孝者だな。まあ、いいや。やっぱ場慣れしてるやつがいないとどうにも不安だからなあ。じゃあ、藪井。よろしく頼むぜ。
ええ。まあ、そりゃいいんですがね。久ちゃん。とりあえず、そのカッコだ。3年の間おんなじ服着てるから、もうジャージなのかスウェットなのかパジャマなのかわからないようなそのカッコはなんとかしないといけない。そんななりでキモがられては元も子もないからね。
でも、もうお金が……
そんな心配すんなって、一世一代の大舞台だろう。おう。寮のみんなすまねえ


ってんで、寮長が声をかけて、寮生がわらわらと集まってくる。まあ、元が貧乏所帯で、それだけにみんなの繋がり、結束は強い。
それぞれが、とっときの一張羅を持ち寄って、


よしよし。馬子にも衣装たあこのことだな。びしっと決まってんじゃねえか。じゃあ、いってこい!


……二人して出発しまして、会場は神戸こくさいホール。高速バスで朝一番に乗り込み、向かうはホール入口のエントランスです。


久ちゃん、久ちゃん。
は、はいっ!
緊張するなってほうが無理か……久ちゃん。おいら考えたんだけど、ひとつ作戦だ。

このままツーショットに流れ込んで、さゆ目の前にして、好きですだの言って。二言三言話しておしまいじゃ、3年の間頑張ったお前さんがかわいそうだ。
で、でも、どうするんですか?
今からオレがねばるから、その隙にさゆに近づいて言うんだ。
い、言うって何を言うんですか?
なんでもいいんだ。お前の気持ちをしっかり伝えて来い。
次の方、どうぞ。
よし。いいかい。なんとか時間を稼ぐから、その隙にさゆに言うんだぞ。


さあ、ところがここで悪名高い「剥がし」でございます。


あ……あの、さゆみさ……
あ、ありがとうございま……


最後まで聞く暇もなく腰を掴まれ放り出されるように剥がされた。


あ……ああ……
久ちゃん、久ちゃん。どうだ、言えたかい?
……ぐずっ……ううっ……
あ……やられちまったか……しょうがねえ、とにかく帰るんだ。


ってんで、ほうほうのていで名古屋に帰ってきた。それから数日後、


おい!藪井!藪井!
へい。なんすか、寮長。
おい。あれから久蔵、部屋に引き籠っちゃって俺も入れてくれないよ。どうしたんだ?
いや、まあ、剥がしにあっちゃったみたいなんすよね……あれです、まあ、言いたいこと言えなかったんですよ。
言えなかったんですよって、お前、3年寝ずに頑張ったんだぞ。そんなひどい話……
そんなひどい話がまかり通るのが、今の現場なんですよ。それで心が折れてちゃあ、ヲタなんてやっていけないんです。
でも、それにしたって……おい、なんか考えてやろうぜ。そりゃ、あんまりだろうがよ。


それじゃ、ってんで、ありとあらゆる手段に訴えて……ここら辺、あんまり言うと生々しいのでね。……詳しいことはBUBUKAでご覧下さい。
えー、身分を偽って、一晩700万の条件。都内の高級ホテルの一室で会える、と。ここまでの条件を整えた。


久蔵……、ま、今話したとおりだ。とりあえず700万。それでお前は×××[ピー]の社長の御曹司ってことだそうだ。これなら完全にサシで会える。
……
どうする?まず、700万だぜ。
お金の問題じゃないです。これまでの倍働いて、3年で700万拵えてみせます。
うん……。それで、お前は社長の御曹司てことだ。……話ができればいいんだな。望めば、その先……
やめてください!
……わかった。何も言わないよ。とりあえず、よく考えろ。肚据えないと。気持ちが固まったらまた、声かけろい。


さあ、それから久蔵さんまた3年の間、言葉通りそれまでの倍働いて、血を吐く思いで700万貯めました。


寮長、寮長。
お、久蔵か。どうだ、覚悟決めたか?
……はい。
そうか、じゃ、何も言わねえ。行って来い。
寮長、ひとついいですか?
ん?何だ。
寮長いつまで寮長やってるんですか?
うるせえよ!ほっとけ!


さて、久蔵さん。指定された高級ホテルの最上階スイートで落ち着きなくうろうろして待っている。すると、ベルが鳴り、ドアを開けて道重さゆみ、その人が入ってきて、


……こんばんは。うさちゃんピース
……
あ、…あんまりこっちのキャラ好みじゃなかった?
……
じゃ、じゃあ。シャワー使っていいですか……


俄かに久蔵さん、土下座して、


すいませんっ!嘘です。嘘でした。俺は…ただの学生です。
!……どういうことっ?!
あなたを名古屋駅で見かけてから、ずっと、ずっと好きで……好きで。一度でいい。一度でいいから会ってお話がしたいと。
でも、どうしていいかわからなかった……それでも、寮のみんながよくしてくれて。久蔵、久蔵って。がんばれって。
それで3年の間、夜も寝ないでバイトして、ポイント貯めて、そうすれば会えるって……で、神戸で握手……できたんです。けど、とても話なんてできなくて……
ああ、これでおしまいなのかと思うと、もう、ぜんぜんダメで。でも、そんなときでも、みんなは励ましてくれて、色々考えてくれて、今日のこの算段も……
だから、それでまた3年間、それまで以上に必死になって、700万貯めて。それで、嘘ついて。身分偽って、ここに来たんです。
でも、本当のこというと、不安だった……本当に会えるのかって……
それで……結果的にだますことになってしまったのは、申し訳なかった……です。
でも!
…………こっちを見てはくれませんか……しかたありません。俺が悪いんですから。……会えた……会えた……
でも、きっと今日が最後です。もうお話することは、できないかもしれない。……ただ、この広い空の下で、もしかしたら、すれ違ったり、そんな偶然があるかもしれない。
そんなときに、木で鼻をくくったように無視しないで……元気でいるって、うさちゃんピースをしてくれませんか。……その姿さえ見られれば……それだけで、生きていけます。
すみませんでした。帰ります……
待って!


それまで、伏し目がちにじっと聞いていたさゆの目から……瞬きをした拍子に、ぽとりと涙の粒が落ちた。


その話……ほんとう……?
も、もちろんです。ここまで来て、嘘なんかつきません。
わたしに会う、それだけのために6年間……、軽蔑したでしょ。こんなことやってるなんて……
そんなことありませんっ!そりゃ、最初に聞いたときは……驚いたけど、でも、そんなこと関係ない!あなたを好きな気持ちは変わらない!!
……わかんない!わかんないよ!わたしはこんなにわたしのこと嫌いなのに……なんで、こんなさゆみに……。そんなに……
僕にもわかりません。でも嘘じゃない。嘘じゃないんです。正直な気持ちです。……だから……この気持ちに……嘘はないから……
でも、あなたはこんなところに来るべき人じゃありません。きちんと学校を卒業して、まっとうな社会生活を送ってください。
でも、こうして会えて、話もできて、夢がかなった……かなったはずなんですが……すみません。浅ましいことですが、ほんとうはまた、また会いたい。気持ちが抑えられない。
……あなたの気持ちは嬉しいんです。でも、さゆみは、あなたが思っているような、そんな……そんな人間じゃないんです。
この世界で生きていくために、思い出したくもない汚いものをいっぱい見てきたし、いっぱいやってきました。あなたのようなきれいな目は、もうないんです。
もうさゆみの中には、きれいなものなんて何にも残ってないのよ。……なんにも。
……見てください。窓の外。
……?
俺は千葉の田舎で育って、……星空がきれいなところでした。それで、都会に出てくるときに、都会の空じゃあ、もう、星は見られないと思って諦めてたんです。
けど、みてください。ほら、ひとつ……ふたつ。数は少ないけれど、しっかりと、星は輝いてるんです。どこにも無くなってしまったわけじゃない。
あなたも同じです。あなたの輝きはなくなってしまったわけじゃない。
俺には、何にもないし、バカだから……あなたの苦しみ……だけど、星に誓います。あなたを愛すること。愛し続けることを。
……その言葉、嘘じゃない?
はい。
……わかりました。来年3月15日、わたし……娘を辞めます。そうしたら、あなた……わたしと結婚してくれますか……?
!……はい。


後日の証拠にと頭につけていたうさぎのボンボンをほどいて久蔵の手に握らせ送り出した。
さあ、久蔵さんはもう地に足がつくはずありません。ふわふわして寮に戻ってきて……


どんどんどん!うにょったらあああ!らあ!えいおらかあああ!
なんだなんだ、おい。山から獣でも下りて来たのか……あ!久蔵!帰って来たのか。
たた、たらいまもろりまひたあ。
おいおい、しっかりしろよ。大丈夫か、水飲め、水。
……んっ。はあ、はあ。ただいま戻りました。
おう、お疲れ。どうだった、会えたか?
は、はい。来年3月15日です!
なんだ?どうしたんだよ。
あの、来年3月15日にさゆと結婚するです。
あー。病気がひどくなっちゃたよ。やっぱ行かせるんじゃなかったかなあ?…ふん、なになに?二人っきりになって、それで……想いを伝えた。で、3月15日に娘辞めて結婚するって約束した?!信じられないけどなあ……そんな話。


さて、久蔵さん。それから、ずーっと来年3月15日、来年3月15日とつぶやき続けて、今度は必死に勉強しだした。
聞いてみると、来年3月15日までに単位を取って学校を卒業する。そうして、さゆを迎えるんだと、これまた大変な意気込み様で。
もうそのつぶやきが余りにひっきりなしなので、もう誰も久蔵とも久ちゃんとも呼ばなくなり。


おい、来年3月15日!
はい。
早く飯食え。
はーい。


てなもんで……さて、年が明け、睦月如月弥生とあっという間に月日は流れ、ついに3月15日、その日でございます。


寮長……来ますかね。さゆ。
ばか!お前まで久蔵がうつったのか。来るわけねえじゃねえか。あーあ、さゆもなんだってそんな罪作りな嘘つくかなあ。
でも、来なかったら、久蔵どうなちゃうんでしょうか……
そこだよ、心配は。あいつ信じ切ってるからなあ。変に思いつめなければいいけど……


みんなで食堂に集まって、どうしたもんかと話している。と、そこへ……


どんどんどん!みんな!みんな!ふあゆ!ふあゆふあふあふあ!
なんだなんだ!落ちつけよ。しっかりしゃべれ……って……
すみません。久蔵さんは、こちらですか。
しゃ、しゃしゃしゃ、しゃゆ!さゆ!おい!久蔵!来たぞ!!


うわーっと物凄い声で叫んで、二階から転げるように降りてきて、足がもつれ、どた、どたた!
ちょうどさゆの足元にすがるような格好になり、


……来てくれたんですね。
約束でしょ。
……嘘じゃ……嘘じゃなかった……
あなたは本当の気持ちを伝えてくれました。だからわたしも、嘘はつけません。
……うう。……ぐすっ。
久ちゃん。うさちゃんピース
……ははっ。う、うさちゃんぴーす……
これから、よろしくお願いします。かわいがってね……
もちろんです。世界一、かわいいひとなんですから……
……ううん。違う。宇宙一でしょ。


……そうして、二人は結ばれ、共白髪まで添い遂げたといいます。
傾城に真無しとは誰が言うた、真あるほど通いもせずに。振られて帰る野暮な男の憎手口。……紺屋高尾改め名古屋大さゆみんの一席でございました。

そこつながや

世の中には粗忽と呼ばれる方々がいらっしゃいます。現代のコトバだと「天然」というところでしょうか……


んん、コンビニに来たけど雑誌コーナーはいつも混んでます。すみません。すみません。
はい、何ですか。
みなさん、何してるんですか。
なにしてるって。見ての通り、立ち読みですよ。
立ち読み?そんなことしていいんですか。
いいんですかって……あなた日本の人じゃないね。どちらのひと?
中国です。中国浙江省出身リンリンです!
急にテンション高くなったね。まあいいや、日本じゃこうゆう風に立ち読みする……なんていうのかな、風習?があるの。
そうなんですか。でも、そこに立ち読みしないでくださいって書いてありますけど、大丈夫なんですか。
んん。やなこと聞くね。まあ、習慣みたいなもんだよ。暗黙の了解ってやつだ。法律で禁止されてるってもんでもないし。
へえ、そういうの確かニュースで言ってました、ええと、あ、あれですか、民度が低い。
おい!何てこと言うんだい。ま、ま、いいや。
そうだ、わたしフラッシュがみたいです。道重さんのグラビアのってます。
ああ、そう。女の子なのに変わってるね。でも今混みまくってるからなあ、後にした方がいいんじゃないかい。
ダメです。みたいです。いま。
でも、この人垣だよ。
入ります。
おいおい、無茶しないで、あーはじき出されたよ。だいじょうぶかい。
むー。ニッポンの民度の低さにはあきれるばかりです。こうなったら、ええい!
わああ、又倉くぐって行きやがった、とんでもないことするね。
ははは。やりました。手に入れましたよ。
おう、そりゃ、よかったね。じゃ。
あ!!!アイヤー!
うるさいね。どうしたんだい。
ジュンジュン、ジュンジュンが、撮られました。
何だい、長身俳優と熱愛発覚?ほう、ジュンジュンってのは何だね、好きなアイドルかなんかなの?
メンバーです、どうしよう、事務所に殺される。
おいおい、おだやかじゃないね。事務所って、あんたタレントさん?ジュンジュンってのは何、お仲間なの?
大変です、ねえ、ハゲの人、大変です。
落ち着きなさいよ。あと、テンパって思ってることが口からだだ漏れだよ。……なになに、この記事?ふん、あれ?お仲間はジュンジュンっていうの?あ、じゃあ違うよ。
違う?
そう、勘違い。ほらここに矢口って書いてあるでしょ。この写真には矢口って子が写ってる。だからジュンジュンは違う。
???わたし日本の文字よくわかりません。
嘘つけ!さっきそこの注意書き読んでたじゃないか。
パードゥン?
何なんだよ。とにかく違うから。
わたし呼びます。
え?呼ぶって誰を?
ジュンジュンです。ジュンジュン呼ばないと。ケータイ。
は?
ほら、早く携帯だしてください。
なんで俺が……自分のはないの?
わたしのウチに置いてあります。いいから、早く。
じゃあ、はい。
るるるるるる。もしもし、ジュンジュン。
はい。つきました。
わ。ずいぶん早いな。
近くを歩いてました。
ジュンジュン、ほら、そんなことより。これ見て。これ。
んーーーー。
あなた撮られました。スキャンダルです。事務所に、(首を切るしぐさ)コレです。
ああ!大変。わたし死にますよ。
いやいや、あなたよくごらんなさいよ。日本の文字はわからない?ほら、名前が違うでしょ。んー。わかんないかなあ。
あああ、どうしましょ。助けて、殺される。
いや、大丈夫だと思うけどなあ。そうだ、あなたこの日、この日にどこにいたか思い出してみなよ。
んー。恵比寿。
恵比寿?あちゃ、被ってるよ。これも恵比寿かあ。芸能人は他に行くところないのかね。
あれ?リンリン、これ違います。わたし違います。
お!いいね。そうそう気がついたでしょ。
わたし、もっとかわいい。
なんだいそりゃ。ま、いいや、ほらリンリンさんだっけ。本人が違うって言ってるんだし、違うんだよ。ね。
でもほら帽子とサングラスとマスクと恰好が同じです。
いや、だからさ、芸能人なんてたいていそんなかっこうしてるじゃないの。本人は違うって言ってるん……
ああ!
なに?どうしたの。
今、いま撮られました。
え?なんでわかるの?
アナタの頭からフラッシュの光が……フラッシュだけに。
うるさいよ!
ああ!
なに?!
ここに載ってるのはたしかに私だけど、じゃあそれを見ている私は誰でしょう?
誰でしょうってあなたに決まってるよ!それは別に不思議なことでもなんでもないからね!
ああ!
もう、今度はなんなのよ!
なんかそれって転校生みたいですね。オレがアイツでアイツがオレで。
なんでそんなこと知ってるのよ!ホントに中国の人?…っていうか、歳はいくつなのよ?
ああ!
もー!一体どうしたの?
よく見たら、これアナタですよ。
そんなわけないでしょ!まったく……あれ?……これは確かに俺だなあ。じゃあ、俺は……誰なんだ?

あけがらす

え?何だって、ばあさん。時次郎が帰らない?、帰らないってまだ宵の口だよ。あいつももう二十歳なんだ。そんな、大学の友達とどっか行くこともあるだろう。いつもいつも家に帰ってきては本ばかり読んでいる。週刊ブックレビューのアシスタントや児玉清だってあんなに本ばかり読まないよ。
もうしわけありませんっ!
わ!何だ何だいきなり。うちにつくなり土下座する奴があるか。
ええ、お父様。大変に帰りが遅くなりました。申し訳ありません。
いやいや、遅くないよ。まだ夕方の6時じゃないかね。
学校が終わりまして、帰ってきたのでございます。帰りがけの神社で、今日はお祭りなんでございましょう。子供たちがわいわいと遊んでおりました。それで、子供たちを見ていますと、お兄ちゃん太鼓を教えてよと、そう言われたもんですから、子供たちと太鼓をてんてーんと打っておりました。そうして気が付いたらこんな時間になってしまいました。相すみません。
いやいや、そんなことはどうでもいいんだ。いいから手をあげなさい。
あのな、お前は確かにまじめで、よく勉強もする。父さんもうれしいよ。でもな、ものには程度、ほどってものがあるだろう。そんなに毎日毎日部屋に缶詰めになって本ばかり読んでいるのは、それはそれで、心配なんだよ。身体にもよくないし、第一友達づきあいというものがない。
お言葉ですが、お父様。近頃の大学生というものは碌でもないものでございます。自宅アパートで大麻を栽培して学友に売りつけたり、サークルを装って新興宗教やなにやら怪しい団体へ強引に引き込んだりするものでございます。そんな事をする気力すらない、たいていの人々は何のために大学に来たのか、まったくわからないような無為な日々を過ごしているのでございます。ちょっと頑張るところといえばくだらない色恋沙汰や就職活動くらいのものなのです。
いやいや、まあ、確かにそうゆう一面はあるのかもしれないが、まわりの人間というのはお前が考えている以上に色々な人がいて、お前が想像もしないような視点からものを見ているものだ。そう表面ばかりでを判断してしまうのではなく、実際に友達づきあいをしてみてはじめて見えてくるものもあるだろう。
大学生活というのは勉強ばかりではない。まあ、留年して6年も大学に通った父さんがいうもの変な話だが、学生時代には学生時代にしか経験できないものがあるのだよ。
わかりました。お父様のおっしゃる通り、友達づきあいというものをしなければならないことがよくわかりました。それでは早速友達のできるハウツー本を注文……
いやいやいや、それがよくないと言っているんだ。何も知識だけ詰め込んでもしょうがない。こうゆうことは実践しなければ意味がないんだよ。
いくらお前が堅いといっても、だれか遊びに誘ってくれる人がいたりしないのかい?
あ。それで思い出しました。今日学生食堂でお昼をいただいておりますと、そこに源兵衛さんと太助さんがいらっしゃいまして、今日の夜に中野で大変流行のお稲荷様があるから、そちらへ一緒にお参りに行かないかと誘われておりました。言ってもよろしゅうございますか。
源兵衛と太助?……!あ、ああ、ああ。そうかそうか、そういう手で来たか。古典通り……
何か?
いや!何でもない。うん。そうだな。お前もあれだろう。神信心のことについては確か……
そうでございます。わたくし、日本古来の神社仏閣に大変惹かれておりまして、卒業論文も元禄年間の神社の果たす社会的役割……
ああ。いい、いい。ここはゼミじゃないんだ。そんな話をしろというんじゃない。そうそう。中野駅のすぐそばにな。お稲荷様があるんだよ。父さんも若いころは日参したもんだ。あんまり熱心にお参りに行くもんだから親父、お前のおじいさんからこっぴどく怒られたこともあった。留年したのもそれが原因みたいなもんなんだよ。
そうでございますか。お父様がそんなに信心深かったとは存じませんでした。では、いかがでしょう、お父様もご一緒にお参りに……
いやいや、わたしはもう年であまりやりすぎると身体がキツい。次の日の仕事にも響くのでな。
身体が……?そんなに厳しい道のりなのでございますか?中野あたりでそんなところがあったとは。
いやいや、道程が大変なのではなく、お参りの中身が……まあ、いいや。今夜と言ってたね。さあさあ、早く支度をして、源兵衛と太助に連絡して中野駅で待ち合わせということにして。
それでは、早速でかけてきます。
おっと、待ちなさい。お賽銭を持ったかい?お賽銭がないとお稲荷様に入ることもできないからね。足りないことのないようにね。それから、水も持っていったほうがいい。……ん?そうだ、中は大変な熱気になる。脱水症状になっても事だからな。それと着替えも持って行った方がいいな。あとタオルも……


おい。
ん?
おい。源兵衛よ。あのボンボンほんとに来るのかよ?
くるよ。ほら見なよ。メールでこんなご丁寧なモンが届いてるんだぜ。しかも、送信前後にこれから送りますと到着しましたかの確認の電話付きよ。だったら最初から電話すりゃいいじゃねえか。なあ。
でも、あいつアイドルなんかに興味なさそうだけどな。わかってんの?
いや、だから、これはお稲荷様へのお参りってことにしてるんだよ。
はあ?なんだよそりゃ、騙すにしてももうちょっとなんかないのか?
いやいや、これは俺のアイデアじゃないの。あいつの親父がさ、ミクシィの俺のコミュに来てさ、自分の息子が堅くてどうにもならない。勉強ばかりしていては人づきあいができるのか心配だ。ついてはどうかあいつをコンサにでも誘ってやってくれないか。そのままコンサートと言ってしまうと来ないだろうから、お稲荷様参りだとだまして誘えば来るだろう。よろしく頼む。とこうまで言われちゃったらさ、断ることはできんでしょう。
でもよ、そんな嘘通じるのかよ?第一めんどくせえしさ。
それがさ、お礼として今回のチケ代グッズ代は全部向こう持ちだっていうんだからオイシイ話じゃねえか、って、おい、見ろよ。来た来た。
ぼっちゃーん!ぼっちゃーん!若旦那っ。こっちこっち
すみません。出がけに父が色々と準備が必要だからと持たされまして。
へえ。なんかバックパックにいっぱい入ってるみたいだけど、何持ってきたんです?
はい。水は必要だからと500mlを2本。着替え用の下着とタオル。靴も動きやすくなくては駄目だとスニーカーに履き替えて、お金も5万円ほど持ってまいりました。
ははーん。準備万端ってやつですね。どうだい、もののわかった親父さんだろ。
それと、父からお二人に言付けがあります。
お、何でしょうか?
わたくし、何しろお参りは初めてでございます。色々と不調法もあることと存じますが、よろしくお引き回しのほどお願いいたします。
ああ、いいですよわたしらもう常連で、お前いつもいるから「おまいつ」ってなもんで、大船に乗った気でいてくださいよ。
それと、本日の入宮料ははばかりながら、わたくしが持たせていただきます。また、中で千社札やお守りなんかを買うことがあるかも知れませんが、それもお代はわたくしがもちます。
おほっ、きたきた。いや、ぼっちゃんそれはありがたいんですが、さすがに全部というのは気がひけますやね。半分くらいはこっちもだしますよ。
あ、それはダメです。あなた方は碌でもない方々、札付きです。そんな方にお金を出してもらう謂れはいっさいないっ!
なんだい、おい。急にテンションが高まったよ……ははあ、親父さんに言われたことをそっくりしゃべっちゃってんな。まあ、いいやな。行こうじゃねえか


ってんで、中野駅前の信号を渡り、会場のサンプラザへ向かいます。


源兵衛さん!源兵衛さん!
何だい。うるさいな。
ずいぶん人出がありますね。
ええ。そうでしょう。このお稲荷さんは人気がありますからね。一昔前はもっとすごかったんですよ。横浜アリーナとかSSAとかをいっぱいにしてね。
?それはどちらですか?
ん、ああ、それはね、横浜とかさいたまにはこのお稲荷さんの分社があるんですよ。そちらのお社は大層大きかったと、まあ、こうゆうお話で。
なるほど。……源兵衛さん!源兵衛さん!
なんですか。
皆さま、何かこう、色々な色の服を着てらっしゃいますね。
ん、ああ、そうそう。この……えー、氏子たちもね、それぞれに信奉する神様がありましてね。その御神体ごとに色分けがしてあるんですよ。今日だとあれかな、水色とかね橙、黄色の神様がおおいかな。
へえ、そうなんですか。不思議なお稲荷様ですね。
さあさあ、入りますよ。入場券を買ってね。はいはいはい、いやあ、わくわくしますね。
源兵衛さん。あそこに並んでいる方々は何をしているんですか?
ん?ああ、あそこは千社札とかね、おみくじが引けるんですよ。寄って行きましょう、寄って行きましょう。
……源兵衛さん、これはまた大きなおみくじでございますね。A4サイズくらいありますよ。
そうでしょう。御利益もそれだけありますからね。どれどれ、開けてみてくださいっと、お、出ましたね。
なんでしょう。何やら女性の写真がでましたが……
ははは。これが弁天様ですよ。高橋愛。若旦那、なかなかいい調子ですよ。太助、おめえはどうだい。
あたた。光井だ。こりゃ幸先わるいね。
へっ、しょうがねえなあ。よし、おいらもっと、あちゃーリンリンだあ。若旦那どうもあっしら今日は今一つみたいです。まあ、お堂の中に入りましょ。
……これはまたずいぶん、いろんな方が……あ、あの方先ほどのお店で売っていた千社札を体中に貼りつけていますよ。
おう、あの人はね最近めっきり見かけなくなりましたが、ああやって信心深さを示しているんですよ。修行中なんです。
はあ、修行ですか。あ、あれはなんですか。
ああ、あれは御神木の欠片ですね。お参りの時にはあれを振るのがならわしなんですよ。
なんだか、光っていますが……
そう。霊験あらたかでしょう。
あ、源兵衛さん。あれは……


あれは、あれはと質問に答えるうちに、コンサート開演の時間は迫ってまいります。会場のBGMが切り替わり、客席からはメンバー名を叫ぶ声もちらほらあがってきまして、


わあああ。どどど、どうしたんですかみなさん。
ははは。いよいよ御巫女様がご登場ですからね。木遣りの掛け声ですよ。
ああ、急に暗くなりましたよ。
さあ、来ますよ来ますよ。


さて、会場は俄かに暗転し、サイレン音が響き渡ると、ウサギの恰好をした娘たちがステージに現れる。さあ、この状況をみて、さすがの若旦那もこれがお稲荷様でない。とそのことぐらいは察しがついたようで、


源兵衛さんっっっ!!!!
わあ!なんですか?
こ、こ、こ、こ、ここはお稲荷様じゃありませんね!
あら。気づいちゃいました。
気づいちゃいましたじゃないですよ!だだ、だましたんですね、わたしを。
いやあ、まあ、それは申し訳なかったです。でもね、これはこれで楽しいんですよ。
ああ、こんなところに来てることが父に分かったら。わたしは勘当です。
いやいや、今回の件はね、あっしらの一了見じゃないんですよ。あなたの親父さんからね、頼まれたんですよ。
ううぅ。確かにうちの父は大学を留年したりして堕落しているひとです。そういうことを言いかねない。一度そういう風に堕落した人は、結局元には戻れないんです。フォースの暗黒面に落ちてしまった!
自分の親でしょ?ずいぶんな言いざまだね。
それによく見れば、まわりの人たちもまともな人なんかいやしない。廃人やキチガイ、社会的落伍者ばかりです。
おいおい、めったなこと言うもんじゃないよ。殴られるぜ。
……帰ります。帰ります。
いや、若旦那。待ってくださいよ。
帰りますっ!
ああ、みんなこっち見てるよ。いや、若旦那。若旦那ってば。おい、太助。おめえもなんか言ったらどうだ。
さゆー。さゆー。
聞けよ、人の話を!
ん?いいじゃねえかよ、ほっとけば。そんな駄々っ子の面倒見てる暇なんかねえや。さゆー。
でもよ、ここをしくじると大旦那から後で金返せとかなんだとか色々言われるぞ、きっと。
ちっ、しょうがねえな。若旦那、いいんですよ。帰りたければ帰っても。でもね、入る時荷物チェックされたでしょ。そうそう。あれね、荷物を見てるようで実はそうじゃないんですよ。あれは、どんな奴が何人入ったかってのを記録しておく時間を稼いでいるんですよ。なぜそんなことをするかわかりますか。
コンサ会場にはちゃんとした客だけじゃない、違法で写真を撮ったり、録音したりする不届き者がいるんです。チケット買って入っておいて開演間もないうちにでていく、これはいかにも怪しいでしょう。そうなりゃ、こいつはあやしいってんで捕まって控室に連れてかれる。いずれにしろ帰ることはできんでしょうなあ。
……うう。なんと酷いところでしょう。わかりました。あきらめて居残るしかないようです。


さて、そんなこんなでコンサートのセットリストも進んでいきますが、この旦那のまわりだけ死んだような淀みかたで、


おい、源兵衛、源兵衛よ。やっぱほんとに帰そうぜ。この旦那。さっきから陰気くさくていけねえよ。
ままま。旦那、ほら御覧なさいな。ステージではかわいい子たちが舞い踊ってますよ。せっかくなんですから、ね。
触らないでください。ほっといてください。話しかけないでください。このロリコン。ケダモノ。
旦那、終いにゃあたしも怒りますよ。そりゃ、こういうところはあなたが読んできたような、見てきた様な世界とはかけ離れた場所かもしれません。
でもね。こういうところにはこうゆうところなりのしきたりがあるんです。ステージにいる子たちもね、こういうエンターテインメントを提供するために厳しいレッスンを積んでいるんです。舞台セットを組んでいる人たちも、曲を作る人たちも、まあ、いろいろ言われてはいるけれど、楽しい空間を創りだそうと、辛い日常を忘れられるようなモノにしようと知恵を絞っているんです。
あなたは上っ面だけをみて自分で判断しようとしていないでしょう。本で読んだ知識だけじゃなく、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の肌で触って。
それでいいか悪いか決めてみたらどうですか。それでも駄目だっていうんならしょうがないですよ。……あたしらはね、後ろの方のあいてる席に移りますから。


さて、そんなこんなで源兵衛と太助は2階席の後ろに陣取りOAD、MIXと打ちまくって、コンサートもアンコールとなりました。


よう、太助よう。さっきはちょっと厳しかったかなあ。
いいんだよ。こんなとこまで来てぎゃあぎゃあ騒ぐあのボンボンがいけねえんだよ。それに、もう今頃はおうちで布団に包まってるぜ。
お、おい。見ろよ、あれ、若旦那じゃないか。
ええ?あ、ホントだ!推しジャンプだよ。うわ。それにしてもえらいがっつき様だねえ。のべつ跳んでるじゃねえか。
よし、ひとつ行ってからかってやろうじゃねえか。


旦那、旦那。
れいなー。れいなー。
旦那!こら。
おっ、源ちゃんにたーさん。
なんだおい。ずいぶん態度がかわっちゃったね。どうでした、コンサートってもんは、なかなかよござんしたでしょ。
むすーめ、さいこー!どどんがどんどん!むすーめ、さいこー!
人の話をききなさいよ!
れいな!れいなと目があいました。
おう、そうですか。それはおめでとうございました。まあ、こんなこというのもなんですがね。そういうのはあんまり真に受けないほうがいいですよ。大抵勘違いだったりするんですよ。
手を振ってくれましたし。にこっとわらってくれたんですよ。
ああ、そうですか。それはよござんしたね。分かりました。……何だお前、何食ってんだよ。
むぐ、むぐ。ん、甘納豆。
……唐突すぎるだろうよ。今食うな、今。
古典の形式は抑えとかないとね。
こんな噺とっくに古典じゃねえよ。……旦那、旦那。さあ、帰りましょう。
いや、まだおつかれいなも言ってないし、おやさゆみんも……
そんなのにいつまでもつきあっちゃいられませんや。旦那あっしら先に出て帰りますぜ。
ええ。帰って御覧なさい。出口のとこで捕まっちゃうから。

こがねもち

AKBってわたしもそんなに詳しいわけではないんですが、彼女たち大変ですね。あの選挙制度どうですか?ねえ?
搾取だAKB商法だといっても、なんだかんだいって投票する側はね、好きで買ってるんですからいいですよ。ヤなら買わなければいいだけの話ですからね。
しかし、厳しいのは投票されて、評価される側でしょうね。そのプレッシャーたるや。まあ、想像を絶しますな。そんなところも込みで商売にするんですから、さすがと言わざるを得ないですよ。秋元さんは。
ひるがえって我らがハロプロにもこうゆうものを導入してはどうかというご意見があったりしますが、なかなか難しいところがあるんでしょうな。
でも例えば、既にデビューしているところでは難しいとして、エッグから投票制でメジャーデビューを決めると、こういうやりかたは比較的ありじゃないかと思うんですよ。
そんなわけで、もし、エッグの体制がそんな投票制度だったらという、サイエンスフィクションのお話でございます。


おい、西念。西念さん。いるんでしょ、入るよ。……うわ。ひどいねこりゃ。開けたとたんにむわっときたよ。ちょっと!エアコンくらいつけなさいよ。
うーん。げほげほ。……あ、真野ちゃん
ちょっとあなた、大丈夫?
うーん。あんころ餅。
へ?
あんころ餅が食べたい。
また、唐突だけど……あんころ餅って、そんなものより何かもっと身体にいいもの食べなさいよ。
いらない。あんころ餅。もう目の前があんころ餅になってるんだ。だめ。
太るよ!
太ってもいい。あんころ、あんころ。
んもう。そんなに言うんなら買ってきてあげるわよ。お金だして。
そんなものがあれば、自分で買ってるわよ。ガスも水道も電気もぜーんぶとめられてるの。お金ない。買ってきて。
えー。わたしだってそんな余裕ないわよ。……買うの?わかったわよ。じゃ、行って来るけど。二つくらい買ってくればいい?
い、い、一万円分。あるだけ買ってきて。
一万円??すごい量になるわよ。
とにかく、一万円分。買ってきて。絶対。
う、うん。わかったわよ。


うんしょ、うんしょ。はい。買ってきたよ。はー。重かった。
ああ、ありがとう。じゃ、帰って。
え!ちょっと、それはないでしょ。言っちゃ悪いけどあたしのお金よ。ちょっとくらい分けてくれたっていいじゃん。
帰れ。
ちょ、あなたねえ。
ぐぐ……ぐすっ、帰って。
な、なにも泣くことないでしょうよ。じゃあ、ここに置いとくから。水とかはいいの?いらない?うん、じゃあお大事にね。無理しちゃだめよ。


……ってなんだよ、おい。あんだけあるんだからちょっとくらい分けてくれたってよさそうなもんだ。冗談じゃないよ、ったく。
あたしだって、ここ二日何も食べてないんだから。まったく…病気だと思うから優しくしてあげれば、この仕打ちだよ。
へへっ。でもね、ほらこの部屋隣からのぞけるんだよ。壁に穴あいて。都内なのに家賃1万円だからね。事務所もいったいどっからこんな物件見つけてくるんだろ。
お。見える。見える。
あれっ。あんこだけ剥がしちゃったよ。なにやってんだろ。あんこと餅を別々にして食べる派?なのかな。それにしたって、あの量のあんこををただ食べるってのは、相当ツラそうだけど……


見ておりますと、くるんでいた餡子を脇へどかして、餅をしげしげと見つめております。
バッバッ!っと左右を見回したかと思うと、懐から投票用のハガキを取り出し、抜くが早いかひとつ一つを餅にくるんで、


おおお、おい。丸のみしてるよ。うわ、わわっ。すごいねえ。苦しそうだけど、うわ。むせかえっちゃたよ。


思わず吐き出した餅を右手ではっしとつかみ、迷うことなく口に放り込む。


あ!そうか、自分に投票されたハガキに、未練が残って死に切れないんだ……
ひええ。恐ろしい、地獄絵だね。げほげほ言って……よだれも垂れちゃてるよ。しかし、この執着心は…あっ!


最後の餅を飲み込んだ瞬間、西念がのたうちまわって苦しみだします。


うう!ぐ!ぐ、ぐ!あ、あ、あ……真野ちゃん
うわ。大変だ。ととと、西念!西念!大丈夫、ちょっと。あんなもの飲み込むから……
……見たな!
ううん。ぶるぶるぶる。見てません見てません。何にも。いや、それより、ちょっと。
ぐっ、がはっ。
ちょ、西念!さいねん!……死んじゃった……どうしよう。あ、餅。結局餅飲んだままじゃない。あのハガキもったいないわね。名前を私に書き換えれば……
うーん。どうにかして取れないかな。口から……ぐい、ぐい。無理か……吐き出さないや。お腹を押せば。うんしょ、うんしょ。んーー。ダメ。
出て来る気配なしだわ。……!そうだ、死んだからには火葬されるよねきっと。その時に焼けたあとから抜き出せばいいんだ。
うん。じゃあ早く事務所に電話しないと、


……ってんで、真野ちゃんから連絡を受けた事務所は大慌て……かと思いきや、


ああそう。うん。わかったわかった。……あーあ、また厄介ごとだよ。どうする?うん。エッグだし、いいかあ。……だな。
おい、佐保!西念が死んだってよ。お前行って葬式とかなんか手配してこいよ。


まーったく、なんだってわたしがそんなことしなきゃなんないのよ。
まあまあ、佐保ちゃん。そこは同じ釜の飯を食べた仲なんだから協力してあげようよ。
花音……なんか、やけに乗り気ね。でも、まあそうね。死ねば仏よね。


さて、そんなわけで西念さんを入れる棺桶は事務所がどこからもってきたのかしれないベニヤで作られた粗末なもの。
もちろん、霊柩車を呼んでくれるはずもなく、どっから持ってきたのかまったくわからない人力車。それを車代わりにアパート……いや、もうバラック、掘立小屋と呼んだ方がいいようなものですね。そこに横づけにして、告別式の真似ごと。100円ショップで買ってきた線香を焚いて、公園のベンチ脇に据え付けてあったのをパクってきた灰皿に灰が敷き詰められています。焼香の代わりはしけもくの中身をほぐし出したもので、そんなものをくすぶらせるもんですから、焼香するたびにあたりにセブンスターの湿った臭いが充満します。


はい、ごめんよ。
あ。これはこれは山崎会長様、よくいらしてくれました。ささ、どうぞ奥へ。
奥ったって、お前、狭くてこれ以上上がれないよ。あーあ。死んじまったねえ。目をかっと見開いて、おそろしいねえ。おい、これ閉じなさいよ。
へえ、それが、閉じないんですよ。
閉じないってそんなわけ……あれ?……うん?……んしょ。あれ、駄目だなあ。
でしょ。西念姉さん今回の新人公演、気合入ってたし、なんとかここで目に留まってメジャーデビューするんだって息まいてたから、きっと未練が残って死んでも死にきれないんですよ。
ふーん。まあ、いいや。さっさと済ませようか。はい、南無南無。さようなら、と。それじゃ。あとはよろしく。


そそくさと出ていきます。さてそんなこんなで、このぼろアパートがある赤羽橋を皆がわあわあ言いながら出まして、赤羽橋の交差点をわたって芝公園の脇を通りまして、左手に東京タワー、右手に増上寺を眺めながら、プリンスホテルの下を通り、御成門の交差点を抜けて第一京浜に出る一本手前の通りへ折れまして左右にそびえるビジネスホテルやら集合ビルやらをくぐり、ガード下をくぐって新橋の梅さんのモデル事務所についた頃にはみんな大層くたびれた。言ってるほうもくたびれた。


どんどんどん。おう! 梅さん。梅さん! あけとくれよう。おーい。
うう、誰だい。こんな、暮れ方に。うー……あ。真野ちゃんじゃない、どうしたの?
見ての通り、エッグが一人しんじゃったんだ。これ、ちょろっとでいいんだ。お経をあげてやってくれない?
うん。わかった、ちょっとまってなさい。……と言ったものの何もないんだ。モデル仲間と楽屋で博打やって、すってんてんなんだよ。
なんでもいいからさ。形だけでもやってよ。
わかった、わかった。それじゃそこに座って。仏さんは。ああ、これね。じゃ、そこに置いて。はい、じゃあやるよ。きんぎょーきんぎょーでめきん……
おいおい、なんなのそれ。
イスラムのありがたいお経。
うそつけ。金魚金魚言ってたじゃない。
古典の様式を変えない。という熱い要望にお応え……
全然変わっちゃってるよ。
まま、いいや。では、お布施の1万円を。
何?
1万円。
そんな金ないよ。
そんなことないでしょう。わたしがキッズの頃だってそのくらいは出ましたよ。
今は時代が違うの。キッズみたいな先行投資には会社もそれなりのケアをしてくれたんだろうけど、あたしらエッグは研修生の立場で十把一絡の扱いなんだから。とにかくそんなお金はないよ。
じゃあどうすんのよ。
こうだ!
あい痛っ!
えい!えい!
ぐ、ぐほっ。
おらっ!……へっ、まあこんなものよ。
げ、げぼ……
エッグで生きてていくには、コレが必要なのよ。わかった?……さあ、みんな。運んでくれてごくろうさま。じゃあ、ちょっと降りると新橋だからそこで自分の金で好きなだけ呑んでちょうだい。
ちょ、ちょっと。何よ。ここまで運んで来たのよ。ちょっとくらい真野ちゃんが出してくれてもいいじゃない。
ふーん。ねえ梅さん、大丈夫?痛い?あー、痛いよねえ。つらいよねえ。いやだよねえ。殴られたくないよねえ。
……んんん。わかったわよ。行くわよ。その死体はどうすんのさ?
あ、これ?これはみんなに悪いから、わたしがこれから焼き場まで持っていくわよ。じゃ、みんなフライデーに撮られないように気をつけてね。お元気で!うふふ。


さあ、そうして真野ちゃんは、西念を乗せた人力車を引っ張り知り合いのやっている火葬場へ、夜道を向かいます。


はあ、はあ。やった。やった。これでエッグから逃れられる。ほんとにここは地獄だよ。
毎日毎日、先の見えないレッスンで飯も碌に食べられないから、みんな身長が止まっちゃうんだ。めしったって、コンサートツアーでもあればケータリングの残りがまわってくるから、まだいいや。普段だよ、きついのは。裏の……はっ、はっ。コンビニで余りものの弁当もらうんだ。ホームレスと縄張り争いになって。目がちかちかしながら腐りかけの弁当食べるんだ。お腹がすいてると、腹に入れたものがダイレクトに身体に響いてきて、悪いもん食べると凄い勢いで身体が拒否反応を示すんだよ。でも、それでも、腹に何もないよりはマシだから、身体が二つに引き裂かれるようなところを、必死になってがんばるんだ。……う、はあ、はあ。
ほんとにエッグは虫けら以下だよ。西念だって、必死だった。なのに死んだらもう、あっさりお終いだ。金にならなきゃ、なんにもならない。
あたしは絶対このままで終わらない。終わってたまるか。何のためにこれまで、必死で生き延びてきたんだか、わかりゃしない。
くそっ、目がしみる……汗だか涙だかわかんねえや。……負けない。はあ、はあ、負けないぞ。


はあ、はあ、はあ……うえっ。着いた。どんどんどん!おい。真野だよ。
なんだい。ああ、真野ちゃんか。どうしたこんな夜中に。
死人がひとりできちまったんだ。焼いてくれよ。頼む。
こりゃまたずいぶん乱暴な話だなあ。まあ、真野ちゃんの頼みだからやらないこともないけど。
あ、それでね。お腹は生焼けでお願いね。
何言ってるんだい。そんなこと無理だよ。
そこをお願いよ。ね。
しょうがねえなあ……とにかくよこしな。ほらよ。


ひょいと西念の亡骸を焼き場に放り込む。さて、明け方まで真野ちゃん暇になりましたので、新橋に戻って飲み屋の周りをうろついております。
ビルの隙間に置かれました空ビンの底にたまっているものをつぎ足しつぎ足しして飲みながら……


はあ、くそ。みんなうまいもん食ってやがんだろうなあ。栞菜はうまいことやりやがったなあ。あいつも随分ハガキ貯め込んでたって、のっちも言ってたから。
畜生。メジャーになったら絶対に食い物に困らないように、貯め込んでやる。死ぬまで、死ぬまで貯め込んでやるんだ。
……西念。お前の気持ちわかるよ。死ぬことよりもつらいもんな……心を潰されるのは。
所詮キモヲタの気まぐれだろう、こんなハガキ。……わかってるんだ。こんなこと、ヲタどもの自己満足だってことぐらい……
ぐっ、でも、これがなければ……これは、あたしたちなんだ……あたしたちそのものなんだよ。人気なんて風向きに惑わされてなぶられて。それでもアイドルになりたきゃ生きていくしかないんだ。ハガキを集めるしかないんだ……げぼ。げぼげぼ。……へへ。酔っぱらうのもあまり気分のいいもんじゃないね。くそ。


さあ、そうこうしているうちに夜は白々明け。カラスの鳴き声がするが早いか、焼き場に戻った真野ちゃん


どんどんどん!おい!開けろ。開けろ。
んーーーー。うるさいなあ。真野ちゃんだろう?開けますよ。ほら。
っしょい。どうだ。焼けたか。
はい。こちらです。
あ!てめこのやろ。ぐすぐすに焼けちまってるじゃねえか。生焼けって言っただろ。
だから、そんなの無理ですよ。
うるせえ。この間抜け。大丈夫かあ。残っててくれよ。


懐から取り出しましたのは、先ほどのビール瓶を割ったもの。その尖った部分で腹のあたりをめったやたらに突き刺し、


えい。こら。このやろ。や。でや。
おおおおおおいおい。何してるんだよ。
うるせえこの野郎。引っこんでろよ。
あわわわわわ。なんてことを。罰が当たりますよ。
へっ。こちとらもう失うものなんかないんだよ。てめえに地下アイドルの辛さがわかるかって。……おっ。あった。あった。燃えずに残ってたぞ。ふっふっふー。ぺっぺっ。へへ。来た来た。ばっばっ。
わわ。なんでハガキが出てきてんだ。
うるせえ!いいからお前はもうしょんべんして寝ろ!このやろ。ふっふー。ぱっぱっ。ぶへっ!げほげほ。はっ、はっ。ないか。あ!あったあった。ぶへへへ。
……よし。よし。もうないな。へへ。よし。じゃ、お疲れ様。
お、おいおい。お代をおいてけよ。
うるせえ。餅が焼けてるだろ。それが駄賃だ。


ハガキを持って行ってしまった。
このハガキを元に真野ちゃんはエッグ選挙でトップ当選し、その後、見事ソロデビューを果たしたという、大変におめでたい一席でございました。

がまのあぶら

さあさあ!お立会いお立会い!御用とお急ぎでない方はゆっくりと見ておいで。
遠目、山越し、笠のうち、近寄らざることにはモノの文色と理方が分からん。モノの真贋、詳細が分からん。
山寺でつく鐘の音はコウコウと鳴り響くといえども、里のわらべ登り来たって鐘に鐘木を当てざれば、鐘が鳴るやら鐘木が鳴るやら、とんとその音色が分からぬが道理だ!

さあさ、お立会い。てまえ持ちい出したるこのスケブ。このスケブの中には遥ぅか最後列でもレスもらえる小粋なセリフが仕込んである。
これ!向う正面に据え置きたるときは、天の光、地の湿り、陰陽合体をして、パッと推しメンの視線を呼び込みサッサッサッと手を振るが早いか!
虎の子ばしり虎ばしり雀の小間どり小間がえし、孔雀、霊鳥の舞いと!推しのレスは十と二通りあるが、お立会い!

投げ銭、放り銭は断わる。てまえ長年、コンサ通いづめにあれど芸人でもなければ物もらいでもない。投げ銭、放り銭は断わる。
…『ならば、何を思うて大道に立つや』とお尋ねの方がある。ならば教える。てまえ長年大道にて商いまするは『金看板御免 軍中膏ヲタの油』だ!
てまえ持ちい出したる、……よいしょ、このヲタだこのヲタ!
…お立会いの中に『そんなヲタはコンサ会場やハロショにいくらもいる』と言った方があるが、それは違う。
それは俗に『キモヲタ』『おまいつ』といって薬力、効能の足しにはならぬ。てまえ持ちい出したるは四六(しろく)のヲタだ!
…四六、五六はどこで分かる、四六、五六はどこで分かる!前足の指が四本で後足の指が六本。これを名付けて四六のヲタだ!

このヲタの棲むところは、これより遥ぅか北に当たる、筑波山のふもとにてオンバコというツユ草を喰らって成長する。
捕れる時が、五月。八月。十月。これを名付けて『ごはっそうは四六のヲタ』だ!
このヲタより油を取るには。四方へ鏡を立て。下に金網を敷く、ヲタこれへ追い込む。
…ヲタ、おのれの姿が鏡に映るを見ておのれと驚き、あまりの醜さにタラァリ、タラリと脂汗をながす。
これを金網に漉き取って。三七、二十一日の間、柳の小枝にてトロォリ、トロリと煮つめ上げ、かめの中へと入れ地下三尺掘り下げて十と三年。
出来上がったのがこのヲタの油だ!

赤いは舞美か、みや推しか。テレメンテイカにマンテイカ
ヲタの油の効能は、出痔いぼ痔横根がんがさヨウバイソウ。打ち身すり傷、腫れ物いっさい!…下の病に用いて効能がある!
まだある、まだある。大の男がのたうち回って苦しむのが推しの醜聞スキャンダルだ。スキャンダルなどはなんでもない。
ヲタの油をひとつけ付けて、ぐっ!と奥歯を噛みしめる。雪に熱湯を注ぐがごとくに心の痛みがとれる、お立会い!まだある、まだある。
サイリウムの光を止める!てまえ持ちい出したるこのサイリウムダイソー物ではあるがまがい物ではない。抜けば玉散る氷の刃!
先が光って元が光らぬというイカサマでもない。いかに光るか、折ってご覧に入れる。
ごろうじろ!一本が二本、二本が四本。四本が八本。八本が十六本、十六本が三十と二本。三十と二本が六十と四本、一百と二十八本。
…(投げ上げ)春は三月落花の舞い、スターダストのかたちだ!あたり一面サイリウムだらけだ!
…かほどに光るこのワザモノでも。差しうら、差しおもてにヲタの油を付ける時はどうなるか。ごろうじろ!
…叩いて、光らない!押して光らない引いて光らない!…御立ち合いの中に『ダイソーのサイの皮は厚いね』と言った御仁がある!
…ならばオフィシャル品を叩いてご覧に入れよう!これで文句はあるまい!…ごろうじろ!叩いて、光らない。押して光らない引いて光らない!
…ならばこのヲタの油、拭き取った時はどうなるか!そよ風のなびきでもサイは真っぷたつだ!ごろうじろ!  
…(二の腕に)触っただけで、この通り折れて光った。中身もあふれた。持つ手が痺れてジンジンする。
…だが、お立会い心配はいらない!これは拭き取る!…拭き取ってヲタの油をひとつけ付けて。タバコ一服吸うか吸わぬうちに痛みが取れてしびれがとまる。
このようになる!

…普段なればこのヲタの油。ひと貝200円なれど!今日は出張って商いなれば、今日だけ特別!この生写真をつけて、…500円でどうだ!
…へいっ、ありがとう存じます。へい、ありがとう存じます、ありがとう存じますありがとう存じます…


とまあ、馬鹿な繁盛で。
これでよせばいいものを、コンサ終わりに打ち上げやって、へろへろ状態でやってしくじったという、おなじみのお笑いで。


うい、……うぷ。おーい。ごよ、御用とお急ぎ? うえ、見てきな、みてきなよ。うえええええ!
わあ、吐いてる吐いてる。きたねえなおい。
うえ。さあ、ここにとりいだしたるは、ええと、スケブ。スケブだあ。何が書いてあるか、知りたい?知りたい? もう、特別。今日だけ見せちゃう。
よそで言っちゃダメだからね。えええと、う、一枚目がこれ! はい、これなんだ。わからない?いそぎんちゃく? へへへ。じゃ、これは? あわび? お、いいセンいってるね。じゃあこれだ。んふふ。
正解!おまんちょだ!おまんちょ!おまんちょは数多ありといえども、十と二通りあるが御勃ちあい。カズノコ天井ミミズ千匹、締りは巾着石女名器……
おいおい、なんの講釈だよ。
さあ、うい、ヲタだヲタ。あれ?ヲタいない?どこ?……はい、来た来た。
四六、五六……ん?何だい、指の数が減ってるじゃねえか。また、しくじりかい。親分もいつまでも指詰めで許してくれねえぜ。気をつけな。
……さあ! みろく、みろく。三六のヲタは菩薩さま。ほら、よく見てみな。神々しいだろ。ん?
いいから早くやれい。
へーい。えーと、それで、こいつが草しか食べない。ベジタリアン。野菜だけたべるの。あと桃子だけ。桃子たべたーい!!!
うるさいよ。
これから油をとる。ぎとぎとしてる。油……、あれ?肌かっさかさだな。油ない。ないよお!あ!お前ズボンに何滲ませてんの? ふんふん。さゆのしゃゆがしゃゆぅぅぅぅ!って……ああ、それでちょろっと出ちゃったんだ。まあ、いいや。これを漉き取る!混ぜる!
わわわ。きたねえな。
はい、これをぐつぐつ煮て。塩コショウとセイジ、ナツメグ、タイム。さらにはドクダミ、ハーブ、コリアンダーで香り付け。隠し味で醤油をひとたらしがポイントなんですよ。それから、食べるラー油とか生七味とか全部入れてこれ!できあがりだ。これをサイリウムに塗る。塗ると光らないよ。
……おいおい。いつも試し折りしてるだろ、あれやんないの?
んん?考えてみろよ。一本が二本、二本が四本なんてやって最後は百二十八本だよ。ダイソーで買っても12,800円だぜ。もう、やるたびに赤字。困ってんだ。
しけた話だな。
んで、油塗って……二の腕を叩く!押す!引く!
おいおいおいおい。中身がだばだばあふれてるぜ。
んん?……うん。……えー。あたっ、あいたたた。
急に痛がりだしたな。おい。大丈夫かい?おい、早くヲタの油つけた方がいいんじゃねえか。
ばっか!こんなの効くかよ!!だだ、だいじょう、ぶ、ぶ、ぶ……くっ!
のたうちまわってるよ。そんなら、早く洗い流したほうがいいんじゃないの?なんなら水貸してやってもいいぜ。
水?だめだめ。そんなのじゃどうにもならない。
じゃあ、何ならいいんだよ。
うーむ。御立ち合い。佐紀尿はないか。

しにがみ

あー、もう駄目だ。UFAにこれまでさんざん貢いで来たけど、もうどうにもならない。相撲のメンコ、お手上げだ。金のないのは首のないのとおんなじっていうがホントその通りだなあ。
ハロプロカードも支払い不能連発したら取り上げられちゃったしなあ。チケット代やらグッズ代やらの支払いで借金だらけだし。このままじゃどうにもなんねえや。
ヲタやめようかなあ。うん。やめよう。こんな暮らしはいずれ続かなくなるし。すぱっと今日から。……でもなあ、もうチケ代はらっちゃったしなあ。
チケットくれば行かざるを得ないしなあ。でもなあ。いや……
おい。おい。
……?なんだ?
おい。
あれ、スカイプから聞こえてるのか。あの、どなたですか。
わしか?わしは死神だ。
死神?死神……さんが何の用で?
お前、今、ヲタをやめようと考えていただろう。
ええ、確かに。よくわかりますねえ。さすが、死神だけのことはある。
ふん、世辞など言っても何も出ないがな。だがな、お前、ヲタをやめるんじゃない。
?何だい急に。なんだって死神がそんなこと言うんだよ。
まあ、聞け。アイドルを好きになり、推しメンのためあらゆる力をヲタは使う。その力はどこからでると思う。
??
人は皆、心の中に情熱を持って生まれてくる。その量は人それぞれだが、人と生まれたからには必ず持っている。
そしてアイドルに嵌り推しメンへ燃やすのが情熱の炎だ。勢いよく激しく燃えればそれだけ情熱を費やす、それとは逆に小さく燃えて長く長く灯すものもいる。
いずれにせよ、どんなヲタもいつかは情熱が尽きる時が来る。その時がヲタを辞める、ヲタ卒の時だ。
はー。なるほどねえ。ま、確かにブログとか見てると現場行きまくって更新しまくりの人ほどある日突然ぴたっと更新が止まったまま梨のつぶてになったりするもんなあ。
そうかと思うと現場にも行かないし不満たらたらのテンション低い更新が結構ずーっと続いてたりするからねえ。なるほどそういうのはあるかもしれねえな。
そして、お前だ。お前今ヲタを辞めると考えていたが、お前にはまだ情熱が残っている。だからヲタを辞めてもらっては困る。
情熱を使い切らないままあの世に来られると、こちらが迷惑なんだ。賽ノ河原でところ構わず着替える、赤鬼推しと青鬼推しで論争する、碌なことはしない。
はあ、あの世でもヲタは鼻つまみ者なんですねえ。さまよえるユダヤ人てのはおれたちのことだったのか。
だからだ。情熱が残っている者が来られても困るんだ。きちんと情熱を使い切ってから来てもらいたい。
ああ、まあね、俺もできることならそうしたいけどさ。何しろ金、金よ。先立つものがないことにはどうにもなんないってことさ。
金?金がなくても推しメンへ情熱を燃やすことはできないのか?。
それはね死神サン、苦しいところなのよ。一昔前みたいに地上波でタダでばんばん見れるような時代じゃないからさ、いきおい現場中心になっちまうのよ。
まあ、それでもモーニングとかだったらましだけど、俺みたいなあやちょ推しは一にも二にも現場、現場で。現場に行かないと話にならないってやつでさ。
そうか、まあ、色々大変だなそっちも。じゃあ、金があればヲタを辞めなくてもいいってことかい。
そりゃそうだよ。金さえあれば辞めなくたっていいやな。
じゃあ、お前に金を稼ぐ方法を教えてやろう。金があれば辞めないんだろう。
いや死神サンよ。本当に元手もなんにもないんだぜ、チケットの転売をしようと思ってもそのチケットを買う金がないくらいなんだ。
はっ。心配いらん。元手はかからんよ。今すぐにもできる。
……どうすんだよ。ヤバいもんじゃないだろうな。お縄になるのはごめんだぜ。
なあに、簡単なことさ。お前にこれから「眼」をやろう。
眼……、なんだそりゃ。
人の心のなかの情熱を見ることができる眼だ。この眼があれば、人の情熱の向きが一目でわかる。
向き?
有り体な言い方をすれば、推しメンだ。その人がいま、推している者の名前がアタマの上に浮かぶ。そういうことだ。
デスノートかよ。まあ、いいけど、それがどうして金になるんだよ。
その眼で見ると、中には名前が浮かばない者がいるはずだ。それは、まだ、情熱の炎を燃やしていない者。つまり非ヲタだ。そいつを見つけたら、こう呪文を唱える。
あじゃらかもくれん、たかはしすてむ、てけれっつのぱぁ。ポンポン、と二回手を叩くのだ。すると、そいつはたちまちのうちに高橋推しになる。そうやって、ヲタを増やすのだ。で、わしが話を通しておいてやる。事務所にその能力を売り込め。それ相応の見返りがあるはずだ。
ほんとかあ?嘘臭すぎるだろうよ。その話。
では、実際にやってみればよい。表へ出てみろ。


……まあ、確かに頭の上に名前が浮かんで見えるよ。前田敦子篠田麻里子、AKBだねえ。こうしてみると意外と大島優子の推しって見かけないねえ。
おっ、いたいた我らがハロプロですよ。平野智美。ひらっちかい。いいトコついてるねえ。……高倉健。はあ、そんなのもあるんだ。
大石もえ、立花里子、城麻美、憂木ひとみ、春菜まい……ほとんど知らないけどなあ。何の人たちなんだろ……
あっ!いたいた。何にも浮かんでない奴が。でも、顔色悪いし、覇気はねえし。ホントにこれ大丈夫なのか?まあ、いいや。ダメもとだ。
あんちゃん!あんちゃん!
んん?
あじゃらかもくれん、たかはしすてむ、てけれっつのぱあ!ポンポン。……うわっ!出た。名前が。
ああああ、あいちゃーん!
わっ!と。うわ。凄い勢いでどっか走って行っちゃったよ。すごいねえ。死ぬんじゃねえか。でも確かに効果ありそうだ。
……だろう。
!びっっっくりした!!急に出てくんなよ!
はは。悪かった悪かった。
……おめえ、死神のわりに随分普通のカッコだな。スーツなんて着てるの?今の死神は。
ほっほ。わしらもビジネスの世界に生きておるのだから、こんな恰好も必要に迫られてのことでな。まあ、よい。どうだ。効いただろう。
あ、そうそう。確かに効いたよ。すごいねえ。でも、これ高橋しかできないの?
そんなことはない。まあ、例えば雅推しの場合は、あじゃらかもくれん、みやびっち、てけれっつのぱあ。亀井推しの場合はあじゃらかもくれん、はめいえり、てけれっつのぱあ。
へえ、なるほどねえ。ヲタの前で言うとぶん殴られそうな呪文だけど、それでファンが増えると思えば悪い気はしないやね。
では、精進して励めよ。コンサ会場前なんかでやるといい。増えた人数に応じて、お前の口座に金が振り込まれることになっている。
随分手回しがいいね。まあ、いいや、こんな簡単なことで儲けられるんなら御の字よ。


さて、そんなわけで大層はりきって道行く人を見つめては老若男女、誰彼かまわず名前のない人に向かって、たかはしすてむだのみやびっちだのつぶやきかけては、そのたびに口座に金が振り込まれる。
そうやって、あぶく銭がたまって来ますと、人間碌なことになりません。日本全国ありとあらゆるところへ遠征だイベントだ握手会だなんて飛び回り、散財する。
そのうち呪文を唱えることもそこそこに放蕩三昧。遊びまわっておりますと、いくら金回りがよいとはいえ、懐に隙間風、また借金、借金の生活に逆戻りです。


ああ。しまったなあ。もう金が尽きちまった。でも、まあいいか。またちょちょいと例の呪文をつぶやけば金になるんだからな。よーし。今日は一つがっぽり稼ぎだ。


てなわけで、表に出て、適当に歩いてみるが、名前の浮かんでいない者に一向に出くわさない。しょうがねえ、今日はついてねえな、と次の日、またその次の日と足を棒にして歩きまわっても、とんと推し無しに出くわす気配すらない。
数が多けりゃってんで、新宿駅や渋谷の雑踏なんかに言ってみるが、これが見事に、一人もいない。名前のない奴がいないのです。そうなってくると、もう余裕なんてありません。


ちっきしょう。やばいよ。やばいよ。どうしよう。何でこんなに人がいて……一人くらいいてもよさそうなもんじゃねえか。なんだってこんな……うう。どうしよう。
あじゃらかもくれん、こねがきさん、てけれっつのば。ポンポン。これだけなんだぜ。なんとか……あれ?あいつ確か、加藤夏希って浮かんでたよな。ガキさんになってる……
まさか……、あじゃらかもくれん、くんにがお、てけれっつのぱ。ポンポン。……変わった。確かに変わったよ。そうか!何も名前のない奴探す手間なんかいらなかったんだ。よーし、こうなりゃこっちのもんだ


……ってんで、もう、手当たり次第。あたりかまわず、唱えまくって次から次へ名前を書き換えまくって、さあ暗くなってもう見えないってんで、家に帰ります。


ははーっ!今日は久々にはたらいたーっ!て感じだなあ。心地よい疲労ってヤツかい?へへへっ。いいねいいね。この充実感。労働の喜びってやつだねえ。
おい。おい。
ん?あっ!死神サン、ひさしぶり。元気してた?
ふっふ。死神に元気も何もないもんだが……お前さんは楽しそうだな。
ええっ、そうよ!何しろね。見つけちゃったの、金の生る木を。へへっ。これでもう遠征費だなんだって、そんなケチくさい金勘定は必要なくなったのよ。
おう、そうかい。それはめでたいな。……じゃあ、祝いに一杯やろうじゃないか。
お。そう?いいねえ、今日は俺も飲みたい気分だったの。んふふ。どうする?どこいく、どこ?もちろんおごりだからさ、いいトコいっちゃう?
ま、ま、今日はわしの行きつけがある。そっちでどうだい?
へえ。死神サンの行きつけの店なんて、興味あるじゃない。いっちゃおう。いっちゃおう。
じゃあ、こっちだ。後について。


がってんってんで、死神のあとへついていく。


あれ?ここ、109のハロショじゃねえの?このフロアに飲み屋なんて……あ、さらに地下?へえ?109なんてハロショ以外に縁がないから気がつかなかったけど、この下にも店あんだね。
ふーん。それにしても暗いねえ。なになに、今流行の間接照明って感じなの?これ?さらに下?あ、そ。こんなに地下があったんだね。へえ。
……うわ。なんだいこりゃ。広いねえ。フロアが一面蝋燭だよ。どこまで続いてんの?見渡せないよ……
ふふ。これが情熱の焔だ。
情熱の焔?
そう、お前さんには話しておいたな、人は皆、推しメンへの情熱を燃やしていると。それが、これだ。
へ、へえええ。あれって何?抽象的な概念じゃなくて、こうやって本物が燃えてるわけ?あ、そうなんだ。そりゃ知らなかった。じゃあ、これが……みんな……ヲタなんだ。壮観だねえ。
ほっほ。蝋燭に色がついているだろう。それが推しメンを表している。
はー、なるほどねえ。じゃあ、この赤が矢島で、こっちのピンクがさゆ推し?
それは、小春と桃子推しだな。
あ、なるほど、そういうパターンもあるのね。
そう、だから℃-uteのカラー変更のときなぞ、もうこっちはてんやわんやでな。上を下への大騒ぎ。何人か焔を移しそびれてしまったぞい。
はー、あれでヲタ卒したのも何人かいたのはそんな訳だったのか。……しっかし、こうしてみると長いのやら短いのやら、勢いもホントに人それぞれだねえ。
こりゃまた、電柱くらいの太さでゴウゴウ燃えてるのがあるね。すごいなこりゃ。
それは、デレシンさんの蝋燭だ。
マジ?!あのおっさんまだこんなに余力があるのかよ。すごいねえ。こっちのなんだか妙な形にねじれてんのは?
それは貴族さんの蝋燭だな。
へえ。不思議な感じだねえ。なんかこう、見る者を不安な気持ちにさせるね。……この、時々一瞬ばばばっと激しく燃え上がるのは?
それは、あいぼん厨の蝋燭だ。
あ!そうなの。ふーん。この勢いががーっとなるのがコンサ会場で叫んでるとき?へええ。意外とその他の時間は弱いんだね。
あらら。これは今にも消えそうだよ。蝋が流れちゃって地面から直接燃えてるみたいだ。これは誰の?
それは、お前さんのだ。
へえ、気の毒にねえ。……え、よく聞こえなかったけど、も、も一度言ってもらっていい?
それは、お前さんのだ。もうすぐ消えるよ。
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ。俺のがこんななの?!そんなわけないでしょ。まだまだ俺、だって、あやちょ大好きだぜ。そんなわけあるかよ。
ところがそんなわけ、あるんだ……。お前に教えた呪文な、あれ、ここにあるようなまだ火のついてない蝋燭に火をつける呪文なんだ。
……ほら、今火がついたな。これがヲタが生まれた瞬間だ。……お前、あの呪文で推しを勝手に書き換えただろ。そうすると、こうなる。
これまで火のついていた蝋燭から新しい蝋燭へ、焔が跳ぶんだ。そうして、これまで燃えていた蝋燭はそのまま残る。これが情熱の残りになるわけだ。
我々が情熱の残りを嫌ってるという話は聞きおぼえているな?
あ、ああ。まあ。
お前は今日さんざんそれをやってしまった。……まあ、それはよい。仕方がないことかもしれん。だが、そうやって懸命に呪文を唱えることがお前自身の焔を焚き付け、蝋燭の減りを早めてしまったのだ。これも運命。あきらめな。
あ、あきらめなったって、そんなの、簡単にあきらめるわけにいかねえよ。……じゃ、じゃあ、この火が消えたら、もう、あやちょへの情熱もきれいさっぱりなくなっちまうってことなのか?
そういうこったな。
じょ、冗談じゃねえ。ちょっとまってくれよ。そりゃ、金は欲しかったさ、でもよ、何でほしいかって、そりゃ、あやちょに会いたいからだろうがよ。あやちょを見たいからだろうがよ。
それが、その気持ちがなくなって金だけ残ったって、そんなの何の意味もねえじゃねえか。なあ、死神さんよ。なんとかしてくれよ。頼むよ。お願い……このとおりだ……
まあまあ、頭をあげな。こうなった以上、ヲタ卒したほうが幸せだと思うが、まあ、わしも鬼ではない。……ほら、ここに燃え差しの蝋燭がある。これをやろう。その火をこれに移すことができれば、お前の情熱は燃え続ける。
……も、もらうけどよ。色が真っ白だけど、これは一体。
あいぼん推しの蝋燭だ。つけばお前はあいぼん推しになれる。
なんだそりゃあよう……、あやちょじゃなけりゃ意味ねえじゃねえかよう……。今更加護推しになっても、続いていくのは辛くて苦しい道だけじゃねえか。やだよそんなの。あやちょないのかよ、あやちょ。
ふむ。残念だが、和田彩花の蝋燭はもう在庫切れだ。急に確変するとこういうことはままある。まさか、第1回の新人公演を見て、あの群馬の山猿がこんなに人気になるとは思いもしなかったからなあ。
なあ、なあ。頼むよ死神さん。俺とお前の仲じゃないかよ。お願いだから……いやだよ。こんな……あいぼん推しなんかになった日にゃ、地獄より辛い毎日じゃねえか……
ふむ……お前、不思議なヤツだな。普通これだけ弱火になれば、情熱も低くなってよさそうなものだが……ほっほっほ。まあよい。では、お前のその心に免じてチャンスをやろう。
今渡した加護蝋燭に火がついたら、その火をあやちょの蝋燭と交換してやると約束しよう。
ほ、ほ、本当だろうな。……よよよ、よし。やってやるよ。……やってやる……やって……
ほっほ。手が震えておるぞ。消えてしまってはどうにもならんぞ。しっかり持った方がよいのではないか。
う、うるせえ。だまってろい。
ほら、ほら。
この野郎……くそ……なんだってこんな……うっ
ほほ。泣いてる場合でないぞ。よく見ないと。
くそ。……あ、ああ。ついたっ。ついたぞ!ははー。やったっ!やった!
おお。ついたな。おめでとう。
ああ、あ……あああああああああああああいぼーん!
ああ、走っていってしまったぞ。おーい。あやちょに移し替えなくていいのかー?……消えた方が幸せだったかもしれんな……

まんじゅうこわい

えー、十人寄れば気は十色ともうしまして、アイドルグループも集まると色々な人がいらっしゃいます……


ホント、ヲタってキモいよね。
もう、最低。
ねえねえ、どんなのが一番いや?いや?いや?
……随分楽しそうね。わたしは、握手会のときに手がべとべとのやつ。もうキモくてキモくて泣きそうになる。なんなのあいつら爬虫類なの?粘液出してるとしかおもえない。
うんうん、ウワサでは手に塗ってくる奴もいるらしいからね。
何。塗ってくるって。
だから、アレよ。アレ。
あれ?
ザーメン。
!!!嘘でしょ!
さあ、知らないけどそうなんじゃない。
サイテー。うわ。よくそんな話平気でしてられるわね。
大丈夫。そのくらいじゃ子供はできないから。
そんな問題じゃないでしょ。
でも気をつけて。ベロチューだけはしないようにね。キスすると子供できるらしいわよ。
何十年前の中学生の性知識よ。まったく。あれ、梨沙子どうした?
ああ、あのね、あのね。わたしが怖いのは、握手のときに粘って手とかひっぱる奴。
ああ、そういうのもいるよね。無茶してくるの。
もう、痛い痛い言ってるのにぐいぐい。痛い痛いぐいぐい。いたぐい。たぐい。ぐい。た。
ストップストップ!わかったから。落ち着きなって。
なるほどねえ。確かにそういうのってあるよねえ。まあさはなんかある?
あれあれ。すっごい臭い奴。
あーいるいる。もう、最悪だよね。
何食えばあんなにおいになるんだっつの。すっぱいすっぱい。
もう近付いてくるだけでげろ吐きそうになるもんね。あれ嗅ぐともう心が折れそうになるもん。…キャップは、何かある。
握手会とかもそうなんだけど、妙なプレゼント送ってくる奴。
ああ、いるよねぬいぐるみとか。雅ちゃんへ、なんてハートマーク付きのキモいメッセージカードなんか添えて。もう、あんなのをいい年した中年が買ってるかと思うと……うええ。
そりゃMCでぬいぐるみは部屋に置いてるとは言ったけど、お前のぬいぐるみなんか置かねえっつの。
そうだよ、それにああゆうのって中に盗聴器だとか小型カメラだとかが仕込まれててなに撮られてるかわかったもんじゃないんだから。
ええっ!そうなの?!
あれ、梨沙子?何かマズいことでもあるの?
あ、あのね、夜になってね。月があってね。ふわふわ。ふわふわっとして。こう、おまたをくりくりっ、くりくりっといじ……
わかったわかった、もう何にも言うな。いいよいいよ。


嗣永さん入りまーす。
あ、みんなーおまたせー。どう?調子は?
……いや、まあ、それよりもさ、今みんなでどんなヲタが嫌かって話をしてたんだけど、ももはどんなのがいや?
えー。わたしはイヤな人なんていないな。みーんなたいせつなお客様だもん。
うそだあ。ほら、握手の時とか手がべたべたした奴いるじゃん。
いいじゃない、保湿性が高いってことよ。ほら、ずっと何人も握手してると手ががさがさに荒れちゃったりするでしょ。でも、そうゆう人を挟むことによって適度な潤いが得られるわけよ。
でも、中にはザーメン塗ったくってくるのもいるみたいだけど。
大歓迎じゃん。そしたら手の平べろべろなめちゃうわよ。たんぱく質たんぱく質。天然成分由来だから身体にいいこと間違いなしよ。
うえー。
じゃあ、臭い奴いるじゃん。あれはどうなの?
いいじゃない鼻にツンとくる臭い。えも言われぬ酸味が鼻腔をくすぐって、ご飯がすすむわあ。
正気かね、本当に。じゃああれは、ぬいぐるみとか送りつけてくる奴。
いいじゃない。タダよタダ。お得!
でも、その中に盗聴器だのカメラだの仕込まれてるかもしれないのに?
最高じゃん。その音源とか映像がネットに流出して話題になったりするんでしょ。プロモーション代がタダじゃない。お得!お得!
だめだこりゃ。じゃあ、ももには怖いヲタはいないの。
え……うん……いな……いよ。
何だ。急に態度が変わっちゃったなあ。本当に?
うん。いない。……ぶるぶる。
ふるえちゃってるよ。本当はいるんでしょ。
う……ン。実は……
ほら、やっぱり。なになに、何が苦手なの?
……ケメン。
は?
イ……ケメン。
なに?
イケメンが怖いの!
イケメンが怖いって、何言ってんの?
怖いよう。うーん。ぶるぶる。どんどん体調が悪くなってきた。
しょうがないなあ、ほら、事務所の仮眠室が空いてるからそこで横になりな。
うーん。うーん。


おい、聞いた?ももの奴ヲタなんか何でもないとかいってさ。握手会の裏で一番手洗ってるのあいつなんだぜ。それなのにお客様だってよ。
ヌカしやがるじゃねえの。大体あいつは大学受かってから調子に乗ってるんだよ。アイドルに学歴なんかいらねえっつの。
そうだよね。じゃあさ、あの寝てる所にイケメン放り込んでみようよ。ぎゃーなんて言って目えまわすかもしれないよ。
放り込むって、どうすんのさ。
まかせてまかせて、こんな時のための合コンネットワークなんだから。
ピッピッピッ……あ、もしもし、私。ねえ、ジュニアの子何人か見繕ってくれない。うん。赤羽橋に。そうそう。よろしく。
一体どんなネットワークなんだよ。ま、いいや。よーし。


あ、来た来た。こっちこっち、この部屋に女の子が寝てるから、中に入って。さ、扉を閉めてっと……


どんどんどん!もも!もも!起きて!ねえ。
んー。何よ。……あっ!きゃー!わー。わー。
あはははは。きゃー。だって。もも、イケメン堪能してちょうだい。
ちょっとー。ひどいよー。なんなのー。あー。よらないでよ。ちょ、ちょ、ちょ。
あはははは。いいじゃん。頑張って、もも。
ちょ、あ、あ、んん。あん。ああ、ん。ちゅばちゅ、ん、……
??おいおい、なんだか様子がおかしいよ。ちょっと、もも。もも!ドンドンドン!開けるよ!もも!……ああ!何やってんのよ!離れなさいよ。
咥えてないで!ちょっと。イケメン嫌いなんて嘘だったのね。あんたホントは何が怖いの。
うん、ここらでペペローションが1本こわい。