2010-02-08
■[雑記]我孫子、志賀直哉、白樺文学館(2月6日、土曜日)
約2年ぶりに我孫子訪問。
午後1時に着いたので駅前の「味平ラーメン」を食べる。ぶらぶら駅前から下り坂の道を手賀沼へ向かって歩いていると、前から気になっていた「白樺カレー」を売っている店があったので、買う。
午後2時より、生涯学習センターで小谷野敦氏の「志賀直哉と里見弴」という講演を聴く。講堂いっぱいにたくさんひとが集まっていた。講演内容は、里見弴の年譜を見ながらの説明で、テーマらしいものはなく、新しい発見もなかった。
終わってから5、6分歩いて白樺文学館を訪ねる。志賀、武者小路、柳宗悦、漱石、小林多喜二などの直筆原稿や書簡を見ながら、ゆっくり時間を過ごした。
1階の図書室で、志賀関係の本をあれこれ手にとってみる。
慶応義塾大学の学生・坂上温子さん(記憶で書いているので、名前を間違えていたらすみません)の、きちんと製本された、2007年卒業論文があって、内容が興味を惹いた。
軽視されている志賀直哉の晩年の作品について、という主旨で、坂上さんがおっしゃるように、志賀の晩年の小品類は、論じられていることが少ないだけに、論文をきちんと読んでみたいが、分量がそこそこあるので、すぐ読めるだけの時間はない。
次回は少し時間を長く予定して、全文を読んでみたい、とおもう。こういう切り口の鋭さがあると、読むほうは楽しくなってくる。
帰りは日が陰って風強く、駅まで15分ほどの距離が寒かった。柏で熱燗を飲もうかどうしようか考え、ぼんやりしていたら、電車が通り過ぎてしまったので、結局赤羽の「いこい」へ寄って、飲む。
2010-02-04
■[日本映画]山田洋次監督『おとうと』(上映中)
山田洋次監督は寅さんの映画を「愚兄賢妹」の話、と何かでいってたけど、この映画『おとうと』は、「愚弟賢姉」の話。
どうしようもない弟に手を焼く吉永小百合の姿は、やっぱり、弟と兄の違いはあれど、寅さんに手を焼く、妹のさくら(倍賞千恵子)を思い浮かべてしまう。
★
結婚式をだいなしにしてしまう弟を演じる、笑福亭鶴瓶の酔っ払い演技は、顔が蒸気して、口もとはゆるみ、髪を乱して、迫真的。酔っ払いのだらしなさは、ひとごとでない(笑)。
「ばかだなあ」と、親戚からあきれられながらも、どこか憎めない弟をぴったりに演じている。
脇を固める蒼井優と加瀬亮が、やっぱりいい。蒼井優という女優は、映画を見るたびに可愛いらしさと存在感が、印象深くなってくる。
加瀬亮は、相手の引き立て役ができる貴重な若手俳優。山田洋次監督は、いい俳優を揃えたなあ、とおもう。
だらしなく、居場所も定まらない弟に、あきれ、怒って、ツンツンする吉永小百合がよかった。
tougyou
山田洋次監督は昨年のベルリン映画祭に吉永小百合と出席していた時に、市川崑監督の訃報に接して、その時に、現代版の『おとうと』を撮ろうと考えたことを、どこかのインタビューで語っていました。
少し前に市川崑監督の『おとうと』を観なおしましたが、やはり厳しい名作だと思いました。岸恵子がやはり美しく、田中絹代も見事でした。
山田監督の現代版は、明るくユーモアを交えた物語の感じですね。
最近の吉永小百合をニュースでみていると、なんとしても山田洋次監督と共にほんとうの自分の代表作をつくりあげたいという情熱が感じられますね。
jinkan_mizuho
「おとうと」は、斉藤由貴と木村拓哉が出演していたのを観たことがあります。ファンでしたので(ヘっへ)
beatle001
tougyoさん
>少し前に市川崑監督の『おとうと』を観なおしましたが、やはり厳しい名作だと思いました。岸恵子がやはり美しく、田中絹代も見事でした。
市川崑の『おとうと』は、むかし見たような気がするんですけど、ほとんど忘れています。もう一度、見てみます。
beatle001
jinkan_mizuhoさん
>「おとうと」は、斉藤由貴と木村拓哉が出演していたのを観たことがあります。ファンでしたので(ヘっへ)
『おとうと』って、そんなにいろいろあるんですか。みんな原作は同じですか。
jinkan_mizuho
市川作品の原作は、幸田文だと思います。ボクの鑑賞したのも原作は同じです。けど、山田洋次監督は、オリジナル作品のようで?
公式サイト見ると、原作については触れられてなくて「オマージュを捧げる市川崑監督の『おとうと』から半世紀を経過した2010年、待望の公開を迎えます。」とあります。
beatle001
jinkan_mizuhoさん
>市川作品の原作は、幸田文だと思います。ボクの鑑賞したのも原作は同じです。けど、山田洋次監督は、オリジナル作品のようで?
機会をみて、市川作品も見てみたいとおもいます。むかし見たかもしれないのですが、すっかり忘れています(笑)。山田作品は、市川崑監督にオマージュを捧げても、オリジナルということですね。
jinkan_mizuhoさん、情報ありがとうございました。
2010-02-02
■[読書]小谷野敦著『里見とん伝〜「馬鹿正直」の人生』
【注】里見とんの「とん」は、正確には「弴」と表記する。
★
読み終えて思うのは、里見弴という作家のことを、志賀直哉との関連ではある程度知っていましたが、それは全体の30%くらいにすぎないなあ、ということでした。
里見弴が、社交家であり、白樺派以外の作家とも親密に交流していた様子などは、おおまかな知識としてある程度は知っていましたが、具体的な交友関係は今回はじめて知ることが、多くありました。
なぜ里見弴が読まれなくなったか、という著者の解釈も、ある程度なっとくのいくものだ、とおもいます。
★
例えば、著者はその理由として、、、
- 正妻と愛人を同時に持ち、ほとんどは愛人の家で暮している。<一夫多妻>の生活に懐疑とか反省とかいう気持ちがみられない。要するに、一夫多妻ということに根本的な疑問を持っていない、思想の古さ、がある。これはいまのひとたちに共感を得られにくいのでは、という。もっともかもしれない。
- 二つの生活をやりくりするにはお金がかかったはずだ。それに加えて、里見弴は、芸者屋に常住するような派手な生活をしている。豪奢な生活を維持するためか、純文学だけではなく、大衆文学的な作品、通俗作品も書き飛ばしたらしい。実際わたしが図書館へ通って読んだ『里見弴全集』には、通俗小説はほとんど含まれず、収録作品は、里見が書いた全体の一部でしかない。当時大家として文壇で重きをなした作家でも、通俗小説を書いた、菊池寛、久米正雄などは、いまはほとんど読まれていない。里見の優れた純文学作品も、通俗小説のなかに埋没してしまったきらいがあるのではないか。逆に、通俗小説を書かなかった谷崎、芥川、志賀は、いまでも読まれ続けている。
★
小谷野敦(こやの・とん)の書き方は、詳細な年譜を書き下したような進め方で、垂れ流しのような文章がエンエンと続く。副題に<「馬鹿正直」の人生>とあるものの、そういう里見弴の<正直人生>を、あるコンセプトをもって、伝記から浮かびあがらせようと、いうものでもない。
細かな事象を平坦に重ねていくことで、ひとりの人間の人生とその時代背景が、おのずと浮かび上がってくるのではないか、と著者は考えているのかもしれない。伝記のなかに、作為をくわえていない、とも解釈できる。
★
目次は、以下のようになっている。
- 有島家の四男・山内英夫
- 「墨汁五合」と『白樺』の創刊
- 志賀直哉との決別
- 中戸川吉ニと『人間』の仲間たち
- お良との出会いと関東大震災
- 芥川の自殺、志賀との満州シナ旅行
- 明治大学教授、若い女との恋
- 鏡花の死と帝国藝術院
- 原田日記と「姥捨」
- 「無条件降伏」から空白の時代へ
- お良の死と道元、羽左衛門
- 小津安二郎との日々
- 扇ケ谷と那須の長老
最終章 非凡長命
この章立てのなかに、小見出しがない。
ダラダラと文章が続いていくので、時々いまこの時点で里見弴は何歳なのだろう、と思うが、それを文章から探すのに手間がかかる。もう少し読みやすさを工夫してもよいのではないか、とおもう。
★
志賀直哉との絶交・仲直り、その後の絶え間のない交友も描かれているが、二人の生活ぶりは対照的だ。
志賀はあくまで普通の日常を大切にし、交友は限定的。文壇の公的集まりなどにはほとんど出ない。
★
花柳界を題材に描いた作家としては、いまも人気の高い永井荷風がいるが、里見と荷風には花柳界を好んだという共通点がある。
しかし、永井には、華やぎと同時に孤独を好む気質があって、その気難しさが作品の魅力でもあり、それが弴には欠けているのかもしれない。
★
志賀直哉のことで、疑問におもったところが、3箇所ほどあった。
●その1
明治四十年(1907)七月、二十五歳の志賀直哉は、自家の女中の千代に恋を打ち明け、八月二十二日には千代に結婚を約束し、翌日、母と祖母に話すが猛反対され、しかし、その翌日、千代と体の関係をもってしまう。この経緯は志賀の「濁った頭」に描かれ、のちの「和解」に描かれるまでの父との反目の端緒となっている。
(46頁の1行目より)
女中千代との恋愛を描いたのは、小説「大津順吉」であって、この著者がそれを知らないはずがない。校正の段階で、チェックできなかったのだろうか。
●その2
(奈良へ旅行中)、ここで留め置きの郵便物を手にしたが、この時の手紙で英夫(弴)は、末弟行郎の二度目の落第を知ってがっかりしている。学習院では二度落第すると退学しなければならなかった。
(49頁の最終行より)
「学習院では二度落第すると退学しなければならなかった」とあるが、志賀直哉は二年落第しても、学習院を退学にはなっていない。志賀が卒業して、数年のうちにそういう校則ができた、ということだろうか。
●その3
四月下旬志賀は再度城崎へ行ったが、五月十三日、弴は城崎で志賀と合流して松江に向かった。これが、のち弴が『今年竹』で、志賀が『暗夜行路』で活用する二人の松江生活になる。
(86頁の9行より)
『暗夜行路』に松江生活のことが書かれている記憶がわたしにはない。わたしの記憶から落ちているのだろうか。志賀が松江のことを題材にした作品としては、短編『濠端の住まい』がある。
★
2月6日に我孫子の白樺文学館で、この著者の「志賀直哉と里見弴」という講演がある。ハガキを出したらあたったので、久しぶりに我孫子を散歩し、白樺文学館を訪ねながら、著者の講演を聴いてみる予定。大勢の前ではだめだけれど、もしうまく時間があれば、疑問もただしてみたい。
tougyou
beatleさんが里見紝や志賀直哉のことを書かれると、ふたりの作家への愛情とより理解したいと思われるエネルギーを感じます。 ふたりをあまり知らない私でもとても興味深く読めました。
>しかし、永井には、華やぎと同時に孤独を好む気質があって、その気難しさが作品の魅力でもあり、それが恕sには欠けているのかもしれない。
まさにご指摘の「華やぎと同時に孤独を好む気質があって、その気難しさ」こそ永井荷風の魅力なのでしょうね。 歳を重ねると、この魅力に捕らわれていたい、いつも側にいたいような気持ちになるのかもしれませんね。
jun-jun1965
ご購読ありがとうございます。『暗夜行路』は松江というより大山のほうですか。私はどうも「濁った頭」の印象が強いのです。学習院は二年続けて落第すると、ということではないでしょうか。
beatle001
●tougyouさん
>beatleさんが里見恕sや志賀直哉のことを書かれると、ふたりの作家への愛情とより理解したいと思われるエネルギーを感じます。ふたりをあまり知らない私でもとても興味深く読めました。
tougyouさん、個人的な読書メモのようなものにいつも目を通してくださり、ありがとうございます。tougyouさんが興味深く読めた、とおっしゃってくださるととてもうれしいです。
>「華やぎと同時に孤独を好む気質があって、その気難しさ」こそ永井荷風の魅力なのでしょうね。
永井荷風が、あまり人気のなかったむかしの荒川や江戸川沿いを好んで散歩していた、ことなど、いまもおおくのひとに共感を呼んでいるようですね。
beatle001
●jun-jun1965さん
>ご購読ありがとうございます。『暗夜行路』は松江というより大山のほうですか。私はどうも「濁った頭」の印象が強いのです。学習院は二年続けて落第すると、ということではないでしょうか。
○著者ご本人でしょうか。ごていねいに、コメントありがとうございます。
著者の目にはいることが念頭にないとはいえ、一気呵成に書いたため、言葉に細やかな配慮のないこと、深くお詫び申し上げます。
早速の疑問点への回答ですが、とりあえず著者の説明を経て、わたしは、スッキリしました。
ただ、こうして著者の説明を得られない読者には、なお読んでもわかりにくいのではないか、と思います。
■その1
「その翌日、千代と体の関係をもってしまう。この経緯は志賀の「濁った頭」に描かれ・・・」は、
「私はどうも「濁った頭」の印象が強いのです」という著者のご説明を聞いても、ムリがあるとおもいます。「濁った頭」には、恋愛と性欲の問題は描かれていても、千代との経緯は描かれてないからです。何か補足が必要ではないでしょうか。
■その2
「二度落第すると退学しなければならなかった。」は、細かなことですが、わたしのような誤解がないよう「二度続けて落第すると退学しなければならなかった」と訂正してほしくおもいます。
■その3
先日本多秋五氏の『志賀直哉』を読み返したのですが、『暗夜行路』の時任謙作は、京都から大山へいく設定になっている。ところが実際の志賀直哉はただ一度だけ大山に登っているのですが、そのときは松江から大山へいっている。京都からはいってない。
そのときの実際に体験したことを正確に書く志賀直哉は、その矛盾を承知で、時任謙作の大山までの道程を、松江から登っていくときの風景で描写している・・・ということでした。
それを承知していれば、『暗夜行路』が松江生活を活用している、ということにもなるのでしょうが、わたしにはそこまで思い浮かびませんでした。
2010-01-31
■[日本映画]西川美和監督『ディア・ドクター』(2009年)
『蛇イチゴ』『ゆれる』の西川美和監督が、へき地医療や高齢化など現代の世相に鋭く切り込む人間ドラマ。本作で映画初主演を務める笑福亭鶴瓶が無医村に赴任した医師を演じ、その医師の失踪(しっそう)をきっかけに浮かび上がる彼の人物像を軸にした心理劇が展開される。
(「Yahoo映画」より)
西川美和作品らしく、ディテールに味わいを秘めながら静かにストーリーが進んでいく。途中まで見ていて、「いま傑作に立ち会っているのではないか」という期待感が強まる。
村に住むのは老人ばかり。その老人に精魂をこめるようにして向き合う医師(笑福亭鶴瓶)。その医師がある患者の秘密を共有することから、ニセ医者であることが発覚する。
映画初出演という笑福亭鶴瓶がぞくぞくするほど、いい。へき地の医療に献身的に取り組む医師を自然体で演じきっている。
余貴美子、瑛太の脇役陣もいい。登場する俳優がみないい、というのは西川美和監督の演出が冴えている証しかもしれない。
ハリキリ俳優の香川照之がいきなり過剰な演技で登場してきたときは、「ああまたか」というような失望を感じたが、その後は無難に役をこなしている。
こういう物語で予感しがちなのは、献身的に働くニセ医者と村人との心のつながりを描く美談だろう。それを描くことで、へき地の医療問題にメスをいれる、というありがちなテーマにもっていくことが予想されてしまう。
しかし、西川美和監督は、そんな美談を描くほど、甘くない。ニセ医者と村人は、心まで結びついているようでいて、彼が免許をもたない医師だと発覚したとき、村人の反応は冷たい。彼をかばうものはいない。
★
ただニセ医者と発覚する原因・・・患者(八千草薫)が、家族に心配をかけまいとして末期の癌であることを隠してほしい、と医師に頼み、それを受けて、医師は胃潰瘍と診断する。
そのことが、わたしにはなっとくしにくかった。
患者の娘が医者であり、病気を偽って診断すれば、いずれ患者が亡くなったとき、誤診が大きな問題になることは明らか。患者の生命を縮めるようなことを、またニセ医者が発覚するようなことを、こんな簡単に承諾するものか。わたしには、それが説得力に乏しい、と感じられた。
しかし、ニセ医者が、以前から、この村を自発的に失踪しようと考えていたのなら、そのキッカケを本人が作りたかっただけなのかもしれない・・・と、すれば映画の解釈も少し変ってくる。
それから、ラストで、この作品はオチのようなものがついている。ディテールが丁寧に描かれているので、このラストのオチに、わたしは入れ込んだ気持ちを、少しそがれた。
この作品に、こういう小器用さが必要だったのだろうか。
jinkan_mizuho
ご覧になりましたか。手ばなしで賞賛の作品というわけではないのですね。香川照之は嫌いな俳優ではないので、ボクが見たら違った感想を持つかもしれませんね。
近々、鑑賞しようと思います。
jinkan_mizuho
書き忘れてました(苦笑)
この映画の主題歌、いいですね。ボクは昨秋にサントラ盤を購入してしまいました(笑)
beatle001
jinkan_mizuhoさん
>手ばなしで賞賛の作品というわけではないのですね。
いい作品であることは異論がないのですが、わたしは、上に書いた2点がちょっとひっかかりました。ご覧になったら、jinkan_mizuhoさんの感想をお聞かせください。
beatle001
jinkan_mizuhoさん
>この映画の主題歌、いいですね。ボクは昨秋にサントラ盤を購入してしまいました(笑)
サントラ盤があるのですか。映画そのものは、じつに静かで、場面を盛り上げるような音楽効果もほとんど使っていない感じがしました。
tougyou
beatleさんの評を読ませて頂いて、やはり観ないといけない映画だと思いました。
>映画初出演という笑福亭鶴瓶がぞくぞくするほど、いい。へき地の医療に献身的に取り組む医師を自然体で演じきっている。
笑福亭鶴瓶は山田洋次監督の『おとうと』の予告編を観ていると、ちょっと過剰な演技に感じたのですが、この映画ではそうではなさそうなので安心しました。
beatle001
●tougyouさん
>笑福亭鶴瓶は山田洋次監督の『おとうと』の予告編を観ていると、ちょっと過剰な演技に感じたのですが、この映画ではそうではなさそうなので安心しました。
tougyouさん、いま『おとうと』を見てきました。酔って結婚式をだいなしにするシーンなど、ちょっと寅さんばりですが、それほど過剰ではありませんでした。吉永小百合も、近年の作品では一番自然に見ることができました。この作品を見ていると、少しシリアスな寅さん映画のような感じがします。よかったです。
tougyou
beatleさん、一昨日にNHK ニュースでこの作品がキネマ旬報のベストワンになったので、動く西川美和監督を見れました。 やはり可愛いかったです。
女流監督で年度のベストワンは彼女は史上初ではないかと思います。
beatle001
tougyouさん
>beatleさん、一昨日にNHK ニュースでこの作品がキネマ旬報のベストワンになったので、動く西川美和監督を見れました。 やはり可愛いかったです。
残念!
まだ見たことがありません。可愛くて、あんな映画を撮る才能があるなんて、ちょっとくやしいけど、動く西川美和監督、見たいですね(笑)。まだYoutubeあたりに、さすがにまだYoutubeにもアップされていないでしょうね。別の映像でもいいですけど。
>女流監督で年度のベストワンは彼女は史上初ではないかと思います。
なるほど、そういう視点で見たことがありませんでした。やっぱり西川美和監督から目が離せませんね。
tougyou
beatleさん、観ました。傑作と呼んでいいですね。
これだけの作品を女流監督でこの若さで撮れるのはやはり凄いです。
笑福亭鶴瓶は仰るように抜群にいいですね。他の出演者もすばらしいです。
いい監督でいい脚本だと、モチベーションが俳優さんもまったく違うのだと思います。
作品に永遠の息吹を吹き込めるかどうかですから。
また、ゆっくりと書かせていただきます。
beatle001
tougyouさん
>beatleさん、観ました。傑作と呼んでいいですね。
これだけの作品を女流監督でこの若さで撮れるのはやはり凄いです。
tougyouさんも、そうおもわれましたか。わたしの独り合点でなくてよかったです。
>笑福亭鶴瓶は仰るように抜群にいいですね。他の出演者もすばらしいです。
本当に抜群だとおもいました。他の出演者もいいというのは、やっぱり西川美和監督の才能も大きいですね。
2010-01-30
■[日本映画]川島雄三監督『風船』(1956年)
その家の父(森雅之)は、画家ではなく実業家として成功する。しかし、妻は気位ばかり高くなり、息子は財力にまかせて女から女へ、気ままに放蕩を続ける。唯一父の心に近いのは、病気が原因で頭が弱く、世間から隠れて家で暮す末娘だけ・・・。
エゴイスティックな家族にいやけがさしたのか、その父は、会社をやめ、家を出て、学生時代を過ごした京都で、ひとり暮しはじめる。
★
人物描写は類型的で、川島雄三らしいヒネリがない。
みどころは、ゆっくりと妻や息子に失望していく父を演じる森雅之の抑制された確かな演技。
これは見ごたえがあった。
若き日の北原美枝が、あやしい美しさを発散している。


![ディア・ドクター [DVD] ディア・ドクター [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41x8ohYJO2L._SL160_.jpg)







わたしは、白樺文学のファンなので、これまでにも、何度か白樺文学館は見学させていただいております。
我孫子を訪問し、手賀沼を歩き、白樺文学館と志賀直哉旧居を見るのは、我孫子時代の志賀直哉作品から受ける空気をぢかに感じられ、とても貴重におもっています。
先日も、ゆったりした時間を過ごさせていただきました。改めてお礼を申し上げます。