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beatleの「探検隊日記」 このページをアンテナに追加

2007-06-25

[]吉村公三郎監督大阪物語』(1957年14:03

大阪物語 [DVD]


図書館ビデオで見ました。

溝口健二監督が、『西鶴一代女』に次ぐ西鶴ものとして企画をあたためていたのが、他界。その意志を継いで吉村公三郎監督制作したものと解説にありました。

原作は、溝口健二となっていますが、原点は井原西鶴人間の業をつきつめていく西鶴リアリズムが全編に貫かれています。



【概要』

中村鴈次郎と浪花千栄子の夫婦は、年貢を払えず一家で夜逃げ貧乏ゆえの世間の冷たさを徹底して味わう。

あるときこ米俵からこぼれている米を拾い集めて小銭を蓄え、それをキッカケに、10年経つと、商いに成功する。

商いに成功したが、中村鴈次郎は徹底した守銭奴で、妻の浪花千栄子が死病につかれても、薬代を惜しむ。娘の香川京子結婚話があっても、利害にしか関心がない。


悋気の極限に達した男を、溝口健二ならどのように描いたのか、興味がわきます。吉村版もおもしろかったのですが、溝口版を見てみたかったとおもいました。


【追記】出演俳優、豪華ですね。悋気(りんき)な商人を演じた中村鴈次郎がなんといっても、存在感では一番です。徹底していやらしくいやらしく……そしてどこか滑稽ですらあります。その妻が「浪花千栄子でございます」の浪花千栄子(笑)。あの関西弁は懐かしいですね。

そして、この映画では、それほど存在を主張していない市川雷蔵、やっぱり二枚目ですよ。彼にメロメロに惚れている香川京子は、美しさの全盛期です。長澤まさみと甲乙つけがたい(笑)

こういったみどころいっぱいの映画ですが、ただ制作年月が古いために映像が暗く、見にくいのが残念! 今盛んにおこなわれているデジタル・リマスターで洗いなおしたら、もっと見やすくなるのでしょうか。

ringo-starrringo-starr 2007/06/25 19:29 面白そうな作品ですね。中村鴈次郎は、芸達者を通り越したような役者さんだから、beatleさんの表現が目に浮かびます。守銭奴といったら、浪花千栄子も守銭奴の役を上手にこなすでしょうが、今回は、違うみたいですね。
市川雷蔵、やっぱり二枚目ですか(笑)。今日は、「若き日の信長」を見ましたが、ほんとうにかっこよくて、二枚目でしたよ。香川京子、いいでしょうね。溝口作品の彼女、とってもきれいでしたね。
私も、溝口監督ので観たかったですが、ほんとうに、この豪華な配役で、悪いわけがないですね。

beatle001beatle001 2007/06/25 20:56 ringoさん、小学生のころ雷蔵の映画はけっこう見ているのですが、それは時代劇の1スターで、とくに雷蔵だけが好きだったというわけではなく、中村錦之介、大川橋蔵、大友柳太郎など、好きな俳優のひとりでした。いま、もう一度彼のもっていた俳優としての魅力をたしかめたいような気がしています。

ringo-starrringo-starr 2007/06/26 21:33 竹内浩三の詩、いつ読んでもいいですね。こんなかわいいこころの青年が、あの当時いたなんて、、、。
もうすぐ、竹内浩三についての番組があるので、それを楽しみにしています。

beatle001beatle001 2007/06/29 09:17 ringoさんへ:戦争中、日本中がみんなして勇ましいことをいっている時代、「戦争なんかしないで、みんなで仲良くなれないかな」そんな夢のようなことを(じつは一番正気)考えている竹内浩三は、どんなに軍隊生活がつらかったかとおもいます。お姉さんの松島こうさんは、「あのこが人を殺しあっている姿がどうしても想像できません」と話しています。竹内浩三は、最後フィリピンで消息をたってしまいます。

tougyoutougyou 2007/06/29 10:36 bealteさん、私が『大阪物語』を観た直後の感想はやっぱり溝口健二が凄い監督だったんだということでした。 吉村公三郎のこの映画ではおもしろかったというところでとどまるのを、溝口健二が監督していたらもっと高みへそして私達を感動させる映画にしたに違いないという気持ちでした。 新藤兼人や増村保造が溝口健二を畏敬したのはその映画への情熱の圧倒的な凄さでしたが、あれを見るとなにも言えないで付いて行くしかないという気持ちになるのでしょうね。でも溝口組は大変過ぎますね。 黒澤組もめちゃくちゃ大変だけど、撮影が旨く行った夜はすき焼きに御酒に宴会もあり、みんなで映画をつくってそして生きていると感じたのでしょうね。

beatle001beatle001 2007/06/29 13:27 成功している溝口健二の作品の重みは特別です。こういう大阪の商家を扱ったような作品は、溝口監督の作風にあいそうです。ないものねだりになってしまいますが、見たかったですね。

撮影の苦労のあとの宴会、みんなで労をねぎらいながら飲むお酒、さぞやおいしいことだとおもいます。しかし、成瀬監督はお酒好きでも、みんなして飲むというのは得意でなさそうですね。成瀬組はちょっと気の毒だな(笑)。

tougyoutougyou 2007/06/29 18:42 成瀬巳喜男は本物の職人肌の監督でしたから仕事はキッチリ8時頃から5時で成瀬組は残業代が少ないので奥さんたちが可哀相でしたね。 仕事の後は成瀬巳喜男はひとりでしみじみとお酒とちょっと美味しいつまみと読書のヤルセナキオになったのでしょうね。 小津安二郎には趣味の広さと余裕というか遊び心を感じますが、成瀬巳喜男はやっぱりいつでも映画一筋の人だった感じがします。  成瀬巳喜男は三島由紀夫の名作『宴のあと』の映画化も考えていたようです。 撮って欲しかったですがプライバシー裁判の為に駄目でした。

tougyoutougyou 2007/06/30 00:08 beatleさん、ちょっと話がまたも逸れますが、成瀬巳喜男は松竹で監督なるまでに十年弱掛かっていますね。 小津安二郎の親友の清水宏は城戸四郎のお気に入りですから半年で助監督から監督になっています。 成瀬巳喜男のその時の思いはどんなものだったでしょうか。 松竹蒲田撮影所を去ろうと決心して蒲田駅で汽車を待っていたら会ってしまったのが友達であった五所平之助で、説得されてまた五所の下で助監督を続けたのですから、耐えてどんな作品でも見事に撮ってしまうのが成瀬巳喜男の人生という感じを私はいつも思っています。

beatle001beatle001 2007/06/30 06:32 tougyouさんへ:ぼくは、お酒を何人かでにぎやかに飲むのも好きだし、ひとりで飲むのも大好き、要するにどちらもいいのですが(笑)、成瀬巳喜男は、ひとりで静かに飲むのが好きだったようですね。彼らしいとおもいます。

小津映画を見ていると、戦後のものは、重役連中の同窓会のようなものがしばしば出てきます。戦争からまだ10年くらいしか過ぎていないのに、まさに余裕綽々ですね。当時の日本の世相でいえば、まだ一般にはこれほど裕福ではなかったのでしょうが。でも、それをいいだしたら、小津映画(特に最後の何作か)はたのしめませんね。

beatle001beatle001 2007/06/30 06:39 tougyouさんのおっしゃることは、ぼくも感じます。松竹の城戸所長は、小津作品も好きでなかったようですから、若き成瀬巳喜男は、城戸には二人はいらない小津の亜流のようにしか見えなかったのだとおもいます。あのまま松竹に在籍しても、なかなか評価されることがなかったかもしれません。

東宝へ移籍した成瀬巳喜男は、小津の描かない世界を、じつに繊細に作品化してみせた。苦節10年の下積みも、したたかに成瀬巳喜男を鍛え上げたようにおもいます。彼は、芸術家でありながら、腕ききの職人でもありますからね。tougyouさんのお話、いつもながら参考になりました。

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