かぶとむし日記

映画、音楽、本の感想を中心に日記を更新しています。

清水宏監督『有りがたうさん』(1936年)

有りがたうさん [DVD]


南伊豆の山あいを走る乗合バス。<有りがたうさん>(上原謙)は、バスの運転手だ。道を歩く人、荷車や馬車をひく人が、バスに道を譲ってくれると、窓から「有りがたう!」と声をかけて過ぎていく。それがとても気持ちいい。みんな、その運転手を<有りがたうさん>と呼んでいる。<有りがたうさん>は、バスに乗らない人たちからも、町の知人への伝言を頼まれたり、墓参りの代役をお願いされたりする。<有りがたうさん>は、それを笑顔で引き受ける。


その日も、<有りがたうさん>の乗合バスは、尊大な髭の男、黒襟の女(桑野通子)、娘を東京へ売りにいく母娘など、さまざまな人たちを乗せて、出発する。



1936年の伊豆の風景を写しながら、バスは走る。舗装されないデコボコ道をいろいろなひとが歩いていく。その姿がいかにもむかしの日本だ。旅芸人が歩いているのを見たとき、これは川端康成の原作なんだなあ、と改めておもう。バスの行く道を、あの学生と踊り子が歩いていてもおかしくない。


バスに乗り合わせた乗客の人生を、短く切り取って暗示する、しかし、口あたりは優しく、善意にあふれた気持ちいい小品。


若い上原謙は、どこまでも善良で、成瀬巳喜男作品で見せるような冷たい表情は見せない。黒襟の女を演じる桑野通子は、きりっとした顔立ちがきわだって美しく、生き生きと軽口を飛ばして、作品をたのしく盛り上げている。