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beatleの「探検隊日記」 このページをアンテナに追加

2009-04-19

[]是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』をもう一度見る 10:15


f:id:beatle001:20090419100125j:image:right

tougyouさん、jinkan_mizuhoさんが『歩いても 歩いても』を見たというのに刺激され、DVDレンタルして見る。


最初はこれがロード・ショーにかかったとき見ている。是枝ファンとしては、期待に応える快作で、深く繊細で味わいに満ちている作品だった。


二度目なのに、見始めるとすぐに惹きこまれた。ひとつひとつの会話、家族ひとりひとりの心の動きが的確にとらえられ、そのうまさにうなりながら見ていく。


どこにもいそうな老夫婦。父はもと町医者で、プライドが高く、家族のなかでも、ひとづきあいがうまくできない。


母は一度も外で働いたことがない。家のなかが、世界のすべてで、台所を中心に生きている。ありふれたこの母に、樹木希林が魂を吹き込んでいる。役者の力量がすごい。


この母と娘の台所の会話から映画がはじまる。実の娘だから、ふたりの会話はくったくがない。


ところがこの映画、表面はおだやかな家族のなかの<くったく>を描いた作品なのだから、導入もうまい


YOUが演じる娘もいい。ちょっと調子がいいくらいだが、この家のなかでは、ものごとの常識を判断するのに一番ニュートラルなのは、この娘かもしれない。母のことも、父のことも、亡くなった兄や良多(阿部寛)のことも、一番よく知っているようだ。


この娘、性格は明るくてさっぱりしている。


YOUの演技は、演技というより、まるで彼女そのものを演じているようだが、ふしぎなことにちゃんと映画額縁におさまっているし、ほかの誰がこの役をやっても、これほど適切ではないようにおもえてしまう。


家族のなかで誰とも会話のできる気さくな娘だが、彼女なりの思惑はあって、そろそろこの実家自分の家にもらいたい、と考え、母に同居をもちかけている。しかし、母は娘家族との同居にあまり乗り気でない。


良多(阿部寛)は、父とそりがあわず、早くに家を出てしまったようだ。いまでも、父との関係はギクシャクしている。


良多は、子供のひとりいる女性結婚していた。絵画の修復師を職業にしているようだが、現在失業している。それを実家にきて、隠している。父へのメンツのためらしい。


良多には亡くなった兄がいた。兄は溺れそうな子供を助けようとして、水死してしまった。両親にとって自慢の子だ。ひとを助けて亡くなったため、この長男の思い出は年々純化されていく。


それがため、偶像化される兄と比較されて、良多はこの家が居心地よくない。



そんな家族が、亡くなった兄の15回目の命日に集まる。その1日が淡々と流れていく。それは自然のままで、どこにもムリがない。


どこか無作為に抽出した<一家族>の1日を見ているような気がするくらい、自然だ。


しかし、、、


父と良多の気まずい関係は、改善されていない。


良多が子持ちの女性結婚したことで、優しそうな母までが、「なにも子連れのひとと結婚しなくてもねえ」と、あからさまにいう。


そういう言葉のトゲが、映画の平穏さに突き刺さる。


兄が助けた子供は、18歳のフリーターで、とりえのない青年になったようだ。毎年命日には招待されてやってくる。


真夏のことで、青年ワイシャツの上まで、汗びっしょりだ。太って挙動所作もだらしない。


もちろん青年は、ここへくると、言葉はやさしいが、自分に向けられる厳しい両親の目を知っている。


母は、あんな子のために自分の大切な息子が死んでしまったことをやりきれなくおもう。


気まずい時間が流れていく。


「気の毒だよ。もう呼ばなくてもいいんじゃない」と良多は母にいうが、

「そんな簡単に忘れてもらっては困るのよ。1年に1回でも気まずい思いをしてもらわなきゃ」

と、母は、良多が意表をつかれるような、怖いことをいう。


母は、息子が助けた青年の成長を見守っていきたい、などという優しい心から青年を毎年招待しているのではないのだ。



良多へ子連れで嫁いだ妻を夏川結衣が演じている。お嫁さんが配偶者実家へ来て払わなければならない気遣い、遠慮がリアルに描かれている。


舅・姑の、目の届かない小部屋で、足をのばして休む夏川結衣


自分の妻がむかし実家へきて、「ちょっとお嫁さんも休ませて」といいながら、わたしの部屋へきて、ため息をついていた、ことなど思い出す。


そういう描写がにくらいしいくらい的確で、夏川結衣自分のお嫁さんのようで、かばってあげたくなる。



亡くなった兄の15回目の命日が終わり、老夫婦のもとを、子供たち家族は去っていく。


jinkan_mizuhoさんとtougyouさんが書かれたように、

父が「次は正月か」(次回家族が集まるのは、という意味)、という。


1日自室にこもって、一番つまらなそうな父からそんなセリフが出てくるのがおもしろい。内心では、家族の集まりがたのしかったのかもしれない、とおもわせる。


が、次の場面では、良多が妻に、「今度来たから、もう正月はいいか」などといっている。


結局両親と子供たちのずれは、埋まらない。そんなことをおもわせる象徴的なシーン。じつにうまい



こんなシーンでは、笑った。


自室にこもりがちな父の部屋を、娘のYOUが訪ねる。


父は、、、

「みんなここを、おばあちゃんち、おばあちゃんち、というが、この家はおれが働いて建てたんだぞ」と不服をいう。


娘はあきれてなんともいえない。


父の部屋を出てから一言、「ちっちゃい」という。じつにおかしくて、絶妙なシーンだ。頑迷な父が愛らしくおもえてくる。



ラスト、父と母が石段をのぼっていく。まもなく父が母が亡くなったことを、良多のナレーションが告げる。


ここで終わりでいいと、ぼくはおもう。


しかし、映画には3年後、両親の墓を見舞うシーンがある。


母が、黄色い蝶は死者の生まれ変わり、というシーンが、ここで良多の口から子供たちへ繰り返される。


これは、つくりすぎではないか。


他の映画監督ならともかく、こういう見え透いた手法を使わないのが、ぼくは是枝裕和監督だとおもっているので。



追記:

jinkan_mizuhojinkan_mizuho 2009/04/19 18:49 素晴らしい感想、ありがとうございます。
確かに、YOUの役割は、家族の潤滑油のような一面もありますね。ただ、単なる善人に描いてないところが、この監督の非凡なところですね。
ラストは、ボクはあれでよかったとような……(笑)
長男を亡くした母の無念さと亡き母を偲ぶ次男の優しさを感じました。

tougyoutougyou 2009/04/19 19:45 beatleさんが「ひとつひとつの会話、家族ひとりひとりの心の動きが的確にとらえられ、そのうまさにうなりながら見ていく。」と指摘されていますが、是枝裕和監督は同じ言葉である台詞をあるタイミングで出すかそれとも我慢して粘ってから出すかで全然違って来ることに最も注意を集中して撮ったようです。だからほんの些細な言葉も見事に生きていると感じるのでしょうね。 それと、良多が来て直ぐにお風呂でスイカを冷やそうとしていると、母が妻と語っている修学旅行の歯軋りのことが聞えてきて、「それは俺じゃなくて兄貴だろ」と言い返しますが、あの映像に映らない母等の会話音は同時録音でしたので大変だったようでが、より臨場感をましています。
それにスイカのよこのお風呂の修理のされていない置き去りのタイルに、医者の父が日々の生活に活力が落ちていることと息子(等とすべきか)の不在を見事に示していますね。

tougyoutougyou 2009/04/19 20:10 beatleさんが云われる
『なにも子連れのひとと結婚しなくてもねえ」と、あからさまにいう。そういう言葉のトゲが、映画の平穏さに突き刺さる。』
これらの言葉のトゲが効いていますね。YOUがこの言葉に対して「さらっと怖いことを云う」と母を皮肉ります。

 

「ひとのお古」
「死に別れは前の亭主と較べられるからうまくないのよ。」
「生き別れの方がいいの。 お互いに嫌って別れているのだから。」



これらの言葉は是枝裕和監督がひねり出したというよりも、ほんとうに病院で母から自分の家の話でなく誰かの家の話として、聞いた言葉の破片からなっているかもしれません。作家の川上弘美はこの映画を観終わってもよくこの家族のその後はうまく行っているか心配になって考える書いていますが、それはこの家族が人間としてほんとうに生きていると感じたからなのでしょうね。

tougyoutougyou 2009/04/19 21:52 beatleさん、ダブりますがお風呂で良多がスイカを冷やす時に、母が新品の歯ブラシと手ぬぐいを昼間の内から三人分綺麗に揃えて置いているのを目にしますが、これは母が良多がスイカを買って冷やすのを予想して、泊まって行くと云っていたのを覆されて日帰りをするのを防ぐための牽制だったかもしれないですね。 往きの電車で「最終で帰ろうかやっぱり」という言葉を良多に云わせていますので、母が次男の帰ろうとする気持ちを予想して、「やっぱり帰る」と云わせないようにする為の精神的な牽制で間違いないですね(笑)。 後で妻が「どうせパジャマ買うなら私のも用意してくれたって」といいますが、パジャマは既に牽制が成功して泊まることが決まってしまっいる状態になってから考えることなので、「君」付けで呼ぶ妻のはやはり用意しない。 トドメは赤ちゃんのことですね。母が妻に最後に「やめてた方がいいね。ギクシャクするから」と云いますが、妻の微妙な表情の変化が見事です。着物をあげるキッカケにして、母は嫌味と共に早く良多の子供を産んで欲しいと云いたかった訳ですが、やっぱり娘以上にひとりだけになった息子の子供を早く見たかったのでしょうね。父も母も娘の子供等(孫等)への愛情の描写が殆どないのも印象的です。

tougyoutougyou 2009/04/19 22:01 beatleさん、一番印象深かったのは妻の以下の言葉です。

息子「ばあちゃん変だったよね」
妻 「死んじゃってもね。 いなくなってしまう訳じゃないのよ」

tougyoutougyou 2009/04/19 22:41 beatleさん、母と良多家族三人でのお墓参りの会話も上手いですね。
帰り道、自然と母と良太、 その先を妻と息子の二組に分かれますが、母は良多に軽くですが変な妻と別れてでも家に戻って来て欲しいと云い、妻と息子は前のお父さんのお墓参りに行こうとと話をする。 まさに「死んじゃってもね。 いなくなってしまう訳じゃない」ような会話が出てきますね。

tougyoutougyou 2009/04/19 22:53 beatleさん、この映画で緊張感のある会話のシーンで、私が思ったのは、ウディ・アレンの『アニー・ホール』だと記憶していますが、一つの言葉を出した時に、頭というか心の中でもうひとつの本当の言葉をナレーションで語らせていることでした。声として出ている言葉は人間が他の動物とちがった知性のある生き物として、文化的社会の中で円滑に生活して行く為の円滑語であるに過ぎず、本当の心は例えば成瀬巳喜男の映画なら眼差しに本当の無言の言葉を語らせた訳ですね。 小津安二郎の晩年の映画は、肯きだけの言葉にしてしまって、後は様式や幾何学的な美しさに絶対的なものを求めたのかもしれませんね。

beatle001beatle001 2009/04/22 08:21 jinkan_mizuhoさんへ
こちらこそありがとうございました。jinkan_mizuhoさんとtougyouさんが『歩いても 歩いても』をごらんになって感想をお話しあっていたので、見たくて我慢できなくなりました(笑)。

一度目の印象はまちがっていませんでした。やっぱり素晴らしい作品ですね。こんなに緻密に人間やセリフが描写される映画はそうそうないとおもいます。

ラストに関しては、以前見たときよりは悪くおもいませんでした。この辺は、それぞれの<終わり方趣向>(笑)があるとおもいます。

ぼくは結構「えっ? これでもう終わりなの?」
というようなのが好きなものですから(笑)。

beatle001beatle001 2009/04/22 08:31 tougyouさんへ
いつも詳細な解説ありがとうございます。勉強になります。


>是枝裕和監督は同じ言葉である台詞をあるタイミングで出すかそれとも我慢して粘ってから出すかで全然違って来ることに最も注意を集中して撮ったようです。だからほんの些細な言葉も見事に生きていると感じるのでしょうね。

それは是枝監督の作品を見ていると、なっとくがいきます。映画を見ていて、あちこちで、言葉と間合いの、絶妙なタイミングに出会いました。

この監督は、すごい日常、もしくは人間観察者ですね。それも、観念的に人間について思考するとかいうのではなく、すごく具体的に、人間のクセ、挙動、言葉・・・などを的確に感性で受けとめている、というような。

良多が、夏川結衣が連れてきた子供と話すところで、
「学校はおもしろいか」
というと、子供が
「普通」
といいますね。


これって昔よく使いました。質問がばくぜんとしていて、答えもあいまいなものしか用意できないときに、「普通」というのは、便利な回答なんですけど、それを子供にいわせていますね。しかも、絶妙なタイミングで。

「おれが働いて建てた家だぞ」の父のあと、
「ちっちゃい」とYOUがつぶやく、、、

それと同じくらい好きなシーンです(笑)。

beatle001beatle001 2009/04/22 08:38 tougyouさん、「ひとのお古」というのはさらに再婚する女性を蔑んだキツイ表現ですね。

でも、まさにそういうセリフを吐かせているんです、母に。

これが是枝監督がいくら自身の母を思い描く、といっても、センチメンタルに、<優しい母でした>だけでは終わらせない、醒めた観察者である証(あかし)だとおもいます。

おっしゃるように是枝監督は、おそらくそのときにひねりだすんではないんだとおもいます。普段日常を、人間を見ている・・・その引き出しに蓄積されたものが、あるテーマを描いているときに、ひらめいてくるんではないか、とおもいます。

これは努力でもあるでしょうし、才能でもあるとおもいます。細部の真実の蓄積が、是枝映画をどれだけ豊かにしているかしれませんね。

beatle001beatle001 2009/04/22 08:51 tougyouさんへ
スイカ、歯ブラシ、パジャマ・・・日常の小道具を使って、映画の平穏をさぶりますね、この監督は(笑)。

tougyouさんのおっしゃるとおりだとおもいます。こんな日常の小道具で、人間同士の思惑や願望のゆらめきが描かれる・・・なんて細やかなドラマでしょうか。

tougyouさんの説明を聞いて、また是枝作品への理解が深まりました。

母がいう「子供はやめといたほうがいい」というセリフ。きめつけ。この残酷さは、すごいですね。

「そこまでいうかよ」」と返したいけど、若いお嫁さんはそれをいえない。そういうことをちゃんと知っていていっている。

こうやって分析していくと樹木希林のお母さんは、かなり怖いですね(笑)。

beatle001beatle001 2009/04/22 08:57 tougyouさんへ

>beatleさん、一番印象深かったのは妻の以下の言葉です。

>息子「ばあちゃん変だったよね」
>妻「死んじゃってもね。いなくなってしまう訳じゃないのよ」


この妻は、亡くなった夫も想定していっているわけですよね。「今度パパの墓参りいこうか」と息子にいっている。


自分の妻が亡くなった夫を回想し、「死んじゃってもね。いなくなってしまう訳じゃないのよ」と、息子にいうのを聞いたら、新しい夫はどうおもうのかな。

この映画では、そういう前夫への男の嫉妬の部分とか描かれていませんけど、そういうところにスポットをあてていくと、また違うテーマがのびてきますね。ぼくは、それも興味があるところですが・・・。

beatle001beatle001 2009/04/22 09:03 tougyouさん、成瀬のまなざし、小津のうなずき、それに匹敵するものを、きっと是枝裕和監督はつかむのではないか、とおもいます。

ということで、またまた新作に期待してしまいます。


とはいえ、ほんとうは、のびのび好きなものを好きにとってもらえば一番いいのですね。作風も小さくまとまるより、そのほうがいい。繰り返しになりますけど、意外に引き出しの多い監督だとぼくはおもっていますから、まだこれから何を撮るかわかりません。

tougyouさん、数回にわたって、詳細なコメントありがとうございました。

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