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2008-02-23

[][] Populous DS 13:32

今週発売された『ポピュラスDS』買いました。

FM-TOWNS版のころから、ポピュラスには興味があったんですが、「買うほどではないかな」っつって無視を決め込んでいたのですが、というかむしろ《A列車で行こう》シリーズにハマっていたから、ポピュラスは良いやと思っていたのですが、どうも散在したい気分になってきた…というか、学生自体ほどA列車みたいに時間をかけないといけないゲームは出来なくなってきた。いうわけで、買ってきました。

ああ、面白いですね。今のところ、スピードについていくので精一杯ですが、いろいろと戦術を身につければ、きっと面白いに違いない。という良質なパズルゲーな予感がするゲームというのも珍しい。久しぶりにレミングスもしたくなってきました。

で。しかしながら、DSのゲームとしては正直駄作。というか、やってはいけないことをしている、または基本的なところで、(ありがちな) 大失敗をしている。なにかというと、このゲーム、プレイしている間は、した画面しか見ない。

  • 上画面と下画面に、ほぼ等価な絵が写っている
  • 操作が出来るのは下画面のみ
  • 綺麗なのは上画面
  • すなわち、プレイ中は綺麗**でない**ほうの画面しか見ない

2スクリーンである、というハードの事情にゲームが躍らせれてしまっている。下スクリーンしか使わない!というほどの思い切りが必要なんですね。

追記

もう完全に下画面しか見ずにゲームやってます。これで十分なのが一応パズルゲームとしての出来のよさを物語っているのかもしれないが、ゲームデザインとしては大失敗。

[][] ありがとう 00:54

あまり2ちゃん的なところからネタを引っ張るのはしたくないのだが。なぜかというと、私がvipperなのがばれるから…って、べっ別に最近はvipに「kskst」なんて書き込んでるわけじゃないんだからね!で、こちら。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1094836.html

いや、わざわざ引っ張ってくる必要があるというわけではないのですが、二年位前、期間的には短いものの、比較的「頑張らないといけない」立場で店先に立ったときから、お店では「ありがとうございました」「ご馳走様」はほぼ欠かさず言うようになったんです。

こちらが店員をやったとき、当然ながら、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は言うわけですが、ほとんどの人が素無視です。まあ、当然です。そのときまで私もそうでしたから。でも、ときどき、

ありがとうございましたー!

「ん」

と返事 (?) をしてくれる人がいました。これがめちゃくちゃ嬉しかったんですね。実際足は棒なんですが、頑張ろう、って気になります。

それから、心を入れ替え (?) 「ありがとうございました」とかは言うようにしています。

上のリンク先で話題になっていた方は、この数百円が自分の給料になっているのだ、という実感を持って接客されれば、ちょっとは認識が変わるのではないかな、と少し思ってみたり。

sigmapsisigmapsi 2008/02/23 14:55 DSでRPGをやってるとタッチペンの存在を忘れる
MAPやステータスやアイテムなどが上画面に表示されるのは便利だが画面が大きければ別に同画面でも困らない気がする
つまりDSでやる必要性はない
携帯ゲーム機で出来るという利点以外でDSならではってソフトの方が少ないと思う
DSを生かせているのってパズル系ぐらいじゃね?

beeplexbeeplex 2008/02/24 00:31 実際、十分に大きくて薄いタッチスクリーンが安価で出来なかったら2画面、ってだけだろうしね…。
ハードウェアのコンセプトからして微妙といえば微妙。
うまく使いこなす方法は私にも思い浮かばないです…。
上画面は飾り程度 (あまり見ないステータス表示とか?) にするのがせいぜいかなあ、と思ってます。

2007-11-17

[][] インサイド・マン 00:27

インサイド・マン』をDVDで観ました。

つまらなくは無いんですが、…いや、やっぱりつまらないか。

基本的に私はSF者なので、人質が解放されるかどうかなんてのはどうでもいいんです。時空の行く末は大事だけれど、人命なんて小さな問題なんです。なんて言ったら怒られるのだろうか?

こういった映画を観るのは別に宇宙の存在理由を思索するためではないので、そういったところがなかろうと楽しむには問題ないはずなんですけど、じゃあ人間ドラマがちゃんとあるか…というとそうでもないのが残念なところ。主人公の刑事の立ち位置というか、どういった感覚で事件に接しているのかが分からない。比較的頭が切れる描写はされているが、まんまと裏をかかれすぎたり、と思いきや政治的な駆け引きをしだし、でも結局は偶然手に入ったダイヤを眺めつつ元の鞘に…。

政治、社会描写が得意な監督…との噂も聞いたが、じゃあたとえばあの黒人少年が持っていたゲームが寓話的な意味以上のものを持っているかというと、NOと答えざるを得ない。犯人の動機も含め寓話的な話ではあるんだけれども、寓話にしてはインパクトが薄いし、もしかして監督はこれを大真面目でやっているのだろうか? と考えてしまうほどだ。

日曜洋画劇場でやってたら見ても良いかも。

2007-11-10

[] Amazonの評価の話 12:47

Amazon.co.jp のカスタマーレビューが読者レビューの平均点を表示しているが、これはまったく意味ないじゃないか…とどこかで読んだ。曰く、たとえばその分野に明るい人とそうでない人がまったく違う評価を下している中で、

「あなたに対するオススメ度は、この人たちの平均ですよ」

というかのような評価法が適切なわけは無い…ということだ。それはそのとおりだなあ、と思っていたが、久しぶりにAmazonのサイトを見てみると、なんだか違和感が。ああ、いつのまにか、カスタマーレビューの得点の分布が表示されるようになっていたのね。これだと、評価が分かれている…自分はどちらに当てはまるだろう…とか、評価はだいたい低いが、一部の前提知識のある人には高い…のようなことが言える。

たいていの本はカスタマーレビューが、個数が摂動、と言えるほどに少ない上、なぜか発売前なのに「期待の評価」があったりするので、分布を示したところで有用性には疑問があるが、betterな方向に進もうとしていることは評価できる。

2007-09-24

[][][] The Melancholy of Haruhi Suzumiya に見るアングラとの付き合い方 00:54

において、

色々な意味で型破りの広報展開が続けられている北米展開を開始したアニメ版『涼宮ハルヒの憂鬱』

と書かれている、北米版ハルヒ『The Melancholy of Haruhi Suzumiya』(TMHS) の公式サイトASOS Brigade。画面右側の現在のアンケート項目は

Do you buy the Haruhi videos?

だ。最初のほうは

・I purchased the legal R1 DVDs from North America and support her fully!

・I bought the R2 DVDs from Japan and only the R2!

という、少なくともヲタ的には正しい選択肢が並んでいる。しかし下のほうには

・I downloaded fansubs and WILL buy the DVD eventually

・I downloaded fansubs and WILL NEVER buy the DVD

との項目。fansub 前提なのも面白い*1が、このように両方ならべているのは、「ニコニコ市場」のような意図なのかな…と思える。

別にそこまでの意図が無くても、日本でこんな状態になっていることを考えると、雲泥の差の対応、という感じだ。

ともかく、この流れに対しては、私は大いに反対していると言いたい。ユーザー側の意見としては

をどうぞ。

権利者に対して直接不利益となるものに対する対策をするのは理解できる。しかしながら、このあたりの権利者はまず、現状を認知するところからはじめるべきではないか。

「ビジネスの立場からしかものを見ていない」とは良く聞くが、そもそもビジネスとしても問題がある。現在、そしてこれからのトレンドを将来的にも有効活用せず、「不利益だから禁止」というのは「出来るビジネスマン」の姿勢ですらない。これはビジネスの立場ではなく、「既得権益者の立場」だ。

これが日本の映像・音楽産業の現状ならば嘆かわしいことこの上ない。ハルヒ北米版サイトのアンケートくらいの現状認識能力は身につけていただきたい。

*1:公式リリースまでの現状では当然だが

sigmapsisigmapsi 2007/09/24 22:34 1本100円で割引はなし
毎日飲むなら月3000
それはさておき
なのはA’sは良いねぇ
すぐ作画崩壊するのもDVDなら治ってるのかな?

beeplexbeeplex 2007/09/25 00:18 アクセスの半分が「なのは」目当てな件。
作画崩壊っていつごろでしょうか? チェックしたいです。
¥126/day

2007-05-26

[][] 主人公は僕だった 21:27

今日、映画『主人公は僕だった』(原題:``STRANGER THAN FICTION'') を観た。最近、派手なSF映画より、ヒューマンドラマのようなものを好むようになった。ヒヨったな。そろそろフランス映画に手を出すべきかもしれない。これもそういう一本。評価としては「まあまあ」。

(追記:しばらく、感想らしき感想すら書いていないので、早いとは思うが、帰ってすぐに書いてみた。ネタバレには早いとの批判は甘受する。また、邦題は正直ひどいと思う。原題は良いのに…)


以下、ネタバレ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

上でも書いたが、一言でいえば「まあまあ」の映画だった。「悪くはない」が、名作というわけでもない。

こういうのは当り前で、これを映画の中で言ってしまっているからだ。主人公の人生はある小説家の書いている物語そのものなわけだ。この事実を知って、小説家は物語の結末を書き換える。元のままだと主人公が死んでしまうからに他ならない。結末を変えたことで、主人公は死ななかったが、小説自体は「名作」から「まあまあ」のものになってしまった…と作品中で語られている。

ということは当然ながら、映画のストーリー自体、その小説と同じく、(主人公が生き長らえたことにより) 「名作」ではあり得なくなってしまった。惜しいことをしたものだ。

もちろんそう簡単ではなく、劇中劇が面白くなかろうが、たったの120分なのだから、アイデアが良ければいくらでもみられるものとなる。しかし、この映画には致命的な欠点がある。おそらく元の (主人公が死んでしまう) ストーリーでも、名作とはとてもいえそうにないということだ。

小説家の行動を見るに、死ぬ (もしくは瀕死になってしまう) 場面までは、元のストーリーどおりらしい。確かにここまではとても良い。主人公の内面の描きかたはうまいと思うし、「ギターのシーン」はクライマックスにふさわしい。このあたりは「名作」の匂いを漂わせる。だがしかし、主人公の死に方があまりにあまりなのだ。伏線を回収したふりをしているだけ。

ということは、主人公が小説の主人公 (ああ、わかりにくい!) だという設定は飽くまで寓話的なものであると考えるのが自然だろう。「そうなのだ」という意味以上のものがあるわけではなく、元が「名作」かどうかは関係ない。

この仮定の元で重要になるのは、映画のプロットやその演出のインパクトだ。まず演出には満点をつけたい。特に冒頭等の画面効果は、「小説の語り」というコンセプトに合致するかどうかはともかくとして、鳥肌ものだった。

プロットはどうだろう? 途中までが良いのは上でも言った。では、この映画がこの映画たる所以。すなわち、「結末が書き換えられる」あたりなのだが…。残念ながら…としか言いようがない。

結論をいえば、主人公は死ぬべきだった。主人公、教授、小説家、皆少しだけどこか「狂気」に近い場所に住んでいる。すくなくとも「トゥルーマン・バーバンク」ではない。だが、結局物語は「小説家の改心」という言葉でしか説明できない終わりかたをしてしまった。全ての人物造型がおいてけぼりになってしまった。元の小説は「皮肉」な終わりかたをしたらしいが、皮肉どころか、本当に「トゥルーマン」になってしまっていたのが残念である。

せめて、最後に死んでしまえば、教授の発言に引っかけて、「誰もが死ぬが、記憶には残る」というのを地でいった (寓話化した) 話として称賛できたのだが、消化不良気味。