2007-03-02
■【+1】ここにいます
<文章> +1 <体験> 0 <得点> +1
哀感とそして暖かみとを感じさせる作品である。
ただし、それは怪を通じてではなく、全編を通じて感じられる体験者の心情、性格に
よるものである。
残念ながら怪としては猫が一言声を発した、というもので、どうやら猫は時折人語を
発するだけでなく歌までも歌ったりするらしいから、ここでの体験は怪談としてみた
場合にはそれ程インパクトのあるものではない。
ちょっと疑問なのは既に何度か入院を繰り返しているならその間猫をどうしていたか、
ということ。まあ誰か(体験者を含む)預かってくれる人がいれば問題ないので信憑性を
損なうまでではないけれど。理想を言えばそういった疑念を封じてくれる描写が一言あると
もっとすっと入っていけるだろう。
文章は読み易く既に述べたように体験者の心情描写も巧みである。「超」怖とは
異なる傾向ながら、それだけに新鮮な作品を期待できそうである。出来ればもう少し
強力な怪を語って欲しい(怖くなくても良いから)。
■【−5】はにわ
<文章> −3 <体験> −2 <得点> −5
どこかで見たような芸風が‥‥。
「。」があったり無かったり、無闇に「…」を使ってみたり、締めの文章が
急に丁寧調になったり。改行も読点もなく文章が繋がってしまっているところまであると、
最早指摘するのもあほらしくなる。
しかも現場での怪と不幸の連鎖とその原因との間に関連性が全く見られず、怖いと思うより
どうなってんのこれ、としか感じられない。この話で何故その場にもいない父親にばかり
不幸が集中するのだろうか。
全体に20〜30年位までの子ども向け雑誌にあった夏の怪談特集記事を読まされている
ようなチープさを味わえた。そういう意味ではノスタルジーを感じさせてくれる評価すべき
作品なのだろうか。勿論ただの嫌味だが。
■【−3】絵の下の意図
<文章> −1 <体験> −2 <得点> −3
題名と導入部の描写で、ほとんどネタバレしてしまう。
さらに夢で般若の面の男に追われ、絵を剥がすと般若の絵が現れる。
全て読める範疇そのままなので、いざ怪が出てきてもいずれも確認だけで終わってしまった。
驚きが感じられないのだ。
読み方もそういう展開なんだろうなと想像しながらになるので早く先へ行きたくなる。
折角絵のサイズなど情景を思い描く上で必要な情報をうまく書いてくれていても邪魔にすら
感じてしまう。惜しい。
文章も「という」の多用と「〜た」という言い切りの多用とでどうも単調になってしまい
読み辛く感じる。
問題は、というより疑念は果たして絵をうまく上層だけ剥がすことが出来るのか、という
ところ。
古い絵の下から別の絵が見つかった、という話は良く聞くけれど、あれは大抵X線透視で
発見したり、枠からはがしてみたら裏地を通して見つかったり、というもの。
それを取り出すにしてもそうしたあたりを付けた上で修復家などの専門家が下層に影響を
与えないよう溶剤などを慎重に吟味、テストした上でトライするものではないだろうか。
それ程違わない時期に普通に重ねて描かれた絵を(おそらく絵の具も同じ)何か特別な
準備も道具もなく分離できるものなのか、こちらは専門家ではないので判らない。
ただ、これまでのわずかな知識からは個人的にはあり得ない、といって良いレベルだと
考えている。
また、オチの文章も意図が分からない。
絵を描いていたら忘れられないから、といって結局この話を全く忘れてはいないわけだし、
就職先がどこになったか、というのはこの話の中身とは全く関係がない。
「超」怖い話では時折見られる手法だからといって、何でもその人のその後は〜的なものを
くっつける必要は無かろう。
■【+3】念押し
<文章> 0 <体験> +3 <得点> +3
怪異そのものは実にユニーク。
子どものそばに見知らぬ人が、というパターンならありふれているけれど、子ども・ベビー
ベッド・見知らぬ男の3点セットが唐突に出現し、しかもこちらにコンタクトしてくる。
言っている言葉の意味も不明。そのわりに絵に描いたような日本人の風貌、しかも役人の
ような真面目なしぐさ。その不条理さは見事なものだ。
文章も読み易く描写も適切で情景を思い浮かべるのに不足はない。
ただ幾つかの問題点が、しかも肝に出てしまっているのでトータルとしてはプラスに評価
できない。
まず大きいのは締めの文章。
これまでの内容から男が見知らぬものであること、言葉の意味も判らないことは充分に伝わる。
どうしても「念押し」したいなら男を見かけた時点、言葉を発したところで付加すべき。
折角怪異がフッと消え去り(ここにも一箇所誤植あり)読み手も呆気に取られているうちに
「松本さんは未婚の独り暮らし。当然子供はいない」で締めておけば余韻を持って読み終えられる
ところに、こういった温度の低い説明文を加えたことですっと現実に引き戻されてしまう。
お笑いのオチを理性的に説明されてしまったような気分だ。そんなことはわかっとるわい、と。
また、一番肝になる文章、ここは「間違『い』」でなければならない。
細かい間違いではあるもののここが肝だ、ということからすると最も引き込むべきところで
退かれてしまっては元も子もあるまい。
どうもこの雰囲気は霊、というより時空(異世界)もののようにも感じられる。
体験者の未来で同じ場面に遭遇することがないのか、何年(もしくは何十年?)をかけた
壮大な後日譚があれば是非知りたいところ。
■【+1】マイペース
<文章> 0 <体験> +1 <得点> +1
世の中あり得ないようなことでも平気で起こってしまうしまさか、という偶然が重なることも
あったりするものだ。
だから、冷蔵庫に検査薬が入っていたことは問わないことにしよう。そんな都合の良いことが
ありますかね、と疑問を呈してみても、なんと言ったって事実なんだから仕方ないだろ、と
言われれば矛盾があるわけでもなくこちらは引き下がるしかない。まあ体験者は検査技師だし。
ここからは思いっきりプラス思考で評価を進める。
ジャガイモから血のような液体が出てきた、というのは気味が悪い。腐ってたのでは、という
疑念はよぎるも鮮やかな赤色を示すことはちょっと考え難い。
またそれが血液型の検査にちゃんと反応してしまったというのもこれが腐蝕液、というより
別の何かであることを想像させる。
ただ、この話ではこの怪よりも怪に動じることなく血液検査してみよう、と思った体験者の
豪胆ぶりとその相当に変わった思考のほうが際立ってしまっている。
それは一つにはこの怪に遭遇した体験者の感情が全く描かれていないことにもよるのだろう。
別に怪に遭遇したからといってステレオタイプに驚け、というものではないけれど、
ジャガイモから突然血が流れ出してきて、病院での作業のようにじゃあ検査してみましょうか、と
なるものではあるまい。
それなりに感情の動きはあった筈なのでそのあたりをもう少し掘り下げ描写すればマッド
サイエンティストのような印象にはならないだろう。学者タイプの人がそれほど驚かない、と
いうのはある程度納得できるが。
それと、動脈血は「どろっと」してはいないのでは。
最近話題の血液の「さらさら」「どろどろ」にしてもあくまでもイメージの話で実際に粘りが
あるわけではないようだ。昔聞いた話では糖尿病の人は血が甘い、ということだったけれど、
これも真偽は不明だ。本当にどろっとする程粘りがあったら確実に詰まってしまっているだろうし。
■【−4】早く出てって
<文章> −2 <体験> −2 <得点> −4
東京伝説風味でスタートしそれなりの盛り上がりも見せてはいるものの、脚本がちぐはぐで
ト書きや台詞も陳腐なためほとんど空回りしている。
実はここで起こっている怪というのは「早く出てって」という声だけである。
むしろ怖いのは三人組である、ということはさておいて。
旦那さんが何か言い澱んでいるものの、だから怪に遭遇しているかどうかはこの話の中では
全く明らかではない。
まず判らないのは宗教勧誘などしていればあちこちでいろいろなことがあるだろうに、ちょっと
変な声が聞こえただけでメンバーの病気をその声のせいだ、と断定するに至った理由である。
数週間の間彼女らが家でじっとしていた筈があるまい。それに彼女らは声に従って出て行って
いるわけで、そこまで怯える必要もないといえる。
ましてや再度訪問した女性が声を聞いてそこまで驚愕してしまう、というのは声よりもむしろ
彼女の方に何か問題があるのでは、と思う程の大袈裟ぶりだ。
もっととんでもないものを見せられたり何か酷くきつい現象に見舞われたり、ということで
怯えてしまうのなら納得いくけれど、これではインプットとアウトプットの勘定が合っていない。
さらに決定的なのは、この声が勧誘者たちにのみ訴えているのならまだ判るのに、最後の段に
なって急に語り手に対してまで怒り出すのは妙だ。
もし誰にせよその家にいるのが嫌なのならもっと早い段階で語り手家族に対して攻撃があっても
良いだろう。
なにしろたまにしか来ない連中に対して怖ろしい罰を与えたりしているのだから。
文章も変な癖があって度々引っかかってしまう。一番大事な文章で「亡くれた」などという
むしろ笑えてしまう誤記までしてくれている。
「だから最初は「話くらいは聞いてやろう」というより、聞かない選択肢はほぼなかったわけだ。」
この文章の前半は必要が無く前段との繋がりを考えると存在すること自体むしろおかしい。
日和見も変だ。旦那さんは三人組に味方する可能性もあったのだろうか。
擬音も何だか「北斗の拳」を思い出した。ごげっ、という固い乾いた音を立てて液体物を
吐瀉するのはかなり難しそうだ。
一人が入院、とすれば済むものを検査入院、とわざわざ格下げしているのが妙に笑えた。
このあたり、緊迫した状況でまだ「光枝さん」と敬語なのも礼儀正しいけれどストーリー
テリングとしては破綻している。
この声を怪であるものとして証拠付けるため、「こんなか細い声なら壁を突き抜けて聞こえは
しない」と書いている。
しかし、壁を通したからか細い声になっている、と考えた方が筋が通る。壁を通したかすかな
声だと方向感が掴めないのもむしろ普通だ。私にもそんな経験位ある。勿論怪現象ではない。
実話怪談を前提とした作品をあえて「脚本」と書いたのは、全体にあるリアリティの無さを
差し引いても、つまりこの話を仮に信用したとしてもこれは<声>を怪、と語り手が断定した上で
無意識にせよ語り手と「光枝さん」がこれは怪現象、と決めつけた上で全ての事象を捉えていった
としか思えず、そうなるとそれは筋書き、と言えるのではないか。
さらにある。
「実行犯」という命名は是非はともかく宗教勧誘における「実行犯」の役割が想像できず
人物像がかえって判り難くなった。そもそもこの三人組、話をする場面でもその後でもわざわざ
命名された役割がストーリーには何も関係してこない。名前だけで充分である。後半でも
しつこく確認されているけれど。
おそらく語り手にとってこの三人組は物凄く意識している存在であり三人を語ることにかなり
意識が傾いていたとしても不思議はない。むしろそうすることで少しでも憂さが晴れれば、と
陰ながら応援したい気すらする。
しかし、それを怪談の中にまで持ち込む必要はない。
■【−3】抱きつき
<文章> −2 <体験> −1 <得点> −3
HさんとTさん、これは同一人物、ということで良いのだろうか。
笑い話としてするような内容ではないし、笑える要素も見当たらない。怒って話すなら
まだ判るけれど。
話のネタにする位だし出会った時もそれ自体には違和感がなさそうな位見知った仲の人が
既に死んでいる、という事実を他人から指摘されないと気がつかない、相当におとぼけさんで
あることは間違いない。そういう人が良く霊を検知できたものだ。
「またね」は口調からすると単なる挨拶の一言。それで寒くなる、というのは少し
過敏過ぎる、というか強引な気がする。
びっくりした時「驚いた!」と口に出して言う人がいる、ということを今回初めて知った。
■【0】見えない
<文章> −1 <体験> +1 <得点> 0
冒頭介護手記になるのかとどきどきした。
行間を読み取ろうとすれば何となく繋がらなくはないものの、現状では自分と母との関係を
取留めもなく書き連ねているようにしか見えない。もう少し判り易く整理する努力が必要。
高齢出産・父の失踪と母は苦労して私を育ててくれたが、そのきつさからか私に辛く当たった。
その反発で母を無視するように自力で頑張り母のことを顧みる余裕もそんな気もなかった。
年月が人を優しくするのかふと母の様子が気になってみると、既に仕事も辞めすっかりと
変わり果てていた。少し呆けてきているのかもしれない。
こういう解釈で良いのだろうか。
本編から急に丁寧体でなくなるのは変。それなら最初から統一していないと。
便座の下りも「私と母の女性二人ぐらしのため、それで違和感を感じたのだろう」それは
確かにその通りで、だから「たいしたことではない」じゃなくて「たいしたこと」なんじゃない
だろうか。これは(呆けた母がやった、という可能性を残しつつも)怪として重要な要素なので
その違和感を(読み手として)理由無く引っ込められては納得がいかない。別にきっちりと
説明しろ、というのではなく、理由が判らなくて怖くなったならそれでも良いし、何か理由が
思い付くならそれでも良いしとにかく振り上げた拳はどうにかして下ろして欲しい、そう
思うだけだ。
最後のオチは、母と語り手との関係が理解できていると、恐怖として感じられる理由が判る。
ぼけかけ、と書いてしまっているのがここでもそっちかも、という疑念を生じさせる。
それぞれが気のせい、偶然で済ませられなくもないレベルながら全体が積み重なり二人の
人生まで組み合わせてみると結構怖ろしく感じられる、というじんわりと効いてくる怪談である。
あえてぼうっとしている、という表現はなくても良かったのでは。これは怪談なのだから。
■【+1】不眠症
<文章> −1 <体験> +2 <得点> +1
既に一度書いたように、一発怪談は小説のショートショートが一番難しいようにハードルの
高いジャンルである。内容、文章共に誤魔化しが効かないからだ。
この作品、内容的には面白い。
妹の不眠症の話かと思いきや、唐突に祖母が不眠症だという話、実は霊だから眠れなくて
当然。不眠、というキーワードを軸に話をどんどんと転がしていき、すとん、と落として
くれる。これも文章構成ということでは文章に属するのかもしれないけれど、お話の
一環でもあるし、文章表現そのものはあまり評価できないのでそこを分けて体験に含ませた。
怪そのものはそれ程凄い、というレベルではないのだけれど。
かく言う文章は冒頭「眠れていない」というちょっと聞き慣れない表現がある。
そして肝の文章があまりにこなれていない。これだけ字数を絞っている中で「困る」を
繰り返してしまうような表現では若干なり興醒めである。
最後の「かもしれない」もいらないと思う。言い切っても誰も突っ込まないだろう。
当人が言っているんだから。
■【+2】直立
<文章> 0 <体験> +2 <得点> +2
惜しい。
一文だけどうしても気になってしまい、それで文章に+を差し上げることが出来ない。
途中二箇所程変な改行もあるけれど、そうしたものなどなんてことはない。
「でなぁ、ここからがおもろいんや。」
関西人のようだからこういう言い回しもあるのかもしれないけれど、別にこの後は
面白い話ではない。妙な符合が興味深いだろ、という意味でおもしろいを使っている、と
いうのは判ってもやはり少し不謹慎過ぎる。
こういう違和感も勿論ながら、これをマイナス評価にまでした理由は、こう予告して
話し出したわりに、その前の本筋である恐怖の方が遥かに「おもしろく」どう考えても
最後は付け足し程度でしかないことだ。
これだけはっきりとした映像と匂い、というダブルパンチで襲ってきた恐怖に比べて
ここからが、と意気込む程の内容だろうか。表現もえらくあっさりとしてしまっているし。
実際初読の際、本編ですっかり魅了されていたので、えっ、ここから、とさらなる
期待をもって読み進めたら、正直酷くがっかりしてしまったのだ。体験そのものの
インパクトすら少しは薄れてしまったかもしれない。
「まだあるんや」という程度の扱いであったらむしろプラスの要素となり得たものを。
だからこそ、惜しい。
■【+2】蔵の中
<文章> +1 <体験> +1 <得点> +2
雰囲気としては「最高に最悪」。
何だか現代というよりこの物語自体が昭和初期頃のような印象がある。それがこの場合
味、になっている。
家族の軋轢から最後の変死までぐいぐいと読ませてくれる。
ただ、怪異、という視点から見るとちゃんと語られているのは途中に挟まる奥さんの霊らしき
ものだけ。ほとんど刺身のツマのような扱いである。
息子についてはむしろ狂気を感じさせる言動であり、彼の言をもって霊と断定するのは難しい。
やはりここは死に方が明らかに変だ(姿勢であったり死に場所であったり死因であったり)とか
死後蔵に入っていったらとんでもないものを発見したとか息子が明らかに霊に遭遇していたと
思われる何らかの証拠があったりとか。
痩せている、ゴミと糞尿、はこの状態なら当然だからそこで違和感は感じられない。
逃げるような格好、といってももう立ち上がれなくなって這い出してくれば必ずそんな格好に
なる。私が昔二日程飲食を全く断った時にはまず立ち上がる、ということが出来なくなって
しまったので、餓えて出ていこうとしたのであればそういう格好になるのは何ら不自然ではない。
文章も既に書いたように読み応えがある。
ただ、新聞屋さんのことを普通「客商売」とは言わないだろう。「お客さまのことだから」と
表現されれば問題ないけれど。
細かい点ではあるけれど、私はこういう壊れた表現に接するとそこで引っかかってしまって
ストーリーにうまく没入できなくなってしまう。
他にも表現や誤植に関する講評が散見されるので、似たような方がある程度は存在して
いるものと思われる。
そうは言っても語り手がそう言っていたのでという反論が、誰からも言われていないけれど
自分の中で湧き起こってきたので、繰り返しになるが「語り手」と「著者(執筆者)」との
関係についてまとめておきたい。これが私の講評スタンスの根幹に関わるからだ。
語り手は自由である。自分の体験を自分が覚えている限り語りたいように語る。その際、
あまり言葉を選んでいると内容が判らなくなってり勢いが削がれたりするので多少変でも
どんどん語ってもらった方が良い。通常の会話において、それを完全にそのまま文章化すると
その確か50だったか70%(数字はいい加減)は辻褄が合わなかったり文章からだけでは
意味が取れなかったりするという。言葉が全然足りていなかったり突然違う話が挿入されたり
どんどん話がずれてしまったり。
だからこそ、著者はそれを読める文章として再構成し足りない要素は付け加え(その場で
質問しても良し追加取材をしても良し場合によっては想像でも良し)不要な要素は削除して
いく必要がある。
この場は「超」1チャンピオンシップ。戦いの場、ということだ。
金を取る取らないは別として怪談の語り手としてプロを目指したい、プロとして認識されたいと
願う猛者たちが切磋琢磨する場なのである。
その前提が違う、ということならチャンピオンシップという名称は捨てるべきだ。
だからこそ一つの文章一つの表現一つの単語にまで可能な限り気を配り、読み手がどう
反応するか想定しながらストーリーを組み立てていく。
そうした作品を是非読ませてもらいたいものだと思う。
■【+1】誰の?
<文章> 0 <体験> +1 <得点> +1
首だけ、なら無数にある怪談界にあっても髪だけ、という話はそうはあるまい。
個人的にはヅラネタ好きだし(正確にはヅラネタではないが)。
ただ、折角のネタなのに描写が圧倒的に足りない。
これでは長髪なのか短髪なのかどんな髪型なのか、それがどんな感じに浮いていたのか
男性か女性かすら判らない。
この部屋が何階にあるかも明らかではない。たまたま髪の毛だけよく見えた、という
見間違いの可能性も感じてしまう程だ。いや、本当にカツラが飛んでいたのかも。
なぜそうじゃない、と言い切れるのだろうか。
■【+1】枝の上
<文章> 0 <体験> +1 <得点> +1
祟る木の話でも祟る主そのもの(と思われるもの)が目撃された、というのは興味深い。
いかにもな小人であったのが、それが見えてしまったのだから仕方のないところながら
新鮮さを出してくれず、損なところだ。
駐車場の所有者である、というだけでなぜ「さんざん警察から(あれこれ:これはくど
過ぎ)調べられた」のか、部屋ならともかく駐車場が事件で借り手が無くなるものなのか
疑問符はつくものの経験もないしこちらに否定する根拠もない。
借り手がつかないのも祟りの一環なのかな。