2007-03-14
■【0】チョコレート
<文章> 0 <体験> +1 <映画> −1 <得点> 0
まあ、申し訳ないんだけど何だか出来すぎのような‥‥。
著者の照れたような書きぶりから本人もそう思っているのだろう。
何と言ってもこれをどう捉えたら良いのかが判らないので、何とも収まりが悪い。
やはり一種の超能力なんだろうか。
個人的にこういう不条理なネタは好きなのでちょっとおまけ。
しかもショートショートとして文章もすっきりとしておりうまくまとまっている。
ただ、この作品は特定の映画「チャーリーとチョコレート工場」を観ていることが
前提になっている。そうでないとこの話の意味はほとんど判らない。
この映画はたまたま観ていたので私にはすんなりと受け取れるけれど、人を
選んでしまうような作り方は望ましくはない。で減点。
■【+1】溜め池
<文章> 0 <体験> +1 <得点> +1
不条理話が続く。
田舎で人でないものと友情を結んでしまう、というパターンかと思ったらまるで
違うダークな世界が展開される。この意外性は面白い。
不思議な巨大魚だけでも異形の存在なのに、それが幻覚だったのか別の何かだったのか
遺体へと変わってしまう。これも興味深い。
ただ、魚の時点ではまだ死にかけだったのが遺体になると完全に死んでいるようなのは
繋がりが悪い感じだ。
また、文章面でも特に問題はないし丁寧に書かれているのだけれど、もう一つ
引き込まれるものがない。メリハリを上手く作っていないせいか。
さらに、 これは他の方の講評を読んでやはり、と思ったことだけれど、これまで
あちこちでいろいろな溜池を見てきたけれど透明なものには出会ったことがないのは
確かだ。溜池は通常湧き水ではない上に、流れ込んできたものをそこでせき止めている、
という構造だからだろう。
そこが天然の池とは異なる。この作品の信憑性に関わる大きな疑問点ではある。
しかし、ないと言い切れる根拠は持たないので「還元水疑惑」レベルの問題提起に
留めておく。
■【0】守備範囲
<文章> 0 <体験> 0 <得点> 0
この話も怪異がテーマではない。なので怪談として評価することが難しい。
しかも、この話は既に「守備範囲」、というレベルではない。
おばあさんを「子」と言ったり小学生を「女」と言ってるのだとしたら、それは
単に周りの人をおちょくっているだけのことである。
美人かどうか、という点ではなく、人の想像力を逆手に取ったような表現をとって
いるからだ。
ずれてしまった話の核となる山下君の人物設定の部分にさらに明らかな誤りが
あるため、そちらから見ても共感を持てない。わざとそう捉えているのだとしたら
不快にすら感じられる。
それは件の女性の話でもそう。
顔の半分が崩れた女性を美人だと言い張り向きになって抗弁しているのが本心から
だとしたら、それはもう彼には世界が何か別のものに見えてしまっているとしか
捉えようがない。笑うと言うより空恐ろしい。
要はスプラッター映画を見せられながら「これって笑えるだろ」とげらげら
笑いながら言われている、そんな居心地の悪さしかこの作品からは感じられない。
ただ、文章はしっかりしているし、多分に個人的な感性レベルでの拒否と言える
ものなので評価をマイナスにはしないでおく。
■【+4】横顔
<文章> +2 <体験> +2 <得点> +4
こいつは凄い。
何なのだろう、一体。
これだけの体験を二人同時にしているのだから大変貴重な事例である。
行動や立ち居振る舞いも人とは感じられず異形の怪しさが充満している。
文章も巧みでそいつとの取っ組み合いを念入りに書き込みながら緊迫感も
失ってはいない。読み応え充分である。
時代による街の闇がこの遭遇をより怖ろしいものにしているし、異形の
描写があまり出来ない、というのも納得がいく。この状況ではあまり
見えなかったろうから。
この雰囲気が今の若者に掴んでもらえるかどうかだけがちょっと心配だ。
まあ杞憂かもしれないけど。
■【0】家族の食卓
<文章> −1 <体験> +1 <得点> 0
アダムズファミリーを一瞬想像してしまった。
これは相当嫌な光景であるのは間違いない。ただ、霊の方がお辞儀をしたりして
妙に低姿勢なこともあって、恐怖を意識させるところがほとんどない。
この話、最初はどこかの家族が来ていると思ったら生きている人ではないと判った、
という話にするのか、そこに人ではない4人家族が座っていたのに妻が気付いていない、
という話なのかそこで焦点が定まらず曖昧にしてしまったために印象もぼやけて
しまったのではないか。
いる筈のない4人家族、というところでインパクトが既にあるのだからそれが
さらにとんでもない姿で、とすればその気味悪さとそれに気付かぬ妻の無垢さとが
うまく対比されたであろうし、逆にしたならお客さんかと思っていたら否こいつら
生きてないよ、という語り手の驚きを軸に話がまとめられただろう。
現状の表現はどっちつかずなので、最初からもうこいつら人じゃなさそうだと
判ってしまっていながら人のような振る舞いをし、一方で口の周りからは血を
流している。読み手の印象が行ったり来たりしてしまう。
個人的には嫌いじゃない作品なんだけど。この家族の間の抜けた感じが何とも。
ちょっと「怪奇大家族」風な感じ。
■【−4】縁
<文章> −1 <体験> −3 <得点> −4
ついに当日分まで辿り着いた。長い旅路だった。まだ先が長いけど。
童話風の書き出し。狙ってそうしたのだろう、後とのギャップを演出するために。
しかし、私には全編「お話」としてしか受け取れず、少なくとも怪談としての
評価は全く出来ない。
ここには人にあらざる怪が存在していないからである。
おばあさんのような行動は決してないものではない。ドラマで言えば
「ツイン・ピークス」にも似たようなおばさんが登場する。
妊娠の話も想像妊娠と考えれば無いものではない。
しかも、ここで大きな矛盾、と言うか欠落を感じ、一段と評価を下げた。
もしこれが本当に「身に覚えが無く」想像妊娠だとしたら現代の医者ならすぐに
判る筈。
もし医者も認める本当の妊娠だったとしたらそこで怪は生じるものの
今度は何故生まれてこなかったのか、ということが疑問になる。例え原因が無かろうと
きちんと妊娠しているなら(胎児が育っているなら)それは生まれてきて当然。
中を取って(?)、一度はちゃんと妊娠していたのだけれど、その子は生まれる
ことなく子宮から消失した(流産などではなく)のであれば、初めて怪として
成立する。
だが、そんなとんでもない話だったのだとしたら、それこそそこを書いてくれないと
意味がない。
今のままでは単に想像妊娠か流産のいずれか、と取ってもいずれにせよ何某かの
矛盾は抱えつつも説明ができてしまう内容となってしまっている。
最後の文章も犬のいなくなったいきさつを考えれば何の不思議もないのでは。
まあ、この犬が体験者の犬かどうかも記述されていないので判らないのだけれど。
■【−3】友の忠告
<文章> −1 <体験> −2 <得点> −3
冒頭の文章は不要。少なくとも「まとめてみた」というのは。
人と霊との相乗効果でかなりダークな話に、なるかと思いきや見事な腰砕け。
つきまとってくる霊がただぺたぺた触るだけならそれ程嫌がる必要もないのでは。
それに医師が三人いて相手が友人であれば、別の医師にしてもらえるよう便宜を図って
あげれば良いだけの話だろう。病院としては優れているみたいだし。
さらに、最後の子どもが見た、というのが「黒いお医者さん」というところでさらに
疑問が広がる。
途中の説明では看護師や事務員が相手のようだ。子どもでも医者と看護師を見間違える、
ということはあまり考え難い。しかも病院に来ているような子どもなのだし。
■【−2】がりがりくん
<文章> −3 <体験> +1 <得点> −2
こういう文章に出くわしたらコメントは省略、にしてしまいたくなる。
段落問題を除いても、少し内容が進むと長い説明が始まってしまい、一向にドラマが
進展しない。
怪異も全く同じ調子で進んでいくので頭の中に入ってこない。
最後にも余計な解説を加えてしまう。否、二日後に死んだ、というだけで不吉だと
いうのは充分想像できるし、奴を何かに限定してしまおうとするのもマイナス。しかも
全くの当て推量なわけだし。
結構不思議な奴のようだけれど。障りが体験者本人にまで及んだ、というのも興味
深いし。
■【0】猫だまし
<文章> −1 <体験> +1 <得点> 0
体験自体はシンプルであっけない、とも言えるもの。
そのわりには必要以上の装飾が施されてしまっている。体験者がどれだけ旅行好きなのか、
ということは主題とはそう関係がないし、結局この祭神が何で神事がどういうもので、
といった内容もこの現象との繋がりは掴めない。祭の際にものを食べている、というのは
彼女だけではないだろうし(駄目なら出店が出ていない筈)参道の真ん中に立っていれば
どんな神様でも怒りそうなもの。
要はこの話の力点が体験者の旅行記になってしまっているのである。
余談については怪ではなさそう。
神社はその由来・立地上山麓に鎮座しているものも多い。また、大抵周囲は現代でも
こんもりとした杜に守られている。
その中で参道が一本真っ直ぐ貫いているために、風にとってもそこが通り道となると
考えられる。確かに神社に行くと(年に五十社位は行くだろうか)微風が吹いていることも
多々あったような気もする。方向的には山の方向から、つまり本殿の後ろからだ。
作品の冒頭は一番大切とも言えるところ。ここで読み手を惹きつけられるかすうっと
退かせてしまうか。
せめてそこだけには細心の注意を払ってもらいたい。
そこで旅行好き、ということが被ってしまうのはうまい作り方とは言えない。次の文章も
またより細かくした旅好き、という内容でもあり。