2009-05-21 告白 -自己啓発セミナー-
僕は、かつてコンサルタント系の会社で働いていた過去があります。
その会社は、企業に対して「セミナー」の販売をするのですが、そのセミナーの種類によって、いくつかの「商品」が作られていました。
そして、これら「自己啓発セミナー」のシステムを作ったのは日本人ではなく、ユダヤ人であることが社内資料には書かれてありました。何か得体の知れないものを感じたのを憶えています。
僕も実際にセミナーに参加しましたが、その内容に人格を破壊されるような気がしました。
あのようなセミナーに出ても、おそらく何一つ良いことなどないでしょう。
自分の頭で物事を考えないようになる、という変化が起こる人も多いようです。
特に酷いのが、参加者同士でお互いのあら捜しをして批判し合う、というプログラムでした。
このセミナーを受けた後に、精神的におかしくなってしまった人も実際にかなり存在します。
恐ろしいことです。この会社を辞めた一番の理由が、こうしたことでした。
この会社に限らず、そもそも「自己啓発セミナー」や、「願望は絶対に適う」式の思考方式は、ユダヤ教のカバラから来ていることを皆様に是非知っておいていただきたいと思います。
従って、ジョセフ・マーフィーという人物についても、僕は疑念を持っています。彼自身はクリスチャンを自称しているのですが、本当にそうだろうか、ということです。
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時事または世の中のこと | |
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いつも読み逃げで申し訳ないと思いつつも、コメントできずにおりました。ダニエルさんの記事には、いつもたくさんのことを教えられて、とても感謝していることをお伝えしたくて、コメントさせて頂いた次第です。ありがとうございます。わたしも、クリスチャンです。教会には、さびしいのですが、理由あって、通っておりません。
さて、今回の記事には、たいへん興味があります。引き寄せの法則、目標達成法、NLP、潜在意識活用法、さまざまな自己実現法、自分の夢をかなえる方法が、世の中にあふれています。(ときどき、自分でも惹かれてしまうことがあるので、怖いです)それらが、カバラに起源があるとは、まったく知りませんでした。
自己啓発系の隠れたるメッセージは「あなたのなりたい自分になれる」というささやきのように感じます。エデンの園で蛇が語った誘惑の言葉にとても似ているように思えて不気味です。「あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となる。」ヒプノセラピーなども、結局、話が進んでいくと宇宙のパワーとか、神秘的な話になって行きます。
わたし自身にも、そういうものに惹かれる弱さがありますので、十分注意しなければなあ、とこの記事を読んで、教えられました。助かりました。ちょうど、どこかからか、リモートビューイングという、直観力を鍛えるセミナーのメールを受け取ったところでした。
クリスチャンは、神の霊(キリストの御霊)によってメッセージを受け取るのですが、悪魔は、神様の真似をして、手をかえ、品を代えて、人間が、正体不明のスピリッツからの言葉に耳を傾けるように働いていると思います。最近は、ますますひどくなってきました。クリスチャンもしっかりとイエスの言葉に踏みとどまらないと、足元をすくわれて、大けがをすることになりかねませんね。
教会の中にも、繁栄の神学とか、パーパスドリブンとか、教会成長の教えが色々あるようで、心配です。また、寄らせてくださいませ。
セミナーとかあっちでもこっちでも参加とか呼びかけられちゃって、ほんと嫌な思いしてます。
基本的に、日常人付き合いの薄い都会において、金儲けや、心の武器、知識装備みたいな感じで、セミナーって行われること多いです。欲の塊もね。
で、自己啓発って言葉はきれいなんだけど、自己啓発ってもっと原始的なものであれば、とてもいいと思うんですけど、ある種の洗脳作用や、宗教的なものが多いのが嫌です。
自己啓発なら、早寝早起きとか、そんな単純な規律の問題だとおもうんだよね、自分から自分を動かすっていう。
なのに、思考停止を生むものが多いので、本当に嫌だな。
人々の視点を本当に大切なことから逸らせて、別の物に興味を抱かせるような罠があるようです。
sasuke さんのご指摘にあった、「あなたのなりたい自分になれる」という誘惑もそうであると思います。
こうしたセミナーに出ることによって、なんだか自分が賢くなれるように思えるものです。
人は、この世で成功すること、お金を儲けること、地位を得ることなどを希望しがちです。
しかし、本当のクリスチャンならば、「すべてが神のお望みどうりになりますように」と言うべきでしょう。
なお、自己啓発系の第一人者であるジョセフ・マーフィーは、牧師の仕事も同時にしていた人ですが、聖書に記述されている「処女解任」も、「復活」も、そして「天国や地獄」も否定している人物です。
それでも牧師が出来るのだから、何を教えていたのか疑問に思います。
ヤコブ書に 「わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち多くの者は、教師にならないがよい。わたしたち教師が、他の人たちよりも、もっときびしいさばきを受けることが、よくわかっているからである。」とありますよね。若い頃、牧師になる!と思っていたのですが、今は、踏みとどまってよかったと思ってます。それでも牧師になる決心をした人たちは、立派だとも思うので、やっぱり良き助け手が必要だと思います。懐刀のような、右腕のような人。賢い執事ですか。でも、悪い牧師もいると思うので、クリスチャン一人ひとり、自分で判断する力も必要だな、と思います。
頼りにならない富に望みをおかず、神に信頼するのがクリスチャンの姿だと思います。そうなりたいです。