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べるるん日記

2018/01/06

合戦の調整が全くうまくいきそうにないのは根本的な部分で勘違いがあるからだと思います。間違った前提を元に仕様を考えるから、わけのわからない滅茶苦茶なものが出来上がってしまう。きっと通常の1人で遊ぶ用のゲームと同じ感覚で合戦を作ってしまっているのでは?

1人で遊ぶゲームならこの陣はわざと敵に取らせて大砲で4倍返しじゃああああみたいな要素があった方が面白いと思いますし、国勢まわりの仕様にしても国や陣営の中身が1人ならそういう戦略ゲームとして楽しく遊べそうです。

たくさんある戦略の選択肢の中からどう戦うかを考え実行していくのが面白いというのは分かります。むしろそうでなければ面白くないです。でもそれは1人で遊ぶ場合の話。中の人が数十人もいるこのゲームの合戦では戦略性は必要ない、むしろ戦略性は邪魔になるので出来るだけ無くす必要があります。

まず戦略性があると当然ながらどの戦略でいくのか決めねばならなくなりますが、これが非常に困難で揉め事の原因になります。多人数なだけではなくそのメンバーも常に入れ替わるので、ある瞬間に話し合ってこうだと決めても、次の瞬間にはさっきまでいなかった人がログインしてきて「ハ?なんでこんな作戦でやってんの?」って事だって起こります。

特に激しく意見が対立した場合、いったいどうやって決めればいいのでしょう。稀にうまくいく事もありますが、大抵は意見の合わない一部の人はサヨウナラです。そして新しく来る人に対しても今やってるやり方に賛同・協力できない人はサヨウナラ。そうやって残った人達の間でもいずれは意見が割れるようになってさらにサヨウナラです。

問題は人が減るだけではありません。結局のところ1人〜数人のプレイヤーが戦略を決めて残りはそれに従うことになります。揉め事を起こさないためにはそうするしかないので争いの後に残った人達が作る戦場では必ずそうなります。つまり戦略を考える面白さを享受できるのは僅かな人だけ、それ以外の人にとっては他人に指図された通りに駒として働くだけのつまらないゲームになってしまいます。

ゲームは今なにをどうするべきか自分で考えるから面白いのだと思います。ところが全体で戦略が決まってしまうとそれに乗らないといけなくなり、どうしても個人レベルでの面白さは制限されます。それが全体への貢献になるのだとしても、他人に指図された通りラジコンのように動いても全く面白くないんです。

自分が面白い側へいく事はできます。しかし構造上、面白い側の人間が増えすぎると意見が割れるようになり揉め事が起きてしまう。従って、みんなが面白い側へ来ることは決してできないです。

そして我慢してプレイして結果が出ればまだ良いのですが、残念ながら結果を出せて報われるのは片方だけです。もう片方の人は勢力のために我慢して協力しても無駄だったという結果になります。そういうことが何度も続くと最初から我慢しなくなります。無駄だから放棄しようになります。そうやって合戦コンテンツ自体が崩壊していきます。

というわけで通常とは違って合戦は戦略性があったら逆にダメなんです。戦略性がないというのはゲームとして面白くないということです。つまり面白くしてはいけないわけです。意外な事かも知れませんんが、過去も含め様々な合戦仕様をみるとこの罠にはまって失敗していることが多いように思います。安易に合戦を面白くしてしまったら失敗します。

実際に現状の合戦がそこそこうまくいってるのは「取れる敵陣は取る、守れる味方陣は守る」という戦略とは呼べないような超低レベルな戦略性しかないからです。ぶっちゃけあまり面白くない人数押しゲームです。しかし、たくさんの多様なプレイヤーを味方内に共存可能にするためには、味方全員が意思統一しないとならないようなレベルの戦略性があってはいけないのでこれは仕方ないんです。

「あえて全体レベルの戦略性を捨てて面白さを犠牲にする代わりに、たくさんのプレイヤーを共存可能にした」と考えるべきです。意図してそうしたのではないとしても、現状の合戦がそうなっているということです。

面白さを犠牲にというと微妙な感はありますが、結局のところ人数差によって大勢が決まってしまうこのゲームの合戦ではあまり大きなマイナスにはならないです。どんな戦略だろうが人数差で勝つときは勝つし負けるときは負けます。戦略とやらの出番など滅多にないんです。なのでそこは捨てるという判断で正しいです。あえて捨てることによって得られるメリットの方がはるかに大きいです。

では、現状の合戦が面白くないのかというとそうではありません。ここまでに書いたのはあくまで全体レベルの戦略性・面白さの話であって、個人や小集団レベルでの個別の陣の攻防に関しては敵との駆け引きもうまく機能していて非常に面白くてハマります。

ゲリラ・徒党攻め・沸き待ち・制圧など、陣を奪うにしても様々な手段があり、それに伴って様々な役割があります。人によって好みはあると思いますがどの役割もそれなりに面白みがあります。勢力全体としての勝敗に一喜一憂できるタイプのゲームではない代わりに、個人レベルで陣の取った取られたを楽しむゲームとして多くの人に受け入れられてきたのがこのゲームの合戦だと思います。

よく指摘されている劣勢側問題についても、重要なのは状況に関係なく個人レベルで陣の取り合いを楽しめることだと思います。人数差によって全体の勝敗なんて全くどうにもなりようがない事が多いこのゲームの合戦では、どんなに負けていようが個々が合戦を楽しめればOKということにするしかないです。人数差があっても全体の勝敗をどうにかしようなんて無理がありますし、下手に逆転の要素なんてあったら、侵攻戦の奇襲のように、わざと負けて逆転の要素とやらを利用しないといけないゲームになってしまいます。

方向性として、もし合戦をいじるのであれば、全体レベルでの戦略性を低く保った上で、どうやったら個人・小集団レベルでの個別の陣の攻防が状況に左右されることもなくもっと面白くなるのかを考えて仕様を決めるべきです。

今、新仕様で危惧されているのは全く必要のない全体レベルの戦略性が生まれそうなことと、それに伴って個人レベルの楽しみが制限される可能性があることです。

戦略性の高いゲームにしてみたくなる気持ちも分かります。ですがこのゲームの歴史がそれは不可能だと教えてくれています。大決戦や侵攻戦のようなコンテンツのみならず、今までにどれだけ多くのプレイヤーが敵ではなく味方との争いによって散っていったことでしょう。たまたまゲームで同じ勢力を選んだだけの仲が良いわけでもない集団に多くを求めすぎると崩壊します。最低限の緩い協力関係のみでうまくまわるように設計するべきです。

戦略性のない「人数押しゲーム」と揶揄する人もたくさんいると思います。私も昔はそっち側でした。しかしいろいろな残念な現実を知ってしまった今は、全体として動く必要がなく、個人レベルの自由度や面白さを重視したこの仕様も決して悪くはないのだと思うようになりました。それに個人の技量差によっては人数の割には小差になることは珍しくありませんし、極稀に勝つことだって全くないわけではないです。どうしても人数差を覆す要素をということなら、戦略云々よりも個人の技量によってもっと差がつく方向性の方がまだ現実的だと思います。

最後に、個人的には大砲自体はありだと思いました。私はあまりやらないと思いますが、ああいうのが好きな人もいると思いますし、陣を落とす手段が増えるのは悪いことではないです。ゲリラと同じように、大砲をやりたい人がやりたい時だけやればいい程度の要素としてありだと思います。

以上、少しでも参考になることがあれば幸いです。

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