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2012-02-11

[][]住まうこと、食べることへの理屈では割り切れない思い入れや感じ方など

2008年のリーマンショック前まで、不動産業界には不動産ファンドを中心としたミニバブルみたいな現象が起こっていて、数多くの不動産が活発に取引され新しい建物もたくさん建設されました。都内の住宅一等地には月額の家賃が100万円〜400万円もする外国人向け高級マンションなども多く建設されました。

そこにサブプライムショック、リーマンショックがやってきて、外資系の金融機関の雲行きが怪しくなり、それがようやく少し落ち着きを取り戻してきたかなと思っていたところに、昨年には震災やその後の原発事故が発生。日本に派遣されていた外資系企業の日本法人のお偉いさんなど、お金持ち外国人の中には日本を離れた人も少なからずいるようです。したがって、そういった人々が借りていた都内の高級賃貸マンションのマーケットは現在非常に苦しい状況だと伝え聞いています。

アプローチの比重を日本人のお金持ちに傾ける戦略に転じるケースも物件によってはあるのでしょうが、それもなかなかたいへんでしょう。そのような中でも特に2008年に某有名タレントが室内で謎の死を遂げた都内の某高級マンションのテナント募集が非常に難航しているとのウワサを耳にしました。

住居用建物というのは事務所用など他の用途の建物と異なりこのようなリスクがあります。自殺者が出たことが知れ渡った部屋は家賃を下げてもなかなか次の入居者が決まらなかったり。部屋が違う場合であっても同じ集合住宅というだけで敬遠される場合もあるしょう。かくいう私とて不条理な話ですが他の多くの選択肢がある中からわざわざその物件を選ぼんで住まおうという気にはなかなかなれないと思います。


事務所用や店舗用の建物の場合は比較的そのようなことは聞きません。病院だって、例えば入院病床のある大きな病院なら死人がでるのは日常茶飯事でしょうが、それを穢れているなどといった理由で忌み嫌われることはないでしょう。やはり、住まいには他の用途の建物とは異なり、前の入居者がいなくなった後もその情や怨念が宿っているというか、穢れみたいなものが染み付いているというような不条理な信念を持たれやすいのかなと思います。

ホテルとか旅館用の建物も自殺者が宿泊した部屋から幽霊が・・・とかいう類のネタになりやすいですね。やはり一刻だけでもそこで生活が営まれるからなのでしょうかねえ。また、学校などは基本的にそこで寝泊まりするわけではありませんが、学校生活の中で繰り広げられる児童生徒の活動とそれに伴って生じる情念が建物に乗り移っていそうな感じもします。でもやはり住居が一番そういった側面が強くでるのではないでしょうか。

外国ではどうなのでしょう?日本のお化け屋敷というのは住居用の建物だと思います。詳しくは存じませんが、欧米でいうところのポルターガイスト現象なども個人的にはやはり事務所とか店舗とか病院とかではなくて、住居用建物がまずイメージされます。皆さんはいかがですか?


ところで、食べ物に関しても住まいとは違いますが、やはり理屈だけで割り切りづらいものが多いと思うのです。味覚という知覚があいまいで頼りないものであるためか、たとえば外食産業であれば料理そのものと同じくらいに、料理の盛りつけ方、店内の雰囲気、給仕などのサービスに気を配るでしょう。それも味に影響する重要なファクターとなることを知っているから。

たまに小汚い店のぶっきら棒なオヤジがいるラーメン屋がウケる場合もありますが、その「小汚い店のぶっきら棒なオヤジ」の「そういうところがまた良い」などと通ぶった人が言ったりして一つのブランドイメージとして味を構成する要素になったりするものだと思います。

それから、一般論として食事中に不潔なことをするのもご法度とされます。オナラやゲップはふだんでもマナー違反ですが、特に食事中であればその罪の重大さは増します。食事中の話題も同じ。うんこを食べてる時にカレーの話をされカレーを食べている時にうんこの話をされたら、食欲は軽く吹っ飛びます。最高のカレーだって最低のものに変化してしまうかも。これも、味覚や食欲はその食べ物自体が持つ味以外の要素、たとえば気分などの心理状態に強く影響されがちだということの証の一つでしょう。

複数のワインの飲み比べの評価では、評価者がそのワインの価格を知っているかどうかによって大きく左右されるという実験があるやに聞いたことがあります。もちろん高価なワインだいうことを知っているとより美味しく感じる、逆もまた然りという実験結果。

私は子どもの頃からヒジキの煮付けが好きで、大人になってからも低カロリーでヘルシーな感じがしてわりと好んで食べていたのですが、近年になってヒジキには発がん性のあるヒ素が多く含まれていて外国では食べないように指導している政府機関も少なくないという事実を知ってから、たまに少し食べたところで「直ちに影響はない」と頭では理解していて、なおかつ、ヒジキにヒ素が多く含まれていることとヒジキの煮付け自体の味とは別のものだと頭では理解しているつもりなのに、なんとなく気になって美味しく食べられなくなってしまいました。まぁ出されれば食べはしますけど、その程度の存在に成り下がってしまいました。

やや不謹慎を承知で申し上げますが、以上のことから、たとえ基準以下で安全といえるものであっても放射性物質が相対的に多めに含まれているかもしれない食品を、他の選択肢がいくらでもある状況下で、わざわざ選んで食べたくない、美味しく食べられないという人の気持ちは一定程度わかるような気がします。私自身は平気で美味しくいただいていますが、仮にそういう人がいても驚きませんし、あまりおかしいとも思いません。「あらそうですか、怖いのですね。お気の毒に」という感じ。

だた、根拠無く危険を過大に喧伝し、他人の不安や恐怖を煽るような言動をする人は問題外です。また、科学的な評価によってリスクが小さいと分かっているにもかかわらず、政府が安心感をアピールするために必要以上に規制を厳格にして、ただでさえ被災して苦しんでいる生産者をさらに追い詰めるようなことも反対の立場です。

不動産・建設業界ではマンションの耐震偽装事件が社会問題になった際に、小規模のディベロッパーにとっては死活問題となるような、現状の実務の流れを無視した建築確認申請手続きの重要な変更が行われ、国交省が業界から大いに不評を買ったことが思い出されます。