重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)

兄は泉水、二つ下の弟は春、優しい父、美しい母。家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった頃、事件は始まる。連続放火と、火事を予見するような謎のグラフィティアートの出現。そしてそのグラフィティアートと遺伝子のルールの奇妙なリンク。謎解きに乗り出した兄が遂に直面する圧倒的な真実とは…。溢れくる未知の感動、小説の奇跡が今ここに。


科学の進歩の裏で私が最も危惧しているのは、新たな差別の出現と根本の否定である。本書のキーワードでもある「DNA」の十分な知識も無い私だが、遺伝子の研究は人類にとって希望であると同時に否定の始まりであると思われてならない。人はまた一つ、新たな価値基準(否定の材料)を得てしまったような気がするのだ。そしてそれは人間の最も根本的な要素である。そういう私の不安を知性・感情を持つ人間の側面から払拭してくれた作品。
出版社側の力の入れようが凄くて作品に興味を惹かれたが、それ悪かったのか、はたまたミステリの謎解きの高揚感を念頭においていたからなのか、物語の方向性に少々ガッカリ。これはミステリではなく小説です。もう少しミステリ的仕掛けがあると思っていたので肩透かしをくらった。それに引用の多さも×。薀蓄ブームなんでしょうか?改めて人の知識にオリジナルはなくて、先人の引用なんだなと思いました(これも誰かの言葉の引用)
とはいえ読んでいる最中はページをめくる手が止められなかったので、小説パワーはあります。ハードカバーの帯の言葉を借りると「なんだまだまだ小説っていけるじゃん!!」デスよ。泉水と春、父と母、どの人も背筋が伸びた人たちです。最初と最後の一文だけで清々しく満足です。(もちろん全文読んで)ミステリの面白さより、やっぱり家族の物語です。何をもって家族とするのか。作中で語られるDNAはその証明手段の一つではあるけれど、それが証明手段の全てではない。科学に批判的な訳ではありませんが、DNAよりも人の気持ちが勝るというのは何故だか心地がいい。それが人間的な思考だからだろうか?人は差別や偏見を乗り越えられるかもしれない、みたいな希望が読み終わった後、残りました。

重力ピエロじゅうりょくピエロ   読了日:2004年07月03日