ふたつめの月 (文春文庫)

ふたつめの月 (文春文庫)

アルバイトで入ったアパレル会社で一生懸命働いて、正社員に昇格したと思ったら、急に辞めさせられた久里子。喜んだばかりの家族に打ち明けられず、こっそり時間をつぶしては帰宅する毎日を送っていたが、偶然出会った元の同僚から妙な言葉を聞かされる。「どうせ辞めるなら正社員になる前に辞めてくれればいいのにって」と。赤坂老人との再会とともに、かなしい真相が明らかになっていく。同時に、赤坂老人をめぐり、不思議な事件が起こり始め、またも久里子は巻き込まれていくのだが……。読後感あたたかなミステリー。


近藤史恵の描く「悩み」は客観的にみれば、いささか自意識過剰なぐらいで、彼らは被害者意識が少し強すぎるのではないか、とまで思ってしまう。しかし自分に置き換えて主観的に考えると、一つ一つの悩み・心理は大きな共感に変わる。そこが近藤史恵が支持される理由、彼女の強みなのだと思う。
今回は前巻にも増してミステリ要素が減っている。謎といってもアリバイやトリックを追求するのではなく、心理的に、どうして犯人はこういう行動を取ったのかが問題になる。そういう意味では本書で共通する人は(反転→)「人の目が気になる、崖っぷちに立つ、力の入りすぎた人(全部、女性)」(←)ではないか。それは久里子の力んだ悩みと同じ。他の人も自分自身の事で一番苦悩しているのだ。
仕事や恋愛に関して悩む久里子だったが、その悩みは彼女の中の本音を引き出す。本当にやりたい事はなんなのか、自分は本当に努力をしてきたのか、自分の大切な物や人は…。「賢者」は久里子にあるアドバイスをくれる。読者が悩みが共感出来るならば、解決法も同じはず。少し待ってみようじゃないか…。

  • 「たったひとつの後悔」…あらすじ参照。同じような謎の提示は他作品であっても、この解答は近藤史恵ならでは。(→)同性からの支持(←)は一番嬉しいものだけど、維持が大変で意地になってしまう。人間だもの、格好良くあり続ける事は難しいはずだ。自意識過剰だから、自分以外の他者は呆気なく切り捨てられるのかもしれない。久里子が少しずつ、しかし確実に深みにはまる描写が上手い。
  • 「パレードがやってくる」…恋人一歩手前の弓田くんの家で出会った弓田の隣人・明日香。彼女は久里子に「人を殺しちゃうかも」と電話で伝える…。これも「人の目」の話。最初はこの年代にありがちな自殺願望だと思っていたが違った。自己実現、は時に現実を壊してしまう恐れがある。自分への過剰な期待が間違った方向への誘惑へと変わる。余談だけど2匹の犬がとても可愛く描かれている。
  • 「ふたつめの月」…久里子の良き相談者「賢者」がひき逃げ事故に遭う。入院先に見舞いに行った久里子は「賢者」からある依頼を受ける…。今回、久里子の「賢者」の会話の場所は公園のベンチやファミレスではなく、ある一つの場所だった。そして賢者はある行動をしていた。人の目に映る月の光はあたたかい。「賢者」の実体が少しずつ見え始めた。このシリーズ、まだまだ続く…?

ふたつめの月ふたつめのつき   読了日:2007年07月23日