チェーン・ポイズン (講談社文庫)

チェーン・ポイズン (講談社文庫)

誰にも求められず、愛されず、歯車以下の会社での日々。簡単に想像できる定年までの生活は、絶望的な未来そのものだった。死への憧れを募らせる孤独な女性にかけられた、謎の人物からのささやき。「本当に死ぬ気なら、1年待ちませんか? 1年頑張ったご褒美を差し上げます」それは決して悪い取り引きではないように思われた…。新境地を開いた驚愕のミステリー。


本書はこれまでの本多作品より中心人物の年齢がやや高めに設定されている(現在の作者と同世代らしい)。主人公は30代の男女。物語は彼らの2つの視点から語られる。1つは同時期に自殺した30代女性ら3人の人間の死に疑問を抱く男性記者の視点、もう1つはその1年前に自分の生きる時間をあと1年と決意した女性の視点。両者を結ぶのは人を死へ誘う毒だった…。
また本書では本多作品で多く扱われてきた「死」や「孤独」の意味もこれまでとは違った。これまでの本多作品の「死」や「孤独」はともすれば涙誘発装置や主人公美化装置の役割を果たし、甘美な響きすらあったが、本書の「死」は自殺であり、自分という存在や人生に閉塞感や絶望を覚えた結果である。
また登場人物たちが不器用である点もスマートな人物造形が多い既存の作品と違った。ふと気が付けば「生き甲斐」になるような恋愛・結婚・仕事・家庭、あらゆる物が自分から遠ざかってしまった30代。彼らの不器用さは年齢を重ねるほど「生き苦しく」なり「生き辛さ」に変わっていく。自殺を決意した女性側と違って死に魅了されていない男性記者も自分の不器用さを認めている。過去の取材対象が相次いで自殺している事に対して不必要な罪悪感を抱く所や、取材の際に嘘・偽りで自分を覆い隠せない所に不器用さが垣間見られる。
自殺した女性の実像を追う男性記者の焦りが印象的。故人の同僚も、故人の家族が一番の親友だと紹介した人物も、表層的な性格・思い出は語れても、一人の生きた人間としての彼女の実体を語れないと言う現実。これこそ彼女の深層にあった「孤独」の実体であり「死」への願望の源である。自殺を決意する過程に誰かの悪意や失意といった直接的な原因が無い事が一番怖い。生きる事が緩慢な自殺ならば、遅かれ早かれ行き着く所は同じというロンリーな論理に魅了される自殺願望者の気持ちが少なからず理解出来てしまった。そういう意味でも本書の「死」は社会の中に、私の中にリアルに存在するものとして描かれていた。こう書くと本書は救いの無い話なのかと思われるかもしれないが、最後は…。
ただし中盤以降、女性の主人公が「必死になる」キッカケとなる事態は、やや急展開で作為的だと感じた(テーマに関連していて必要な展開だという事も分かるのだが)。あとは男性記者の優柔不断さが目立った。キャリアも積んで有能なのに今更、悩みすぎでは?と思った。好きですけどね、彼。
(ネタバレ感想:反転→)ミステリ的な仕掛けは初歩的。中盤以降、明らかに2つの話の方向性が違うのでオマケみたいなモノかも。齟齬を楽しむのが吉。私が一番驚いたのは「遺書」。彼女の性格を端的に表した一文が伏線に変化した事に感嘆。
女性の主人公、通称「おばさん」が自殺を思い止まるキッカケはやや凡庸な展開。また限られた「生」を意識したり、本当の「死」に直面して初めて「生」に感謝するという手法も類型的。けれどラストシーンが非常に鮮明に頭に残る。これまで語られていた2つの線の意外な交差の仕方が良いのだ。また同じように死に魅入られた2人の女性の、自殺した女性の心が深く闇に引き摺り込まれていたのに対して、「おばさん」は子供たちと明るい公園で遊ぶ、という対照性も際立つ。(←)

チェーン・ポイズン   読了日:2009年01月02日