Hatena::ブログ(Diary)

みねTの授業日誌・読書ノート・思索録等

2012-02-08

今度の土日の準備 今度の土日の準備を含むブックマーク

 授業は変わらず必死に行っている。現代文が少々つまらない。何しろ自分が作った学習プリントを埋めるだけの授業をしているからね。どうして生徒同士で話し合いながら読む授業を自分自身でしないのかなぁ。自分一人で評価問題を作れるのなら、そうした方向での評価もできるのに。空しい日々である。話し合いの授業は一般の評価にも対応できる、とも思うのだが。しかし、やはり生徒自身に話し合いの授業の方がためになって特だ、という実感を持たせないと、話し合いに乗ってこないだろう。彼らが消極的なのは、話し合いの授業がためにならないと思っているからだ。自分たちにとっても利益になると実感したならば、率先して話し合いを要求するだろう。

 さて、今度の土日には聖書福音亀田の集会で語ることになっている。そのための準備を早朝に行っている。なかなか準備が進まない。ゼロから作り上げる作業は、楽しくもあり苦しくもある。何を語るべきなのか、手探りの状況が続いている。

 そんな中、読みかけの本は以下の通り。

理系のためのクラウド知的生産術 (ブルーバックス)

理系のためのクラウド知的生産術 (ブルーバックス)

向後先生の紹介を読んで入手した。EvernotedropboxGmailなどの効果的な使い方が紹介されている。ためになる。

読む心・書く心―文章の心理学入門 (心理学ジュニアライブラリ)

読む心・書く心―文章の心理学入門 (心理学ジュニアライブラリ)

読書認知心理学を学ぶための入門書である。しかし、侮れない。最低、この本に書かれていることは頭に入っていなくちゃ。

立花隆速読術の部分を読みたくて購入した。本を絵画的に眺めて読むことが推奨されている。うーん、早くこの方法を身につけるべきだなぁ。

博士の愛した数式

博士の愛した数式

来年度の現代文の教科書にこの一部が掲載されている。その一部を読んだだけで涙がじわっと出てきた。評判どおり、これはよい。しっかり読みたい。

2012-01-31

ルイーズ・ローゼンラットの「交流理論ルイーズ・ローゼンブラットの「交流理論」を含むブックマーク

 今日も新潟市は雪の中である。時折陽射しが明るく照らすのだが、気温が低くて道に固まっているアイスバーンがなかなか溶けない。歩いて通勤する身には危なくて仕方ない。もっとも、数分で着いてしまう恵まれた環境にありますから、文句は言えないのだけれど。

 授業は2コマ10組の古典と5組の現代文。古典は順調に進み、「若紫」の尼君の歌にさしかかるところまで来た。「生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき」。幼い若紫への愛情心配とがない交ぜになった、いい歌である。この「いい」という感情面をしっかりと生徒に味わわせたいなぁ。

 5組の現代文は「「である」ことと「する」こと」の文章構成の分析の仕上げである。このクラスは前回の4人グループによる分析がある程度進んでいたので、他のクラスのようにジグソー学習もどきはやめて、そのまま4人グループによる分析を続けさせた。その代わり、10分後に「出店方式」をおこない、グループの一人が説明役として残り、他の3人が他のグループの所に取材に行って交流を行わせることにした。3回シャッフルを行って、3つのグループに回れるようにしたが、そこまでする必要はなかったな。最後の方はほとんど雑談の方が多かったようだ。最後に取材結果を元のグループに持ち寄り、最終的な結論をまとめさせた。そして、私の考えとつき合わせた。うーん、そうではなく、検討結果を提出させれば良かったな。今になって気付く。

 というのも、昨夜は久しぶりに「完徹」だったのだ。少し居眠りはしたけれど、一晩中ずっと書斎にこもり、ひたすら準備をしていた。今日の夕方から大学院の授業があり、私が発表の順番に当たって、これまでの研究成果の経過発表をすることになっていたのだ。そこで、その準備に一晩中かかり、さらに空き時間などを使って準備をしていた。15時過ぎにようやく資料が完成した。もうフラフラである。ここまでフラフラしたのは久しぶりだ。

 テーマは「ルイーズ・ローゼンブラットの『交流理論』」について先行研究をまとめることだ。私は話し合い活動を高等学校国語科の読むことの授業に取り入れたいと思っている。その理論的背景と実証された効果とに基づき、効果的な授業開発を行いたいと考えている。それらの実践の理論的バックボーンとなるのがこのローゼンブラットの理論である。

 そこで、まずはローゼンブラットの理論を紹介している先行研究を集め、その抄録を作成することにした。調べた限りでは先行研究は10本ある。そのうち2本は今回のまとめに間に合わなかったので、8本の論文書籍を読み、その抄録をまとめて、自分なりの考察を加えることとした。

 しかし、抄録を作ることは意外に難しい。早稲田大の向後千春先生ブログの「院ゼミコラム」にある「研究のための学術書の読み方」を参考にして抄録を作ろうとした。だが、実際やってみるとなかなか難しい。今回の授業では、国語教育の先生以外の指導教員も参加する。そこで、抄録でありながら多少一般性ももたせなければならない。そのため、単純な論文の「ハイライト」をまとめるだけではダメだろうと思い、各論文のやや詳しめの要約を書くことにした。だが、こうしたことにまだ慣れておらず、論文からの引用がかなり多くなってしまった。

 向後先生によると「A4判半ページくらいの『文章』で書く」のである。「その本が一番主張したいところを切り取り、一言でまとめる。そしてそれに加えて、自分なりの批判を書く。つまり、著者の主張のまとめとそれに対する批判を書く」ということだ。うーん、これができるようになりたいなぁ。練習・心がけあるのみだな。

 授業は約1時間ほどで終わった。指導教員から非常に有益なアドバイス、助言をいただいた。これは本当にありがたい。しかし同時に、それは大きな宿題を背負ったことにもある。とりあえず「ほっ」として、さてこれからまた体勢を立て直さなければ。

2012-01-27

インフルエンザとのレース インフルエンザとのレースを含むブックマーク

 今日も新潟市は雪! さらに15cmほど新しく降った。今日あたりで30cmくらいになっただろうか。久々のまとまった雪である。そんな中、家族がインフルエンザにかかっているので早く帰宅すると、今度は長男が発熱した。病院に連れて行くと、やはりインフルエンザA型だと診断された。これで6人中4人が発症した。次男は回復して今日から小学校に行ったし、三男は鼻水が出ているものの元気である。妻も熱が下がり、何とか動いている。さて、後残っているのは長女と私の2人だけである。私は来週の31日に大学院の授業で発表しなければならないのだなぁ。困った。私は発症していないものの、何となく喉に違和感があったり、お腹がかすかに痛んだりする。困ったなぁ。そもそも家族の世話等で時間が取れず、発表の準備が何もできていない。これまた困った。切ない毎日である。

 今日の授業は3コマ古典10組と2組、現代文は3組である。古典は「若紫」を快調に進めている。いよいよ若紫が登場し、彼女の「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを。」というあどけない言葉が語られる。生徒にも考えさせたように、確かに幼い発言ではあるが、しかしこのあどけなさをこそ源氏は愛したのではないか。しかもそれが、愛する藤壺面影を宿した少女である。夢中になるのも無理はない。このあたりを生徒に考えさせ、味わわせたいなぁ。

 現代文は3組で、昨日の8組と同じようにジグソー学習もどき方法で話し合いを行わせた。しかし、普段このクラスは特別な手だてを講じなくても活発に意見を交わすのだが、今日は今ひとつノリが悪かった。このクラスの場合、あまり凝りすぎるとダメかなぁ。だが、どちらの場合にせよ、話し合いに参加せずに黙っている者は数名存在する。今回のように各自が責任を持って話し合いをしないと、最初のグループに迷惑がかかるというプレッシャーをかけても、やはり話し合いで黙っている。結局、最初のグループへの帰属意識希薄なんだな。だから、何とかこの時間をやり過ごせば、最初のグループへは自分だけで考えた結果を報告すればよい、ということになる。

 結局、課題の性質というよりも、グループにおける人間関係が話し合い成立の正否を握っているのだろうね。話し合い活動を授業に取り入れるためには、実は授業技術以外にクラス経営視点が必要になる。だが、中等教育においては難しいね。授業は教科ごとに教員が変わる。その教員は自分が教えるクラスに対する経営には預かれない。自分が経営に関われないクラスで、人間関係がものをいう話し合い活動を行うのだ。なかなか難しい。

 そんな中、私が自宅を建ててもらった「松岡建築設計事務所」が会社整理に入った、と聞いた。確認したところ、昨年の11月15日に事業を停止したらしい。ホームページアクセスしても何も表示されない。ブログ11月14日付で更新されていない。私の家の担当者携帯電話しても通じない。やれやれ、どうやら事実らしい。デザイン性の高い住宅を次々に建てていて、事業は順調に進んでいたと思っていたのになぁ。どうやら事業そのものの問題によるのではないらしいが。我が家もデザイン性の高い家で、よく外壁工事業者からモニターになって欲しいと話を持ちかけられる。そのおかげで冬季は寒くて仕方がないのだけれどね。そのため、今後のメンテナンスには大いに期待していたのだ。これまた、困ったなぁ。

2012-01-26

ジグソー学習もどき)を試す ジグソー学習(もどき)を試すを含むブックマーク

 昨日の降雪がまぶしい新潟市である。積雪は27cmだそうな。今冬一番の積雪だ。さすがに交通機関に影響が出て、始業時間までに学校にたどり着けない生徒が少なからず出た。今日は新潟市は晴れ上がり、陽射しが雪に反射してまぶしいくらいだった。そんな中、私は1,2限と2コマの授業を終えて帰宅した。妻に代わっていくつかの家事を行うためである。しかし結局、次男と長男病院に連れて行き、長女と一緒に買い物に行っただけで、余り役には立たなかったなぁ。家の中が寒くて寒くて、こたつの中に入ったらそのまま2時間も眠ってしまった。やれやれ。こんなことをしている暇はないのに。

 さて、現代文は8組の授業である。三角ロジックの枠組みを使って「である」ことと「する」ことの構成分析をさせている。このクラスは前回、4人グループにさせて形式段落ごとに三角ロジックの枠組みに当てはまる文を探させたところ、フリーズしてしまった。私の説明が早口だったせいか、何をしてよいのか分からなかったらしい。とにかく各形式段落の主張にあたる一文はどれだ? と声をかけるとようやく動き出していた。今日は第2意味段落以降の構成を分析させたいのだが、前回のようにただ4人が顔をつきあわせただけでは何も動くまいと思い、何か手だてが必要だと思っていた。そこでジグソー学習の手法を用いた手だてを講じた。以下のような手順である。

  1. 生徒を5人もしくは6人グループに組み直す(分析する意味段落が5つ残っているため)
  2. 5人の中で誰が残っている2〜6の意味段落を担当するかを決めさせる
  3. 担当する意味段落ごとにグループを作り直す(各意味段落ごとに2グループ、3〜6人のグループとなった)
  4. 自分の担当する意味段落の分析をグループで相談して行う
  5. 17分後、最初のグループに戻す
  6. 各自が得た各意味段落の構成分析結果をグループの他のメンバーに伝達させる

すみません、全くのジグソー学習「もどき」です。(^^ゞ この方法の良いところは、生徒が分析に真剣になることと、分析結果を私が集約しやすいことである。何しろ自分の努力が最初のグループにもたらす情報の質を左右するわけだ。生徒は、少なくとも表面上は真剣になる。また、私は各意味段落分析グループから結果をまとめたものを報告させている。生徒は各自で最初のグループに戻って結果を集約しているが、私自身もこの報告を基に生徒の分析結果を集約・確認しやすいのである。

 生徒は非常に熱心に取り組んでくれた。ワイワイとにぎやかに話し合いに興じていた。まあ、そりゃそうだろうね。また、報告された分析結果を見てみると、各意味段落を分析するのに2グループずつ設けたわけだが、その2グループの結果が異なっているところがある。これのどちらが妥当なのかを問うことを、次の授業のテーマとできる。さらに、私が考えた分析結果と照合して、生徒による分析結果を私自身が参考にできる。こうすることで、昨日感じていた「矛盾」を少しは解消できるかな。なかなか実りの多い方法であった。(^_^)

 古典は2組の授業。「若紫」を口語訳に入っていった。冒頭部分でいろいろ説明すべきことが多く、あまり進まなかった。しかし、このクラスは明日も授業がある。これで他のクラスに追いつけるね。

 帰宅した後、夕方に近くの家電店へ娘と一緒に行き、石油ファンヒーターを購入してきた。ある程度広い空間を暖めることができて、なるべく安いものを、と考えて、これにした。

 早速使用する。いやぁ、暖かい! これは思った以上である。

 私の家は普段居るダイニングが吹き抜けになっていて、そこに上の階につながる階段がある。しかも上の階は仕切りがない。そもそもダイニング自体もリビングキッチンとつながっていて仕切りがない。私の家はほとんど仕切りがない、一体化した空間になっている。そのために寒い、寒い! もう冬になると寒がりの私は困り果ててしまうのである。

 しかし、購入した石油ファンヒーターはさすがに暖かい。今冬はずっとエアコンを使っていたのだが、これで少しは光熱費節約できるかな。

2012-01-25

生徒の作業結果を教師が統制することの矛盾 生徒の作業結果を教師が統制することの矛盾を含むブックマーク

 今日の新潟市は雪! 未明から雪がわさわさと降り続き、たっぷりと積もってきた。これは30cmくらいの積雪があるのではないか? 今冬はこれで3回目くらいかな。いやはや、寒い寒い。

 そんな中、我が家ではインフルエンザが次第に浸透してきている。次男から始まったものが、三男にうつり、今日は妻が熱を出した。家族6人中3人がやられてしまった。次男や三男は峠を越したようだが、妻がやられたのは痛いなぁ。我が家は妻が司令塔なので、彼女が寝込むと家は何も動かなくなる。勢い、私が家事をしなければならなくなるので、明日出張キャンセルした。31日には大学院の授業があり、私が発表する番になっている。さて、そこまで私がもつかな?

 さて、今日の授業は現代文が1コマ古典が3コマである。現代文は5組。昨日、意外にも話し合い学習に活発に取り組んでくれた彼らだったので、期待して第2意味段落以降の分析をグループでやらせてみた。20分間時間を取ったのだが、15分くらいはほとんど動かなかった。残り5分というあたりでようやく活発な話し合いが見られ、時間が足りないくらいだった。うーん、やはりこれは個人でもできる作業をグループでやらせていることが原因なのかなぁ。活発な作業をさせたいのならば、それが目的ならば、例えばジグソー学習のような手だてを取り入れなければならない。ただ、今日はこちらから指示をしないで話し合いをする、その話し合いの内容が知りたかったのである。そのため、ICレコーダーを用意して待ちかまえていた。しかし、期待に反して話し合いが進まず、録音は諦めた。なかなか思うようにいかない。

 その話し合いの後で、生徒が分析した文章構成の結果を発表させ、検討していった。第2意味段落の最初の形式段落で、生徒がこれが「主張」の文だと発表したものに対して、私は反論して私の考えるものに修正してしまった。これをやりながら、自分の中で大きな矛盾を感じていた。生徒の発表は生徒自身の反応である。その反応を尊重してやらなければならないのではないか。だが、分析している文章は論理的なものである。生徒の反応はいわば「間違った」反応である。それを教師は修正していいのだろうか。でも、そもそも「間違った」反応など存在しない。それならば、修正をするのではなく、なぜ生徒が「主張」の文をそれだと考えたのか、その根拠を聞いていくべきではなかったか。

 あるいは、論理的文章においてある形式段落における主張は1つであるのが原則である。生徒の意見も私の意見も認めるのならば、この形式段落は2つの主張を持っているということになる。論理的文章の原則が常に当てはまるとは限らないので、この形式段落ではその原則が当てはまらないのかどうか、などなどと生徒と議論をすべきところだった。ただ、議論を練習させていない生徒にいきなり議論を期待しても無理である。彼らの姿を見ると、教師が実は期待している姿によく合致するよう成長していると思う。教師は「自主性を持て」と口では言うが、授業ではその自主性を発揮させないように教えている。いわゆる“hidden curriculum”かな? ともあれ、生徒の発表に対してすぐに修正してしまった自分自身に大きく矛盾を感じた。

 古典はどのクラスも「若紫」に入り、10組は既に若紫が「雀の子を犬君が逃がしつる!」と言う箇所まで来てしまった。速い速い。まあ、前半はあまり深く検討すべき箇所はないけれどね。ただ、光源氏が多くの少女たちから若紫に注目した理由を考えさせた時は面白かった。彼が若紫を「あまた見えつる子どもに似るべうもあらず」と言う箇所の周辺から1つ、その前の段落の、尼君の様子との関連から1つ挙げるよう要求した。周辺からはすぐに若紫の際だった愛らしさを挙げたが、尼君との関連では生徒は隣同士でいろいろアイデアを交換して探っていた。それでも何とか尼君が「なやましげに」、つまり苦しそうに経を読んでいる箇所に注目することができた。そう、尼君は健康状態が悪いのである。その尼君と子どもたちとの活発さとの対照に加えて、その際だった美しさから、源氏は若紫に注目していったのだろう。

2012-01-24

話し合い活動の意外な盛り上がり 話し合い活動の意外な盛り上がりを含むブックマーク

 今日の授業は現代文が9組と5組の2コマ古典10組と7組の2コマであった。1年生がスキー教室に行っているため、明日までスキー特編授業である。おかげで今日・明日とそれぞれ4コマつの授業がある。なかなか疲れるね。来週の大学での授業の発表のために準備をする時間が欲しいのだが、それがなかなか取れずに困ってしまう。さらに子どもが2人インフルエンザにかかり、家からは「とっとと帰れコール」が鳴り響く。うーん、これは睡眠時間を削るしかないなぁ。

 現代文では三角ロジックの枠組みを使って「「である」ことと「する」こと」の文章構成の分析を進めている。9組では形式段落ごとに三角ロジックの枠組みを当てはめてみることを始め、最初の部分は調子よくスタートした。5組は最初から形式段落ごとに扱うことにする。そこで、5組は本来対照実験用として話し合い活動をしない予定だったのだが、9組もその予定だったのに話し合いをさせたし、何しろ少しでも5組の授業の雰囲気活性化させたいと思ったので、話し合い活動で作業を進めさせることにした。そうしたら、普段の授業で「隣同士で相談してみよう」と言ってもほとんど何も反応しないこのクラスが、4人グループで机を合わせさせて一緒に考えさせたら、意外にもまあまあ活発に話し合いをし始めた。これには意外だったなぁ。もちろん、それでも話し合いの進まないグループはある。まあ、課題自体が決して話し合いをしなければ解決できないような種類のものでもないし、話し合いをしないのは理解できる。それから考えると、彼らの示した話し合いの様子は「意外にも」活発であった。

 しかし、この話し合いによって文章を読んでいく際にも「審美的読み」と「導出的読み」が交互しながら働いているはずだ。それは文章の理解にどのような関わりがあるのかなぁ。「審美的読み」は自然な読みの姿なのだが、それが説明的文章の理解にどのような影響を与えるのか、興味がある。これが、私のテーマと関わりがあるだろうか。

2012-01-23

アウトラインプロセッサを「Tree」に決めた アウトライン・プロセッサを「Tree」に決めたを含むブックマーク

 今日の授業は2コマ。7組と2組の古典であった。それぞれ、源氏物語の「桐壺」の最後の部分を説明する。7組は次の「若紫」に入ったが、2組は「桐壺」における桐壺の更衣の心痛を理解させるところまでだった。「御局は桐壺なり。」というこの一文の重さをぜひ理解させたい。そこで、定番ではあるが内裏図を開かせ、桐壺と清涼殿と弘徽殿との位置関係を確認させる。そして、そこから桐壺の更衣の辛さを理解せよ、と問うてみた。2組では「更衣が必ず弘徽殿の前を通らなければならない」と答えてくれた。そうだよねぇ。自分をよく思っていない敵の前を通らなければ清涼殿に行けない更衣の辛さを慮りたい。考えてみれば、光源氏の娘である明石の女御もまた桐壺に部屋をたまわった。彼女には祖母のような心痛はなかったのだ。よって、清涼殿からの距離の遠さだけでは、更衣の辛さを理解できたとは言えまい。どちらのクラスもこちらから様々に問いかけたり、説明をしたりで、このあたりの事情を少しは楽しく理解できたかもしれない。

 今日の午前中は数学の小期末考査があった。その後、書道部の生徒を連れて作品展の撤去作業に向かう。市内中心部の東北電力グリーンプラザにて先週1週間県内の美術部・書道部の展示会が行われていた。そこに出品した作品を撤去したのである。我々が行った時、他校の作品がまだ少し残っており、それらを鑑賞することができた。みな、誠実に一生懸命に取り組んでいる。高校時代の一瞬をこうした作品に残せる彼らは恵まれていると思う。私の場合クラシック・ギター部だったので、その演奏記憶の中に残るのみである。でも、楽しかったなぁ。高校時代というとまず一番に部活での時間がよみがえる。

 そんな中、この本を読み終えた。

 いやぁ、ためになった。今はこの本に書かれている内容を切実に必要としているので、大変に参考になる。15年前くらいに購入した本だが、本には出会うべき時があるんだなぁ。

 今更ながらで恥ずかしいのだが、参考になったのはアウトライン・プロセッサとデータベースソフトの使い方、エディターの重要性、そして文献情報整理ソフトの存在である。もちろん、この本は「漢字TALK7」の時代のMacを対象としているので、この本で紹介されているソフトウェアといえばFileMaker Proくらいしかない。それでも文献情報整理ソフトはインターネットで探すと使えそうなものがあった。

 「pkizzy」というソフトはpdfファイルを整理するソフトである。昨今は良い論文pdfで公開されているものが多い。それを整理するのに役立ちそうだ。

 「RT2」は文献情報ソフトである。ファイルメーカーランタイム版を使っているので、そのままで使えそうだ。

 「FileMaker Pro」は今更言うまでもない、Macのデータベース・ソフトとして第一に挙げられるものだ。私もver.6を持っているが、なかなか使いこなせないでいる。というより、データ入力が面倒なんだな、これが。しかし、これから論文を書いていくのに、これによるデータベースの構築は欠かせない。がんばらねば。

 そしてアウトライン・プロセッサとして選んだのが「Tree」である。知人の何人かが使っているし、「OmniOutliner」は(私の使い方が悪いのか)項目の並べ替えが直感的にできない。Treeはその点、直感的でよろしい。

 後はエディターを更新しようか。私の愛用するのは「jeditX」だが、まだヴァージョンアップしていない。この際、やってしまおうかなぁ。

 でも、このようにしてソフトウェアを揃えていくと、そもそも本体のMac自体をヴァージョンアップしたくなるのが困る。私の愛機は「PowerBookG4」である。8年前の機械! Lionがまぶしいなぁ。

2012-01-22

ルイーズ・ローゼンラットに的を絞る ルイーズ・ローゼンブラットに的を絞るを含むブックマーク

 20日(金)はハードな一日だった。授業は3コマあるし、その間に課題考査の点数処理をしたし、何より大学に行ってゼミで発表をしてきた。結局、このゼミでの発表が一番影響を受けて、不十分な内容のままで発表を行ってしまった。しかし、幸いにも私のまだもやもやしたままの状態でも適切な示唆を与えてくれるので、本当にありがたい。この道が開けるのかどうかまったく分からないが、少なくとも目標とするところは見えてきた。

 ルイーズ・M・ローゼンブラットという方がおられた。残念ながら大変高齢でお亡くなりになったが、「読むこと」の理論を打ち立てられた方だ。このローゼンブラットの読者反応理論及び交流理論を当面は追いかけていこうと思う。本当はこれは一昨年の春頃にしておくべき事だ。だが、何度も言うが、仕方がない。後追いになってしまっているが構わない。今はとにかく前に進もう。

 ローゼンブラットの交流理論について、論文を1本読んでまとめたものをゼミに持っていった。それを基にあれこれと議論する。その中で、私もようやく交流理論の何たるかが少しずつ分かってきた。やはり、一人で読むよりグループで読むことにより、自身の理解が深まる。私の場合、このグループで読むことにより理解が深まる現象をいかに理解し、いかに授業場面で効果的に展開するか、がテーマなのだ。そこに、この交流理論がどう関わり、またどう考えたらよいのか、それを知るためにもまずは交流理論を理解しようとしている。

 私の研究の基礎となりそうな予感がするのだ。今月末にまたゼミがあり、そこで発表しなければならないのだが、何とか後数本の論文を読んで、まとめていこう。

DVDハリー・ポッターと謎のプリンス

ハリー・ポッターと謎のプリンス (1枚組) [DVD]

ハリー・ポッターと謎のプリンス (1枚組) [DVD]

 先日TVで放映されたとき、録画しておいたつもりなのだが、冒頭の部分がかなりカットされてしまっていた。そこで、このDVDを借りてきてじっくり観たわけだ。

 この第6はダンブルドアが死ぬという衝撃的なラストがある。既に全貌を知っている我々としては、そこに込められた意味もよく分かっているのだが。しかし、映画自体はこのために非常に暗い内容となる。そのためか、これ以外のサイド・ストーリーが非常に微笑ましく、ばかばかしく、楽しい。この第6番目はそうしたバランスのよく取れた、非常によい出来になっているのではないかな。

 長男ではないが、私も原作をもう一度読み直したくなってきた。

2012-01-18

OmniOutlinerか、Treeか OmniOutlinerか、Treeかを含むブックマーク

 今日、1年生の半分はスキー教室に出かけて行った。新潟県は珍しく快晴! 昨年の我々は終日雪に見舞われ、帰ってきた週末だけ晴れるという情け容赦ない天候だったのだけれど、今年はえらく違うなぁ。

 さて、今日の授業は4コマハードな一日であった。現代文が2クラス古典が2クラスである。古典の方は10組と7組。10組はとんとん口語訳、解説が進み、何と「桐壺」を終えてしまった。もう少し解説が残っているけれど、彼らに指名すると結構きちんと訳してくれるので、勢いスピードが速くなる。その点、7組は今日1時間でようやく2文程度が終わっただけだった。いやぁ、それは時間のかけ過ぎでしょう。反省、である。

 現代文は9組と3組。9組はようやく今年に入って初めての授業であった。「「である」ことと「する」こと」をグループで音読させ、語句の小テストを行う。今回取り組ませている課題は、やはり個人作業では無理かなぁ、と思い、当初このクラスも個人作業でやらせるつもりだったのを、急遽変更してグループ作業とした。

 3組はこれで3時間目。三角ロジックによる文章分析もいよいよ本格化してきた。今回は、各形式段落内にある文をすべて改行して示した本文プリントを用意し、文単位で三角ロジックの「主張」「データ」「理由付け」に当てはまるものを探させた。その際、階層三角ロジックの構造意識させ、各形式段落内で三角ロジックに当てはまる要素を見つけさせ、それを階層的に積み重ねて、意味段落全体としての主張を見いださせた。

 やってみたところ、生徒は活発に話し合いをしてくれた。そして、最後に内容を確認したところ、私とほぼ変わりない箇所を指摘してくれた。まずは一安心。しかし、可能ならばこれを通して生徒と議論したいところだが、それほど議論に向いた題材ではないか。あれかこれ、だものね。

 さて、相変わらずアウトラインプロセッサに悩んでいる。昨日書いた、本に紹介されている使い方の分からなかった所は、どうやら私の勘違いだろうと考えた。そして、アウトライン・プロセッサの使い方にめどが立ったので、使いやすいソフトを求めて悩んでいる。今のところ、OmniOutlinerかTreeのどちらにしようかと考えている。成蹊大の塩澤先生や京都橘大の池田先生などはTreeを愛用しておられる。うーむ、どうしたものか。(^_^)

2012-01-17

アウトラインプロセッサに難渋している アウトライン・プロセッサに難渋しているを含むブックマーク

 今日の授業は2コマ。どちらも現代文、5組と8組での授業である。どちらも今年に入って初めての授業であった。すでに1月も半ばなのに、時間割の関係でこんなことも起こるのだね。もう1クラス、まだ授業が始まっていないクラスもある。それも明日あるのだけれど。

 現代文の授業は、『「である」ことと「する」こと』を音読し、語句について自己学習をさせ、その後で小テストを行った。8組ではグループで音読をさせ、グループで自己学習をさせ、その後で小テストを行った。その際、グループ全員が25点以上(満点は30点)をとるように、と呼びかけた。そのせいかどうか、8組の方が平均点が高かった。もっとも、この程度の差ではグループ学習の方が効果があるなどとは言えない。そもそもクラス間の差が最初からあった可能性を否定できないしね。

 今回の現代文は三角ロジックを使って文章を分析させようと思っている。そして、自分自身で三角ロジックを当てはめながら文章を分析してみた。ところが、なかなかこれが難しい。階層的三角ロジックの構造になっているのだろうと考え、各形式段落で三角ロジックの三要素に当てはまる部分を探していったのだ。だが、「主張」はすぐ分かるものの、それを支える「データ」と「理由付け」の部分が明確に指摘できない。これは実は予想されていたことだ。講演態の文章であるから、厳密な論理的構成になっていないだろうとは思っていた。だからこそ、分析の面白さがあるのだと思った。しかし、最初からちょっとハードルが高いなぁ。いきなり第1段落から「理由付け」の部分がないのだもの。そして、次の第2段落でも「理由付け」の部分を指摘するのが難しい。

 私でも手こずるのを、生徒ができるだろうか。いや、できる、と信じてやるのが良いのだろうね。そうでないと、授業の面白さがない。

 さて、今行っている研究のまとめのために、アウトライン・プロセッサを物色している。私のMacにはOmniOutlinerやTreeが入っている。もっとも、まだ試用版で、どれが使いやすいのか物色している最中だ。

 アウトライン・プロセッサが研究ノートを取るのに使えると知ったのは、下の本による。

マッキントッシュによる人文系論文作法

マッキントッシュによる人文系論文作法

いやぁ、こんな本がありましたねぇ。自宅の本棚にずっと埋もれていた本だ。初版1995年刊行のものである。これを見つけ出して、少しずつ読んでいる。すると、研究ノートを取るのにアウトライン・プロセッサを使っているのだ。この本の中で使っているのは「More」というソフトウェアである。おそらく有名なものなのだろう。だが、残念ながら今から17年前の話である。現在、このソフト存在しないか、MacOSXでは動作しない。

 そこで、アウトライン・プロセッサ渉猟の旅に出たわけだ。私がblogを読んでいる方々は「Tree」を愛用しておられる。そこで少し使ってみたのだが、上記の本に記載されているような使い方はどうもできないようだ。それとも、私のMacのOSが古い(未だにLeopardPanther)ので、最新版のTreeが使えないせいなのかなぁ。あるいは、上記の本で紹介されている研究ノートの作り方はあまり適切ではないのかなぁ。

 このように、アウトライン・プロセッサの選択に悩んでいます。

2012-01-16

iPhone4S到来! iPhone4S到来!を含むブックマーク

 今日の授業は10組と2組の2コマ。どちらも古典である。「桐壺」をどんどん訳し進める。光源氏が生まれるあたりから人物が多く出てきて、人間関係が複雑になってくる。そこで、授業の最初に簡単な人物関係図を黒板に書いた。そして、桐壺帝が二人の妻を持ち、その二人ともに男の子が生まれた際の「男」の気持ちと二人の「女」の気持ちを想像してみよう、と呼びかけた。この文章を読む際には、そうした想像力が必要である。10組はそのようにして口語訳を進めていったのだが、どうもぎくしゃくしていけない。生徒はきれいな訳を答えるのだけれど、すべて人物関係が抜けている。それを補って説明するのだが、その説明がどうもぎくしゃくする。これは文を順番に訳していき、敬語は出てきたその都度に説明しているせいだと気づいた。そこで、次の2組ではまず敬語を確認して人物関係を整理し、その後で訳すというように説明を切り替えた。さて、これで少しは分かりやすくなったかな?

 放課後には恒例の1年生かるた大会が行われた。今年は担当者が頑張って、選抜メンバー以外の試合アリーナで一堂に会して行おう、ということになり、先週にそれが行われた。なかなかの壮観であった。今日は例年並みの方法による選抜チーム同士の戦いである。上記の取り組みの成果のためか、決勝戦あたりのチームになると、上の句の最初の文字が読まれただけで生徒は札をとっていた。たいしたものである。様々な困難はあったが、新たな取り組みに挑んだ1学年担当の同僚たちに拍手を送りたい。

 そして、ついにiPhone4Sが到来した。私はずっとiPhone3Gを使い続けてきた。速度が遅く、肝心な場面で役に立たなかったりして困っていたが、しかし私はこの3Gを愛していた。そして、iPhone5が出たら機種変更しようと思っていた。4Sが出た時、正直言ってがっかりした。iPhone4と外見は同じだったからだ。

 しかし、長男自分貯金を切り崩してPSPを買いたいと言い出した。私は子どもがゲーム機を個人で所持することに反対である。特に我が家の子どもたちの場合、ゲームに対しては免疫が弱いので、一度手にしたらなかなか離れなくなる。それならば、ちょうどSOFTBANKキャンペーン中だし、iPhone3Gを長男に渡して、私はiPhone4Sを使おう、と考えたのだ。(iPhone5が出たら、またキャンペーンをやってくれるかもしれないしね。)

 だが、それにはもう1つの理由がある。4Sが世に出た時、知人が「これは『iPhone for Steve』だ」と教えてくれたのだ。そう、4Sは、その発表の翌日に亡くなったSteve Jobsが世に出した最後のiPhoneである。そのことの記念となる名を冠した機種を、持っていても悪くないな、と思ったわけである。

 今度のiPhoneはホワイトにした。そして、ついに今日、SOFTBANKから連絡が来て、4Sを入手した。いやはや、速い速い! まるで別の機械かと思うほどだ。私が使っているスケジュールアプリはものすごく遅かったのだが、それが飛ぶように速く動作する。これはすごい進歩である。

 思えば、3Gを使い続けて2年9ヶ月になる。それだけ時間が経てば、コンピュータ世界では赤ん坊が大人になるくらいの進歩を遂げるだろうね。これからどんなパフォーマンスを見せてくれるか、新しいiPhoneが楽しみである。(もちろん、iPhone3Gは長男に大切に使ってもらいます。「iPod Touch」として。)

2012-01-14

[]『教師のための読者反応理論入門』 『教師のための読者反応理論入門』を含むブックマーク

 必要に迫られて、とうとうこの本を読み始めた。実は一昨年にもこの本を読み始めたのだが、あえなく挫折してしまった。何しろ難しいのだ。書いてある内容をほとんど理解できない。この分野に関する既有知識が余りに少なかったのだろう。類推がちっとも働かないのだ。現実世界の何とつながりがあるのか、自分の持っている経験の何とつながりがあるのか、そのあたりの方略がちっとも働かない。それで、必読文献であるのにもかかわらず、ずっと放り投げていた。

 しかし、今回この本を読んで、いやぁ驚いた。分かる分かる! 何が書いてあるのか、何を言おうとしているのか、何とつながりがあるのか、かなり手に取るように分かる。実に不思議感覚だった。

 これは、私のこの分野に関する経験が増えたからだろう。そして、曲がりなりにも読みかじったいくつかの文献での単語やら概念やらとこの本の内容とがリンクし始めたからだろう。ほんの数ページを読んだだけなのだが、非常に重要なことがここに書いてあることにようやく気付いた。

 いやぁ、こうした本をたくさん読み、こうした分野に関する知識のネットワークを持っている人が「専門家」なのだろうね。専門家とは、ある特定分野に関する知識のネットワークを自らの頭の中に構築している人のことだと言えるのではないか

 と同時に、自分がいかに文献を読んでいないかに気付かされる。うーむ、本来これは一昨年に終わっていなければならないことだ。これから後1年間で追いつけるのかな。不安ではあるが、やるしかあるまい。やらないよりはやった方がよい。そう考えて、とにかく進んでいかねばなるまい。

2012-01-13

三角ロジック構造を用いた評論の文章構成読み取りの授業 三角ロジックの構造を用いた評論の文章構成読み取りの授業を含むブックマーク

 今日の授業は現代文古典1コマずつ。しかも、3組と2組と、昨日とまったく同じ。授業が進むこと。特に現代文は今年になって初めての授業だが、既に2時間目。どうやって『「である」ことと「する」こと』を読み解かせるか、悩みに悩んだ末、ツゥールミンの三角ロジックの枠組みを使い、この文章における構成を読み取らせることを思いついた。

 ツゥールミンの三角ロジックとは、論理的思考における最も基本的なパターンのことである。ある「主張」には必ず「根拠」が必要だが、その「根拠」は「データ」と「理由付け」の2つによって構成される。よって、「主張」は「データ」と「理由付け」を底辺とする三角形の頂点に位置するような形で支えられる必要がある。それで三角ロジックという。下記のサイトが参考になる。

http://www.logicalskill.co.jp/logical/triangle.html

 『「である」ことと「する」こと』は周知の通り、丸山真男の講演からの評論である。そして、岩波新書に収録された文章が基になっている教材だ。本校で使用している明治書院の現代文の教科書は『丸山真男集』に収載されている文章の、結論に至る部分をカットし、残りに独自に小見出しをつけて6つの意味段落を設けている。これは「本を読む」という普段我々が行っている行為の対象となる文章とは恐ろしくかけ離れた、極めていびつな文章である。このあたりから不満があるのだが、仕方がない。これは明治書院1社の責任ではない。全ての教科書がこうした形で教材を構成している。日本の教科書の根本的な問題点が露呈している。

 ともあれ、この6つの意味段落において1つの大きな三角ロジックが成立しているはずである。何しろ意味段落は大きな1つの主張をしているのだからね。また、それが小見出しに典型的に現れているはずだから。そこで、上記のサイトに示されている三角ロジックの概念図を参考にして、三角ロジックのワークシートを作り、そこの「主張」・「データ」・「理由付け」の枠に、各意味段落からそれらに該当する部分を抜き出させる、という作業をやらせた。

 実際の授業では、生徒を4人ずつのグループにさせ、最初に文章全体の構成を確認させた。6つの意味段落を「前文ー本文ー後文」の3つに分け直すとしたらどうなるか、という作業をまずやらせ、特にその中の「問題提起」と「結論」の部分を確認させて、この文章が全体として日本の社会の問題点を指摘しているものなのだということを確認させた。

 その後で、上の三角ロジックのワークシートを配布し、まずは最初の意味段落についてワークシートの枠に該当する部分を、グループで相談しながら埋めてみるようにさせた。最初の意味段落は比較的簡単だと思ったので、まずは練習である。

 この作業は15分くらいしか取れなかったのだが、生徒はワイワイと言いながら熱心に取り組んでくれた。いやいや、大したものである。そもそも、最初に「三角ロジックって知っている人いる?」と聞いたところ、1人が手を挙げたのにもびっくりした。さすがである。中学校で扱ったことがあるのかな。もしそうなら、本当に高校の国語の授業は時代錯誤方法いつまでも繰り返しているものである。

 そうやって生徒に作業をさせている間に、私も見回りながらいろいろと考えてみた。すると、そもそも形式段落の1つ1つに小さな三角ロジックがあるのではないか、ということに気がついた。形式段落もいわば1つの主張を持っているはずである。それならばそこに三角ロジックが成立しているはずだ。そしてそれが積み重なって、意味段落として1つの大きな主張をしているはずである。つまり、上記のサイトで解説されているような「階層的三角ロジック」が1つの意味段落に成立しているのではないか。だとすると、アプローチの仕方を少々変えなければならないね。

 もっとも、形式段落の全てが三角ロジックのパターンを備えているとは限るまい。形式段落には話題提示のみの場合など、文章の流れを整える働きをするものもあるはずだ。常に1つの主張を持っている、また常に「データ」と「理由付け」を備えている、とは限るまい。

 しかし、そこのところを生徒に考えさせながら1つの文章の構成を確認させるのは極めて有効なアプローチになるのではないだろうか。そしてそれが、極めて有効な論理的思考力の育成につながるのではないだろうか。

 さらにそれをグループで話し合いながら行うことに意味があるだろうか。それをどのようにして検証できるだろうか。

 いやはや、楽しい課題を見つけてしまった。(^_^)

 2組の古典は快調に進んでいる。光源氏が生まれたところまで進んだ。

2012-01-12

三角ロジックに挑戦しようか 三角ロジックに挑戦しようかを含むブックマーク

 今日から通常授業に戻った。今日は現代文が1コマ古典が1コマ。現代文は3組である。今年に入って初めての現代文の授業だ。期末考査まで2ヶ月あるのだが、1,2月は様々に行事が立て込んでいるので、現代文は各クラス9時間しかない。その中で取り扱うのはこれまた定番の『「である」ことと「する」こと』である。

 評論を読む際にも話し合い活動は有効なのではないか、あるいは評論を話し合い活動で読み進める場合、どんな授業ができるのか、そんなことを研究したいと思っている。しかし、もはや授業は始まるし、評論を読むというのは小説を読む場合とは違った認知が行われるので、何を問題点にしていいのか、それをどのように計測しようか、ここ数日悶々としながら考えている。そして答えが出ない。困ったなぁ。(^_^;)

 今日の授業は最初の時間なので、まずは文章にしっかり触れ、語句をきちんと理解させよう、と考えた。そこで以下のような流れで授業を行った。

  1. 形式段落に段落番号を振らせる。
  2. 4人でグループを組み、その4人で音読をさせる。形式段落ごとに読み手を順番に換えさせる。なお、それが終わったら語句の小テストを行うことを宣言する。
  3. 語句の小テストを行う。5分間。終わったら答え合わせ。
  4. 語句調べプリントを配布し、自分が調べたいと思った語句、覚えたいと思った漢字をそれぞれ抜き出させる。意味調べは次時までの宿題とする。

 これで65分間を結構フルに使った。音読でだいぶ時間を取った。しかも、語句小テストを行うと宣言していたものだから、グループ内での音読が終わった後も、そのグループ内で語句の読みや意味について互いに話し合う姿が見られた。

 これだけ語句についてじっくりと触れれば、次時からは語句についてあまり気にせずに授業を進められるだろう。

 さて、このクラスは明日も授業がある。いよいよ内容を読み取っていかなければならない。今回は接続詞などに着目して筆者の主張を正確に読み取っていかせたいと思っている。そこで、「三角ロジック」に着目させた授業を行おうか、と考えた。「三角ロジック」はトゥールミンによる論理的思考の定型パターンである。「主張」に対する「根拠」は「データ」と「理由付け」によって支えられている。この「主張」を頂点として「データ」「理由付け」の2つが底辺で支えているというトライアングルを想定すると、しっかりとした主張が構成されるわけだ。これを「三角ロジック」という。そして、これは論理的思考の基本的な、しかし普遍的なパターンである。

 この「三角ロジック」を基にして、教材の文章の何が「主張」で、何が「データ」「理由付け」なのかを各意味段落ごとに考えさせてはどうかと思うのだ。これをすることで主張を示すのは「しかし」や「つまり」などの接続詞であることが自然に分かるのではないだろうか。

 これをグループで行ったらより効果的に理解が進むだろうか。個人作業と比較したらどうだろうか、しかしこうしたスキルの習得はグループで行った方が効果的なのは当たり前すぎるのではないか、などなどなど、いろいろ頭に浮かんできて考えがまとまらない。そのため、研究の方向性が定まらないのだ。うーん、困ってしまう。

 古典は2組。今年最初の授業である。「桐壺」を次々に読み進めていく。このクラスも明日授業がある。どんどん進むぞー。

2012-01-11

課題考査2日目 課題考査2日目を含むブックマーク

 2学年のみ課題考査の2日目である理系では化学物理、選択地歴の3科目の試験が行われた。理社では協同して冬季課題集をまとめ、それを冬季課題として課している。それについての試験である。理社の同僚たちの意気込みを感じさせる、よい課題である。

「桐壺」の授業

 午後は授業である。昨日とまったく同じ、10組と7組での授業があった。2クラスとも、まずは古文単語テストを行い、その後で「桐壺」を読み進めていった。

 10組では光源氏誕生の場面と第一皇子との比較がなされてしまう場面を読む。もう少し進んで、第一皇子と光源氏との扱いの違いまで考えることができるとよかったな。

 7組は進度が遅れている。桐壺の更衣男性貴族からも批判されるようになったこと、父が亡くなり母が懸命に経済的に支えているものの、後見人のいない状態は厳しいものであること、よって桐壺の更衣は帝の愛情だけを支えにしていることなどを考察する。

 読めば読むほど、よく考えられた人物設定だなぁ、と思う。『私が源氏物語を書いたわけ』では、このあたりの考察も少しあって、なかなか楽しい

『「である」ことと「する」こと』をどう扱おうか…

 現代文丸山真男評論、『「である」ことと「する」こと』を読む予定である。これをどう扱おうか、考えあぐねている。この文章を扱うことでも、何とか研究の対象にならないかと考えている。しかし、評論文を扱うのは初めてだし、今までのアプローチ方法がそのままでは応用できない。しっかりと考えるべきなのだが、何しろ授業は明日からスタートする。冬休み時間の余裕のなかったのが悔やまれるねぇ。

2012-01-10

課題考査1日目 課題考査1日目を含むブックマーク

 今日の午前中は課題考査である。2年生は理・社も考査を行うため、2日間にわたって行われる。今日は国・数・英の3教科であった。

 国語はどんな出来だったのかな。今回は冬季課題として課した問題集の範囲からしっかり出題したので、ちゃんと勉強してくれば簡単なのだけれどね。ただ、科目数が多いからなぁ。生徒はどれだけ準備できたか、心配である。

源氏物語「桐壺」の授業

 午後からは授業である。7組と10組での授業。「桐壺」をどんどん訳し進め、内容を確認させている。7組は冒頭部分からようやく桐壺帝が出て来るあたりまで訳した。10組は光源氏が生まれる直前まで進んだ。このあたりはずっと桐壺の更衣の置かれた厳しい状況について理解を深めて欲しいと願い、説明したり考えさせたりしている。

 でも、源氏物語はやっぱりすごいなぁ。紫式部人間観察の鋭さに舌を巻く。でも、考えてみれば11世紀でこれだけの人間観察ができるなんてすごい、という物言い自体が不遜である。この言い方には、11世紀の人間は遅れていて21世紀の人間の方が進んでいるという前提が既に含まれている。それは違うでしょ。科学技術に関してだけは21世紀の方が進歩しているかもしれないが、人間観察の鋭さや人間の感情は11世紀だろうが21世紀だろうが同じであろう。源氏物語の素晴らしさや紫式部の優秀さについては、時代のせいにしないで作品や個人そのものへの評価としなければならないだろう。ちょっと反省した。

 それにしても下記の本は相変わらず素晴らしい。

私が源氏物語を書いたわけ  紫式部ひとり語り

私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り

 山本淳子という人は本当にすごいと思う。文学研究と歴史研究を融合し、文学作品歴史書を縦横に駆使して紫式部の内面に迫るとともに、それを一般大衆にも興味を抱かせるような物語の形に変換して提示できるのだ。すごい才能だと思う。この本も、期待を裏切らず素晴らしい内容だ。紫式部という人の人生リアルに追体験しているような気がする。

無事、論文を提出した

 この年末年始にかけてずっと取り組んできた論文をようやく脱稿し、今日、提出することができた。18ページの小さな論文だが、私としては新たなことに挑戦し得た論文である。そして、分散分析という新しいスキルも身につけることができたしね。

 本当はこの論文は昨年の夏休みに書くべきものだった。それが、論文を書けない病にかかってしまい、一字たりとも打ち込むことができなかった。それを何とか克服し、ようやく形にすることができた。そんな意味でも「かわいい」論文である。よかったら見てやってください。

2012-01-09

2日間、呆けて過ごす 2日間、呆けて過ごすを含むブックマーク

 土曜日学会参加と大学院の授業を終えて帰り、その後の連休である。今年の正月はこの2つの仕事に対する対応論文執筆忙殺されていたので、何だかようやく正月が来たような気分である。本来ならば、昨日・今日と行われている東京での聖書学び会に参加するのだが、果たして居眠りせずに学びを聞けるかどうか心許ないので(妻から確信を持ってそう言われたので)、今年はぐっとがまんして大人しく過ごす。

 それでも昨日は定期の集会に集っていた。今日は、子どもたちが冬休み最後なので、宿題をやるのを手伝ったり、書き初め指導をしている妻のために私が食器を洗ったり、三男の世話をしたりして過ごした。今までできなかったことを取り返しているようなものだ。

iPhone 4Sを予約する

 それらを終えて、かねてからの予定通り、近所のソフトバンクに赴き、使っているiPhone G3を4S機種変更する手続きをした。G3は黒なのだが、4Sは白にした。どちらも捨てがたいのだが、まあ気分を変えて、というわけである。容量は16GB。今のG3と同じである。

 しかし、ソフトバンクはちゃっかりとした経営をしている。今までの私のG3の料金プランはデータ通信費が最低料金から最高料金までの変動制のものであった。しかし、今回のキャンペーンを利用して4Sに機種変更する場合、今のままの料金プランだと機種代分の割引が減額される、というのだ。機種代分全部を割引してもらうためには定額料金プランに変更しなければならない。うーん、ちゃっかりしているなぁ。もっとも、私は毎月データ通信費を最高限度額まで使い切っているので、少なくとも今まで通りの使い方をしている限り、支払う料金はこれまでと変わりないのだけれどね。でも、自由を減じられたみたいで、何となく損をした気分である。

DVD鑑賞

 よせばいいのに、昨日夜に借りていたDVDを一気に観た。おかげで昨夜寝たのは午前4時である。おいおい、呆けるのもいい加減にしてくれよ。(^^ゞ

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 2 [DVD]

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 2 [DVD]

 ハリー・ポッターシリーズの最終版を、今度は妻と長男と一緒に観た。私としては2度目である。前回気付かなかった部分にいくつか気付いた。双子兄弟の片方がちゃんと死んでいた。でも、あの表現では誰が死んで、悲しんでいるのかすぐには分かるまい。物語の中ではかなり大事な場面なのだけれどねぇ。また、ルーピン夫妻の死もちょっと軽く扱われすぎている。どうも、原作の印象的な場面が省略されているのは、仕方ないこととはいえ、残念だ。

 とはいえ、やはり映像化された物語世界は面白く、楽しめた。悪くない。

 観ました。ついに。正直、観なければ良かった、と思った。ちょっと残念な作品である。新海誠監督にしては、ずいぶん安易な作品を作ってしまったな、という感想を持った。

 ストーリーとしては冥界探索譚である。イザナギイザナミを尋ねに死の国に行く、あるいはオルフェが妻を取り戻しに黄泉の国に行くのと同じ構造をしている。

 主人公のアスナが地下世界から来た少年であるシュンと出会う。が、シュンは実は死期の近いことを悟っていて、地上世界が見たくてやって来たところをアスナと出会うわけだ。そこでアスナはシュンに再び会うために、同じく亡妻を取り戻そうとしている先生と一緒に地下世界を旅する。そこで、シュンの弟であるシンと出会い、彼と関わりながら旅を続ける。その中でずいぶん危険な目にあうのだが間一髪で難を逃れ、ついに生と死の狭間にやってくる。先生は亡妻の霊を取り戻したのだが、それを入れる肉体として、その場に行き会ったアスナの身体を使ってしまう。亡妻を取り戻した先生。しかし、シンがそれを阻み、アスナは元に戻り、亡妻は再び死の世界に戻ってしまう。そしてアスナもシュンと二度とは会えないことを悟るのだ。

 ストーリーとしては悪くないのだが、地下世界に入った辺りからどうもこれは様子が違うと思えてくる。宮崎アニメ彷彿とさせる場面が何度も何度も出て来るのだ。最初に、猫がアスナにまとわりつくのだが、これが彼女の肩に乗る。この辺りからナウシカを思い出させて、あれっと思わせる。地下世界に入ると、訪れる場所廃墟だったりし、人が住む村には巨大な風車がある。おいおい、ますますナウシカである。同時にそれはゲド戦記も陥った風景だ。そして、アスナが地下深く降りていく際に持っていた石が光るのだが、これはラピュタの冒頭などを思い出させる。などなどなど、何だか宮崎アニメの安っぽい作り直しを見させられているような気になってくる。

 新海監督らしく、映像は恐ろしくきれいである。自然描写が秀逸で、特に空の様子、星空の様子が目を見張るほど美しい。これは新海誠の強烈な力であり、『雲のむこう、約束の場所』や『秒速五センチメートル』でも遺憾なく発揮された力だ。これはこの作品でも健在で、地下世界の不思議な風景にリアリティを豊かに与えている。しかし、場面のパターンがあまりに既視感があるため、どうもこの作品に入り込めない。Amazonカスタマーの感想の中に、「宮崎アニメを彷彿とさせる場面が多い」と書かれていたのも頷ける。

 『コクリコ坂から』の宮崎吾朗は、『ゲド戦記』での失敗を見事に克服して見せた。『ゲド戦記』では偉大なる父の作品の寄せ集めのような映像を作ってしまった彼も、『コクリコ坂から』では独自の映像世界を作り出すことができた。

 新海誠は最初から独自の映像世界を作り出し得た監督である。その彼が、ファンタジーを作るとなると宮崎アニメに囚われてしまうとは、ちょっと寂しいことである。それだけ宮崎アニメが強烈な力を持っているということか。しかし、それではいつまで経っても宮崎駿は休むことができまい。独自のファンタジー世界を作り出せる作家の登場が待たれているのではないだろうか。

2012-01-07

第10回臨床教科教育学セミナー in 信州大学 第10回臨床教科教育学セミナー in 信州大学を含むブックマーク

 今日は臨床教科教育学会の学会である上記セミナーが開催された。私はこの学会で研究発表をするので、昨日より長野市に入っていた。長野駅近くのホテルに泊まり、午前8時30分頃に川中島バスに乗って信州大学教育学部に向かう。バス停を降りて、さて、教育学部はどこだ? とiPhoneを取り出してマップを表示させたのだが、何しろ私のiPhoneはG3。いやはや、表示が遅いの何の。しかも文字の打ち間違いをしたので取り消しをすると、これまた何分も待たされる。結局バス停を降りてその場所で5分以上突っ立っていた。人に聞けばいいのだろうけれど、何しろその道は善光寺に通じる道である。通行人が土地の人だという確率は低いのではないだろうか。ということで、私はソフトバンクキャンペーンを使って、G3を4S機種変更する決意を固めたのであった。本当は5が出るまで待つつもりだったのだけれどね。

 さて、学会である。午前中に3つの研究発表を聞いた。どれも国語関係の発表である。話すことや書くことなど、なかなか面白い研究だった。ただ、どれも授業中の生徒の発話プロトコルを元に分析していた。まあ、当然なのだけれどね。

 次に10周年記念講演が行われた。ここで、本来講演する予定の先生が都合がつかなくなったらしく、急遽、会長である上越教育大学の西川純先生が「教科指導の今後」という演題で講演をされた。相変わらずエネルギッシュに、巧みな話術で、しかしそれがみんな考え抜かれたものであることを知り、一層興味深かった。今までに西川先生が話されていたことの繰り返しの部分もあったが、先生の研究の来歴を知ることもでき、また、現在のお考えの方向も話されて、非常に興味深かった。

 昼食は朝に降りたバス停の向かい側のそば屋さんで十割そばを食べた。私はホテルで準備をしようと思ってコンピュータを持参したので、ちょっと大きな荷物が2つもある。それをえっちらおっちら持っていって、そばを食べた。なかなかおいしかった。そうでなきゃ、この苦労は報われないでしょう。

 午後はまず4つの発表である。私は3番目だ。「読みの交流の有無が読みの方略の習得状況に及ぼす影響」と題して研究発表を行った。内容を詳しく知りたい方は、この研究を論文にまとめた『現代社会文化研究第53号』をご覧下さい。要は、読みの交流を行ったクラスは、読みの交流を行わないクラスよりもより有効に読みの方略が習得できた、ということである。発表は練習不足のため、やや舌がもつれた発表になってしまった。しっかり練習しなければ。会場からは西川純先生がおられて、先生から3点の質問と意見をいただいた。大変ありがたいことだ。やはり学会発表はこの質問が大いに勉強になるね。時間を終えてからも、イマキヨさんをはじめ、2人の現職院生から質問を受けたり名刺をいただいたりした。これまたありがたい。財産になります。

 その後は、4つの発表を聞く。大学院生の研究が主である。皆さん頑張っている。

 懇親会もあったのだが、私は夜の用事のためにそそくさと新潟へ帰った。

大学院の授業に参加した

 夜の用事とは、大学院の授業がこの日に設定されていて、私は学会出席のため出られなかったので、私の分だけ夜にやって下さることになったのだ。そこで、新潟に19:21に到着した後、家に帰り、その後で新潟大学に向かう。研究指導の一環の授業である。私の研究のテーマを確認し、進捗状況を確認し、方向性についてご意見をいただく。研究テーマについてお褒めの言葉をいただいたのだが、同時に大きな宿題も課せられた。さて、これに応えることができるかどうか。何とか頑張ってみたい。

2012-01-06

授業再開、そして私は今、長野にいる 授業再開、そして私は今、長野にいるを含むブックマーク

 本校は今日から授業が再開された。まずは大清掃の後にSHRを行い、それから授業である。午前中は5分短縮の60分授業で、午後の2コマは65分授業だ。

 私は10組、7組、2組の古典3コマの授業があった。2〜4限と連続している。今日からようやくどのクラスでも源氏物語の桐壺に本格的に入った。何しろ年末は「源氏物語新聞」で遊んでいたからね。10組だけは少し口語訳を進めていたが、他のクラスは今日が本格的なスタートである。

 まずはどのクラスとも音読からスタートする。何しろ年末年始を挟んで古文の音読から遠ざかっていただろう。少しそのあたりを思い出させなければならない。個人音読、ペア音読の後、クラス全体で音読した。

 そして口語訳を始める。「桐壺」は冒頭から解釈がなかなか難しい箇所や重要古語、重要文法が連続して出てくる。楽しい文章である。そんなところをじっくり説明しながら進めていく。

 冒頭部分の要は、桐壺更衣が帝の寵愛を受けながらも、同僚の后たちや男性貴族に妬まれたり心配されたりするところを丁寧に理解する必要がある。その中で、更衣が孤立し、里に下がりがちになるのを、帝がだからこそますます寵愛していくという堂々巡りをしっかり理解させたい。そんなことを説明したり、発問したり、ペアで確認させたりしながら授業を進めていった。

 しかし、正月2日にのどを痛めたせいか、今日の授業は3コマとも声が余りよく出てこなかった。そのせいか、いつもよりも張り上げ気味に声を出すことになり、それがために、ただでさえ半徹夜明けで疲れ切っている身体をさらに痛めつけることになり、3コマ終わった時にはほとんどグロッキー状態になってしまった。

 年休を取って早めに帰る。実は、今日はこれから大仕事が待っているのである。

長野市に来ている

 明日は、私が加入している臨床教科教育学会の学会である臨床教科教育セミナー信州大学教育学部で行われる。私はこの学会に昨年から入会しているが、発表するのは初めてである。この学会は、設立当初からその存在目的共感するところがあり、できれば入会したいと思っていた。それがようやく昨年実現したわけだ。

 毎年この1月の第1土曜日に学会を行っている。昨年も参加したかったのだが、諸般の事情による断念した。今年は他に学会発表が無く、何とか発表の機会を得たいと思っていたので、少々無理な日程なのだが思い切って参加することにした。

 学会は8:30から始まる。そこで、新幹線に乗って長野市で1泊している。このblogは長野市のホテルで書いている。長野市で泊まるのは初めてである。近くの高原には、昨年の夏に美術部の合宿できたけれどね。

 実は、明日の学会が終わって新潟市に帰った後、夜中に大学院の授業のために大学へ行かなければならないのだ。その準備をしなければならなかった。いやはや、学会発表の準備とこの授業のための準備で、この1週間は何をしていたのか思い出せないくらいひたすら準備をしていた。フラフラになりながら、長野にいる。

 さてさて、学会での発表というのは昨年の夏以来だ。何とか頑張ってみよう。

2012-01-04

初出勤の日 初出勤の日を含むブックマーク

 今日から仕事である。勤務校では授業は6日(金)から始まるので、今日と明日は1日中仕事ができる貴重な時間なのだ。そして、家ではなかなか仕事が進まない。そこで、今日は通常通り出勤した。

 新潟市は雪である。ただし、そんなに積もりはしない。でも、今年の冬は何だか雪の日が多い気がする。昨年はドカ雪が数回あったが、それ以外はそんなに雪は降らなかった。今年は間断なく雪が降っているような気がする。でも積もらない。新潟市はそんな街です。他県の人が新潟市と聞くと、数メートルの雪に閉ざされている状態を想像するそうだが、そんなことはまったくありません。(^_^)

 さて、学校に行ってみると、結構大勢の職員が出勤していた。そんな中、まず私は来週に行われる課題考査の問題作成に取りかかる。これを終えるために今日は出勤したようなものだ。何とか午後2時くらいまでに終えて、次は7日(土)に信州大学に行って臨床教科教育学会で発表するプレゼンの資料作成の続きを行う。昨日、かなりの部分を作ったのだが、まだまだ仕上がりには遠い。そこで、何とか今日中に仕上げたいと思う。何しろ、それが終わったら、次は同じ7日の夜に行われる大学の科目の発表準備に取りかからなければならない。その後は来週からの授業準備である。いやはや、目が回るほどだと言っても決して言いすぎではないだろう。

 そんな中、2年前の卒業生2人が来てくれた。思えば彼女たちは1年4組からの付き合いだ。あのエネルギー満タンクラス出会い、さらに2年7組でも一緒に時を過ごした。そのせいか、昨年の春と夏にも顔を出してくれた。いやぁ、ありがたいねぇ。教師という職業の最高の良さを味わうことのできる瞬間である。2人は近況を教えてくれたり、友人たちの消息を教えてくれたりした。彼らは大学2年生である。自分たちが今、何を学び、これから何をしようとしているのか、それぞれに悩み、思い煩い、それでも前進しようとしている。そんな姿をとても美しいと思う。彼らは今年、成人式なんだねぇ。驚きである。私は成人式には出なかった。20歳になったということを認めたくなかったからだ。40歳になった時も、それを認めたくなかった。50歳になった時は、もうどうでもいいやと思ったが。60歳になる時はまた違うのかなぁ。20年周期かなぁ。

 ともあれ、2人の訪問はとても嬉しい出来事だった。早速Facebook友達リクエストもしてくれたし、ありがたいことである。

星を追う子ども

 新海誠監督の最新作である。昨春に公開していた映画で、見に行こうかどうしようかかなり迷ったものだ。

 とはいえ、なかなか観る時間が取れず、冒頭1/3くらいを観て止めている。これまでの新海誠作品とはちょっと異なるテイストである。もう少ししたら、じっくり観よう。

2012-01-03

あけましておめでとうございます あけましておめでとうございますを含むブックマーク

 この年末年始はいつもとは違った過ごし方をした。妻と子どもたちが29日〜31日まで妻の実家に行っていたが、私は家に残った。どうしても終わらせなければならないことがあったからだ。今書いている論文の修正である。指導教員先生方から、またありがたくも以前お世話になり、今回も非常にお世話になった先生から、それぞれに修正意見をいただいた。それらを統合して、自分原稿を修正した。いやはやなかなかの難作業だったが、31日のお昼までに何とか終え、先生方に送付した。これで年内に修正してお送りするという約束を果たすことができた。

 他に、相変わらず年賀状対応時間を取られた。年賀状を発送したのは29日と、私にしては速かった。しかし、1日より送られてきた年賀状から、自分が出さなかった方(申し訳ありません)へ新たに送るために葉書を買い求めたり、住所を間違って送り戻された方の住所を修正したり、ずいぶん手間がかかった。本当に、ネット上での何人かの方が実践されているように、年賀状を送るのをやめてしまえばよいのだけれどね。新年になってから届く賀状の楽しさがあるので、なかなかやめられない。

 今日(3日)は集会で新年特別学び会が行われた。お二人の兄弟をお招きし、みことばの学びを受けた。期せずして、お二人の学びのテーマは似通ったものとなった。お一人がイエス様の歩みについて、もうお一人がイエス様のペテロを教え養った姿について、似通った箇所を引きながらそれぞれの個性で学んでくださった。似たような箇所を少し違った視点で話してくださったので、逆によく分かったような気がする。問題は、自分がそれを実践できるかどうかだ。

ハリー・ポッターと死の秘宝 part2』

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 2 [DVD]

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 2 [DVD]

 正月に観た映画はこれ(DVDだけれど)。ようやく観ることができた。できれば映画館で観たかったね。なかなかの迫力である。

 ただ、やはりどうしても原作から受ける自分自身のイメージとの違いに気付く。まあ、映画は別物だからいいけれどね。

 特にハリーとヴォルデモートとの対決の場面が原作とはまるで違うのが残念である。ハリーはあのように痛めつけられないし、何より彼らは互いに出方を見ながら円を描いて動くはずである。そしてそれを、多くの人々が見ているはずだ。また、ヴォルデモートの蛇はもっと前に殺されているはずだ。あのようにハリーとヴォルデモートとの対決に絡んできたりはしないし、ロンとハーマイオニーを襲いもしない。そして一番気になったのが、あの二人の戦いの決定的な点は、ニワトコの杖が誰を主人に選んだか、ということである。そのことに対する誤解がヴォルデモートの敗北の決定的な原因のはずだ。その点が弱められている。うーむ、やはり不完全消化だ。

 とはいえ、あの映像化は大したものだ。この映画の手柄は、何しろあの物語世界を具体的な形で提示したことにあるだろう。

 これでハリー・シリーズも終わった。後は『ハリー・ポッターと謎のプリンス』が不完全な形でしか観ていないので、これを観直すことだけだ。

2011-12-27

冬季講習2日目 冬季講習2日目を含むブックマーク

 昨日古文1題しかできなかったので、今日漢文を2題と古文を1題取り扱い、解説した。しかし、古文は途中で終わってしまった。漢文は何とか2題とも解説し終えた。

 古典の問題を解く際、私はいつも設問を解きながら本文を読んでいる。そうすることのメリットは2点ある。1つはスピードアップが図れること、もう1つは設問や選択肢によって本文理解が進む場合があることである。今回も本文を読んでいる際の文脈の取り違いを選択肢によって修正することができた。

 そこで、生徒にもこの方法に慣れて欲しいと思い、解説も本文を読みながら、傍線箇所に来たところで解説する、という方式をとった。その方が文脈の記憶があるうちに問題を考えられるので、良いのではないかな。

 私の講習では、生徒が問題を解く際にぜひ知っておいて欲しい事項を取り立てて説明する。他に、選択肢の選び方、間違い選択肢の消去の仕方など、いくつかのテクニックを取り立てて説明する。それらを明確に取り立てて説明することで、問題の解法を生徒に意識化してもらおう、という目論見なのである。

 そのせいか、あるいは20脚そこそこしか入らない小教室が会場であることが功を奏したか、今回の講習は解説中心であるにもかかわらず、しかも理系生徒であるにもかかわらず、居眠りをしたりやる気をなくしたりする生徒の姿があまりない。残念ながら皆無ではないが、私の予想よりはずっと良い状態で彼らは集中力を維持している。まあ、自らの意志で選んだのだものね。それくらいは当然か。おかげで、気持ちよく講習を進められる。進度がままならないのが玉に瑕だが。

国語科恒例の会議が開催された

 今日の午後は国語科の会議があった。長丁場であった。様々に意見を出し合い、より良いものを作り上げていこうとするこの会議は、しんどいけれど大切である。こうすることで我々自身の読解力が向上するのだろうね。やはり集団で学ぶことの力を感じる。一人では到達できない高みにまで達することができる。メンバーのそれぞれが得意とする力を出し合い、総合的に高い質のものができあがる。本当に、これはよい会議だ。しんどいけれど。(^_^)

2011-12-26

今日から冬季講習 今日から冬季講習を含むブックマーク

 今日から28日までの3日間、冬季講習である。私は古典を1クラス担当する。今回は1限(90分)は各クラスによって固定された科目があり、自由選択は2限のみである。その中で、理系の生徒たちで古典を選んだ者が18名ほどいる。彼らを相手にしての講習である。

 今回は「古典サバイバル講習」と銘打ち、理系であっても何とか古典を読み解けるような講習にしたいと考えている。とはいえ、内容はどうしても解説が多くなる。その中で、古典単語意味の見分け方、文法の見分け方、口語訳問題の解き方、選択肢問題の選び方、記述式問題の解答の仕方など、少しでも益するところがあるようにしたい。とはいえ、今まで授業中で語ってきたことの繰り返しなのだけれどね。まあ、生徒にとって見れば、たまに他の先生から古典を学ぶのも良いのではないのかな。

 そう思っていろいろに準備し、古文1題・漢文1題を扱う予定でいたが、少し作業を取り入れたら思いの外時間がかかってしまい、90分で古文1題しか解説できなかった。これは失敗。時間配分の見込み違いである。だが、丁寧にやればどうしてもそうなってしまう。難しいところだ。

23日は特別子ども会があった

 先週の金曜日、23日は集会での特別子ども会が行われた。日曜学校の特別版である。クリスチャンの子どもたちに加えて、新しい子どもが1人来てくれて、非常に嬉しかった。何しろ久しぶりの新人である。

 聖書お話は私が担当する。クイズとお話との2段構えだったが、ちょっと焦点がぼやけてしまったかな。その後、紙芝居があり、ゲームがあり、人形劇があった。今回は3ヶ月前から準備をし、何とか当日にこぎ着けた。無事終わって、まずは一安心である。

 その後、若い兄弟姉妹たちを我が家に招き、食事と交わりをする。長男トランプゲームをしたがっており、これ幸いとみんなでトランプをした。久しぶりで、リラックスしたなぁ。

 やらなければならないことはたまる一方なのだが、少しはリラックスするのも大事だろう。さあ、今週はたまったことを片付ける勝負の週である。

2011-12-21

今日の授業は4コマ今日の授業は4コマ!を含むブックマーク

 他の同僚から1コマいただいたせいで、今日の授業は4コマとなった。古典が2コマ、現代文が2コマである。しかも、後述する事情で午前中に3コマが集中し、空き時間が4限のみとなった。放課後会議である。まったく、年末を迎えるこの時期はどうして学校ってこんなに忙しくなるのだろう。

現代文

 3組と9組での授業。3組は図書館にて点検読書を行った。最初に生徒たちに書かせていた「夏目漱石宇宙」をみんなで見ることにした。これは夏目漱石に関する文学史的知識をマップで描かせたものである。それをテーブルの各自の前に開かせ、生徒には自由に立ち歩きさせて他の生徒の作品を観させた。こうすると生徒は実に生き生きとした表情を見せる。わいわいと級友たちの作品を観ては何やら楽しそうに語っている。でも、本当によく工夫した作品が多くあるのに感心する。要素同士をつなぐ枝を植物の蔓のように描いたり、漱石の顔のイラストを描いたり、実によく工夫している。彼らの創作能力の高さに毎度ながら感心する。こうした力を折に触れ発揮させない手はないね。

 その後、30分ほどをかけて点検読書をさせた。扱う本は1冊のみ。それでも生徒たちは集中して取り組んでくれた。あるいは1時間に2冊を読むのではなく、30分程度でもよいから1冊をじっくり読ませた方が集中できるかもしれない。それを何回か繰り返せれば良いのだけれど。

 この点検読書は、今日は一緒に2学年を担当している同僚たちも実施してくれた。2人とも生徒の反応が実によい、と報告してくれた。それは嬉しいことだ。私だけの実践ではなく、こうして同僚が一緒に取り組んでくれることが嬉しい。そして、どの同僚の授業でも、生徒が熱心に取り組んでくれたことも嬉しい。

 9組は上の「夏目漱石の宇宙」を教室で描かせた。その際、3組での作品を参考に見せたところ、生徒が何人も来て彼らの作品を見ていた。一番雄弁なのは作例である。それを見て、このクラスの生徒がどんな作品を作り上げてくれるか楽しみである。

 この時、思い立って音楽をかけてみた。何しろマップを描くときなどは右脳を働かせねばならない。それにはBGMが一番である。ルイ・クープランクラブサン曲集をかけてみた。ちょっと場違いだったかな。

古典

 2組と10組での授業。2組は「源氏物語新聞」を書き込み回覧形式で回覧させた。このクラスの乗りの良さには本当に毎回助けられる。今日も昨日の10組よりもずっと温度が暖かい雰囲気で作品を回覧していた。このクラスも力作揃いであった。「紫の上死去」と見出しを黒字に白抜きで描いてみたり、登場人物をマップ風にしてカラーで色分けしたり、「源氏物語新聞」という題字を実際の新聞のように精緻な飾りふちで飾ってみたり。そうしたイラストや表現法へのこだわりが右脳を刺激し、イメージを定着させやすくするだろう。

 10組では本文の読解に入る。今日は短縮授業のため、冒頭部分から桐壺の更衣が病弱で里がちであるというところまでしか訳せなかった。教科書で5行くらいかな。だいぶ遅れたスタートとなったが、源氏物語はこれから2年かけて付き合う作品である。作品や背景についてじっくりと理解しないとね。

ALTとの初会話

 今書いている論文には英文で要約をつけなければならない。また英文タイトルも。しかもそれを、英語専門家ネイティブスピーカーにチェックしてもらい、そのサインをもらわなければならない。これは一般の方がそうするには大変だろうな。でも、教員はこういう場合にありがたい。何しろ身近にそのどちらもがいるのだから。そこで、英語の同僚に私が作った(ほとんどGoogleが作った(^^ゞ)英文を見てもらい、ALTにも見せてくれるよう頼んでおいた。だが、私自身もALTには直接頼もうと思い、今来ているALTに初めて話しかけた。

 本稿のALTは長く来ていた方がおられたのだが、今年度途中で替わってしまい、新しい方が来て数ヶ月になる。前任者は日本語もよく分かり、前に同じ用事を依頼したときは日本語で頼むことができた。しかし、新しい方は日本語が複雑になると分からないそうだ。そこで、拙い英語で用件を話す。どうやら通じたようで、嬉しかった。

 英語を使って外国の方と話をするのがこんなに楽しいのは何故なのだろう。自分の知識を使って、違う文化の人と意思を疎通できるのは不思議なことであり、また嬉しいことだ。この楽しさをもっと若い頃に知っていれば、私はもしかしたら国語ではなく英語の道を進んでいたかもしれない。それほど英会話は私にとっては楽しいことなのだ。

 ちなみに、彼はMacユーザーである。MacBookiPhoneを使っている。ここでもまた共通の話題がありそうだ。(^_^)

2011-12-20

三男と日がな一日を過ごす 三男と日がな一日を過ごすを含むブックマーク

 今日の新潟市はよい天気だった。昨日降った雪があっという間に溶けていく。もう、道の横に残っているくらいである。これが例年なんだけれどね。

 そんな中、妻の用事のため三男の面倒を見なければならなくなり、2限〜4限の間に年休を取って、三男とずっと過ごした。彼はもうじき1歳になる。今はもう少しで立ちあがりそうなのだが、はいはいをせずにいざり歩きをする変な奴である。そんな彼と一緒に、撮っておいた「獣の奏者エリン」を観たり、彼の一人遊びを眺めていたりしていた。こんな時間はなかなか得難い時間である。この年になって、こんな小さい奴と一緒の時を過ごすことができるとはね。

 あっという間の4時間を過ごして、そそくさと学校に戻った。

こころ」読解の最後の授業

 5組での授業。「こころ」の最後の場面の読み取りを行う。このクラスだけがまだ「こころ」を終えきっていなかった。せっかく3回の話し合い授業をしたのだからね、最後まで終えたいと思っていた。何とかやるべきことはやり終えて、ほっとした。

源氏物語新聞」の回覧

 10組での授業。生徒全員に「源氏物語新聞」を持参させ、それを一筆書きの要領でクラス全員に回覧して読ませた。このクラスはみな粛々と読んでいた。もっとリラックスしていいのにね。仕方がないので、読み終えた後に5分間の時間を取って自由にたち歩きをさせて再度読みたい物を読ませた。

 これで少しは「源氏物語」への興味・関心を持ってくれたかなぁ。

2011-12-19

点検読書に挑戦してみた 点検読書に挑戦してみたを含むブックマーク

 今日も新潟市は雪である。朝から雪が降り続いた。時には牡丹雪こんこんと、時には小さな雪がしんしんと。おかげで積雪はどのくらいになったのだろう。5cmくらいかな。しかし、雨も時折混じったので、溶けた雪で道路はぐちゃぐちゃである。

[現代文]

 さて、今日の授業は現代文が1コマ、古典が2コマであった。現代文は「点検読書」に挑戦してみた。8組での授業である。「点検読書」とは『本を読む本』に書かれている読書の4つのレベルの2段階目のことである。本の全体像を大まかにざっくりつかむ読書法である。その本がどういう本か、そして筆者の一番の主張は何か、をつかむ。これを行うことで、その本を「読んだ」と言えるのである。多くの読書家たちがこの読書法をマスターしている。そして、何百冊もの本をこの方法で読んでいる。世の中には精読すべき本とそうでない本とがある。それを見分ける読書法でもある。

 この読書法は、今後大学に進学して知的生活を送る生徒たちにとって必須スキルであると確信する。私も、このスキルをどれだけ必要としていることか。私はまだこのスキルを身につけたとは言えない。まだ訓練が足りないのだ。だが、生徒たちにはこのスキルを、少なくとも知識として知っていて欲しいと願う。そこで、1時間を使って挑戦することにした。

 生徒を図書館に来させて行った。対象図書は新書である。あらかじめ司書の方にお願いして、点検読書ができるような新書を生徒の人数分選んでおいていただいた。これを私の方で生徒にどんどん配った。そして、約10分間で次のことを速読するよう指示した。

  1. 前書き、後書きを見る
  2. 目次を見て本の構成を確認する
  3. 索引があればそこも見る
  4. 筆者の主張が一番現れている章・節を読んでみる

 1〜3で本全体の構成をつかみ、4で筆者の主張をつかむのである。

 これを、生徒にペアを組ませ、1冊の本を調べてレポートにまとめた後、お互いに本を交換して2冊目に取り組ませた。

 最後にレポートをお互いに交換して、本の内容をきちんとつかんでいるかどうかを3段階評価させた。

 生徒はなかなか真剣に取り組んでくれた。この辺りが本校生徒の素直さである。こうした知的活動に粛々と取り組んでくれる。だが、集めた生徒のレポートを読んでみたが、やはりその本の核心を捕まえたものは少なかった。当然でしょ。最初から完璧にできたら練習する意味がない。何度も練習し、精度を高めていかなければ。そう何度も練習する機会はないのだけれど。

[古典]

 10組と7組での授業であった。7組は先週書かせた「源氏物語新聞」を自分の机の上に広げさせ、生徒全員に立ち歩かせて各自の作品を自由に読むようにさせた。生徒は楽しそうに友人の作品を見ていた。

 確かに力作がそろっていた。やはりこの実践面白いものができて、よいものである。ただ、このように立ち歩かせて読ませるのも良いが、これでは各自の作品の内容をじっくり読むことができない。それでは『源氏物語』の梗概を知ることはできないだろう。できれば「書き込み回覧作文」方式をさせたいものだ。

2011-12-16

新潟市は雪である新潟市は雪である!を含むブックマーク

 今朝はずっと徹夜していて、朝方ほんの少しだけ眠った。そして起きたらびっくり。何と雪ではないか。しかもかなりの積雪である。新潟市で4〜5cmくらいはあるのかな。いや、驚いた。昨日の天気予報で最低気温が氷点下になるとは聞いていたけれど、まさか雪が積もるとはね。ここ10数年くらいの私の記憶によれば、12月中旬でこんなに積雪があるのは珍しい。どうやら今年は雪が多いのかな。

 これは生徒たちが多く学校に来られないだろうなと思っていたら、意外にほとんどの生徒が来ていた。数人はSHRに間に合わなかったようだけれど、私の予想を遙かに下回った。どうやら電車バスも運休することはなかったようだ。遅れはしただろうけれどね。

[現代文]「夏目漱石宇宙」をマップで描こう!

 3組での授業。今回の定期考査で夏目漱石の小説名などを書かせたところ、とんちんかんな解答が多くて爆笑してしまった。「それから」と「明暗」を答えさせようとしたのだが、「これから」とか「そこから」などと答えた者がいた。いやいや、教師は役得である。苦労せずに大笑いすることができる。その後で、やたら空しくなるけれどね。(^_^;)

 というわけで、もう少し日本近代文学史について理解を深めて欲しいと思い、日本近代文学史を国語便覧を使ってまとめさせることにした。それを、ただ単にまとめるのはつまらない。古典で「源氏物語新聞」を作らせていることから発想して、マップによる図解をさせようと考えついた。「夏目漱石」を中心において、次の6項目をマインドマップでまとめさせよう、というわけだ。

  1. 漱石の経歴
  2. 漱石の作品
  3. 漱石の門人たちについて
  4. 並び称される森鴎外について
  5. 対立した自然主義文学作家について
  6. 同じく反自然主義とされた耽美派白樺派について

こう考えてみると、本当に夏目漱石を中心にして近代文学が次々と関連づけられることが分かる。これをマップで描かせるのは非常によいのではないかな。

 生徒は紙の中央に漱石の顔のイラストを描いたりして、楽しんでいるようだった。よかった、よかった。時間内で終わらなかったのは誤算だったが。それだけ生徒は真剣に取り組んでくれたのだと理解しよう。

[古典]「源氏物語:桐壺」の授業

 2組での授業。「桐壺」の音読を始めた。その後、敬語の確認をさせ、登場人物を紹介し、彼らが敬語レベルでどう扱われているかを確認させた。それを見てみると、桐壺の更衣が周囲から孤立していたことがよく分かる。彼女の同僚である女御や更衣たちは彼女を「おとしめそねみ」するし、帝の寵愛ぶりに上達部たちも目をそばめる。父の大納言は亡くなって後ろ盾はいない。その中での宮仕えである。これはストレスたまるわね。

 そんな話をして授業を終えたところ、生徒が一人「あさきゆめみし」を貸して欲しいと申し出てくれた。いやぁ、嬉しいね。興味を持ってくれたようだ。残念ながら第1巻は貸し出し中なので、戻ってきたら貸すことを約束した。たとえ漫画とはいえ、源氏物語の世界に興味を持ってくれるならば大いに喜ばしいことだと思う。全ては興味を持つことから始まるのだから。

2011-12-15

分散分析って楽しい!? 分散分析って楽しい!?を含むブックマーク

 今日の授業は現代文が2コマ、古典が1コマ。現代文は8組が『こころ』の最後の場面の読み取りを行った。Kの遺書の内容をめぐり、生徒同士で話し合いをさせたりした。だが、他の連絡事項等があり、授業時間がずいぶん少なくなってしまって、予定していた箇所まで進むことができなかった。年内はもう1時間残っているが、それは「点検読書」をさせる予定である。まあ、仕方がないか。

 3組はテスト返却と解説である。やっと採点が終わり、ようやく返すことができた。

 古典は2組での授業。「源氏物語新聞制作」に取りかからせる。その間、『あさきゆめみし』の紹介もした。実物を回覧させもした。しかし、文系なのに反応が鈍かったなぁ。

あさきゆめみし 美麗ケース入り 全7巻文庫セット

あさきゆめみし 美麗ケース入り 全7巻文庫セット

 今は、来週月曜に投稿期限の迫った論文データ処理のやり直しをしている。分散分析を一から勉強し、人に教えてもらい、自分でも必死で考えて、何とか理解はしてきた。だが、分析はツールがあるからできるけれど、この結果の意味はまだよく分かっていない。うーん、それでいいのか?

 まあ、楽しいんだけれどね。データをぐちゃぐちゃいじって、結果が出て来るのは。

2011-12-14

テスト採点とテスト返却…… テスト採点とテスト返却……を含むブックマーク

 今日古典が3コマ。特編授業も今日で終わりである。今日のために昨夜必死になって古典3クラス分の採点を終え、今日はそれを返却した。やれやれ。ここ数日はどんどん睡眠時間が少なくなっている。まだ現代文の採点が2クラス分残っている。これまた、やれやれ。

 そんな中、自宅で採点しているとつい手が「癒し」系に伸びる。私の場合CLAMP漫画に逃避するのです。そして、久しぶりに『こばと。』を眺めていたら、下の本があるのを発見した。何と、本編の後日談が載っているそうではないか。そんなことしている暇はない時ほど、そんなことにはまるのは世の常である。購入して楽しんでいます。

こばと。イラスト&メモリーズ

こばと。イラスト&メモリーズ

 後日談のエピソードがなかなかほんわりしていて楽しい。本編の終わり方はやや強引だった気がしており、アニメの終わり方が『こばと。』にはしっくり来るなと思っていた。その辺りの不満がある程度解消できる。

 先日CLAMPのオフィシャルページを訪れたら、『×××Holic』は完結作品にはなっていないんだよね。これにはびっくり。まだ続く可能性があるのかな。CLAMPには、まだまだ『ツバサ』系のような話をどんどん作って欲しいなぁ。

2011-12-13

統計学は難しい 統計学は難しいを含むブックマーク

 今日は授業は現代文1コマのみ。その授業もテストを返して解説をしていたので、授業としては何も進まなかった。

 現在はただひたすら採点を終えるべく、エネルギーの大半を採点作業に振り向けている。明けても暮れても採点ばかりだ。しかし、そんな時に忙しさは降って湧いてくる。子どもが二人、熱を出してしまった。昨日はそのために午後から休みを取った。今日も早めに帰宅した。これもなかなか大変である

 もう一つ大変なのが、まとめようとしている論文で用いたデータ処理が、どうやら間違えていたようである。統計学の素人中途半端な理解で扱うものだから、大変な間違いをしてしまう。これは困ったものだ。

 様々な方にお聞きしたり、新たに統計学の本を入手したりして対応しようとしている。しかし、採点も進めねばならず、授業もあるし、かなり途方に暮れている。

入門 統計学 −検定から多変量解析・実験計画法まで−

入門 統計学 −検定から多変量解析・実験計画法まで−