2010-02-09
■特編C6日目
ノロ・ウイルスがどうやら一段落したので、今日から復帰する。しかし、まだお腹がゴロゴロしたりする。今年は体調に不安をかかえる2月になったなぁ。
特編は、本来昨日やるはずだった古文の問題を扱う。東北大の模試の過去問である。題材は夜の寝覚。相変わらず難しい。人物関係は単純なのだが、そもそもの背景設定がすぐには頭に入らないことだし、使われている古語も難しい。そこで、その抱き合わせの問題としては筑波大の問題とした。これは伊勢物語から出題されており、これがまた易しいのだ。筑波大は評論・小説が長文で難しめな反面、古典関係は易しく作ってあるのかな。あまりに易しいため、もう一つ、お茶の水女子大の問題も取り扱った。しかし、これは受講している生徒がすでに解いていた過去問だったので、あまり意味がなかったかなぁ。
講習では、文章の前後関係をよく読み取りながら、傍線部分を丹念に口語訳することを教えた。古文の場合は、ほとんどそれを問われているような気がするな。大まかな流れをしっかりとつかむ解釈力と、その流れに沿って背景を踏まえながら指定部分を正確に口語訳する解釈力と、長短二つの力を求めているように思う。そんな意識で練習をしていくと良いのかもしれない。
2010-02-08
■体調を崩していました……
今年はインフルエンザだけではなく、ノロ・ウイルスなるものも流行っているらしい。先日のニュースでは陛下もこのウイルスに感染されたようだ。これはお腹をやられる。お腹が痛み出し、嘔吐・下痢などを引き起こす。3日程度で治るようだが、この間はなかなか苦しい。
最初、子どもがこれにやられた。先週の水曜日の夜に長女がかかってしまった。その後、長男、妻とかかってきた。そして、昨日の日曜日、ついに私のところに回ってきた。昼過ぎから変な腹痛に見舞われた。昼食を摂った後、どうも変だなぁと思っていたら、腹痛がやってきた。これがなかなかに苦しい。妻と子どもたちが午前中に急患に行って薬をもらってきていたが、その妻用の薬をもらって服用したところ、だいぶよくなった。でも、半日はこれでつぶれてしまった。この夜に、一人残っていた次男もやられた。これで家族全員がやられたわけだ。
今日はほぼ快癒した長男を除いて、全員で病院に行く。私の場合は、常備薬が底をついていたのでその補充も兼ねて行ってきた。待つこと1時間半、結局整腸剤だけが追加されて、処方がなされた。うーむ。まあ、読書が進んだからいいんだけれどね。
ということで、今日はお休みを取り、1日中静養していた。まったく今年は喉を痛めたり、ノロ・ウイルスにやられたりと、健康に不安を持たせることばかりが続くなぁ。喉はまだ完治しない。相変わらずかすれ声が続く。まあ、先週よりはしっかりした声が出るようになったけれど、それでもまだかすれ声だ。困ったものだなぁ。
2010-02-04
■特編C4日目
昨夜からの雪がどんどん降り積もり、今朝の新潟市はすごいことになってしまった。新潟市中央区でおそらく積雪30cmくらいになっていただろうか。私の家の前の道路は6mくらいの幅なので、そう簡単には除雪車がやってこない。それでも来てくれるだけありがたいのだが、私や子どもたちが出かける朝はまだ除雪はされていない。しかも、近隣の方々もあまりの雪のために車を使うのを諦めたせいか、車が通った後もほとんどない。もう30〜40cmくらいの新雪が玄関先からずっと大通りに出るまで続いているような感じだ。ここまで雪が降るなんて、新潟市中央区では珍しい。私の子どもの頃くらいに記憶をたどらないと思い浮かべられないほどだ。私は徒歩で学校に行けるのだが、その徒歩でさえも、まともに道がついていないので、いつもよりもずっと時間がかかってしまった。
当然、交通機関はマヒ状態である。バスはまだ動いていたようだが、電車が運休やら遅れやらで目途が立たない。それでも3年生は特編なので、時間変更をすることができず、そのまま通常通りでつっこむことになる。まあ、意外に生徒もけっこう来ていたようで、スタートしてみるとあまり混乱はなかったようだ。
今日は漢文の問題を扱う。東北大オープン模試の問題と北海道大の問題を解かせる。北大は私のクラスの対象大学ではないのだが、難易度的に模試の問題と組み合わせるとちょうどいいのではないかな、と思った。模試の問題も論理的な良問であり、きちんと考えればちゃんと解答を導き出すことができる。しかし、北大の問題レベルだと何だか「ほっ」とする。この感覚がいい。難問をしっかり考え続けていると、それより易しい問題はその先々までがクリアに見えるような感覚を持つことができる。これを手に入れるための演習のような気がする。
それでも、生徒たちにはやはり漢文は難易度が高いのだろうな。その北大の問題の書き下し文問題について生徒が終了後に質問に来たが、漢文の文法的なことを踏まえて考えれば決して読まないような語順で読もうとしていた。いかに基本をしっかりと身につけ、その基本に沿って自分で考えられるか、なのだなぁ。
2010-02-03
■特編C3日目
今日の新潟市は雪が降った。これで3回目かな。道路一面が雪で覆われるのは。新潟市は雪国なので、雪が降るのは当たり前なのだが、それでも雪の間の大半は周囲に雪が積もっていることはまずない。道路はもちろん、屋根の上にも雪が積もっていることなどむしろ珍しいのだ。そのため、こうして雪が降って道路が雪で覆われると、交通機関がマヒする。今日はどうかなぁ、と思っていたが、今のところ大きな混乱はないようだ。まだ今朝はそんなに雪が積もっていないからかな。それとも3回目で、さすがに慣れたか。私自身は通勤時間が1分間ほど延びるかどうか、というところ。すみません、徒歩で5分くらいのところに職場があるのです。こんな環境はもうこれ以降決してないだろうなぁ。
さて、特編Cである。今日は小説を扱う。生徒には、今日はどの分野を扱うかを事前に知らせてあるので、小説の回は出席が少ないかな、と思っていたが、意外に数はほとんど変わらなかった。やはり、小説が必要な大学を希望している生徒がこの講座を選んでいるのだろう。
扱ったものは東北大のオープン模試の過去問からと、大阪大の過去問。昨日と同じ組み合わせである。大阪大のものは年度が違うけれど。そして、この2題は解答するタイプもだいぶ違う。大阪大のものは会話が多く、そのため、設問に対する解答を導き出すのに必要な箇所が傍線部付近に比較的固まっている。ところが東北大模試の問題は会話がほとんどなく、したがって、人物の心情に関する記述もあちこちに散らばっている。これを全部拾い集めて、それらを指定字数内に簡潔に収めなければならない。難易度はこちらの方が数段上である。
そこで、問題解答に際して、こうした2つの方向性があることを教え、具体的に解答を導き出すべき箇所の指摘をして解説をしていった。もちろん、喉のかすれはまだ治っていないので、40分間問題演習させてからの後だけれどね。
喉がなかなか治らないのは困るなぁ。その分、演習があって良いのかもしれないけれど。
■[本]『獣の奏者 I 闘蛇編』
- 作者: 上橋菜穂子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/11/21
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何と、再読である。前回読み終えたのが昨年の11月であった。それから約3か月後に再び読み終えた。これは、最近の私の読書としては珍しいことである。今回はじっくりと読み進めた。そして、感動を新たにした。やはり、「守り人」とは完成度が違う。もちろん「守り人」シリーズも素晴らしいのだが、この『獣の奏者』は物語の流れや文体がまったく自然である。どこにも作為がない。それでいてその世界は現実のどこにもない。相変わらず、凄い世界だ。
2010-02-02
■特編C2日目
今日も14人の生徒が参加した。昨日・今日と私立大の地方試験が行われているらしく、何人かの生徒はそちらに行って受験している。私のクラスにはそうした生徒がいるのかどうか分からないが、果たして明日は人数が増えているのだろうか。
今日は古文の問題演習を行う。使うのはオープン模試と過去問である。今回は大阪大の過去問を使った。模試の過去問も大阪大のものも、どちらも意味をとるのはさほど難しくないと思われたので、45分間時間をとって2題とも解かせた。まあ、私の喉が相変わらずかすれていて、十分に解説をすることができないということも考慮に入れ、なるべく私が声を出す時間を短くしようとしているのだ。その分、解説プリントは気合いを入れて作っている。よって、時間がかかる。堂々巡りである。
それでも終わった後、ある生徒が「さっぱり分からなかった〜」と言っていたのを小耳に挟んだ。うーむ、生徒にとってはこの程度の文章も難しく思うものか。まあ確かに、模試の方はすぐには理解できない文章ではある。私も数回読み返して人物関係を把握することができた。生徒にとっては、なおさらであろう。ならば、分かるまで読むべきである。
■添削指導を受け付けているのだが……
午後は明日の講習の準備をしつつ、生徒から頼まれている問題の添削を少しずつ始める。しかし、生徒は問題を解いた後、自分で自己採点をすることもなく、どーんと私のところに持ってくる。私も応対している時間がないため、そのまま受け取ってしまう。しかし、これはおかしい。まずは生徒自身が採点をすべきだ。そして、解説を読んで、自分なりにどう考えるべきだったのか確認すべきである。それでも納得がいかない時、あるいはどう読み解けば解説のようになるのか分からない時、初めて教師の元に持ってくるべきである。自分が問題を解いて、それをすぐさま教師のところに持ってきても、我々はその解答に対して何をしたらよいのか理解できない。その生徒は何を求めて我々のところに持ってきたのか理解できない。理解できなければ、アドバイスも添削も何もできはしない。
ますは、自分で問題を解いてみること。そして自己採点をしてみること。その上で、分からないところを聞きに来るべきである。自分が何が分からないか分からないのならば、教師のところに持ってくるべきではない。そのことをしっかり言うべきだなぁ。そうでないと生徒自身の勉強にならない。これでは教員の採点能力が増すだけだ。
2010-02-01
■特編Cスタート
今日から特編Cがスタートした。この特編Cは、要するに大学別演習である。国語は東大・京大・一橋大向け、東北大・筑波大向け、北海道大・新潟大向け、私立大向けの4クラスを開講している。なかなか潔いクラス分けでしょ? でも要は、小説の出題があるかないか、が一番大きな区分けの基準だ。
私は東北大・筑波大向けのクラスを担当した。このクラスは唯一小説の出題に対応するクラスである。小説の出題は、実は私の苦手な分野である。しかし、これを得意な人はあまりいないだろうなぁ。生徒も小説問題は決して得意ではない。センター形式ならばともかく、記述式の小説問題は目をつけるところが多くて難しい。まあ、ぼちぼちやっていこう。
生徒の人数は少なかった。14名くらいしかいない。私の最初の目論見では、このクラスが一番選択人数が多くなるのでは、と思っていた。そのために、例年では一緒にしている北海道大をあえて外したのだ。ところが、やはりセンターの結果が思わしくなかったからなのだろう、このクラスよりも北大・新大向けのクラスが一番人数が多い。東大・京大・一橋大向けのクラスも多い。これは理系からの選択者があるからだ。どうも、私の読みは最近は外し気味である。ちょっと自重しなければ。
私のクラスは、今日は評論の問題を扱う。東北大学のオープン模試の過去問を使って演習をする。東北大クラスだと、すでに過去問を生徒が解いている可能性があるので、なるべく模試の過去問を使おうと考えている。評論・古文・小説・漢文の4分野に渡り、それぞれ3回ずつで計12回の予定である。
■喉のトラブルはまだ続く
以上のように思っているのだが、実は喉のトラブルがまだ続いている。土・日とかなり養生して、それほど喉を使わない、つまり話をしないようにしていたのだが、今日になっても相変わらずかすれた声しか出ない。その声で今日の講習をやったのだが、一応声は出るものの、かすれ声のままでずっと話をしていた。もっとも、演習に40分、私の解説が20分程度だったけれどね。
もうどうにもならないほどの喉の状態なので、早めに準備を切り上げて、医者に駆け込む。前の薬に加えて、吸入の薬が出た。そして、「1週間くらいはしゃべらないといいんですけれどねぁ〜」と言われてしまった。もちろん先生は私が教師であることをご存知である。そして、幼稚園の教師や水泳のインストラクターの例を持ち出して、この人たちも喉を痛めた時は治りにくかった、とおっしゃられた。ということは、私の喉も、治りにくくはあるものの、治らないわけじゃないのだ、と理解した。
それにしても、しゃべらない方が良いというのは確かなのだろうなぁ。声帯に傷が付き、振動する部分が白くなっていた。じっくり治したいものだ。そのためには、講習の休講もやむなし、かなぁ。
■『獣の奏者』を読み直す
「守り人」シリーズを読み終え、次は何を読もうかと悩んでいる。番外編の『流れ行く者』を探したのだが、図書館にはなかった。あるいは借り出されていた。仕方なく、文庫にある『バルサの食卓』を注文したが、さてどうしようと悩んでいる。結局、『獣の奏者』を再読することにした。今、闘蛇編を読んでいる。エリンの幼い頃、得にジョウンに養われている頃のことを読んで、不思議に心にじんと来ている。思えば、ジョウンに育てられた時が、エリンにとって一番幸せだったのかも知れない。と同時に、これからのエリンの過酷な運命を切り開く、あるいはその運命を呼び起こすいくつかのエリンの力の源がこの時期に養われたのだ、とも気づく。
読み直してみるのも良いものだ。最初に読んでいた時は速読を心がけていたので、細かい描写の部分は読み飛ばしていたところがあった。
それでも、エリンの母ソヨンが処刑されるところは目を背けたくなる。最初はそこを読まず、後からやや仕方なく読んだほどだ。この物語が、かなり自分の血肉になりつつある。
2010-01-31
■[本]『天と地の守り人』第3部 新ヨゴ皇国編
- 作者: 上橋菜穂子,二木真希子
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 2009/01
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喉を痛めて養生している最中、とうとう読み終えてしまった。この「守り人」シリーズを読み始めてからおよそ2か月。10冊のシリーズを全て読み終えた。そして、この『天と地の守り人』は3部作。これまた勢いづいたように読み終えてしまった。
第3部は、草兵にとられたタンダが戦場で傷つき倒れる場面、アスラとチキサが世話になっている人々が住む四路街の人々が逃げ出した後に炎上する場面、タルシュ帝国の軍隊が新ヨゴ皇国を蹂躙している最中に、チャグムがロタ王国とカンバル王国の軍勢を率いて帰還する場面、彼らの奮戦で二手に分かれていたタルシュ帝国の一翼が破られてしまう場面、チャグムが父帝と再会し、永遠の決別をする場面、さらにナユグの世界での異変の始まり、それによる河の氾濫、それらを予見し、予告する呪術師たちの働き、傷ついたタンダを助け、その愛しい左腕を自ら切り落とすバルサ、引き込まれたタルシュ軍との戦い、そこに起こる河の氾濫、などなどなど、もう息をもつがせぬ展開で、本から手を離すのが難しいほどだった。最後には、チャグムが新しい帝になり、バルサはタンダの待つ家へと帰る。まだまだ彼らの行く末について知りたいことはいくらでもあるのだが、それらを全て包み込んで、大いなる余韻を残して物語は終わった。
うーむ、上橋菜穂子という人は自分の物語をこうした形で終わらせるのが上手だ。まだまだこれからのことを知りたい、という思いにさせる。その点、『獣の奏者』は、ふわりとした形で終わらない。ブツリ、とその想像の持っていきようをなくしてしまうのだからね。それに比べたら、この大きな物語の終わりは非常によいものである。
さて、「守り人」シリーズを読み終えてしまった。次は何を読もうか。まだ、短編集やらはあるのだけれどね。もちろんそれは読むけれど、さて、次は何を読もうか。大きな物語を読み終えた後で、いつも悩むのはそのことだ。
2010-01-30
■特編B終了
木曜、金曜と風邪を引いて喉を痛め、その痛めた喉で大声を出したせいで本格的に喉を痛めてしまった。声が出ない。かすれた声しか出なくなってしまった。風邪の症状はたいしたことはないのだが、声が出ないのは困る。教師の仕事は要するに「話すこと」であるからだ。おかげで、木曜・金曜日の講習はかすれ声のへんてこな授業となってしまった。
木曜日は古文の問題、これは東北大の問題である。出典は源氏物語「柏木」。これは、昨年の受験生は得をしたね。『あさきゆめみし』でも読んでいれば「ああ、あの場面だ」と思い浮かべられるほどはっきりした箇所である。問題自体はまとめるのに難しいものの、内容理解には困らなかったでしょう。
金曜日は評論の問題、これは神戸大の問題である。非常に長い問題文だ。しかも、求める解答も100字だの180字だのと、受験生の気を殺ぐような問題である。しかし、いざ取り組んでみると意外に分かりやすい文章である。そして設問も、関連部分を要約することでけっこうまとめることができる。見かけのハードルは高いものの、実は非常に良問である。生徒にはひるまずにこの問題に挑んで欲しい。
しかし、中には自分は選択肢の設問をする大学しか受験しないからと、問題に取り組むのを端から投げている生徒もいる。あるいは、こうした記述式の問題に向かっていかなければならないのに、気のなさそうにぼんやりと過ごしている生徒もいる。非常に残念である。選択肢問題であっても、記述力が解答を選択する力となる。いわんや、記述式問題に向かうべき者はなおさら、である。特編Bをなめてはいかん。各種の大学の各種の問題に触れて、それに挑戦してこそ、自分の志望する大学の問題を解く力が養われてくるのだ。やらなければ何にもならない。生徒には考え違いをしないでもらいたい。
LHR
昨日は2コマだけ授業を行い、3限はLHRである。2月からは特編Cとなる。これは各大学別の講習となり、出席もとらない。そこで、我が3年1組が一堂に会す、最後から3番目の機会である。後は卒業式予行、そして卒業式しかないのだ。
ところが、この肝心な時に、私の喉はかすれ声しか発しない。いやぁ、困ったこと。でも、その分、生徒は静かに真剣に聞いてくれたようだね。何しろ耳をすまさないと私の声が聞こえないのだから。もちろん、重要な連絡事項は黒板に板書して示したけれどね。
そして、3年間使い続けた個人ロッカーを明け渡す作業をする。このロッカーはまた次の1年生が使う。本校の生徒はロッカーをきれいに使ってくれるので、こうして使い回しが十分にできる。良いことだ。そもそもこのロッカーは、私が前に担任した生徒たちから回ってきたものだ。それをまた、新しい1年生に渡す。なんか、良いね。
■[本]『天と地の守り人』第2部
- 作者: 上橋菜穂子,二木真希子
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 2008/12
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木曜日に病院へ行った、その待合室で読み終えた。チャグムがバルサとともにカンバル国へ行き、カンバル王にロタ国との同盟を結ぶよう説得しようとする話だ。襲ってくる数々の試練、その途中での「ホイ(捨て荷)」の話、そして、その「ホイ」の話を思いついた時、この巻の最終部でチャグムがカンバル王を説得する方法が浮かび上がったと著者はあとがきで書いている。なるほどね、と思う。物語は伏線を緻密に張っていく作り方もあるだろうが、このようにあるエピソードが次のエピソードを産み、結果的に前のエピソードが伏線になるというのはよく分かる。こうした物語の作り方はライティング・ワークショップでも使えそうだなぁ。
というわけで、第9作まで読み終えた。いよいよ最終巻である。
■iPad登場 & Jobs 復活
私が喉を痛めて、その養生に必死になっていた間に、Appleからこれまた魅力的な製品が出ていた。iPadかぁ、いいなぁ。
というのは、このiPadが、やはりAppleの「netbook」なのだ、とそのJobsのキーノートを観ていて思ったからだ。iPad用にチューンされたiWorkも発表された。そして、キーボードと一体化されたDockも。これらを組み合わせることで、十分に仕事でも使えるマシンになるだろう。MicroSoftのOfficeが動けば、もっとそうなるだろうけれどね。ただ、それではAppleの目指している方向性とは違ってしまうか。
この革新的デバイスが499米ドルとは恐れ入った。日本円にして5万円を切る。これは魅力的だなぁ。
Jobsのキーノートを観ていて、嬉しくなった。彼が公の席で再びキーノートを行うのは、多くの人が待ち望んでいたことだ。大病を患い、それを克服して、再び聴衆の前に依然と同じようにジーンズと黒シャツで現れた彼。今回のキーノートは、iPadの発表とともに、Jobsの復活が大きいのではないかな。
2010-01-27
■特編B7日目
今日は評論。千葉大学の問題である。千葉大学といえば、ちょっと私の学年にとっては思い出があって、「千葉、千葉、千葉!」の千葉大学である(分かる人しか分かりませんね……)。(^_^;) ところが、どうしてどうして。なかなか良い問題を出題する。
内容は「『自然』について」という文章で、これはきれいに二項対立で整理できるものである。それを使って、まとめるべき所も分かりやすい。それでも、それをまとめるのは難しいと思うけれどね。
今週に入ってからは、先週と同じように他社の解答例を比較させながら生徒に示しているが、先週のように解答同士の違いに着目させることはしていない。解答の間に多少の違いはあるものの、まとめるべき方向は比較的すっきりと分かるような問題が多いからである。やはり、いい問題は扱いやすい。解答するのは難しいだろうけれど。
■小論文講習会
毎年恒例の、3年生向け小論文講習会が行われた。今年もG社の先生をお招きし、ガンガンと小論文のトレンドを講義していただいた。
この講習は、小論文の問題が扱っている社会問題について、その社会問題がつまりは社会の変化を扱っていることを明確に理解させてくれる。そして、その社会の変化の中でも、「格差」の問題とそれに続く「承認」を求める動きへ、そして「グローバリズム」の問題とそれに続く「異文化」「日本・日本人論」の流れへと、社会の動きを明確に解説し、具体的な問題例を紹介してくださった。いやぁ、毎回ながら参考になるなぁ。と同時に、この社会の向かっていく方向について暗澹たる思いにもとらわれる。
今回はほぼ予定通りの1時間半余りでひとまずは終了した。その後、質問を受けてくださった。生徒からは、ある一人の生徒を中心に、けっこう次々と質問の手が上がり、全部で6つの質問が出ただろうか。非常に活発な時間となった。しかも、その質問の一つ一つが的を射ているものだったり、切実な悩みを示しているものだったり、大変に質の高いものだった。いやはや、こうした質問ができる彼らは、やはり大したものだと思う。
そんなこんなで、講習内容も素晴らしかったし、質問と応答も素晴らしかったし、時間は延長されたが非常に有意義な会だった。
2010-01-26
■[本]『天と地の守り人』第一部 ロタ王国編
- 作者: 上橋菜穂子,二木真希子
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 2008/09
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第7作目の『蒼路の旅人』を読み終えてから3時間。何と、次の『天と地の守り人』第1部を読み終えてしまった。いやぁ、我ながらびっくりした。
これは第8作目。前作でロタ王国を目指して海を泳いでいったチャグム皇太子をバルサは追いかける。そして、チャグムがたどり着いたスーアン大領主の館での闘いや、ヒュウゴとの出会い、カシャル(猟犬)の女頭領の家に案内され、チャグムが無事イーサム殿下のもとへたどり着いていることを知り、いったんはチャグム追跡の旅を終えようとする。しかし、刺客が放たれていることを知って再び彼を追い、イーサム殿下のもとまでたどり着いて、さらにチャグムがカンバル王国へ出発したことを知ってその後を追う。そして、刺客との死闘の末、ついにチャグムと再開するのだ。そして、これからはチャグムとともにカンバル王国へ旅立とうとする。
ここまで一気に読み進めてしまった。なかなか本を置くことができなかった。物語がどんどん加速し、バルサの行く先々でチャグムが先に出立をし、また次第にチャグムに危機が迫っていることを感じさせられて、いても立ってもいられないような状態であった。読み終えて、バルサが無事チャグムと再開することができて、ほっとした。
いやはや、1冊の本をここまで集中して読んだのは久しぶりだ。本当は生徒の持ってきた問題の添削をしなければならなかったのだが……、まあ、いいか。
■特編B6日目
今日は古文の問題。大阪府立大学の問題である。大阪府立大学の問題など、こんな機会でもなければなかなかお目にかかるものではない。しかし、これがまた良問である。問題の解法自体は非常に単純で明快である。傍線部について答えるためには、それが説明されている箇所を探し、とにかくそこを口語訳すればいい。こうした設問の傾向は、東大やら京大やらにも共通するものだ。
解法は非常に単純なのだが、この説明されている箇所を口語訳するというのが至難の業なのだ。文法的にどうのこうのということではない。背景となる状況や前後関係から理解すべき状況やらを十分に踏まえて、文章内容を深く理解した上で口語訳をしないと、そもそも何を言っているのか分からない解答となる。いやはや、これは良問である。このように、まっとうに頭を働かせて解答にたどり着かせるというのが良問だと思うなぁ。その頭の働かせ方の深さが深遠であればあるほど、良問だと思う。
たとえば、次の和歌の解釈である。出典は「讃岐典侍日記」である。
周防の内侍、後冷泉院におくれまゐらせて、後三条院より、七月七日に参るべきよし、おほせられたりけるに、
天の川おなじ流れと聞きながら渡らんことはなほぞ悲しき
とよみけんこそ、げにとおぼゆれ。
むろん、リード文やら、この前の部分の文脈やらはあるけれど、この「おなじ流れ」から天皇の血統を思いつけ、というのはなかなかのものだ。いいなぁ、いい問題だなぁ。好きだなぁ、こういうの。
2010-01-25
■特編B5日目
今日は評論の問題である。北海道大学の問題だ。今週1週間は評論と古文の問題を交互に解く予定である。
評論の問題はさすがにしっかりしている。今回の特編では旺文社と学燈社の解答例を紹介して、使用している教材の解答例と比較させている。記述式の問題は解答の一言一句が重要なのではなく、押さえるべきポイントをおさえ、それを適切な日本語でつないでいくことが必要なことを生徒に理解させたいからだ。そうした他の解答例を見ていると、良くできた問題というのはおのずから解答に含めるべきポイントがちゃんと絞られてくることがよく分かる。解答の言葉遣いはいろいろあっても、要は言いたいことはみな同じになるのだ。
今回の北海道大学の問題も、そういう意味ではいい問題だった。3社の解答例にほとんどブレがない。若干ブレた所は私が解説をしておいた。そのせいか、解説を終えた後、10分ほど時間が余ってしまった。これは良くなかったね。生徒は勉強ができるのだから、特に構わないだろうけれどね。
■面談、面談、面談……
午前の3コマが終わった後、午後はひたすら面談をしていたような気がする。生徒の親からの電話も受けたり、先に予約をしていた生徒との面談をしたり、急に面談を求めたり、国語の問題について質問をしたりする生徒がひっきりなしにやってきて、ようやく息をつけた時は会議が始まる5分前くらいだった。
その会議は生徒の出願先についての検討会議。他の先生方といろいろと相談をする。一人で抱え込んでいないで、多くの人と情報を共有するのはよいことである。
明日の予習に取りかかれたのは5時を過ぎてからかな。やれやれ。こんな日々がこれからもまた続くのだろうな。
■[本]『蒼路の旅人』
- 作者: 上橋菜穂子,佐竹美保
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 2008/07
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「守り人」シリーズ第7冊目。今度はチャグム皇太子の物語である。チャグムが罠と知りつつサンガル王国の救出に向かい、その中でタルシュ帝国にとらえられ、その都に行き、そこで故国新ヨゴ皇国を属国にするという使命を帯びて帰され、その帰路で、第2の解決の道を求めて新しい歩みを踏み出す姿が描かれている。これまでにない、なかなかに重苦しい世界である。全編のほとんどが海の上での話だし、海の上というのは船以外の世界がないからね。しかもチャグムはその半分くらいは捕虜として連行されているので、なおさらだ。しかし、その中で彼は皇太子という運命に抗うものではなく、故国の人々の幸せのために自らの選び取れる道を行く者へと変化を遂げている。確かに、この本のラストシーンは、暗鬱な雰囲気が立ちこめる中にあって、一筋の光のようである。
物語もいよいよ最終の話に入ってくる。楽しみである。
2010-01-24
■昨日はセンター結果説明会
昨日はセンター試験の結果を受けて、その全体の動向と個人成績の返却を行った。生徒を学校に来させ、縷々説明する。
その後は個人面談。これが最も重要な個人面談だ。生徒の国公立の出願先を決定する面談となる。3年前はこの面談に時間を十分にかけ、土曜日1日と日曜日の午前まで行っていた。しかし、今回は1回目は早く終わらせて、時間がかかる生徒は2回目を別に設けよう、ということになった。ずっと待たされる生徒は大変だものね。ということで、目標は午前中に全員の生徒と面談するということになった。
しかし、やはりそれは無茶苦茶なもの。確かに早く終わる生徒はいるが、じっくりと話をしなければならない者もおり、それは十分に時間をかけるべきである。そのため、予定していた午前中ではとうてい終わらず、午後にも延長した。さらに2回目の面談を希望していた生徒とも引き続き話をし、結局終わったのは午後4時くらいかな。もうしまいには喉が痛くなってきた。
それでも、生徒は事前に自分の情報をつかんでいたらしく、生徒の方からこのようにしますと行ってきた者が比較的多かった。最初から、いったいどうしましょう? と聞いてくるような者はあまりいなかった。これは少し拍子抜けしたとともに、ありがたかった。何しろ自分の進路である。担任と面談するくらいで左右されてたまるものか、と思う。我々ができるのは出願先決定の参考となる情報を提供することだけ。その先を決めるのは生徒自身である。そして、決めたならば、その結果についても責任を取るのは自分自身である。我々はその手助けができる程度。生徒にはたくましく自分の道を選んでいって欲しい。
そう考えると、3年前はずいぶん彼らの人生に介入しすぎてしまったかなぁ。まあ、理系と文系という違いもあるだろうが。理系の場合、国公立が主体の出願先選びということになるので、特に医学部の場合は全国展開をして可能性を探らなければならない。でも、その点文系は、ある場合国公立よりも私立が主体ということさえ起こるから、出願先にあまり全国展開する意味がない。もう大体が地元か関東圏ということになる。
何はともあれ、これでほぼ出願先は決まった。後は頑張ってもらうだけだ。
2010-01-22
■特編B4日目
今日は小説の問題を取り上げる。筑波大学の問題で、「かさぶたまぶた」という小説だ。
今回の問題は設問においても、解答においても、そんなに問題はない。解答には100字やら140字やらを要求されるので、解答の骨格を確定しつつ、どの要素を使ってどのように肉付けをしていくか、という点に留意すべきである。その点を話し、解答の骨格としてどのようなポイントが必要かを解説においては確認する。100字前後の解答を書くためには、このように解答の骨格を確認しておかないと、必要なポイントを見落とすことが良くある。そして、1つのポイントを不必要に肉付けして要求字数を満たそうとしてしまうのだ。1つのポイントは概ね20〜30字程度である。100字という字数制限があれば、それは3〜4ポイントを含めよということを暗に要求している。そうしたことに意識的でありつつ、問題は解かなければならない。
記述式問題を解くには、身につけておくべき能力・技術があるということに、今回気づきつつある。これはなかなか面白いテーマだ。
2010-01-21
■特編B3日目
今日の扱った問題は古文。三重大学の問題を取り上げる。これは「文机談」と「風姿花伝」の2つを比較して、そこにある幼児期における芸事の習い始めの扱い方について共通点と相違点を述べる、というのがメインの問題である。なかなか意欲的な、良い問題だ。ただ、文章自体はさほど難しくもなく、文法的な問題もほとんど問題にならない。この程度が入試問題なら、むしろセンター試験の方がもっと難しい。と思っていたら、三重大学はセンター試験と同じく評論・小説・古文・漢文の4分野の記述式問題を80分で解かせている、とのことである。うーむ、それならば一つ一つは易しくないととても解けないね。いずれにせよ、二つの文章を比較する問題はなかなか秀逸である。
しかし、それだけではとうてい65分授業は持たないので、もう一つ、金沢大学の問題も解かせることにした。これは悪人であっても、他人の命が危険になる場面に遭遇した時、思わず人間の善性が表れる、という例を2つ並べている話である。これまた内容をとらえるのには非常に易しい文章だ。どちらも、結局今日は記述式の答えをいかに作り上げるか、の練習となった。
私自身も当然授業の予習としてこれらの問題を解いているのだが、その時感じることは、本文を読み、設問を確認して、解答の方向性を頭に思い浮かべることまでは簡単なのだが、それを文章として表す際に非常に困難さを覚えるのである。だいたい、入試問題の解答は、それがいかに長くとも、100字前後のものなら1文で書く。この100字前後の1文というのは、かなりプレッシャーのかかる作文である。通常、文章を書くときは1文=1アイディアが原則であり、多くのアイディアがある場合はそれだけの文を書いて、接続詞等でつなげていけばよい。しかし、入試問題の場合は1文で書く。つまりその文は複文になるわけだ。論理のきちんと通っている複文を作り上げるのはかなりの力業である。そこで、設問を読んで、解答の方向性を確認して、さあ解答を書くぞ! というところまで来て、それから後の作業量の大きさにしばしば絶句することがある。これは、書き慣れていなければ、もっとシビアな条件の本番の試験ではまともな解答が作成できないね。また、解答作成という作業量の大きさにびびってしまい、本文の読解で見落とす点が発生しやすい。含めるべきポイントを含み忘れてしまうのだ。いやはや、記述式問題の演習は頭を使う。非常によい「国語」の演習だ。
これは普段からもっともっともっと、「書くこと」の練習を積み重ねている必要があるね。少々の文章なら平気で書けるほどの練習量を普段から積んでおかないと、こうした記述式問題を解くという時になって苦労をすることになる。国語の授業は絶対に「読むこと」に偏重してはいけない。それは、大学入試を突破させるというためにも必要なことだ。
私はこうしてほぼ毎日blogを更新しているので、文章を書くことにはかなり慣れているつもりである。その私でさえ困難さを覚えるのだから、まして生徒はどうだろうか、と思う。あっ、でも私の場合、blogはコンピュータで作成するので、手書きで文章を書くということに抵抗感を感じているだけかも知れないけれど……。今度、コンピュータを使って問題を解いてみようか…?
■留学中の生徒からの手紙
私のクラスには昨年の8月にアメリカへ留学した生徒がいる。今年の6月に帰ってくる予定である。その生徒から私やクラス宛に手紙と写真が来た。
その中で、彼女のアメリカでの生活がなかなか分かりやすく書いてある。彼女はあちらでも高校3年生だそうなのだが、51分授業×7コマという時程なのだそうだ。51分という時間はどこから来ているのだろう? もしかして9分間が休憩時間なのかな。あちらの高校はおそらく生徒は毎回教室を移動するのだろうが、あまり休憩時間に余裕はなく、教室移動とトイレ程度しかできないと本で読んだことがある。それは、授業が自由な雰囲気の中で行われるので、その中で十分に緊張をほぐすことができるのだろう。日本のように、授業中に緊張を強いられるような環境ではないのだろうね。私も一度、ぜひ欧米の授業の実際を見てみたいなぁ。
送られた写真には、彼女が友人とともにボーリングに興じている姿も映っていた。アメリカでもボーリングをやっているんだ! と、何故か単純に興味深かった。
■センター試験結果説明会
今日、各社予備校が一斉にセンター試験の結果説明会を開いた。私はベネッセの説明会に行ってきた。その内容は、もちろん書かない。明後日の土曜日に、生徒にじっくり話してやるつもりである。
この種の説明会に行くと思うのだが、パワーポイントで資料を映し出す意味があるのかな? 同じ資料は手元にあるし、書くスライドに書かれた内容についての説明は1分間あるかないかである。40〜50枚ほどあるスライドに書かれた内容をおよそ45分間で説明する。聞いている私は、顔を上げる暇さえほとんどないくらいである。手元の資料に必死になってマーカーで線を引いたり、話された重要な内容を書き込むくらいが精一杯だ。
何か、プレゼンテーションの根本的な方法を間違えているように思うのだけれどなぁ……。これまた、国語力の問題だが。
2010-01-20
■特編B2日目
今日は小説の問題を扱う。広島大学の問題で、佐藤春夫の「蝗の大旅行」という、エッセイ風の小説である。
この問題も、傍線部分をどうとらえるかという問題を考えなければならない設問がある。「本当の童話」という箇所について、それはどういう意味かと聞く設問があるのだ。この「本当の」という言葉には「true=真の」という意味と「real=現実の」という意味の2つの解釈ができると思う。そのどちらに立つかによって、解答の方向性も変わってくる。現に、扱っている問題集の解答例と某社から出ている入試問題集の解答例とは、見事にこの「true」で解釈しているものと「real」で解釈しているものと2つに分かれているのだ。
これは面白い問題だと思って、生徒にひとしきり考えさせ、互いに意見を交換させた後で、手を挙げさせてみた。そうすると、使っている問題集の解答例が採用している「true」で解釈した者は数人にとどまり、別の解答例のように「real」で解釈した者は数十人に上った。なるほどね。
ちなみに、私自身は「real」で解釈した。なぜなら、一般的に「童話」とは小動物などが主人公となり、擬人化された小動物が様々な冒険をする、というパターンが多いが、このエッセイでは現実の蝗が出てきて、それに対して想像力を働かせているのは作者の方であるからだ。
だからといって、これを「true」と解釈することを間違っているとは思わない。そういう解釈もあり得ると思う。特にこのエッセイの場合、「true」と「real」とを決定づける根拠が文中に記されているかというと、私の見る限り存在しない。それならば、どちらの解釈も成り立つだろう。
こうした、どちらかよく分からないテーマは、実は国語の授業で扱う問題として非常に適切である。生徒は自分なりの根拠を設定し、それを踏まえて自分の意見を述べるという訓練になるからだ。解答の道すじの決まっている、そして答えるべき問題が自明で、解答も明白な問題など、実は「問題」とも言えない。そんなのは「知的ゲーム」である。本当の(trueの)問題とは、そもそも何が問題なのか分からない問題である。問題がどこにあるのか分からない問題である。そして、その解決法も分からない問題である。世の中にはそうした問題の方が遙かに多い。そして、それに立ち向かい、じっくりと問題に取り組んで解決していくのが「学問」なのだ。あるいは、「人が生きていく」ということそのものだ。
生徒にはそうした問題に立ち向かって欲しい。解答冊子を見れば答えが分かるような問題など考えるに値しない。真の問題に取り組んで欲しい。特編Bは、そんなことを訴えながら進めていこう。
■生徒の相談を3件ほど
午後は出願指導と銘打ち、様々な生徒からの相談に応じる時間である。とはいえ、センターの結果がまだ出ていない段階では、出願指導といってもたいしたことはできない。しかし、今日は数人の生徒が「国語の指導」を受けに来てくれた。
文系の他のクラスの者だったり、理系のクラスで私大入試に国語が必要な者だったり、私のクラスで、入試準備のために東京の予備校に行かなければならない者だったり……。それらの生徒が国語の学習法の相談やら小論文の対策やらを聞きに来た。はい、その手の学習法についてのアドバイスは得意中の得意です。
ただ、結局最後には「問題をバンバン解いて、持っておいで」ということになる。こうして自分で自分の首を絞めることになる……。やっていけるかな?
2010-01-19
■特編Bスタート
今日から特編Bが始まった。この特編Bというのは、要するに大学入試演習の授業である。特に2次試験での科目を中心に、午前3コマで終わる。文系の場合、国語、英語、地歴の3科目だ。
国語は文系の4クラスのみに授業が設けられている。3年生の国語を担当している者は4人。よって、一人1クラスずつ、毎日出て行って授業をする、ということになる。私は文系の担任なので、自分のクラスの1組の国語を担当する。これから来週の金曜日までの9日間、毎日自分のクラスに出るわけだ。これは実は非常に特殊な状況である。今までは多くても週に3コマの授業が最大だった。それが、毎日自分のクラスに出る。果たしてどんなことになっちゃうのだろうか、とちょっと心配である。
授業は、夏に配布してある入試問題を集めた問題集のうち、この特編Bのために割り当てておいた問題を、1日1題ずつ授業中に解いて解説をする、という形で行う。今日は水村美苗の文章による評論の問題である。
さて、この授業では久しぶりに記述式の問題を解くことになる。この1か月ほど、ずっとセンター形式の問題を解きまくっていた。その頭にとって、記述式の問題は全く別の頭の部分を使うような感じだ。
センター形式の問題は、選択肢自体が問題文の理解を促してくれることが多々あった。そのために、かなり長めな文章を高速で読み解くことができる。また、選択肢問題は基本的に「文章に何が書いてあるか」を探すだけの問題だ、と言える。まあ、今回のセンター試験ではそれだけではない設問もあったけれどね。基本的には書いてあることを探す、という作業である。
しかし、記述式の問題に答えることはそれとは違う。まず、作題者は何を問おうとしているのかをしっかり把握しなければならない。さらに、示された傍線部が何を言おうとしているのか、何が不明な点なのかを確認する必要がある。そして、それを説明するための材料を文章の他の部分やら常識として知っていることやらから持ってこなければならない。最後に、それらの材料を指定字数に入るように文章の形で提示しなければならないのだ。センター形式の問題とは解決するためのステップ数がまるで違う。センター形式は、言ってみれば1ステップで解答にたどり着く。しかし、記述式問題は4ステップほどあるのだ。
授業のために当然自分でも問題を解いてみる。いやぁ、私自身もセンター形式の問題を1か月ほど解き続けていたので、記述式問題を解くための頭の部分が凝り固まっている気がする。なかなかすぐに解答を作成することができない。これは十分にリハビリして頭を解きほぐし、記述式問題を解ける頭をもう一度作り上げていかなければならない。
そこで、授業では、単に時間を与えて問題を解かせて解説する、という流れを取らないことにした。時間を与えて問題を解かせるが、その後の解説では、生徒が今の問題を解くに当たってどう考えるべきなのかを生徒同士でできるだけ確認し合うようにした。今日の評論におけるテーマは「作題者が何を求めているのかを、しっかり確認しよう」というものである。今回使用したのは津田塾大の問題である。その設問の仕方がちょっと独特である。その問いかけ方において、解答者はどんな答えを要求されているのか、どの範囲まで考えて答えるべきなのか、ということがすぐに分からないような設問である。傍線が引かれている箇所は対比の形が入っている部分である。その対比を踏まえて解答すべきなのかどうか、という問題だ。通常、対比をきちんと踏まえて答えるべきである。しかし、指定された字数を考えると、なかなか微妙である。ちょうど入りそうな、あるいははみ出そうな、そんな字数なのだ。
そこで、生徒には、対比を踏まえた解答例と対比を入れていない解答例の両方を示して、どちらが自分の解答の方向性と同じものかを確認させた。そして、どちらの方向性で解答すべきなのかを考えさせたり、隣同士で話し合わせたりした。私の結論は、はっきり決めることはできないが、対比構造を入れた方が良いのではないか、ということを示す。
この授業で目論んでいたのは、私の結論を示すことではない。作題者の意図を自分なりに考える、ということである。作題者の意図に対する考えとして様々な可能性があるのだ、ということを示し、それを決定していくのは自分自身である、ということを理解して欲しかったのである。問題を解く、というのは結局そういうことだよね。作題者の意図が多少曖昧な場合、何について答えるかを決めるのは解答者だけである。自分が最大限理解して考えた解答の方向性を、しっかり定めて解答していく。問題に解答するということは、なかなかにダイナミックな作業なのである。
2010-01-18
■センター自己採点
昨日までのセンター試験が終わり、今日は自己採点である。生徒たちは学校に来て、自己採点をし、各種会社へ送るためのデータを記入する。
何しろミスが許されない。いままで、同じことの作業を2回、練習として行ったが、そのどれもミスが目立っていた。今回はノーミスで行きたい。まあ、結果的に完璧ではなかったが、それでも今までよりは個数が少なかったろう。しかし、どうしてこうしたミスが繰り返し起こるかなぁ?
センター試験の結果は……、これは業者からの集計結果が出るのを待とう。多少のデータは得ているが、やはり全国集計をしたものでなければ早々に判断をすることはできない。
■今年のセンター試験〈国語〉
今年の国語はなかなか驚かされた。漢文に目新しい出題の仕方が2つも採用されていた。1つは表を使って比喩の対応を答えさせるもの、もう1つは本文中に紹介されている題名の漢詩を問題文中に出題し、現代語訳は示されているものの、その漢詩についての鑑賞を問うものであった。自分で問題を解きながら感動してしまった。こんな出題の仕方もあるんだ! と思った。
全体として古典が難しかったのではないか。古文が、なかなか意味のとりにくい本文であり、和歌が6首入っていたが、その全ての解釈を問うものがあった。さらに現代文にも、選択肢の判断に時間がかかる問いが目立った。結果として時間配分が難しく、問題を解いている内に残り時間がどんどん足りなくなって、焦った受験生が多いのではないか。
さて、いったいどんな結果になるんでしょう? 楽しみであるとともに、心配でもある。
2010-01-17
■大学入試センター試験2日目
センター試験2日目である。でも、私は昨日のようには試験会場には行かない。おそらく、本校の教員の中で行く人はいないだろう。1日目だけでも顔を見せれば十分である。生徒は一人でやっていける。また、やっていってもらわなければならない。いつまでも我々に頼っていては困るのだ。まあ、他の学校では今日も横断幕を掲げている所もあるんだろうなぁ。
国語の問題は、これから解いてみようと思うのだが、漢文に新しい出題形式が出されていた。これには生徒も面食らったろうなぁ。でも、おそらく十分に対応できるだろう。
さて、明日は自己採点である。生徒たちはどんな顔で登校してくるだろうか。できれば無理にでも、笑顔でいて欲しいものだ。
■[本]『神の守り人』
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シリーズの第5・6作、『神の守り人』上・下巻を読み終えた。年越しで読んでいたことになるかな。
物語世界はますます広がりを見せている。久しぶりに女用心棒のバルサが活躍をする巻である。強大な力を持とうとする人間の性は変わらないものなのだと改めて思わせられた。
しかし、この物語はまだ先がありそうな気がする。サーダ・タルハマヤを自らのうちに封印したまま、アスラは目覚めぬままだし、シハナもまた逃げたままである。それに、この神的なものを内に宿すという主題は『精霊の守り人』でもそうだし、『虚空の旅人』でも用いられてきたテーマだ。それらはみな一応の解決を見てきたのに、このアスラの場合は未解決である。
これが、最終話である『天と地の守り人』で結びついてくるのかな? 楽しみなことである。
2010-01-16
■大学入試センター試験第1日目
センター試験が始まった。天候を非常に心配していたのだが、新潟市は曇り。私は7時30分頃の電車に乗って会場に向かったが、空には晴れ間が出ており、そのうち空が晴れ上がってきて暖かな日差しが差し込んできた。何とも素晴らしいセンター日和である。これなら天候による遅延などという恐れは全くなさそうだ。
本当はもっと早く出ようと思っていたのだが、会場の外でずっと立ちっぱなしになることを考えて、重装備の服装で臨もうとして準備が遅くなってしまった。私が新潟大学の正門に着いた頃には、もう他の担任団や管理職などはほとんど顔を揃えていた。本校の旗が翻るその場所に赴くまでに、他校やら進学塾やらの教員たちが左右に分かれてずらりと並んでいる中を通っていく。あれは良くないよ。生徒たちはかえって圧迫されて心理的動揺を起こす。
教師たちが会場に待ちかまえて、通りかかった生徒を呼び止め、やれガンバレだの、チョコレートやら携帯カイロやらを配っている。全く愚かな行為である。憎むべき行為である。一大決戦に臨む時に、そんな訳の分からないことで気持ちを揺り動かさないでくれ、と私は思う。しかし、他の担任団と一緒に渡されたチョコレートを持って並び、そして本校の生徒の顔を見ると、不思議と手招きをして生徒の手の中にあふれるばかりのチョコレートを押しつけている自分がいる。うーーーーーむ。これが担任という人種の性なのでしょうかね。(^_^;)
私自身は、自分が共通一次を受験した時、やはり担任に会った。会場の雪道を歩いていると、担任がいて軽く会釈をした。声もかけられなかったし、もちろんチョコレートなどもらいもしなかった。しかし、あの時の担任の顔は不思議としっかり覚えている。「ああ、来てくれたんだ、」という思いをやっぱりするんだね。だから、自分の生徒たちが受験するのなら、顔を見せには行ってやりたい。自分が経験した素敵なことは、生徒たちにも経験させてやりたい。それが私の基本的な態度だ。でも、今現在のようにあそこまでエスカレートするとどんなものだろうか。だから私は甲子園の応援が嫌いなんだ。
ともあれ、けっこう多くの生徒に会うことができた。でも数十人程度かな。我々がいる場所を知らせていなかったし、正門以外の所から入った者も多いのだろう。我々ができるのは、まさにここまで。この会場から一歩先は、まさしく生徒たち自身が道を切り開いていくしかないのだ。多くの生徒たちに声をかけたように、「頑張れ」。その一言である。
2010-01-15
■特編A最終日
今日はセンター試験前日。ということは、特編Aの最終日である。特編A、つまりセンター演習は18日間にわたったわけだが、ついにここまで来たか。
センター前日なので、今日は午前中の3コマのみ。ところが、私はその3コマ全部が埋まっているという、昨日とはうって変わった状況となった。1・2組は最後に残っていたセンター演習用の教材をやる。小説と古文の組み合わせである。この教材は、私は少々やられてしまった。大きく失点した。でも、午前2時過ぎに問題を解いていたからね。宜なるかな、としておこう。生徒の様子はどうだろうか。最終日なので得点分析表は回収しなかったのだが。明日のセンター試験に向けて、少しでも参考になってくれればいいなぁ。
9組は教材をすでに全部終えているので、私の方で問題を用意する。評論と古文の問題である。評論は、この1月に入ってからの演習では調子がよいが、やはりしっかりと確認しておかなければね。そして、4つの分野で一番得点率が低いのが古文であった。そこで、基本をもう一度しっかり確認できるような問題をやらせる。これで勢いづいて、明日を迎えてくれると良いなぁ。そして、9組は国語の授業としては最後である。理系はこれ以降、国語の授業がなくなるのだ。彼らにありがとうと伝える。3年間、ともに学び、いろいろに試させてもらった。本当にありがたいことだ。
■直前LHR
3限の後、すぐにLHRを行う。センター試験に向けて最後の確認をする。何しろ、単なる通過点であるとはいえ、大きな試練だからね。少しでも生徒たちがスムースに受験できるよう、良く確認しておく。その後で、私のクラスの恒例行事をする。机を後ろに下げさせ、全員で肩を組んで円陣を作り、気合いを入れるのだ。まず私、次に級長、副級長、そして連合長、副連合長に声をかけさせる。わざわざこんなことをする必要もないかも知れないが、たとえ形だけでも「全員で」困難に向かうんだ、という気持ちをもって欲しいのだ。一人では不安に思うことであっても、37人が力を合わせれば不安が37分の1になってくれる。そんな思いを込めて、彼らを励まして送り出した。
さあ、明日はセンター試験。天候が守られるように。そして、生徒一人一人が普段の力を遺憾なく発揮してくれるように、祈るばかりである。
2010-01-14
■特編A17日目
今日は9組の授業1コマのみ。「えっ、それじゃぁえらく暇だったでしょ?」と思う皆さん、教員の仕事現場はそんなものじゃありません。今日ほど忙しい日もそうそうなかった。
授業の準備はほぼ昨日のうちに終えてある。しかし、問題解説のプリントを作るために授業前は忙殺される。それが終わった後、生徒の調査書作り。
そして、明日配る学年だよりを作り始める。私は学年だより作成の担当である。そして、センター試験がいよいよ近づいてきたこの3日間、毎日学年だよりを作ることになったのだ。今日も配布をした。これは、学年団の先生一人一人が生徒へ激励メッセージを送るもの。これはある意味、作成が簡単である。大元の原稿を校内LANのフォルダに入れておき、生成型一人一人にアクセスしてもらって、自分のメッセージを書き込ませるのである。おかげで私はレイアウトだけを調整すればよい。ずいぶんたくさんの先生方がメッセージを寄せてくれた。ありがたい。転勤していった旧担任と旧副任にもメールでメッセージをもらう。これまたありがたい。生徒諸君、一人一人の先生方の熱いメッセージが載せられているのだよ。心して読んで欲しい。
その後で9組の授業。小説と古文の組み合わせの回である。これで、生徒に購入させたセンター用の教材は全て終わった。生徒の得点を見ると、評論・小説は順調に来ているが、古文がまだまだだなぁ。まだまだなんて、もはや言っていられないのだけれどね。評論・小説の出来に比べ、古文はやはり弱い。まあ、これは一長一短で何とかなる性質のものではないから、少しでもあがくことが出来るようにアドバイスするだけである。
その後、9組は明日も授業があるので、生徒に解かせる問題を別に用意する。これの原稿を作成し、さあ印刷するぞ、と思っていたが、放課後は会議が入ってしまった。この会議が思った以上に長引いた。予定外だった。
会議が終わった後、必死で印刷をする。9組用の教材と明日配布する学年だよりである。全く、私は良く印刷室にこもっているよなぁ。
2010-01-13
■特編A16日目
今日は1日中忙しい日だった。まずは授業。同僚の授業を1クラス分受け持ってから、毎日3クラス出ることになった。その内2クラスが2時間連続の授業である。これをそのままの形で6限までの枠にはめ込むと、もう私に空き時間がなくなってしまう。そこで、2時間連続の授業を1・2限と2・3限にして、2限時には最初に2組の演習をスタートさせ、そのすぐ後で1組の始めさせていた演習を終わらせて解説する、という形にした。80分間演習をさせているからできる技である。その代わり、1〜3限は目まぐるしい時間帯となった。その中で、LHRに使う学年だよりを印刷したり、授業での解説プリントを印刷したりする。目が回るのも当然である。
そして最後に9組の授業。このクラスは昨日に2時間連続を終えているので、今日は昨日の1・2組で行った問題を解かせる。特に評論が比較的易しい問題で、生徒はまあうまく解けていただろう。
■センター試験激励会
今日のメイン・イベントはこの「激励会」である。毎年、センター直前に激励会を開き、センター試験を迎えようとしている3年生の緊張をほぐすために、また鼓舞するために、会を開いている。何をするかというと、3年生担任が一人一人壇に上り、激励の言葉をかけたりするのである。しかし、激励の言葉も大事だが、生徒に緊張をほぐすためのものも良いと思う。そこで例年、この会では3年生担任の「芸」を披露する場合が多い。私は密かに、「3年生担任による『新春隠し芸大会』」と呼んでいる。
今日もバラエティに富んだ出し物となった。ただ、学年部長より「一人3分以内」という厳しい枠がはめられていたので、あまり存分に芸を出し切れない様子だったね。まあ、3分間制限なんてどこ吹く風と話し続けていた方も(若干)いたけれどね。(^_^)
歌あり、ストレッチ体操あり、話あり……、そのうちギターを弾いた方もおられた。生徒を笑わせるのが上手な方もいる。皆さん、大した役者である。中にも、「男はつらいよ」の映画にエキストラとして出演したという方がいたのにはびっくり。そんな中、私は応援歌を歌った。本校には応援歌がいくつかあるが、私が学生だった頃にあった歌がいくつか消えてしまっている。伝統として長く受け継いでもらいたいのに、何の理由か消えてしまっている歌があるのだ。私はそれを残念だと常々思っていたので、これを機会に生徒に披露した。あわせて生徒への応援にもなるしね。まあ、もう一つの歌は……。これはその場にいた人のお楽しみである。
いやぁ、今日は新潟市は強風+吹雪で、交通機関が止まり、生徒の中には学校に来られない者もいた。その生徒は、残念だったねぇー。この激励会はまさに3年間に1回だけのスペシャル・イベントである。それを見ることができなかったのは、本当に返す返すも残念であると言わざるを得ない。
最後は応援歌で締めくくった。いい会となった。
2010-01-12
■東京に行っていました
連休であった。この連休は、毎年恒例になっている東京での聖書学び会に参加してきた。日曜日と月曜日である。今年も家族全員で参加することができた。ただ、そのように決めたのは後のことで、最初は私一人で行くつもりであった。そのため、私は集会の皆さんと行動をともにし、家族はパック旅行で行くということになってしまった。
さて、家族は日曜日の朝6時から出発した。まだまだ真っ暗な中、幼い子どもたちはよく起きて旅立ってくれた。おかげで我々の負担はだいぶ少なくなった。妻に後で話を聞くと、子どもたちは幼稚園児も含めて新幹線の中では一睡もしなかったのだそうだ。そして、東京の集会に出席した途端に眠ってしまったのだとか。彼らは本当に新幹線が好きだね。
私は午後3時40分頃の新幹線に乗る。私は、ここ連日の夜中までの作業による寝不足を少しでも解消するため、新幹線の中ではなるべく眠るようにした。おかげで、この日の夜の学び会は、体調は万全であった。
幸いな1日目の学び会だった。二人の兄弟が立ち、クリスチャンの生活が聖められなければならないこと、そして兄弟姉妹が互いに愛し合うべきことを教えられた。今回はこのクリスチャンの歩みの聖別というテーマがずっと鳴り響いていた学び会となった。
その夜は兄弟姉妹と一緒にホテルに泊まる。しかし、どうしてホテルというのはああ暑いのだろう? 翌日のために早く休もうとしたのだが、ベッドに入っても暑くて、結局なかなか眠れなかった。これが、翌日の絶不調の原因となったのだろう。
翌11日は一日中学び会である。5人の兄弟によって、様々な方面から聖書のみことばが学ばれた。みことばを宣べ伝えるべきことについて、みことばを信じるべきことについて、午前中に学ばれた。午後の最初は福音集会である。放蕩息子の箇所から福音が語られた。そして再び学び会。イエス様の行われた「五千人の給食」の奇跡について、その中でも少年の役割について学ばれた。最後は次世代の若い兄弟姉妹の成長について学ばれた。幸いな学びの数々であった。
しかし、この午後あたりから私の体調が変調を来す。倦怠感と動悸・息切れがやってきたのである。そのために、午後は話された内容があまり十分に頭に入らなかった。また、帰途についたが、新幹線の中でほとんど眠っていた。昨夜の寝不足が影響したかなぁ。
というわけで、幸いだったものの、個人的には不全感の残る今年の東京の聖書学び会であった。
■特編A15日目
同じ3年生を担当している同僚の家庭に不幸があったため、その方の授業の半分を代行する。そのため、今日は5コマ中4コマの授業となってしまった。1組と2組での授業、そして9組は2時間続きの授業である。1組と2組はどちらも同じ内容で問題を解く。出来はほぼ同じくらい。評論と漢文の組み合わせだったのだが、漢文が今ひとつである。漢文はともかく対比関係があれば、それを手がかりにして文章内容を類推して把握するのが一番である。今回は漢詩が出題されていた。これも重要である。
9組は2時間続きの授業とし、80分間を通しで行い、評論・小説・古文・漢文の4分野を本番と同じようにして解く、という回とした。どのクラスもこうした回を1回だけ設けてある。そのため、内容は1組や2組とは違うものとする。1、2組で扱ったものよりも少し難しいものだと思う。生徒は一生懸命取り組んでくれた。その後の私の解説がどうも間延びしたもので、良くなかったなぁ。これは改善しなければ。
2010-01-08
■特編A14日目
今日は9組の1コマのみ。小説と古文の組み合わせの問題演習を行う。
生徒の得点を集計してみると、やはり古文が弱いことがよく分かる。今回の問題は近世の随筆である。確かに、作者の視点でのみ話が展開する文章で、ストーリーがなく、他の登場人物とのダイナミックなやりとりがない。それでいて和歌の引用やら、和歌を踏まえた表現のやりとりなどがあり、形容詞の意味の取り方も文脈でもって判断していかなければならないものばかりだ。何しろ出だしがよく分からない。選択肢を見ることでようやく理解が進むほどである。これは難しいわ。
でも、やはり基本の適用しかない。演習で自分に弱点を知り、それを補強する。少しでも補強する。古文単語をもう一度確認したり、識別の法則をもう一度確認したり、ただもうそれだけしかない。そして、次の問題演習をする。それしかなかろう。
センター試験まであと1週間だ。いよいよここまで来たか、というところだ。生徒は不安に思っている者も多いだろう。なかなか思い通りに点数が上がらないだろうし、出来具合もあまり改善されない。しかし、考えてみると、それは3年前の生徒も同じような状態だったことを思い出す。彼らも、演習を始めた時に出来の良かった者はそのままずっと高得点を取り続けていたし、今ひとつの出来だった者はやはりそのままだった。1か月くらいではそう簡単に国語の力そのものが劇的に改善する、ということはないのだろう。
では、何のための演習か? それはただ、問題の形式になれる、ということだ。センター試験の、あの80分にしては長い分量の文章と問題とを読み解き、解き続ける力。それは今まで経験してきた記述式問題を解くことや、定期考査問題を解くこととは全く違うことだ。別の力が必要とされる。速く、しかも正確に読む力である。そして、要点を見つけ出す力と、それを選択肢と照合する力である。それらを身につけ、高めるために、1か月という時間は確かに必要だ。
何はともあれ、生徒の健闘を祈るばかりである。やれることしかできないのだよ。恐れず、ひるまずに、挑戦していけば良いのさ。
2010-01-07
■特編A13日目
今日は1組と9組の2クラスの授業があった。1月は某社の直前予想問題を用いて、センター演習をしている。1組は小説・古文の組み合わせ、9組は評論・漢文の組み合わせである。
今回も生徒に解答させた後、自己採点をさせ、その結果を報告させている。それで見る限り、12月とそれほど変わってはいないようだ。いろいろと解説をしたり、補助プリントを配布したりしているが、そう簡単に効果は現れない。まあ、焦ることなく、地道に問題演習を重ね、自分の解答の問題点をチェックし続けていく以外にないのだろうね。
特編の時間は、こちらの仕事量は非常に多くなるのだが、生徒への効果はあまり少ないように感じる。問題演習をさせ、その問題および解答についての解説をする、というだけだからだろうか。生徒自身が自分の読み方の癖に気づき、自らそれを改善していくという方法がないものだろうか。
■調査書作成が佳境……(>_<)
センターが近くなり、生徒の調査書作成依頼が殺到するようになった。文系の生徒は私立大を受ける者が多く、そうすると一人が依頼してくる調査書の数もべらぼうなものになる。多い者で10通を超える。今日は全部で50通以上を一度に作成した。いやはや疲れました。何が疲れたって、印鑑を押すことである。公印と私の印鑑を押すのだが、50通以上もハンコを突き続けていると、いい加減に手が痛くなる。その上、それを封筒に入れ、封をし……。結局1時間以上かかったかな。途中休みましたけれどね。
ということで、それぞれの担任がほとんど命を削って(いや、ちょっと大げさかな)作成した調査書である。生徒諸君よ、心して出願するのだよ。
2010-01-06
■特編A12日目
相変わらずの「泥縄」状態である。昨夜も今日のセンター演習の準備で時間を費やし、真夜中になっても終わらなかった。そして今夜も、明日の準備をしようとしている。特編に入ると、ほぼ毎日新しい問題を解いて明日に備えなければならないので、このようになる。普段の授業の時なら、1つ準備すれば3日くらいはそれで授業できるからね。特編期間は生徒も大変だろうが、教員も大変である。
さらにそれに拍車をかけているのが調査書発行作業である。昨日、ようやく何とか全員分の調査書の原稿を書き終えた。しかし誤字・脱字のチェックはまだだ。今日、依頼されていた分を発行しようとして原稿をチェックして誤字に気づき、修正してからコピーする。この作業を今しばらく続けなければならないだろう。それでも原稿は一応できたから、まあ良しとするか。
毎日余裕のない日々が続く。3年前の時より周りが見えるので、まだそんなに焦る気持ちはない。でも、忙しさは日々こたえる。年はとっているからね。そうか、3年前は私は45歳だったんだ……。
■[本]『虚空の旅人』
- 作者: 上橋菜穂子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/07/29
- メディア: 文庫
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「守り人」シリーズの読書は続いている。これは4作目。主人公がバルサから新ヨゴ皇国の皇太子となったチャグムに変わっている。バルサは全く登場しない。作者も、これは外伝になるなと思いながら書いていたが、逆にこの作品が書かれることによって、このシリーズが10巻ものの大長編へと発展していったんだそうな。本作を読む限り、まだその展望は得られないが、この話が「守り人」シリーズとどう関わっていくのか、楽しみに読み進めていこう。
チャグムは皇太子の職務を守りながら、同時にその職務に縛られるのを苦しく思っている少年である。その彼がどのようにして巻き込まれた事件を解きほぐしていくのか、なかなか話は動かなかった。しかし、前作で魂となって駆けめぐった体験を活かして事に当たったのは意外でもあり、また面白かった。皇太子でありながら魂の闘いをするわけだ。この、立場にそぐわない働きをした彼が今後どうなっていくか、楽しみである。
解説にあるように、この「守り人」シリーズは男女の性差が反転させられているという指摘には、なるほどと思った。さあ、これが次作でどう展開されるのか、楽しみである。
2010-01-04
■今年の仕事が始動!
今日から仕事。3年生も始動である。3年生は今日・明日とマーク模試を使った最後の実践的演習である。2日間、本番と同じ順番で買い取ったマーク模試を解かせる。
おそらく生徒たちは昨日までずっとバリバリでエンジンを吹かしていたから、今日1日のマーク模試演習も別にたいしたことはないだろう。しかし、短いとはいえ仕事とは別の作業に没頭していた私にとっては、今日の日程はけっこう辛かった。でも、ちょうど良い慣らし運転だったと言えるかも知れない。模擬試験の監督ということで、問題冊子を配布し、始めとやめの合図をする。それだけである。簡単そうでしょ? でも、その間に教務室に戻り、ひたすら調査書を作成している身としては、この細切れの時間のためになかなか仕事に集中できなくて困った。それでもあと数人のところまで来たから、まあ良かったと言えるかな。
■お悩み相談を受ける
今日の日程が終わった後、一人の生徒が私を訪ねてくる。国語のセンター問題が解けない、と言うのだ。この生徒は11月頃にも、また冬季講習前にも私のところに相談に来て、現代文、特に評論の問題が読み取れないという悩みを訴えていた。私は参考書を紹介したり、二項対立で読み解く方法を伝授したりした。そして、冬季講習でも二項対立を意識して読み解く方法を具体的に示してアドバイスをした。生徒はその方法を休み中に忠実にやってみたようである。また、同時に参考書に記されていることも意識して解いてみたそうだ。しかし、今日の模試では文章に何が書いてあるのかさっぱり読み取れなかった、というのだ。
これは、本人も言っていた通り、様々な方法論は頭にあるものの、それを全部当てはめようとしてかえって文章の言わんとすることが読み取れなくなっている状態であろう。あれもこれもと詰め込むあまり、本来の文章読解ができなくなってしまったのだ。これは真面目な生徒だからこそ、起こりうる状態であろう。
そこで、もう方法はシンプルに一つだけにするようアドバイスした。そして、最初に夏休みの時点で自分なりに文章を読み取り、そこそこ理解できていた方法をもう一度やってみることを勧めた。それは、「しかし」などの逆接の接続詞や「つまり」などのまとめの接続詞に注意しつつ、重要と思った箇所に傍線を引いていく、というものである。接続詞に注目するのはとてもよい。それで文章の構造がつかめる。そして、重要箇所に傍線を引くこともよい。それに加えて、その傍線を、筆者の主張と一般の主張という2つの対立構造を意識して引くように、と勧めた。
世の中には文章読解のための様々な方法を紹介するものがある。どれも、その人にとっては自信のある方法論なのだろう。しかし、結局は自分自身が「これだ!」と思う読解方法を見つければよいのである。自分なりの道具を手に入れたら、もう愚直にそれを使い回すのが一番よい。自分がつかんだ方法が、自分に一番しっくり来るのは言うまでもない。
さて、この生徒はこれからどうなるかな。あと約10日間。要するに「自信」を持てればよいと思う。頑張って欲しい。
■Wii見参!
いやぁ、ようやくWiiを開封し、テレビにつなぎました。まったく、日本広しといえども、元旦の1日に購入してから今日までの3日間、Wiiを開封しなかった家庭というのは我が家くらいのものじゃないかな。何しろ、購入当日の1日は妻の弟が急に泊まることになり、その対応で時間がなかった。2日、3日は息子たちが宿題を終えることができず、ずっとお預け状態だった。やっと今日、私の帰宅後にテレビにつないだのだ。実は、我が家はゲーム専用機などというものはなくても全く問題ないんじゃないかな。
とはいえ、家族全員の似顔絵を作成したり、インターネットに接続したり、などの設定をするのに時間がかかり、結局今日はゲームを起動させずに終わった。「Wii Sports Resort」とか「どうぶつの森」とかを用意してあるのにね。やっぱり我が家は、ちょっと「変」である。
2010-01-02
■明けましておめでとうございます
1日遅れですが、今年もよろしくお願いいたします。
昨日は我が家には珍しく元日早々買い物に行った。別に福袋が目的なのではない。私はあの福袋というものを買おうという気には全くならない。だって、何が入っているかわからないものにどうして1万円やら5千円やらを払えるのだろう? 中に入っているものが自分の欲しいものではなかったらどうするのだろう? と毎年不思議でならない。
というわけで、今日の買い物は目的があった。一つは今日のための準備。そしてもう一つは、何と我が人生初の「ゲーム機」を買うためである。私はずっと子どもたちにゲーム機を禁じてきた。ゲームをするくらいなら本を読んで欲しいと思っている。また、ゲームというのはたまにするから良いのであって、あんなものが家にあったらのめり込むに決まっている、と考えている。現に私自身がのめり込んだ経験がある。いや、あれは危ない。しかし、そういって子どもたちにずっと我慢させてきたのだから、まあいいんじゃない? という我が妻の意見により、長男が俄然乗り気になってしまった。これを抑えるのは至難の業であった。ということで、やむなくというか、本心では私もちょっと楽しみというか、買ってしまいました。某○天堂のWi○である。
ところが、買ったはいいけれど、その後ドタバタして、結局当日は開封せずにすました。今日現在まだ開封していない。全く、珍しい扱いだね。
ドタバタしたというのは、その夕方にクリスチャンの若夫婦を家にお呼びしていたのだ。こちらには生後1か月の赤ちゃんがいて、その子も一緒に我が家に来ていただいた。いやはや、1か月の子がこんなに小さいものかね。5年前は私も同じ状況だったのに、もう忘れてしまった。子どもは早く成長して欲しいと願うせいか、生まれたばかりの時はあまり覚えていないものだ。
その後、酒田に聖書の学びに行っていた妻の弟が、電車が動かないということで急きょ我が家にお泊まりとなった。これらのことで、ドタバタと元日の1日は過ぎていった。
■聖書学び会
明けて2日は、新潟の聖書学び会である。今年は東京と名古屋からそれぞれクリスチャンの兄弟をお招きし、それぞれ2回ずつ聖書の学びをしていただいた。お一人は油注がれた方としてのイエス様についてと謙遜になられたイエス様についての学びであった。もうお一人はダニエル書から試練とその対処について、そして信仰を次の世代に引き継ぐ際の注意点について学んでくださった。どちらも大変分かりやすく、また教えられたこと、考えさせられたことが多くあった。幸いな1日だった。
いやぁ、今日は本当に充実していたなぁ。
2009-12-31
■今年最後の日が過ぎていく…
今年最後の日である。我が家は大掃除などというものもない。いや、しなきゃいけないんですけれどね。あまりに未整理のものがあり、大掃除なんていうレベルじゃ追いつかない状態なのだ。そこで、昨日に客を迎えるために家中に掃除機をかけたりしたので、まあそれで良いか、というわけだ。
そこで今日は相変わらずな冬休みを過ごしている。つまり、息子たちの勉強を見る。といっても、小学6年生の長男は自分で勝手にやろうとして、結果的にできない。小学1年生の次男は学校からのプリントを母親に叱られながら始め、そして私が時々怒鳴りながら尻を叩く。彼は国語はなかなか良い線を行っているのだが、算数がからっきしだめである。そんな風にしていたら、年中の長女が私の隣に座って、しまじろうのお勉強系テキストを引っ張り出してきて、読んでくれという。最初を読み始めて、これはテキストだと知ると、彼女は私の隣でいろいろと問題を解き始めた。時々問題の意味が分からないことがあったが、それでもちゃんと解答にたどり着く。いやぁ、たいしたもんだと思った。門前の小僧ならぬ、門前の小娘であろうか。しかも、兄たちが10数分やるともう飽きてしまうのに、彼女はテキストの問題を解き始めた後は、次男がひとまずプリントを終えてDVDを観ると言い出すまでずっと解答を続けていた。うーむ、将来が楽しみかな?
そのように子どもの勉強を見てやる前に、私は妻に怒鳴られている。私がiPhoneをいじっていて、その後で眠くなり横になってしまったからだ。私のそうした態度を発見した時の彼女の対応は非常に手厳しい。追及の手を一瞬たりともやめることなく、ひたすら私を言葉で締め上げていく。こちらは反撃する気力も失せてしまうので、渋々彼女の意図に従うことになるのだ。毎回のこの行事が、今年の最後にも繰り広げられるとは……。
というわけで、大晦日は普段通りのあまり変わり映えのないままで過ごした。今年1年はまたいろいろなことがあった。3年生の担任となり、彼らを何とかここまで導いてきた。3年生の国語の成績が下がり気味なのがちょっと心配なのだが、もはやここまで来たら特別なことはすまい。ひたすら今まで通りの指導をくり返すのみ。生徒諸君はひたすら今まで通り問題演習をし、基礎・基本をチェックしていけばよい。
私も自分自身の基礎・基本をチェックすべきだなぁ。私の信仰、私の研究、私の教育、それらの基礎・基本をもう一度しっかりと確認して、新たな1年に向けて踏み出していきたい。
しかし、この冬休みでぜひともやらなければならない3つの大事業のうち、まだ1つしか終えていない。やれやれ。新年早々、頑張れ、俺!
2009-12-30
■[本]今年読んだ本
今年の年間読了冊数は33冊であった。余りの少なさに呆然としている。しかもこの数字は、『1Q84』のように上・下巻になっているものを2巻とカウントしての数字である。まあ、時間の大半を読書に捧げられない身としては仕方がないのかも知れないが、それにしても少ないなぁ。年間100冊が理想だが、せめて50冊は超えたいものだ。
さて、今年読んだ本の中で心に残っているものを挙げてみよう。
まずは最近ずっと読み続けている『精霊の守り人』を始とする「守り人」シリーズ。今、第4巻の『虚空の旅人』を読んでいる。感心するのは、その世界観の確かさだ。ファンタジーはこのように全くの想像に過ぎないのに、どんな現実世界よりもずっとリアルにその世界を頭の中に立ち上げてくれる。そこに吹く風を感じさせてくれるのが、ファンタジーの醍醐味である。
同様に『獣の奏者』1〜4巻も忘れられない。近年の中で最も実り多いファンタジーだ。第4巻のラストにはまだ違和感があるが、それでもあのリアルさは素晴らしいの言葉のみである。昨日、今日とカレンダーを入手するために何と初めて紀伊國屋書店に行った。新潟市内で移転したのだが、3年くらい前だよね。やっと行くことができて、前の店よりもずっと親近感があってよい感じだ。その中でも『獣の奏者』シリーズは大きく取り上げてディスプレイされていた。確かに、本当に多くの人に読まれるべき本だ。
続いて『日本辺境論』や『街場の教育論』などの内田樹の本だ。どの本も読んでいるこちらの拠って立つ根本をぐらぐらと揺り動かしてくれる快感を味わわせてくれる。
さらに『世界は分けてもわからない』や『動的平衡』などの福岡伸一の本だ。これは極上のエッセイである。しかもこのエッセイは正確な科学的思考を背景としている。筆者の中で科学と人文学のたぐいまれなるコラボレーションが実現している。福岡伸一の本を読むたびにそれを味わうことができる。
『銀文字聖書の謎』も素晴らしかった。西洋世界史の中でも古代から中世にかけての歴史、その中で生きた人々、信仰を表明した人々の姿がこれまた今現在生きているように伝えてくれた。
とどめは『1Q84』である。これを語らずして今年の読書は語れない。賛否両論は様々あろうが、私にとってはこの小説は本当に小説読みの楽しさを満喫できた第一の小説である。村上春樹の筆力はいつでも私を異次元に連れて行ってくれる。しかも村上春樹の特徴は、その異次元が我々の世界とかなり近いところにあることをまざまざと感じさせることにある。この小説はそうした村上春樹の特長が遺憾なく発揮されたものだ。ほんのちょっとしたことで異次元へと入り込む主人公たち。しかし、その異世界こそが真実の世界かも知れない。そうした空恐ろしさを感じさせつつ、物語は圧倒的な力で私を先のページへと運んでくれた。素晴らしい小説だ。