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2008-04-24
光市母子殺害事件雑感2.5題
遺族感情
殺人事件の被告が死刑となる条件の一つに「遺族感情」があった点について以下のようなことを考えた。
(1)遺族の悲しみが大きければ大きいほど重い刑を課するべきというのであれば、遺族のいない人、例えば天涯孤独の人やホームレスの人を殺した場合は家族のいる人を殺した場合より軽い罪ですむ、ということになると思うのだが、それでよいのだろうか。
また、家族のいる人でもあまり愛されていなかった人、「あの人がいなくなって正直せいせいしました」と言われるような人を殺した場合は軽い刑ですむ、ということになるがそれでよいのだろうか。
「死刑判決について」(@kmoriのネタままプログラミング日記4/22付)
判決を含む法解釈・運用は民主政国家においては大衆の認識に左右されるとwebmasterは考えていますので、となるとここでkmori58さんがご心配になっているような状況はならないであろうと予測いたします。裁判所にしても、たとえば犯行の罪質,動機,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には,死刑の選択をするほかない*
との差し戻した最高裁が示した基準を見ても「各般の情状を併せ考察」するのであって、「遺族の被害感情」をかくかくしかじかと計測して、それがどの程度であったら何点(で、各事情の合計点が何点以上であれば死刑)だなんてルールにはなっていません。
スコアリングは極論としても、遺族感情を言うにもかかわらず、
- 本件被害者には配偶者以外の遺族もいらっしゃいます(後述の「光市報道」を検証する会による「関連資料」には被害者の母親のインタビューが出てきますので、少なくとも母親はいらっしゃいますし、その他にもきっといらっしゃるでしょう)が、そうした方々の感情はどうなのか?
- 他の殺人事件の被害者の遺族が事件によって受けた傷に比べ、本件被害者の遺族は事件によって受けた精神的傷は有意に深かったのか?
ということすら検証されていないのはおかしな話。良くも悪くも、kmori58さんが危惧されるような因果関係を導き出せるような程度に達する話ではないのです。
もっと言えば、本件と同質の事件において遺族がいないから、あるいは遺族が本件ほどには傷ついていなさそうだから死刑でなく無期懲役、という判決が出るとは想像できません。仮に本音では裁判官がそういう心証を得て無期懲役が適当と判断したところで、判決文では反省が見られるとか本件ほどには執拗・残虐ではないという理由にするのでしょうね。
メディア批判
朝日の記者が記者会見でした質問への批判が2ちゃんねるで盛り上がっているようですが、それほど問題のある質問なのでしょうか? 少なくとも「死刑に対するハードルが下がった」という質問における認識に対して「今までの裁判であれば、18歳と30日、死者は2名、無期で決まり、それに合わせて判決文を書いていくのが当たり前だったと思います。そこを今回、乗り越えた」との答えにおける認識はきちんと対応しています。先に取り上げた最高裁判決は小法廷のもの、つまり最高裁は判例変更と認めているわけではないので、問答の当事者である両者の認識が妥当かどうかの議論はあるにせよ、両者の間ではズレはありません。
それよりも本件においてなされるべきメディア批判は、一方の視点に傾斜した姿勢で構成し、証言の一部分のみを都合よく切り取り、第三者のコメントを装って実は公平でない見解を散りばめるようになされた報道に対するものでしょう。「光市報道」を検証する会による関連資料には、そのような報道をするとしてよく批判されるテレビ朝日の報道ステーションをはじめ、18番組の内容が詳しく紹介されています。
その内容は「検証する会」の一方的な非難とはいえず、第三者機関であるBPOが出した光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見においても、ほぼすべての番組が、「被告・弁護団」対「被害者遺族」という対立構造を描き、前者の荒唐無稽さと異様さに反発し、後者に共感する内容だった*
(VII.おわりに)とされています。
メディアは多くの場合において「売れる」ネタを「売れる」方法でしか扱わないと見るwebmasterにとっては至極当たり前のことで、ああまたやっぱりというだけです。しかし、ネタが中国や韓国などの場合においては必ずといっていいほどこの手の報道に噛み付き、メディアリテラシがどうのこうのと主張する人々が本件を問題視しないのはどういうことなのでしょう? 人間が持てる興味関心の量は限られていますから、ネタとして興味が持てないというのであれば仕方のない話ですが、ハードル云々に噛み付く程度には興味関心があるようで、ならばよほどこちらをこそ問題とする方が常日頃の言動と整合的であるはずなのに。
蛇足
本件に関するwebmasterの感想? 「責任主義の再検討?」(2007/12/23付)をご覧いただければ。 現時点では、これに付け加えるべき感想を持ってはいません。
- 51 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20080424/p1
- 42 http://www.nnistar.com/
- 28 http://b.hatena.ne.jp/t/bewaad
- 27 http://reader.livedoor.com/reader/
- 22 http://ezsch.ezweb.ne.jp/search/?sr=0101&query=光市母子殺害 意見
- 20 http://d.hatena.ne.jp/kmori58/
- 20 http://ezsch.ezweb.ne.jp/search/ezGoogleMain.php?query=光市母子殺人事件&start-index=4&adpage=3&mode=02
- 18 http://b.hatena.ne.jp/keyword/bewaad
- 18 http://b.hatena.ne.jp/t/光市母子殺害事件
- 12 http://b.hatena.ne.jp/hotentry/diary