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2008-08-25
医療関連のコメント用エントリ
前回のエントリのコメント欄がかなりの程度埋まってきたので、以後はこちらにお願いいたしたく存じます。なお、前回のエントリで紹介すべきだったのにし忘れてしまった前々回エントリにて表示されていないコメントを本エントリにて掲載させていただきます。本来webmasterが誰よりも気がつくべきところ、DoukiHousouさんのコメントを拝見してはじめて気がつきました。大変失礼いたしました。
表示されない前々回エントリにいただいたコメント
澤田石 順
『OguraHideoさん、コメントありがとうございました。医師数増員に反対したのは医師全体の利益を全く代表することができない日本医師会の一部であり、そのような人たちが医師数抑制政策を1980年代から主導したのではないこと、これは歴史的な事実です。まあ、このことは主題とは関係ないのでいいのです。重要な問題提起をいたします。
▼飲酒運転は意志により回避できる、飲酒運転が違法である
法律は一般的抽象的な規範を定めるわけですが、飲酒運転禁止の法規定はかなり具体的個別的です。酒を飲んで運転することが違法か否か迷う人がいたら、警察に電話して尋ねることができます。警察は法律違反だと教えるでしょう。
ところが、医療はこれとはまったくことなります。手術中に問題に直面して複数の選択枝があり、迷うときに、現場の医師らが警察や裁判所に電話しても正しい選択枝を教えることができません。学会のエライ先生に電話したとて、それは同じことです。
ところが複数の選択枝から、現場の医師らが最良であろうと迷いつつ決定して、結果が悪いとどうなることがしばしばか。云うまでもなく、「予見可能性、結果回避可能性、結果回避義務」などの私からみたら馬鹿げた言葉遊びでもって、刑事訴追されたり、不法行為やら債務不履行などの抽象概念を不当に適用されて民事賠償請求されているわけです。
(ここでは単純ミス(明白なミス)のことを話題としません。)
私が固く確信していることがあります。医療者は患者や家族に成人の99%の人々が明確に理解できる言葉使いで語らねばならないと。医療についての司法介入の妥当性に関する議論も、成人の99%が理解できる言葉使いでなければならないと強く主張します。法律の前に慣習や常識がなければなりません。法律は最低限のルールに関するもので、慣習や常識ないしは良識は、法律よりも範囲が広く、時に厳しく、時に不当で、多くは具体的個別的ですよね。
医療現場でさんざんまよったあげく、一つの選択をした場合、結果が悪いときに、刑事・民事裁判となつて当然という主張をする方にいつもいってます。予見可能性などの法律的言葉ではなく、現実生活に即した言葉でその妥当性を語ってくださいと。医療の結果を法的に問うことが好きな法律家で説得力ある説明ができた方を私は知りません。医療刑事裁判は明白なシロ以外は黒、つまり推定有罪の世界に私にはみえます。例えば、カルテに書いてないことは、存在しないという推定もそうです。
』
DoukiHousou
『>Nazo_Gen(2008/08/19 10:37)さんOguraHideo(2008/08/18 08:17)さんは、町村先生のブログ
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2005/07/news_410c.html
で投稿した「謎の現職」さんとあなたを混同しただけだと思います。
「私たちは、誤りも犯すし、成長もする。」
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2006/11/post_88aa.html
と弁護士小倉秀雄先生もおっしゃっていますから、他人の犯した誤りには寛大になりましょう。
KHAN
『刑事と民事との違いはありますが、過失責任を一部解除した法律の例として>失火ノ責任ニ関スル法律
と言うものがあります。法律の初学者向けの解説とすれば、
民事の一般原則として、過失によって他人に損害を与えた場合には、民法709条によって損害賠償責任を負うのですが、火事については、軽微な過失については、その損害賠償責任を負わなくてもよいです(ただし、重大な過失があれば、損害賠償責任を負います)
という内容の法律です。この法律の例を引けば、
『免責すべき過失の内容と範囲』
が確定すれば、「医療過誤の責任に関する法律」という新規立法で(軽)過失責任を免責する立法は可能でしょう。
事実の範囲の確定は医療側に、その事実を法律に「コーディングCoding」するのは法律家(あるいは厚生労働省の役人)の役目でしょう。
で、B級勤務医さんの5分類による(2)と(4)については、
・医療関係者の保険
・健康保険からの支弁
・行政からの見舞金
というような形で手当てするしかないのではと思います。
確か、医師側から、無過失責任による見舞金制度というようなことが提案されていたと記憶していますが、そのような制度を真剣に考えるべきでしょう。そして、そのような提案が医者側からなされているということは、医者の良心として評価したいと思います。(1)については、真実を究明できる場が現時点では裁判しかない(と思われている)ことです。これは、刑事手続への被害者参加制度にも関連することです。
昔なら、
・医療では、自宅で最期を迎え、「お迎えが来た」という一言ですんだでしょうし、
・犯罪被害者なら、事情通の村の顔役から「裁判外」で事の真相を知る
ということで、担保されていたのでしょうが、病院で死んでいく人や村落共同体が崩壊の危機に瀕している現在では、裁判に「事実究明」の役割を求めざるを得ません。
このような社会構造の変化を考慮に入れなければ、第2第3の大野病院裁判や光市事件の弁護団バッシングも起きるでしょう。それを避けるためには、裁判外で事実究明がなされ、それに被害者がアクセスできる制度を医療過誤、刑事手続にかんして、創設する必要があります。ここから、感想
医師にとって死は日常なのかもしれませんが、現代の一般人にとっては「非日常」の最たるものでしょう。挑発的にいえば、医療にとって、患者の死は統計上の数字にしか過ぎませんが、関係者にとってはきわめて特別な(比較のしようのない)出来事です。
その差異を患者側、医療側双方が理解し、歩み寄らなければ、今回のような医者と患者とのすれ違いという不幸な事件は亡くならないと思います。』
- 91 http://www.yabelab.net/ogura-watch/2008/08/27-194057.php
- 13 http://www.yabelab.net/ogura-watch/blog/
- 11 http://www.google.co.jp/bookmarks/lookup?hl=ja&q=&start=0&cd=bkmk&sig=41MCR-9P6spS_st97KBTyg&day=10&month=8&yr=2008&bkmk=1
- 10 http://reader.livedoor.com/reader/
- 5 http://www.google.co.jp/reader/view/?hl=ja&tab=wy
- 4 http://d.hatena.ne.jp/
- 4 http://www.google.co.jp/bookmarks/lookup?q=label:*&hl=ja
- 4 http://www.google.com/bookmarks/?hl=ja
- 4 http://www.google.com/reader/view/
- 3 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20080820/p1