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大広孝日誌

2018-07-10

2018年6月

06:24 |

6/30・土

 今日もかんかん照り。家人の症状はまあまあ落ち着く。昨日は入院するぐらいの勢いであった。一種のノイローゼだな。午後登院。すると土曜の今日もリハビリへ。一応三メートルは歩けた。何とか回復基調にはある。以後はプロ野球などを見ながら老家人を見守る。こういう場合の個室はいいな。病室は涼しいし。ただバスとトイレは全くの不使用。勿体ないこと夥しい。バストイレ無しの二万円安い部屋があったのに。四時半頃退出。近くの鶏屋でローストチキンを購入。家人にはコンビニの素麺。五時過ぎから好き勝手に飲み始めた。こうして六月も終了す。


6/29・金

 家人の咳は続き、今日も吾人が登院す。丁度入浴中であった。既にあばらも出、随分と細くなった肢体ではもう二足歩行は不可能だな。見ているだけで何だか悲しいね。昼はスイートポテト味のゼリーと魚のすり身。前者は150キロカロリーに容量アップ。一応完食す。また食べたくなさそうな後者も看護師さんによって口に放り込まれていた(三分の一程度)。併し老家人は何もしてない筈なのに草臥れて草臥れて眠たくて眠たくて仕様がない様。永続的な睡眠が近づいている。此の間、吾人は怒鳴り続けて覚醒させていたが、昼過ぎには寝かし付けて退出す。

 異様に暑く、夏空が広がる。どういう訳だか関東だけが梅雨明け。午後はエアコンを点ける。電力節約の為、下らないテレビは消灯しラジオに交代。家人は夕方発熱。風邪がぶり返した模様。但しあの内科医には掛かりたくないよう。吾人が前前から指摘した通り、当該医師は文字通りの藪であるな。ところで藪医者の語源には諸説あるようだが、吾人としては先を見通す能力のない医者と言う定義を採用している。藪に目を奪われ、年寄りの数日先の姿も予想できないのでは家庭医というものは務まらない。今回の件で家人も漸く分かったよう(ナトリウムの低下傾向などは実は随分前から出ていた)。吾人ももう行かない(三月の風邪の処方箋も酷かった)。事実上の解任である。夕飯はコンビニ焼き鳥その他。タレは甘すぎ肉はブヨブヨで食えた物では無し。家人には千代田鮨。


6/28・木

 三日ぶりに家人が登院。代わりに吾人が休息。午前午後と朦朧とす。ちなみに昼は二つ食べたそうである。何とかなるかな。一進一退、一喜一憂。今日も異様に暑い。午後出社。鰻犬先生の御父上=元書籍販売店店主も亡くなったそう。だいぶ前から介護施設に入っていた。併し廃業して何年も経つというのに、今更商店街葬というのもないな。色色と無責任社長に相談しているようだが、完全な家族葬にするか葬儀屋さんに丸投げすべきである。何しろ廃業率七割以上、既に御爺さんと御婆さんしかいないのに、お手伝いとか出来る訳がない。どうも此の辺りの段取りが鰻犬氏は適当でないと思った。

 本日はサッカーの日だが、聞いて歩いたところ小中学生の関心は概して低い。そもそもサッカーって、見ても分からないものな。ちなみに舞台はボルゴグラード、嘗てのスターリングラードである。画面を見ると何だか暑そう。同名の悲惨な映画のイメージとは偉い違いだと思った。広島姉妹都市らしいが、独ソ戦ロシアの街街が被った惨禍について詳しい日本人などは殆どいないな。

立ち飲みBで少し飲んで帰宅。すると居間のエアコンが点けっぱなし。二十七度の設定のまま窓が全開に。まるで気が付かない。どうも家人は耳が遠くなったよう。肝心の試合はと言うと、リーグ戦の規定によりポーランドに負けてはいるが、兎に角其のまま負けなくてはならないという不思議な展開に。只管パスを回しているという間延びした終わり方であった。牛歩サッカーだな。負け取った決勝トーナメント進出である。


6/27・水

 家人は今日も不定愁訴。吾人が登院す。担当医及びソーシャルワーカーと相次いで面談。万代伯母も入った有料介護施設に移す方向で話を纏める。先方の準備が整い次第、早ければ来週にも移送できそう。肝心の老家人はと言うと、運動訓練でも反応薄く、寝てばかり。頭も動かない感じ。昼はカレーの煮凝りを一つ。80キロカロリー。愈愈寝た切りだな。食欲、体力が落ち切れば、行く着く先は小平(霊園)ターミナルである。西武線で言うともう田無辺りに来ているのかもしれない。

延命治療? やるも後悔、やらぬも後悔。介護費用の手当て、隣の空き家の処遇、そして再びの相続年金収入も減る。ひとりで担うには少し荷が重いな。万代伯母の死から二年しか経っていない。御昼過ぎに帰宅。スーパーの弁当を食べる。南風吹き荒れ、今日も真夏日。既に勤労意欲を喪失。臨時休講とさせて頂いた。九時就寝。


6/26・火

 朝から換気扇の掃除。取り外した上で一度噛んだ鼻紙を総動員して汚れをこそぎ取る。まあまあ綺麗になった。続いて登院す。行って見ると老家人は朦朧としていた。どうもうつらうつらしていたよう。併し運悪く理学療法士が来て運動訓練に。吾人も付き添ったが、意識も意欲もレベルが低く、数回立っただけで終了となる。昼食はヨーグルト一つ。

それにしても此の間、様様な看護師さんや訓練士さんに、好きな食べものなどはないのですかなどと繰り返し尋ねられた。併しそもそも老家人はあれが食べたいとか此れがしたいとかいう、此れと言った欲望の少ない低欲望人間であったと言えよう。浪費をしない分、家計的には助かったが、欲望には人を動かす力がある。九十三にもなれば其れがなくなるのは有り得る話だが、やはり少しは何かなくてはね。だから老家人にはもうひと伸びする力が足りないのだろう。取り敢えず一時過ぎまで頑張らせた。「まことや」に回航してラーメン大盛り(680円)の遅めの昼食。午後は休息。今日も真夏日

引き続いてロシアでのサッカー大会。煌びやかなスタジアムには様様な広告が舞う。生憎日本企業の其れは少ないようだが、三十年前のパンを買う為だけの大行列、理不尽な官憲の規制、仏頂面のサービス業を考えてみれば大変な変化だな。ピー氏に支持が集まる訳でもある。こんなロシアを見れば隣の金氏の三代目も流石に拙いと思う筈だろう。翻って我が国は? うーん、三十年前の方が勢いがあったな。


6/25・月

 家人に代わり吾人が午前中から病院に乗り込む。老家人は入浴中であった。凡そひと月ぶり。以後嚥下の訓練。水は飲めたよう。続いて担当医による説明を受ける。炎症は概ね収まったが、間質の方の其れは慢性化しているとのこと。ただ特に悪化もしてないようなので現在は塩分バランスを取る治療を続けており、それらに目途が付けば急性期の病院としては任務終了になりますと。以後介護施設に移るとして、先方でどれだけの医療的ケアができるのか、ソーシャルワーカーとの交渉が必要であるとも。

こうして退院の目筈は少し立って来た。ただ例によって口から食べ物が摂取できなければ、首のところにカテーテルを差すか、口から管を入れて栄養を注ぎ込む必要が出て来るので、介護施設では少少難しいかもしれないとの指摘も受ける。そうなると療養型の病院行きかな。どちらにしても自宅には帰って来られない。老家人にとっても予想外だろう。何はともあれ早く口から食べて貰わなくてはね・・・。御昼になったので早速実食。どうにかこうにかゼリーは口から入って行った。凡そ80キロカロリー。一日に十個は食べなくてはね。眠り始めた老家人を見届けて退出。病院近くの蕎麦屋で遅い昼食。割子蕎麦。具沢山なので四皿で1560円。少し高かった。併し此の店にも幼少の頃にはよく来たな。何しろよく風邪を引くから小児科にも何度も掛かった。其の度に饂飩か何かを啜ったものである。自宅休憩を挟んで千寿に出校。今日は異様に暑い。

中学国語は「高瀬舟」に到達。併し喜助と言う人物は偉大だな、三度三度の牢屋飯に手を合わせ、下賜されたたった二百文に感動しているのだから。足るを知った人物。今風に言うと低欲望人間である。ところで最近の子は奉行も分からない。時代劇もやってないものな。低常識社会である。

退社後はスタミナをつけようと「かつや」でロースカツ定食。缶ビールを付けて1058円。例によってサクッとはしているが肉に何の味も無い。オンリーソース味である。せめて「和幸」ぐらいには行くべきであった。其れでも喜助なら旨い旨いと食べたのだろう。足るを知れ? でもね、皆がみな「かつや」で満腹になったら現代経済と言うものが回らなくなる。「和幸」も「まい泉」も「目黒とんき」も閉店ガラガラである。今風に言うと経済シュリンクする。其れは新たな喜助を生み出すことに他ならず。帰宅後はチリの安ワインで飲み直し。此のところよく動いている。


6/24・日

 今日まで梅雨寒む。午前中まで雨が残った。昼過ぎに例によってふらふらの家人をタクシーに押し込み、病院に向かわせる。本日は吾人が留守の番。午後は晴れたので草取りと剪定など。家人は夕方帰宅。炊事は一切不能。此の所ずっと買い食いか冷凍食品である。併しナトリウムが不足すると全身が脱力に至るというから、老家人も実は相当前から間質を病んでいたのかもしれない。やれ意欲が足りないだとか、もっと運動しろなどと始終怒っていたが、実はとんだ見当違いだったのかなあ。そう考えると少し頂けない。

二号室の件で不動産屋のSさんが来る。つい隣の空き家を壊してテラスハウスのようなものを建てたらどうかと話しは広がる。マンションよりかなり安く建つらしい。設計次第で結構な植栽も残せるというから、猫も植木屋さんも喜ぶ。中中に良いアイデアだと思った。まあどちらにしても老家人の命運次第だな。十時就寝。サッカーは一分も見られず。


6/23・土

 午前中は草取り。家人が眩暈で動けないというので吾人が昼前に病院へ。昨日の今日なので然したる変化はなし。続いて職場へ回航。二週続けての土曜出社である。途中晴雷亭で炒飯と小瓶の休憩。昼酒中の須々木さんと会ったので少少毒を吐かせて貰った。以後数時間指導す。遅れて来た無責任社長と交代して夕飯前には帰宅。碑文谷東急おかず横丁で色色と買って帰った。

 今日は沖縄の日。自作の詩を朗読した中三の女の子には胸を打つものがあった。公共放送の七時のニュースでちらっと見てもそう思ったのだから、中継ではもっと凄かったのだろう。放って置いたらあと何十年も、まるで好き勝手にとは行かないまでも、色色と悲喜交交に続いたであろう何百万人何千万人もの普通の人生を誠に無残な形で強制終了させるのが戦争と言うものである。其処に些かも肯定される要素はない。また知事は随分具合が悪そう。此のまま勇退だろうな。


6/22・金

 家人が疲労困憊しているというので吾人が朝の八時半から病院に乗り込む。途中担当医の説明。呼吸、炎症の状態はまあまあなので、そろそろ食べる訓練を始めるという。但し此れに失敗するとより濃厚な栄養剤を点滴せねばならず、鎖骨辺りの静脈に大穴を開ける必要が生じるとのこと。まさかとは思うが、もしもそんなことになったら愈愈到頭ターミナルは近いと思った。

昼、早速の実食。祈るような気持ちで見ていたが、ゼリー一口で激しく咳込み、直ちに中止。みな吸引器で吸い出されて行った。結局禁食。週明けにやり直すということだが、其れまでに痰が切れているといいが。併し此の風邪はしつこい。何しろ吾人ですらまだまだ咳痰が出る。それにしても事態は想像より相当悪い。と言う訳で少少絶望して二時頃帰宅。「さとう」で遅い付け麵。小ビール付き。併しラーメン屋が適当に作った付け麵は量が足りない。本気になれば四回の箸さばきで浚えて仕舞う。最低でもラーメンの五割増しの麺を出して欲しいと思った。


6/21・木

 一日曇り。寝ても覚めても不安感と言うか緊張感のようなものが晴れることはない。老家人未だ絶食。早く口から食べさせて欲しい。退社後は焼き豚屋におじさんたちを訪ね、更にバーIに少し寄って帰った。


6/20・水

 朝から大雨。午前中から家人は病院へ。午後は止み間も出た。午後出社。吾人も行きしなに訪問す。鼻の酸素は外れたが点滴は続く。夜間は軽い拘束も受けた模様。早く口から食べ物を入れなくては。しかしながら縦しんば全快したとしても元元が一日二十時間も寝て仕舞うほぼほぼ寝た切り爺さんである。介護の問題は避けて通れないな。前途多難に変わりなし。夜は再び雨。金参万円受け取る。其のまま帰宅。ほぼ休肝


6/19・火

 朝から老家人の様子を見に行く。血色は良さそうだが、寝た切り老人に違いはない。早く動けるようにならなくては。続いて銀行へ。固定資産税都市計画税住民税の支払い(二人分)。総額221万円余。昨日の今日だから腹も立たず。納税は都民及び区民の義務である。ちなみに吾人の住民税は丁度六万円であった。梅雨の晴れ間。吾人も依然咳が残る。老家人の回復にも時間が掛かるな。午後は漫然とす。嗅覚も戻らず食欲も不振。二日続けて冷凍食品。少し落ち着いたので夜はサッカー観戦。日本対コロンビア。舞台はロシアだが、明らかに後者の応援者の方が多い。ヨーロッパ辺りで働いている人たちが馳せ参じたのだろうか。下馬評に反して日本勝利。初戦と言うこともあり相手側も緊張していて退場者を出したからな。予想外の勝利に国民も戸惑っている感じ。期待度が低いと喜びも少ない。

 昨日の地震でも電車が一日近く止まり関西方面は大混乱。迅速な点検方法はない物か。此れと言って損壊した所は無し。まさか順法闘争している訳ではないよな。地震サッカーの間に加計の理事長が会見。一年以上逃げ回って僅か二十分。

 二号室が退去するという。家賃を散散支払わず法手続き寸前までいった人である。まだ一年分溜まっているが多少減額して放免することにしようと思う。老家人の快癒を願っての一種の恩赦だな(出て行ってくれた方が有り難い)。


6/18・月

 朝方大阪北部で震度六弱。老家人依然として動けず。結局万代伯母の入っていた有料高級老人ホームに連絡を取る。勝手知ったる所だから下見の必要も無い。直ぐに入れてくれるだろう。但し月額四十万円。伯母の死去から僅か二年。まさかこういうことになるとはね。

 午後になっても起き上がれず。何だか具合が昨日よりも悪そう。発熱、ぜろぜろとした咳もある。様子を見に来ていた須見伯母との協議の結果、先ずきちんとした医者に見せた方がいいとの結論に至る。併し最早半身を起こすことも困難である。結局ダイヤル1と1と9の出番となった。関西では大変な所だが東京消防庁救急隊は直ぐに来てくれた。予め話を付けておいた近所の大病院に緊急搬送。ピーポーピーポーと走り出して五分で無事到着。

各種検査の結果、肺に炎症が起きているとのこと。併し其れが持病の間質性肺炎が急速悪化したものなのか我我のウイルスが移ったものなのかは判別付かず。もしも前者なら大ごとだと担当の女医さんはおっしゃったが、恐らく後者であろう。蓋し血中のナトリウム濃度が低下しているから前者の可能性も捨て切れないらしい。其のまま入院。例によって山ほど同意書と申込書を書き、一日三万数千円の個室に入る。腕に点滴、鼻から酸素、下腹部にはおむつを当てる。晩は絶食の模様。

各種手続きを終え、吾人は五時頃には帰宅。留守番役の須見伯母に状況を伝えた。遅れて戻った家人によると何だかもう元気になっていたという。風邪は万病の元。今回は介護より医療の出番であった。須見伯母の強い進言の御蔭で入院に至ったことを鑑みると、吾人の判断はかなり悪かったと言える。トイレの番がなくなっても寝つきはよくならなさそう。十時就寝。


6/17・日

 未明に呼ぶ声がする。降りて見ると老家人が居間で動けなくなっていた。困ったな、手など幾ら引っ張っても駄目である。併しヒトという生き物はどうやって立ち上がるのだろう。まず我が身で実践して確かめた。其れを参考にして、うつ伏せ状態を仰向けにし、続いて上半身を起こし、腰を持って一気に立たせた。考えて見ると二足歩行と言うのは大変だな。重力に物凄く逆らわなくてはならないから。月面に老人施設を作ったら丁度いいだろうとも思った。同様の事態が更に一度。

 断眠で朝からふらふらす。此の所、安い外食かコンビニ食ばかり。風邪も治らず。湿った咳が出続ける。「プレコール」も効能無しと判定するに至る。其処で思い切って二錠飲んだら何となく収まった。市販薬も用法と容量を守っていては治るものも治らない。また昼夜となく老家人をトイレに搬送。此の生活が長くなると続かないな。今日も涼しい。昼はスーパーのとんかつ弁当。夜は千代田鮨。涼しいので久久に湯船浸かる。東北新幹線は五時間半の不通。原因は「はやぶさ」に別の鳥が衝突したらしい。速く地上を走るにも限度があるな。


6/16・土

 朝から小雨。異様に涼しい。寒いくらいである。比較的よく寝たものの咳鼻止まらず。風邪治らず。市販薬と先日の処方薬の残りを合わせて服用す。咳止めと痰きりと喉の痛みを取るものだから重複はない筈である。此れで一家全員が謎のウイルス感染。幸い老家人が一番軽い。

 運の悪いことに土曜出社。無責任社長は新潟帰省中につき今日は吾人一人である。行かない訳には行かない。休めない日に限ってこうなるな。一時半から九時半まで勤務。土曜なので取り立てて沢山生徒が来る訳ではない。風邪を移すと悪いのでマスクを掛け教室の隅でじっとしている。咳を堪え堪えは本当に辛い。其のまま帰宅。残っていたメジコンを服用。


6/15・金

 夜中ポータルブルトイレには一人で行けたよう。実は吾人が気配を消して張り付いていた。と言う訳で猫が起こしに来なくなったと思ったら、老家人の番をしなくてはならない。断眠は続く。

 午前中には雨が降りだす。梅雨寒む。止み間を狙って何時もの内科に搬送。風邪は軽いが老衰傾向は医療の範疇ではないから打つ手はないらしい。更に車椅子の納品。内用と外用の二台を配備す。栄養食品と尿漏れパットも購入。此方としては機動的に対応している積りだが、常に後手後手だな。そもそも介護に先手と言うものはないよな。午後になり漸く落ち着く。吾人も夕方少し発熱。風邪を移された。前回からまだ三ヶ月である。


6/14・木

 朝から老家人が起き上がれないというので跳ね起きる。すわ寝た切りかと思ったが、暫らくすると起きて来た。どうも体力低下が著しい。其れとも家人の風邪が移ったかな。発熱等はないが何だか具合も機嫌も悪そう。起きた序でにドラッグストアーに参り、少し飲んだらおにぎり一個分と言う栄養食品を購入。補助的に飲ませようと思う。

併し昼前とうとう排泄に失敗。もう一メートルも自力では移動できず。万代伯母が使ったポータブルトイレの緊急登板となる。振り返ってみれば今日という一日は、重大な転機となった日として記憶されるな。六月十四は介護記念日、詰まり始まりの日である。午後出社。急いで退社。ハンバーガーと麦酒を半缶のみ。芥田先生との伊那旅行も中止。此方側からお誘いしたのに申し訳ない限りである。吾人も小咳。「プレコール」を服用。それにしても外を歩けなくなって僅か数週間、最早立つことすら満足にできず。加齢と言うのは残酷である。

午後山陽新幹線が人を撥ねる。先頭車両の露と消えた人物を探して広島以西が終日運休。鉄道ダイヤに対する自爆テロである。小倉広島在来線では無理だよな。


6/13・水

 家人はまあまあ回復したが、急激に食欲が落ちた老家人はほぼ寝た切りとなる。何時の間にか本格的な介護生活である。甘いものなら食べられるというのでプリンヨーグルトメロンやケーキ類を集中投与。此のまま流動食だな。具合の悪い年寄りばかりを見ていると此方も気分が滅入って来る。一般的には要介護三程度までは自宅で見るようにと言う御触れが出ているようだが、正直想像を絶する。午後出社。立ち飲みBで小怪気炎。確かに吾人も咳っぽい。

何にも使っていないのにスマートフォンの電池が急に減って昼に100近くあったものが、夜には10パ―セントとなる。システムの不具合だな(過去にも一度あった)。どう仕様もない。こういう下らない製品を作って売ってメーカーは平気なのだろうか。


6/12・火

 薄曇り。家人の風邪未だ治らず。特に咳が止まらない模様。となると昼は件の激安スーパーの300円弁当。結構旨いから、みんな群がって買っている。デフレは続くな。何時までも。午前午後と草取り。一日休むと二日伸びている。

 米朝会談は早目の終了。合意内容までは与り知らぬが、開かれたこと自体が既に優である。今後も巧く事を運べば、大統領支持率も上がるし、半島の非核化も進むだろう。何よりも戦争が回避されたのだから喜ぶべきである。あの問題で「成果」が出ないとしてもね。

夕方大統領が会見す。欧米系の記者からは人権問題に関しての質問が相次いだ。あんな体制を保証して大丈夫なのかと。まあ二千万の民から飢え死に出さないことが人権の一つだろうし、まして戦争による人死にを避けることが最最優先である。それにしても大統領としてもいい勉強になったのではなかろうか。売るの売らないのという土地取り引きとは違うのだから、何事も一気には進まないものである(我我も含めてどうも拙速に結果を求め過ぎている。デジタル時代の悪弊である)。此れでイランとの核合意見直し見直しにも着手して欲しいものである。前任者の苦労等も漸く分かって来たのならばね・・・。無理かぁー。


6/11・月

 新潟知事選では与党系が勝利。うーん、稲作単作地帯は野党が強い筈なんだけどね。そう言えば内閣支持率に東西の差はあるのだろうか。明日の会談前に両首脳ともシンガポールに前乗り。北の人も中国の民間機を借りて来たよう。此方もアメリカ製だけどね。

 昨日からずっと雨。デイサービスも欠席。となるとすることがない。午後まで漫然とす。雨中千寿に出校。此方の中学生を見ていて気が付いたのだが、「コロンブス」という見たことも無い教科書を使っている。版元は光村図書。国語の教科書で有名な会社だが英語も作っていたのだね。余り売れてないらしいが(23区では2つだけ)、併し微妙なネーミングだな。同業他社も「王冠」とか「水平線」とか「光輝」などという愚にもつかない名前が付いているが、今時「コロンブス」はないよな。「ポスコロ」とかに改称した方がいいと思った。漸く雨も止んだので退社後は町屋のBへ。Dオーナは不在。二杯だけ飲んで帰った(1050円)。帰宅後カップ焼きそば。ほぼ休肝


6/10・日

 昨夜新大阪行き最終新幹線でテロ事件。庇った男性が死亡。乗客が亡くなったのは二例目だな。そう言えばあの放火事件も此の時期だった。六月は悲惨な事件が多い。

朝から小雨。一転して涼しい。まずはゴミ拾い。途端に飲料系が増えている。最近は海に流入するプラスチック類が問題となっているが、もしも吾人が海辺に住んでいたら膨大な廃棄物を日日回収している筈である。水を得た何とやらのように張り切るな。其処に支障があるとしたら当該自治体のゴミの区分であろう。折角集めても有料な上に「砂や塩分が付着したプラスチックゴミは回収できません」とかシールを貼られたら途端にやる気をなくすかもしれない。他は低木刈りを少し。

昼は上馬の中華食堂でミニ回鍋肉丼とラーメン(700円)。午後は次第に本降りとなる。晩は老家人を給仕す。冷奴大根おろし、塩鮭一かけらと濁り酒を少少。併し御飯は小さな茶碗に半分も食べない。何時の間にか老家人はこんなに食欲が落ちていた。正月頃はもう少し食べていた筈なのだが。何時からこうなって仕舞ったのだろう。吾人の日誌を読み返しても明確な記述は無し。真に重大な変化と言うものは当事者すら気づかない内に進行し、やがて誰かが気が付いた時にはもう取り戻せないほどの懸隔が生まれているものだと思った。其れは何も老化や病気に限ったものではなく、社会や政治の変化と言うものも同じだろう。台風接近のため夜には大雨となる。風はなし。泥だらけのシロが何度も上がって来る。雨で臭いが流されるのが不安らしくあちこち掘り返しているよう。困った習性である。


6/9・土

 朝から異様に暑い。家人の風邪が悪化。咳、鼻、熱の所謂フルコース。稼動人口はとうとう一人となる。家事支援をしながら午後は映画「イミテーション・ゲーム」。エニグマ解読器のことなど何も知らなかったが、色色と考えさせる内容で面白かった。特に解読内容をどこまで詳らかにするかは極めて高度な政治的判断を要したという点に。此れは究極の選択だな。まあそんな立場には一生関わらないけどね。

昼は柏屋のコロッケカレー(520円)。夕方近所のスーパーに参る。勝浦の鰹があって案外旨かった(ミケも喜んだ)。何時も解凍魚と養殖魚しかない店だが偶にはこういう品物を売らなくてはね。老家人には握り寿司を出す。少しは食べたよう。夜更けになり落とし物があったことを思い出した。小袋を開けて見てみるとデジタルカメラ。早速交番まで持って行く。生憎建て替え工事中で更地のまま。電話ボックスのような詰所は置いてあるが、中には電話も無ければ紙もペンも無い。結局其のまま置いて帰った。交番の割りに不案内だと思った。


6/8・金

 老家人通院の日。玄関先まで歩くことすら困難に。うーうーと思うように歩けないことに癇癪を起こしていたが致し方なし。老化の速度が加速している。本人も周りも付いて行けない程である。こりゃああと数か月だな。早く施設を見付けなくては。

大体晴れて昼は暑い。取り立てて無為。家人は咳風邪。夜に一雨。先日何処かの学会南海トラフが動いたら大変なことになるという報告を出していた。直接的な被害も凄まじいが、生産手段の損壊より日本経済は長期にわたって停滞を余儀なくされると。其れは正しく国難だと。其処で映画「日本沈没」を少し見直しした。併し丹波哲郎扮する山本総理は立派だな。政治家としての凄みがある。対処法?日本海側への移住しかあるまい。少なくとも数百万人。そういえば国難突破などと馬鹿な事を言っていた首相も居たな。


6/7・木

 人手が足りないということで外国からの人材を新たに五十万人も受け入れる計画があるそうである。ある程度の日本語が出来て、而も五年勤めたら都合佳く本国に帰ってくれるような人がそんなに沢山集まるとも思えず。机上の求人広告だな。併しそもそもそんなに人が足りてないのだろうか。そりゃあ、若くて元気で安い給料で働いてくれるような人は不足するに決まっている。もっと給料を上げれば、みんな家の中から労働市場に出て来る筈である。おじさん、おばさん、おばあさんかもしれないが、巧くおだてれば十分な能力を発揮する筈である。

 駿河の銀行に新たな不正融資が発覚。中古物件一棟買いの際、入室率や家賃を改竄していたそう。空き部屋に偽のカーテンまで取り付けていたというから酷い話しである。未来の事は分からないから将来の予測を多少甘くするのは佳くある話だが、嘘の現状報告をするというのはもう一段悪質だな。併し家主になりたい人が大勢いるようだが、楽して儲かる仕事などない。毎日毎日草取りとゴミの分別が必要である。更に滞納者との交渉、設備故障への対応、修繕、雪掻き、雨垂れ、騒音トラブル・・・、そして税金

 昼前には晴れた。早速二日分の草取り。来世は苗字も変わるような気がする。差し詰め、草刈か草取だな。続いて近所に介護施設が出来たので家人と内覧に行く。地域密着型特別養護老人ホームグループホーム+小規模多機能介護所が一つになっている。介護施設も区分が細かい。色色制度的な違いがあるのだろう。現在のところ一番可能性が高いのは三番目のところかな。併し居室にトイレは無し。新築の割りに設備不良である。入る頃には必要ないという事なのかなあ。どちらにしても老家人にはもう少し頑張って貰わなくては・・・。あと一年、いや二年。万代伯母のような高級施設(有料老人ホーム)に入るとなると吾人に御金が残らなくなるので。それにしても極めて多くの人が自宅で介護しているのである。御苦労な話しである。

 午睡の後、出社。取り立てて言うことも無い一日だが、中華立ち飲みに行くと女占い師が大変な怪気炎。此処まで絡むのは凡そ二年振りかな。元気なことは結構だが辟易とす。バーIに寄って耳直しして帰った。帰宅後録画してあったニュース番組を見る。二月に取材された晴雷亭が漸く出ていた。旦那を叱咤激励する毒舌妻の居るお店という設定。なかなか言い得て妙である。テレビ局と言うのは佳く纏めるものだと思った。


6/6・水

 朝から雨。関東も入梅。昼過ぎまで漫然とす。午後バス出社。すると向かいのお肉屋さんも愈愈廃業することに。此の所は認知症が出ていて満足に稼働できない状態が続いていた。本来ならそうなる前に辞めるべきだが、御子息等とは絶縁状態と言うことで辞め時を失っていたのである。結局民生委員の出番となっている。我我の前では円満な商売人だったが家庭では大変な暴君だったそうで、其れを聞いて少し驚いた。今では帰る家も無いというから気の毒極まりない。早く施設に入れて差し上げないと。退社後は立ち飲みBに軽く寄り11系統で帰宅。夜には大体止んでいた。

 日大の問題にそろそろ飽きる頃に、和歌山資産家が変死するという事件が起こる。こうして何から何まで心太式に忘れて仕舞うのだろう。しかし78歳と結婚した22歳の若妻とはどういう人物なのだろう。両者ともに底知れぬ虚無を感じるのであるが。


6/5・火 

 文書改竄廃棄の全ての責任はふさふさの前国税庁長官、当時の理財局長にあると言うことになる。適当な内部処分で御仕舞。こんな決着、ふざけているよな。

 朝は冷凍のパスタ。昼は「さとう」でとんこつ醤油ラーメン(700円)。頼みもしないのに御飯が出て来たが大きな海苔で巻いて食べると案外旨かった。気分は学生さんである。他は断続的に草取り。午後固定資産税等の納付用紙が送られて来る。どういう訳だか昨年より少し安い。何故だろう。何しろ何枚もあるから、どの振り込み用紙がどの土地と建物なのか皆目わからないままである。そういえば昨年は幾らか還付されたような気がする。となると矢張り少し上がっているな。率にして2%半。生まれ変わったら税理士になりたいと思った。来世は色色と目標がある。まずは江戸時代からあるような公立高校に進み、体育会に入り、山に登り、大学では税務と医学を勉強して、風邪の研究者になるんだったっけ。今から勉強しないと間に合わないな。


6/4・月

 六・四でむし、蒸し麺を使うから本日は伊那ローメンの日と言うことだが、基本的にはあの日であろう。武力弾圧はやり過ぎだが、自由や権利よりも十億の民を飢えさせぬ方が先決と言うことで一党独裁を是認するような意見も当時あったように記憶している。あれから三十年近く。十分食べられるようになっても政治的には不自由なままである。此の先どういう落とし前が付くのだろう。日大問題は泥沼化の様相。教職員がもっと声を上げるべきだろうが、そう言えばタレント性のある教授って居ないよな。日大には。

 今日もかんかん照り。例によって老家人の送迎。デイサービスの四階まで直行させる。改めて見てみると確かに御婆さんばかり。こういうところに御爺さんが一人で行くのも消耗すると思った。行きたがらない訳である。つくづく長生きするのも楽ではない。特に男はね。

 午後出校。暑中千寿の街を少し歩く。相変わらず徳俵という店は行列中。凄い料理を立ち飲み価格で出してくれるらしいが、入れない店は既に店ではない。ところで近所に「掃部寮」というのがあった。文字通り何処かの寮なのだが、かもんと読む。宿場町の古い地名で元は律令時代の役職名。文字通りに宮中の清掃係だった。思わず古いものと出会って吃驚した。退社後は久久に「福しん」へ。久久の炒飯はやっぱりしっとりと旨かった。麦酒白ワインを一杯ずつのほぼほぼ休肝。胃腸と肝臓を休める。


6/3・日

 町内会の古着回収の日。七号室から出ていた大量のファストファッションも供出す。東南アジアの人が一生懸命作った服である。茫茫燃やして仕舞うには忍びない。ところで今朝の朝日の俳壇歌壇欄は面白かった。ドクダミは十薬と書き六月の季語とのこと。日陰者のイメージだが、「この植物のたくましさや凛とした風情をよく描いている」句も多いと識者(角谷昌子)は語る。いやいや、拙宅を見てください。臭いもさることながら余りに生え過ぎて、清楚で凛とした十字の白花がうじゃうじゃ状態。此れだけ沢山あると何だか集団で見つめられているようで実に気持ちが悪い。其れでも確かに除草剤を使ってトータルに駆逐しようと思わないな(第一猫に悪い)。「痛みを引き受けることも選択の一つ」ということで、腰を屈めながら一本一本引き抜いている。

朝から電車を乗り継いで世田谷文学館へ。林芙美子展。此の人のことなど何も知らない。『放浪記』も読んでみようと思った。日記形式だから読みやすいだろう。併し館内はガラガラ。つい「ムットーニのからくり劇場」なんてのも見さされた。其の後は祖師谷の駅まで日陰を選んで歩く。緑も多く閑静な感じだが、毛細血管のような小径しかないから中中辿り着かない。行き止まりや巻き道が多くて閉口す。

昼になったので駅近くの「香氣」と言う店で麦酒休憩。坦坦付け麵。840円もする割りに量が少ない。概ね胡麻と山椒代だな。腹が一杯にならないのでついつい「箱根そば」にも寄る。此処は「もり」がなくて、「ざる」が390円。矢張りつゆが砂糖甘い。「小諸」のあっさり味の方が舌に合うと思った。

高架下の小田急の本屋で『介護民俗学という希望』。其のまま23系統の東急バスに乗る。日曜だというのに大混雑。前後の運転間隔、遊弋する自転車、乗り降りや信号とのテンポも全て悪く、バスはあっという間に数珠繋ぎののろのろ状態(特に東急の運転は丁寧過ぎて駄目である)。区内の移動はやはり自転車に限ると思った。でももう暑いな。二時前には帰着。一万三千歩。以後午睡。ドクダミ類とは一日の停戦。夜は唐揚げを買って来て、家人の冷やし中華明星中華三昧使用)と合わせた。例によって食い過ぎた。そう言えば、本日の「貧乏コンチクショウ」展では食い物への記述が目立った。あれから百年近く。食べ物だけはあるよな。有り難いことではあるがね。


6/2・土

 米朝会談はやるみたい。水面下ではジャブの報酬が続いているようだが北側の機嫌を損ねない程度にして貰いたいものである。何しろ無条件降伏ではないので。また日本大学の理事長は相撲部出身とのこと。此の人も雲隠れ中。日大で体育会があれだけ優遇されるのは学生闘争を抑え込んだ功績からだそうである。あれから五十年、今度は体育会が元で第二の闘争が湧き起ころうとしている。

 朝から草取り、買い物、不動産屋。続いて老家人を床屋に搬送。前回から凡そ三ヶ月。一段と衰微した姿を見て、理容師のおばさんも心配していた。何しろ老化は日進月歩、先月まで出来たことが今月には出来なくなる。謂わば逆赤ちゃんだな。昼は上馬の蕎麦屋へ。初めての店である。セット物はなさそう。猛烈に腹が減っていたので、盛り蕎麦にフル規格の親子丼を付けたら1230円もした。少し高いし(昨日のスーパーのかつ丼など300円である)、付いてきた味噌汁が過剰。そもそも幾らなんでも食べ過ぎである。夕方も草取り。腰に悪いので鉄器を使う。

 夜は公共放送で「ミッシングワーカー」。初めて聞く用語だが、要は求職自体を諦めた無業者の事。親の介護をきっかけに無職になった中高年独身男性が多いよう。其れに元元引き籠もりの人、病気で動けなくなった人などを入れたら実に膨大な数に及ぶ(正直吾人もかなり危ない)。失業率などあっという間に二倍になるだろうな。働く意欲をなくした人が多いという扱いだが、仮に働いても精精最低賃金程度だから、みんな働きたがらないというのもあるだろう。何しろずっとデフレーションだからね(若くて元気な人が安く雇える)。しかし番組に出て来る人はみな冴えない表情。仮に賃金が少しでも社会と繋がる上では働かなくてはね。もう少し待遇を改善すれば、みんな家から這い出して来ると思うのだが・・・。


6/1・金

 朝からかんかん照り。但し湿度は低い。腰の痛みは半減す。昨日出来なかったことを今日やらなくてはならない。まず鎌倉への送金。月初めと言うことでATMは長蛇の列。御金を出したり入れたり振り込んだり通帳に記帳したり。先進国でこんなことをやっているのは日本くらいだと聞いている。大体パソコンから振り込んでも手数料が同じと言うのが解せないよな。

続いて新しいスーパーへ。併し過日食べて旨いと思った「酢豚弁当」も「若鶏竜田揚げ弁当(和風ソース)」も出来ていない。11時半まで三十分待ってもとうとう来なかった。イカリングのフライとか鯖の塩焼きとか枝豆のちぎり揚げなどは疾っくのとうに上がっているのに。大体朝から酒を飲む奴が居るだろうか(依存症である)。まずは昼の弁当を作るべきである。つくづく気が利かない店だと思った。

夕方ぼんやりしていると駐車場に自転車を止める人が居る。そう言えば訪問介護事業所が借りたいという話があった。すっかり立ち消えたと思っていた。契約書は全く来てないが、いざ停めるとあらばまずは草を刈らねばならぬ。緊急出動。何をするにしても腰が丈夫でないといけない。夜は肉まんと牛焼肉。

 ところで芥田先生との旅行だが来月の第一週と決まる。早速全員に声を掛けたが、即座に全員に断られた。結局月波君との三人旅である。上意下達、有無も言わせない某アメフト部が羨ましくなるな。来世は体育会に入りたい。こうして六月はやや憂鬱な形で始まった。

2018-06-05

2018年5月

09:14 |

5/31・木

 本日のノルマを果たそうと四十本まで引き抜いたところで腰を痛めた。大した草ではなかったが矢張り片手でやっては駄目である。ぎっくり何とかかな。魔女の一撃と言うほどではないが、小悪魔の一蹴と言った感じ。ドクダミの総反撃である。以後区間運休。

夕方這う這うの体で出社。腰に変なベクトルが掛かると痛いので上半身を一枚岩のように動かす。すると自転車も時速六キロしか出ない。御婆さんの電動車にも抜かれる。情けなや。張り薬に続いて飲み薬(ロキソニン)を呑んだから夜には多少改善す。いやしかし、腰が痛くなるというのも歳を取った証拠である。精神的な打撃も大きい。なお中学一年生は学校の課題で頭が一杯の模様。授業時間を削って完成させる。此れでは自習教室だと思った。まあ御役所(公立中学校)への提出物の処理に翻弄されるのは此の国の市民社会と同じであるがね。謂わば毎日確定申告をやっているようなものかな。併し久久の中学一年の担当である(而も女の子が多い)。まず大量に甘やかすことから始めようと思っている。何しろ某監督のように怒ってさえいればいいという立場にはない者なので。

退社後は碑文谷王将へ。此処は炒飯が旨い。前回と同じ人が作った筈だが、併し微妙にパラッとし過ぎている。僅かな水分量の違いで印象が随分違う。最近はしっとり炒飯が人気である。何の関心も無いがワールドカップのメンバーも決まる。若手が居ないらしい。定年延長ジャパンだな。何しろあらゆる分野で上がつっかえているからね。こうして長い五月も終了す。


5/30・水

 朝からシロが見当たらず。何時も其の辺りで寝ているのだが。幾ら呼んでも出て来ない。草を取りゴミを拾いながら探すこと二時間。漸く何処からか這い出て来た。怪我等はないが少し様子が変。夜の内に何かあったのだろう。いやしかしあと一時間出て来なかったら非常災害対策本部を立ち上げる所であった。

 午睡の後、出社。入れ替わるように無責任社長が早退す。緊急の家族会議だそう。何でも娘さんが離縁するそうで・・・。従ってやや落ち着きのない子と取り残される。こういう場合は出鱈目な御話をするに限る。実は先生は南極に捨てられていて三才までペンギンに育てられたのだと。偶偶見つけた盥を舟にしてペンギンさんたちに引いて貰って極地を脱出、以後世界中を転転として漸く日本に辿り着いたのだと。何しろ鳥類には大変感謝しているので焼き豚は食べるが焼き鳥は絶対に食べないし、JRの駅でスイカのペンギンを見ると思わず「お母さん!」と言って仕舞う習性が抜けない。何時の日か魚肉ソーセージを山ほど担いで里帰りしたいと・・・。以下多数。案外素直に聞くから子どもと言うのは面白い。一方高学年帯は移動教室や修学旅行等で出席生徒少なし。立ち飲みBに寄って直ぐに帰った。夕方から小雨。復路は傘を差した。


5/29・火

 五月は長い。まだ平日が三日もある。昨日と同じような薄曇り。梅雨間近かと言った感じの温度と湿度。午前午後と断続的に草取り。結局人間の腕に軍手をはめたもの以上の道具は無し。只管引っこ抜く。石器時代並みの肉弾戦である。昼は環七博多ラーメン。替え玉付けて800円。領収書も貰うべきだな。

 残った選手たちも声明文を出す。此れは第二の日大闘争となりそう。しっかし、監督がコーチをいびり、コーチは選手を殴る蹴る。(そして恐らく上級生が下級生を・・・。)もう言葉も無いね。茅ケ崎の交差点で九十歳の運転者が死亡事故を起こす。神奈川の県央部には神奈川中央交通という立派なバス会社があるから、何も無理して運転することはない筈である。ところで須見伯母も自動車を買い替えるそう。新車には新型の安全装置を付いている。伊那には伊那バスがあるが、何しろ一日一ケタである。


5/28・月

 まず老家人を車椅子搬送。歩いて行くと一日分のエネルギーを行きしなに使い果たし、デイサービスに耐えられなくなるということで、とうとうこういう事になった。最早其の程度の体力しか残っていないらしい。一日薄い晴れ。午後千寿。途中散髪し、駅ビルで『ラディカル・オーラル・ヒストリ―』を購入。退社後は久久の「大江戸」で六皿と二杯だけ。帰り掛け同書に目を通す。紙に書かれたものを元に立証していく歴史学とも、地元の古老の証言を書き留める人類学とも違う。敢えて言えば思想史に近い手法かもしれないと思った。

国会は一日中モリカケ問題。多くの識者が言っているように、行政官政治家の中には正直なことを言う人が居ないものである。誤りを犯したことは取り返しがつかないとしても、せめて誠実に謝る人が居ればね。詰まり先述のアメフトの選手のような存在が居ないのである。加計学園はAとはそもそも会っていない、会っていたと嘘をついていたとの声明を出す。もう言葉も無い。


5/27・日

 誰も何の注目もしていないから書くけど日露会談終わる。秋田犬を上納しイチゴとウニを北方領土で育てることに合意したという。此の程度の事は役所の課長クラスが決めるようなことである。

何処かに行こうと思ったけど下腹部が不調。自宅に駐留し、草を抜き、梅を拾う。他は取り立てて無為。夜は昨日残りの鰆の蒲焼と碑文谷焼き鳥太子堂の巻き寿司付きで。御酒も控え目にした。


5/26・土

 昼は「青葉」で付け麵(780円)。カウンターの隣には極めて小さい女の子が。而も親はスマホに夢中でほったらかし。小鉢をべとべとにしながら一本一本食べている。吾人が給仕してやろうかと思った(但しやり方が分からない)。結局子の方は大半を遺棄して出て行った。此れだから男親は駄目である。終日まあまあの晴れ。草を数百本引っこ抜くも大して変わったようには見えず。今年の蚊は早くも凄い。

 夜になると二度目の南北会談の情報が。まあ韓国大統領が何とかしてくれるだろう。そしたら間違いなくノーベル賞である。森の夫妻も保釈される。早速相変わらずの怪気炎。役所にしつこく絡みつき、補助金を散散騙し取り、Aの存在をちらつかせながら国有地の異様な値引きをさせ、結果として自殺者まで出したというのに好い気なものである。


5/25・金

 相変わらず日本のメディア運動部騒動に掛かりっきり。まあ確かにあの大学の理事会というのはどう仕様もないね。あれではヤクザがつくったキャンパスでインテリに教えさせているようなものである。鳳生大学でも何回か古い理事や校友たちが問題を起こし、其の度に大学運営の近代化が進められてきた経緯があるが、此の大学はそういう機会がなかったのだろう。此の際、理事を全部入れ替えるぐらいの荒療治が出来るかどうか。何しろ日本で一番大きな大学なのだからしっかりして貰わないとね。また一夜明けた北の反応を見聞きするとまあまあ落ち着いている。何とかなるだろう。少し冷却期間を置くこと自体は悪くはない。

 さてさて本日は内政一本である。買い物は三便。一日にドクダミ等を最低五十本引き抜くという数値目標を立て直ちに実行す。三週間後には壊滅させることができる筈である。他は梅仕事。今年は裏年らしく収穫は少ない。庭猫の毛も梳く。また大病院での診察の結果、家人は花粉症後遺症で目の周りがアトピー性皮膚炎のようなものを起こしているとのこと。態態偉い先生の診察を受けなくとも一目瞭然、当たり前だの何とやらであるが、吾人が幾ら言っても納得して貰えなかった。ステロイド軟膏を塗り込む以外に方法は無し。なお特別初診料は5000円!


5/24・木

 森を巡っては大量の文書が出て来る。結局嘘を取り繕う為に次から次へと新たな嘘が必要となり、それらの嘘と辻褄を合わせるために文書を改竄したり捨て去るという理屈である。そして最初の嘘こそ、Aの国会答弁である。当のAはロシアを訪問。またファーストネームを連呼してヘラヘラするのだろうが生憎相手にもされず。

 かんかん照りで蒸し暑い。朝は大根おろしライス。昼はレトルトカレー。午後出社。金参万円受け取る。退社後は中華とバーIへ。帰宅後暫らくすると、米朝会談は米側から中止を通告。所謂北朝鮮文学に苛立って仕舞ったよう。参ったな。まだチャンスはあるが此れで北が態度を硬化して核開発を再開するとなるとまた戦争騒ぎに逆戻りである。併し一番喜んでいるのはAと日本の外務省だろう。破談となれば今まで通り何にもしなくて済む訳だから。


5/23・水

 道路で炬燵をした京都の学生が逮捕される。警察が暇すぎても宜しくないな。そもそも嘘ばかりついているAを掴まえるべきである。午前中は薄曇り。今度は世田谷の草取り。御昼頃から弱い雨。久久のバス出社。目黒駅定期券売り場でパンも売るようになっていて吃驚す。併し此のルートでの出社って、何時以来だろう。立ち飲みBに軽く寄り、11系統で帰宅。

夜、監督とコーチが会見。そんなことは言った言わないとの応酬となる。監督は其のまま入院したという。どちらにしてもこんなチームは解体した方がいい。怪我人と病人しか生まないのだから。帰宅後映画「イリジウム」。典型的なディストピア映画だがテンポが悪い。途中で離脱就寝。


5/22・火

 朝から税務署に電話を掛け事情を話す。何回かの遣り取りののち、追加の納付書は破棄し、修正申告書の送付のみ行うことで一件は落着す。いやいやしかし、そもそもどうして予定納税の所に変な数字を打ち込んだのだろう(分納の希望とでも勘違いしたのだろう)。下らない手間を増やして仕舞った。張り切ってやがて悲しき確定申告

 試合中に狼藉を働いた運動部員が謝罪会見。まだ二十歳である。芸能人でもプロ選手でもない人の会見は異例。一方指示をしたとされる監督やコーチは雲隠れ。大人がどう仕様もないから若い人が苦労する。それにしても日本で一番大きな大学も丸で統治出来ていない。大き過ぎるのかな。

なお芥田先生が伊那に行ったら中沢臨川について見てみたいとおっしゃるので、現地の資料館に連絡を取る。収蔵品を見せることは出来るというが、事前に見学申請をして欲しいとのこと。先生をお連れしての大旅行である。早速日程の調整を始めることとす。暗くなり家でぼんやり飲んでいたら巡査がやって来て、近所の車が隣の空き家の塀を傷つけたという。見たところ全く分からない。大体バンパーがブロックを擦ったくらいで110番をされてもね。其れでも事故証明を出すには事故其の物の記録が必要なのだという。警察や自衛隊が暇なのは佳いことだろうが、何だか面倒臭い世の中になったものである。今日は公務員とよく話しをした日であった。中日は四十歳の投手が出て来て完封勝利。案外今年は行くかもしれない。士気が揚がっている。元大リーガーの効能である。中日が強いと政変が起きるなどとよく言われたものだからAも愈愈だな。


5/21・月

 朝から御粥を焚いて食べた。矢張り流動食に限る。早起きした序でに少しゴミを拾って歩く。近所の個別指導塾が閉店していた。フランチャイズ方式なのだろう。十年位続いたかな。何時見ても生徒がいなかった。併し五月に閉めるというのも無責任な話しだと思った。よろよろの老家人を送迎し、昼はオリジン弁当。午後千寿に出校。晩食は構内の「小諸そば」。信州とは何の関係も無い蕎麦屋だが、こういう機械打ちで蕎麦粉?割(多分逆二八蕎麦)の方が馴染めるな。

 どうやらAの虚偽答弁は確定しそう。愛媛県から新たな資料が出る。それにしても支持率が下げ止まるから不思議である。家に着くと税務署から手紙が来ていて修正申告を求められる。文書の解読に数時間も要したが、どうも意味も分からず予定納税していたことにしていたらしい。併し其の分の減額はせずに所得税は計算通りに支払っていたから追加納税の必要はなし。うーん、どう説明しようかな。確かに吾人の(初歩的な)間違いである。本日無酒。


5/20・日

 辛うじて宿酔は無し。パン食の後、ブルーベリー畑で作業していると猛烈に胃が痛くなる。今回の宿酔は時間差をつけてやって来た模様。以後悉く運休す。漸く午後遅くになり復旧す。農機具センターのような所で高枝切り鋏を購入して作業を再開。三メートルまで伸ばせるがメードインリパブリックオブチャイナの安物だから切れ味は鈍い。先っぽをのこ切りに換装して数本切ったところで時間切れとなった。伊那市駅近くのラーメン屋に少し寄り飯田線に。

 岡谷で18時51分発の「あずさ32号」に搭乗する。塩尻でお客様の荷物が挟まったとかで五分遅れてやって来た。そう言えば行きの13号も遅れていた。最早中央線がダイヤ通りに走ることが珍しい。32号は件の新型車両であるがぎっしり満席。座席指定も離れ離れとなる。殊に自由席は甲府で溢れ返った模様。車掌が後続の「かいじ」に乗ってくれと案内していたくらいだから。いやしかし、何時乗ってもよく混んでいる。増発するか二階建てにするかして欲しいものである。何だか少し消耗した。其のまま帰宅。

 暇なので暫し時間旅行を。本日の旅程は17時43分に伊那市を出て、新宿到着は21時06分(実際は数分遅れ)。此れを1976年の時刻表で行うと、伊那市を18時40分の「急行こまがね3号」で出発、辰野で「急行アルプス」に連結し、新宿には22時34分着。凡そ四十年で三十分の時間短縮である。但し当時とは運転本数が違う。「こまがね」は一日三本しかない。ちなみに「アルプス」にはビュフェがついている。


5/19・土

 未明にかなりの豪雨。以後空気が入れ替わりすっきりと晴れた。朝御飯の後、月波君と木曽の方に出る。御嶽山もくっきり見える。国道361号を行き、開田高原の先の「県宝山下家住宅」を表敬訪問。本当に立派な建物である。江戸期以来の名家だったらしいが家業と家運が没落、最後は御婆さん一人になったところで県に寄贈されたとのこと。元元木曽馬を育て獣医のようなこともやっていたのだが、時代の変化に飲み込まれたらしい。惜しいことである。うーん、中古車販売業かガソリンスタンドにでも転向すればよかったのかな。其れか犬猫専門病院、いや建物を生かすなら古民家蕎麦店だな。商売をするにしても子孫が続かなくてはね。

其の後近くの「たけみ」という店で蕎麦休憩。ちょっと先の長峰峠まで行って見たが、峠のお茶屋さんも廃業した模様。其のまま折り返して帰る。伊那に戻り再び低木刈り。夕飯前に温泉施設に。初めて行く隣の村の施設である。山登りのイベントがあったそうで結構混んでいる。中央アルプス経ヶ岳。当然登ったことは無し。何時か生まれ変わったら・・・。

夜は馬刺しと山菜の天麩羅。併し山荘の冷蔵庫は無責任の体系だから極めて良くない状態である。特に調味料の類が年単位で期限を過ぎている。買って来るのは容易だが問題は廃棄方法。チューブ入りの生姜や大蒜や山葵や塩麹などはどう捨てたらいいのか分からない(中身をコンポストに出して、容器を洗い、資源ごみ?――水資源の無駄だと思うけど)。結局スーパーのゴミ入れに放り込んだ(スイマセン)。此の件に関しては23区の方がいい。何しろ捨て放題、焼き放題だから。捨てないことには買って来られない。一方泥酔した月波君は芥田先生に電話を掛け、伊那にお見えになるように説得していた。困ったな、先生をお招きするならば細かな計画を立てなくてはならない。十時就寝。


5/18・金

 さてさて本日から伊那に行くことになっている。何だか蒸し暑い新宿駅で須見伯母と待ち合わせる。実に半年ぶりの旅行らしい旅行である。何だか切符の買い方も電車の乗り方も忘れて仕舞った感じ。色色と思い出しながら準備した。

11時発の「あずさ13号」に乗車。伊那には二時半ごろ到着。乗用車を受け取り山荘へ。早速の掃除と低木刈り。張った枝をつぎつぎと切り落とす。何しろ雑木はどんどん生えて来る。藪が向こうから攻めてくる感じである。見通しが悪いと獣と遭遇する危険が高まる。猪にでも襲われたら大変である。管理の悪い上下の別荘地の枝も払う。奮闘二時間。前線を多少押し戻した。夜遅くになって月波君もやって来る。今回は高速バスとタクシーを乗り継いで来た。もう二三杯飲んで納盃。ちなみに甲府辺りから鼻水と止まらず。季節は逆流す。抗ヒスタミンで抑えた。


5/17・木

 昨夜は飲んでも食べてはいなかった。当然腹が空く。朝からシュークリームと饂飩を連続させたら、すっかり胃の調子が悪くなる。午後まで運休。夕方前出社。今週の質問は六月の休日の無さ。確かに七月の海の日までは遠いよな。矢張り山の日は六月にすべきであった。国会の怠慢であると指摘した上で、カレンダーは遠くまで見ず、一週間単位で生活するようにと指導す。退社後は立ち飲みBで少し飲んで帰った。夜まで暑い。


5/16・水

 昨日以上に暑くなる。三宿の先の電鉄系高級スーパーが撤退した跡に新たなスーパーが出店したというので行って見る。環七の内側には珍しいストアチェーンである。平日の午前中だというのに大変な人の出。広い店内の割りには鮮魚コーナーは控え目。他店より一円でも高い場合は通報して下さいと言うことだが、其れは他店と同じものを売っていることの証左でもある。もっと生鮮品に力を入れて欲しいと思った。大体鯵や鯖には二つとして同じものはないのだから。混んだ店内を一回りして酢豚弁当を二つ買って帰った。そうそう惣菜類にも同じものはない。ちなみに此の店のレジ袋で御金を取るというのはいいが、現金払いを歓迎するというのは時代に逆行している。何だかマッチポンプな店であると思った。

 午後出社。中学生の一部にはもう定期試験がある。しかも国語では文法が40点も出るという。困ったことになった。大体吾人の国文法の知識など十代前半で停止している(従って古典は全く出来ません)。色色な教本や辞典やネットで調べる。補助動詞とは何かとか、「ない」の識別とか。二百字程度の課題文の解析に二時間も掛かった。いやしかしね、文法が分かったからと云って文章の理解が進むとは思えない。担当の先生の得意分野なのだろうがこういう下らない出題はつくづくやめて欲しいと思った。

 退社後は立ち飲みBへ。久久に鶴木さんと会う。御母堂が亡くなり北九州市に帰省していたとのこと。鶴木さんは既に六十過ぎだから、御母堂も九十過ぎである。翻って見れば吾人の家人は既に九十三と、八十二。此の先に猫も死に絶えて仕舞ったら、吾人は早晩一人ぼっちである。何だかつくづく悲しくなった。

こういう晩こそはとバーIに寄る。天屋先生と井満さんに紛れて若い女性が居た。少し格好を付けて其の子の為にと千円札を置いて帰った。帰宅後はシロを呼び付け散散捏ね繰り回す。長生きするのだぞと言い聞かせながら。


5/15・火

 今日も真夏のようなお天気。まず居間のエアコンの清掃。フィルター掃除機能があっても埃がべっとりである。何しろ稼働時間が長いからな。続いてスーパーの裏に出来たと言う中華食堂へ参る。駐車場の地下にあった。此処は気付かない。隠れ家というより防空壕である。日替わりランチ500円。中から火事が起きたら助からない感じだが幸い消防署が近いから直ぐに助けてくれるだろう。今後行くことが増えるかもしれない。ただ舌の根に口内炎が出来て何だか咀嚼困難。家人は大洗濯。吾人も買い物と雑用。老家人と猫だけは昏昏と寝ている。猫はまだ若いんだけどね。ガザ地区は血で染まる。ノーベル賞?ちゃんちゃら可笑しいな。


5/14・月

 朝から晴れた。詰まった樋の掃除から。脚立を伸ばし梯子化して上がると松の葉がぎっしりと。続いて歩行時速一キロ以下の老家人をデイサービスに送り届ける。御昼過ぎに迎えに行く。復路は車椅子搬送である。シエスタの後に千寿に出校。退社後は町屋のBに回航。月波君と軽く会う。軽い打ち合わせ。D店長がどんどん御つまみを出すからあっという間にお腹が一杯となり大して飲めなかった。並びのラーメン屋で締めて御仕舞。帰宅は十一時過ぎ。

米朝会談はシンガポールに決まる。其の帰りの足でT氏は日本に寄るらしい。恐らく残念なお知らせをするのだろう。新潟市で小学生が遭難した事件も犯人が見つかる。小学生低学年を送り迎え無しで学校に遣るのは日本ぐらいだと聞いたことがある。併し夫婦共稼ぎ核家族では無理だよなぁ。今回の事件は近所の若い男らしい。以前は見守り当番みたいな人が事件を起こしたことも。仮に送迎をしたとしても事件を防ぐことはつくづく難しい。世の中とんでもない人が多いから。


5/13・日

 雨が降るというので午前中から買い物と刈った草木の袋詰め。午後は確かに大雨となる。元大リーガーは敵地東京に乗り込むも滅多打ちに。足の調子も悪そう。六時開始の試合で七時には組織的な抵抗が終了す。富山の鰆を蒲焼風にして勃牙利白ワイン(一本千円)を呑みながら見ていたから直ぐに切り上げたけど、態態お金を払って見に行った人は気の毒だと思った。夜半までには止む。

 英吉利に白熊の原発を、土耳古に海狸の原発を売り込む計画があるそうだが、同業他社殿は大清快の失敗を見ていないのかね。政府保証を付ける付けないで揉めているらしいが東芝もそうした政商になったが故に損切りが出来ずとうとうああいうことになったのである。


5/12・土

 結局宿酔。収まった後は断続的に草取り。今年は既に壊滅的な伸び具合である。他はゴミ拾いとゴミの分別。殊に二階の七号室からは大量の食品廃棄物が。野菜類はコンポストに入れた。都会の年寄りもやることはあるのだけどね。結局意欲の問題だな。昼は高遠の絵島蕎麦。夜は環七の鰹と鯵と唐揚げ。御酒も控え目にす。取り立てて無為。


5/11・金

 四日ぶりに朝からきちんと晴れた。老家人は通院に続いてケアマネージャーの訪問を受ける。介護保険の改定評定である。何だか少し張り切っていたようだけど二階級特進して要介護入りだな。結果はひと月後。それにしても台風シーズン等になると田んぼの様子を見に行ったお爺さんが帰ってこないなどという事態がしばしば発生するが、最後の最期まで立派な物だと思う。警察と消防には迷惑を掛けて仕舞うことにはなるが介護職員の世話にはならなかった。やることが沢山ある年寄りは幸福である。


5/10・木

 記憶が戻った元首相秘書官国会に呼ばれる。其れ以上は何も無し。見る気もしないから何も知らない。こんなことをやる為に国会が二週間も空転していたのである。

 朝から曇り。北側の側溝の掃除。何時の間にか砂と泥が溜まり草まで生えているから不思議である。お昼頃に寒気が入り発雷。少し降った。以後急速に晴れる。午後出社。何だか中学一年生は質問攻めにしてくる。而も余り関係のないことを。反抗期の一種だな。給食の味の薄さから宇宙と生命の始まりまでクイズ王になった積りで一つ一つ答えて行く。こういう場合は器の違いを見せなくてはならないが、何しろ吾人の頭も劣化してきているから大変である。

退社後は中華立ち飲みで延延と。此の店も料理人が変わり最近は中華色が濃い。厚揚げ焼きなどの一般的なメニューがなくなって仕舞った。実を言うと八角コリアンダーも苦手である。結局腹が減ったので碑文谷の「福徳」で「マー油とんこつ」(730円)。凝った作りのスープだがプリプリの中太麺と合っていない気がした。


5/9・水

 午前中まで大雨。而も寒い。家人の花粉症未だ治らず。眼の周りをパンパンに腫らしている。何か別の要因を探るべきだな。Tさんはイランとの核合意は破棄するという。ユーラシア大陸の東と西で正反対の方向に。尤もあちら側には西欧諸国がいる。英仏独で何とかして欲しいものである。特にドイツのおばさんに。

 午後出社。気候のせいか何時まで経っても眠気が取れず。チラシ入りクリアーファイルを配って歩いてもまだ眠い。退社後は一人で立ち飲みBへ。途中から市ヶ谷さんが現れ何とかなった。


5/8・火

 本日も梅雨のような感じ。但し気温は低いから、梅雨寒むである。昼は環七「福森」で中華そば(720円)。昨日の今日なだけに普段以上に旨く感じ、ついつい汁まで浚った。旨い物の有り難みが分かるのも不味い物の御蔭かもしれない。それにしてもラーメンには700円ぐらいは出さなくてはね。全国民が旨いラーメンを食べられるよう国民経済を成長させなくてはならないとも思った。

少し前に五輪開催期間中は大変な混雑になると何処かの大学の先生が予測していた。五十年前とは都市への集中度と大会の規模自体が違う。大きな競技と通勤ラッシュが重なると電車は各所で動けなくなるとのこと。平時ですら押し寄せる乗客を満足に捌けない脆弱な交通インフラである。不慣れな観客が殺到したらどれ程の混乱が起こるのだろう。会社も役所も全部休みにして仕舞う訳にはいかないだろうか。期間中は世田谷から一歩も出ない所存だから吾人の人生には何も関わらないだろうけど。夜は大雨。

北の指導者は大連を訪問したらしい。其の際は航空機を利用したとのこと。映像を見ると博物館にあるような飛行機であった。ソ連の飛行機には詳しくないが、ディーゼルカーならキハ58、電車なら東急7000系アッカンベーの同期だな。幾ら頑丈に造ってあるとは言っても古いものは危ない。心配で心配でそんなに遠くの空まで行けないのだと思った。


5/7・月

 連休終了に合わせたかのように雨模様。午後出社。相変わらず此方の生徒は反応が薄い。一年中五月病らしく元気がないな。丸で口を開いたら損をするという感じ。退社後は町屋のBを覗くもDオーナーは不在。そんなに飲む気がある訳でもないので近くの穂高屋に入る。店内は満席ではないが、酔っ払いと腹を空かせた人とそれらの人人が吐き出した紫煙が充填中。相変わらず殺伐としている。給仕係りも息つく間もない。牛丼屋よりオペレーションが複雑だからね。併しこういう所で働く人も大変だな。日本の印象が悪くならないといいが。麦酒と日本酒を飲み、パラッとはしているが何だか味の無い炒飯を食べて帰る(1390円)。此のチェーンはもっと値上げをして味とサービスを上げた方がいい。デフレ経済からの脱却に貢献してくれたと日銀総裁にも褒められる筈だし。


5/6・日

いやしかし、例え国が滅んだとしても、お百姓さんが作物を育て、流通業者が其れらを運び、交通警察官が違反車を取り締まれば、世の中の相当な部分は回っていく筈である。何も困ることはない。徴税や徴兵が弱まるのだから却って暮らしやすくなるという側面もあるだろう。「国家(機構)の没落が不思議にも明るさを含んでいる」(藤田省三)のである。ただロシアという所には国家はあっても社会がなかった。だからソ連という国家機構が崩壊した時、未曾有の混乱状態に陥って仕舞ったのである。そして其のトラウマがあのような指導者を生むに至る。反政権デモでは千人からが拘束されたという。愈愈四期目だそうである。

連休最終日。晴れ続けて午後は強風。買い物以外の外出は無し。苦手な理科の予習をユーチューブで。便利な世の中には成ったが、こういう映像で勝手に勉強されると学習塾も飯の食い上げである。ただ画面の中の先生は無駄な話しをしてくれない。知識は増えるのだろうが知性というか教養というものに触れるのには矢張り生の講義が必要であると思った。

夜はゴーヤチャンプルーゴーヤは何処でも手に入るようになったが問題は豆腐だな。島豆腐が売っていない。其処でまあまあの木綿豆腐を数時間掛けて脱水したがまだまだ密度が足りなかった。薄い豆腐が多すぎる。豆腐業界も大豆の含有量を示すように基準を改めると聞いたけど、早くそうして貰いたい。日本酒は其れで良くなったのだし。


5/5・土

 終日晴れ。連休もあと僅か。偶には土偶君を尋ねようと思った。彼は町田に住んでいる高校の同窓である。となると少し時間旅行をしたい。橙隠学園に行って見よう。十時過ぎの田園都市線に乗り、市が尾で下車。思い出の駅前だが、高校生当時は寄り道も買い食いも居酒屋巡りもしていないから見るべき店も無く。先ず「魁力屋」で麦酒休憩。最近勢いがある京都ラーメンチェーンである。色色と御つまみ類があるのは有り難いが、肝心のラーメンはたれが甘めで味も足りない。背脂系としては「花月」の方が舌に合っていると思った。

 さてさて給油も済んだので此処から橙隠学園まで歩こうと思う。横浜上麻生道路をてくてくと参る。しばしば渋滞した此の道路も今は立派な新道が出来ている。勿論吾人は旧道を行く。此のくねくね道を超満員のバスで毎日毎日往来したものである(今では信じられない)。駅から少し離れると畑と本家と家作が点在。昔のままとは言わないが大した開発がされていない。何しろ最近は都心回帰だからね。三十分ほどで到着す。

 此の学園は所謂オープンキャンパス方式なので塀や仕切りがない(従って良く抜け出したものである)。校舎間近かまでズカズカ行って観察す。バスロータリー横の旧第六食堂は健在だったが、建物は解体と増築を繰り返しているからもう何処が何処だかよくわからず。三年次に通った「進学棟」という凡庸な名前の校舎はある筈なのだが。色色な思いもあるが現実の風景と重ならないから感動も少なめ。卒業からもう四半世紀である。其れにそもそも高等学校としては大き過ぎたし、先生の入れ替えも激しかった。どうしても人間関係が希薄になるから元元の思い出も少ないのかもしれない。それにしても橙隠学園グループは大学から博物館まで次次と建て増ししている。こんなに建てて経営は大丈夫なのだろうか。人口ボーナスで儲けた学校法人は軒並み苦しくなっていると聞いたことがある。

 さてさてとりつく島も建物も無かった時間旅行はここら辺で終了。がらがらの小田急バスで柿生へ。相変わらず駅前はぐちゃぐちゃ。此れは鉄道会社の違いというより横浜市川崎市の整理能力の違いだな。続いて町田に移動。土偶君と会う。実に二年ぶりだが概して元気そう。暢気に生活している人は老化しないな。まず立ち飲みBへ。立ち草臥れたので「キリンシティー」へ避難。色色と思い出話をす。彼はあんまり酒が強くない。都合三時間ほど過ごしてお開きとなった。

復路は新装相成った小田急線で。快速急行で一気に下北沢を目指す。川崎側は相変わらずの地上線で少しもぱっとしない。都内の複複線区間も何だかもたもたす。此れでも改正前より少しは速いのかな。乗ったのがサハだったからか実感は乏しい。地下駅からのろのろと這い出してバスに乗り換え。太子堂で下車。「魚孝」で刺身、「西友」で五目あんかけ焼きそばを買い、両家人と猫に供す。一万七千歩。


5/4・金

 辛うじて宿酔は無し。朝から富士蕎麦ラーメン。終日かんかん照り。但し空気も乾いて結構爽やか。買い物は二便。昼はオリジン弁当。夜は東急ストアー。

イチローさんは事実上の引退。而も不可思議な役職を与えられて大リーグに残ることに。中日に来ないのかな。名古屋に来ればあと五年はグラウンドに立てるのに。割と頑固なタイプだから、人間万事塞翁が馬という感じにはならないのだろう。


5/3・木

 朝方は本当の嵐。以後回復す。何だか夏の陽気。午後外出す。日比谷で御酒を飲むことになっている。まず目黒通りまでたっぷり歩く。郵便局前から98系統に乗車。此のバスは世田谷等々力から東京駅まで行く。以前は都営と交互運転だったが何時の間にか東急の単独運行となっている。目黒駅を越え、堂堂と山手線の中まで入って行く不思議な路線。戦後復興期の通勤急行バスの名残りだと何かの本で読んだ記憶がある。東急としても手放したくないのだろう。何しろ社名が東京急行だからね。

日比谷の公園も大変な人の出。予約してあった「サロー」というビアレストランに入る。参加者は鷺乃間君、坪上君、そして月波君。本来ならば社崎君も誘う筈だが、何しろ彼は固定電話しか持ってない。葉書を書くか、直撃電話を掛けよう掛けようと思っている内にとうとう当日になって仕舞った。今時メールもラインも出来ないというのは周りに迷惑を掛けて仕舞うし、本人の世間も狭くすると思った。

店はビアガーデン風の造り。風が少し強かったが、外で飲むと気持ちがいい季節である。音楽堂ではロックコンサート。詰まりBGMも生演奏。飲み放題にしたから元を取ろうと散散の大量飲酒。続いて新橋に移動。何だか意識混濁、言語不明。人事不省になる前に吾人は自動帰巣装置が働いて途中退席。銀座線が工事で運休しているので都バス渋谷に出て帰った。


5/2・水

 朝から蒸し暑い。此れから五月の嵐だという。後先考えずに午後自転車出社。行って見ると教室が絨毯敷きになっていた。休み中、知り合いの内装屋さんに頼んでいたらしい(多分相当安く)。早速小さな子らが寝っ転がっていた。となると掃除が問題である。箒と塵取りでは仕事にならない。直ちに掃除機を買いに行く。店頭処分品を購入し以後轟轟と掛けた。いやしかし、やっていることは家でも職場でもまるっきり同じである。退社後は佐渡屋に。おじさんたちのボトルを飲んだ御蔭で千円で済んだ。多少降られて帰る。

 帰宅後「銀英伝」。主人公一行が国家主義者らに襲撃される回である。まあまあ再現されていて良かった。というのも此の三十年で世の中がすっかり右に折れて仕舞ったから、此の下りがカットされるのではなかろうかと密かに少少心配していた。また某一流芸能人はアルコール依存症らしい。併しアルコールと強制猥褻行為は一旦別に考える必要がある。酔ったからと云って女学生を押し倒すとは限らないからね。


5/1・火

 谷間の平日。元元火曜不出社。来年は三日あるが全部休みにして仕舞うそう。でも法案が成立していない。国会が空転しているからかな。また新元号は直前に発表されるのだという。カレンダー屋さんと手帳屋さんは気が気でないな。あと一年である。異様に暑く七月の陽気だという。取り立てて無為。昼はうどん、夜は冷凍の餃子

 

2018-05-04

2018年4月

10:18 |

4/30・月

 朝からインスタントラーメンを作って食べた。正にブレークファストといった感じ。凡そ18時間ぶりの固形物である。朝はパンを食べる人が多いのだろうが、パンを食うとどうにも胸焼けして仕舞う。時に牛丼も食べられるのに不便なものである。従ってパン食するなら午後以降と決めている。昼はココ一番のカレー。大抵フライドチキンカレーの二辛を頼む。此の可もなく不可もなくトッピングで食べさせる凡庸なカレーが偶に欲しくなる。

 連日晴れて暑い。振り替え休日の為、千寿も休校。須見伯母が来たので庭木の剪定。暑くて幾らも捗らず。真面な物を食べていないというので買い物は三便。併し材料はあっても家人の料理能力の低下に伴い大した物が作れない。在庫管理能力も低下し、馬鈴薯などは芽が出ている。全てコンポストに放り込んだ。夜になり風が止むと途端にドブ臭い。あちこちで滞留しているのだろう。

ところで三度目の買い物の帰りに追い掛けて来た巡査によると、吾人の自転車の後輪が揺れているとのこと。確かに特定の速度だと左右にぶれる感じがする。見た目でも分かるのだね。もう三十年も乗っている自転車だからな。大体自転車で三十歳となると鉄道車両だと五十歳くらいである。ネットで調べるとスポークの緩みらしい。こりゃあ、素人には直せん。何しろ吾人の工作能力など旧石器時代以前だから。元大リーガー=松坂投手の活躍で中日は五連敗を阻止。名古屋のドームは今季一番の入りだったらしい。こうして四月も終了す。


4/29・日

 やはりどうしても食べたくなり月波君を呼び出して地元の韓国料理屋に参る。一人前1500円のサムギョプサルは二人前からの注文。二人で二人前を頼んだら喰い切れないくらい出て来て困った。その他前菜類も合わせて少しずつ食べながら何とか冷麺まで辿り着く。二時間掛かり(7500円)。多少残ったが、中韓は完食文化ではないので此れぐらいは許して貰えるだろう。肝臓より先に胃が一杯になって仕舞い幾らも呑めず。少し散歩してコーヒー休憩の後に解散。本日は此の昼の一食のみ。両家人は今晩もコンビニ食。高齢化に伴いコンビニが繁盛する訳である。

 ちなみに店内は結構混んでいた。南北会談効果かもしれない。併し拉致問題が「進展」するとも思えず。其の時、日本国政府は不都合な事実を改めて受け入れ、世人を納得させることが出来るだろうか。何しろ煽り立てたのが当のAなのだから、御自分が炎上させた世論を御自身で鎮静化させて貰いたいものである。其の前に辞めちゃうかな。ちなみにまだ先方には「日本人妻」カードがあるがインパクトは小さいな。兎に角、行き来が出来なくなって困っている人を早く何とかすべきである。となるとTさんに国内の説得係りを頼むかもしれない。何時もと同じの外圧頼みである。


4/28・土

 昨日のどさくさに紛れる形で日銀物価上昇目標を取り下げた。まあ、仕方がないな。総裁、ホテル代とラーメン代はどんどん上がっていますから気を落とさないようにして下さい。

 さてさて大型連休だが何の予定も約束もない。老家人の状態が悪化しているので伊那にも行けない。朝から家人が五月蝿いので強制外出。東急バス一日券で区の内外を巡る。まず自由が丘へ。古本屋が二軒とも面変わりしていて驚く。「結心」という店で付け麵(800円)。魚介と鶏の合わせ出汁を自前で取っている模様。人気店のようだが今となっては標準的な味。味の進化は怖ろしいほどである。付け麵は太麺だが割り箸が貧弱過ぎて上手く掴めず。隣の学生さんが啜っているラーメンの方が旨そうだった。此方は細麺。田園調布を経由して千歳船橋へ回航。チトフナは伯母の入居施設があったのでよく行った街。あれからもう二年。次は老家人の番である。もう少し回りたかったが暑さと紫外線で断念。午後には帰宅。

こうして外を歩いていて気付くのだが御酒の買い取り店が方方で増えている。いやしかし、下戸の人が何かの間違いで御酒を手に入れたとしても、態態に売りに行くというのが可笑しいと思った。通常は誰かに贈与するだろう。酒飲みの親類縁者、知人友人、はたまた出入りの職人さんとかに。そういう人が身の回りに一人も居ないのかね。其処まで人間関係が貧しくなっているのかな。最近の日本人は。今日の夜もコンビニ飯。吾人が積極的な買い物に行かない限り、真面な物が給仕されなくなって来ている。家人の能力低下も著しい。布団の外干しを強行したらくしゃみ止まらず。久久の抗ヒスタミン


4/27・金

 薄曇り。午前中から南北首脳会談。日本のテレビ局も生中継す。緑も映える時季だし、いい画である。素直にそう思った。こういう映像は御酒を飲みながら見たいとも思った。当然プルコギ、ビビンバ、冷麺付きで。あの豚バラの焼肉も旨よな。残念ながら構ってくれそうな行きつけの店がない。併し北の指導者は大きいな。態態大増量して恰幅を良くしていたのかもしれない。此の日の為に。それにしてもこういう雪解けは一年早くても良かった。昨年のミサイル騒動は何だったのか。何れ納得のいく説明者が現れることを願っている。

 川崎の叔父さんが来たので近所の洋食店で昼餐会。家の近くでは滅多に外食しないから初めての店である。家人持ちなので2500円のコースを注文す。空豆の冷製スープと鰈に掛かっていたバターソースは旨かったが他は居酒屋料理と大差なく。アルコールも高い。やっぱりコリアン料理屋に行きたかった。夜はコンビニ冷やし中華。本当は冷麺が食べたかった。


4/26・木

 残った野党が合同して国民民主党が出来るという。何処も彼処も民主党ばかりだから略称は国民党だな。序でに国共合作? 其れはないな。下らないこと夥しいが選挙戦略上は避けられない。いっそ困民党はどうだろう。すっきり晴れる。眩しいほど。午後出社。立ち飲みBとIに寄って帰る。


4/25・水

 午前中は大雨。昼からは徐徐に晴れた。午後出社。退社後は誰も掴まらず。バーIも閉じているので其のまま帰った。早く帰り着いたのでBSでやっていた「プーチンの復讐・前編」。アメリカ製の番組なので相当割り引く必要はあるだろうが、五割引きにしたとしても少少救いがない内容。尤もロシアがああいう国になったのはプーチン氏の人格にも問題があるのだろうが、民衆の要請があったという側面も否定しがたい。ソ連崩壊後のロシアが酷過ぎた。其のトラウマがあのような指導者を待望するようになったのである。一応選挙制度があった以上、独裁者は単独では成立しえないからね。何はともあれロシアはもう取り返しがつかない所まで行って(行って)仕舞った。こりゃあ第二の冷戦は不可避だな。ヘラヘラ近づいて行くAなども少しは見た方がいい。日本で恐露病が出ないのがつくづく不思議である。


4/24・火

 朝から曇り。今季初めての本格的な低木刈りと草取り。暖かいから伸びも速い。刈り込み鋏を久久に手にしたが少しの作業で手が震えて困った。随分体が鈍っていた。また草木との闘いの日日である。

午後介護ベッドが届く。介護保険対象外とのことでレンタル料月千円。電動式でよく出来ている。寝た切り防止の為に自動起床装置機能も付けて欲しいと思った。併し老家人にとっては少少ショックなのだろう。便利にはなるが、可成り不機嫌であった。夕方から小雨。


4/23・月

 空気が入れ替わり平年並みに戻る。此の気候が昨日欲しかった。デイサービスに行っている間に、老家人の部屋を片付ける。愈愈明日介護ベッドが入る。布団生活も今夜が最後の見込み。

 午後千寿に出校。途中神保町の三省堂で検定教科書と『現代文読解基礎ドリル』(駿台文庫)を購入。後者は中学生の授業で補助的に使おうと思う。大学入試用なのだが短文中心なので初学者にも使いやすい。というのも普段使っている『マイクリア』(教育開発出版)に出て来る文章が余りに詰まらないからである。読解力養成の鍵の半分は佳い問題文に出合うかに掛かっている。毒にも薬にもならないことを平気で書いてある文章には魅力がない。出版社の名誉の為に言うが此れは編集の問題ではないのだろう。同じ教育開発でも『新小学問題集・中学入試編』は結構面白い。恐らく『マイクリ』は公立高校の入試問題を採録し、『新小問』は私立中学の其れを載せているからであろう。評論ならば公平中立不偏不党無味無臭、小説ならば家庭円満進路明確順風満帆な問題文を採用せざる得ない都道府県高校入試のものは総じて詰まらなくなるのである。退社後は町屋のBに回航。D店長指揮の下、二千円ほど使って帰る。


4/22・日

 昨日以上の暑さとなるも大学野球観戦の予定が入っているので九時過ぎのバスに乗り渋谷駅へ。此処から神宮球場まで軽く歩く。参加者は月波君と客乃間。十時半開始の立教戦。まだ四月だというのに異様なかんかん照りで風も無い。軽く三十度。遮光されている二階席でも十分暑い。試合は何となく決め手に欠き、五対五で漸く終了。早速アルコール昼食の番である。

表参道に古くて安くて年中無休の蕎麦屋があるというので行って見る。何時まで経っても見つからない。何と既に更地になっていた。見つからない訳である。情報が古い。併し休日の表参道など人人人で溢れ返っている。地元から僅か三駅離れただけだが、歩いている人も並んでいる店も丸で勝手が違うシャレオツタウン。従って入り込む余地も隙間も無し。困ったことになった。今更転進も撤退も出来ない。結局適当な中華屋に緊急避難す。其れ以上の死の行進は避けられたが、ランチはメニューも少なく、冷たい麺類も出来ないという。ビール+冷奴+板わさ+天麩羅盛り合わせ+冷酒+もり蕎麦+調子が良ければ親子丼かかつ丼の予定が、かた焼きそばとチンジャオロース飯に交代となっては飲酒も捗らず。半時間ほどで御開きとなる。いやしかし、商売を止める時は官報か何かできちんと告知をして欲しいものである。

メトロで一駅移動し吾人は晩食の買い出し。最早地下食品街などをうろつく元気もない。こういう時は一目散に崎陽軒である。三時過ぎに這う這うの体で帰着。丸で散散な内容であった。こんな日は家で猫でも弄りながら職業野球でも見ている方が佳かった(中日は三連勝)。もう半年先まで不要不急の外出は避けようと思う。夜は何度も上厠す。麦酒の飲み過ぎである。

公共放送は連日の北朝鮮特集。併し資金調達がどうしたこうしたとか、核開発はああしてこうしたとか、まだまだ不穏な動きがあるとか。企画立案は昨年だろうから内容は既に周回遅れ。何だか古新聞を読むかのよう。其れぐらいドラスティックな変化が今起きているのである。結局核ミサイル開発は国内の体制固めの為だったのだろう。余りに緊張が高まり過ぎて慌てて方針転換を図ったといった所か。アメリカとの関係改善はずっと前から考えていた既定路線でもあるから乗り換えも早いのである。そう考えると南のPさんが一年早く居なくなってくれて本当によかった。此れは世界にとっても僥倖である。序でにAも居なくなれば日朝交渉も少しは進むだろう。


4/21・土

 朝から夏のようなお天気。鶴木さんに川崎アジアンフェスタに行かないかと誘われていたが、両家人の体調不良を理由に不参加。尤も行かない理由の大部分は此の天候である。既に眼も眩むほどの紫外線。もう九月まで出歩けないと思った。

と言うことで近所を少しずつ回る。まずスーパーへ。続いて古本チェーンで『革新幻想の戦後史』。序でに唐揚げ屋の隣の隣の燕の帰巣を確認す。帰って来てくれて本当に良かった。此れで本年中の日本沈没はなさそうである。其の足で「誠屋」のラーメン。復路で家人向けに弁当を買いたかったが、「ほっともっと」という店は取り付け騒ぎのような長蛇の列。此のチェーンは作り置きをしないから昼時は何時もこうなる。超売れ筋商品だけでも昼前に作って並べておいて欲しいと思った。大体昼飯というのはみんな待てないだろう。結局コンビニ弁当。夕方環七の魚屋で鰹と鯛の刺身。

アメリカから戻ったAは桜を見る会。此方は帰って来なくていいのにね。膿を出し切るとか言っていたけど身から出た錆の間違いであろう。何度も言うが一刻も早く居なくなって欲しい。夜は映画「ミスト」。舞台は怪物に取り囲まれたスーパーマーケット。典型的なアメリカンパニックホラーである。終末論を唱える変なおばさんが出て来るところとか、「見るべき程の事をばみつ」といった悲観論が最後の最後で否定されているところとか。何だか妙に感心す。やはりボロボロなっていても浮いていることが大事である。勿論Aの事ではない。


4/20・金

 今日もかんかん照り。既に初夏以上のお天気。四月から此の陽気だから今年の夏が心配である。近所の惣菜ベーカリーも来月で閉店とのこと。フィッシュフライバーガーが旨かった。寄る年波には勝てないと張り紙がしてあった。困ったな、昼食の選択肢がまた減った。数軒先のアパートも建て替えが決まる。此方は拙宅より新しい物件。寄る住販会社の営業を断り切れなかったか。ところでインチキシェアハウスに大量に貸し込んでいたのは沼津の金融機関だという。つい先日まで融資が巧い早いと持て囃されていた地方銀行である。実態はこんなものであった。花粉症対策でずっと干してなかった羽毛布団をせめて室内で陽に当てる。此の所、濡れ煎餅のようになって仕舞って困っている。

金曜不出社。今年度は月水木の週三便体制と決まる。となると老人介護である。老家人の体重が半年で数キロも減少す。こうなったら意地でも食べさせるしかない。寝ているところを叩き起こしてスーパーのケーキを食べさせた。晩は一日遅れで赤飯を炊いたが茶碗半分も食べず。夜は映画「海と毒薬」。原作を照らしながら鑑賞す。いやしかし、結核を手術で治そうとした時代があったのだね。今から見ると丸で古代の医療施術だと思った。此の間、医学は超高速で進歩したが人間の方は・・・、という月並みな問いしか思いつかず。


4/19・木

 朝からかんかん照り。新潟の知事も女性問題で辞任。素晴らしい経歴の持ち主らしいが、自民と維新で国政に挑戦して落選し、原発慎重派の支持を受けて首長に当選していた。政治経歴から考えてみると、少し節操がない人かなあ。老家人は九十何回目かの誕生日。何にも目出度くない。愈愈布団からの寝起きが厳しくなってきたので、介護ベッドのレンタルをしようという段階である。

 連日のニュースの映像を見ていると何処かで見たことがある街並み。件の次官殿はどうにも拙宅の比較的近所に住まわれているらしい。出社の序でに見て行こうと思った。区境を越えて当りを付けて行くと報道関係者が立っていたから直ぐに分かった。併し若い男の記者が二人。前夜までの大騒ぎが嘘のよう。見たところ瀟洒ではあるが豪邸という程ではなし。高級官僚とは言っても公務員だからね。此の辺の人ではないらしいから土地を買って建物も建てたのだろう。今回の件で退職金が減らされたり天下りが出来なくなったりしたら返済計画も狂うと思った。それにしても長い長い官僚人生の最後の一週間は余りに劇的であった。其れを蝉の一生に譬うべきか。退社後は立ち飲みBへ。ほんの二三杯を飲んで帰った。


4/18・水

 誰も何の期待もしていないが日米首脳会談。こうして紙幅を割く価値も無し。昼過ぎまでたっぷり降った。午後出社。金弐万円受け取る。家人が風邪を引いたというので其のまま帰宅。朝は冷凍うどん、昼は納豆ライス、夜は持ち帰りの世界的ハンバーガー。麦酒と合わせると結構旨い。幸い家人は軽症の模様。

 早く帰ったので映画「アポロ18」。月の石にはエイリアンが潜んでいたというドキュメンタリー調のスペースホラー。低予算で雑な造りだが結構ヒットしたのかな。飛行士たちが「大統領だって嘘をつく」と発言した下りが気になった。ウォーターゲート事件のことを言っているのだろう。陰謀論の始まりである。逆に言えば、其の頃まで政治家連中が信用されていたのだから却って驚く。日本は? 軍部と政府にこっぴどく騙されたから、ずうっと前から元元信用されていない。件の次官は結局辞任。


4/17・火

 いやしかしね、次官の件は同性としてうかうかと馬鹿に出来ないと思い直した。上司、上官、上役と名の付く者は勿論、先生、先達、先輩、コーチ、監督・・・、人の上に立つ者、人より多くの権限を有する者は、下下の者に好かれていると何となく勘違いするものである。相手が異性の場合では其の割合は下がるとしても十人か二十人に一人ぐらいの割合でそういう感情を抱いても不思議ではない筈だと。極めて大いなる勘違いなのだろうが、そうしてセクハラ問題が起きるのだろう。でも態態破廉恥な事を言って好かれようとしていたあの次官、中学男子程度の口の利き方だなあ。所謂中二病なのだろう。重い曇り。結構寒い。取り立てて無為。夜から小雨。


4/16・月

 まあまあ晴れる。暑いような涼しいような。中目黒まで歩いて出社。途中「文藝春秋五月号」。こういう保守系論壇誌もAに引導を渡すかのような特集を組んでいる。愈愈放伐は近いな。Aが居なくなるのは結構として、問題はAノミクスである。ゼロに近い金利デフレーションは致し方ないとして、日銀に引き取らせた国債はどうするのだろう。日本国政府日本国民の為についうっかり使い続けて拵えた借金であるから日本銀行日本銀行券を刷って消滅させることの何が悪いなどと抗弁することなく、何となく此のまま静かに凍らせて仕舞うことは出来ないだろうか。曖昧に穏便に。恰も元から無かったことのように。

借金が半分程度になるのだから財政再建も容易になるであろう。中くらいの増税で済めば何よりである。何事も厳格にやり過ぎては往けない。其れこそ希臘のようになって仕舞うからね。出鱈目な経済政策であったが結果として日本の財政と経済を救った宰相として、案外Aは歴史に名声が轟くかもしれない。勿論意図せざる結果だろうが。という訳で、吾人もAの事は多少は評価している積りである。何事も全肯定同様全否定も宜しくない。そんなことを考えながら五時から八時まで授業。何だか飲む気も興らないので其のまま帰宅。地下鉄では冷房が、拙宅では暖房が動いていた。冷凍食品と焼いた秋刀魚の缶詰で芋焼酎を飲んで御仕舞。耳鳴りは概ね治った。

 次官は突如として開き直る。万が一にもセクハラを受けた者は名乗り出て欲しいと。セクハラ録音、訴えなければ検断無し、ということにしたいのだろう。報じた週刊誌を訴えるとも。土日の間に考えた秘策なのだろうが、いやしかし、とんでもない論理だな。愈愈末期症状である。


4/15・日

 未明から早朝は春の嵐。九時前後には雨はすっかり止み、風も午後には収まる。取り立てて無為。昼はうどんチェーン。夜はスーパーの鯛を塩焼きで。という訳で食べた物ぐらいしか書くことがない。五号室の請求書が来る。見積もりプラス四万円。諸物価高騰中。


4/14・土

 今月から朝日の書評欄が土曜に移動。何か違和感があるな。大体同業他社は全て日曜だろう。こういう協定破りは宜しくない。シリアに再び巡航ミサイル。今回は英仏の参加を促した模様。併し効果は薄い。後ろに大国がいるからね。併しああいう国に肩入れし続けるロシアって、どうにかならないものか。アメリカという国もどう仕様もないが、ロシアには其の建前すらないもの。

晴れてはいるが、午後から強風。夕方に一雨。まず「サイクルスポット」でブレーキ修理。1400円。昼は「てんや」の天丼を持ち帰りで。丼物は其の場で食べるより、少し蓋で蒸らした方が旨い。暗くなった頃に老家人が寿司を食べたいと言うので「ちよだ鮨」に自転車を走らせる。此の所は食欲も落ち、老衰傾向が著しい。態態買って来たと言えば、少しは食べるだろう。あらら本日の消費支出は全て大手チェーン店であった(スイマセン)。


4/13・金

 今日も晴れて風が強い。花粉症と耳鳴りがぶり返す。漫画を勝手に載せていたサイトがブロックされた模様。先月吾人も使用したサイトである(スイマセン)。封鎖に当たり法的根拠が曖昧だと弁護士さんたちは批判声明を出す。隣の国を見ればわかるようにデジタル時代の方が検閲や統制が容易なのかもしれない。気に入った作品なら買うようにしなくてはね。

 夕方出社。行きしなに前輪ブレーキが破損。ワイヤーが切れたか外れたか。吾人は前輪しか使わないから消耗が激しい。何しろ古い車両だから。此の所、次から次へと卒業生が訪ねてくる。中高大学生、其れに社会人まで。こういう場合、勉めて適当な雑談をしてから返すようにしている。新生活に当たり少少不安なんだろうな。まあアフターサービスの一環である。という訳で今週は色色と良く働いた。退社後は中華立ち飲みとバーIへ。秋田出身の妙齢女性と出合う。ひょんなことから鉄道の話しになった。何時か五能線に乗りたいとおっしゃる。態態乗るより、新潟から「いなほ」に乗って帰れば景色は抜群に佳いと伝えると、帰省は飛行機と決めていると返された。一時頃帰宅。

 

4/12・木

 雨も降らないというのに大分の耶馬渓では山崩れ。彦根では十九歳の巡査が上役を銃撃して逃走。財務次官にはセクハラ発言報道が。国のトップが此れだからつくづくこういうことになるのである。禅譲では駄目だ。放伐しないと。併し日本には易姓革命の思想がないからな。

 四月からゴミ収集のダイヤが変わり、可燃ゴミは十時台と遅くなる。此れで斜め向かいのマンションに出せる。拙宅側は各戸別回収ということだが、成るべく纏めて出した方が回収効率がいい。通いの管理人が見張っている時間帯は其れが出来なかった。午後出社。久久の木曜日の本務校である。中学一年生は中学校に不満たらたら。彼らの言う通り、中学校とは理不尽で過酷な場所だろう。其の気持ちはよく分かる。(毎日仮釈放される拘留施設のようだとは言わなかったが)心を鈍感にして乗り越えるようにと忠告す。大抵の子は其の内に慣れるものである。いやしかし、結局能天気で体が丈夫な人が生き残るようになっている。そもそも中学校というものは、(以下略)。退社後の木曜日の歩き方が分からない。結局中華立ち飲みに寄る。二日連続で天屋先生と須々木さんと会う。昨日の今日だから何となくぎこちない。


4/11・水

 朝から南風強し。一雨あったが、午後は晴れた。衆議院予算委員会は怒号交じり。午後出社。金参万円受け取る。結局平政君の後釜には、嘗て勤めていた田川先生を頼むこととなった。実に六年ぶりの復帰となる。田川先生は大貧学院の卒業生であり、才媛であり、元講師であり、現在は高校の先生をしている。此の間に姓が変わるようなこともあったが、まあまあ元気そうで安心す。体があんまり丈夫でないからね。毎日行くような非常勤講師をずっとやっていて、途中所謂雇い止めのようなことにもあったらしい。任期制の雇用だと偶の手抜き授業も出来ないな(吾人の授業は毎日手抜きでスイマセン)。先生稼業に加えて通信添削の内職などもやっているというから、根を詰め過ぎないか依然として心配である。つくづく若い人にはもっといい仕事を提供すべきである。

 退社後は立ち飲みBへ。期せずして須々木さんや天屋先生を交えての時局談義となる。両人ともAへの不満はあるようだが、政権交代は勿論、自民党内の総裁交代すら望んでいない模様。丸山眞男大先生の「車中の時局談義」と全く同じ構図である。「これらの人々の政治的事実に対する直観的な把握がきわめて正しいものを含んでいるにも拘わらずそれから引き出された政治的判断は全く反動的な方向を取っている」。何が彼らをそうさせて仕舞うのだろう。恐らく幼少期から青年期に掛けての経験が物を言うのだろう。反抗心、いや批判精神というものが欠如している。四十を過ぎれば政治は自然と分かるようになるとは芥田先生の至言だが、分かった上での政治的判断はもう少し若い頃の思考様式に依存しているではなかろうか。野党指導者たちはこういう人たちにも届く声を考えていかなくてはならないが、其れは至難の業だな。何しろ吾人の声も届かないもの。花粉症は終了。


4/10・火

 北側の集積所には大量の可燃ゴミ不燃ゴミの日に出されていた。当方の家作の物ではないと思うが、半分ぐらい引き取って紙類を分別し直す。所謂引っ越しゴミだな。相変わらず東京ゴミ戦争である。終日晴れ。さてさて、まだまだ18きっぷがある。本日期間最終日。そうなると墓参りである。成るべくJR区間を長くすべく、武蔵野線の新小平から参る。田園都市線南武線に乗り、府中本町で乗り換え。折角なので205系を待つ。山手線に新車が入る関係で、此の度インドネシアに転出するとのこと。国鉄時代も全国区で転配をしていたが、今は転勤もグローバルである。乗った車両は昭和六十三年製。かの地であと二十年は働けるな。在来線車両は長命である。一方先月引退したスーパーあずさの車両は、もう壊されているという。同じ在来線でも非凡な車両は寿命が短い。尤もインドネシアで五十歳まで働けば、205系も傑出した車両と認められるであろう。長生きするのも芸の内である。

そんなことを考えながら適当に歩くと案外直ぐに霊園に着いた。墓参の後、駅前の「満北亭」で麦酒休憩。味噌ラーメンも食べたが、ふた味足らない。隣のおじさんは大量のニンニクを投入していた。成程、其の手があったか。でも其の手は使えず。歩き足りないので国分寺まで行軍す。少少草臥れた。此れ以上何処か遠くに行く気にもなれず、其のまま電気の力を利用して帰った。三時帰着。以後午睡。

 加計問題では新たな文書が発覚。今度は首相秘書官=通産官僚愛媛県側との面会記録が出て来た。官邸の意向が強く働いていた形となる。愈愈御仕舞だな。本当に早く居なくなって欲しい。併し、此処まで官僚の皆さんが動揺したり、忖度したりするのはどういうものかと暫し考えた。恐らく、政治主導というものに慣れていなかったせいもあるのではないか。今まで我儘気儘に自転していた組織が、突如として人事に介入される。件の内閣人事局の御蔭である。三年に一度の割りに覚え目出度く出世転勤して往く官僚さんたちにとっては、自転的人事こそが全てである。(当然民間組織も自転はしているが好不況などの外的=公転的要素の方が大きいし、時として想定外の彗星や隕石が衝突することすらある。)其れこそ、晴天の何とやらだったのかもしれない。急に浮足立って仕舞ったのだと思う。今はある種の過渡期なのだろう。今後は異動に対するストレス耐性を備え、選良たちの理不尽な要求には是是非非で対応して欲しいものである。政治主導自体は悪くないアイデアなのであるから。

 夜は「銀河英雄伝説」の新作アニメを見る。旧作から三十年も経つとCG多用。登場人物もすっかり綺麗になり、軍艦の類も丸で新造の電子操縦といった感じ(205系と235系くらいの違い?)。やっていることは同じ宇宙戦争だけどね。此の物語も政治とか軍事とかに興味を持ち始めた中高生諸君にはいい教材かもしれない。千年先も戦争ばかりしているという結構救い難い内容でもあるがね。


4/9・月

 午前中は漫然とす。旅費の精算。グリーン代とバス運賃が1800円、見学料1000円、飲食費と御土産代数千円といった感じ。一枚2370円の18きっぷを使う為に、其の数倍の御金を使った計算である。家でぼんやりしながら飲んだり食べたりして使ったお金を差し引いても、数千円の内需拡大となるだろう。青春18も期間を拡大すれば、みんな家から這い出してきて全国の観光地が助かる。交通は国の産業の要石。鉄道開闢以来の使命である。

サッカーの監督も解任される。選手との不協和音が拡大していたらしい。言葉の問題? いや性格? むしろ年齢の方だろうな。老将の意向を忖度する程、選手が出来ていない。併しワールドカップまで二ヶ月。ちなみに今年の開催国はロシア。北の国のように態度を軟化してくれるといいが、ロシアに限って其れは無いなあ。

 今日も強風。何だか五月の陽気。今年は季節が早い。再び電車に乗って千寿に出校。途中散髪す。授業は五時から八時まで。千寿生活も五年目である。此方の監督とは意思疎通が出来ないままだがね。不要紙の持ち帰りも再開。町屋の立ち飲みBに軽く寄り、千代田線に乗る。改正後は伊勢原行きなんて言うのもあり、随分遠くまで行くと思った。こういう行き先を突然見ると旅情を掻き立てられる。例えば其れが伊勢原ならば、大山で豆腐でも食べたくなるように。大手町半蔵門線に乗り換え。何だか途中で数分間動かなくなり超満員になって帰った。服薬から二週間。耳鳴りも七割方治まった。


4/8・日

 余った青春18きっぷを何とかすべく、始発のバスに乗り渋谷駅へ。7時16分発の宇都宮行きに乗る。例によって埼京線のホームは遠くて評判が悪い。此処も二年後には山手線に並べる計画だという。東横線がどいた後には、もう基礎部分が出来ていた。こういう工事物は日進月歩である。折角なのでグリーンにす(780円)。グリーン車があれば結局乗って仕舞う。ラーメン一杯分の贅沢。JRの増収策は的中しているな。

二時間走って到着。大谷石博物館を見ようと思う。三十分バスに乗って参る。二時間半も北上すると山の桜がまだ咲いている。得をしたと思った。採掘場跡に其のまま入る。月並みな表現だが、地下神殿のよう。但し観光客も多く、場内は歓声がわんわんと木霊す。残念ながら荘厳とまではいかなかった。続いて大谷観音へ。御本尊を拝顔。平安初期の千手観音菩薩とのことだが、何となく天平とシルクロードの香りがする。此方は霊験あらたかといった感じ。結構丁重に手を合わせた。

 バスで市内にもどり、「めんめん」という中華屋に入る。此処は餃子専門店という訳ではなく色色と頼める。併し何しろ一人ではね。羽根つき餃子一人前360円。麦酒にラーメンを付けた。例によって餃子というものは、(以下略)。しかし宇都宮には焼きそばの店も幾つかある。次回はそちらにも入りたい。

駅に戻り、13時33分発の逗子行きを待つ。ホーム上にはいい感じの立ち蕎麦屋がある。「野州そば」というらしい。併し胃にはもう入らないし、此処も(恐らく)NREだと思うと別腹を提供する訳にも行かず。其のまま乗車。此の列車は途中から快速運転す。モハに乗ったせいか、結構速く感じた。そもそも電車は速いのである。出し惜しみをしないで、こういうライナー性の列車をどんどん走らせれば、宇都宮高崎までなら新幹線を使うまでも無い。其れでは儲からないというのなら、幾らか料金を請求すれば佳かろう。

 大宮で吾人のボックス席も埋まる。目の前には西洋のお人形さんのような恰好をしたおじさんが座った。都会には色色な人が居る。本当は女の子に生まれたかったのだろう。人生とは不如意の連続であると思った。大体みんなそういうものであるしね。大分経って仕舞ったが、自己実現出来て佳かったと思った。月波君が都内でお待ちしていますというので新宿で乗り換え。丁度二時間で市ヶ谷に着いた。都心なら新幹線が有利だろうが、東京西部や神奈川方面に帰るのなら在来線でも幾らも変わらない。一回りして、先日入れなかった「さくら水産」へ。猫も跨いで通った刺身を出した飯田橋店とは違い、市ヶ谷店の方は結構旨い。金目鯛、めごち、鰯、サヨリ等等。清酒「吉乃川」と金宮焼酎でどんどんと流す。二人で八千円近くも行って仕舞った。七時前解散。更に渋谷の「博多天神」でラーメン。八時前帰宅。十時就寝。花粉症は多少目が痒くなる程度で済んだ。此れは檜かな。


4/7・土

 朝から晴れた。朝から牛丼Sへ。映画「サバイバルファミリー」見了。何らかの原因で電気生活を失ったという設定。深刻になりがちなテーマをコミカルに描いている。悲惨なシーンは出て来ないから教育テレビでも流せる。ちょっと笑えて少し考える。こういうタッチの作品は余りない。アニメ化したら却って現実味が増して宜しくないし、万が一にもハリウッドがリメイクしたらパニックホラー大作にして仕舞うだろう。

 買い物は二便。夕方前、何時ものとり屋に焼き鳥を買いに行く。焼き鳥部門は来週で終了するとのこと。焼き担当のおじさんが引退するのだろう。考えて見れば吾人が幼少の頃から可成りのおじさんだったから、実は相当な高齢なのだろう。お疲れさまでした。ああこれで、また一つ、晩酌の当てがなくなったな。先月の電気使用料360キロワット。前年比二割減。

 

4/6・金

 評論家の入水を幇助したとしてテレビ関係者らが逮捕される。ロープを結ばせたらしい。師弟愛?年寄りの我儘に若い人を巻き込んではいけない。つくづく迷惑な話しである。

巡業先で倒れた人を救護しようとして土俵に上がった女性が注意された件も酷いが、其の後取り組みをしようとした際に大量の塩が撒かれた件も酷いと思った。最近は仏教界でも「清めの塩」を止めているという。穢れの概念が差別に繋がるという指摘を受けてのことである。となると、将来的には廃止されるかもしれない。併し何か撒かないと形が付かないということもある。ならば水でも撒くかな。水を打って取り組みに集中するとすれば批判も出ないだろう。併し相撲界の改革の速度を考えると相当先になると思うけど。

朝から南風が吹き荒れる。午後出社。吾人の授業はないが、テキストの配布と時間割の調整に当たる。平政君の穴は埋まらず。こういう場合、大抵の学習塾では嘗て勤めていた人に無理矢理頼むのだろうが、どうせ最後の方の給料を支払ってないから、其れも出来ず。全て無責任社長が悪い。吾人の知った事ではないので、八時に退社。五反田でやっている大将主催の金曜会に回航。参加者は、鶴木さん、須須木さん、鰻犬先生。以前よく行ったイタリアンレストランの移転オープンに合わせてのこと。併し一時間も遅れて行ったら、既に食べる物はなし。白ワインを只管がぶ飲みす。立ち飲みBの五反田店に回るも此方も満員。金曜の夜は凄いね。

驚いたことは、鰻犬先生も引っ越すのだという。此処で鰻犬先生の紹介を少し。住居が大貧学院の目と鼻の先にある関係で、授業を少し手伝ったことがある。ということで先生である。当然ウナギイヌとは当時の生徒が付けたニックネーム。吾人よりかなり年上だが、貸間と貸店舗を所有。此の度、全部売り払って田舎の方に行くとの事。建物自体は古いから其れもあるだろうが、土地を売った後は日銭が入らなくなる。鰻犬先生の老後は大丈夫だろうか。吾人と同じ独り身である。其のまま五反田で解散。本来ならラーメン屋でも物色しながら帰るのだが、大雨が降るというので鬼の形相をしながら帰った。


4/5・木

 未明に小咳。また風邪かと思い、直ちにプレコール」。空気が代わり普通の四月に戻る。取り立てて無為。夜は中日巨人の三回戦。件の大リーガーも出た。五回三失点。可もなく不可もなく。月に二回ぐらいは投げられるかな。まだ三十代である。何しろ話題がない球団だから。


4/4・水

 一応散歩には連れ出した。僅かな段差も越えられず。其の度に「なんにも出来なくなった」と呟く。年を取るのも大変である。異様に暖かい。五月の陽気である。午後出社。立ち飲みBの後は、バーIに寄り、先日の花見会の顛末を聴いて帰った。


4/3・火

 遅起きなミケを掴まえて漸く予防注射に連れて行く。此れで三匹終了。今年は手間取った。さてさて今日も暖かい。青春18きっぷが二回分余っているので何処かに行くことは可能だが、すっかり気乗りがしない。花粉も酷いしね。

ところで、日日、老家人は其の為体ぶりを家人に批判されている。すると時折反撃して、此の所は家人と諍いが絶えない。併し老家人は今月で九十三である。流石にもう無理かな。吾人には少少諦めた観がある。其れとも家人のように心を鬼軍曹にして散歩に連れ出すべきなのかなぁ・・・。

使用期限を五年も過ぎた消火器を交換。家作の一階と二階の二本で一万四千円。つくづく無駄だと思うけど。最近の人は煙草も吸わないし、新型のガス台には停止装置も付いているし。それでもまあ本当に役に立つようなことが起こるよりかはね。晩食は残り物の総整理。締めは期限切れの防災御飯を同じく期限切れのお茶漬けの素で。此方は無駄にはならないな。イラクの日報も出て来る。詳しく検討すれば適当な答弁をしていたK元首相の評判も下がるだろう。


4/2・月

 朝から出社。時間割の都合上のことで別に今更転職活動をした訳ではない。併しこうして朝から行くのも春夏冬の講習期間中、其れも年に一二回の事である。そもそも混んだ電車に乗りたくないということで現在の職業を選択した割合も多い。

午前中は小さい子の面倒を見る。やや粗暴な子が一人、異様に落ち着きのない子が一人。うちの猫より年下なだけに、猫より聞き分けがないと思った。人を育てるのはつくづく大変である。とは言うものの幼児教育は吾人の範疇ではない。心のベクトルをゼロにして耐え忍ぶ。午後は高学年。少しは人語を解してくれて助かった。諸諸の雑用を済ませ三時半退社。此れでも七両編成である。碑文谷で鯛とトビウオの刺身を買って帰宅。暗くなる前から飲み始めた。服薬から一週間。耳鳴りは若干収まってきた。


4/1・日

 未明には逆流す。と言ってもポロロッカというほどでは無し。八時にはすっかり回復し、早速富士蕎麦でラーメン(420円)。軍縮、開国へと傾く北の皇帝に暗殺の危険があるという。詰まり失業を心配した軍人たちが、和平に反対するというシナリオである。そう言えば此の国でも玉音放送に抵抗した勢力が居たものな。何時の時代もどの国でも見当外れの強硬派ほど度し難いものはない。

 昼は録ってあったBSの「英雄たちの選択・崇徳上皇の涙」を見る。天皇家にはこういう放埓で魔術的な部分もある。21世紀になっても暴走しないとは限らない。だから現行憲法による縛りが必要なのだと思う。此れが、天皇国事行為に専念して欲しいと願う吾人の理由である。

中日は開幕三連敗。今年も野球は見なくて済みそう。こんな状態がもう何年も続いているから、中継を見ても選手の半分ぐらいしか分からない。何度も言うが首脳陣はどうする積りなのだろう。何の戦略も無いらしい。何しろ格安で手に入れた元大リーガーナゴヤドームを何回か満杯にする皮算用をしているくらいだから。

 夜はとんかつ。珍しく家人が揚げた。併し衣は剥がれ、油を節約した為か全般的に焦げた感じに。家人の技量も落ちたと思った。もう揚げたてのかつも外で食べるものとなった。地上波テレビ、頗る詰まらない。各局とも同じようなスポーツバラエティばかり。テレビは諦めてラジオを点けた。

2018-04-05

2018年3月

10:30 |

3/31・土

 血液検査の結果はまあまあ良好とのこと。コレステロール尿酸等も基準値×1.2程度。血糖値も低い。買い物に続いて、拾った携帯電話交番に持って行く。午後はバーI主催の花見会。三時に店に集合して近所の公園に向かう。参加者は十名程度。吾人より年下が多い。みな常連なのだろうが、一堂に会したことがないから、誰が誰だか分からない。唯一分かるのは店主だけである。まあそれでもアルコール力を借りればどうにかなるから不思議である。暗くなった頃に店に引き上げ、二次会へ移行。酔いが回った吾人は、頃合いを見計らって離脱す。十時には就寝(多分)。差し入れ分を含め会費は五千円。こうして健弱な三月も終了す。

三月の備忘録。本務校の商店街ではクリーニング屋が閉店。此の所、自前で作業しているような所はどんどん閉じている。また豆腐屋さんも長期休業中。どちらも店主高齢の為。三江線も廃止。


3/30・金

夜半から未明にかけて大風。異様に暖かい空気は何処かに流される。其れでも平年並みの気温。沖縄の伝統食品を放射性廃棄物の味がすると表現した高校の英語の教科書が訂正される。既に刷ってあるから総回収だな。日本を食べ歩いた英国一家の文章をそのまま載せてしまったよう。英国流のブラックユーモアの部分は手直しすべきであった。其れとも、何処かで「放射能の」という形容詞と「廃棄物」という名詞を差し込みたかったのだろうか。大抵の英語の教科書は必要な単語と文法を無理矢理組み込んでいるから、何だか不自然な遣り取りになるものである。

月波君が都心の桜でも眺めましょうと言うので出掛けた。市ヶ谷から飯田橋まで歩く。まだ三時過ぎたが、会社員などもブルーシートを広げている。佳い会社だと思った。そういえば今日はプレミアム何とかであった。桜は既に半分程度。世田谷に比べ少し早い。今年は特に早いから新入生や新入社員は間に合わなかった。もし後者が駆り出されているとしたら、其れはブラック何とかである。一方鳳生大学もどんどん建て増ししている。京都の駅みたいになっていて驚いた。

刺身でも食べようとさくら水産を目指すも、何時の間にか「腹八分目」という安めの居酒屋になっていた。一応入って見る。インスタ映えを狙っているのだろう、矢鱈大きな唐揚げが名物のよう。今更唐揚げを大量に食べさせられてもね。客乃間も来るというので腹五分で「備前」というラーメン店に移動。併し既にスープも麺もないというので水餃子を食す。麺が食べたくなり、結局何時もの「えぞ松本店」に。数千円を費消して十時過ぎに帰宅。


3/29・木

 北の小皇帝北京に参り、中華の新皇帝と会う。こう書くと身も蓋も無い感じだが、米朝会談の下準備の為である。開国の意思は変わらない模様。何となく冷戦が終わるときの感じに似ている。此処は敢えて楽観論で行きたいと思う。但し日本は自ら蚊帳の外である。せめてジンドーエンジョをちらつかせるべきである。期限切れの防災食を送ることに反対する人は少ないだろう。

 異様に暖かく、異様に花粉が飛んでいる感じ。ロラタジンという薬を飲み、マスク掛けで閉じ籠っていてもくしゃみ止まらず。取り立てて無為。録り貯めてあった「ポツンと一軒家」という番組を見る。此れは衛星写真で見た一軒家を実際に見に行くという企画。中には都会から移住したような威勢のいい人もいるのだが、今回の放送では行って見ると廃屋だったり、空き家だったり。一軒家ではないが、集落で人が住んでいるというのは一軒だけというものもあった。当然住んでいるのはお年寄りばかりである。此れが地方の現実、そして全日本の未来の姿である。まあみんな比較的楽しそうに住んではいたけれどね。


3/28・水

 朝から区の健康診断。と言っても何時もの内科である。可もなく優も無く。血液検査の結果は数日後。ちなみに選抜野球では彦根東慶應に勝利。名前から言って県立高校で、ルーツは彦根藩藩校だという。ウィキペディアによると設立は1798年。詰まり寛政高校である。歴史的にも勝っているな。こういう地方の伝統校には少し憧れる。何しろ高校は横浜市北部の某私立高校だったから。

 午後出社。二時半から八時までずっと授業。口から沢山息を吐き出したら耳の方が治るかと思ったが、残念ながらそう言う事にはならなかった。服薬二日目、今のところ変化なし。退社後は晴雷亭に行くも誰にも行き会えず。こういう時にはバーIに回航す。すると近近に花見をするから是非来るようにと店主に言われた。今年はこういう企画にも出て見ようかと思った。誘われる内が華である。十時半ごろ帰宅。


3/27・火

 カキーンという左の耳鳴りが収まらないので、先日の耳鼻科に参る。今日は年増で小柄な女医の診察を受ける。割と気さくで丁寧な感じ。院長先生なのだろう。院内は大混雑であった。結局ビタミン剤や血流改善薬、むくみを取る漢方薬等が処方される。鼻が悪いと耳にも悪いから、抗アレルギー剤もきちんと飲むようにと言われた。診療報酬520円、薬代2020円。実際は此の3.3倍である。飲み代が減って、国民の医療費が増大している。良くない傾向である。早く治さなくては。

 午前午後と国会証人喚問。件の局長、前国税庁長官の番である。余り詳しくは見なかったが、何故そのような改竄が行われたかについては、刑事訴追の恐れがあるので答えられないと繰り返した。そもそも喋る気がないから、喚問も時間の無駄といった感じ。併し此の人も高級官僚人生の最後の最後にこういうことになるとは予想し得なかっただろう。今まで以上に涙目で、ふさふさの髪にも白い物が増えたように見えた。何処で何をどう間違えたのか。何だか憐れだな。恐らく、忠勤過ぎたのだな。あれでは家産国家の家産官僚である。

 潮流に乗って東急も座席指定列車を走らせるという。但し大井町線急行で夜間、編成に一両だけ組み込むことに。何とも中途半端である。併し通勤ラッシュ程無駄な物はない。本来なら、フレックス何とかと在宅勤務、地方分散でとっくの昔に緩和されている筈なのだが。デフレ時代の労働強化と東京集中で全く其の芽は摘み取られて仕舞ったのである。終日異様に暖かく、午後は昏昏とする。昼はスーパーの弁当。夜は冷蔵庫の残り物を片付ける。


3/26・月

 沢山寝ても、朝からぼんやりす。耳鳴り酷し。御昼前からテレビ桟敷で野球観戦。春の選抜高校野球、仲田大将の母校が出る試合である。二十一世紀枠という特別枠での出場だが、相手は生憎の超強豪校。軍事に準えるなら最早戦闘というものに成らず。幾ら予想されたこととは言え、見ていても気の毒である。まあアウトは死だが、戦争と違って本当に死ぬ訳ではないけど。

併し人口が減少している田舎の公立高校と強豪私立高校とでは、予算も人員も一ケタ違う。全国から選手を集めた後者は都道府県の代表ですらない。そんな高校野球というものがよく続いているな。日本の七不思議である。さて試合はと言うと、当初はどうなるかと思ったが、後半善戦し、見せ場も幾つか作れた。応援に行った大将も満足して帰京するであろう。午後出社。退社後は中華立ち飲みに鶴木さんを尋ねるも、井満さんの悪態が酷く、直ちに立ち飲みBに避難す。飲み屋の客にも明白な序列がある。様態、職業、話しの面白さ等等を掛け合わせて総合的に決まるのだが、此の所の井満さんは転落が著しい。何しろ髪はぼうぼう、話しは本当に完全に壊れたテープレコーダーだから。矢張り男は仕事をしていないと駄目だな。何はともあれBでは久久に閉店近くまで飲み通した。2300円。


3/25・日

 やめろ止めろというのに、西日本原子炉が相次いで動き始める。大体此れからの季節は陽光煌めくのだから電気だって余るだろうに。一部には電気料金を引き下げて、顧客を囲い込もうという会社もあるよう。何度も言ったが原子力発電が安いというのは出鱈目である。動かして出て来たあがりは、莫大な廃炉費用と廃棄物の十万年分の保管料の積み立てに充てるべきである。

 昼は外に出た。新町のとむちゃんでトンコクラーメン(640円)。其の後は駒沢の公園に寄る。桜は満開。既に大変な人の出である。少しは見て歩きたかったが、あっという間に目も鼻も大破。急いで戻り、目を洗い、髪を掃除機に掛けた。今年の花見は無理だな。アルコールと抗ヒスタミンをほぼ同時に飲んだら、重力に逆らって立つことすらも出来ず。九時就寝。


3/24・土

 気が付けば右も左もメードインチャイナばかりだと怒り狂ったTさんは、鉄の関税を25パーセント引き上げるという。Tさんが怒る訳も分からないことはない。特に溶鉱炉は止められないから、鉄鋼は昔から問題になりやすい品目である。まあ何パーセントが適切かどうかは分からないけど。米中貿易戦争勃発? 其の内に怒りも収まるだろう。

 未明に激しい胃もたれ。旨いからといってもたれないとは限らない。こういう場合水分を多く取って、直ちに胃薬である。最近は「アコファイド」という処方薬を使う。そして胃の辺りに懐炉を張り付けた。一時間ほどで収まる。無事寝直した。

風邪はどうにか治った。実に二週間も掛かった。気が付いたら桃も桜も咲き出している。此の間は悉く記憶喪失、丸で空白の二週間である。ところで昨夜のテキストに志賀直哉の「焚火」が出て来たので早速読み直す。いやしかし、赤城山の方にも全く行ったことがないと思った。前橋からバスで一時間半だという。大正時代足尾線の水沼から歩いて入ったらしい。吾人の体力なら夏場でもヘリコプター搬送だな。

午後は録ってあった映画「この世界の片隅に」。ディテールが細かい分、若い人は何回か見ないと理解できないだろう。スフとか、間諜とか、忠臣楠木公とか、敗戦の日に太極旗が挙がる意味とか。学校では習わないことが山ほど出てくる。一方、戦争が描かれていないとか、被爆の描写が簡素過ぎるだとか、加害責任がないとか、色色な批評も出来るだろうが、こういう余白を残した作りにしてあるというのが本作がヒットした一つの理由であろう。鑑賞者の想像や後後の学習に委ねる形となっている。精密だが敢えて主張を控える、詰まりすずさんの愛した水彩画のような作品であると思った。


3/23・金

 朝には喉の痛みは半減す。午後出社。行けば仕事が目白押し。来週からの講習の予定も詰める。夜は小雨。濡れて帰る。途中碑文谷王将に寄る。餃子と炒飯。帰り掛けに今日の炒飯は旨かったと伝えると、妙に有り難られた。調子に乗って、「炒飯は中華の基本にして最高峰、火を恐れず、火を司る。謂わば火の王に認められた者だけが真に旨い炒飯を作る有資格者となる。君には其の資格が存分にある。」などとは言わなかったが、具と飯の混ざり具合、調味料と油の量等も確かに申し分なかった。一日一回は他人を褒めなくてはね。一日一誉である。喉の痛みは綺麗に取れた。流石に処方箋薬は効き目が素晴らしい。但し何だか眠くて仕様がない。一方耳鳴りは治らず。


3/22・木

 朝まで大雨。以後曇る。喉も耳も少しも治らないので耳鼻咽喉科に行く。耳鼻科は掛かりつけがないので、先日老家人を連れて行った新店舗に参る。吾人より年下の医官のような女医が突っ慳貪に診察す。鼻診て喉診て耳も診て二分で終了。喉の風邪が耳に移って中耳炎を起こしているとの見立てである。最後に三分ほど蒸気を吸引す。耳鼻科に来たのは十数年ぶりだが、治療手順は小学生の頃と大して変わらないと思った。初診料込みで1250円。耳鼻科も安いね。併し此の医院、働いている人も患者も女性ばかり。産科婦人科と見紛うくらいである。こうなると吾人の存在自体がまるで異物であると思った。

処方箋には抗生剤から漢方薬まで大量に出ていて1950円。トラネキサム酸もあったが市販品とは容量が違う。凡そ二倍の処方であった。貴重な国民の医療費である。早く治して、残った分は次回の風邪に使おうと思う。昼は「野郎ラーメン」。午後は少し晴れた。買い物は二便。薬のせいか昏昏と午睡す。夜はスーパーのピザコンビニパスタ。耳鳴り酷し。


3/21・水

 再び朝から冷たい雨。御昼前から雪になる。彼岸中日だがつくづく今年は寒い。終日引き篭もる。アメリカで実験中の自動運転車が死亡事故。夕暮れに霞んだ歩行者が見えなかったよう。自動運転など当分先だろうな。広く太い道ならともかく、拙宅の近所のように、人と自転車と看板を掻き分けてでものろのろと進めるようになるのは多分二十二世紀だな。まずは自動ブレーキと飲酒運転防止装置である。併し物を細かく動かすのは極めて難しい。此の分野は人間がやるしかなかろう。給仕や配送なんて仕事は最後まで残るに違いない。


3/20・火

 昨日の夜から冷たい雨。耳鳴りも治らず。午後は止んだが、外出も来客も無し。午睡の際、みたび喉を傷めた。併し抗生物質三日分、ロキソニン十錠以上、ペラック数十錠、プレコール、抗ヒスタミン点鼻薬浅田飴等等数千円分を投入しても少しも治らない。こんな風邪があるものかと落胆す。詰まり、吾人の生命力が落ちて来たのかもしれない。


3/19・月

 暫らく休みなのだが、とうとう何の計画も思い付かなかった。二三日出掛けることも検討したが、体調が佳くない上に、今週は菜種梅雨だという。という訳で只管自宅に駐屯す。老家人をデイサービスに送迎し、午後は植木屋さんが松を切りに来る。時節がら和菓子屋に御萩を買いに行って出した。先月移した桃は無事根付いたそう。夜はコンビニ冷やし中華。咳はどうにか収まりつつあるが、喉はまだ痛む。「プレコール」を買って備える。

 参議院は森友問題集中審議。とは言え真相は分からず。国会は取り調べ室ではないからね。其れに忖度を立証するのはそもそも難しい。与党は全部理財局の責任にしてしまいたいよう。それにしても一局の判断で公文書改竄までするかね。結局、疑問と疑惑しか残らない。まあ支持率が下がるのは結構なことだけど。そもそも此処まで政権与党がやりたい放題になり、高級官吏の世界でも忖度が蔓延するのも、与党が大きすぎるからで、其れは即ち自民を勝たせ過ぎた国民の(無)責任である。


3/18・日

 朝から買い物。パン、野菜、猫餌の三便。朝だというのにぞろぞろと大学の方に人の列が伸びている。人相からし資格試験らしい。聞けば医療経営士だという。そんな資格があるとは知らなかった。世の中が高度化すればするほど様様な資格が必要なことは分かるが、こうも次から次へと資格を増やされてもね。其の内、道を歩くにも資格が必要になるかもしれない。試験は昼前には終わったよう。またぞろぞろと歩いていた。正味一時間半、マークシート方式だな。折角受けに来たのだから、もっと色色と受けさせてやればよいのと思った。そもそも日本の試験は時間も科目も少なすぎる。午後は肉を買いに行き、夜は鋤焼きにした。

 圧倒的多数でロシア大統領は再選される。いやしかしあと何年やるのだろう。ソ連崩壊後の混乱状態より独裁の方が増しという判断なのだろうが、未来永劫権力を握るという訳にも行かない。権力の継承ということを考えなくては。交代が巧く行かないと、また内戦からやり直しである。民主制は治世としては賢明な王政に劣るのだろうが、継承ということを考えるとやはり最善に近い政治制度である。


3/17・土

 朝から冬型の晴れ。シロとグレを獣医に搬送。恒例の予防注射。各6480円。何だか少し値下がりした。ジェネリック品なのかな。何だか草臥れて午後は昏昏とす。買い物にも行けず。昼夜ともに缶詰と冷凍食品。嗅覚も戻らないから食欲も不振の極み。


3/16・金

 朝方は大量の寝汗。すると今度は耳鳴り。何だか不定愁訴のオンパレードである。痰の絡んだ咳が多くなる。午前午後と漫然とす。夕方千寿に向かう。月曜の振り替えである。例によって地下鉄の長旅。マスク掛けだが、途中何回か咳込み他客の顰蹙を買った。苦行難行の上に辿り着いたが、肝心の授業は七時には終了。正味一時間である。そんなに生徒が居ないのならば適当な自習か演習にして欲しかった。何はともあれ今年度の千寿出校は本日で終了。清清す。町屋のBに寄るも、Dオーナーは相変わらずの不在。麦酒一杯で終了(940円)。此の一週間の外食費の少なさは記録に残るであろう。帰宅後は抗生剤にペラックを白ワインで。前線通過に伴い夜は冷えた。


3/15・木

 日中暖かく風強し。花粉も大量飛散なので外出は無し。先日のペンキの残りを使って、あちらこちらの汚い所を塗り直す。午後も体調優れず。何だか寒む気もする。喉も治らない。ぶり返した。抗生剤の残りも呑もうと思う。


3/14・水

 アメリカ外務大臣も解任されて仕舞った模様。政権内の数少ない常識人であるが、大統領とは元元不仲であった。此れが半年前なら少し心配した。併し現在では、御大自ら平壌でも板門店でも乗り込まれる勢いだから、大船に乗った積りで安心することにしている。何事も明るく考えなくては。兎に角、瓢箪から一度でも当たり駒を出してくれ。頼みます、大統領閣下。

 終日異様に暖かい。朝から小咳。喉を此れ以上痛めてはならない。「プレコール持続性せき止めカプセル」を呑む。何だか効いたよう。一方老家人は数日前から微熱傾向。一応何時もの内科へ搬送す。風邪等の取り立てての自覚症状はない。レントゲンまで撮ったらしいが原因は掴めず。要は老化により、全身のあちらこちらの細胞が痛んで、崩壊熱のようなものが出ているのだろう。長生きするのも大変である。

 午後出社。金七萬円受け取る。喉は益益痛む。ペラックを追加購入。其のまま帰宅。家に着いたらまずロキソニン。吾人も立派な薬物中毒である。痛みが取れ始めた頃に遅い夕飯。白ワインで流し込む。


3/13・火

 喉の腫れは半分程度。結局痛い。結局ロキソニン抗生剤を止め、ペラックを併用す。そもそも風邪に抗生剤は効かない筈である。喉を治すには鼻通りも確保せねばならないので、点鼻薬と抗ヒスタミンも多用。市販薬の複合競技である。

三日間ほぼ寝た切りだったので、昼は外に出た。あちこちのドラッグストアーで品揃えと価格をチェックし、富士蕎麦に寄る。何だか異様に塩辛かった。味覚もリセットされた感じ。嗅覚もリセット。序に人生もリセットして欲しい所だが、其の為には途轍もない大病が必要であろう。それにしても今回の風邪もまあまあの規模であった。夕方久久の入浴。麦酒は刺激が強くて飲めず。赤ワインを少少。


3/12・月

 朝方はかなりの寝汗。喉の痛みは全く収まらず。水も涎も呑み込めず。続いて小咳。ペラック効果はゼロと判定。一日三回のところを四回服用したのだけど。まるでインチキ薬だと思った。第三類医薬品だからかな。毒にも薬にもならず。詰まり丸二日寝ていても殆ど良くならない。

 高脂血症の薬もない頃なので何時もの内科で診て貰った。インフルエンザは陰性。喉の炎症には抗生剤とありきたりの鎮痛剤(ロキソプロフェン)が処方された。ロキソニンなら家にもあった。診察料2300円。普段より850円プラス。早速服用す。一時間ほどで効き始め、あれほどの痛みは雲散霧消。しかし鎮痛剤というのは凄いね。痛みの原因は其のままにして痛みだけを取れるのだから。依存症が増える訳である。千寿校は欠勤。午後はずっと就寝。昼は御粥、夜はコンビニ食。白ワインをコップに一杯。ネットの情報によると、喉の痛みにはペラック+ロキソニンの組み合わせが市販薬では最高とのこと(現役薬剤師さんがそう言っている)。成程、なるほど。

 財務省公文書の書き換えを正式に認める。政治家の関与を示した部分をごっそり削除したものを国会に出していたとのこと。次なる問題は誰がそういう指示したかということになる。高級官僚官邸意向忖度して、ありのままの記述がしてあった地方部局が拵えた決裁文書を改竄したという事らしい。モリの問題は一年経って、振り出しに戻ったな。今更言うのも何だけど、財務大臣のぞんざいな態度には、呆れるのを通り越し、最早適切な表現が見当たらない。前局長を早速呼び捨てにしていた。


3/11・日

 熱は概ね下がるも、喉の痛みが酷い。併し拙宅には浅田飴しかない。家人にトラネキサム酸を買ってくるように指示する。「ペラックT錠」(第一三共)。早速服用す。本来なら昨日飲みたかった。具合が悪いとそういうことすら思い至らない。薬売りというのも必要だな。

 被災から今日で七年。当初震災日記ということで始めた此の日誌も、最近は関係の無いことばかり書いている。少し反省した。大地震も心配だが、南九州の火山も気になる。米朝会談の実施を受けてT氏も張り切っているよう。目立ちたがり屋にはこういう場が似合う。吾人とて期待を寄せております。大統領閣下、是非とも朝鮮半島に平和を。夜は再び発熱す。三十七度台前半。どうしてこんなに風邪ばかり引くのだろう。前回からほぼひと月である。朝は御粥、昼はコンビニ食、夜も御粥。二日続けて無酒。


3/10・土

 ひと眠りすると喉が痛む。詰まり喉風邪だな。今季二度目である。明け方に軽く発熱した感じ。漸く節節の痛みは取れた。午後は少し晴れた。ぼんやりしていると警察官がいる。愈愈無実の罪に問われる時が来たかと思った。隣のマンホールの蓋が壊れていたから器物損壊容疑で通報があったそう。蓋の素材は強化プラスチック。重い乗用車を停めていたから自然に割れたに決まっている。増して私有地である。警視庁は勿論東京都水道局の管轄ですらない。常識外れの通報をされて警察官も迷惑だと思った。写真を撮って直ぐに帰って行った。こういう頓珍漢な通報をするとなると、とどのつまり、隣の建物の新オーナーは非常識人ということになるだろう。会ったことはないが、気を付けなくてはならないと思った。特に外猫が心配だ。

終日安静にしていても少しも治らず。節節と喉は再び痛み、夜は三十八度台を記録。咳とくしゃみは一つも出ない。喉と熱のみ。またインフルエンザかもしれない(多分A型)。昼はうどん、夜は麻婆茄子。本日無酒。


3/9・金

 未明は大雨と大風。今年の春は狂暴である。暖気が入り窓ガラスは外から曇る。雨風が止んでも曇りのまま。北はどうも本気らしい。米朝会談すら実現の勢いで、核の凍結ではなく、放棄も言い出している。本気で脅した後は、本気で緊張緩和を求めて来るあたり、独裁者のやることはつくづくドラスティックだね。併しいい時期に五輪があったものだな。南の政権交代も(幾ら何でも其処まで見越していたとは思えない)。デタントを受けてイージス何とかもストップすべきである。早くしないとキャンセル料が掛かるぞ。

 何の予定も無いが午後出社。行っても行かなくてもいい日だが、月波君が飲みに来るというので片づけに出る。澱のように溜まっている古いテキストや書類を只管廃棄す。七時半退社。まず佐渡屋へ。鶴木さんと須々木さんも合流す。併し何だか調子が良くない。体の節節が痛む。また風邪を引いたと思った。中華立ち飲みに転進するも店は大混雑。紫煙も酷く窒息する感じ。月波君を遺棄して早早に退去した。夜は小雨。ぐっと冷えた。十一時半就寝。件の国税庁長官も辞任。何しろモリを巡っては死人も出たという。「点と線」と同じだな。何時の時代も課長補佐辺りが犠牲になる。鳳生大学出身かもね。


3/8・木

 朝からずっと冷たい雨。取り立てて予定も無い。こんな日は国会中継だが絶賛空転中。買い物序に昼を食べに出た。以前入ったアリパパという店がなくなっていたので、ワンツーシーというチェーン店回鍋肉定食。一般的な味付けで可もなく不可もなく。御供の唐揚げが二個ついて950円(高い)。回鍋肉というと飯田橋えぞ松だが、そもそもあの店の味が独特過ぎるのだと最近気づいた。何しろ和味噌ベースの味だからね。午後は久久に漫画を読む。最近は無料サイトがある。違法との声も大きいが、何しろ立ち読みしたくとも本屋自体がなくなっているからね。


3/7・水

 更に冬型に。而も曇っているので余計に寒い。午後出社。ところで就職先が決まらない平政君は、其のまま郷里に帰る予定だという。困ったな、彼に辞められると理系担当が居なくなる。今更数学を教える気力など吾人には残っていない。退社後は立ち飲みBとバーIへ。途中公共放送テキストの『100分で名著・松本清張』を買って読む(565円)。放送大学のテキストと違って安くていい。寝台特急と座席の夜行急行を巡る階級論が面白い。今はどちらもなくなって仕舞ったが、後者に当たるものは高速(ツアー)バスだろうな。辛い上に危ない。

 相撲に引き続きスポーツの騒動はレスリングに飛び火。教え子に巣立たれたコーチが怒って嫌がらせをしているらしい。素直を送り出せないのだろうな。あらゆる権力は腐敗する。そう言えば中国国家主席は終生主席になるという。名誉主席とか適当な役職では満足できないらしい。本当は皇帝になりたいのだろう。恐ろしいこと限り無し。


3/6・火

 雨はすっかり上がる。再び冬型に戻る。朝からゴミの分別とゴミ拾い。蛙の横死多し。何匹も側溝に流した。今更どうでもいいことであるが、本日は吾人の四十云回目の誕生日でもある。昼は冷凍牛丼。夜はスーパーで一匹三百円の小鯛を買って焼いて食べた。

 南の訪問団を北の皇帝は歓迎したとのこと。どういう魂胆があるかまでかは思い至らないが、少なくとも国家理性というものを失ってはいないという印象を受けた。自棄になってニイタカヤマを登ってくる可能性は低くなった。取り敢えずは佳い方向である。


3/5・月

 今日も異様に暖かい。冬が寒かった分、何だか全身が弛緩した感じ。居眠り運転が増えそうである。昼頃から南風吹き付け、雨となる。止み間を狙って、千寿に出校。八時に退社。町屋立ち飲みBを覗くも、Dオーナーは居ないらしい。余り飲む気も興らないので「町屋商店」という店で付け麵のみ。地名を冠していてもチェーン店なんだろうな。冷や盛にしたら麺が冷た過ぎた。あれでは冷や素麺である。粗熱を取るくらいが小麦の風味も感じられて丁度いい。帰路『戦争調査会』。帰宅後もう一雨。本日ほぼ休肝


3/4・日

 偶には出掛けませんかということで、梅でも見ようかと水戸に行くことにした。同行は月波君と客乃間君。まず朝早く上野に行き、青春18きっぷを買い、勝田行き普通列車に乗る。行きはグリーンにした(780円)。平屋建ての所を貸し切り状態にして麦酒を傾ける。「ゆうづる」も「はくつる」も何処かに飛び去って仕舞ったとか、「フレッシュひたち」は「いなほ」として頑張っているなどと話しをす。併し常磐線に乗るのも久久だが、ずっと関東平野なので面白みがない。海はないし、山も大して近づかない。詰まり人家が減り、蓮根畑が増えて行くことくらいしか変化がない。そんな中、梅山が見えて来たので偕楽園駅に臨時停車。結構な人の出である。梅の開花は半分くらいかな。桜と違って色色な種類があり、而も長く咲いているから観光には適している。平安時代までは花見といえば梅だったのだけどね。江戸末期にソメイヨシノが現れてからは、梅は完敗状態である。気温は異様に高く、風も強まり花粉が直撃。マスクをしていてもくしゃみ止まらず。

レストハウスに暫し避難。梅ワインで休憩す。店内は大混雑。高齢女性まで給仕に出ていた。早速注文を間違えていて気の毒そう。此れも一億総活躍だな。観梅の後、再び臨時駅から電車に乗る。偕楽園駅には上りのホームはないから、ひと駅下って、水戸駅下車。併し駅の南には何の店も無い。漸く「水戸駅南食堂」を探し出し入店す。所謂定食チェーンのようだが、最低限の御酒も出すようなので丁度良かった。店が少ないらしく、店内は二時だというのに混雑していた。

再び駅に戻る。観梅客で上りの特急も軒並み満席だという。三時半頃の普通列車普通席に乗車。まあまあ混んではいたが全員着席。ボックス席に陣取ったが、うとうとす。どうせ寝て仕舞うから普通もグリーンも同じである。五時半に上野駅着。早速座り飲みBに立ち寄る。U店長も居た。来月には退職するのだという。Bも人材流出だね。二時間ほど飲んで本日は解散。メトロに乗ってもくしゃみ止まらず。向かいに座っていた外国人親子は透かさず避難して行った。おいおい、インフルエンザではないんだけどね。海外に花粉症はないのかな。併し飲み疲れ、歩き疲れ、くしゃみ疲れた。持参したキッチンペーパーの束は全てなくなった。直ちにシャワー入浴と抗ヒスタミン。九時半就寝。一万八千歩。


3/3・土 

 モリカケのもりの方で、公文書改竄疑惑が浮上。朝日が報じている。早速国会で問題となっていたが、政権御自慢の朝日批判が封印されているから、疑惑は事実なのだろう。財務省の立場が弱くなるから、却っていいのかもしれない。此れで増税延期は確定だな。

小田急の複複線化工事が完了す。ダイヤ改正は二週先だが、利用者は待ち遠しいだろう。工事開始から三十年。計画段階を入れると更に長い。それにしても三十年か。若い社員でももう五十代である。早期退職に応じたり子会社に移籍したりする頃である。そう言えば、鳳生大学で習ったE先生は確か麻生区に住まわれていて、小田急線が混んで遅くて堪えられないとしばしば嘆かれていた(二限スタートでも)。そんなE先生も数年前に退官されて仕舞った。先生、お元気でしょうか。小田急線が速くなりますよ。朝粥の後は、中華食堂であんかけ焼きそば+炒飯のセット(800円)。大関で牛肉を買って帰った。イチボという部位だったので味は良いが、高齢者には少少噛み切れなかった。

 ところで轍田さんの息子さんも都立高校には合格したという。是非将来は鳳生大学に進ませたいと言っていた。何処かいい学習塾がないかとも尋ねられた。いやしかし、中学の成績がオール三程度では厳しいだろうと思った。そもそも勉強が嫌いな人が大学に行ってはいけないし、子どもに大学に行って欲しいからと高校生にもなる息子を強制的に塾に通わせるという選択も無い。何か別の所を伸ばすべきである。


3/2・金

 今日も春という感じ。花粉酷し。薄着でもマスクは厚着。午後徒歩出社。此の時期に大した生徒がいる訳ではないから雑用のオンパレードである。模試の会社に合否報告をし、エアコンのフィルターを掃除し、例によって一方的に送り付けられて来た学校パンフレット類の分別廃棄。どれも一ページも見ない。つくづく紙の資料は無駄である。

六時半に退社。滅多に乗らない都営地下鉄で内幸町へ。件のちゃんぽん屋さんで仲田大将主催の金曜会。他に鶴木さん、鰻犬先生と田岡さん。大将は母校が春の甲子園に行くというので終始上機嫌。何時もの「よかよか節」炸裂で、呉豆腐から始め佐賀牛のステーキ、連子鯛の南蛮漬け、鯨の刺身等等を高級日本酒で押し流す。会費は三千円で済んだ。酩酊状態の大将をJRに押し付け、吾人はメトロで帰宅。今日は万事首尾が良い。胃も肝臓も財布も時間もセーブしたから首尾というより守備だな。


3/1・木

 明け方は激しい雨。以後急速に回復。大風は吹かなかったが、暖気が入り春の陽気となる。こういう日は古い中華屋でラーメンと炒飯が食べたいと思った。併し拙宅周辺のそういう店は全てなくなって仕舞った(思いつくだけで、さつき亭、二宮、来々軒、中華一番・・・)。そういえば坪上君の家の近くには「どさんこ大将」があったことを思い出したので、のこのこと出掛けた。辿り着くには着いたが、昼の営業はやらないみたい。ならば下北沢に優れた古本屋があると聞いたので行って見た。此方も営業前。つくづく店運がない。其処で茶沢通りにある「丸長」という中華屋に入る。此れは当たりであった。街中華の要素が全てある。「散歩の達人」の取材も受けたよう。ラーメンと炒飯のセット840円。でも代沢か。少し遠いな。高齢な店主夫婦には頑張って欲しいと思うが。

帰り掛けに八百屋と巻き寿司屋に寄る。いい店はみんな国道の向こう側にあるから不便極まりない。夕方前に老家人を散歩に連れ出す。併し百メートル先で断念。吾人も花粉に巻かれ緊急入浴す。続いて老家人も強制入浴。凡そ二週間ぶり。

2018-03-06

2018年2月

09:28 |

2/28・水

 朝から塗装工事。下塗り、本塗、二度塗りをする。大した壁面積ではないが、間に乾燥時間を設けなくてはならないので案外時間が掛かる。午後出社。本務校の中三の授業も本日で御仕舞。自習と質問タイムにしたが何の質問も出ず。何でもいいから発言するようにとしたのだが。此の学年も出入りが激しく、終始盛り上がりに欠けた印象。教科指導を除くとコミュニケーションが成立しない。退社後は立ち飲みB。春の嵐が近づいて来るというので早目の帰還。塗り直しの終了した玄関に入る。綺麗にはなったが、余り代わり映えがしない。いっそピンクとかにすればよかったな。こうして二月も過ぎ去る。

 裁量労働制の拡大は見送られたよう。専門職的な働き方を一般的な社員に広げようという事からして無理があった。派遣労働の全面的解禁の時と同様、どんどん拡大されてとんでもないことに成りかねない。今やるべきことは週休三日、若しくは週三十時間制の導入ぐらいだろう。生産高が同じで労働時間が減れば生産性は向上する訳だし。まあ労働法制が機能するのもある程度の規模以上の企業群だけどね。


2/27・火

 見て歩くと、五号室の給湯器から軽く水漏れしている。水抜き栓の辺りから。先月は余りに寒く、凍結防止措置をしたから、少し緩んでいたのだろう。適当に締め直したら収まった。よく分からないけど直って欲しい所である。買い物は二便。散歩も一便。日中暖かく、取り立てて無為。夜は玄関付近の品物の疎開留置。招き猫から観葉植物自転車の空気入れ等等、ないようで実は物が溢れていると思った。無駄な物はない筈なんだけどね。

 女子カーリングチームはお国入り。夜のニュースで生中継されていた。現在の常呂は北見市常呂町という区分らしい。サロマ湖の辺りである。鉄道は既にない。それどころか根元の石北線も危ない感じである。北見市にはふるさと納税が殺到しているらしいが、矢張りふるさと運賃制度が欲しいと思った。いやいや、そもそも東海道新幹線山手線の阿保みたいな上がりのほんの一部でも三島会社に回すべきである。政治家は何をしているのだろう(特に自民党の旧来派)。もっと予算を取って来いよ。石北線がなくなったら玉葱も運べなくなるのだぞ。

 寝しなにBSドキュメント「麻薬中毒の街・ルイセローが見たアメリカ」。吾人も色色な物に依存しているのだろうが、薬物というものは桁が違うな。緑豊かな田舎町には深刻な依存患者が続続と。目の前でどんどん御注射を打たれていた。超強力な医療用鎮痛剤の濫用が招いた結果らしいが、つくづく社会が荒廃すると恐ろしいことになる。ウエストバージニア州は所謂ラストベルトになるのかな。アメリカという国も一度くらい亡びないのが不思議。アメリカは広いからな。でも半分ぐらいはもう沈んでいる計算である。


2/26・月

 寒い、遅い、風が強い、そもそも雪が降らない所だろうと散散な事を言われた平昌五輪も閉会。而も次は北京だというから驚く。パラリンピックも終わればまた政治の季節だな。

 午後千寿に出校。再び神保町で教材購入。序でに古書店も覗いたが何にもヒットしない。此の所余り頭が動かない。ならば積んである本を読めばいいという事にもなるだろうが、積んであるものを崩すにはもっと力がいる。退社後は町屋のBへ。併しD元常務は不在。早目の納杯となった。


2/25・日

 久久に出鱈目散歩に出る。出鱈目といっても一応目的地がある。相模原市に古い自動販売機を集めたところがあるというので行って見ようと思った。田園都市線を終点まで乗り、小田急線に乗り換え。相模大野下車。適当なバスに乗り、少し歩いたら着いた。そばうどんラーメン、ハンバーガー、トーストの定番自販機は皆揃っている。元元古い機械を集めていた人が、直して稼動させて売り出したら人気が出たとのこと。本業はタイヤ屋さんである。従って積年のオートレストランの雰囲気はないが、其の心意気に感謝したいと思った。早速天ぷらそば(300円)を食う。箱入りハンバーガー(280円)も頬張った。さてさて任務終了。以後出鱈目に歩く。

周辺は住宅開発もされているが、雑木林が残り、郊外型店舗の他には物流センター自動車屋さんなどが点在。例によって歩いている人は稀である。吾人もこういうところに強制移住させられれば、軽自動車くらい運転しなくてはならないな。神奈川中央交通は頑張っているが、バスと自転車と時時タクシーでは生活が維持できない。特に両家人の通院が困る。

十六号を越え、横浜線を潜り抜け、都下に入った辺りでギブアップ。再び神奈中バスに乗り町田駅へ。町田と言えば、矢張り行天屋である。豚骨醤油ラーメン(700円)を脂少な目で。併し両隣りの学生さんはもやしと分厚い豚肉が沢山載った二郎のようなラーメンを食べている。「ぎ郎」というらしい。インスパイヤーばやりだな。糖質に加え塩分も取り過ぎた。駅周辺を暫し散策。「高原書店」にも寄ったが収穫は無し。横浜線で帰ることとす。長津田崎陽軒の弁当を三つ。此れで晩食の準備も終了。帰宅は三時前。交通費概算1400円。二万歩。


2/24・土

 朝から時刻表を買いに行く。例によって改定号だが何も面白い所は無し。改定されればされるほど詰まらなくなるのが此の世界である。次にイヤダカライヤダを繰り返す老家人を、一日歩かないと三日歩けなくなる(日が近づく)と諭して、散歩に連れ出す。併し150メートル先でギブアップ。復路は車椅子搬送となる。今年中には歩行困難、来年は寝た切りになるな。もう少し頑張って貰わなくては。本人にとっても周りの人にとって不幸である。

昼は環七の福森で付け麵(800円)。煮干しと豚骨の合わせ出汁。久久だけど矢張り旨い。小上りは小さな子連れで満員。世田谷出生率はこんなにも高かったかと愕然とす。いやしかし翼翼考えて見ると、座敷のあるラーメン店は少ないからだな。本当に小さい子には畳の方が佳い。店のおばちゃんが手際よく捌いていた。つくづく給仕は年増の女性に限る。ファミレスや日高屋ではこうは行くまい。

近くの大関で晩食用の刺身盛りを買って帰る。夕方更に鳥屋の焼き鳥。午後からは暖かくなった。何度も出たり入ったり自転車で駆け回っているから鼻が可笑しい。愈愈来たようである。五号室入居。入居者とは先日顔を合わせたから、本日の挨拶は無しとした。

 ベネズエラ経済は大変なことになっていると今朝の新聞が伝えている。ハイパーインフレーションとなり、輸入に頼っていた店の棚は空っぽ。人人はみな痩せっぽっちになって仕舞ったとのこと。下らない品物で溢れ返っている日本の棚と取り換えたいと思った。いやしかし、まあまあの国でも僅か数年でこんなことになるのだね。此の国のスパイラルデフレーションも経済失政の一種だろうけど、今の所は飢えて死ぬことはない。其れでも将来のことは分からないと思った。

 女子カーリングイギリスに競り勝ち銅メダルカーリングが話題になったのは何回前の五輪からだろう(確か他の競技でメダルが余りに取れなさ過ぎて、結果としてカーリングが注目されたと記憶している)。立ち飲みSの小さいブラウン管テレビで遅くまでみんなで見た覚えがある。あれから苦節十云年の快挙であると思った。再開発でSはなくなり、「みんな」の中で残っているのは鶴木さんくらいである。


2/23・金

再三再四の銃撃事件を受けて学校の先生も拳銃くらい腰からぶら下げるべきだという議論が成されているとのこと。馬鹿馬鹿しいにも程があるが、併し学校というものは狙われやすい(恐らくショッピングセンターよりも)。矢張り学校で酷い目に遭って、先生や級友に恨みを持っている元生徒が多いという事なのだろう。アメリカのような所でもそうなのだから、日本など校舎ごと爆破されても可笑しくはない。爆薬が近くに在ればの話であるが。つくづく学校というものはもう少し何とかならないものだろうか。

 朝は小雨が残り結構寒い。本日は枝垂れ桃の植え替えだけやって終了。八時に来て九時に帰って行った。今年は寒くて雪が降って、植木屋さん泣かせだな。ぼんやりしていると今度は電気ポットが壊れたとのこと。まだ五年物である。汲み上げ機能は生きているが加熱が不能。電気魔法瓶式で結構高かったのだけれど。週に二度しか働かない炊飯器と違って二十四時間勤務だからかな。基盤が少し壊れただけだろうが、こういう品物は直せない。今更薬缶の生活には戻れないから、早速買いに出掛けた。早逝した象に代わり虎にしたかったが、省エネ式の物は象の物しか売っていなかった。約一万円。優湯生とかいう大そうな名前が付いているが、どの道数年の寿命だろう。同じ会社の物だから使い勝っても全く同じ。年寄りには丁度良かった。

ところで此の日記を始めて来月で七年。此の間殆ど全ての家電が入れ替わったと思った。洗濯機、冷蔵庫、エアコン二台、パソコン、吾人の携帯電話は故障により置き換え(結構な損耗率だ)。テレビは壊れていないけど強制買い替え。替わっていないのは、給湯器ブルーレイレコーダー(ともに2010年製)と家人の携帯電話くらいだな。あと電子レンジと二台の掃除機は其のままだ。

ところで量販スーパーの向かいの牛丼屋には朝だというのに行列が出来ていた。携帯電話の会社が無料券を配っているらしい。どういうビジネスモデルだか知らないが、人をお貰いさんにするのは宜しくない傾向だと思った。大体只の物など此の世にはない筈である(太陽を除く)。

無責任社長が面談に間に合わないというので午後早目に出社。途中チラシ配り。八時前の退社後は晴雷亭、中華立ち飲みと連戦す。一方女子カーリング韓国に必死に追いすがる。併し追い越せない。緊迫した場面で他の酔客に状況分析を求められた。延長十回ノーアウト満塁と応えた。野球の例えでは分からないというので、お腹を壊して乗った地下鉄人身事故で動かなくなったようなものとした。矢張り最後の一投で決められた。事実上の完敗だな。帰宅は十二時頃。


2/22・木

 朝から小雨。非常に寒い。雪でも降ってきそう。植木屋さんは明日に順延となる。午後は国会中継を眺める。厚生労働省が提出した資料が出鱈目だったそうで、目下問題となっている。論文なら撤回、本なら絶版回収レベルの大間違いだという。日本で一番難しい大学を優秀な成績で出た人たちが作ったのだろうけどね。一体どうしたのだろう。ひょっとして学力低下

 夜は早速鯖の水煮の缶詰。其れにしても構成員の年齢がどんどん上がっているから、国民の関心事の上位は常に健康問題である。誠に情けない話であるが、四十過ぎの吾人ですら病気は怖い。ああなってこうなって結局死んで仕舞ったという話を聞くと実は震える。全ては運命だが、中には防げる病気もあるだろう。是非病気の体験館のような物があったら行って見たいと思った。こういうおしっこが出たら拙いとか、こういう見え方をしたらあの病気を疑うべきだとか、そういう病気の前触れのようなものを可視化し体験させて欲しい。入り口で血液検査をして、出る頃に検査結果を知らせてくれれば尚宜しい。当然併設の食堂は禁酒禁肉。健康長寿食を食べて貰う。施設は成るべく駅から遠い方がいいだろう。

 そう言えば昨日の社会科の問題で、地方自治体の業務にない物を選べと言うものがあって、正解は条約を結ぶというものがあった。いやしかし、自治体外交というものもあるだろう。例えば東京都が独自に条約を結んで、都下は絶対に狙いませんなどと署名させることは可能なのだろうか。幾らか対価を支払っても面白いと思った。現に山陰の方の県は余計な記念日を作って日韓関係を悪くしている。ならばその逆も可能という事である。


2/21・水

 午前中は塗装屋さんが下見に来る。カビだらけで余りにみすぼらしいので、玄関付近を塗り直すことにした。午後出社。金伍万円受け取る。年度末が迫り結構忙しい。退社後は立ち飲みBへ。更に天屋先生の姿が見えたので久久にバーI。三つ目の金メダルより有名俳優の急逝の方が話題となる。いい役者だった。心筋梗塞らしい。鯖を食べるとコレステロール値は急減すると先生に教えられた。最後に碑文谷天麩羅蕎麦。一時頃帰宅す。久久に遅くまで飲んで回った。全部で三千円くらい。


2/20・火

 少し精をつけようと自転車で二十分走り、農大近くのラーメン「陸」へ。所謂二郎系(730円)。偶に食うと矢張り旨い。再び二十分走って帰宅。何だか草臥れて昏昏と午睡。夜は冷凍食。ぼんやりとテレビを見ているとメダルセレモニー。此処は君が代より「信濃の国」が相応しいと思った。練習の際にも国の世話にも余り成っていないようだし。


2/19・月

 概ね晴れ。午後千寿に向けて出校。神保町で途中下車(東急メトロパス利用)。三省堂で検定教科書を買う序でに「みすず」も入手。恒例の読書アンケート号である。雪掻き、インフルエンザ(多分)、確定申告に阻まれ最近本を読んでいない。何かしらのヒントを得ようとす。再び半蔵門線に。そう言えば電車にも乗っていない。時間があるので草加まで行って折り返した。東武の新特急と擦れ違う。併し会津には丁度去年の今頃行って仕舞った。出来れば電車特急よりディーゼル特急に乗りたいと思った。

此方の中三の授業は本日で終了。今後会うことは少ないだろうが、やる気と元気で高校生活を楽しんで欲しいと激励す。退社後は町屋のBへ。D常務は町屋店のオーナーとして独立したらしい。新たな従業員も雇い入れていた。少し独自メニューを開発してくれると有り難い。

帰宅後は時刻表を捲り返して検討す。併し何だか捗らず。「南紀」や「南風」や「宇和海」の文字を見ても心躍らず。鬱状態なのだと思った。そう言えば、一昨年の軽井沢の事故で低層大学の子がいなかったのは何故だろうと議論になった。金銭的な事情よりも、計画を立てて実行するだけの意志と能力がある学生が少ないからだろうという結論に達した。旅行計画を考えるというのは結構大変である。


2/18・日

 朝から晴れ。陽光煌めく。空気は冷たいがもう春は近い。家人は鎌倉で昼餐会。従妹の健二君の中国転勤の送別会でもある。本来なら吾人も出動する所だが、老家人一人を置いて措けないということで留守番す。北鎌倉の何だか高そうな洋食店を予約したそうだが、吾人は冷凍炒飯、老家人には冷凍饂飩。つくづく酷い人生である。

それにしても今月は警察署にも税務署にも赴いた。訴追と徴税は国家権力其の物である。鎌倉幕府の設立も最近は1185年と見る説が有力。其れは守護と地頭が設置された年である。出来れば官吏も税吏も居ない国に住みたいけどね。夜は女子スピードスケート。今大会二人目の金メダリストが誕生す。聞けば茅野の出身で松本の病院勤務。伊那の高校にも通っていたとのこと。飯田線にも乗ったのだろう。確かにあの辺は寒いことは寒いし、山もあるが、日本海からは離れているから雪は降らないな。


2/17・土

 午後には寒気が入り、再びの冬型に。偶には五輪中継を見る。男子フィギュアスケートでは金銀を独占す。大したものである。四年に一度の一瞬の大舞台に賭けるというのも、常人には推し量れないな。何しろ緊張感が違う。配られた夕刊には一時過ぎの出来事がもう出ていた。スポーツ中継もいいけど、此の後からの大騒ぎが厭なんだよな。

夜になって表彰式。君が代が流れていた。併しウインタースポーツというものもやれる所は限られる。まず第一に寒くなくてはならない。其の上にスキーやスノーボードをするなら雪が降らなくてはならない。山が必要である(寒くても土地が平たいオランダスピードスケート一辺倒なのだという)。また逆にマリンスポーツは内陸県ではやりにくい。野球などの陸上球戯ですら未だに西日本が優勢である。結局日本という国も本来はバラバラなのである。明治政府徳川家も参加させるアイデアもあったのだという。そうすれば廃藩置県は起こらず、日本は緩やかな分権型国家として近代をスタートさせた筈である。何れそうなったにしても海外侵略のスピードはもっとずっと遅かったに違いない。磯田という歴史学者が述べていた(2/10の東京新聞)。そっちの方が佳かったな。


2/16・金

 潮は満ち、大枚を上納する時が近づいた。愈愈税務署に進撃す。空いている窓口は三つだけなので、矢張り列が伸びている。二十分は待たされたが、まあまあの許容範囲。ちなみに初日からノコノコと申告に来るような人は御年寄りばかりである。eタックスなどは使わず、みな手書きの申告書の御様子(吾人も昨年まではそうだった)。医療費控除を受ける際、領収書の添付が不要になったことを知らない人多数。幾人も分厚い封筒を突き返されていた。また所得が少なくそもそもの申告が不要な人も多数来場す。区役所への住民税の申告だけで結構ですなどと言われている。とうとう税務署を間違えている人さえいた。相変わらずの珍プレー集である。併しこうして他人の間違いを見ていられるのも、余裕が出てきた証拠だと思った。老家人と吾人の二通出して三分で終了。現金で即時納付す。計測器にお札が吸い取られていく。丸でわが身が引き裂かれるかのよう。正しく血税。間接税や口座引き落としとは痛みが違うと思った。何はともあれ此れで全任務終了。

 早速、税務署の斜向かいの区役所の食堂に参る。麦酒でも飲みたい気分だったが、生憎まだ午前中なので麻婆飯のみ(830円)。両家人用に押し寿司を買って帰宅す。案の定、昼のニュースでは大物俳優が出て来て「納税は国民の義務」「早く申告するとすっきりします」などと言っていた。前者は大嘘だが、後者は本当である。漸く少し落ち着いた。

そう言えば、税務署付近にはインタビュアーもビラを配る人も居なかった。国税庁長官の罷免を求めて本日一斉デモンストレーションがあるそうである。何しろ大事な書類も綺麗さっぱり捨てましたと答弁した人だからね。領収書の束も山羊の大群が突如襲って来て一切合財食べられて仕舞いましたとでも言いたくなるよな。

 休憩の後、金曜日ではあるが、千寿に出校。途中散髪す。過去問演習等を執り行い早目の退社となる。町屋のBに行きたいところだが、何だか下腹部に自信がない。昼の麻婆豆腐が辛過ぎたか。(外の)トイレに行くべきか行かざるべきか、飲むべきか飲まざるべきか。一番無難な選択をして其のまま帰った。結局何ともなかったが、此れは結果論だな。兎に角、満員電車で脂汗、汚い便座に緊急着陸など、正しく悪夢である。


2/15・木

 久久に暖かい一日。まず老家人を床屋に搬送。帰りは頑張って歩いて貰った。昼は地元でとんこつ醤油ラーメン(700円)。最近碌な物を食べていないと家人が言うので、豚肉を買って帰った。塩麹を塗って焼いて食べる。


2/14・水

 午後出社。時節柄か小学生の女の子は色色な物を配っていた。最近は義理や友が主流とのこと。こうなると御中元や御歳暮や振る舞い酒と変わりがないと思った。経済というものの一定層が、贈与や喜捨で成り立っているというのも確かなことであるから、日頃の感謝の印しを配って歩くことは間違いでは無かろう。但し小学校の先生は公務員だから、社会的儀礼の範囲を越えたものを送ると贈賄に当たると指導した。そもそも贈り物に見返りを求めてはいけない。目指すべきは無償の愛と蕩尽、そして内需拡大である。

退社後は立ち飲みBへ。紫煙に巻かれ、くしゃみが止まらない。其れに何だかゾクゾクする。また風邪を引いたかもしれないと思った。早早に引き上げ(1200円)。帰り掛けにラーメンでも食べたかったが、最近はどの店も閉店が早い。空振りして帰る。

平昌五輪メダルラッシュ。最近は少し強化予算が付いているのかな。能力があってもある程度の御金がないと伸ばせない。ちなみに国内のスキー人口は激減中である。交通宿泊費に加え、リフト代が掛かるからね。そもそもスキーというものは、発電所が拵えた力で位置エネルギーを貯め、運動エネルギーに変えている。詰まりモータースポーツの一種と考えるべきである(クロスカントリーを除く)。だから御金が掛かるのは仕方がない。JRなどは「(もう一度)私を(新幹線で)スキーに連れてって」なんてキャンペーンをやっている。残念なことに、寒い時期に寒い所に行く気力が沸かず、スキー場にはもう二十年も行っていない。併し此のまま太平洋側に人口が集中すれば、何れは五輪に出るような人が居なくなるかもしれない。雪も氷も出来れば無い方が有り難い。今年は特にそう思う。


2/13・火

 連日の大雪で北陸線特急は運休続き。金沢から京阪神方面に行くのに、北陸新幹線プラス東海道新幹線を使うルートが推奨されている。此の場合、乗車券は其のまま使えるが、特急券は別途購入とのこと。北陸東海道では乗り継ぎ割引も無いし、大変な出費になると思った。国鉄時代はもう少し頑張って走らせたのかな。詰まり早く新幹線を作って下さいと言うPRである。そう言えば長野五輪がなければ、あの新幹線そもそも通っていたのだろうか。未だに軽井沢辺りまでの開業だったかもしれない。(189系のあさまリレー号とかが走っている?)

 寒気は関東まで入り込み、午後は何だか曇る。スマホの充電器を量販店に買いに行く。ラインアップを見ると案外高い。大体プラグと銅線で成り立つものであろう。そんなに高い訳がない。売り場の下の方にあったものを探し出して買い求めた。三百円。随分前の製品らしいが、機能に問題はなかった。

少し中味を整理しようと思い、スマホのデータをパソコン本体に移行す。すると4000件もの画像が勝手に転送される。三年近くでそんなにあったとは知らなかった(大半が勝手に保存されている)。中には伯母の最期に近い写真などもあるが、99%が全くの不要物である。98%を慎重に削除した。一時間以上も掛かった。何でも記録にとって措くということも考え物である。メモ魔という人に大抵碌な人はいない。


2/12・月

 再び冬型に。偶には変わったことをしようと思い、鶴木さんに昼食に誘われる。と言っても、行ったのは職場近くの晴雷亭。序でに一瞬だけ出社して資源ゴミを搬出。鶴木さんは早朝テニスの後に偶に寄っているのだという。他にも色色と御客が居て、昼から飲んだり食べたりしている。ところで晴雷亭のマスターはマスコミ取材を受けるかどうかで思案顔。夕方の民放ニュースの「人情商店」なんてタイトルで取材交渉をされたらしい。真面目なマスターは詐欺ではないかと心配している。見たところの企画書はA4一枚だが、幾ら何でも後から現金とかは請求されないだろう。長年の勤勉さが認められたのだから、是非受けるようにと常連客一同で説得した。

 昼飲みは麦酒一本で終了。帰り掛けに碑文谷洋菓子店ショートケーキを購入。家人への土産とした。此の店は昔からあるので碑文谷の顔である。一個400円(税込み)。小学生の頃は一個300円位だったから良心的な価格設定だろう。どういう訳だか生菓子より焼き菓子の方に列が伸びていた。夜は五輪中継を垣間見る。強風で競技は大変そう。何しろシベリアから吹いてくるからな。日本海を隔てた側でも大荒れである。


2/11・日

 大体曇り勝ち。其れでも暖かい。スマホが充電出来ず。すわ故障かと思ったが、どうもケーブル側の破損のよう。通信兼用ケーブルでパソコンのUSBに繋いだところ通電できた。但し流れる電流が少ないらしく時間は倍掛かる。そう言えば本体の方も最近は調子が悪いし、こういうものは三年位で壊れるようになっているのだと思った。

 其の後日吉に向かう。鷺乃間君のおうちにお呼ばれす。坪上君同行。遅れて月波君。四時から八時までお部屋で飲酒。其の後、昨年も行った鯛めし屋に参る。閉店間際ということで一杯ずつ飲んで食べて御仕舞。鯛めしも上物は旨いが、御飯が悪いな。粒がバラバラでぼそぼそ。めし屋は飯が旨くないとね。連日の大量飲酒からか何だか調子も良くない。不完全気味に終了す。碑文谷駅から震えて歩いた。また冬になったみたい。


2/10・土

 朝はまあまあの晴れ。昼は「丸金」でラーメン(700円)。開店一番で入ったら豚骨の出汁が出てない感じ。あれでは丸大棒ラーメンの方が旨い。五号室落成す。他のどの部屋よりも完成度は高い。賃料ももっと高く出来たな。何しろ元が余りに汚かったから強気になれなかった。こうなったら早く入居して欲しい。空室を出さないことが賃貸住宅の基本。空き部屋は誰の利益にもならない。

 徐徐に曇って夜は小雨。比較的暖かい。南北首脳級会談。北の方から南北首脳会談の実施を持ち掛けて来たという。核開発の為の時間と資金稼ぎか、本気で方針転換を図って来るのかは全く不明。前者の割合の方が高いかな。実妹はニコニコとしていた。対立をエモーショナルに和らげようという積りなのだろう。表情から本心を読み取る機械とか、ないよなぁ。


2/9・金

 平昌五輪開幕に合わせて、北の高官も南入り。小皇帝の実妹もやって来る。妹なんていたんだね。常識人だといいけれど。融和モードは何時まで続くのだろう。閉会までかなぁ。

三恵新聞は米兵の美談を掲載し、掲載しない沖縄の新聞を好き勝手に非難していたらしい。美談はネット投稿の引用だそうで、そもそもそんな出来事は無かった。流石に訂正して謝罪したそうだが、酷い報道被害である。それにしても沖縄で三恵を取っている人なんているのだろうか。身の回りには偶にいる。床屋とか飲食店が多い気がする。安いからね。

午後出社。退社後は鶴木さんと須須木さんを佐渡屋に尋ねる。割と空いていた。御二人のお話しが余りに詰まらないので、テレビ画面に目を移す。丁度開幕式をやっていた。寒い時期に寒い夜中にやるとは、御苦労な話しである。Aも厭厭行ったらしい(但し誰にも構って貰えない)。パラリンピックの閉会式は何時だろう。出来れば無期限に延長して、通年開催として欲しいものである。


2/8・木

 寝て起きて見ると肩が軽い。確かに効果はあるのだけどね。度度鎌倉までは行けないな。かと言って、度度来て貰う訳にも。特に老家人は他者を家に上げるのを嫌がるから。殊に老境に達してからは益益。老いた姿を見せたくないのだろうけど。

 朝から晴れ。昼は「せい家」で付け麵。取り立てて無為。何時の間にか改憲は九条に絞られる形に。当初は九十六条だの、緊急事態条項だの、教育無償化などと言っていたのだが、何時の間にか外堀が埋められて、本丸を狙い始めている。愈愈行けないな。北陸の大雪は漸く止んだ。併し被害は相当なもの。数日分の食料は備蓄しておかなくてはね。元元は皆そういう生活をしていたのだけど。


2/7・水

 朝から晴れ。鎌倉で治療院をやっている年の離れた従兄のノリさんがやって来る。眩暈により遠出が出来ない家人の往診の為である。序でに吾人も治療して貰った。鎌倉から自家用車を運転して来て、大急ぎで施術して、疾風のように還って行った。どうもノリさんはせっかちでいけないと思った。

 其の後出社。立ち飲みBに寄って帰る。丁度マネージャーのМさんがいた。BチェーンもK社長の個人商店の段階から大手チェーンに経営転換を行っているとのこと。色色と不具合なところを直しているのだという。幸いにして従業員も休みが取れるようにはなったが、其の分メニューが画一的となり、昔からのお客様には御不便を掛けていると謝られた。休みが増えたのは佳いことであるし、メニューの画一化は時代の流れであるからな。つくづく店も大きくなると詰まらなくなる。


2/6・火

 朝から警察署に参る。別に何をした訳ではない。運転免許証の更新である。あれから五年も経って仕舞った。此の間、一ミリも運転しなくとも更新は更新である。三千円を支払い、視力検査を無事通過(少し危なかった)、写真撮影と進む。生憎次の講習まで三十分待ち。止むを得ず近所を散策す。隣には消防署がある。ぼんやりと眺めていると、丁度救急車が出場する所であった。指令によると腰痛により歩行困難とのこと。何だかのんびりと出て行った。そりゃまあ、女学生マラソン直後に倒れ意識不明などとは気合が違うよな。

例によって講習後に新免許証が交付される。平成三十五年まで有効とある。併し平成は来年の四月で御仕舞である。三十五年は新元号の何年になるんだっけ。執拗に元号を使うのは御役所と金融機関だけだな。そろそろ止めにして欲しい。午後は日誌の整理。

日本海側は再三再四の大雪。特に福井が酷いらしい。アメリカの株安を請けて東京も全面安。それにしても、向こうの国の景気は順調なのだそうである。そうなると何れ金利が上がるから、取り合えず株を売って儲けて、其の結果として株価が暴落する・・・というのもね。相変わらずのマネーゲームであると思った。言うまでもなく、吾人の日記は月一回の更新である。ツイッターもやらない。株の取り引きも、其れぐらいの頻度に改めるべきであろう。

夜になり皇女の御成婚は事実上破談との報道がされる。此の所は男性側の家庭の問題が噴出していた。いやしかし、其処まで色色と粗を探されてもね。恋愛結婚などまず出来なくなる。異なる階級間での出合いの可能性がまだ其処にはあったのだけれど。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」す。とは言っても、日本国憲法天皇から始まるからな。


2/5・月

 朝から晴れた。通常勤務に戻る。まず老家人をデイサービスに連れて行き、其の足で量販スーパーへ。五号室に据え付けるガスコンロを購入。リニューアルの度に新造投入してきたが、もう何個目になるのだろう。何だか体力が落ちたようで這う這うの体で運び入れた。アンチネット通販派というのも結構辛い。

 午後千寿に出校。例によって半蔵門線に載っていると水天宮前人身事故があり、神保町で動かなくなる。困ったものである。大手町まで行けば千代田線が待っている。僅か一駅。併しスイカで乗っているので振り替え乗車は出来ず。三田線に乗れば都営の運賃が余計に掛かる(更にメトロも)。困った困ったと考えている内に半蔵門が案外早く動くことに。無事千代田に乗り移れた。併しICカードで乗っていると、何でこういう扱いになるのかなあ。降りる駅を決めていないと輸送契約が完了していない計算になるからだそうだが、紙の切符で乗っている人など今時どれだけいるのだろう。(МXニュースによると歩きスマホの男性が線路に転落して無事に引き上げられたとのこと。迷惑な話しである。)

 退社後は町屋のBに。D常務はいなかったが、名代として宮川君がいた。色色と思い出話をし、今後のBの展望について語り合った。昔は常連客と店員さんでコミュニティーがあったのだけどね。こういう雰囲気も全ては懐かしい。大手飲食チェーンに買収されたBは愈愈酷いという事なのだろう。

 陸上自衛隊のヘリが佐賀で墜落。民家は全焼し、住民にも被害が出る。整備不良の模様。人数が足りてないのは米軍自衛隊も同じらしい。


2/4・日

 早速朝からゴミ拾い。すると近所の社宅兼東京営業所も解体が決まったよう。ずっと前から空き物件であった。ネット検索によると持ち主は名古屋の食糧会社とのこと。売却してマンションにでもするのだろう。昔栄えた会社は色色と資産を持っているから、本業が傾いても何とかやっていける(黒字ならばスイマセン)。

 御昼になり成城にバスで出る。世田谷区選挙管理委員会主催の講演会を聞きに行く。帯同は月波君。例によって静岡に帰省していたそうなので小田原から小田急線でやって来た。講演者は生島ヒロシ殿。朝のラジオを聴いている人が多いと見え、参加者の大半が高齢者。御題は「明るい選挙」なのだが、大半は健康面のお話しとなる。まあこうして他人の話を生で聞くというのも最近は滅多にないことなので、結構楽しかった。三時半頃終了。

 其のまま下北沢に回航。立ち飲みBのステーキハウスに入店。新業態ということである。最近は肉ブームとのこと。USビーフ200グラムで1300円(税別)。さして旨いものでは無し。矢張り刺身に熱燗だな。まだ病み上がりの身なので、本日は此処で御開きとする(麦酒の味も戻らない)。バスに乗って帰宅。太子堂の魚屋で刺身盛り。まだ試運転状態なので結構草臥れた。そう言えば六十七歳のヒロシ氏は何十年も風邪を引いたことがないとおっしゃられていた。名護市長選挙では推進派の新人が当選。露骨な利益誘導にやられたか。其れに基地反対疲れというものもあるのだろうな。同じことを何十年も言い続けるのは大変である。それにしても基地について一言も発しない候補者というのも・・・。


2/3・土

 気が付いたらもう二月の土曜日である。今週は丸で記憶喪失である。まあまあ回復す。活力が染み出してくるという程ではないが、まず身の回りから片付け始める。日中曇り勝ち。とは言うものの此れと言って無為。

 例によって前任者を全否定するアメリカのTさんは、核戦力の強化を表明。まあ此の人もあと半年だな。其れにしても世界の半分以上が呆れ果てて居るというのに、「高く評価する」と真っ先に諸手を挙げて賛成する日本の外務大臣って、一体何なのだろう。Tと同じか、ひょっとしたら其れ以上に頭が可笑しいと思う次第である。


2/2・金

 昨夜からみぞれ交じりの降雪。最早雪掻きの気力体力なし。幸い熊手で掃く程度の積雪で済んだ。其れ以外は終日自室に籠る。私立中学を受けた女の子二人組は希望校に入ったよう。無給に近い状態で折角教えて、而も落っこちたのでは目も当てられない。幸いにして佳い方向に行ってくれた。大手の塾に行くよりかは佳かっただろう。また病人が心配なのか、時時シロが上がってくる。猫の御見舞い有り難う。御昼には止む。以後曇り。

 国会中継、与党系の質問、中味がないこと夥しい。解任されたT親方が、再び理事選挙に出て来て、落選す。此方も下らない事、甚だしい。不思議なもので何時まで経っても治った感じがしない。鼻水は収まったが、身体の強張りのようなものが取れない。発熱は少ないが、実はインフルエンザなのかもしれないと思った(多分B型)。昼は掛け蕎麦。夜は麻婆茄子。飲酒も一合程度。此の四日で使ったお金は1500円。一昨日購入した抗ヒスタミン代である。寒いのは辛い。


2/1・木

 強奪された仮想通貨の行方は、皆で監視しているらしく、容易に換金出来ないらしい。ネット上にはこういう「善意」も存在する。もう少しいい方向に生かせないものだろうか。

 朝起きて見ると、昨日よりかは具合がいい。けれど安静にす。買い物便は全て欠航。小雨の中、家人が買いに行くことになる。行って帰って来るまで小一時間。昼飯など腹が膨れれば何でもいいのだが、兎に角、早く戻って来て欲しいと思った。午後は微熱。鼻水止まらず。三日経っても少しも治らず。

2018-02-06

2018年1月

13:31 |

1/31・水

 朝から晴天。昨日からずっと寝ているが体調は今二つ。抗ヒスタミンで鼻水を抑える。咳は無し。体はだるいが、風邪によるものか過眠によるものかは判断付かず。昨年の六月以来、凡そ半年振りの具合の悪さである。今年は本当に寒い。身も心も冷え切った頃に風邪を引いたのだと思った。

 午後出社。鼻水止まらず。何だかぼんやりする。風邪のせいか薬のせいか判別せず。過去問演習だが、マスクを掛け、成るべく遠目で小声で解説した。直ぐに帰宅し、レトルト親子丼。帰り掛けは夜空を見ている人が多かった。皆既月食らしいが、そんなことに構っていられない。吾人の人生自体が皆既蝕状態である。第一に月食など大して珍しくも無い。日食(NRE)も物凄い勢いで増殖しているし。こうして一月も終了す。


1/30・火

 朝起きて見ると喉が痛い。風邪という程でもないが、やはり昨日の寒む気は少し異状だった。確定申告と雪掻きで少し疲れたな。ちなみに今朝の気温は零度程度だが、此れで少少暖かいと思ってしまう。冬が寒い年は、夏が暑くなるというから、今から心配である。

終日自室に籠り安静にする。暖房も点けた。曇り勝ちで日中でも五度程度。今年の寒さは少し堪えた。昼は冷凍食品、夜は弁当。夜は少し発熱(した感じ)。やっぱり風邪を引いたよ。満願成就。


1/29・月

 朝から晴れた。漸く南の道路も全通す。従妹の優子さんに三人分の不動産所得収支内訳書を発送。此れで任務終了である。午睡の後、千寿に出校。ところで千寿校は二階にあるのだが、どうも一階の飲食店は長期休業の模様。因って冷気が上がってくる感じ。詰まり下から寒い。其れに此処のエアコンは新型の割りに利きが非常に悪い(そう言えば東芝だ)。鼻水も出て来る。また風邪を引いたのかと思った。退社後は町屋のBで中から温める。更に家系ラーメン。並びの「ジロリアン」は閉店していた。空いていてよかったのだけど、始終空いているようではラーメン店は続かないらしい。帰宅後に抗ヒスタミン


1/28・日

 朝は昨日の余り御飯を御粥にして食べた。日本人、中でも関東人は御粥を食べないな。病人食のイメージが強いよう。同じコメ文化圏でも中国や韓国ではもっと食べている。水分の多い御粥は、朝食には最適なんだけどね。牛丼チェーン辺りが売り出さないかな。朝粥、御代わり無料、しかも(安い)トッピング入れ放題とかやって欲しい。秋冬限定、売切れ御免でいいから。

 元闘将の死去に、前GMが肝いりで取って来た選手が次次と契約解除になるなど、碌な話題がない中日ドラゴンズだが、元大リーガーの獲得には成功した。而も格安で。痛めた肩が元に戻るとも思えないが、話題作りにはなるな。尤も大本命は愛工大名電出身のあの選手なのだろう。スターはスターのままユニフォームを脱いで仕舞うかな。うーん、暗黒時代は続く。

 冷え込みは漸く緩み、漸く普通の寒い朝となる。併しよくよく考えて見ると老家人は白色申告であった。最初から変な所をクリックしていたらしい。従って全部打ち直したが、内容は同じなので大した苦労は無し。マイナンバー通知カード等もコピーして貼り付け、確定申告書を全て完成させる。此れで吾人も確定申告の達人になったと思った(育成には数年掛かった)。

 チェーン店でのうどん休憩を挟み、午後は吾人の申告書の作成に移る。此処で問題となるのは昨年の大貧学院の給与である。何遍数えても五十万円しかなかった。不動産所得を足しても課税所得はごく僅か。予定納税額は二万数千円となる。恐らく、いや確実に、酒造会社に預けた税金の方が多いと言えよう。

それにしても所得税を納めるのは何年振りだろうか。大貧学院以前の職場は幾らか源泉徴収されていた筈である。吾人がきちんとした所に奉職し、八面六臂の活躍をするなどして世界に雄飛していたら、もっと沢山納められただろう。国民経済が縮小することにより失われた税収は所得税だけで如何ほどになるのか。此の十年いや二十年で軽く30兆、ひょっとしたら100兆円にも及ぶだろう。結局消費税頼みとなる。色色と腹が立って来たので、再びゴルフクラブで叩く。曇ってはいるが五度程度の気温はあるので結構砕けた。夕方には少し晴れる。少し向学しようと『世界(二月号)』を買って来て眺めた。夜は鯛刺しにお好み焼き。チリ産の安白ワインを一本。ワインの酒税って安いんだよな。こう寒いとビールはね。

夜更けに家人がブレーカーを落とす。浴室暖房機に電気ポットの使用が止めを刺した格好。電熱系は電気を食う。エアコンに勝る電気暖房はない。オイルヒーターなども法律で禁止した方が良い。拙宅からは随分前に撤去させた。


1/27・土

 依然として寒い。水曜日から殆ど解けず。例によって朝陽が当たる僅かな時間を見計らってゴルフクラブで叩く。例によって大して壊れず。鶴嘴が欲しいと思った。昼は「誠屋」でラーメン。買い物は計四便。

愈愈緑字の不幸の大型封筒が届いたので、合間合間に老家人の確定申告書の作成を開始。昨年は工事と引っ越しが多く、不動産所得は減少傾向。これら全てをホームページの案内に従って入力していくと、「青色申告特別控除」が記入されていませんなどと教えてくれる。そんな制度があるとはまるで知らなかった。何でも10万円の控除が受けられるらしい。自動で計算して貰い、あっという間に作成終了である(紙とトナー代は掛かるけど)。そんなこんなで所得税は結構減った(誤魔化した訳ではありません)。二月の十六日が待ち遠しい。此のままなら政府広報に出て来る芸能人のように初日に申告できる。世田谷税務署マスコミ取材は来るのかな。「納税は国民の義務ですから」などと心にも無いことを一度言って見たい。

 なおインフルエンザが蔓延しているようだが、今シーズンはまだ風邪を引かない。別に何をしているという訳でもない。毎年無防備人間である。だから却って不気味である。また仮想通貨の大手取引所の「コインチェック」から「NEM」のほぼ全てが流出したのだという。こうして書いていても何のことだが分からない。要は鍵の薄い倉庫から球根が盗まれたのだな。つくづく終わりの始まりだと思った。


1/26・金

 続いての氷点下生活。日中晴れても五度程度。老家人は歯科医へ。往復歩いて貰った。のろのろと後ろから随行す。午後出社。小学六年生には過去問演習を、中学三年生には模擬面接を行う。明日は都立高校の推薦入試である。公立高校もこういう形式の入学試験をするようになって久しい。意欲のある子を取って学校生活をリードして貰おうなどという目論見があるのだろう。いやしかし、面接などというものも、対策をすればするほど、みんな同じようになって仕舞って詰まらなくなる。明るく元気に溌剌として頑張ります全体主義である。定員の幾らかは出鱈目な基準で入れた方が面白い。

 退社後は中華立ち飲みで1600円ほど。今週は良く働いた。家人の話しによると指輪は見つかったとのこと。夕刻本人が申告して来たのだという。そもそも駐車場で失くしたのではなかったのだろう。落とし物や忘れ物の類が見つからないのは、大抵見当違いの所を探しているからである。

拙室はいよいよ七度程度まで下がっていた。こうなるとパソコンも動きが悪い。日記も書けず。暖房は点けずに直ぐに就寝。アルコール式内部暖房を効かせてね。


1/25・木

 朝は結構冷えた。マイナス五度程度だという。まず道具屋へ行き、ポリスコップとアルミシャベルを購入。二つで3420円。前者は殉職した後任、後者は新任ということになる。今回の雪掻き作戦には間に合わないが、次回に備えなくてはならない。そう言えばハンマーも壊れている。仕方がないので、適当なゴルフクラブで叩く。されど打撃力が少なく効果は薄い。従って雪割り不能。駐車場の方は概ね終了したが、南側道路の困難は続くこととなる。今更ながら五号室の見積書が来る。95万円。予想より二十万は高かった。諸物価高騰中である。其の他の備品代を含めれば百を超える。家賃は五千円アップだから、償却には十年は掛かる計算。

 総じていうと、午前は雪叩き、午後は税務書類の作成に当たる。今年から国税庁ホームページに入力してプリントアウトすることにした。モリカケのモリの方で国税庁の長官は色色と責められてはいるが、此のシステムは案外よく出来ていると思った。ぼんやりしていると駐車場に人影が。若い女性に問い正すと、雪の日に雪遊びをしていて指輪を落としたのだという。併し既に雪はみな寄せて仕舞った。雪解け以後、探すことにす。春を待つ楽しみが一つ増えたと思った。昼はとんかつ弁当。夜は鋤焼きにして体力を補充す。


1/24・水

 晴れてはいるが異様に寒い。午前中から固まった雪を壊して歩く。鍬のようなもので叩き剥がす。特に南側道路が酷い。南、南と油断して対応が遅れて仕舞った。一旦固まったら数倍の労苦を要す。御向かいは業者さんに頼んだ模様。併し成年男子二人掛かりでも大して捗らず。玄関付近で作業終了となった。

そもそも南側と言っても、其れは拙宅からの方向であって、御向かいから見れば、即ち北側である。御向かいは四階建てに近い高さの三階建てになったから、建物の陰である北側区域が拡大して、道路全幅を覆い尽くし、愈愈全て北側道路となったと考えるべきであった。

 午後出社。退社後は祐天寺のB。併し知った顔など誰も居らず。直ぐに帰る。夜道を走っていても、雪掻きもされていない所多数。アイスバーンになっていて危険極まりない。大抵は空き家か荒ら屋か駐車場か無責任集合住宅か、気の利かないチェーン店(恐らく雪掻き道具が何もない)である。そして誠に残念ながら、拙宅の前も相当残って仕舞った。つくづく初動対応のミスである。今日から大変な寒波が来ているそう。電気も足りないというので中から温めて就寝す。


1/23・火 

 朝から晴れた。早速雪掻きだが人力の範疇を超えている。斜面と北側歩道を優先し、残りは太陽に任せることとす。御昼になって気が付いたのだが、南側の道路も大して溶けていない。ああそうか、四年前は御向かいは二階家だったからな。今更やっても既に圧雪となって容易に動かせず。雪掻き対象が増えたことに少し愕然とした。

 火曜だが千寿に出校。昨日の振り替え授業を行う。町屋のBに軽く寄って帰る。草津白根山が噴火。而も下の池の方からしたというから自然の事はつくづく分からないと思った。


1/22・月

 最近ではラストベルトの人も裏切られたと怒っているらしいけど、いやしかしアメリカであれだけ福祉が行き届かないのも、そもそもの軍事予算が多すぎるからである。年間数十兆円。アメリカの人口とGDPが三倍とすると、日本で言えば二十兆も使っている計算となる。富裕層が税逃れをしているとか、建国の理念に社会保障という概念がないとか、地方交付税交付金に当たるものがないとか色色と言われるけど、あんなに軍事費に沢山使って仕舞ったら、一般財源など残りゃあしない。此の点では民主党だろうと共和党だろうと大して変わらない(こういうことを言うと軍産複合体に殺される?)。何しろ日本など戦争も戦争準備もしていないのに借金1000兆円である。併し今後は戦争協力はさせられるな。此の先、一体幾らぼられることか。

 朝は曇天。小雪か小みぞれが降りしきる中、老家人を歯科に搬送。家人によると支払いは一回数百円足らずとのこと。×3.3をしても余りに安い。内科医など、お医者さんごっこのようなことをして毎回1450円である。歯科医が保険外治療に力を入れる訳である。

午後は大雪となる。千寿は休講とし警戒警固にあたる。予報より降り出しが早く、降り方も強い。四年前の大雪に近い感じ。帰宅を早めた御客の御蔭で各駅各線とも満員になる。こういう日に外に出てみたい気もするが、田園都市線は早い時間から殆ど動かなくなったというから出勤すら出来なかったな。併し雪が降るからといって大急ぎで退社して、其の結果、御客が殺到して電車が動かなくなるとは、一種の人災だと思った。雪で止まった訳ではないのである。今日から通常国会。雪の重みで施政方針演説も霞んだ。数次に分けて雪掻きす。四年ぶりにママさんダンプも出動さす。

猫さんの方も心配。使い捨てカイロを切り取った段ボールに貼り付けて猫小屋に放り込んだ。十時ぐらいには漸く弱まる。積雪は三十センチ近い。ポリスコップは、例によって首から上が取れて仕舞い役に立たず(一体何個目だろう)。となると鉄製の重いシャベルしかない。装備不十分である。


1/21・日

 女性向けシェアハウスの運営会社が経営破綻。サブリース方式で急成長していた会社らしい。実は其の物件から越してくる人が過去に居て、吾人も内緒で見に行ったことがある。建物自体は新しいが、立地の悪さと専有面積の狭さに比して、家賃の余りの高さに驚いたものである。入居率が低迷し、所有者に代金を支払えなくなったとのこと。さもありなんである。となれば家主の直接管理にして家賃を安くすればどんな物件でも直ぐに埋まるだろうけど、建設費の償還計画が大きく狂うな。そしてひょっとしたら、此れは、あれの終わりの始まりということになるか・・・。

 朝から胃も天気もすっきりしているので、出鱈目散歩に出た。小田急バスを成城の手前で下車。以後適当に多摩川を目指す。川べりを歩くと大量の書類が散乱している。解析すると中学三年の男の子の物らしい。むしゃくしゃして塾や学校のプリント類をほかしていったのだろう。見たところ、成績もまあまあである。こういうものはきちんと古紙回収に出すべきだと思った。其れに何しろネット時代だから、実名を晒される危険だってある。人より多少頭が良いなら分かるだろうに。此の場を借りて苦言を呈したい。

其のまま歩き通し、玉川高島屋脇の「いっせい」でラーメン休憩。鶏がらベースの落ち着いた味。大盛りサービス付きで七百円とは今時良心的だと思った。更に歩く所存だったが、何だか草臥れたので再びバスに乗って帰宅す。其の後夕飯の買い出し。全部で二万歩余り。折角二子まで行ったのだから、家人向けに瀟洒な店で体裁の良いお菓子でも買って帰るべきだったと思った。此の所は生活必需品の調達に追われ、嗜好品のことまで頭が回らなかった。


1/20・土 

 当然宿酔気味。朝はレトルト御粥。午後に煮麺。終日電気工事。どろどろになったエアコン(三洋機)も交換す。後継は吾人達ての希望で空調専門メーカー(ダイキン)にした。胃をさすりながら量販スーパーにLED照明を買いに行き、序に取り付けて貰う。ナショナルの国産品(二台で二万余り)。蛍光灯式のものは廃棄する。まだまだ使えるとは思うが、所謂創造的破壊だな。また別室の室外機がカタカタと五月蝿いので、此方も見て貰った。原因は掴めず。不整地に設置していたから、箱が傾いて捩れて仕舞ったのかもしれないとのこと。まだ五年物である。ちなみに此れは東芝機。原発メーカーが片手間に拵えたルームエアコンなどつくづく駄目だと思った。色色な物を噛ませて調整す。老家人は三度目の歯医者。何とか概ね治ったらしい。夜はベーコンエッグ納豆ライス。朝飯のようなものを食べて本日無酒とす。


1/19・金

 佐藤優氏が「本音のコラム」で、短期間で猛勉強して難関私大に入っても、幅広い教養が頭に入っていないから大学の授業には付いて行けなくなると述べていた。其れは確かにそう思うけど、吾人の経験上、大学でまともに勉強しているのは概ね二割程度だな。スポーツやサークル活動など学業とは関係ない所でキャンパスライフを満喫している学生が多くて三割。全体の五割程度はただ授業料を支払うだけである(そもそも勉強などしたくも無い)。そして此の五割の学生が居ないと私大経営というものは成り立たない。詰まり向学心に燃えた学生が万が一にも大勢入って来ても、もともとの先生が足りないからきちんと教えられない。国公立の事は分からないが、都心の大規模私大などは今も昔もこんなものである。

 大体曇り。大工工事が粗方終了したのでガス工事。案ずるよりするが易し。あっという間に終わる。引き続き、水道設備の改修(洗濯機置き場を中に入れる)。不動産賃貸業とは不動産改修業である。また何を隠そう此の五号室には極めて幼少期の吾人も入居していたらしい。二歳ぐらいまでであったので其の記憶はないが。其れに当時を知るような造作類は今回の工事までに全て無くなって仕舞ったけどね。

 其の後老家人を歯科に搬送。可成り奥までやられているらしい。切開までしたそうである。ふらふらになって帰宅す。暗くなった頃に月波君が来たる。まずもつ焼き屋へ参る。続いて坪上君も来る。古くからある御寿司屋へ移動。店の前を一万回は通ったことがあるが、中に入るのは初めて。今は代替わりして兄弟でやっているらしい。後継者がいるとは頼もしい限り。色色とサービスして貰えた。出前があって、会合やちょっとした法事にも使える寿司屋や鰻屋は沢山あったんだけどね。拙宅が贔屓にしていたような所は全て廃業して仕舞ったのであった。最後は中華屋で紹興酒。同じ世田谷の坪上君はタクシーに、月波君は最終電車に載せて返す。ふらふらになって帰宅。わざわざ御足労願ったので、吾人が多く支払った。一万数千円喪失す。


1/18・木

 再び晴れて来て暖かくなる。午後は曇る。老家人の歯痛益益酷くほぼ終日就寝す。市販の鎮痛剤も効かないらしい。いやしかし、折角ああして歯科に連れて行って、どうして前より酷くなるのだろう。世の中にはまだまだ不思議な事が沢山あると思った。

 節約しようと晩食は粉ものにした。豚肉二百円、キャベツ百円分、長芋二百円、その他概算二百円。此れで家人と二人で十分食べられる。外で食べる其れはどうしてあんなに高いのだろう。


1/17・水

 一転して曇天。老家人を歯科医院に搬送し、一時間後に迎えに行く。介添えした家人によると、担当医師は余りに突っ慳貪で、問診は刑事の取り調べのようであったという。年寄りの汚い歯など見たくもないのだろうな。一方の家人は保険内治療なので儲からないからだろうと推測す(初診料入れて二千円余り)。歯科というのも大変毀誉褒貶の激しい世界である。地元を対象とした匿名の掲示板でも歯科ネタは大抵荒れている。どちらにしてもあらゆる歯がグダグダで暫らく通院を要すとのこと。ある年齢まで行くと総入れ歯の方が楽だな。兎に角、また面倒なことが増えた。

 小雨のなか出社。金参万円受け取る。此の時期は過去問対策をするのだが、推薦入試が迫り中学生は上の空。面接と自己PR書の作成で頭が一杯の模様。入試の多様化も考え物である。立ち飲みBでOさんと会い、其のまま中華立ち飲みに。雨がすっかり止んだ頃に帰る。十二時過ぎ。


1/16・火

 昨日教えた中学生のテキストには「海と毒薬」が出ていた。学習塾向けの教材には色色なものがある。本務校とは違う教材会社だったので初読だった。幸い拙宅には「新潮日本文学」があるので(家人の嫁入り道具だったらしい)、早速読んでみる。中学一年用に引用されていたのは、研究生戸田の告白の所で、小学生の頃、転校生に酷薄な心の奥底を見透かされているようで恐ろしかったと振り返るシーンであった。其の後も彼は次から次へと問題を起こし、その都度何となく正当化に成功す(なまじ頭がいいからな)。段段と心が麻痺して仕舞い、ついに解剖実験に手を貸すことになる。いやしかし何処かで思い留まることは出来なかったのか。別に神様が居ないから罪の意識が育たないという訳でもない。要は心に常に「若林稔君」(転校生の名)を置いて措けば済むことである。神ではなく、彼が見ている。大抵の人は、其れで十分な筈なのだが・・・。何はともあれこういう作品を一個丸ごと読めば、相当な読解力が付くと思う(序に歴史の勉強にもなる)。短編やぶつ切りでは駄目だな。此の点は検定教科書も同じ。

 一日晴れて暖かい。家人は鎌倉の伯母さんの付き添いで御茶の水の医科歯科大付属病院へ。すっかり弱って仕舞って見ていて辛かったと宣う。伯母さんは心臓も悪いが最近はどうにも首が悪いらしい。なお東京駅で伯母を見送った際、家人は「スイカ」を落としたという。記名式ではないからどうにもならないな(特別損失凡そ三千円)。老姉老妹介助である。


1/15・月

 一日まあまあ晴れた。今後は冬型の気圧配置が崩れ、少しは暖かくなるとのこと。中目黒経由で千寿校に出社。途中『トラクター世界史』。退社後は町屋の立ち飲みBへ。D常務と少し話しして帰る。千代田線に乗ったのだが、例によって尿意を催し大手町で降車す。併し相変わらず、地下駅は何処が何処だか分らない。地下迷宮である。最近のメトロはあらゆる駅で改修しているから尚更である。番号や色などで案内しているらしいが、そんなものは直ぐに忘れて仕舞う。目印になるものをもっと沢山置いて欲しいと思った。成るべく有機的なものがいい。例えば、別れの一本杉の模型とか、兄弟船のレリーフとか。そうすれば次のトイレは矢切の渡し舟のちょっと先だとか、目的の出口は暗い待合室の手前を左だとか。様様な記憶に焼き付けることができる。漂流者はそういうものを頼りにするから。

 老家人は歯痛を起こす。併し馴染みの歯科は過日閉院に。別の歯医者は明後日にならないと空かないという。痛い痛いと大騒ぎでつくづく閉口す。


1/14・日

 今日も関東は冬晴れ。T大統領健康診断の結果は良好とのこと。頭もちゃんと調べたのかと言う声も大きかったそうだが。就任から丁度一年。もう此の人の事は無かったことにして、早く忘れたいという世論が大きい感じ。早く辞めさせた方が本人も喜ぶはずである。実を言うとT氏には感謝もしている。メークアメリカグレート(アゲイン)、第五文型の説明には最適だったしね。だから一刻も早く引導を渡して上げたいのである。昼は「誠屋」でラーメン。買い物便多数。夜は鶏つくね+豆腐+葱白菜他という出鱈目鍋にした。兎に角、鍋物にすればカセットガスの排熱も暖房として使える。


1/13・土

 昨日と同じような寒い一日。こんな中、大学入試センター試験日本海いじめだな。目黒区駒場東大前辺りにある大学入試センターも北陸方面に移転すべきである(そもそも東大の近くにあることからして宜しくない)。行って見たら、此れは酷い・・・、ならばもっと前にやりましょうという事にもなるだろう。でもセンター試験って、新しくなったらどうなるんだっけ。

いっそ大学入試そのものを六月くらいにしたらどうだろう。高校を卒業して三ヶ月みっちり勉強して、試験を受けて、九月に入学する。これぞ国際基準である。学習塾も少しは儲かる筈である。ただ此の方式だと高校の先生が困るな。卒業生の面倒を半年先まで見なくてはならないから。

 七号室入居。若い会社員のようだから滞納の心配はないな。一応挨拶す。昼はスーパーの弁当。夜は肉屋の焼き鳥。何度も出たり入ったりしていると、矢張り鼻が可笑しい。一月から花粉症だとすると、此の春は大変なことになる。


1/12・金

 日本海側は大雪。関東も結構冷えた。五号室は電気関係の集中工事。「家人の体調が悪い」ことにして本日欠勤す。勿論、嘘ではない。さてさて何処かに出掛けようと思った。丁度JRではスタンプラリーをやっている。対象は吾人も慣れ親しんだロボットアニメものである。一瞬食指が動いた。併し用があっても乗りたくない国電にわざわざ乗り、而も乗ったり降りたり走ったりするのは難儀である。其れに混んだ車内でインフルエンザでも移されたら両家人の命に係わる大問題である。

 という訳で田園都市線で下ることにした。長津田行きの急行にぼんやりと乗った。古参の8500系である。此の車両は吾人が幼少の頃から走っている。田園都市線の顔と言えば顔である。プレートを見ると昭和五十一年製とあった。関東の大手私鉄で此れだけ古い車両が活躍するのも奇跡のような話だと思った。というのも後継の5000系になまじ六扉車を組み込んだのが悪かった。後にホームドアを付けることになり、作ったばかりの六扉車は減価償却もままならず全車廃棄に。此処で更新計画が大きく狂ったのである(と推測している)。それでも東急は漸く第二次更新計画を明らかにしたから、8500の活躍もあと数年だな。

 冬晴れの中、淡淡と進む。前が詰まっているので自慢の爆発的モーター音が聞こえないのが残念。其のまま中央林間まで乗り通し、小田急に乗り換え。此方も江の島まで乗り通した。橋を渡り、適当な回転寿司屋で日本酒休憩。併し地酒の類は一合800円もす。そうなると450円の「松竹梅豪快」に逃げるしかない。二合飲み、神社まで登り、少しお祈りをした。さて此処から少し海岸を歩こうと思ったら、くしゃみが止まらなくなる。冷気に当たったのか、花粉症か、結局のインフルエンザか。其のまま帰ることす。併し江の島から帰るのは難しい。江ノ電、バス、モノレールと魅力的な交通機関が目白押しである(エスカーもある)。思案の末、一番乗っていないモノレールで帰ることとす。階段を延延と上り、湘南モノレール改札口に。経営は三菱系から事業再生などをやっている企業グループに移ったらしく、色色と改修工事中のよう。設備投資してくれるとは有り難い。ただカードの類は何も使えず、未だに現金で切符を買う仕組みとなっている。此の辺も早く改善して欲しい所である。

モノレールは日本に幾つも無い懸垂式とあり、其れ自体が遊園地のアトラクションのようなもの。江の島観光と組み合わせればもう少し御客も増えるだろう。乗って見ると、下に何もないからすっきりしている。坂を上ったり下りたり。民家の軒先や庭をかすめたり、マンションの部屋を覗けたり。いっそトロッコ車両のように窓を取り外したら面白いだろうと思った。「湘南(風が)ビューっとモノレール」とかね。而も揺れ方が違う。当然ながら上から篩に掛けられる感じ。此れも他に例がない。

 大船駅で蕎麦休憩。ホーム上の店は昔ながらの総立ち蕎麦である。暖簾にはNRE大船軒とあった。地元の駅弁屋と日本食堂、どちらに強い経営権があるのだろう。蕎麦自体は至って普通だった(やはりNREか?)。中から温かくしても依然として鼻水止まらず。斯くなる上は逃げの一手である。横浜で東横線東急ストアーで晩食の材料を買い込み、東急バスで戻る。三時半過ぎ。崎陽軒の弁当でなくて家人はがっかりしたようであった。弁当より温かい鍋物の方が良いと思ったのだけどね(炊事が兎にも角にも面倒とのこと)。直ぐに抗ヒスタミン

 信越線普通列車が遭難。満員のまま一晩閉じ込められたという。動かない列車に立ちっぱなしなど、想像しただけでも恐ろしい。新潟の人は辛抱強いと思った。吾人なら非常コックを開けて勝手に降りるな。行き当たりばったりに歩いて、ラッセル車に撥ねられるか、氷雪に倒れた方が増しである。


1/11・木

 近所のコンビニが新装開店す。経営統合された店なので、看板も架け替えられた。二ヶ月近くも休業して中味も作り替えた筈だが、何だか変わったようには思えず。大体誰が作っても同じようになるのがコンビニというものである。中小チェーンも淘汰が進み、此の業界も結局大手三社の寡占市場である。オーナー夫婦も交代した模様。夜勤担当の旦那さんの疲労蓄積状態が年年悪化していて、最後の方は見るに忍びない程であった。コンビニが儲かったとされているのって何年前までだっけな。其れでも本部だけは儲かる仕組みになっているそうである。

 昨日の新聞によると、あれほどロシア寄りとされた米政権内部でも、プーチン氏=(冷戦後の国際秩序の改変を狙う)修正主義者とする見方が強くなっているとのこと。修正主義膨張主義かで、色色と議論が分かれると聞いたことがあるが、要は大国主義が中中消えないという事である。つくづく住むならば、矢張り小国、而も寡民が一番であると思った。尤も東アジアの中くらいの国は、寡民化のペースがやや急激な点が気になることである。其れはロシアも同じだったけな。

 昼は居酒屋チェーンで「鶏の唐揚げ定食」(750円)。注文してから出て来るまで二十分も掛かったが、出て来たものは結構旨かった。一応大庄グループは店内調理をしているというから、少しは待たなくてはね。午前午後と『ゴヤ掘戞「戦争の惨禍」シリーズである。ナポレオン軍に蹂躙された国土では凄惨な殺戮戦が延延と続く。「憤怒を発した軍隊のやることはきまっている。またしても虐殺と掠奪である」。そして「人間はこのあとも戦争の惨禍をくりかえし、南京大虐殺からアウシュビッツ原子爆弾までも投げつけるのである」。現代に於いても、イラクからシリア南スーダン周辺そしてビルマの山岳地帯でも・・・。「歴史のかかる光景に接していると、私もがゴヤとともに人間に絶望しなければならなくなる」。「この絶望を越えて、なおも生きて行くことが出来るためには、人間がかかるものであることを身に徹して認識し、表現してかからねばならぬ」。そういう覚悟のようなものが最近の政治家からは感じられないな。戦後の一時期まではあったそうなのだが。国民にもね。

犬型のロボットソニーから再発売される。最新技術で感情の機微が分かるようなるそうである。更に気まぐれな猫を作るにはもっと時間が掛かるだろうと思った。其れに身体能力も違う。


1/10・水

 南北朝鮮は閣僚級会談実施で急転直下の雪解けムード。同じ民族だから対話もし易いだろう。過大な期待は禁物だが、取り敢えず核開発の凍結だけでもしてくれれば十分である。併し大慌てで対話を求めて来るあたり、セーサイキョーカもまあまあ効果が出ているらしい。其れに核実験場では山体崩壊放射能漏れ、ミサイル実験の失敗でも相当な被害が出ているとの観測もある。小皇帝も流石に拙いと思ったのだろう。また韓国大統領は日韓合意を見直したいとの発言もしていた。PとAとが結んだものだから我慢ならないのだろうな。何しろAは歴史修正主義者だもの。

 良く晴れて風強し。午後出社。本務校で三週ぶりの授業。退社後は立ち飲みBへ。日本酒を一気に入れて中から温めて帰った。


1/9・火

 朝には止んだ。早速五号室の工事を開始す。まず古い造作の撤去。昼には終了す。すると午後はガス工事。併し既に大工さんは御帰りに。何も分からない家主を挟むと、意思の疎通は電話が頼りとなる。なかなか巧くいかず往生す。空いている七号室の流し台を見せて納得して頂いた。完成図があると分かりやすい。百聞は何とやらだな。南風が吹き荒れ、異様に暖かい。よくよく見るとナンバーサインがなくなっている部屋が多い。色の濃いボール紙に白い修正ペンで書き入れて貼り付け直す。他雑用多数。

 昨日の成人式の直前に晴れ着レンタル業者が倒産。多くの新成人が路頭に迷ったそう。其れでも従業員(数か月前から無給らしい)の自主営業やボランティア等の活躍により、何とか仕立てて貰って式に出られた人が多かったという。持ち逃げした社長は逮捕されるとして、所謂美談にはなるだろう。併し成人式など考えた事もなかった。あの日の吾人は何をしていたのだろう。そう言えば浴衣以外の和服など着たこともない。女の人はまた違うのだろうけど、二十歳人口も急減するから此の産業ももう御仕舞だな(そもそも新規参入してくる方が可笑しい)。何もない夜は白ワインを呑みながら、東京FМからJウェーブへ。FM局もよく勉強している。


1/8・月

 早目の成人の日。午前中久久に本務校に参る。本日は休講日だが、講習の後片付けや散乱したゴミの分別廃棄、事務仕事等等。一時間半ほどで終了す。直ぐに自転車でぶらぶらと帰る。途中、「六厘舎」がプロデュースしたとか云う店で、付け麵の並盛(630円)。安くて旨くて大変結構だが、みんなセントラルキッチン方式なんだろう。生産性を向上させると、結局こういう非の打ち所の無い店ばかりになる。いっそ生産性を低下させ、経済を非効率化させよ。面白いことが起こる筈である。午後から雨。夜は結構降る。

 大阪大で出題ミスが発覚。三十人が追加合格されることに。併し一年も経った所で、実は合格していましたと言われてもね。幾ら人生は出鱈目と偶然の連続とは云え少少辛い(特に十八歳には)。また追加合格はあっても、追加不合格というものはないから、代わりの三十人は神様の気まぐれで入学しているという事になる。其処で藤田省三先生が、入試の際は一人だけクジ引きで合格させておけばよいとおっしゃっていたのを思い出した。勿論当人には内緒で。そうすれば合格者は、ひょっとしたら自分は運が良かっただけなのかもしれないと悟ることになり、受験エリートの類にも少しは謙虚な姿勢が身に付くだろうと。一般入試が今より遥かに過酷だった頃の話しである。


1/7・日

 昨夜は色色と刺激された。少少向学しようと、朝から本を注文したり、読み返したり、また日誌の整理。数日来、買い物便が欠航して碌な物を食べていないというので、「オオゼキ」で牛肉を買って来て、焼いて食べた。


1/6・土

 冬型の一日。芥田先生の書斎で新年会の日。千葉市に向かう。まず渋谷で途中下車。のれん街で「ウエスト」の御菓子を購入。其の後東西線に乗り換え。西船橋の「めとろ庵」で蕎麦休憩。一時過ぎに参る。参加者は月波君、客乃間君、鷺乃間君。夕方遅れて藤松君と西嶋君。近況報告の後、『近代日本哲学思想家辞典』の中江兆民の項を講読。以後、奥様のお料理と持参した刺身盛りに御酒を交える。以降話題は多方面に散らばる。記憶に残った点を以下列挙す。

未来は暗いという時代は今まで余りなかった。明らかに下り坂の時代だが、それでいて何となく危機感がない。何とか知恵のある者が出て来て、多少は盛り返して行くようにしたいもの。こういう考え方は愚管抄にもある。(以下引用す。「そこで、世を治める君はほんの少しでも正しい心を取り出して、無間地獄に落ちるような無道の有様を少し普通にし、何といっても世の中には末世の道理を弁えた人が、僧俗の中に二、三人か四、五人くらいはいるであろうから、そういう人を召し出して、天下のために仕えさせてほしいものである。」)

一つの中国という概念は「排満興漢」以来の物で、漢民族とててんでバラバラ。中国は進み方によっては中華連邦のような連合国家になる可能性もあった。また現代中国の経済格差情報統制は想像を絶するもので、何かの拍子に再び革命が起こる可能性がある。正にマルクスの予言した通りである。其れを防ぐために、現国家主席はやっきとなって経済成長させている訳で、別に中華帝国を復活させようなどという深慮遠謀がある訳ではない。少子高齢化は日本を上回るペースで進んでいるから、何れ自転車操業が止まってしまう可能性がある。其の時は・・・。

他には、\郛綸阿痢愃彩筺戮脇匹牴礎佑ある。そしてそのような党がいまだに存在していることが奇跡のような話で、天皇制と共に「世界遺産」に登録すべきである。詰まり、早く無くなった方がいい。∀蚕叔代の私大教員の給与水準は極めて低く、みな第二種兼業農家のような生活であった。改善するのは私学助成が入った七十年代以降であった。最後に勤めた公立大学の学生の実に三分の一近くは住民税が非課税世帯で、多くの学生は県から出て遊びにいくことすらままない。特に地方では貧困化が著しい。ぃ舛砲和腓靴浸彖杰条がある訳でなく、ただお爺さんの真似をしているだけ。既に家業である。後任を狙う筈のK氏にも覇気がない。其れも家業だからである。政治学というものは四十を過ぎたら自然と分かるようになる。実社会的経験論。Δ爺さんは九十過ぎたら駄目。婆さんは元気だけどね。

実に十時近くまでお邪魔する。再び電車に乗り、九段下経由で帰宅。十二時過ぎ。此れで年末年始の行事は全て終了す。


1/5・金

 未明に起き出し、五号室から出された大量の漫画雑誌と千寿から持ち帰ったテキスト類を表に出す。するとあっという間に白いワゴン車が来て持ち去って行った。あうんの呼吸で回収するあたりは沈黙交易のようだと思った。併し古紙の需要はまだまだあるのだね。出来れば千寿校まで取りに来て欲しい。ゴミの山、いや宝の山が其処にはあります。

 朝から曇り。寒の入りらしい天気。五号室退去。不動産屋さんのSさんと立ち会う。元元がリニューアルもしていない古い部屋だったが、見たところ、凡そ表現も出来ないような壊滅的状態となる。数年来真面に掃除もしていなかったらしい。こりゃあ全面改装だな。シンクもエアコンも壁紙も床材も。ちなみに未納分は数十万円。今後少しずつでも支払うようにと念書を交わした。いやしかし、こんな書面にどれほどの効力があるのだろう。半分ぐらいは払ってもらえるかな。それでもまあ何とか生活を立て直してくれれば・・・と思う次第である。何かの都合で所謂「事故物件」になるよりかはね・・・。其れに帰るべきクニやイエがある人は、まだまだ良好な部類である。

 午後千寿に出校。例によって理科と社会を中心に適当に教える。担当ではないが、どうにも物覚えが悪い生徒がいるらしく、教室全体にはS子先生の怒号が響く。集中攻撃に当たっているよう。他の部屋にも丸聞こえである。例によって辟易とす。例によってああいう子に激昂したところで、丸で仕方の無い話しである。平均すると吾人は週に一回の勤務だが、彼らは毎日のように言葉の暴力に晒されている。つくづくS子には教える能力がないと思った。こういう教室はもう滅んだ方がいい。そして廃業する前には、回収業者に入って頂いて、森林資源の回復に役立てていただければ、世の為や地球の為になると思う次第である。

七時過ぎに退社。町屋で途中出場。立ち飲みBの新店に入る。先月末にBチェーンはとうとう町屋にも進出した。運よくD常務も居た。D君は新規立ち上げ担当重役でもある。色色と言葉を尽くしながら新従業員に指導している。従業員といったところで大抵はずぶの素人であるし、そもそも言葉も違う。日中か日越連合チームである。S子にも見習わせたいと思った。少し話ししてから地下鉄で延延と帰った。


1/4・木

 未明から可成りの胃痛。何度か洗面台に顔をうずめた。新年早早碌なことがない。毎年のように節酒の誓いをしているよう思う。来世は下戸になりたいと願った。昼前にはどうにか収まる。

 今日から残りの講習。千寿に参る。途中「はなまるうどん」。何だか口も頭もよく回らない。休み過ぎたか(いや、飲み過ぎだな)。退社後は大橋の自動化寿司でノンアルコールビール。其のまま帰宅。地下鉄も結構空いていた。三が日も四が日にすべきである。本日完全休肝。


1/3・水

 朝は御粥と御酒を一杯ずつのみ。正月だからといって二倍も三倍も飲んだり食べたりできない。もう鹿の食うようなもので十分である。あらゆるものが過剰だと思った。新聞を三紙も四紙も読めないのと同じである。詰まり情報も過剰である。鹿の耳と目がいいな。あと頭も。考えなくていいから万事楽である。

 恒例の駅伝見物に参る。晴れてはいるが北風強く、観衆も少ない。例によってA学院が独走す。其れでもオレンジ大学は往路の五区に山の神が降臨し、六区でも健闘したので六位に入った。少子化の故、何処の大学も駅伝に力を入れているよう。何しろ十八年後の十八歳人口は94万人である。併しね、駅伝を見て感動して、○○大学に入りたいとか思う子がいるかね。タレント教授が沢山出てきた方がまだ宣伝効果があると思うが。

寒風の中を川崎まで歩き、去年も入った「香楽園」で大量飲酒。総勢九名で飲み放題を付けたから、給仕が間に合わないほど。やはり中華は此れぐらいの人数で食べないとね。三百円均一の小皿料理ばかりを頼んでは可哀想なので、少し高めの料理も注文す。脱デフレは身近な所からである。其れでも一人2500円。更にカラオケに行き、イタリアンにも入った。流石に吾人は此処で早退す。ふらふらになって帰宅。


1/2・火

 再び冬型に。晴れてはいるが風強し。朝は和洋中の残り物で小量飲酒。昼は野菜たっぷりタンメン。夜は貰い物の蒲鉾とハム。四国の親戚から送って来たものだが、昨年来、幾らむしゃむしゃむしゃむしゃと食べても一向になくならず。あらゆるものがつくづく過剰であると思った。此の二日の消費支出は新聞代の330円のみ。そう言えば昨日の毎日新聞に、生産性を二倍にすればGDPが二倍になるとか言っている人がいて驚いた。ハムや蒲鉾が今の二倍も作られても一体誰が食べるのか。鹿の食うようなものを食べていた頃と勘違いしていると思った。ならばいっそ二倍高いハムや蒲鉾を作ればいいという算段にもなるだろうが、そもそもハムや蒲鉾には限度というものがあるし、そんなに高くなっては購入できない人もいるだろう。

 北の皇帝は南の五輪を歓迎する旨の演説をしたらしい。一応交渉の余地ありという事なのだろう。ただ当のアメリカの方は最早空中分解である。


1/1・月

朝から良く晴れた。テレビの討論番組甚だ酷し。昨夜に引き続き、和の段を解凍。伊那の御酒と合わせる。例によって大して旨いものでは無し。でも贅沢を言ってはいけない百鬼園先生の昭和二十年一月二日の日記には「朝も晩も動物園の鹿の食ふ様な物ばかり家内と二人で食べてゐる」とある。何しろ御雑煮はみそ汁が精精で、御酒も無く「こんなお正月は初めてであり今回限りに願ひたい」とも。「いやに空が静かだと思ったら、九十機位が編隊になりて名古屋を中心に浜松大阪等へ行きたる由也」(同一月三日)。増して現代にあっても餅も食えない人もいるというからね。

其れに味覚が変わって来たということもあるだろう。吾人とて、初めて伊達巻栗きんとんを食べた時は、美味すぎて感動したものである。あれから云十年。何を食べても素直に旨いと思えなくなったのは、ひょっとしてあの漫画+アニメのせいかもしれないと訝った。第一に腹が減れば何でも旨い筈である。元旦到着の年賀状は十枚程度。鈴木君と佐藤君には第一子が誕生す。ともに同世代である。細君の年齢までは与り知らぬが、此れで第三次は終了だなとつくづく思った。

其の後老家人を散歩に連れ出す。数百メートル先の公園まで行って休憩して帰って一時間。往路時速一キロ半、復路は一キロといった感じ。介助というものは生産性とは対極に位置するものだと思った。午後になり社崎くんから電話があり、実に久久に話す。御母堂の具合が悪くなり在宅介護中とのこと。遠出は出来ないが、飲みに行くならば是非誘ってくれと言われた。元元元気な武闘派といった彼だが、最近は連絡がなく心配していたところであった。まあまあ元気そうでよかった。

夕方になると何だか寒気がする。すわインフルエンザかと思ったが、中華の段で麦酒を軽く飲むと直ぐに良くなった。買い物は無し。其れでも専売店とコンビニ日経と毎日を買い足した。元日の朝刊は何処も矢鱈と分厚いが大して読むところがない。ただ毎日の都内版には新橋のちゃんぽん店が紹介されていたので、早速大将にラインで知らせた。折角買った甲斐があったというものである。補足。中華は結構旨かった。家人にも好評。併し中華三段という訳にも行かないな。

2018-01-07

2017年12月

08:48 |

12/31・日

 本年最後の日。午前中は白いものが舞った。何処かの国がとうとう実験でもしたのかと少し驚いた(幸い初雪とのこと)。来年はこういう心配をしないで済むようにして貰いたいところだが、何しろAとTではね。買い忘れていたものを何回か買い足しに行き、昼は牛丼S。街を歩くと、結構チェーン店でも閉まっている。結構なことだと思った。

 基本的には極めて寒い一日。例によって取り寄せたおせち料理で晩から飲み始める。経費節約の為、今回は冷凍ものにす。和洋中の三段で一万数千円。札幌何とかホテルの料理長が丹精込めて作ったらしいが、本当のところはよく分からない。まず洋の段から解凍す。御品書きを見るとメインディッシュの原料は全て海外産。牛は勿論、鶏はブラジル、豚はハンガリー、エビはベトナムといった感じ。万国博覧会である。其れでも味はまあまあであった。大体一晩で五千円分費消す。高くはないな。立ち飲み屋でもまあまあの物を頼めば三人で行けばそれぐらいするだろうし。内需拡大一意専心である。

泥酔の後、茹で麺を温めて年越しそばとす。例によってふにゃふにゃだが、其れと分かって食べているのでさして不満はない。生蕎麦や乾麺を茹でるのは面倒だからね。夜は流石に寒い。拙室も初暖房。アルコールが回り十一時には就寝。


12/30・土

 今月の備忘録。本務校近くの中華屋と惣菜店が閉店。共に老舗といわれる店で繁盛店ある。親子でやっていたから、後継者もいない訳ではない。パパママ世代が引退するのは分かるとして、息子さんたちはどうするのだろう(共にアラフォー世代)。今更外で働くのは体が慣れないと思うが。店舗は自前だと言うから今後は不動産賃貸業だな。結局家族で汗水たらしても、賃貸収入に追いつく稼ぎ無しという事なのかな。

 山田線の海側の復旧が再来年の三月に決まる。南北が繋がり、名称はリアス線で統一されることに。実に百キロ以上の路線となる。観光客を呼び込むためには横串も充実させなくてはならない。山田線の山側ももう少し何とかならないものか(現在一日四本)。

 朝から良く晴れた。小松菜が足りないというので買い足しに行く。自転車を操り、環七を越え、環八も越え、岡本辺りの無人販売所で漸く見つけた。一束200円。根が張っていて逞しそう。多摩堤通りの「花月」でラーメン休憩。此の辺もどんどんと家が建っている。近近に農地も無くなるな。崖線を登り、再び環八と環七の順に渡って帰る。午後も片づけや掃除、そしてアルコール類の買い増し。


12/29・金

 何とかコインが人気のようで、価格が高騰しているらしい。其のコマーシャルが無意味で凄い。「明日はハレルさビットフライヤー」「みんなで踊ろう」云云かんぬん。仮想通貨には海外決済を容易にするという大義名分があった筈なのだが。それにしても、仮想通貨に投機マネーが集まる。一昔前でもなんのこっちゃという事態である。第一、みなさんまだまだ現ナマを使っているのにね。

また何時か見学に行ったヘリコプター搭載型超大型護衛艦も改造して「護衛空母」にするらしい。まだ見積もりを取る段階だが、どう考えても改造費の方が高いな。という訳でいっそ新造しますなどというシナリオがあるのだろう。何度も言うが明らかに憲法違反である。其れに航空機の整備と搭乗員の訓練等等、上物にも途轍もない御金が掛かる。奨学金何十万人分に相当するだろう。

 朝から活動す。まず玄関掃除。其の後青果専用便を運転。今年は小松菜等も高い。昼は「侍」でラーメン。味はまあまあだが750円は高い。其れに此の豚骨醤油味というものも限界だな。此れ以上旨くならないもの。ならば技術革新と生産性の向上で安く提供して欲しい(そうなるとセントラルキッチンになるのかな)。更に夕飯の材料を買って帰る。

 御酒を飲んでいると妙な警報音が。早速認ためると火災警報器の電池切れのサインのよう。併し此の機種、電池の交換が極めて難しい。「外周部をもってベース側に押しながら回してください」などと意味不明なことが書いてあるが、出来たためしがない。やっている内に段段腹が立ってくる。而もピィピィという警報音の間隔は益益縮まる。結局金槌で叩き壊すより手がなかった。見たところ2004年製。初期の製品はつくづく酷いと思った。晩酌を台無しにされたので、犯人は実名公表す。ナショナルの「SH11864」である。開発者には猛省を促したい。


12/28・木

 駐車料金を現金納付しているお肉屋さんは、払っても無い二カ月分を払ったと言い張っている。家賃手帳を見れば一目瞭然なのだが、紙に書いてあることまで信用できないと言い始めたら、我我は何を信じればいいのだろう。新手のポストトュルースだと思った。

 さて本日から正月休みである。28日から休めることなど近年なかった。此れも大貧学院衰退の御蔭である。まず家作の周りを軽く清掃し、神保町に参る。三省堂で『ゴヤ掘戮鮃愼して「キッチン南海」へ。開店前から既に大行列。而も大半が吾人より年長(学生さんなど殆どいない)。みんなよく食べるね(そんなに食べて大丈夫か?)。多少待ったが無事カツカレー(750円)に有り付けた。其の後はぶらぶらと古書店を覗くも収穫は無し。其のまま九段下方面へ。武道館を抜けて出鱈目に歩く。併しこういう都心のことなど何も知らないな。特に皇居周辺などは全く。宮城遥拝!などという時代が再び来なければいいとつくづく思った。

半蔵門から地下鉄に乗り、直通して帰宅。まだ二時にもなっていなかった。すると五号室が退去すると連絡が入る。色色と溜めた人だったが、年明け早早に故郷に帰るのだという。此の所、引っ越しが多い。部屋はボロボロだから大規模工事だな。夜は白ワインを呑みながらゴヤ。拙室のテレビは地上波しか映らないからラジオを掛ける。最近はFM局などでも結構いい情報番組をやっている。


12/27・水

 朝方は宿酔気味。流動食(御粥)を食べ、まず診療所に。例によって意味の無い遣り取りをして処方箋を貰う。一種のお医者さんごっこだと思った。其の足で千寿校に向かう。今日も理科と社会の組み合わせ。江戸の三大改革は元に戻そう戻そうという復古的改革だから、時代が進めば進むほど、何の成果も上がらなくなる。時代の変化を認めない改革も挙兵も大抵失敗すると講義した。序でにT親方の場合もそうなるであろうと解説す。彼は大相撲明治時代に戻したいらしい。何という時代錯誤だろう。

 すかすかに減った腹を「えぞ松」の回鍋肉で満たそうと飯田橋に回航。併し外堀店は定休日だった。止むを得ず本店へ。同じ回鍋肉定食だが、本店はややあっさり指向。外堀店の方がもっと肉肉しくて、本日のような空きっ腹には相応しいと思った。瓶ビール一本で其のまま帰宅。九時少し前。家でも缶ビールのみ。二日連続で飲酒というものは出来ないな。飲もうとしても口や胃が拒否する感じ。本務校には戻らないから年内の勤務は全て終了す。S子先生の怒号も無責任社長の阿呆面も見ずに済むと思うと清清す。


12/26・火

 談合問題を契機に土管新新幹線の是非を問う言説も多少聞かれた。併し道路と違って部分開業というものも無いだろうから、最早止めようがないな(例えば山梨までつくったところで何の役にも立たない)。大体此の手の工事が見積り金額で収まったことなどないだろう。此の先どれだけ膨張するか、名古屋まででも十兆、いや十五兆かな。みんな土管代である。大体民間企業が勝手に始めた工事に何時の間にか公的資金が大量に入っている。工事自体が既に粉飾だと言えよう。今ならまだ間に合う? KとAの昵懇ラインが崩れればね・・・。既に掘った穴は洪水対策の地下貯水池にでもすればいいか。国土何とか化も少しは必要だし。

 今日から講習である。御昼に千寿に出校。昨日気付いたのだが、地元の駅にもホームドアが付いていた。此れで当駅発の人身事故はなくなるな。其処で思い出すのはМ子さんの事である。小学校で同級だった彼女は此の駅で亡くなったらしい。もう二十年も前の話しである。事故だったのか自死だったのか吾人には知る由もない。明るい女の子だったのだけど。此処に書いて備忘しておくこととす。

 授業は二時から七時過ぎまでぎっしりと。何度も行くのが面倒なので、年内二日、年明け二日に集約したから仕方がない。退社後は月波君と客乃間君が来たる。千寿の名店を案内したかったが、「大はし」も「天七」も「永見」も満席。辛うじて「加賀屋」に入り込む。其の後は混んでいる西口から空いている東口に避難。「かあちゃん」と「福しん」のチャーハンで締めて帰った。帰宅は十二時過ぎ。


12/25・月

 今年生まれた赤ちゃんは94万人だそうで、昨年より数万人も減ったことになる。減り幅から考えると、詰まり今までが第三次ベビーブームだったという事だな。大したブームではなかったが、ブームもバブルも去った後で、其れがブームやバブルであったと分かる。ブームでも現状維持が精一杯というのが、此の国の恐ろしい実情である。

 未明は大雨。たっぷり降ったが朝は綺麗に晴れた。本日は本務校も千寿校も休校日。デイサービスに老家人を預け、家人と墓参りに参る。滅多に乗らない西武線で小平へ。降り積もった欅の葉っぱを掻き出す。風が強いので線香は自粛。其の後、石材店の並びの御寿司屋へ参る。随分前(多分二十年以上)に法事をやったことがある店である。丁度御昼だったのだが、扉を開けるとカウンターに座っていた店主は少し驚いたようであった。当然他客は無し。最近は御客が減っちゃってなどと高齢となった店主と話をした。日本酒二合に上握り。二人で七千円。流行らない寿司屋は在庫管理が難しい。ネタも解凍品が多かった。

再び黄色い電車(と言っても最近は黄色くないが)に乗って帰る。食べ足りない吾人は渋谷で「博多天神」のラーメン(500円)。注文から一分で到着し三分で食べ終える。博多ラーメンはこうでなくてはね。ただ博多+天神という屋号は地名的にあり得ないらしい(下町山の手みたいな感じ?)。新玉川線に乗ったらバスの家人を追い越して仕舞う。ツーロックして来たので暫らく家に入れず。夜は掛け蕎麦。風邪予防と称して、後先考えず食べたいだけ食べているから、此の頃体重が非常事態である。

 区の広報紙を見ていたら、ふるさと納税地方消費税の算定方法の見直しにより、来年度の減収は七十億にも及ぶと書いてあった。特養も保育所も建てられなくなると区長は怒っているようだが、ある程度は仕方がないな。地方から出て来て、好き好んで東京に住んでいる人ばかりはいないから。月波君も文京区には払っていないと聞いた。人も金も集め過ぎて仕舞ったら、マドリードになって仕舞うしね。いっそ都会を滅茶苦茶にした方がいい。保育園老人ホームは十年待ち、道路はぐちゃぐちゃ、電車は毎日故障、街角には掻っ払いと酔っ払いと物乞いが溢れていたら、みんな呆れて故郷に帰るだろう。


12/24・日

 明日まで休みなのだが、何処かに行きたいが、生憎何処にも行くところがない。寒い時期は大抵何処も寒い。伊豆辺りは暖かいだろうが、一人で泊まれるような所も無いだろうな。 

午後はまあまあ晴れた。少し歩こうと、駒沢、深沢、目黒区方面と大移動す。都立大学駅近くでラーメン休憩。確か一年前に入った店だが、何だか雰囲気が違う。屋号も違うから経営が代わったよう。味は豚骨醤油のままだから間違い探しのようでもある。繁盛していた感じだったのだが。「トリツセンタービル」も取り壊し中。更に歩いて帰った。全部で三時間半、二万歩。晩食はスーパーのグラタンとスモークサーモンで御仕舞。

夕方から夜に掛けて映画「64ロクヨン」。一週間しかなかった昭和六十四年に起きた未解決誘拐殺人事件を追う内容。組織内の対立とか、記者クラブとの対決とか色色な不協和音が同時進行して邪魔臭いが、要は死には大きいも小さいも無いということ。改元騒動で掻き消されてはならぬものが必ずある筈である。あと気になるのは、昭和のシーンが暗い蛍光灯に照らされたようになっていたことかな。昭和末期はもう少し色鮮やかだったと思うのだが。舞台が北関東だからか。1989年の一月だしね。

真っ暗に成った頃、伊那から郵便小包が届く。須見伯母が頼んだ伊那のお酒であった。配達員の手は黒く煤けていた。荷物殺到で今年も激務らしい。咄嗟にみかんを二つ握らせて帰した。見ようによっては芥川の「蜜柑」の再来だと一瞬思った。併し荷物が届くというだけで何だか落ち着かない。兎に角、一回で素早く受け取らなくてはね。


12/23・土

 天皇誕生日。2019年以降は平日に戻す案があるそうである。天皇制云云以前の問題として、休みを減らすことには反対である。今年は土曜だが、年末に一日休めると気分が違う。これぞ公共の福祉というものである。

 朝は「富士そば」。昼は「Sガスト」で竜田揚げカレー御飯少な目(450円)。出た序でに本屋を三軒寄ったが、目当ての本は無し。両家人向けに昼の弁当を買いたかったが、いやしかし弁当屋というものも全てなくなったな。スーパーの弁当は喰い飽いたので、結局コンビニへ。併し高齢者が食べられそうものなど何一つ置いていない。結局二軒梯子して助六寿司を一つずつ買い求めた。御金があっても使うことができないのだから、物が不足しているのだと思った。高齢者は外食できないのだから、コンビニこそ高齢者向けの商品を作るべきである。

 今朝の「権力の副作用」という「本音のコラム」は面白かった(文責は師岡カリーマ氏)。何でも権力を持つと実際に脳の一部が損傷して、他人を思いやれなくなるそうである。其れでセクハラパワハラは朝飯前となり、矢鱈長い会議と下らない報告書の作成で周囲を苦しめることになるのである。夜は鶏屋のもも焼き(一本350円)。世間的にはクリスマスである。


12/22・金

 今年もあと十日である。退社後は中華立ち飲みの二階で座り飲み忘年会。十数人集まった。といっても、職場も住区も社会階層も年齢も違う。飲み屋で知り合ったという仲である。吾人も半分ぐらいの人とは面識がなかった。何だかぎこちなく始まったが、アルコールが回るに連れて、砕けた雰囲気となる。二次会はカラオケ。一時半頃帰宅。其の後柚子湯につかる。


12/21・木

 博多発東京行きの新幹線を、台車が壊れたまま走らせたのは、西の運転指令らしい。東海の判断で辛うじて名古屋で止めたからいいようなものの、つくづく指令ミスだな。何処かで誰かが何とかしない限り、事故は何時か必ず起きる。目利きが居て欲しい所だが、問題は其の人が権限を有しているとは限らない点である。くわばら、くわばら。

 日本の生産性はGセブンで最低とのこと。そりゃそうだろうな。例えば宅配便。近所に配達されるものの三つに一つは持って帰る感じである。二度行っても一度の生産しかしていない。例えばコンビニ。夜中まで開けていても御客など大していない。サービス業の生産性は極めて低くなる。それでは何でそんなに御客にサービスするのかというと、少ない御客を奪い合っているからであろう。詰まりは総需要が足りていないのだな。此れは現場レベルの問題だが、其れに加え、無駄な会議と計画書と報告書が多すぎるらしい。事務職の知人は口を揃える。あらゆる産業のお役所化である(当のお役所はせっかく作った記録をあっという間に廃棄したと言い張っているが)。其の内に、箸の上げ下ろしまで報告書を作れと言われかねないな。此れとて、何かあったらどうするのだという、縮み志向、責任回避、アリバイ作り、詰まりデフレマインドの現れということになりそうである。幸い大貧学院にはそれ等はない。全てが行き当たりばったりであるからね。

 朝から晴れて当然寒い。家人は眩暈。よって買い物は三便。どの店も一長一短だから、掛けずり回らなければ、真面な品物は手に入らない。エルサレムを首都と認めない国には援助しないとTは脅しに掛かる。もう末期症状だな。「社会の上層部に文化創造の力がなくなり、空虚さと退屈さ加減ばかりが大袈裟な舞台を占めはじめれば」「つまりは貴族階級というものの解体期が、すでに現実に来ているということ」で「牾很秦絢匆颪マゾヒズム畩評をとりはじめた」(『ゴヤ供集英社文庫版)といえるだろう。アメリカも愈愈近近壊れるな。

夜は「まつやのとり野菜味噌」で鍋物。スペイン産の安白ワインを呑みながら。でも此のワインスペインの何処産なのだろう。「ドン・ロメロ・ブランコ」しか読めない。またカタルーニャの人も相当怒っているらしい。州議会選挙で再び独立派が勝利す。「スペインの都市(=マドリードのこと)は残酷なものである。周辺からすべてを吸い上げてしまって、如何なる意味でも還付を、反対給付をすることがなかった」(『ゴヤ機戞


12/20・水

 日中晴れ。午後出社。取り立ててどうということも無い一日。立ち飲みB。夕刊によると、中東情勢はかなり危ないらしい。シリア×サウジアラビア×トランプでとんでもないことが起きるかもしれない(と藤原帰一が言っている)。とは言うものの中東問題の分析に割ける時間もないし、担当の脳内参謀もおりはしない。まあこうして色色な専門家の見方が自然と目に入って来るのが新聞紙のいい所でもある。


12/19・火

 未明に火事。近くではないが、何台も何台も消防自動車が走って行った。大火事と見えて、サイレンも気合が違う感じであった。行ったからには消しに掛かるだろうから漸く静かになると思った。すると今度はヘリコプター。何時までも旋回す。

 朝方はチバテレビでやっているアニメ版「美味しんぼ」を見る。河豚の白子に匹敵する味として、牛や羊の脳味噌が紹介されていた。吾人も二十年ほど前に同様の物を食べた記憶がある。併し今は食べていいんだっけ(プリオン怖い)。最近頭が悪くなったと思うのは、ひょっとして・・・。矢張り脳を食ってはいけないと思った。何事にも遠慮というものが必要である。

 続いて吾人も現場検証に参る。環七から少し入った古い民家が燃えたよう(死者も出た)。奥まっているので全体像は見えず。あの辺も極めて密集している。何十台も駆け付けたらしいが、消すに消せないな。接道していないから建て替えもできないのだろう。建て替え不能という建物も実は多く存在す。其の後、年賀葉書を購入し、中味を印刷し、宛名をボールペンで書き、投函す。こういうものは一気呵成に限る。ちなみに文面は以下の通り。

―― 本年もどうぞ宜しくお願いいたします。両家人に外猫三匹(シロ・グレ・ミケ)共々、無事越年しました。昨年はおととしの八月に亡くなった伯母万代(大正八年生)の相続手続きが漸く終了し、以後何だか虚脱感に包まれた年でした。

一方学習塾の仕事の方はと言うと、益益暇になり、とうとう週に三日の出勤で事が足りるようになって仕舞いました。空いた時間で、最近弱って来た父(大正十四年生)の面倒を見ています。別に何処が悪いという訳ではないのですが、流石に九十を過ぎるともなると、意欲がなくなって仕舞うようです。齢を重ねるということは、ある意味、全く新しい自分になることなのでしょうね。

という訳で、今年こそ何か挑戦したいと思う次第です。まだまだ若いですから。私自身は至って暇ですので、皆さまどうぞお誘いくださいませ。大蹇朋来。たいけんほうらい。全く知らなかった言葉ですが、こういうTシャツを着た人が近所を歩いていたものでつい・・・。――――

草臥れたので回鍋肉定食(780円)の遅い昼食。初めての店である。味付けはいいが、豚肉がふにゃふにゃで、噛み応えゼロ。一体どういう肉なのだろうと訝った。回鍋肉は三枚肉でなくてはね。またテレビ等は大相撲に続き、上野のパンダで盛り上がる。実に無意味な盛り上がりだが、コラムニストのO氏が、白頭山辺りにも珍獣がいれば、平和外交のカードとして使えるのにと残念がっていたのが面白かった(昨日のラジオ放送にて)。いやしかし、仮にピカチュウみたいのがいたとしても、高額の貸し出し料金を請求されて、ミサイル開発の足しにされるなぁ。


12/18・月

 春の改定では九州の列車もごっそり減るらしい。分割民営化から三十年。当初は巧く行くかに見えた分社化だが、事態は最悪の方向に向かいつつある。つくづく未来予測など、高か知れていると思った。人口減や過疎化などはある程度は予測できたのだろうが、実際には此の異様な低金利が経営安定基金を無力化し、三島会社の経営を直撃した格好となっている。三十年前に将来の金利がゼロになることを予測した人などいないだろうな。仮に全額取り崩すとして四国や北海道はあと何年持つのだろう。

 一日晴れ。中目黒まで歩いて日比谷線に。途中散髪す。時間があるので「りんりん」でカレーライスを御飯少な目で(330円)。此方の通常授業も年内は本日で終了。高校三年のSさんは今更ながら他塾に転校。AO入試に三回も落ちたものが、一般入試で通るとも思えず。理学療法士の学校に入れるといいが。また相変わらずT君は遅刻した上に手ぶらで登塾。彼を中三の頃から見ていたが、何か変わったようには思えず。専門学校に行きたいらしいが、こういう子を教える先生も迷惑だろうな。週一回でも流石にうんざりである。「大江戸」で軽く飲んで御仕舞。行きも帰りも『若き日の詩人たちの肖像』。此の所、堀田ブームである。


12/17・日

 再び冬型に戻る。買い物は三便。午後は「人生フルーツ」という記録映画。ニュータウンの造成地に、家と庭と林と畑を一から作ったというお話し。日本には珍しい仲の好い老夫婦だと思った。映画の半ばで御主人が天寿を全う。残された奥さんの方が心配になった(仲が悪い大抵の夫婦は、我儘な旦那に死なれた後、妻の寿命が一気に延びる)。矢張り庭のある生活の方がいい。幾つになってもやることがある。マンション暮らしは楽だろうけど、昔から年寄り殺すに刃物はいらないというからな。人間も鮪と同じで、あれやこれやと動いている内が丁度いいと思った。昼は蕎麦を茹でる。最初は盛り、二杯目は掛けにして食べる。夜は「オオゼキ」の牛肉を焼いて食べた。取り立てて無為。

大宮の特殊浴場が炎上、死者複数。ああいう建物は建て替えが出来ないというから、防火対策も進まないのだろう。歌舞伎町のビル火災が思い出される。あの頃はまだ青のビニールシートで隠すという習慣がなかったらしく、担架からはみ出たピクリとも動かない足までバッチリと中継されていた(と記憶している)。また昨日の事故も施工ミスが原因とのこと。技術者が足りない(多分四十代前半が)。いや、賃金が足りない、そもそも下請け施工会社に回る御金が足りない?


12/16・土

 朝からまあまあ晴れた。午前中は屋根屋さんが再び参る。善後策を検討したところ、破風板を取り除いて見ないと、根本的なことは分からないとのこと。大掛かり過ぎるな。まあ越水するといっても年に数回。台風と集中豪雨さえ我慢すればいいか。そもそも実害も無いし。という訳で今回は断念す。

 京浜東北線で架線断線。東海道横須賀も全部止まる。何処も彼処もメンテナンスが追いついていないな。また先日の東急線の設備故障は施工不良+点検不備とのこと。大儲かりしている会社でも此の為体である。

 月波君がボロ市を見たいというので、夕方出掛ける。吾人は徒歩で、月波君は渋谷からバスで参る。直ぐに日が暮れて来て、夜市の趣き。温めたワンカップを飲みながら出店を覗く。ナイトバザール。こういう雰囲気は中中味わえない。色色と面白そうなものも売っているが、併し此れ以上、箪笥の我楽多を増やしてもね・・・。少し油断しただけで、家は人生のゴミ箱と化すからな。結局何も買わずに松陰神社横の居酒屋、西太子堂の中華屋、三軒茶屋立ち飲み屋と三連戦。夜も暖かく、文字通りの飲み歩きには都合がよかった。泥酔して帰宅。十時就寝。


12/15・金

 午前中は曇る。台車が壊れて動かせなくなった新幹線名古屋駅を占有す。御蔭で交互発着できないので上り線は恒常的に遅れが発生しているとのこと。新幹線史上初の重大インシデントである。結構危ない所であった。整備不良だな。大丈夫か。一方ライバルの飛行機の会社は整備士も操縦士も足りないらしい。

 午後も寒い。夕方前出社。冬期講習の時間割を決める。するとCAを務めているKさんが尋ねてくる。入社二年目だが、もう国際線にも乗っているとのこと。人手不足である。深夜早朝はタクシー送迎もあるらしい。儲かっている大企業は違うと思った。其れに運輸業の中でも、飛行機は晴れの日の乗り物、華があるな。偶にはエアラインに載って見ようかと少し考えた。でも飛行機はやっぱり怖い(新幹線も)。早目の退社後は晴雷亭で中華丼(530円)。其のまま自分で自転車を運転して帰った。


12/14・木

 『怖い絵』経由で、堀田善衛の『ゴヤ』に到達す。芥田先生に推奨された時は、ゴヤとゴーヤの区別も付かなかったが、爾来一年、漸く読み始めるところまで辿り着いた。併し分厚い文庫で四分冊、大変な大著である。冒頭の「スペイン・光と影」を少し読むだけでも、スペインという国(そもそも国ですらないのかもしれない)の困難さが伝わってくる。ところで芥田先生で思い出したのだが、先日亡くなった重電メーカーの元会長は、先生が大学院で学んでいた時にお隣の研究室にいたのだという。原発を矢鱈推進し、会社を潰す原因を作った人である。政治思想などをやっていたのだから、もっと大局的な判断ができなかったものだろうか。つくづく残念である。

 今日も冬型の晴れ。異様に寒い。昼は池尻の「ホーチャン本店」で天麩羅そば(500円)。生蕎麦を茹でているので案外旨い。ゴヤの後、吾人も年賀状を作成す。今年は少し近況報告を挟もうと努力す。といっても大した報告内容がないが。


12/13・水

 関東はピリカン。関東以外は大雪らしい。午後早目の出社。滞留した事務仕事を片付け、年賀状を作成す。金参万円受け取る。そう言えば、小学六年のO君に「先生の授業は為になっているかは分からないが、色色と話される内容は何だか為になっている気がする」などとしげしげと言われた。何か心に残る所があれば、其れで十分である。退社後は立ち飲みBへ。色色な皆さんがいらっしゃったが、酔度が異なるので、今一つ会話に参加出来ず。夜はもっと寒い。


12/12・火

 再びの冬型。今季は厳冬だという。散歩がてら買い物に。大橋まで参る。まず駅直結の中型書店で『怖い絵』の続編を二冊。其の後は、ラーメン花月ではなく、「香月」に入る。元祖背脂チャッチャの店。元元は恵比寿にあったらしいが、近所で出来たり消えたりしている不思議な店でもある。最も基本的なラーメンが850円。諸物価高騰中だと思った。元を取ろうとサービスライスまでうっかり注文す。でもラーメンに付いてきた御飯って、食べるタイミングが掴めないよな。肝腎のラーメンは細麺で上品な造り。一昔前のヒット作である。ただ器が矢鱈大きく、多くのスープが無駄になる仕組み。もっと器を小さくして少し安くして欲しいものである。ライスの方はラーメンの具沢山な所を口に含んだ時に一緒に掻き込んだ。

其の後タワーマンション一階のスーパーに。併し大橋も変わったな。螺旋階段のようなジャンクションが出来ているそうだが、生憎通ったことは無し。ただ地上を行き交う人人には迷惑な存在で、歩道には風よけのアクリル板が増設されていた。既に数千本の傘をへし折り、数十人を吹き飛ばしたのだろう。

名古屋辺りの東海道線で架線切断。朝から夕方までたっぷり止まったそう。中京圏は大混乱だった筈だが、全国のニュースには全くならないから不思議である。名鉄振替だから大した不便はないのかな。夜は「ガイアの夜明け」。外国人技能実習生の問題を指摘していた。此の問題は今に始まったことではないが、いやしかし、一万二千円の高級ワンピースを時給400円の人が岐阜の田舎で作っていたとは。アパレルというのは恐ろしい業界だな。


12/11・月

 朝から晴れ。朝から勤労意欲が漲って来たので、梯子に上り、蔦を払う。物置小屋の屋根は剥いだが、高い所までは取り切れなかった。茎は切断したのでゆくゆく枯れて行くだろう。久久に領地が回復したので、早速シロが上がり、日向ぼっこをしていた。働いた甲斐があるというものである。更に須見伯母が来訪。庭木弄りも手伝う。月曜朝から重労働である。

 午後千寿に出校。師走には生徒も疲れて来るらしく、少し早目に切り上げる。其のまま帰宅しコンビニ食。往路も復路も『震える舌』の原作(講談社文芸文庫版)を読み耽る。映画も凄いが、原作本の方も凄い迫力である。医師兼作家である石黒達昌氏による解説も佳い。


12/10・日

 リニア式土管新新幹線の工事を巡って、大手ゼネコン会社が取り調べを受ける。新聞には九兆円のビッグプロジェクトとあったが、何時の間にか四兆も増えたらしい。此の先どれだけ膨張することか。

 今日も晴れた。割と暖かい。久久に何処にも行く予定の無い日曜日。有名プロ野球監督の奥さんが急死。所謂悪妻扱いされていた人だが、本当の所は分からない。特に女房に先立たれた男性は寿命が縮むというから、監督が心配である。

夜は暇に飽かせて「スカイバウンド」というB級映画を見る。大空の密室劇は一瞬面白かったが、内容はC級であった。いやしかし、よくこんな映画作ったね。何か褒めるところがあるとすれば、電波障害により現在起きていることが分からないので、主人公たちが機内の古新聞から何とか推測しようとしていたところ。スマホ中毒の若者としては少し涙ぐましいと思った。


12/9・土

 朝から良く晴れた。昼飯、夕飯、猫の飯と買い物は三便。昼時のステーキレストランには行列が出来ていた。ボーナス月でもある。みんな輸入牛だけどね。晴れてもやっぱり寒い。御向かいに遮られ、一階は二時半には陽が沈む。また近所の店舗兼住居の長屋も、謎の胸像のある立派な家も取り壊し。こうして身の回りから昭和が消えて行くのである。


12/8・金

 渋谷の放送局受信料を支払うことは概ね義務であるとの最高判決が。強制加入、詰まり自賠責保険国民健康保険国民年金と同じように実質的な税金であるな。此れでは、彼らが一番嫌がる「国営放送」になって仕舞うと思った。両者が対等な契約であるという建前があれば、もっと視聴者の意見も聴くだろうに。国民の声を届けるという御題目のもと、政治介入が益益進むかもしれない。今月の電気使用量293キロワット。前年比10%減。既にエアコンは終夜運転の一日二十時間勤務だが、まあまあ少ない。新型転換効果が出ているのだろう。

 朝から曇天。午後出社。夕方から冷たい小雨。雪でも降ってきそうで。退社後は晴雷亭で炒飯を当てに酒を二合。中から温めて帰る。其れでも寒くて、祐天寺の本屋に緊急避難。何か買わないといけない雰囲気なので、『怖い絵』の文庫版を購入す。美術のことなど何も知らないので、こういう本をまずは手掛かりとしたい。

帰宅後にケーブルテレビでやっていた「震える舌」。幼い娘さんが破傷風に罹患して酷い目に遭ったというだけの内容だが、極めて恐ろしい作り。此の映画を確か小学生の時分にテレビで見て、世の中にはこんなに理不尽な病気があるものかと衝撃を受けたものである(ハショーフーの語感は極めて爽やかなのに比して)。爾来三十余年、今見直しても矢張り恐ろしい。特に血まみれの痙攣シーンなどは・・・。ただ此の映画、子どもが親の手に負えなくなると言う点で、反抗期の隠喩だな(「エクソシスト」は第二次で此方は第一次)。

それにしても、破傷風日本脳炎狂犬病、結核、何とか熱、何某菌、ああだこうだウイルス・・・等等、こうした感染症リスクは極めて小さくなった。医療の進歩、公衆衛生の向上、詰まりは文明化の偉大な恩恵である。まずは感謝しなくてはならない。其れでも病気は益益恐ろしい。我が身を見れば、加齢に伴う病気に震える日日である。幸い血圧と血糖値は高くはないが、尿酸とコレステロールと眼圧が高い。そろそろまた健康診断を受けなくては。


12/7・木

 朝から晴れた。両家人に弁当を食べさせ、吾人は家電量販店へ。購入したのは千円余りのキーボード。先代のパソコンから引き継いだものは十年選手で、左側のシフトキーの損耗が激しい。今回交換に至った。何しろひらがな打ちだから使用頻度が違う。併しキーボードもピンからキリまで色色とある。成るべくタッチが固い物を選んだ。万年筆や原稿用紙にこだわる作家さんは沢山いたらしいが、キーボードにこだわる人はどれくらいいるのだろう。パソコンの中身はみんな一緒だから、そういう外部品ぐらいしか最早こだわりが持てないと思うが。

グレとミケが喧嘩をしたらしく、同じ小屋に入らない。此の場合グレが追い出されて仕舞い、憐れにも無宿猫である(庇の上の座布団で寝ていた)。止むを得ずもう一軒建て増しす。此れで猫三匹に猫小屋が三軒。猫もひとり暮らしがいいらしい(シロは元元個室対応)。ひとり寝は寒いんだけどね。

 またTさんが何かやらかしたらしいが、知らない自由を行使させて頂くことにした。暫らく中東に目が向いてくれると、東アジアに時間的余裕が出て来るというものである。いやしかし、他人の不幸で喜んで仕舞っては往けないな。


12/6・水

 国連事務次長が平壌入り。アメリカは取り合わないようだから、愈愈国連に助け船を求めたらしい。そろそろ何とかしないと危ないことになると思った。また政府は巡航ミサイルの検討を始めたという。明らかに憲法違反である。北の皇帝も件の国営アナウンサーも益益激昂するな。今の所は半分以上は冗談だが、伊那への疎開も検討しようと思う。併し何十年も戦時体制が維持できるという北の政治体制も益益不思議である。いい加減、草臥れて来るだろうに。それにしてもAとTを何とかしないと本当に本当の無茶苦茶なことになるぞ。

 一日晴れ。暇に飽かせて「インスタグラム」というものも始めてみる(インスタグラム=簡単に言うと、画像投稿SNS)。かと言って取り立てて載せる写真も無い。猫と鉄道を撮ったものを幾つか挙げてみた。フォロワーが付くとも思えず。まあ其れは吾人が此れだけ書き溜めた文章とて同じことである。そもそも吾人は投壜通信の積りでやっている。何時か誰かに届けば、其れで十分である。

 午後出社。面談によると、O君に続きEさんも不登校になっているとのこと。明るい子だった故に、少し驚いた。共に中学一年生である。其れでも当学院には通って来ていたから、まるで気が付かなかった。つくづく中学校とは過酷なところだと思った。まあ不登校というのは色色と面倒だろうが、それでも家と学校以外にいるところがある子は、まずは幸せであると考えるべきであろう。特に最近の大貧学院は、トモエ学園化が著しいので、通いやすい環境であることは間違いない。無理して登校し続けて心身を病んだり、其のまま引き籠りのようになるよりかは、幾らかは増しだからね。退社後は中華立ち飲みへ。夜は結構冷えた。


12/5・火

一日概ね晴れ。家人は銀座で昼餐会。老家人にはコンビニオムライス(450円)を食べさせ、吾人は「せい家」のラーメン(540円)。何とか兵衛という寿司屋に行ったらしいから、一人当たりは二十倍だな。まあ偶には贅沢して貰わないとね。猫にもスーパーの刺身を食べさせた。風が吹き、何度も落ち葉掃き。流石にザギンのシースーは旨かったらしい。感動気味に語っていた。


12/4・月

 朝方はかなりの宿酔。久久に黄色い物を見た。昼は煮麺。一日曇り。午後出社。此方の生徒に京成のイメージを聞いたところ、台風に強いという答えが。成程、何かいい所が必ずあるものだと思った。退社後は「かつや」で「ロースカツ定食」(745円)。例によって肉に何の味もないが、此の時間に此の値段である。店内は大混雑していた。

 夜はノンアルコールビールを飲みながら「呑み鉄本線日本旅・三江線」。列車本数があまりに少なく、周辺は超過疎地帯ということもあり、途中下車先に難渋していた。此処もあと数ヶ月で廃線である。完全休肝。


12/3・日

 朝から出掛ける。目的地は佐倉。歴史民俗博物館の「1968年−無数の問いの噴出の時代」展を見る為である。千葉市在住の芥田先生もお誘い申し上げだが、生憎津和野に出張中との事。学生だけの参加となる。まず東西線で行けるところまで行き、京成線に乗り換える。西船橋駅から京成西船駅までは徒歩数分。まあでかい駅だと思えば腹も立たない(何しろ此の経路が一番安い)。併し西船橋といっても、JRと京成では丸で別物。前者は殷賑な駅ナカ商店街まであるが、後者は昭和四十年代で時が止まったかのような廃れよう。釣りかけモーター車でも走って来そうである。此方の線はスカイライナーも通らなくなったから、何だか見放されているな。やって来た新型の電車に乗り、只管下る。各駅停車は臼井止まり。後から来た快速も佐倉止まり。成田まで行くのは今もって一時間に三本しかない。酷いダイヤだと思った。北総や東葉高速は運賃バカ高、京成自体も決して安くはない(西の私鉄に比べて)。千葉には碌な鉄道会社がないと思った。いやしかし、こうして京成を各駅停車で巡ることは今までなかった。万事興味深い。

 博物館近くの「長寿庵」という蕎麦屋でアルコール休憩。月波君、藤松君、客乃間君の順に到着合流。中量飲酒ののち、今から歴博に行くのですよと言うと、店のおばさんが招待券(800円相当)をくれた。蕎麦代が只となった形。案外得をした。長者庵だな。さてさて企画展は、結構な人の出。特に大学紛争のコーナーに人が集まる。若い人もいるが、現役で暴れていたような人も多い感じ。しかし大権力や大資本や大空港相手に闘うことはあっても、大学の先生を吊るし上げようとはなかなか思わないな。まして芥田先生を。其れに問いはあっても、答えを探して来なかったから、日本社会は此の為体である。社会運動の類も一旦途絶えると流れを取り戻すことは容易ではない。

 その後常設展を中世から近代まで歩く。併し此処の展示物は膨大で、行けども行けども昭和まで辿りつかなかった。四時頃退出。佐倉在住の藤松君の案内で、「幸」という食堂で一献。吾人らは刺身定食。魚の食えない客乃間君は国産豚のとんかつ定食。店内はあっという間に満席。なかなか優れた店であると思った。さらに「福来軒」という中華屋にも寄る。

帰りはJRとなった。各駅停車で千葉まで出て、総武快速に乗り換える。大分止まっていたが、一旦走り始めると結構速い。120キロ運転である。新快速ほどではないが、圧倒的な走りである。此れでは京成は一たまりも無いな。京急のようにJRに対抗しようという気力も湧かないのだろう。態態鉄道で頑張らなくても系列のテーマパークは大儲かりだしね。結局品川まで乗り通す。山の手で目黒。運賃1144円。京成経由より勿論相当高いが、此れは快速料金込みだな。目黒からバス。九時半帰宅。


12/2・土

 朝から牛丼Sへ。入浴の次は散髪ということで、数百メートル離れた理容店に連れていく。行きは急いでいたので車椅子。帰りは歩いて貰った。兎に角、一日一仕事である。七号室正式退去。御菓子を貰った手前、うっかり持ち去って行った物干し竿の事は切り出せず。まあ相殺だな。買い物は二便。早速近所の工具屋で物干し竿を補充す(1250円)。その他は取り立てて無為。夜は缶麦酒一、白ワインをコップに半分。ほぼほぼ休肝。


12/1・金

 昨日と同じようなお天気。老家人が久久に入浴したいという。浴室を温めるためにまず吾人が先行入浴す。朝風呂など滅多にしないから、何だか調子が狂う。其の後家人の付き添いで入浴。恐らく二週間ぶり。来年からは訪問入浴でも頼むしかないな。そう言えば施設に入っていた万代伯母などは、意識混濁、呼吸不全の状態でも入れられていた。流石に臨終の数日前に中止となったものだが。

 皇室会議。改元はひと月遅れて再来年の五月となる。統一地方選に配慮したという事らしいが、何だか不自然。大体メーデーだろ。会計年度に合わせた方がいいと思うが。やはり四月と報じたA新聞へ当てつけだな。まあ、五月一日を臨時祝日にすれば国民も喜ぶ(すると三十日も二日も休みになるらしい)。大衆天皇制というやつだな。併し此れで、昭和、平成、新元号と、三つを頭の中で変換しなくてはならない。もう、無理だな。あ、そうそう大正生まれもいるぞ(老家人は大正十四年生まれである)。

大相撲の場外乱闘は依然継続。幸い、我慢し切れなくてついつい発射した北のロケット問題も霞んでくれた。またT親方は蒙人横綱を目の敵にしているよう。併し彼らの働きがなければ、国技館などとっくに昔に川崎球場になっていた筈である。感謝すれこそ、わざわざ非難してもね。大体日本人だって品格も何もないだろう。

午後出社。退社後は晴雷亭に鶴木さんを尋ねるも一足違い。ひとり酒である。其の内、大将から連絡があり久久にバーIへ。実に一年振りである。マスターもX女史も元気そう。大将から日本酒を貰う。父君の二十五周忌だそうで九州に帰省していたとのこと。

2017-12-07

2017年11月

08:21 |

11/30・木

 五号室からは大量の一般ゴミが。通路に積み上がっていたので吾人も手分けして出した。以前部屋に入った工事屋さんによると、中は滅茶苦茶でゴミ屋敷のようだったと言うから、少しは整理したのかな。どんどん消費してばんばん廃棄しなくては経済も滞る。日本全国ゴミ出し無料の日を作れば、消費も盛り上がるな。買うためにはまず捨てなくてはならない。つまり金利をマイナスにして供給サイドにテコ入れし、生産性を革命的に向上させたとしても、凡そ無意味である。此の点は『消費低迷と日本経済』という新書にも詳しい。

 一日曇り。夜は豚バラ白菜鍋。出掛けてばかりいた十一月も終了。見直してみると旅行関連の記述も多いが、ゴミに関しての記述も非常に多い。さながらゴミ日記である。


11/29・水

 相撲部には危機管理委員会という部署があるそうである。最近は大忙しらしい。併し大相撲の危機を管理するとは何だろうな。まさか国技館が火事になったり、力士さんが交通事故に遭ったりすることに備えていますという訳ではあるまい。此の危機管理という取って付けたような名前そのものが、力士の暴力行為への想像力の無さを示している。(同協会には生活指導部というのもあるらしい。本来的には此方の管轄だと思う。)

改めて考えてみた、そもそも相撲の危機とは何だろうかと。恐らく其れは、相撲自体が国民から見放され、何だかまだやっているなぁーという感じになり、国技館が嘗ての川崎球場のようになり、例えば日本放送協会が、中継をそろそろ千秋楽だけにして貰えませんか、などと言って来ることだと思った。

事態は正反対である。相撲協会の皆様、今回の傷害事件は不幸でしたが、全く御安心くださいませ。マスコミその他の燥ぎようからして、本質的な危機は実は相当遠いものであります。みながみな、相撲が大好きなんですよ。―――― 結局当該横綱は引退へ。怒らせた方の力士も引退同様だな。こういうことが続くと、何時か本当の危機に陥るな。

朝から晴れて暖かい。午後出社。暇なので広告宣伝活動。あっという間に暗くなり、サスペンデットである。丁度宣伝促進用のマグネットとシャープペンシルも尽きた。そろそろ今季終了だな。併しこうやって、校区ならぬ学院区を歩いて見て、みなさんが実に恐るべきところに住んでいるということに気が付く。路地の奥の奥、狭い私道の奥の古い長屋の向こうに更に二軒といった感じ。恐らく一切陽が当たらないだろうし、消防車は勿論、救急隊や霊柩車のストレッチャーも入らない。所謂木造過密地帯である。住民の多くは高齢者だろうが、もう少し何とかならぬものか。全部潰して高層マンションに建て替えろとまでは言わないが。こういう住宅事情見ると、つくづく此の国は中進国止まりであると思った。

退社後は立ち飲みBへ。珍しくD君、いやもう一大立ち飲みBチェーングループのD大常務取締役がいた。昔のよしみということで、生牡蠣だの馬刺しだのと色色と勧められる。あっという間に2700円。食べ切れない鰯はミケに食べさせた。


11/28・火

 北のボロ漁船の遭難が相次ぐ。日本海沿岸に次次に打ち上げられている。激しいノルマを掛けられているのだそうで、嵐でも引き返せないらしい。つくづく酷い国家である。仮に核放棄若しくは開発の凍結を条件に、本領安堵したとしても、こうした人人の苦しみは変わらない。かと言って北の人民を解放するために全面攻撃するという訳にも行かず。せめて筏か何かに食料を括り付け北朝鮮に流せないものか。構造的に東風は吹かないか。

 バリ島アグン山が噴火。バリ島は火山島だから実は山も魅力がある。何を隠そう吾人もバリには行ったことがある。十日ほど滞在し、インド洋で足を洗い、何とか高原で涼み、そしてアグン山の次に高いバトュール山に登ったものである。其の際、北欧のOLと一緒のグループになったので、拙い英語で話し掛けた。ハウロングイズユアバケーション? トュー・・・と応えて来たので、何だ案外短いなと思った途端、其の後の単位はウィークではなく、マンスであった。欧州と日本のある意味での格の違いを見せられた瞬間であった。あれから十数年。いまだに日本人は休みをデイで数えている。幸い噴火は軽微らしい。

 今日は不燃ゴミの回収。二号室から出された網棚や物干し竿を解体して出す。逆DIYだな。作ることは出来なくとも、其の反対は何とか可能である。幸い金属類は回収屋さんが直ぐに持って行ってくれた。

先日の「終末日記」を手掛かりに『全体主義の起原』の挟目を読み直す。1940年生まれの著者には入党→査問→離脱という経験がある。90年頃から藤田省三氏主催の読書会に参加し、アレントに出合ったとのこと。「外され者」が共産党に入党するという過程は、「全体主義体験」に良く似ているところがあるそうである。そういった人生及び読書経験も同日記には詳述されている。

午後になると月波君から資料が送られてくる。伊那に行って欠席した行政法のリポートを書いてくれと。彼は未だに放送大学に通っている。土曜日はスクーリングだったそう。二十年ぶりに法学部に戻った感じで調べ始める。でも方角違いだから、あんまり書き進まず。


11/27・月

 昨日の新聞を見ていると、丁度二十年前の今頃は恐慌寸前といった状況で、一部金融機関では取り付け騒ぎも起きていたのだという。ただマスコミ各社は報道を自粛。大混雑した銀行内部(引き出しに来たお客は意地でも外には並ばせないのだそうで)の写真はお蔵入りとなったそう。インターネット以前の事である。いささか牧歌的だと思った。

 今日から衆議院予算委員会与野党の時間配分変更の為、何時まで経っても与党の質問が終わらない。其のまま千寿に出校。退社後は「福しん」で炒飯のみ。ほぼ休肝。


11/26・日

 朝から活動す。まず粗大ゴミの搬出。地方紙に広告の出ていた民間施設に持って行く。掃除機一、ガスコンロ二。無料で引き取って貰えた。続いてブルーベリーの木の撤去。

 昨日の鍋物にうどんを入れて軽い昼食とす。今回は伯母も含めて下山す。次に来るのは年末とのことであるから、冷蔵庫の残り物を片付け、水道管の凍結防止措置もせねばならない。今回は吾人が代行することになった。まず薪ストーブの鎮火を確認、元栓を締め、管に残った水を抜き、凍結防止ヒーターを点ける。高級官吏を務めている従妹の健二君が官僚的正確さを以て作ってくれた詳細な手引書を元に作業するも、何回確認しても安心できず。締めたところを何度も伯母に見直して貰った。やや強迫神経症的である。そもそも吾人には家を留守にするという習慣がないからな。結局余った茸や野菜や御菓子の類を、伯母や月波君、吾人の鞄に分散搭載。其れらに加えて吾人は大量の空いた酒瓶を持って帰ることとす。

 伊那北駅前の古い中華屋で休憩し、乗用車を返却。二時過ぎの飯田線に。岡谷で「あずさ22号」に乗り換え。昨日の内に座席指定は取っておいたが、連番はなく、通路側に分かれての着席となる。本日も指定席は売り切れとのこと。甲府で大量乗車。例によって自由席車両は溢れ返り、隣席も埋まった。併し超満員の特急というのも感心しないな。シーズンオフと見えて臨時も出ない。来月からあずさには新車が入るらしいが、先ずは此の貧弱な輸送力を増強して欲しいものである。

ちなみに御隣の大荷物の御婦人は鳥取に行くらしい。御苦労な話しである。ハイボールを呑むふりをして行程表をちらっと見たところ、八王子横浜線に、新横浜新幹線、最後は「スーパーはくと」に乗り継ぐ模様。そんな大荷物で大乗り換えなどは大変であろう。吾人ならば身延線の「ふじかわ」で静岡に行き、其処から「ひかり」に乗る。またまた経路検索ソフトに騙されているのだと思ったが、生憎手元に時刻表がないので確かめられず。併しそもそも西に行くのに、一旦東に行くというルートは、あり得ないな。わざわざ都心に向かい混雑を増すことも無いだろうし。

新宿駅定刻到着。伯母とは此処でお別れ。月波君と適当な酒場で軽く飲み、空き瓶にカチャカチャと音を立てさせながら七時過ぎに帰宅す。


11/25・土

 遅目の朝食。のちに木曽の方に出る。蕎麦を食べ、伊那に戻ると三時過ぎ。日帰り温泉施設に行く。人気の施設だが、来月は二週間休館するとのこと。ボイラーを木質ペレット式に換装するのだという。近所には間伐材や風倒木が有り余っているから、どんどん燃やすべきである。石油を燃やしてもアラブの王子様が喜ぶだけだからな。夜は鍋料理。月波君は疲労の為か早目の就寝。伯母も床に就き、泥酔した吾人だけが取り残される。不寝番をする覚悟で薪をくべ続けた。持参した『川上徹《終末》日記』は幾らも読み進まず。


11/24・金

 連日マスコミ各社は横綱の暴行問題。どうでもいいようなことで、よくよく盛り上がると感心す。併し多くの視聴者は、身近な会社や組織でしばしばあることであると、ある種の納得を以て見ていることなのだろう。狼藉を働いたらしい若い平幕、激昂した横綱、あくまで法廷闘争に持ち込もうとする親方、まるで管理能力の無い相撲協会、其の何処かに何かしらの既視感や親近感や嫌悪感がある。詰まり一種のRPGだな。

 退去した七号室の水が止まらない。洗濯機用の蛇口が劣化している模様。何しろ三十五年物だからな。不思議なことに元栓を閉じても止まらない。早速内装屋さんを呼び立てた。またプラスチック容器の解体を試みるが、案外丈夫で断念す。ハンマーで叩いても、ぐんにゃりとしか壊れない。腹立たしいこと限り無し。北欧のグローバル企業の製品だが、こういうものを頑丈にされては、世田谷の家主も、ゴミ収集車の人も困る。つくづく家具備品類の使い捨てはやめて欲しいと思った。

 夕方になり新宿駅に参る。今日から再びの伊那である。同行は月波君。吾人は大貧学院を休講としたが、仕事が忙しい月波君は夕方にならないと行けないという。六時過ぎから新宿で待ち構えていたが、七時の列車には間に合わず、結局次のあずさとなる。七時の次は八時ちょうどの「あずさ33号」だが、此れだと岡谷で二分の接続で駒ヶ根行き最終列車に乗り移れる。

何だか時間にゆとりがないというのに、折り返しの28号は山梨県内沿線火災の影響で二十分も遅れて来た。車内清掃を大急ぎで行い、蜷局を巻いて待っていた満員に近いお客を一気に飲み込み、大慌てで出発す。遅れは十分程度。併し都内ののろのろ運転で遅れは却って拡大す。トーキョーのセントラルラインが此の程度の線路状況ではね。ちなみに通勤ライナーは軒並みの満席、混雑の為か当初から全列車に数分の遅延が発生していた。

漸く山間部に入る。幾ら車体を傾けて全力運転しても、現状維持が精精。少少遅れても支線系統は接続を取るのが習わしだが、何しろ東と東海は仲が悪いからな。もう待てませんと飯田線が仲たがいして行って仕舞わないか冷や冷やす。甲府を過ぎた辺りで、接続確認が取れましたと車内放送がある。一安心である。車販員から白ワインを購入。岡谷で飯田線に無事乗り換え。213系の二両編成。疎らであるが席も埋まっている。結構なことである。

 伊那市到着11時半のちょっと手前。もう真夜中といった感じ。どういう訳か粉雪が舞う。遅れちまった悲しみに…、今日もなんとやら。ならば中央線は毎日大雪である。まあ、此処まで来ると遅れたところで困る人もいないけどね。

繁華街は森閑としているが、其れでも給料日の金曜日ということで、酔客もちらりほらり。飲酒は最大の娯楽であるな。駅前通りの深夜までやっている中華屋で一服し、タクシーで上がる。よく道を知ったベテランさんで2800円で行ってくれた。区間最安タイ記録である。宵っ張りの伯母も既に就寝中であった。


11/23・木

 朝は大雨。其れでもシロが上って来た。午前中は漫然とす。昨日は一万三千も歩いたからかもしれない。疲れと酔いが取れない感じ。一階の七号室が退去。そうなると引っ越しゴミの分別である。何しろ途中から二人で住んでいたから大量である。粗大ゴミと家庭ゴミの境界で悩む物多数。プラチスック製のケースだが、ハンマーで叩き壊すか。そうこうしている内に、二階の六号室も入居。何だか引っ越しラッシュである。挨拶に行くも当人は不在。

御昼には降り止み、急速に晴れた。折角暖かいので、イヤダカライヤダという老家人を散歩に連れ出す。二百メートル先で折り返し。復路途中から車椅子搬送となる。何とかもう少し意欲を持って貰わねば。夜は宅配ピザ


11/22・水

 朝方は三度まで下がる。となると猫も起こしに来ない。いい傾向である。薄曇り。夜は雨になるというので徒歩出社。中華立ち飲み、佐渡屋と行くうちに、バスに乗り遅れる。かといってタクシーで帰るほど酔ってはいない。併し歩いて帰るには寒い。久久に東急経由で帰る。下り下り上りと乗り継ぐ。此のルートで帰るのも随分久久だと思った。十年振りぐらいかな。


11/21・火

 綺麗に晴れた。晴れた分だけ、昼間は少し暖かい。昼は野郎ラーメン(780円)。隣家の片付けも再開。掛け布団は半分に切って家庭ゴミに。敷布団は・・・、無理だな此れは。

 買い物は二便。近くの肉屋で切り落としを買い、晩は鋤焼きにした。併し例によって老家人は神経痛。痛くなったら直ぐに飲むようにと言って措いた市販の鎮痛薬(ロキソニン)の使用が遅れ、また八つ当たりみたいな状況に。風呂にも入らない。つくづく年寄りには付き合い切れない。


11/20・月

 朝からずっと寒い。午前中は何だか漫然とす。午後千寿に出校。夏前後はサボっていたが、不要紙の持ち帰りも再開。一回数センチ。一月で二十センチ。順調に行っても撤去には数年掛かる計算である。まあ学習指導と違って、此方は確実な成果が上がるからね。

ホームでぼんやりとしていると、アジア系の男性に五反田は此の線かと尋ねられる。併し此処は千寿である。きっと五反野の間違いだろうと何度も問い正す。矢張りどうしても五反田に行きたいらしい。ならば此のまま乗って、アサクサターミナルで、トエーイサブウェイにトランジットするよう案内す。併し何処まで分かったかは分からない。三崎口とかに連れて行かれなければよいが。いやしかし異国からやって来て、此の超複雑な鉄道網に相互乗り入れと快速運転。悪夢のような大迷宮だろうな。乗り間違えれば即圏外(県外)である。いっそサボ(行先票)のようなものをぶら下げて歩けば、乗客がどんどんと教えてくれるだろうと思った。

晩食はコンビニ弁当に麦酒を一缶。ほぼ休肝。夜も寒い。しっとり冷たい帳が下りた感じ。夜中になって今更ながら映画「CUBE」。無数に近い立方体に閉じ込められた男女の脱出模様。巨大施設の目的も、放り込まれた理由も分からないから所謂不条理劇である。其れに立方体は移動するから、差し詰めルービックキューブである。併しあれは全く出来なかった・・・。だから列をなして移動する直方体の方に詳しくなったという訳でもないけど。


11/19・日

 朝から外出す。目的地は秩父。三年前にも行った、新そば祭りである。池袋駅で月波君と客乃間君と合流。九時半の特急で参る。会場には十一時過ぎに着いた。例によって大行列。カップ酒を大量に買い込み、岩魚の押し寿司焼き鳥、椎茸の天麩羅、芋揚げ等等を肴に飲み始める。晴れて寒いが人出も多く、一部の蕎麦は売れ切れて始める。慌てて動きの良い列に並び、鴨そばを食べた(700円)。其の後送迎バスで市内に戻り、神社等を見物。併し「パリー食堂」は休憩中の模様。秩父の名物なんだけどね。盆地では三時には陽が陰り始め、途端に寒くなる。酔いも回り、歩くのは草臥れる。

 それでは帰りましょうということで駅に戻ると、上りの特急は満席。適当な列車に乗り込む。各駅停車飯能行き。4000系というクロスシート車に当たって良かった。飯能と小手指で乗り換え。何だかみんなで「福しん」に寄りたいということになり、練馬で途中下車。餃子、回鍋肉、炒飯等等。蕎麦の後は味の濃い物を所望す。吾人らは地下に潜って帰った。JR経由よりかなり高いが、休日の地下鉄は空いているから(山の手はラッシュ並みだろう)、不快指数は少ない。七時前と早目の帰宅。九時就寝。

 それにしても、行きの特急も満席、西武秩父駅併設の観光施設も満員、秩父神社にも観光客の姿が目立った。西武鉄道の秩父観光地化計画も成果が出ている模様。養蚕で栄え、交通の要衝であった黄金時代(鉄道以前の頃)を取り戻せるかな。秩父というのは決して埼玉のどん詰まりではなく、山梨にも、群馬にも、ひいては信州にも抜けられる。しかし雁坂トンネルを除いては道が非常に悪い。道路行政が此れだけ進んでも、十石峠などは冬季閉鎖だし、オーバーな言い方をすれば、秩父困民党事件の頃と大差ない。それでも何とか回遊型の観光客を引き込めればいいのだけど。歴史マニアと、酷道マニアはやって来るかな。


11/18・土

 ホテルにチェックインし、いざ大浴場に向かう。併しタオルを忘れたことに気が付く。取りに帰ろうとしたが、酔っているので自分の部屋が思い出せない。微かな記憶を頼りに、あっちのフロアかこっちのフロアかと、自室を探して館内を彷徨う。何時の間にか夜も明けた。空腹である。併し朝食券がないから食堂にも入れず。みんな旨そうに何か食べている。ホテルの中でホームレスである。酔いが醒めた頃になって、従業員に自室を尋ねればいいということに思いが至る。こんな簡単なことに気が付かないのだから、酔っ払いはつくづく駄目であると思った。併し余りに巨大な建物で走っても走ってもフロントに辿り着かない。何でホテルの中で走れメロスみたいになっているのかと自分で自分に突っ込みを入れたところで目が覚めた。

 当然目覚めは最悪。朝から小雨と冷凍のホットケーキ板門店で保護された北の兵士は栄養失調の上、回虫まみれだったという。日本で言うと敗戦直後のような生活状況らしい。Aは厳しい冬に向けてセーサイキョーカだと叫んでいるが、せめて期限の切れた非常食ぐらい配ってやるべきである。腹が減るのは辛いものな。取り立てて無為。


11/17・金

 「区立図書館に関する調査」というアンケートが来る。でも図書館は余り使わないな。基本的に本は購入することにしている(特にネット古書店が出てからは)。どうしても買えないような本は閲覧に行くか、パッと諦める。特に借りて読もうとは思わない。そもそも二週間で読めるような本はない(どんな本であれ本当に読むとなれば何年も掛かる)。ところで公共図書館が本を貸し出しすぎるという苦情が出版業界から出ているようである。確かに身なりの良い紳士が数百円の文庫本を読んでいて、○○図書館というラベルが付いているのを見ると、文庫や新書ぐらい買いなさいよと言いたくなるけどね。でもどんどんと増えて溢れて返って来るからな。

 朝から一段と冬型の晴れ。午後からAの所信表明演説。うとうとしている内に直ぐに終わる。其の間十五分。もはや何のやる気の欠片も感じられず。Aとしても、まさか自分がこんなに長期政権になるとは思わなかったのだろう。愈愈ネタ切れである。本当に早く居なくなって欲しい。また角界は、(瓶ビールで)殴った、いや殴っていない、重傷だ、いや実はかすり傷程度だのと場外乱闘に発展。何だかますます分からないまま、横綱は国技館事情聴取。被害届を提出された山陰の警察もいい迷惑である。第一に出張経費が勿体ない。結局どうでもいいことばかり姦しい。

其の後に出社。祐天寺立ち飲みBに寄り直ぐに帰った。なお九月から慌てて指導したG君はSK大学には不合格。やはり志望書を丸ごと代書すべきだったか。いやしかし、いつかばれるな。不真面目ではないんだけど、何しろ英語も漢字も中学レベルだから。


11/16・木

 作文指導の真髄が針小棒大にあるとは昔からよくあるいい方である。例えば「運動会で頑張った」は、全身全霊で臨んだとか、「演奏会で優勝した」は、会場は割れんばかりの拍手に包まれたとか・・・。こういう風に書くのだと指導すると、大抵の生徒はそんなに書いて良いのですかと驚く。まあまあある程度の誇張や多少の大袈裟は、説得力を増すにはやむを得ない技法の一つである。その反対のケースもある。余りの事態に表現力が追いつかない例である。文字通り筆舌に尽くし難いということになる(いいことも悪いことも)。どちらのケースにも言えることは、起きた事と表現が一致しないということである。

表現をする以上、一定程度の齟齬が生じるのは避けられないこととは思う。どんなに表現者が誠実で客観的な記述を心掛けたとしても、文章力が足らなかったり、状況認識が甘かったり、其処に過不足が存在するのは当然である。其れでも私たちは、書かれて来たことは、そもそもは信じるに足ることであると信じて来たし、其れで相違なかった。しかし巷間にはマスコミ批判ジャーナリズム不信、はたまた本音トークフェイクニュースが溢れ返るようになった。

ネットやメールを通して誰もが表現する時代である。恐らく其の過程で多くの人人が、自分で書いた物と、実際に体験した事との間に、どうしても埋められない懸隔があることに気付いたのではなかろうか。其れは嘘を並べ立てる悪質な発信者に限らない。むしろ真面目な書き手であるからこそ、自分で書いた物には説得力が足りない、いや自分で書いた物だからこそ、それらはそもそも事実ではないと。事実と表現の不一致。其の苛立ちのようなものが愈愈拡大し、自分の書いた物が事実に遠いならば、全く同様に他人の書いた物も事実ではないのだろうと類推し始める。不信はアマチュアからプロの世界へ広がり、メディア不信、引いては自分に都合の好い事実のみを信じるポストトゥルースということにつながるのである。

此の相互不信の状況から、いかに事実であるということを再建すべきか。今風に言えば、メディアリテラシーと言うのだろう。だが其れは受信者としての能力を向上させることに偏って来た感がある。何しろ双方向時代なのだから、発信者としての其れも大切である。真贋を見極める目と耳を持つことと同様に、正しい口を持つこと。詰まり、新たな綴り方教室が必要なのだろうな。

 終日晴れ。昼は先日の「希家」でとんこつ醤油ラーメン(680円)。横浜の総本山より旨いとは思うが、店内の張り紙の「リニューアル記念」の記の字が紀になっていた。漢字の本家ではそう書くのかな。どちらも創業の地を遠く離れているから仕方がない。序でなので紀伊国屋書店も覗いてみた。教科書シーズンも終わり店内は閑散。というかそもそも本棚が埋まっていない。最近の学生は本も読まないからな。併し棚ががらがらという本屋も何だか寂しいね。矢張り溢れるくらい積んでいないとね。

帰り掛けに大型スーパーに寄る。此処は少し前から精算が自動化された。商品スキャンは店員が行うが、支払いはATMのような機械で御客が行う。年寄りは右往左往していたが、概ね作業能率は1.5倍といったところ。此れで現金不可、クレカオンリーにすれば更に上がるだろう。でも雇用が無くなるなぁ。夜は豚バラ白菜鍋。三人分で千円も掛からず。


11/15・水

 朝から新玉川線が不通。生憎家人は鎌倉に行く予定。利用するのは東横線だが、煽りを受けて目黒行きのバスも超超満員。何とか後ろ扉から乗車させて貰って見送った。最近駄目だな此の線も。送電設備の故障らしいが、老朽化に点検が追いつかないのだろう。ジュネーブでの軍縮会議で高校生が演説しようとしたが、何処かの国が圧力を掛けて来たと西日本新聞が伝えている。結果として日本政府が折れ、今年の演説は見送りに。こういうものはもっと報道されるべきである。

 御昼にはまあまあ晴れた。午後出社。元生徒のK君が尋ねて来て、どのデザインがいいか見てくれという。彼はコミックマーケットに色色と出店して生活費の足しにしているのだという。まるで門外漢だが、兎に角、もっと水着の面積を少なくするように指示す。でもコミケはエロは駄目なんだっけ。退社後は中華立ち飲みに。主要メンバーとは行き合えず。留守部隊の中で市ヶ谷さんが応対してくれた。市ヶ谷さんは都内あちこちを飲み歩いているというから、お互いの居酒屋情報を交換す。


11/14・火

 朝から重い曇り。午前中は漫然とす。午後は大貧学院の住所録の更新。来る人去る人、夏前から数えると結構な入れ替わりがある。併し変な名前が多くて閉口す。綺羅綺羅何とかというやつだな。『新字源』を引き引き、一字を呼び出すのに何分も掛かった。オペレーター泣かせである。夕方に掛けて結構降る。終日在宅。朝は不味いうどん。昼は絶食。夜も小食小飲に努めた。

 横綱が平幕力士を瓶ビールで暴行したと報じられる。今日から休場。即引退だな。酒乱なんだろうな。つくづく酒とは狂い水である。缶ビールにしておけば防げたのかなぁ。またホープ亭の代表も身を引くとのこと。知事業務に専念するというが、政治家としても近近終了であろう。序にホープ亭も早く閉店した方がいいだろうが、比例で受かった議員は店を移ることも出来ず。加計学園も正式認可。何から何までAの思うままである。望月のかけたることもなし。


11/13・月

 概ね晴れ。今日もゴミ出し。家作人の方からは靴だの服だのと色色と出されていた。衣替えか部屋の整理でもしたのだろう。此の時期の月曜日の可燃ゴミは特に多い。集積所には小山が出来ていた。幸い収集車がみんな持って行ってくれた。勿体ないことだが、有難いことでもある。ちなみに吾人の第二の故郷、伊那市などは幾つにも分別したうえに、一枚何十円もするゴミ袋を買い、わざわざ名前まで書かないと持って行って貰えない。其れに習い、いっそ東京二十三区の家庭ゴミも有料にしたらどうだろうかと思った。でも不法投棄が増えて世の中が滅茶苦茶になるな。其の上、ゴミ処理の事を考えて、物品の購入量が減るかもしれない。万が一にも東京の消費が僅かでも減れば、東京に大量の物資を出荷している全国津津浦浦の生産者様、世界各国の輸出業者様が困るだろう。二十三区ゴミ有料化不況なんてのもあるかもしれない。結局、税金を使って茫茫と燃やすしかないな。此れは世界経済の為である。

 気が付くと月曜である。まず徒歩で本務校に出社。先日実施した漢字検定の答案発送や、資源ゴミの搬出等。其の後千寿に回航。退社後は大橋の自動化寿司。帰宅後は昨日やっていた映画「シン・ゴジラ」。いやしかし情報量の多いドラマだと思った。ずうっと誰かが高速で喋っているか膨大な字幕が出ている。デジタル映画である。会議マニア、行政マニア、自衛隊マニアには堪らないだろう。矢鱈ディテールが細かい分、ストーリーの建設は中中難しい。へんな特使にへいこらする辺りの対米追従ぶりもやや紋切型。其れでもラストシーンは少少気になった。ゴジラの尻尾って、リバイアサンだよね。フクイチもゴジラも結局は人災という事である。


11/12・日

 冬型の晴れとなる。朝から外出す。月波君は東京メトロのモニターをやっているとかで車両基地公開の招待券があるとのこと。其処で千代田線北綾瀬まで出掛けた。一枚で四人までは入れるというので、鶴木さんを誘ったが直前に不参加。仲田大将も低反応。

月波君と合流し、まずは会場近くの蕎麦屋で来るか来ないか分からない人を待つこととす。いい感じで酔って来たところに大将からラインがあり、会場近くまで来て待っていたが誰も来ないので今から帰るという。此れは困った。あんまりしつこく誘うのも無粋だろうと思っていたことが裏目に出て仕舞った感じ。出て来た盛り蕎麦を一分で平らげ、直ちに大将を追跡捜索す。何とか支線の電車内で身柄を確保。宥めて賺して上野に向かう。

 取り合えず座り飲みのBへ。どんどんと飲ます内に、機嫌も直った。大人の男性もこじらせるとつくづく面倒臭い。丸で駄駄っ子、子どもおじさんだな。もっと素直な心で行くとか行かないとか予め言って欲しいものである。以後は何時もの大量飲酒コース。二軒目は肉の大山。八時前に御開きとす。結局車両基地には一センチも入れず。色色と反省しきりの一日であった。十時就寝。


11/11・土

 一日晴れ。朝六時に起きて仕舞う。ゴミ拾いの後、先日の量販店に参る。チーンと鳴らす受付ベルを購入(1100円)。というのも、家人と老家人は既に何十年も別の部屋で寝ている。特に老家人は下の階で一人寝である。何かあったときの為の非常ベルにしようと思った。夜は鍋物にした。


11/10・金

概ね晴れ。午後出社。九時まで授業。退社後は佐渡屋へ。取り立ててどうということも無い一日。夜は風強し。而も南風。

帰宅後に映画「起終点駅・ターミナル」。佐藤浩市扮する元裁判官弁護士が、元被告人である本田翼と触れ合う内に生きる力を取り戻すという話。冴えない中年男とピチピチギャルという組み合わせはある意味定番だな。其れに弁護士さんは完全無気力人間になっていた訳ではなさそう。何しろよく料理をして食べていたから(ザンギが旨そう)。食とは生である(但し性はなかった)。それにしても釧路も暗い(「そこのみにて光り輝く」の函館も暗かった)。大丈夫か北海道。JR北海道も既に十分危ないし(主人公は「スーパーおおぞら」に乗って再出発するけど)。其れは此の国の地方の姿だな。早く何とかしなくては・・・。吾人は乗り鉄だから、手っ取り早く乗って助けないといけないと思った。渋谷のみどりの窓口で釧路まで頂戴!!って怒鳴ったら、結構気持ちいいだろうと想像した。


11/9・木

 再び晴れた。買い物は二便。昼は上馬の中華食堂。ラーメンに小型の回鍋肉丼が付いて700円。一気に掻き込む。矢張り昼飯は物量重視である。その他の時間は税金の計算を進める。昨年を御手本にすれば案外簡単である。日暮らしエクセルに向かひて、心に移り行くよしなし領収書などを、そこはかとなく計上しつれば、怪しうこそ物狂おしけれ。早く来い来い確定申告である。

また一階は三時には陽が沈むようになる。御向かいの影である。猫も寒そう。冬至にはまだ大分ある。夜は大関のイトヨリを焼き、牛も焼いて食べた。


11/8・水

 昨日のラジオ放送で加齢に伴って散歩が好きになるのは何故だろうと討論していた。吾人も散歩は好きな質であるが、其れも大人になってからの事だな。別に何を見るという訳でもない。季節の変化より、街の変化とか、植木とか、他人の家とか、猫とか、些細なものに関心が持てるというのは大人の特権であろう。詰まり其れはストーリーよりディテールを愉しむ姿勢であると言える。大人生活に大きなストーリーってあんまりないしね(今更、出世も成長もしないし)。何か出来事があるとしても慶事より凶事であることが多いし。情報筋によると、元元アジアが何処にあるのかも知らなかったT大統領に、セーサイキョーカを吹き込んだのはAらしい。つくづく先月の選挙が悔やまれる。

日中曇り。何時もの診療所で処方箋。隣りのマンションはリフォーム工事に入る。買い取った会社の社長が住むようなことを言っていたが、どうも工事が大規模過ぎる(見たところ全ての造作を撤去してスケルトンにしている)。まさか民泊部屋とかにしないとも限らないな。

午後出社。此方も何時の間にか試験前である。此の所は週に一二度しか出社しないから少し戸惑った。今まであまり喋らなかったような女生徒からの質問多し。矢張り少し張り切るな。すいません。退社後は中華立ち飲みへ。鶴木さん以外はフルキャストで出揃った。偶にはこういう晩も無いとね。今更ながら背中が痛い。のこぎりの筋肉痛が今頃来たよう。


11/7・火 

留守中の備忘録。破茶滅茶大統領が来日して離日す。異例の厚遇ぶりは恥ずかしくなるほど。米国大統領と名の付く者ならば誰でもいいらしい。マスコミの過熱報道も少し可笑しかった。またAの応援団が復活しているのかもしれない。併しそもそも何をしに来たのだろう。武器のセールスをしたらしいが、対日貿易赤字だって、ひと昔の水準ではない。牛肉だって沢山食べてやっているだろうに。

座間の事件は犯罪史上最悪の規模となる。確定的な死への願望があったとは云えないまでも、死に急ぐような若い人が多くて驚く。そういう人たちはまず酒場に行くべきあろう。女性ならば一層歓迎される筈である。店主や常連客と恋仲になるかもしれない。いっそ焼け糞で籍を入れてもいい。結婚生活を監獄に例える人も多いが、二十四時間入っているという訳でもない。夫がいなければ毎日仮釈放されるし、本当に嫌ならば脱獄すればいい。だから何も死ぬことはないのである。それにしても不愉快な事件だ。何処かの映画監督が、下らない選挙も終わり台風も去り、漸く秋を楽しもうと思っていたところを台無しにされたと怒っていた。吾人も全く同感である。

三位の横浜は一位の福岡に二つ勝って日本シリーズは御仕舞。二矢報いたというやつだな。其れでも若い選手が溌剌とするあたり、今の中日には全く見られない要素である。山田線の山側は運転再開。土砂崩れから二年掛かった。流石に東日本は修繕したようである。線路が流されたら兎に角直す。こういう当たり前がもう出来なくなっている。

 今日までずっと晴れ。午前中は住宅メーカー営業員の表敬訪問を受ける。隣りも建て替えたいのはやまやまだがね。また六号室の浴室ドアも交換す。古いサッシドアからブルートレインのような折戸にした。結構高かった(約六万円)。内装屋さんの親方さんも今年で引退するという。後任は吾人より若い人だった。また辞めないといいけど。

其の後、少し先に出来た量販店に参る。巨大な店である。元元雑貨に強かったディスカウントストアだったが、最近は肉に野菜に惣菜の類まで手を広げている。売っていないのは魚ぐらいだな。併しこんな大きな店を拵えても御客がいるのだろうか。店内は高齢者ばかりであった。相変わらずの供給過多である。トマトレトルトカレーと猫餌を購入して帰える。以後何だか疲れて仕舞い朦朧と午睡す。旅費の精算をする。約四万円。一万円の掃除機を伯母のあずさ回数券(4370円相当)と相殺交換したから、少し高くなった。


11/6・月

 気が付くと月曜日である。午後千寿に出校。退社後は「福しん」へ一直線。中華丼のみ。630円。当然暫らくは緊縮政策である。「東京人」12月号の永井荷風特集を読みながら帰宅。


11/5・日

 午前中は薪の移動、次に茣蓙を仕舞い電熱絨毯を出すなどの冬支度。伯母はジャムづくりで忙しいというので、昼のバスで降りた(運賃480円)。一時過ぎの飯田線に乗り岡谷へ。あずさ20号を見送り、続行運転の52号に着席す。二時台は更に76号も出るが、何れも満席とのことである。三本合わせて約三十両。ざっと高速バス四十五台分である。甲府からはかいじも加わる。今時特急が此れだけ走る路線も珍しい。

 新宿定刻到着。16時47分。両家人向けに駅弁を買って帰ると言って仕舞ったが、新宿駅には碌なものが売っていない。散散迷って二つ購入す。新潟鮭弁当と彩り野菜弁当。NRE製だという事は秘密にしておいた。山の手線も東急線も大変な混雑でつくづく閉口す。九時就寝。


11/4・土

 朝から作業す。まず枝切り。其の後は少し降りて中華屋で昼御飯。午後は掃除の予定。此の時期は虫の死骸が多い。取りたいのはやまやまだが、まともな掃除機がない。という訳で伯母の運転で数キロ先の家電量販店に参る。売り場にはサイクロン式などの最新型が溢れているが、守旧派の紙パック式の物はなんと三種しかない。真ん中の製品を購入す。約一万円。ちなみに東芝製。此のブランドはまだあったんだ。という訳で90年製の日立機は引退させることにした。廃棄物(いや掃除機には車輪がついているから廃車両だな)も持って帰りたかったが流石に無理である。

午後も掃除と枝切りと風倒木の解体等。先日の台風では管理の悪い土地の杉が倒れ、道路を塞いだ上に、停電まで引き起こしたらしい。緊急撤去は行ったものの、何せ私有地だから行政は指導等もできないとのこと。所有権の絶対化はナポレオン民法典以来だが、もう少し何とかしなくてはならないな。となると、三世一身法くらいが丁度いい。勿論拙宅地は吾人が毎日耕しているから自動延長である。

寒気が入り一雨あった。以後基本的には冬晴れとなる。山は燃え、白い雲が時折架かる。夜は伯母の手料理。牡蠣フライと鶏の唐揚げであった。適度に酔ったところで、此の山荘の維持費は年三十万円程度(固定資産税と各種公共料金)だとしげしげと話しをされた。何でそんなことを言うのかというと、伯母の頭には既に相続というものがあるのだろう。最近紅葉を見てもあんまり心が浮き立たないのは、身の回りに冬を控えた人たちが大勢いるからだろうと思った。


11/3・金

 宿酔は無し。昨夜はいい日本酒を沢山飲んだからかもしれない。泊まったホテルはサンルートチェーンだったが、部屋はリニューアルしたらしく、頗る快適。例によって用事を言いつけに来る家人も、用もないのに矢鱈起こしに来る猫も、出さなくてはならないゴミも無い。結局だらだらだらだらと過ごし、八時半のバスになる。行って見ると既に長蛇の列。バスの会社も心得たもので直ぐに続行便の手配をす。戸隠キャンプ場行き、二台目に乗車。丁度全員着席。併し予備車と見えて相当古い。窓にはうろこ状の物質がこびりつき、何だか曇りガラスのよう(あれは落ちないんだよな)。

バスは市内をうろうろした後、山岳道路に入る。すると二号車はあっという間に引き離されて仕舞った。何しろギアの調子が悪いらしく、変速の度に数秒間は無動力となりぐっと失速する。其れにエンジンも悪い。喘ぎ喘ぎ、大分遅れて戸隠に着いた。道路混雑でも運賃収受でもなく、出力不足で遅れるというのも珍しい。

 さてさてまず奥社を目指す。其の後は少し山道を歩こうと散策路に入る。此れが良くなかった。水たまりに足を取られる。而も地面には落ち葉が広がり、何処から水面なのか見当がつかない。差し詰め落とし穴である。理論的には右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を差し出す。其れを高速で繰り返せば抜け出せる筈だが、そうは問屋が卸してはくれなかった。結局両足とも踝まで全没す。まるで風雲たけし城竜神池であると思った。ずぶずぶのまま、秋中行軍。アスファルトが見えた時は正直ほっとした。

早速蕎麦を食べたかったが、もたもたしていた内に、もう御昼である。何処の蕎麦屋も見たことがないような大行列となっている。どうにもこうにも、どうして観光地に来ると蕎麦ばかり食べたくなるのだろうと文句も言いたくなるが、何しろ戸隠は蕎麦の里だからな。靴下を乾かしつつ一時間も待つと、盛り蕎麦と野菜天麩羅セットにありつけた。当然蕎麦焼酎の蕎麦湯割り付き。再びバスで戻る。帰りは県道経由長野駅行き。此の系統は里山や集落を一つずつ降りて行く。どちらのルートも捨てがたい。

 16時過ぎの甲府行きに乗車。善光寺平を一望しながら松本方面へ。岡谷で飯田線に乗り換え。伊那市到着18時38分。運賃1940円。県内の移動に二時間半は掛かった。長野県はでかいな。伯母が晩食を用意しているという。バスがないのでタクシーで移動。2500円。


11/2・木

 それでは出掛けようと渋谷駅に参る。まず何処へ行くのかというと、今回も相変わらずの長野県である。吾人は長野を第二の故郷のように勝手に考えてはいるが、行くのは伊那か木曽ばかりである。偶には北信地域に行って見たいと思った。軽井沢から入信するので、まず高崎を目指すことにす。併し湘南新宿ラインは車両点検の影響とかで電車は全く来ない。結局数十分は待ちぼうけである。二十分は遅れてやって来た高崎行きに乗車。月波君から貰ったグリーン券を利用する。

 高崎到着、数分遅れ。回復運転もしたのだろうが、籠原で編成をぶった切る時間を節約した為である。早速立ち蕎麦休憩。其の後、信越線の横川行きに乗車。併し信州にも越後にも行かなくなって二十年経つが、未だに信越線を名乗っているのが不思議である。実質的には横川線だがね。新幹線を作ったら並行在来線の面倒はJRは見ないということになって、初めてのケースが長野新幹線だったと記憶している。横川軽井沢間は峠越えの高コスト路線だから、誰も引き継がなかった。以後日本全国の鉄路はますます分断されることとなる。おまけに途中に安中榛名などという余計な駅を作ったものだから、高崎軽井沢間の新幹線料金も跳ね上がった。つくづく、つくづくな新幹線である。

碓氷峠鉄道文化村を一回りして、適当な食堂に入る。入って見ると、店内は案外狭く、テレビ等は無し。まるで民家のよう。こういう食堂のメニューは概ね把握している積りである。麺類があり、丼ものがある。まず前者はさっき食べたばかりなので除外。炒飯はリスクが高く、揚げ物は店の人が面倒そうなので自粛す。カレーは既製品の確率が高い。という訳で一番無難な親子丼を注文す。大体誰が作っても同じようなものになるのが、此の定番料理である。しかし出て来て驚いた。まず全般的に白い。醤油類を使っていないらしい。鶏肉はうすしお味で、玉子は寿司のように甘い。あらゆる予想を裏切り、こういう親子丼があるものかと吾人の寡聞を恥じた。

代替バスに乗車。一応JRバスということになっている。軽井沢まで510円。乗客は十数人。旧道は走らず、18号バイパス経由でどんどん登るとどんどん山が色づいていく。群馬のどん詰まりだったものが、一気に開けて、空気も変わる。別天地といったところである。こういうものをアウフベーヘンというのだろうな。

駅に参り、しなの鉄道に乗車。日本全国ローカル線の光景は同じようなものだが、身なりのいい御婦人方が多いという点が少し違う。新幹線から乗り換えて、どこぞの別荘に向かうのだろう。併し止揚されたような方方はあっという間に下車されて、車内は何時ものように、女子供に年寄りと若干の旅行者となる。浅間山を後景に列車は進む。

快速列車だが案外速い。少しは新幹線に対抗しようという計画なのかな。115系の三両編成。新幹線車両は既に二代目だが、長野側の信越線はずっと此の車両。フンガァガァーというモーター音が轟く。国鉄、JR、第三セクターと持ち主は三つ代わった車両はすっかり古いが、まだまだ走れると思った。篠ノ井で大量乗車。長野到着16時25分。直ぐに駅前ホテルに入り、先日寄った「千石屋」へ。更に日本酒バーのような所にも入った。


11/1・水

 まあまあ晴れた。午後出社。金参万円受け取る。退社後は祐天寺立ち飲みBで軽く飲んで御仕舞。月波君によると、飯田橋のまつやの御主人も亡くなったとのこと。享年九十。芥田ゼミ有志で御線香を送るよう指示す。

2017-11-09

2017年10月

08:03 |

10/31・火

 先の選挙で大敗したAは漸く辞任を表明。公明と維新を足して辛うじて過半数なのだから、あと少しで政権を交代させるところであった。つくづく惜しかった。週末の日米会談が花道となるな。T大統領としても御同類が居なくなると寂しいだろう。そして自民党総裁選。(以上フェイク日記)

 ネット等によると収支内訳書の明細書は自作も可ということで、早速エクセルで作り始める。此れさえ書けばあとは何とかなる。五名分も作ることになるが、大丈夫。自信を持たなくては。何せまだ十月である。朝から家人の振り込み。三万円から手数料が高くなるので、最近は29999円振り込むことにしている(此れだと216円)。異常な超低金利なので銀行さんも手数料収入が頼みだと言うが、気前よく432円も払えない。

結局カーテンだけは交換しようということになり、吾人が自転車で赴く。不良品ではないので交換は出来ず、一旦返品扱いになる。返金手続きをし、改めてカーテン売り場に参るも、Bフックのカーテンは一つもない。店の人に聞くと既製品はAしかないが、全てBに調節出来るようになっているとのこと。成程AはBを兼ねるという訳である。大手の店は考えることが万事合理的だと思った。感心してばかりもいられない。ならばそもそも返品する必要などなかったのである。返品を返品したかった。其れも何だか不格好なので其のまま帰える。誠に先週からやっていることが滅茶苦茶、いや鎮具破具だな。語源に迫るような迷走ぶりである。

気落ちしたお腹を膨らませようと、用賀駅前の松野やでとんかつ定食(530円)。更に駒沢公園で開催中のラーメンショーにも寄った。一杯850円。台風で具が掃けなかったのか、大振り厚切り叉焼二枚に煮玉子乗せ。少しは得をしたと思いたいな。ちなみに公園辺りでも矢鱈変な格好をした人が目立った。成程、西洋の南瓜祭りである。何にしろ内需拡大は国民の義務である。明細書作成と用賀遠征疲れで昏昏と午睡。

 座間のアパートから大量の御遺体が。殺人か、嘱託殺人か、自殺幇助かまではまだ分からないが、あのアパートは取り壊しだな。家主も可哀想である。殺したい人と死にたい人が巧く適合したのかもしれないが、こういうことはつくづく宜しくない。大体、人に限らずあらゆる生き物というものは、憐れにも時の流れに抗うことは出来ず、放っておいても方方で死んで行く存在である。だから態態殺したり、勝手に死んだりしてはならない。悠久でないのだからこそ、一日、一夜、そして一瞬に賭けるのである。だからハロウィンで燥いでいるくらいが丁度いい。一方福岡の現金強奪事件は犯人検挙。こうして雨ばかりの十月も終了す。


10/30・月

 快晴。風強し。冬型になり、木枯らし吹く。ぼんやりしていると税理士事務所から電話がある。本年分の確定申告書の作成を依頼する場合、法外な費用(数十万円)が掛かるとのこと。何しろ当方は相続専門なので御容赦くださいと謝られた。昨年は相続業務序での特別割引(数万円)だったのだろう。困ったことになった。自分で書くか。まだ十月だが、気分は既に二月である(今日の天気も)。去年とそっくり同じものを出したら怒られるかな。大体の収入と支出は計算できるが、あの矢鱈細かい不動産所得内訳書の作成が地獄級の苦しみなのである。早速細かいボールペンを買って来ようと思った。

 午後中目黒経由で出社。高校三年生専門学校に入りたいというので志望書を口述筆記させる。書いてやりたいのはやまやまだが、生憎千寿校にはワープロの類がない。夕方に小諸蕎麦を食べたので腹も減らない。其のまま帰宅。またまたコンビニ食となった。パスタも案外旨くて感心す。よくよく見ると、容器の底に溝があり、脂やソースが滴り落ちるように出来ている。だから適度に混ざるのだろう。こういうものばかりが進化すると思った。


10/29・日

 先週と全く同じような大雨。一週間前に戻りもう一度投票をやり直したいところである。何度やっても、同じ結果になったかな。日曜は三週連続の雨である。偶偶点けていたテレビ番組で女子アナウンサーが倒れて仕舞う。働かせ過ぎだろうな。在京キー局ならば、自社アナにフリーアナと人材は幾らでもいるのだろうが、結局仕事は一部の人に集中する。労働組合もあるのだろうが何か機能しているようには見えず。

 昼はコンビニ食。序に毎日新聞を買う。読書欄で『維新の夢』の西郷論が紹介されていたので早速読み返す。そういえば次の大河ドラマ西郷隆盛だったっけ。来年は明治維新から150年だが、Aあたりはまた佳からぬ行事を考えているだろうな。つくづくもう一つの近代化というものは無かったものか。少なくともあんなに戦争ばかりではない、もう少し平和な近代があればね。其の末裔としても、多少は気が楽なのだけれど。

 カーテンに引き続き、今度はベッドカバーも返品したいという。此れで返品率四割である。而も品物が嵩んで一人では持って行けないと宣う。勝手にしなさいと吾人も激昂す。返品するより廃棄した方が楽である。つくづくあんな店に連れて行って、却って本当に損をした。夕方から土砂降り。九時頃には止み、十時には星が出ていた。風は吹かず。


10/28・土

鮭から卵だけ切り取られる事件が多発。腹を裂かれ魚体は捨てられていたという。二重の意味で腹立たしい。どうせ盗むのなら全部盗んで全部食べるべきである。身は石狩鍋かチャンチャン焼き、頭もなますにして食え。皮もパリッと焼くと頗る旨い。

例によって朝の五時にシロに起こされる。四時半から五時の間にやって来るのは定期便だから仕様がない(臨時便が本当に困る)。目覚めた序でにゴミ拾い。中流域も綺麗にしないとね。七時前にМ家で牛めし。また週末は雨だという。そしてまた台風だって。来週は何処かに出掛けようと思い、時刻表を開いて検討す。

須見伯母から蟹を貰ったので夕方から食べ始める。併し黙黙と解体してもズワイガニなど大して食べるところがない。冷凍食品で飢えを凌いだ。そう言えばソビエトが崩壊した直後は、矢鱈安いタラバガニが出回ったが、あれらはみんな食い尽くしてしまったのだろうな。つくづく惜しいことをした。尤も吾人は甲殻類は大して珍重しない質である。兎に角、酒さえ呑めれば、どんな憂き世も耐えられる。夜は本降り。夏の予定を秋に繰り下げた調布花火大会も結局中止。つくづく、である。


10/27・金

 今日も晴れた。両家人はインフルエンザ予防接種高齢者は区の補助で安く受けられるらしい。ちなみに吾人は其の効能を認めていないので、受けたことはなし(痛くて高い思いをしても罹らないとは限らない)。所謂無防備人間宣言をしている。大体各種インフルは既に一回以上は経験している筈だし。家人は安静にしなくてはならないというので、朝から買い物は二便。

 民進党の代表М原氏が辞任。例によってケロリンと謝罪していた。此の人は何時もそうだな。あんまり感情が出て来ない。信とか義とかあるいは怒といった、人間として押さえておくべき基本的部分が欠落しているような印象を抱く。だから頓珍漢だし、よく騙されるのである。

午後出社。チラシを配って歩く。数千歩。途中猫を犬のようにして飼っている家があった。詰まり、外には出してはいるが、綱に繋いでいる。解き放ってやろうかと一瞬思った。唯我独尊、誇り高き不羈独立の存在である御猫様を権力の下部のように扱ってはいけない。大丈夫、猫は必ず戻って来るよ。退社後は佐渡屋に直行。鶴木さんらと飲んでいる内に、通称ブータン国王(作務衣姿の初老男性)と出合う。今度若い女性を紹介するとおっしゃられたから、期待することにしよう。


10/26・木

 漸く朝から晴れた。所謂ピリカンである。用がなくとも出掛けたくなる。偶には海を見ようと東横線京急線に乗り、津久井浜下車。何時もの寿司屋に参る。併し客も少なく自動化コーナーしか開いていない。店内にはタブレット端末をクリックする音だけが木霊する。何だか活気の無い寿司屋というものもね。少しだけ飲んで退店。

 海岸線をてくてく歩く。例によって尿意を催す。すると当てにしていた公共厠は大破していて使用中止。何と土台がごっそりと持っていかれている。結局緊急放出を余儀なくされた。21号の被害は内海でも結構なものであった。砂浜には漂着物が散乱。大小無数のプラスチック類の他に、便座なんてのも流れ付いている。愛用のトングとゴミ袋と軍手と収集車さえ待機していれば、吾人も拾ってやるのにと思った。でも大量にあるから一個大隊ぐらい必要だな、ゴミ拾い隊は。

それにしても海は気持ちがいい。やはり川とは比較にならない開放感である。ぶらぶらと三浦海岸駅まで。再び京急線に乗り、横浜西口界隈を歩く。十年ぶりぐらいに「吉村家」にも寄った。但し麺揚げが最後の最後になり、ふにゃふにゃで量も足りず。何しろ一度に十五人分も茹でるのだもの。まあ家系は何処でも食べられるようになったから腹も立たず。総本山だからと言って何時までも最高峰という訳でもないしね。夕方帰宅。遠足経費、交通費1600円、飲食代4000円。一万七千歩。寿司ラーメンが胃にもたれ、晩は絶食。


10/25・水

 関東だけ冷たい雨。東京は二週間連続の降雨とのこと。リーグ優勝した広島は三位の横浜に一つも勝てず、日本シリーズに出られず。まあこういうサプライズがないとプレーオフをやる意味がないな。併しあの監督も優秀なんだね。中日はどうするのだろう。此のままではずっと最下位争いである。

 中国国家主席は御満悦のまま二期目に。功績が認められ毛氏や氏と並んだそうである。まあ確かに、中国バブルが崩壊して仕舞えば、世界経済も道連れになるだろうから、其の点の手腕には感謝しなくてはならないな。独裁制資本主義というものは案外相性がいいのかもしれない。国家主席の野太い腕である。併しコネの無い庶民には厳しい世界だろうな。最近は中央アジア南シナ海にも手を広げているらしいが、帝国の復活だとか、何かとんでもないことを考えていないといいが。主席の頭には宋や明あたりが理想としてあるのかもしれないが、彼らは元のようには攻めては来なかったしね。兎に角、中華思想は御料理だけで願い下げである。

午後出社。退社間際になって二十歳の男の子が訪ねてくる。曰く、仕事が詰まらないので公務員になりたいと。併しそもそもが勉強が苦手な子であった。現業職を狙うしかないだろうが、此れだけ民間委託が進んでいる世の中で、募集何てあるのかいな。面倒な相談者は無責任社長に預け、急いで立ち飲みBへ。此の所どうにも飲み過ぎであるから、二杯だけ慎重に飲んで帰った。またシロには猫用の枕を進呈する。一心不乱にふみふみした後は昏昏と寝るようになった。ペット用品というものはよく研究されている。猫工学の進歩である。漸く此れで矢鱈と起こされることも少なくなるといいが。


10/24・火

 Aは増税分は現役世代への社会保障に使うとか言っていたが、どのみち増税自体を反故にする積りであろう。公約違反には違いないが、嫌な増税がパーになるのだから拍手喝采である。国家的な詐欺だな、此れは。曇り時時晴れ。空気は秋の乾いた感じ。

 家人がカーテンを新調したいという。折角なので環八の沿いの大型店に案内しようと思った。まず駅に行き、電車に乗り、更にてくてく歩いて参る。矢鱈大きな店内を循環するうちに、シーツだのカバーだのと結構な量の品物を買う。併し配達してもらうには代金五千円ごとに五百円も掛かるのだという。買えば買う程に損をした感じで、意地でも持って帰りたくなるように出来ている。つまり車社会を前提としているのだろう。大荷物で電車に乗る気にもなれず、結局タクシーを利用。運賃2170円。得をしたのか損をしたのか。まあ、家人はああいう大型店には初めて行ったそうで喜んでいたから、此れも孝行の内である。

 疲れたので夜はスーパーの惣菜。食後に買ったものを認ためていると、カーテンのフックが違うとかで、家人は交換に赴くと宣う。やっぱり高い買い物についたな。いやしかし、フックに上と下があるとは、齢い八十の家人ですら気が付かないのだから、吾人などが分かる筈もない。こういうことは小学校で教えて欲しいと思った。


10/23・月

 夜明け前までには雨は峠を越し、代わりに大風が吹き始める。21号は其のまま上陸。超大型で非常に強い台風の割りには、どうということも無し。どういう訳だか通過後は暫らく凪のようになる(目だったのか?)。二、三時間して吹き返し。つくづく風というものは読みにくい。結局投票率は54%程度。台風が来なければもっと高かっただろう。紅林警部補も選挙区では落選。あと少しだった。

 昼には晴れた。実に十日ぶり。秋雨前線も吹き飛ばされたから当分は晴天であろう。二階の六号室退去。部屋は綺麗だが、一年半と少しで出られてはね。最低三年は入って貰わないと。若い人は色色とあるからな。

午後千寿に出校。架線付着物の為、久喜行きは押上止まりに変更。段落としを余儀なくされた。途中散髪す。ところで千寿校は古い雑居ビルの二階にあるのだが、何だか裏手で猫の声がする。腹を空かしたか、助けを求めているのかずっと鳴いている。何度も見に行ったが姿は見えず。猫餌も置いてやったが、食べた形跡は無し。よくよく見ると交番の裏の物置小屋辺りで声がする。巡査が内緒で飼っているのか、迷い猫を保護したのか。何しろ交番は無人だから確かめようも無し。猫が気になって気になって仕様が無くなるあたり、吾人も立派な愛猫家である。

九時半までみっちり指導。「福しん」で炒飯。帰宅後麦酒一缶。少しずつ飲みながら選挙のおさらい。夕刊を見てもまだ確定していない議席がある。台風の影響で投票箱が集められず、開票には苦労したらしい。つくづく迷惑な選挙であった。社民党は辛うじて二議席。公明減少、維新の会はぐっと少なくなってくれて清清した。


10/22・日

 昨日からずっと雨。当然雨脚は昨日より強くなる。七時になった途端に七分歩いて投票所に参る。投票は義務だと考えているので別にどうということは無し。そもそも毎日に通っていた中学校だしね(あまりいい思い出はないが)。ただ国民審査だけは何も書かなかった。全部に×を点けるのも大人げないしね。

 夕方からは更に降る。併し降らせているのが秋雨の雲だか台風本体の雲かは分からない。色色と気象予報士がああだこうだと解説してくれてはいるが、結局どうなるのかはよく分からない(特に風の予測)。台風予報には規制があるそうだから、予報士であっても独自の見解は述べられない。だから心に響いて来ないのだろう。いや、そもそも誰にもよく分からないのかもしれない。起きたことの把握ならば最近の技術の革新でまあまあ早目に分かるようになってはいるが、起きてないことの予測は想像以上に難しいのだろうな。

 あんまり見たくはないが、八時前後から開票速報を眺める。下馬評通り、というかAの思惑通りに与党は大勝す。ただ立憲民主も健闘す。一方現有議席の確保も出来なかったホープ亭は近近解散だな。此のまま立憲民主を中心に野党再編が進み、共産も解党合流してくれれば、次の選挙で一気に政権を交代させることも可能であろう。其れが小選挙区制というものである。私は絶望しない。たとえ最後の一人になっても(ここら辺は沖田十三風)。肝腎の五区は接戦の為、なかなか判明せず。翌二時頃になり立憲民主の候補者は僅かに及ばなかった。約二千票差。ホープ亭に四万も行ったから勿体ない話である。ただ重複立候補しているから五年ぶりの国政復帰は果たされたよう。


10/21・土

朝から大雨。朝から何度も上厠す。これらは東京湾直行だな。少し心苦しい。台風21号は異様に発達しているのだという。一方シロは小屋にも入らず、縁の下辺りを行ったり来たり。何が気に入らないのかは分からないが、つくづく困った猫である。

二週続けて週末は完全な雨となる。地元の大道芸祭りも中止。内需も落ち込む。昼はコンビニ食。流石に弁当類は売り切れが目立った。夜は保存食。食後は暇に飽かせてユーチューブドライブレコーダー集を見る。数数の大事故小事故未然事故、嫌がらせの運転に運転者の罵り合い等等の映像は下手なホラー映画よりよっぽど怖い(その昔、悪魔の自動車が襲って来るという「ザ・カー」という映画があったが、此方は車から飛び出た生身の人間が襲って来る)。基本的にバス以外の自動車には乗らないが、自転車歩行者といったレベルでも争乱になっているのをしばしば目撃す。つくづく平常心でありたいと思った。でも人生には色色な時があるからな。眠い時、いけ好かない時、また逆に矢鱈大らかな時とかも。


10/20・金

 一晩寝て起きてもまだ雨が降っている。おまけに台風まで来るらしい。雨雨降れ降れもっと降れ、投票率が低くなれと、与党や官邸辺りが祈った成果であろう。幸い北の方は静かにしてくれているが。

新聞によると平成は31年の三月までだそうである。忙しい年末年始を避け、会計年度に合わせた形。役所や学校関係にも配慮した模様。ただ現皇太子の誕生日は二月らしいから、休みを一日損したな。いよいよ此れで平成○○と付けた物も一気に古くなる。

 漸く昼前には止む。家人は期日前投票に参る。結構混んでいたとのこと。一方の吾人はあくまでも当日決行主義である。三時前に出社。此の所の運動が不足しているのでチラシを持って歩く。序に立憲民主のビラも配ってやろうかと思った。併し少なくとも三つの点で問題があると思い直した。(一)運動員でもないのに勝手に配り歩いて良いのかという法的な問題、(二)職場のある地域には残念ながら選挙区候補者がいないこと、(三)そもそもビラが手元にない。吾人もこうして色色な言説を偉そうに垂れてはいるが、実際的な運動となると何をしていいか皆目見当がつかない。

早目の退社後は祐天寺立ち飲みBでひとり酒。霧雨に巻かれ復路は軌道を見失う。つい三宿周辺に迷い込む。夜の三宿など数年ぶりである。何だか店もすっかり減り、少し寂しい感じ。大体駅から遠い飲食街など、態態行かないものな。三十年前の住宅街に戻りつつあると思った(そもそもあの辺には吉野家しかなかった)。国道に出て、味噌ラーメン屋に入る。此処も御客がいない。薄めのスープが矢鱈入った擂り鉢のようなどんぶりから麺を掬い上げて食べた。此れも少し前のスタイルだと思った。


10/19・木

 「やすらぎの郷」のあとは「トットちゃん!」である。今週はトモエ学園編。戦時下であっても自由主義的な教育を行う小学校があったことは驚きに値する。翻って、現代にはあるのだろうか。ないのだろうな。其れこそ百校や二百校は欲しい所だが。学校教育法の下、認可されないのだろう。世の中が幾ら変わっても、初等中等教育は、相変わらずの前や右に倣えの全体教育である(不登校自殺者が増える訳である)。もっと独自な教育を行う私学が出て来るべきだろうが、それでは大学に受からないからな(私学の目的が○○大学に△△人受かったというのでは少し悲しい)。大学入試も多少は変わって来たのだから、今後の創意工夫に期待したいところである(でもAS記念小学校なんてとんでもない学校が出来るだけかな)。本当に此の国の教育は、質的にも量的にも不足している。

 朝方は大雨。而も異様に寒い。エアコンに続き、ガスファンヒーターも投入す。地元の駅で配電盤がショート。田園都市線の地下区間、つまり新玉川線は長時間運休す。四十年前と同じだと思った。今ではとても信じられないことであるが、旧玉川線つまり玉電が廃止されて新玉川線が出来るまでの凡そ八年間、此の辺りはバスしかなかった。誰もが黙黙とバスに乗っていたもので、吾人にもそういう微かな記憶がある(渋滞で動かないと家人は憤慨していたような気がするが)。あの頃は拙宅の近所にも畑が点在し、小松菜サツマイモなんかを栽培していた(と思う)。此の間、如何に都市化が進行したのか恐ろしいほどである。人口が丸で違うから、今では区内の御客さえとてもバスでは運びきれまい。ニュース映像によると停留所には長い長い列が出来ていた。

 夕方には漸く小降りとなる。電車に乗って新橋に向かう。件のちゃんぽん屋さんで仲田大将主催の久久の飲み会である。駅に参ると早速の謝罪文が張ってあった。B4サイズのワープロ打ち。誰も気にも留めず。大体通勤電車が止まったところで、嫌な学校や職場に行かずに済むのだから、大半の利用客は喜ぶ筈である。

鶴木さんと月波君も同席。肝心の大将だが、実に半年ぶりに会ったが、まあまあ元気そう。件のX女史との恋仲は続いているようだが、一時ほどの勢いはないらしい。散散日本酒を飲み、十時過ぎに解散す。佐賀の呉豆腐を御土産として貰った。


10/18・水

 朝から晴れた。実に久久である。家人が外出しているので、老家人にはスーパーの炒飯弁当を食べさせる。すると激しくむせて仕舞う。もう間もなく常人食は無理になるかもしれない。生きて行くということは実に痛痛しいことであると思った。

午後は次第に曇る。其の後出社。退社後は中華立ち飲みに。飲み屋政談はほどほどにして今夜は介護論壇。年寄りはどうしてあんなに意欲がなくなって仕舞うのだろうという一大疑問に至る。此れは登壇者の全員の共通見解であった。夜は再びの雨。


10/17・火

 目覚めてもずっと雨。此の所の天気もどうかしている。漸く午後には止んでくる。御昼は地元の瀟洒なラーメン店に入る。最も基本的なものが880円もする。不味くはないが、食べ終えても、あー食べたという感じがしない。同じ価格帯でも、例えば油淋鶏定食や焼肉丼セットの方が胃に叩き込んだという満足感があるだろう。ラーメンの原価を上げ、幾ら豪華にしても、効用には限界があると思った。

 昨日に引き続き『八月の砲声』に挑戦する。併し所謂通史もので内容もぎっしりだから中中読み進まず。こういうものは拾い読みも出来ないので苦労する。何しろ第一次世界大戦のことなど何も知らないからな。ウィキペディアを引きながら匍匐前進である。

 福井の中学校で担任と副担任に叱責された生徒が死亡。いやしかし、よくあれだけ一人の生徒をこっぴどく指導し続けたね。都会の学校では考えられないな。つくづく田舎の中学の先生は暇である。でも大学などでもパワハラ紛いの指導がしばしば問題となる。熱心と言えば熱心なのだろうが、学生の指導にそんなに沢山エネルギーを割ける先生がいるというのも少し驚きである。やはり人格に問題があるのだろうな。


10/16・月

 不思議なもので今日も雨。おまけに寒い。憂鬱な月曜日、ブルーマンデーである。二週ぶりの平日の月曜日でもある。交通情報によると混雑の影響で電車も遅れ気味。先週は平日が四日であった。別に週の休みを三日にしたところで、世の中は生産物で順調に溢れ返っている。プレミアムフライデーでも、シャイニングマンデーでも何でもいいから早くやるべきである。

 午後千寿に出校。退社後も小諸蕎麦のみ。早速温かいかき揚げ蕎麦。行きと帰りに『八月の砲声』を読み進める。此の本は過日の映画でも取り上げられていた。流石にK大統領は博学である。T現大統領は? 本など読んだことも無いだろうな。節税や財テクや女の口説き方の本とかは読んだとは思うが。帰宅後、家人の飲み残したビールを半缶。ほぼ完全休肝日。本日の支出360円。


10/15・日

 下らない今回の選挙の唯一の収穫は、都知事の暴言の御蔭で民進党が分裂し、立憲民主党が出来たことかもしれない。予てから民進党はもっと左に舵を切るべきだとは思っていたが、党内対立が酷くて其れも叶わなかった。当事者たちの意図せざる結果ではあるが、此の度、晴れて左に切ることが出来た。漸く此れで政治の対立軸がすっきりす。次の次の選挙で更なる躍進が狙えるだろう。其の前には経済危機も来るだろしね。

 昨日以上にずっと雨。雨が降っているので近間で遠出をしましょうということになり、高円寺に参る。景色を見ようとバスに乗る。渋谷からのバスは中野までしか行かないので一駅分歩いた。中野の辺りも丸で知らないが、何時の間にか大学街が出来ている。高円寺古本屋も健在。

月波君と合流。実は此処には立ち飲みBから独立した人が店を構えている。若い人が多く店賃も多少は安いのだろう。起業しやすい街である。併し当該店はまだ営業前。仕方なく「大将」という焼き鳥屋餃子の満洲国に入る内、腹がパンパンになり、目的の店では幾らも飲めなかった。這う這うの体で電車に乗り、七時過ぎには帰宅。また行かなくてはね。ちなみに店主のOさんは店に泊まり込んでいるという。家族とは週に一二度会う程度なのだそう。飲食業というのは大変である。職住が近くなくてはね。今日は一万五千歩。でも遅く歩いたから距離は少ないだろう。疲れ方が先週とは丸で違う。


10/14・土

 昨日と同じようなお天気。暫らく冷たい秋雨だという。家人も風邪を引く。昼は乾麺のうどん。食料が不足しているので買い物便多数。夜は厚揚げ麻婆。


10/13・金

 また沖縄で米軍のヘリコプターが不時着炎上。イージス艦の相次ぐ事故といい、米軍も人が足りていない感じ。カリフォルニア山火事メキシコ湾沿いのハリケーン被害も大きい。もっと本国の守りを強化すべきである。

与党圧勝の事前予測だが、こういう場合二つの反応が想定されるそう。一つはバンドワゴンと言って勝ち馬に乗る傾向、もう一つはアンダードッグと言って負けそうな方を応援する傾向。併し後者が出るのは昭和後期までだろうな。人人がそういう義侠心のようなものを失って久しいもの。一日小雨が降ったり止んだり。午後出社。退社後は晴雷亭と佐渡屋に。誕生会やら送別会やらが重なり店内は大混雑。

少し辟易しながら佐渡屋を出る。実を言うと数軒先には老夫婦の居酒屋がある。七、八年くらいまでは結構通った店である。最近は開店していても休業同様の状態らしい。店の明かりは既に落ち、二階の窓から気配が漏れる。あれはパパさんかママさんか。最近は店の上に越して来たのだと聞いたことがある。古い家屋だから住まうにも大変であろう。何だか少し申し訳ない気がした。


10/12・木

 新聞各紙序盤の情勢分析が出る。昨夜の吾人の世論調査と相違ない結果となる。あーあ、つくづく日本人に政治は無理だあ。特にホープ亭の失速が著しいという。本当にホープレスである。此れでラーメンの人も都政に専念することになるな。此の党に次は無いだろうし。最近はカップ蕎麦の「緑のたぬき」と言われているらしいが。つくづく、あーあ、あーあ、である。それでも民進党があのままあり続けたよりかは多少は良かったかあ。立憲民主は議席倍増の勢いらしい。元元が少ないけどね。

 朝から腹が立ったので、朝から腹が減った。牛丼のМ家に行き、四百円の朝定食。確かにこういう時でもパンは食べないな。結構晴れて、一昨日以上の異様な暑さとなる。午睡をしていると、老家人が喉が痛くて痛くて仕様がないので、今すぐ耳鼻咽喉科に行き、喉を焼きたいと宣う。医院まで拙宅から数百メートルの距離だが、しかしもはや歩けはしない。仕方なく簡易車椅子に乗せて搬送す。

酷い暑さの中を人と車を掻き分けて行く。ごろごろごろごろごろごろと押している内に、取っていた順番は疾うに過ぎて仕舞い、すると何と最後尾になるという。何しろ待合室は患者で溢れ返っている。併し耳鼻科というものはどうして何時もこんなに混んでいるのだろう。鼻が低くて息の通りが悪い日本人の宿命だと思った。兎にも角にも何十分も待てない。其処で新店を開発しようと、別の医院に転送す。再びごろごろと来た道を引き返し、別の道に入る。此方は最近出来た医療ビルに入っており、その名もずばり、お花クリニック。而も空いていた。まだ常連客が付いていないのだろう。耳鼻科の掛かりつけは此方に変更である。

さてさて肝腎の喉の方は大した炎症ではないと言われた。焼いたかどうかは知らないが、吸入器で何かを吸わせて御仕舞。大体万事大袈裟なのである。あれやこれやで一時間半も掛かった。家人共共草臥れ、買い物にも行けず。晩は焼き鮭にベーコンエッグ。一日に二度も朝飯を食ったことになる。併し老家人もとうとう歩けなくなった。こうして車椅子を押していても、何だか少し切なくてね。悲しい安白ワインを呑む。夕方から雨。一気に空気が入れ替わり、晩夏から初冬になるという。

酔いが回らないので映画「13ディズ」を見る。キューバ危機を描いた少し昔の作品。いやまあ、誤解や勘違いや行き違いで、くれぐれも米朝戦争の無いようにして頂きたいものだけど、あの大統領じゃあな。併しルメイという将軍はどう仕様もないね。危うく世界を滅ぼすところであった。流石に東京を丸焼けにした張本人なだけのことはあると思った。


10/11・水

 衆議院選が公示。引退した筈の元特命捜査課の紅林警部補なんかも立憲民主で出て来ている。三つ巴にならない分、案外田舎の方が勝つかもしれない。

新聞等によると、都心部のマンション等では、買った時より売る時の方が高くなる物件があるそうである。大体建物というものは経年劣化するのだから、スーパーの刺身のように古いものから安くなって行く筈である。其の逆の事態が起きているのだから、其れをバブルというより他はあるまい。

 日中曇り。併し案外暑い。午後出社。中華立ち飲み立ち飲みB、そして中華立ち飲みに出戻る内に、暫し政治談議となる。吾人が、Aだけは早く辞めて欲しいと宣うと、A以外に誰がやるのと割と即座に反論される。政権が代わることに抵抗感があるようである(与野党交代がある場合だけでなく、自民党内の総裁の交代、つまり疑似政権交代に対しても)。そもそも日本の総理大臣は精精二三年で交代していたし、別に其れで混乱はなかった。騒乱が起きたり、その影響で水道が出なくなったり、ゴミ収集車が来なくなった訳ではない。必要以上に変化を恐れるあたりは、どうにも臆病になっているのだと思った。此れも高齢化の影響なのだろう。何だか仏頂面をしながら帰路に就いた。


10/10・火

 早速植木屋さんが参る。今回は御主人の奥さんが初登場す。併し吾人を加えても計三人。大方草取りに追われる。草刈り機でごおごおとやってもあんまり捗らず。而も今日は異様に暑く、吾人などあっという間に這う這うの体である。夕方までやっても木木は結構残り、二トン車も満杯にならなかった。

駐車場方面は綺麗になったが、拙宅周辺は手付かず。これらは来年に持ち越しとなる。家人もお茶出しや老家人の通院等に時間を取られ、買い物にも行けず。夜は冷凍食品。また建設会社の車は漸く今日から入った。どうやら前の工事が長引いていたのだろう。併しそもそもどうしてこんなに草木は生えて来るのだろう。不動産賃貸業というものはゴミと草との格闘であると思った。途端に汗疹と蕁麻疹直ちにステロイド軟膏と抗ヒスタミン


10/9・月

 体育の日。更に晴れて夏日となる。昨日は交通費は掛からなかったが、二次会以降の経費を沢山出した関係で、すっかり御金が無くなる。暫らくは緊縮財政である。それにあれだけ食べても一日経つと腹は減る。此方も暫らくは菜食主義である。

 午後になり、近くの公園でパン祭りというのをやっていたのを思い出した。行って見ると既に大行列で会場に入ることすら出来ず。パンで行列など、丸で末期のソビエトである。いやしかし、みんな他に行くところがないのかね。よくよく考えて見ると、吾人はパンというものは週に一二度、一枚か一個食べるか食べないかである。従ってパンのことなど何も知らない。世の中にはパンマニアというのも相当いるのだね。昼は四百円の助六寿司。晩食は納豆豆腐に蒟蒻炒めに中量サラダ。

 御酒は控えめにして、夜は大人しく「ヨーロッパ1300キロ・爆走ラーメン屋台」(テレビ東京)という番組を見る。食材を現地調達しながらラーメンを作り、売った御金で旅をするという企画。出演は創作ラーメンで有名な店主。こういうタイプの料理人は、様様な食材に接するたび、イマジネーションがどんどん湧いてくるらしい。楽しくて仕様がないといった感じで、次次と新しいラーメンを生み出していた。(一方女房役の男性アイドルはかなり真面目な性格らしく、電卓片手で原価計算に追われていた。何だか対照的だった。)創作料理家というものは、コラムニスト随筆家の発想に似ていると思う。彼らもどんなネタからでも文章を編み出すからね。


10/8・日

 朝から数キロ離れた家電量販店へ。老家人の電気行火は余りに古く(推定年齢三十五)、火でも吹いたら困るので買い替えに出掛ける。広い売り場に行火は四種類。後継機種はあることはあったが、一種類で在庫も一つ。ナショナル製だが当然メードインチャイナ。それでいて七千円もした。こんなものを使うのは大年寄りだけだから、もはやライバル会社もライバル製品も無いのだろう。

 天気もいい。さてさて何の予定も無い単身者集団を誘って、飲みに行くことになっている。本当は何処か旅行に行きたかったが、女の独身者は出掛けるが、男同士では行かないからな。それでも偶には郊外に出ようということで、駒沢公園横の焼肉王という店に参る。参加者は月波君、客間君、藤松君、西嶋君。みなは都心から電車やバスで、吾人は歩いていく。妻帯者の坪上君も来てくれた。此の店は食べ放題に飲み放題。注文は自動化されて、どんどんと運んでくれる。サイドメニューも肉も予想以上に旨かった。四時に入ったのだが、帰る頃には大行列が出来ていた。こういう郊外型の店は珍しいからね。

結局欠食児童のように食べ過ぎた。公園で暫時休憩。更に上馬の中華屋に徒歩連絡。更に地元のカラオケ屋にも入る。人に聴かせる歌もないが、人の唄を聞くというのは面白い。偶にはカラオケもいいと思った。十一時頃帰宅。よく食べ、よく飲み、よく歩いた。一万六千歩。一階の六号室入居。但し入居者が男じゃね。挨拶に行く気もなれず。すいません。


10/7・土

 霧雨がしつこく残る。そんな中、御向かいは引っ越し。まずはオーナー家族。すると賃貸組も越して来る。搬入は大渋滞。新築だとこういうことになるな。引っ越し管制官が必要だと思った。

御昼には晴れた。さてさて本日から四連休だが、然したる予定も無し。火曜日に植木屋さんが来るというので乗り鉄にも出掛けられない。仕方がないので、久久に駅の向こう側の商店街を歩く。また新たなラーメン屋が出来ていた。各地で修業したラーメンマスターが満を持して開店したとのこと。叉焼は旨かったが、醤油を溶かしたようなスープに乾麺を茹でて七百円ではね。中中厳しいだろう。

失業率は過去最低になったなったなどと与党などは自画自賛しているが、併し全く賃金は上がってこない。恐らく仕事が自動化され細分化されているから、大した仕事がないのだろう。大体高等教育まで受けたところで、其れに似合うような仕事がないからね。大学を無料にして、世の中の皆が皆、学士や修士になったところで、収入が増える訳ではなし。しかし不思議だな。文明が進めば進むほど、却って労働が単純化されて行くのだから。厳しい労働から解放され、人はより創造的な存在に成れるんじゃなかったっけ? 併し創造性を発揮してもあんなラーメンじゃあなぁ・・・。矢張りラーメン大学は必要である。出来れば大学院まで出た方がいい。

老家人は喉が可笑しいと言って寝ている。見ると真っ赤な顔をしている。高熱が出ていて、すわ救急車かと心配したが、測ってみると三十六度少し。寒い寒いと言って布団を被り、電気行火まで点けていたから、すっかりのぼせたのだろう。つくづく年寄りには付き合い切れない。夜は薄味の鍋ものにした。


10/6・金

 未明に目覚める。膨満感と鼻づまり。其れに何だか息苦しい。肺に空気が入って行かない感じ。堪らず胃薬と抗ヒスタミン。三時間ほどのたうち回る。どうにも体調不良である。口呼吸が良くないのか。過呼吸なのか。季節の変わり目だからか。此の所、三時間程度しか寝られない。

 選挙報道に携わっていた女性記者が過労死したと渋谷放送局が発表していた。選挙取材というのは大変だろうな。現場を歩いて声を拾い、予測をするのだが、公共放送ゆえ余計に間違いが許されない。プレッシャーが違う。そうして集めた情報を元手に、評論家やコラムニスト編集委員は、ああだこうだと偉そうなことを言うのだが、そう言えば彼らが過労死したというのは一切聞いたことが無いな。

 ラーメンの人は出馬しない模様。此の一週間で、追い風は向かい風に変わりつつある。勝てないとでも思ったのか。大体保守色が鮮明過ぎるし、余りに横柄だからね。火事は最初の三分間、選挙は最後の三日間などと言った政治家がいたらしいが、今回は珍しくこんな感じで目が離せない選挙となっている。なおAの応援演説の予定は極秘扱いとのこと。デモ隊が押し寄せて来るからだそうである。

 運動が不足している上に雨が降るというので歩いて出社。片道約六千歩。併し何処も彼処も解体工事と普請工事の真っ最中。バブルなど一向に崩壊して貰って困らないが、此の実需がなくなったら、一体日本経済はどうなるのだろう。家が建つと云う事は、建設関連業に留まらず、家具や家電の会社、引っ越し屋から蕎麦屋に至るまで極めて裾野の広い一大産業である。併しバブルというものは崩壊してみないことには其れがバブルであったとは分からないというから、予測不能だな。

退社後は佐渡屋に。ちなみに店主は佐渡に帰省中。此方は商売順調の証拠だな。更に日高屋に寄っている内にバスに乗り遅れる。やむを得ず、タクシーで帰宅。1770円。飲み代と合わせて丁度五千円。帰宅後は地震に大雨。


10/5・木

 東京湾の奥の方は汚くて水泳には適さないのだという。オリンピックの際は問題になりそうとのこと。特に大雨の後は酷いらしい。合流式下水道の為である。確かに拙宅の汚水と雨水は同じところを流れて行く。手っ取り早く下水道を整備するためには合流式しかなかったのだろう。今から分流式にするのには巨費が必要である。ならば大雨時の大便は御遠慮下さいと注意喚起するしかないな(してもいいけど流すなと)。いやしかし後進国丸出しである。

 朝から御向いの舗装工事。があがあとやっているので寝て居られない。従って溜まった事務仕事を片付ける。まず電電公社に電柱の土地使用承諾書の発送。名義が変更されたので新たに出さなくてはならない。年三千円が振り込まれるとのこと。併しよくよく考えてみれば此の引き込み線に繋がっているのは、今となっては拙宅だけである。電話会社というのも案外気前がいいと思った。続いて老家人の個人事業税の振り込み(約一万円)。更に日本工業炉厚生年金基金に書類を送る。基金の清算後に御金が少し余ったので幾らか振り込まれるらしい。長生きすると得をする。更に信託銀行に送金。此れは遺言書の預かり賃である。長生きには経費も必要である。すっかり一時間半も掛かった。生きて行くのも楽ではない。続いて蔦の撤去。南側に生えた其れは常緑性で粘着質。鋏を数か所入れて一本一本引っ剥がした。夜はスーパーのとんかつその他。


10/4・水

 ところで三台も借りた建設会社は一切車を入れに来ない。所謂架空経費なんだろうな。何ヶ月か本当に借りて、実際は何年も借りたことにするのだろう。未明に空気が入れ替わり涼しくなる。

 ホープ亭が候補者を発表。半分以上は民進出身。まあ一旦受かって仕舞えば、出馬の際の所謂踏み絵を反故にすることなど造作もないことであろう。兎に角、今は数が必要である。但し都市部を中心にかなりの選挙区は三つ巴となる。肝腎の東京五区も民進の元職が立憲民主党で出て来る模様。うーんどうしたものかなあ。もう少し何とかしないと。午後出社。金四万円受け取る。事務仕事と質問が同時に押し寄せてもの凄い忙しさであった。げんなりして佐渡屋に行き、一人で飲んで帰った。


10/3・火

 ホープレス亭に入店を拒否された元官房長官立憲民主党をつくる。併し立憲とは少少名前が古いな。一応第三極ということだが、一極二極に比べ圧倒的に小さい。形式的とはいえ護憲や革新やリベラリズムを唱える民進党が無くなると、もはや改憲勢力ばかり。つまり戦前の保守二大政党の時代と同じである。そういえば民政党も政友会もどちらも立憲が付いたっけ。ならば自民もホープレスも改憲と頭に付けるべきである。次の次は愈愈翼賛選挙ということになりそうだな。ラスベガスで銃乱射。通りの向かいのホテルの上から機関銃で撃たれたら逃げようがない。恐ろしいものは遠くの弾道弾より隣の弾丸である。

 報道によると、七月の豪雨で壊れた日田彦山線の南側は何の工事もされていないらしい。昨年の台風で流された根室線の一部区間も放置状態。どんどんと鉄道が途切れて行く。「日本の鉄路を大切にする会」で一人ぐらい国会に送り込めないものか。

 何だか異様に蒸し暑い。小量の草取りをしつつ、ゴミ袋に余裕が出来たので空き家の片付けも再開。例によって全く捗らないが、少しずつ捨てて行く。夜は鶏の唐揚げ他。


10/2・月

 案外曇って蒸し暑い。不思議なもので一週間も経つと、新党の熱気も何だか冷めた。もうラーメン劇場にもうんざりである。投票まで三週間もあると言うべきか。夕方から雨。

 中目黒まで歩いて出社。退社間際に大きな音がしたと思ったら、目の前の交差点でタクシーと乗用車が激突していた。幸い重傷者はなさそう。道路は途端に大渋滞。若い巡査が早く交通規制しろと上役に怒鳴られていた。千寿辺りだと警察官の気性も荒いね。多少検分してから駅に参る。小諸蕎麦を食べた後、缶入りのハイボールを買って乗る。メトロの車両が来て助かった。車端部に物を載せるスペースがあるから飲食には向いている。でも東急東武車にはないから不思議である。本日は此の一缶のみ。


10/1・日

 都民の日。とはいうものの学校が休みにならないから、あまり実感はない。そもそも此の処ずっと都知事の日日である。併しあの横柄な物の言い方を見ると、愈愈鼻白むな。結局民進党は左右に分裂。半分はホープレス亭へ。半分は社共の方へ。民進党は何れこうなるこうなると言われていたことだから、大して驚かないが。併しМ原代表もいいように手玉に取られたな。其れに三つ巴になって仕舞ってはね・・・。

残念ながらリベラル系など精精三十、共産を足しても五十も受からないだろう。恐ろしい時代になったものである。第二段階として、ホープレス亭も分裂して、三分の二は自民に入り、三分の一くらいは帰って来るかな。そして政界再再編である。いやしかし、此れは一種の究極の選択だな。Aを追いやる為にホープレスに入れるか、其れによりにリベラルが事実上壊滅するか・・・。

 朝からよく晴れた。七時台から再びの出鱈目散歩。田園調布にバスで出て、以後多摩川まで降りる。少し河川敷を歩いた後、蒲田まで歩く。「山田うどん」に入りたかったが、店はまだ準備中。別のうどんを食べ、大森経由で帰宅。一万五千歩。可成りの距離をバスに乗り移動したが、車道を堂堂と遊弋する自転車に接触し掛ける。車道はバス優先である。頭の悪い自転車乗りが多くてつくづく閉口す。

2017-10-04

2017年9月

03:48 |

9/30・土

 午前中は宿酔気味。漸く夕方脚立に上り、侵入して来た西洋朝顔を引っ剥がす。既に万代伯母の家を覆い始めているが、完全撤去には程遠く。兎に角凄まじい繁殖力である。而も株が古いのか花も咲かず。鬱陶しいだけである。夜は今季初鋤焼きに。安い肉にした為、及第せず。矢張り贅沢をしたという気分がしないとね。麦酒二缶のみ。

九月も今日で御仕舞。何も無い月にもかかわらず一万五千字。後半は政局に関する記述が増えた。ひと月後にはAが辞任したと書きたいものである。


9/29・金

 朝からすっきりと晴れた。野党共闘を反故にされた共産党は怒っているらしい。まあ二大保守政党というのも救いがないから、左派政党と言うのも必要なことは必要である。何れ野党再再編があるかもしれない。其の時、共産党が解党し、幅広い左派リベラルの礎となってくれるだろうか。くれないだろうな。共産党には、自身の存在が左派の可能性を却って狭めているのだという認識もなさそうだし。

 「やすらぎの郷」終了。四月と五月は大分見逃したが、月を追うごとに引き込まれた。老いと孤独と言うシリアステーマにコミカルエピソードが巧く散りばめてあり、主人公その他の為人がよくわかるストーリーとなっていた。大体人生というものはそういうものの繰り返しであるからね。老脚本家の面目躍如といったところであろう。併し最近のドラマは、人物の様様な側面まで描くには時間が足りないからなあ(三ヶ月クールの十回程度ではね)。そんな中、民間放送としては結構頑張った方であろう。ところで吾人も此のままのペースなら、こういう所に入るしかなさそうである。何しろ親戚も少ないし、大した友人もいないから益益困ったことになると思った。

 午後出社。退社後は鶴木さんらと佐渡屋へ。帰宅後のテレビニュースを見ていると、民進のリベラル派は揃って入店拒否にあったとのこと。ラーメンの人も愈愈本性を露わにしたな。リベラル派は、面従腹背で一旦入店し、所謂トロイの木馬戦術でホープ亭を乗っ取る計画も難しくなった。Aの退治はラーメンの人に任せるとしても、ホープ亭にはつくづく失望す。詰まりホープレスである。吾人としては、ついぞ投票先がなくなった。そういえば社民党って、まだあったんだよな。


9/28・木

 朝方は大雨。割と直ぐに止んだ。ところで、北が矢鱈とアメリカを恐れるのは朝鮮戦争時の絨毯爆撃のトラウマロシアが意地でもウクライナを手放さないのはナチス陸軍に国土を蹂躙されたトラウマがあるそうである(直接外国と接したくないらしい)。こういうことは日本人には分かり辛い。何しろ日本人だけは何もかもすっかり忘れているからな。

 臨時国会が開催され、二分後に解散される。奇襲を狙ったAの思惑はすっかり外れ、自爆解散となりそうである。まあしかし新党というものは破壊力だけはある。此れでラーメンの人も自ら出馬してくれば万全である。民進党も座して消滅を待つよりは幾らか増しだろう。こういう野党合同を画策しているのは、やはり例のO元代表らしい。壊し屋、最後の仕事である。とは言うものの多くの世人や吾人も含め、ラーメン総理などを望んでいる訳ではない。次は宏池会のK氏で十分である。兎に角、Aだけは一秒でも早く居なくなって欲しい。ただ、其れだけである。

 猫小屋を秋仕様に改装した以外は、駐車場に放置してあったキャリーバッグの解体。粗大ゴミ処分費を渋った誰かが捨てて行った模様。金属部分をドライバーで外し、本体は七十リットルの袋の中に。周囲を草木と一般ごみで覆って擬装すれば一丁上がり。正しくゴミとの闘いの日日である。

夕方から更に一雨。以後ぐっと寒くなる。併し肝心の小屋に外猫は入らず。発泡スチロールの板の上で包まっている。つくづく勝手だな、猫という存在は。併しもしも猿の代わりに猫が進化して、猫人類のようなものがいたら、どういうことになっただろう。何しろ自分勝手で孤独が好きだから、政治権力などというものの成立は遅く、かつ脆弱だろうな。非集権、地域分散。縄張りを巡ってやくざ屋さんの抗争のようなものは偶にあるだろうが、国家総力戦とかジェノサイドなどは相当少ない猫社会が出来ていた筈である。


9/27・水

 朝からどんどん曇る。ホープ亭の開店会。柵みのない政治とか、リセットとか、何処かで聞いたようなメニューを並べていた。兎に角、Aを退陣に追い込めれば十分である。其れ以上は何も期待しないし、期待すべきではない。併し新党と言うのはインパクトがあるな。ひと月前とは一気に違う。政治状況は少なくとも表層的には動くときは動くものだと半ば感心し、其れ以上に呆れもする。

 午後出社。試験前と云う事で生徒が押し掛けているが、何だか少しも気持ちが乗ってこない。此の所ずっと鬱状態である。雨が降って来るので早く帰りたかったが、それ以上に何だか普通の大人に会って、話しをしたいと思った。其処で一年近く行っていないバーIを覗くも、先客多数。佐渡屋も混雑している。止むを得ず祐天寺立ち飲みBへ回航。なんと此処も大混雑。何しろ月末だからかな。俸給生活者が出て来たのだろう。土地と建物が稼いだお金を只管呑み潰している吾人とはカレンダーの造りが違うのだと思った。結局Bで少し飲み、ラーメンの花月苑に寄って帰った。

 夜のニュースによると、民進党は自ら進んで解凍して、ホープ亭の出汁になるとのこと。政治家と言うのは当落が絡むと凄いことを思い付く。つくづく常人とは思考回路が違うと思った。吾人とて、日本政治というものは小学生の頃から見て来たし、鳳生大学でも色色な先生に学んだが、こういう形で動くとは少少予測の範囲を超えている。政治のダイナミズムと言うべきか、いや、なりゆきといきおいだな。爆発的化学反応である。ちなみにМ原代表に肩入れしていた京王の先生は怒っているのだろうか。Aを引き摺り下ろす為には、此処は我慢である。リベラル派の再建は選挙後にも出来るだろうし、今回は一種の偽装解党という見方もあり得る。政治にはある程度の数が必要である。帰宅後暫らくして大雨。

深夜になりテレビ東京系の「魔法陣グルグル」を見る。何時の間にか再再アニメ化されていた。要約すると無国籍無時代風RPG的物語で、勇者と魔法使い魔王を倒すというもの。定番と言えば定番なのだが、主役から端役までの役割分担が秀逸で、どんな登場人物にも魅力と欠点と佳い出番がある。緩やかな世界観に加え、ボケとツッコミを繰り返すあたりは関西風の味付けもあって見ていて飽きない。昼間の教育テレビでやっても差し支えの無い内容である。こういう面白い話で心を癒さなくてはね。漫画やアニメには大して詳しくないが、吾人も推奨する数少ない作品である。


9/26・火

 昨夜のAは色色と解散理由を述べたらしい。今まで聞いたことすらない、取って付けたような論点を挙げる辺り、全く以て滅茶苦茶である。併し国難突破解散と言うのは噴飯物だな。Aの存在自身が既に国難である。本当に早く居なくなって欲しい。案外願いは叶うかもしれない。政治は決断だから野党共闘も急速に進む期待がある。

 何だか更に暑くなる。今夏はお盆前からが異様に涼しく、彼岸前後から却って暑くなった。出たり入ったりしながら、蔦を払ったり、枝を落としたりす。西側の無管理マンションにも立ち入り、伸び過ぎたヤツデなどを切ってやった。此の物件など完全放置状態で粗大ゴミなども散乱している。入居者はいるようだが、所有者と管理者は何処にいるのだろう。其れ以外は無為。


9/25・月

 昨日より暑い。午後二週ぶりに千寿に出校。大橋の王将に寄って帰る。帰宅は十一時を過ぎたので、Aの会見とかテレビ出演とかは大して見ずに済んだ。今夕に解散を正式に表明したそうである。

其れに先立つこと数時間、ラーメンの人も新党立ち上げを公表す。序に代表に就任するとのこと。ラーメンの人の新党だから、差し詰めホープ亭だな。併しそもそも首長と店主の兼務は巧く行かないだろうし、店は実は相当右に傾いているだとか、何れ永田町の本店に戻る腹積もりだろうとか、掻き集めた従業員は他店に居られなくなったような烏合の衆であるとか、メニューは保守なのに革新と言う寄せ集めであるとか、出汁は御得意の風見鶏に違いない等等、店主には誠に色色と疑念があるが、もしも開店の時だけでも繁盛して、Aを権力の座から引き摺り下ろしてくれれば、新店の存在価値は正しく其の一瞬にのみ存在し得るであろう。第一に、二、三年後には無くなっているだろうし。ちなみに新規開業した飲食店の七割は三年以内に廃業するそうである。


9/24・日

 まあまあ晴れた。再びの出鱈目散歩に。82系統のバスに乗り等々力へ。渓谷沿いに歩き、多摩川に至る。以後河川敷をとぼとぼと歩く。併し日本人は海洋民族だとか、山岳信仰に厚いなどとしばしば言われるが、関東平野の中の方に住んでいると、海は遠いし(行ったところで泳げないし)、とっくの昔に信仰心も失った。そんな訳で手っ取り早く自然を感じるのは、矢張り河川、就中此の多摩川であるなどと思いながら歩いた。大体海なし県と言うのは沢山あるが、川なし県と言うのは無いだろう。

バーべ―キュー集団を横目に丸子橋を渡り、新丸子まで。せめて海を感じようと適当な回転寿司に入る。何だかぱっとしないので食べ足りず。多摩川駅構内の「梅もと」にも寄った。帰宅後は「御福餅」も食べる(近所のスーパーでは赤福は売らないが此方は偶に売っている)。一万五千は歩いたが、結局相当なカロリーも摂取したことになる。


9/23・土

 北の国の小皇帝と合衆国の暴君は、国連の場を借りて言葉の応酬合戦。とてもじゃないが話しが通じるような雰囲気では無し。北もそろそろ黙った方がいい。所謂戦略的忍耐と言うやつである。三年も待てば合衆国の方は交代する筈だから。雨は未明には上がる。以後曇り。取り立てて無為。


9/22・金

 老家人用に運動靴を取り寄せたが、色色と難癖を付けて履こうすらしない。其れに履いたところで行くところも無いし、第一に歩こうともしない。つくづく精神力が足りないと思った。吾人も何十年かすれば、ああなるか、せめてああなる気持ちが分かるようになるのだろうか。

 午後から雨。バス出社。すると年寄りが集団で乗り込んで来る。堪らず途中下車。東横線に乗り換える。更に東急線の入り組んだ部分に入り、往ったり来たりしながら勤務先を目指した。バスで立つより、動いていた方がよっぽどいい。

まず小論文の指導。酷い内容で、正直修正の仕様がない。提出期限が近いので、吾人が全面的に代書した方が余程簡単だが、何とか添加と削除を繰り返す。授業の合間にぼんやりとしていると、今年就職した江田島君が訪ねてくる。曰く、折角大学まで出たけれど、クソみたいな会社でクソみたいな仕事をしていると。吾人は、クソみたいな会社でクソみたいな人間にならない為にも、大学で学んだことは無駄ではないと応した。そういう教養の類は、クソみたいな社会でクソみたいに出世している人から見れば、当然クソみたいなものだろうが、そういうクソのように見えるものこそが、クソ社会で絶望して、クソみたいな死を迎えないために益益必要なのだとも続けた。大体クソ学院でクソみたいなことを教えている吾人が言うのだから間違いのないことである。併しクソばかり出て来るから、さながらクソ問答だと思った。退社後は立ち飲みBへ。鶴木さんとクソみたいな会話をし、11系統のバスに乗り、環七ラーメンを補給して帰った。


9/21・木

 再び秋晴れに。朝は草取り。昼は「やすらぎの郷」。同所創立者にして芸能界のドン、加納栄吉氏逝去。最後の最期までテレビが詰まらなくなったと憤激されていた。確かに最近のテレビは、点けておくだけ、つまりラジオのようになっているなあ。テレビジョンを見ない人が大勢いるもの。うーん、番組が多すぎるからかな。午前午後は再放送に充て、民力休養、経費節減、其の上で乾坤一擲の特選報道番組や超長編ドラマ、衝撃バラエティー番組で勝負をして欲しいと思った。

ところで同所は、寄る辺のない元芸能人や芸能関係者の為に開所されたとのこと。別に華やかな世界に身を投じていなくとも、今後はこういう低年金、無資産没交渉な人人が続出する予定である。結局、国が面倒を見るしかない。税金を幾ら集めても足りないと思った。また家人は鎌倉に墓参。老家人にカップうどんを食べさせ、吾人は外のラーメン。老家人には風呂に入れ入れと朝から怒鳴ったから、少しは入った模様。ちなみに加納氏は享年九十九、ならば老家人とてあと数年は頑張れる筈である。

 午後は『全体主義の起原』の読み直し。何しろ最近教育テレビで解説してくれている。此の分厚い三冊組は十年くらい前に買い、以後本棚の飾りとなっているが、よくよく読むと結構傍線が引かれている。なかなかいい所に着目していると、我ながら感心す。いやいや、こうしてテレビは結構見ていますよと、加納氏に伝えたいな。夜は安白ワインで泥酔す。


9/20・水

 朝から曇る。朝から解散と北朝鮮関連のニュースばかり。万事馬鹿馬鹿しい。腹が立って腹が立って仕様がない。もうテレビは見ないことにする。

午後出社。すると手違いで開錠できず。いっそ此のまま帰ってやろうと思った。一時間後に辛うじて復職す。退社後は中華立ち飲みへ。併し気分は優れず、早目の退散。こういう晩はせめて旨いラーメンでも食べて帰りたかったが、幾ら看板を掛け替えても一向に旨くならない博多ラーメン屋に寄る気にもなれず、また北海道ラーメンは既に撤収していた。一年とちょっと位だったな。結局家で冷凍うどん。こんな晩は猫でも弄るのが一番良い。ぼんやりしているシロを抱き寄せた。此の処の夜露に洗われ毛も綺麗である。


9/19・火

 昨日より涼しく晴れる。折角なので何処かに出掛けようと思ったが、結局屋外作業。草の海の上に敷いて踏み板にしていたような廃材も捨てることにした。「せい家」の付け麵を挟んで午後も続ける。

 十一月に来日するらしい、あのぼんくら大統領を新内閣でお迎えするために、解散を急ぐのだという。そんな出鱈目な理屈はないし、そもそも何処まであの国に追従するのだろう。此れ以上の国恥は無いと思った。其れに八月の内閣改造は何だったのか。全てを破壊するテロ解散である。本当にAには一日でも一時間でも一分でも早く居なくなって欲しい。併し投票率も低そうだな。つまり、そういうことになるのだろう。するとつまり一党独裁だな。もはや中国ロシア北朝鮮と大差なし。而も自ら進んで独裁を選ぶのだから、尚一層質が悪い。

 暇そうにしている現場監督に御向かいの部屋を見せて貰う。建物が大きいから全ての部屋が南か西か東に面するという訳にはいかず。設備は最新式だが、こういう所はどうにもならない。北向きは安いのだろう。


9/18・月

 南九州四国、近畿と来た台風北陸に抜ける。日付が変わった頃から急に南風。そして大雨となる。外猫が心配だが、もう七歳だから何とかするだろう。雨は割と直ぐに止んだが、強風は明け方まで続く。結局不眠。朝になり葦簀を片付けると、刎頚之友が発見される。隅に隠れていたよう。兎に角佳かった。台風が去り、かんかん照り。夏が蒸し返す。

 今更ながら敬老の日である。二百メートル離れた介護施設に行く老家人を少し見送り、少し迎えに待った。何時もの月曜日と同じである。九十歳以上は二百万人いるそうである。昼は弁当、夜はスーパーのとんかつ。九時就寝。


9/17・日

 辛うじて宿酔はなし。台風接近のため一日雨。近くの神社のお祭りも中止。つくづく生憎の台風である。報道各社一斉に衆議院は年内解散と伝える。まあそう云う事だろうな。ただ臨時国会の冒頭解散だけはやめて欲しい。多少なりとて議論をしたという形式が大事なのである。こんなことをAに言っても無駄だろうが。ところで民進の離党派も、北の国と同様、Aの応援団であるということに早く気付くべきである。新党乱立なら丸で勝ち目がない。いや、ひょっとしたら別動隊なのかもしれない。野党第一党をより完璧に壊すべく活動しているのだから。其の上でAと合流する積りなのだろう。何から何まで惨い話しである。

 終日在宅。暇に飽かせて「ガイアの夜明けキリンアサヒ宿命の対決」を見る。先輩社員による後輩社員への説教シーンが、パワーハラスメントではないかと話題になった回である。当該シーンも見てみたが、大したことはなかった。それにしてもビールの営業も大変だな。大半の消費者は味では選んでいないもの。となると価格とイメージの違いと云う事になる。いっそ広告宣伝営業費をゼロにしたらどうだろう。一缶五円くらいは安くなるだろうか。併し広告代理店もタレントもコピーライター民間放送局も、当の営業員も失職して仕舞うから無理だろうな。でも吾人は年間数千円は得する勘定である。昼食晩食共に野菜中心。数日間はカロリーカットしなくては。夜も三缶のみ。ちなみに吾人は専らサッポロ麦とホップ」である。

他は数日前の書評欄に在った『永井荷風ひとり暮らしの贅沢』を取り寄せて眺めた。文士たるものよく食べる。荷風文化勲章も貰った。名誉より年金が目当てで、其れを元手に踊り子たちに甘い物でも食べさせてやる積りだったらしい。併し受賞後は踊り子を始め近所の人たちまでもが、勲章のど偉い先生だからと急に余所余所しくなったとのこと。此れは本人も想定外だった。矢張り「いやだからいやだ」と断らなくてはね。ネットで調べると晩年の荷風が愛した市川のカツ丼屋も閉店したとのこと。残念だぁ。

夜になりNスぺ「黒潮・巨大海流の謎」。黒潮もフィリピン辺りの源流付近では栄養も疎らなのだという。其れが日本列島に近づくに連れて豊かになり、大きな鰹が育つとのこと。海の恵みに感謝したいところだが、近所には魚屋がない(みんな廃業して仕舞った)。あるのはセンター納品の駄目スーパーばかりである(刺身など角が取れて干からびている)。生憎世田谷までは流れて来ないな。


9/16・土

 まず側溝の掃除。溜まった土砂を掃き出す。其の後、不動産屋に書類を搬送。常時草が生え放題の駐車場も、此の所、立て続けに埋まった。みな工事屋さんである。建設特需のお零れに少しは与らなくてはね。

其の足で神宮球場へ参る。藤松君主催の大学野球を見る会。と言っても、やって来たのは月波君のみ。肝心の鳳生大学は不甲斐ない負け方。ただ吾人は目測を誤り、大分早めに到着。第一試合にて日本で一番難しい大学が勝つところを目撃する。二季ぶりだそうである。何でも凄い投手がいるとの事。

 試合終了を見届けてから、少し歩いて都営地下鉄に乗る。都営交通の中でも12号線には滅多に乗らない。恐らく生涯二度目か三度目である。吊り掛けモーターのような音がして驚いた。併し同じ都内でありながら、世田谷には都営と名の付く物で使えるものなど何もない(多分水道ぐらい)。其れに都立高校にも行って無い。固定資産税を沢山支払っている東京都西部の住民は損をしていると思った。ただ拙宅は墓地だけは辛うじて都営である。

大分遠回りをして、牛込神楽坂の「三宝」という焼肉店に移動。店内は直ぐに満席。運動選手に人気があるらしく、牛とは言わないが羊の一匹ぐらい食い尽くしそうな一団も居て頼もしい。吾人たちは藤松君お勧めの牛頬肉を中心に散散飲食。更に「龍朋」という中華屋にも参る。焼肉というものは食べつけていないのでよく分からないが、此処の炒飯は誠に秀逸であった。どちらもしっかりとした個人店である。其れに最初に入った外苑前の名無しの立ち食い蕎麦屋も旨かった(「信越そば」と言うらしい)。外食文化と言う点でも、山手線の内側のオールドトーキョーには敵わないと思った。人口密度の問題かな。ふらふらになって何とか帰宅す。

 そう言えば神宮には「目を覚ませ」という掲示が沢山あった。ヤクルトの応援幕である。併し起きろと言うことには寝ているという前提がある。起きて真面目にやっていてもあの結果なのだから、非常にアイロニカルだと思った。叱咤激励と言うやつかな。中日も酷いことは酷いが、ヤクルトは圧倒的な最下位である。


9/15・金

 昨夜は缶ビール一つだけだったので、非常にすっきりとす。朝方から何気なく「鳳生大学寄付者芳名録」を眺めていると、月波君の名前があった。一万円を寄付していた。通信制経済学部も卒業したらしいから、其の御礼と云う事なのだろう。ちなみに個人の寄付額の最高は500万円、最低は50円。数百円程度の寄付者まで律儀に載せているから感心す。義雄伯父さんの遺品を寄贈した関係で、京王大学の同様の物も見たことがあるが、鳳生大学とは一桁、いや二桁違っていた(確か三億円を寄付した人が居た)。最高と最低を比べても仕様がないが、併し50円の寄付って・・・。

 台風18号は急回転し、列島縦断コースだという。いっそ北の方に行ってくれないものか。巨大事故や自然災害で、政治体制が転換するということも多い筈だし。でも犠牲になるのは庶民だからなあ。買い物は二便。青果を中心に買い揃えた。ニュースはまたまたミサイル一色だが、台風被害で生鮮品が値上がりする方が、よっぽど生活にとっては危機である。午後出社。退社後は佐渡屋に直行コース。乳飲み子連れの咲子さんとも会う。あの店は禁煙だから安心して入れるな。


9/14・木

 今日も同じようなお天気。何だか宿酔気味で、午前中は区間運休。其れでもゴミは出さなくてはならない。四十五が二つに、七十が一。此れで滞貨一掃。溜まっていた剪定ゴミが全てなくなった。あとは伸びて来た分だけを取ればいい。今年は実に早かった。三連休が近いが台風が接近とのこと。元元何の予定も無いけどね。日中何度も上厠す。終日漫然とす。


9/13・水

 朝から晴れて、久久の三十度超え。午後出社。退社後は久久の中華立ち飲みに。久久の二千円超えであった。


9/12・火

 昨日は色色と節目の日でもあった。3・11から六年半、ナインイレブンから十六年である。十六年前のあの日は確か台風が去って、気持ちのいい晩であった。大貧学院での勤務を終え、少し飲み、自転車がないので徒歩で帰宅したと記憶している。家に着いたら大騒ぎになっていて驚いた(当初は小型機の衝突だと思った)。やはりあれから世界は変わって仕舞ったのだな。

 一方ビルマの田舎では大量の難民が発生しているらしい。此処で注目されるのはア氏の対応である。丸で切れがないと、あちこちから非難の集中砲火である。野党や言論人とは違うから、政権内部に居るというのは大変である。此処が踏ん張りどころだな。少しは本格派の政治家に成れるだろうか。

 南の風と雲が来て、降ったり止んだりを繰り返す。夕方前には空は青くなった。草取りも低木刈りも一段落。高木の方は秋の終わりに専門家にやって貰う予定である。従って大体漫然とす。ボーシヨーチョーとセーサイキョーカは似ていると思ったりした。


9/11・月

 以前書いたように、御隣りのマンションは所有者が売却の上、引っ越された。新所有者は秘書を名乗る人が一度挨拶に来て以来、全く消息不明。結局無管理マンションである。木は枯れ果て、草は伸び放題。散乱したゴミの片づけと分別は吾人が行う始末(何しろ分別しないと収集してくれない)。本当にどうにも仕様がない。

 まあまあ晴れて、そこそこ暑い。午後千寿に。試験前と云う事で相変わらずS子先生は狂ったように怒鳴り散らしている。あの国会議員ほどではないが、録音したら面白いだろうと思った。スマホがあるので出来ないことも無いが、直ぐ隣りで授業している吾人の間抜けな声も録音されて仕舞うから、思い留まった。結構忙しくて、食べたい物を思い浮かべる余裕がなかった。其のまま帰宅。

帰り掛けは『闘う文豪とナチス・ドイツ』。やはり他人の日記は気に掛かる。併し相手は大文豪だし、まして全十巻、十数万円の大著である。近くの図書館で揃えてくれないかな。それにしても最近は一般人でも大量の日記が書くことが出来る。キーボードインターネットの御蔭である。手では大量に書けないし、公開するという動機がなければそんなに長く続けられない。吾人の日記も3・11以前は、手書きの非公開である。従って一日三行程度の短いものである。

 また此の処の老家人は益益不機嫌に。今日など癇癪を起こしていた。体が思うように動かないことにイライラしたらしい。怒るくらいなら、もう少し運動すればいいのだが、何しろ半寝た切りのような物だからな。肉体の衰えに精神の方が付いて行けないのだろう。


9/10・日

 早く起きたので、久久の出鱈目散歩に出る。世田谷線小田急線を乗り継ぎ、生田に降り立つ。其処から市バスに乗り宮前平に。一駅歩いて宮崎台まで移動したが、散歩番組に登場するような面白そうな店は何も出て来ず。結局田園都市線に乗り、溝の口下車。少し歩き回ったが、流石に朝からやっている飲み屋はないな。再び構内に戻り、「梅もと」に入る。天麩羅そば390円。此処は茹で置き麺使用だが予想以上に旨い。家に着くとまだ十時にもなってなかった。

帰宅後は遠くの八百屋に青果専用便。序に巻き寿司屋に寄る。何時の間にか建て替わっていて驚いた。此の商店街も廃業が相次ぎ、歯抜け地帯のような状況だが、建て替えてまで商売を続けるとは頼もしい。夜は枝豆と厚揚げ麻婆。結構暑かったが冷房を点ける程では無し。本日は作業も停止す。

夕方前、新宿駅の少し手前で火災が発生。偶偶通り掛かった小田急線各駅停車に燃え移る。併し電車の屋根もあんな風に燃えるのだね。世が世なら桜木町事件になる所であった。新宿経堂間は長時間に渡り運休す。せめて上原から千代田線に流せないものかなあ。もうじき複複線になるというのに。

夜はNスペ「沖縄と核」を見る。ナイキとかメースBとか、ある意味懐かしい(?)名前が沢山出ていた。それにしても数十年も前から此の戦力である。北のミサイルなど骨董品のおもちゃのような物だがね。それに兵器が幾ら世代交代しようとも肝心の沖縄の基地については何も変わっていないが。


9/9・土

 件の議員は民進党を離党す。迷惑を掛けた責任を取って・・・と云う事らしい。何しろ保育園の不足と言う問題を追及していたからな。百年前ならば家庭で処理される問題が政治に直結するのが今日の世界である。例えば、育児は元元は家内、時代が下っても精精地方公共団体の仕事である。だがそれらは今や立派な政治課題となる。仮にAと言う自治体が艱難辛苦の上に保育園を増設した。併し其れが知られるや否や、隣接するBやCの自治体から住民がどんどん流入して仕舞う。結局保育園がAもBもCも足りないことに変わりはない。詰まりは国の問題である。

ということで家庭をないがしろにしたらしいという議員自身の極めて個人的な問題であっても、急速に政治的問題となり、ブーメランのように議員当人の資質の問題に還って来る。密会する時間を得る為に保育園が必要なのかと言う風に。

個人的な課題が政治に直結するあたり、やっぱり儒教的世界観の方が適しているのかな。此の議員の専門が外交とか財政ならば、また違ったのだろう。それらは票にならないか・・・。アレントか誰かが、政治というものは、やれ個人のアクションだの、アゴーンだの、自己表出だのと称賛したギリシャの頃とはえらい違いであるとつくづく思った。

朝から晴れて、朝から草取り。其の後牛丼Sへ。久久に行ったが、すっかり一人勤務に戻った模様。大量の仕事を押し付けられた若いアルバイト店員は、言葉は丁寧だが、何だか仕事が荒い。下げた食器をぶん投げている。何かの拍子に怒り始めるのではないかと冷や冷やす。婆さんでも一人、補助員として雇えないものかなあ。年寄りは朝に強い筈だし。

以後も延延と草取りす。ところで数日来、吾人愛用のトングが見当たらず。ゴミの回収、分別、取った草を袋に押し込むことなど、八面六臂の活躍をして来ただけに気に掛かる。良く手に馴染んだ、謂わば刎頚之友である。文字通り草の根を掻き分けて探したが、結局見付からず。一体何処へ行って仕舞ったのだろう。

買い物は三便。野菜が高くて閉口す。二便目は遠目のスーパーへ。ちなみに経路途上には有名な発明家が住んでおられる。家作も持っているのだが、ゴミ置き場は誠に極めて惨憺たる残念なことに。流石の発明王も自動分別器までは開発できなかった模様。だからこそ、いいトングが必要なのである。

名古屋から東京に向かっていたJRバスが炎上。幸いけが人等はなかったが、バスはまる焼け(多分荷物も)。側面の燕も無残にも焼き鳥である。まだ就航三年の新車だそうだが、エンジンから茫茫出火したとのこと。併しバスの事故は後を絶たない(JR直営であっても)。

東京名古屋はバスで行くと大体六時間である(運賃は五千円位)。併しそもそもバスと言う乗り物は、乗ったところで精精三、四時間が限度の乗り物であろう。何時間も走らせるから、引っ繰り返ったり、火が出たりする。それ以上は断じて列車で行くべきであると思った。「こだま」をもう少し値下げ出来ないものか(三時間で六千円とか)。あるいは在来線で昼行の直通快速を走らせるとか(四時間で五千円とか)。併しJR東海の事だから、リニアが通ったら、(厭厭)検討しますとでも言うのだろうな。


9/8・金

 数日ぶりに晴れる。従って作業も再開。昼に盛り蕎麦を沢山食べると、酷い眠気に襲われる。午後出社。併し眠くて眠くて、思考も停止。矢張り過食は佳くないと思った。八時ぐらいに漸くすっきりとしてきた。

退社後は晴雷亭と佐渡屋に鶴木さんと須々木さんを尋ねる。妙齢女性とも話しが盛り上がり、上機嫌で帰宅。やはり本務校で教え、周辺で飲んで帰るのが宜しいと思った。なお鷺乃間君には第二子が誕生。身の回りで人が増えるのは喜ばしい。またコンビニ自転車保険の更新。3990円。無事故だがちっとも安くならず落胆す。


9/7・木

 更なる制裁強化ということで、今度は石油の禁輸措置を検討中とのこと。流石にロシア等の反対もあり、実現するかは不透明。併し石油となると嫌な思い出があるな。余り追い詰めると、本当に新高山を登って来るかもしれないから、矢張り止めておいた方が佳い。一方の元地方創生大臣は、非核三原則見直しまで言い始める始末。本音が出るな。明らかに危機に便乗した火事場泥棒である。

また民進党の前政調会長には個人的問題が出て来て、新幹事長に成れず。別に公的な仕事をさぼった訳ではないし、刑事事件になるような件でもないんだけどね。政府を追及する立場だったから、中中厳しいのだろうな。修身斉家・・・、つくづく儒教の国であると思う瞬間である。それに攻めは強いが守りに弱いのは、検察官上がりだからかなあ。他山の石も沢山あったというのに。恋は盲目とはよく言ったものである。でも此れだけ話題になるのは一種のやっかみだな。大半の日本人はイタリア人やフランス人みたいに愛せないし。併し此の所、週刊誌にネタがどんどん持ち込まれる。偉い人は余程気を付けなくては。

電気使用量237キロワット。前年比14%減。冷夏だったから、どの程度省エネ効果が出たのかは判明せず。朝から小雨模様。買い物は一便のみ。草取りも出来ず、終日漫然とす。


9/6・水

 午前中は宿酔気味。そんなに大量には飲まなかったが、ちびちびとでも五時間近く飲むとね。また朝から小雨。早くも秋雨といった感じ。午後出社。金参万円受け取る。退社後も其のまま直帰。レトルトカレーに缶ビールを一つ。対外的には一円も使わず。


9/5・火

 午前中は切った草木の整理。例によって収集車に乗せるまでが一苦労である。買い物は二便。高齢者は一回一回の食事は大した量ではないが、一日三回家で食べるから要求される物資は結構多い。

 午睡の後、都心に向かう。例によって月波君に誘われた。余り早くから行って飲み過ぎるといけないので、バスを使っていくことにす。まず東急バス渋谷へ。更に都バスに乗り換える。併し東急の降り場も、都営の乗り場もどんどん移動している。渋谷駅の永遠再開発である。01系統新橋行きに乗車。此の系統は都内有数の繁華街を通る。併し五本木の方は年中通るが、一本足した方は降りたことすらない。吾人は都会生活に向いていないのかもしれない。

 まず立ち飲みBを表敬訪問。月波君と合流。宮川店長は居たが、相変わらず人が足りていない模様。オペレーションは崩壊状態。気の毒なので直ぐに新橋ビルに移動。坪上君を加え、界隈で延延と飲む。彼も管理職に就任したそうである。最後は二号館の地下の「こひなた」に参る。何処も彼処も立ち飲み屋ばかりだが、此処の立ち飲みは本物だと思った。いやあ新橋の地下にこんな空間があるとはね。正しく異界である。


9/4・月

 朝から小雨模様。診療所に参る。血圧は137の87。許容範囲である。待合室は古い人でいっぱい。二十分は待った。四十五日分の高脂血症薬の処方箋を出して貰って御仕舞。診療報酬1450円。薬代1070円。

セーサイキョーカと何とかの一つ覚えのように連呼する一方、アメリカの政権内部でも北朝鮮容認論が出始めた模様。ある程度の戦力保持と体制の維持を黙認しようという立場である。もはや先制攻撃も限定空爆も不可能なのだから、其の辺が現実的な落としどころだな。なお北の重武装化を追認するのだから、日韓両政府は却って反発しそう。併し幾ら何でも北の方から攻めて来たりはしないだろうし、実際に何処かの国を侵略したり他民族を虐殺したりしている訳ではない。国體を護持しさえすればいいのだから、案外易い案件でもある。それにしても何時かアメリカに爆殺されるというのも史上最大の被害妄想であるし、個人的な保身の為に核ミサイルまで持ち出すのも史上最大のごね得である。ギネスブックに載るな。三代目は。

午後千寿に出校。授業を詰め込まれるだけ詰め込まれて閉口する。五時から九時半まで息つく間もない。退社後は「福しん」へ。相変わらず、此処の炒飯は安定して旨い。駅からは雨に降られた。家に戻るとアレルギー酷し。堪らず抗ヒスタミン。ちなみに此れは「新アルシン鼻炎カプセル」という市販品。一錠二十円でよく効く。冒頭の高脂血症薬も市販品を出して欲しいところである。面倒臭くないし、大体医療費を削減せよという国の趣旨にも合う。そもそも吾人は納めた社会保険料の元を取ろうなどいう考えは微塵も持ち合わせていないし、実際にそうすべきではない。


9/3・日

 朝から秋晴れ。当然草刈りだが、夏も終わりに近づき、死期を悟った藪蚊の攻撃が凄まじい。此れではブラッドガーデンである。昼は隣町の「ラーメン希家」へ。チェーン店らしく自前で出汁など取っていない感じだが、案外旨い。セントラルキッチンの方が衛生的でいいな。しかし店員は全て外国の方。横浜ラーメングローバル化が著しい。

午後から延期になっていた皇族の会見。其れに先駆けて北の核実験。まさかぶつけて来た訳ではあるまい。併し男の人は大変だな。幾ら望んだこととはいえ、立ち小便は勿論、立ち飲み屋にも行けないもの。夕方は前庭。さっぱりさせたので街灯の光もよく透過する。秋という感じである。


9/2・土 

 結局かなりの宿酔に。原因は鶴木さんにある。飲み放題の終了間近に濃いお酒を大量に頼むのが宜しくない。勿体ないから全部飲んで、結局翌日こうなるのである。飲み放題サービスも止めた方がいいな。WHOが何か勧告していなかったっけ?

 朝方まで雨だったが、昼には綺麗に晴れた。向学しようと『日中戦争全史』を上下巻共に取り寄せる。結構売れているらしく、上巻は既に第二刷であった。併し中国大陸も東欧やロシアウクライナと同じかそれ以上のブラッドランドだと改めて思った(更に国共内戦文化大革命と続く)。大半の日本人は知らないし、知ろうともしないことであるが。

寝冷えをしたのか、鼻水止まらず。直ちにヒスタミン。読書の疲れと相まって昏昏と午睡す。夜は缶ビールを一つ。


9/1・金

 寝ている間に月が代わり、今日から九月。遠くの台風が北風を呼び込み、依然として涼しい。防災の日。流石に政府も予知を前提とした下らない避難訓練は止めたよう。直下型が行き成り来たことを想定していた。

また今日は虐殺の日でもある。ラーメンの人が追悼文を出さなかったことで批判が広がる。此の人の本質は、こういう細部から明らかになる。明らかになるにつれ、あっという間に萎むだろうな。なんとかファーストの会も。なお都議連中がボロを出さないのは、厳しい箝口令が敷かれているとのこと。半分くらいはどう仕様もない人たちだから、鉄の規律がないとね。暴言暴挙が出て来ないのは残念だが、戦術的には正しい判断である。

誰も何も期待していないが、民進党代表選挙。元外務大臣が選出される。最近は京王の若い先生と組んでやや左に寄っていたから、まあ其れもいいだろう。併し野党共闘はどうするのだろう。何しろ小選挙区なのだから、やらないことには勝てない。参議院も半分近くは一人区だし。また社会保障を充実させるといっても、御金がないな。少少の増税では医療費年金の自然増に食われて御仕舞である。日銀に引き取らせた国債を内緒で消滅させるぐらいの禁じ手を使えば、何とかなるかもしれないが。

午後出社。今頃になって高校三年生が入って来る。而も横文字の入試で大学に受かりたいらしい。過去問を調べると、常識問題に面接に小論文等等。新聞社の就職試験のよう。つくづくこういう面倒臭い入試は止めて欲しいと思った。併し真冬の一般入試というものも早晩消滅し、入試シューカツのようになるな。入試と名の付くものは既に夏から始まっているもの。退社後は焼肉チェーンでミニ金曜会。夜は大雨。アルコールを頭から太腿に移動させて帰る。

2017-09-07

2017年8月

04:12 |

8/31・木

 空気が入れ替わり一気に涼しくなる。おまけに雨模様。家作の前庭の草を刈ろうとしたが、平日でも在宅率が高くて断念。みなサービス業勤務なんだろう。ゆっくり休ませなくてはならないと思った。代わりに空き家の周辺を刈ることにした。

なお家人は鎌倉の伯母の所へ。老家人にコンビニ弁当を食べさせ、吾人は食べに出る。客の居ないカレー屋に入店。折角なので「とり天カレー」を注文す。すると油を加熱する所から始めるらしく、最大火力で鍋が灯る。暫らくすると煙まで出始めて、いよいよ発火するのではないかと冷や冷やした。併し客は益益居ない模様。厨房は乱雑そのもので、何だか荒れた感じ。カレー自体は悪くないだけに、勿体ない店だと思った。

 野党議員の質問によると、首相Aなどの政権幹部は、ミサイル発射を事前に知っていたとのこと。何でも発射の前の晩に限り、滅多に泊まらない公邸にわざわざ泊まり込んでいた事実が、其れを物語っているのだという。ならばあのヘンテコなサイレンに、頑張っていますという姿勢丸出しの首相会見など、まるで茶番も茶番。茶番の極み。下らない騒ぎを起こされて貴重な睡眠時間を削られたと、国民は怒るべきである。夜はサッカー観戦。苦手な豪州に何とか勝利す。併しこういう時にミサイルは飛んで来ないものだな。こうして八月も終了す。


8/30・水

 朝から異様に蒸し暑い。午後出社。本務校の授業も久久である。夕方降雨あり。ただ中央線より下は大して降らず。中途半端に下水が流れたらしく、何だか町全体が生臭い。

退社後は祐天寺立ち飲みBへ。久久にマネージャーのМさんと会う。上の子は結婚し、下の子も就職したので、此れで子育ても終了したと報告される。いやいや、油断大敵。若年層の離婚率の高さを考えると、第二第三の子育てがあるかもしれない。猫しか育てたことが無い吾人が心配するようなことでもないけど。それにМさんは早く孫を育てたいなどと以前、言っていたような気がする。願いは早晩叶うかもしれないな。

ところで民進党を出て行った元の環境大臣は、いよいよ新党を結成すると言い張っていた。ラーメンの人と連携したいとも。併し保守的な政党をもう一つ作ってもね。どうにも此の人は走り出した方向がまるで頓珍漢だと云う事に気が付いていない御様子。多分方向音痴なのだろうな。其れは、つまり政治音痴ということである。


8/29・火

 すっかり寝ていたので何も知らなかったが、朝方何かが遥か上空を通って行った模様。変なサイレン等を色色と鳴らして警戒したらしいが、大体が宇宙である。そういうことしても仕様がない。ただ飛行機は怖いだろうな。其れは先方も同じで、矢鱈と深夜早朝に打ち上げるのは、ひょっとして国内線の運航時間外になるように配慮しているのかもしれない。併し破片が旅客機の横を掠めて行くのは、どれくらいの確率になるのだろう。こういうことを頻りに心配するのは、やはり吾人が飛行機恐怖症だからかな。

従って朝から晩まで半島問題特集。専門家も大量登場。所謂朝鮮特需である。前にも書いたが、此の件に関して日本が出来ることは何もない。出来ないことを議論するのは時間の無駄である。

 午前中に振り込みに行く。というのも鎌倉の伯母さんの家が色色と大変なので家人が少額援助することになっている。ATMで三万円振り込んだら手数料が432円も取られた。確か先月までは無料だった筈なのに、勝手に値上げをしている。銀行というものが信用されないのはこういう所だな。箪笥銀行が繁盛する訳である。遠くの台風が南風を吹き入れ、異様に蒸し暑い。昼はカレーうどん。午後は稼働不能。夜は冷やし中華


8/28・月

 家人も納戸を占領する不要物を捨てて仕舞いたいと宣う。所謂、断捨離である。此の三文字熟語、元元はヨガか何かの言葉を並べたとのことである。平時では二度と使わないようなものだが、何かが起きたらね。やはりなかなか捨てられない。例えば大昔の大型ジャンパーでも真冬の避難着になる、とかね。フローが途絶えたら、ストック中心の生活になるから、不要物もきっと何かの役に立つ筈である。こういう発想は災害が多い国だからかな。まあそれも家が残ればの話しである。万が一に備えて、体の脂肪も少しは残しておかないとね。ヨガの体操などもっての外である。

 朝方は結構冷えた。段段晴れて結局暑い。午後千寿に出校。此方も通常授業に戻る。途中駅前の大型書店に参るも、狙いの本は置いておらず。早終了したので、大橋の自動化寿司へ。併し大半のネタが既に食い尽くされており、麦酒一本で終了。何だか食べ足りないので町屋でラーメン屋を物色。駅直結の店に初入店。旭川ラーメン醤油味、但し酸味の利いた奇天烈な味。店はラーメン居酒屋と言った体裁だが、他客は皆無。ある意味、納得できる味であった。今日はどうにも店運がない。こういう晩は傷口を広げずに素直に撤収すべきであったと後悔す。いやいや、忍耐力と味覚はこうして鍛えられるのである。


8/27・日

 昨日と同じような曇りだが、空気が代わり結構涼しい。午後は晴れたが、日中も久久に冷房無し。昼は鶏付け麵。買い物は一便。取った草を袋に入れる以外は概ね無為。昨日の草は一晩でもうバリバリ。乾燥し切ると却って嵩張る。外は涼しいが、家の中は暑い。幾ら窓を開けても大して涼まず。中華料理屋で使うような強力な換気扇が欲しいと思った。また老家人、益益弱り、入浴にも介助が必要となる。

 海の事故、陸の事故、部活の事故、自衛隊の事故多し。夏の終わりで疲れが出るのだろう。もう直ぐ二学期。そして子ども自殺も増えるな。


8/26・土

 朝からF蕎麦に。まあまあ曇っているが、中中暑い。若干の草取りのみ。夜は焼いてある秋刀魚を買って来て、本年の初物とした。二百円余と安いが異様に小さい。数口で食べ終える。今年も不漁らしい。他は羊肉を焼いて食べた。ニュージーランド産だが豚より安い。羊の自給率は1%だと聞いたことがある。日本では羊が人を食う心配はないな。

 夜はテレビでやっていた「時代をつくった男・阿久悠物語」を見る。同氏がウォークマンを音の点滴と評していたのが面白かった。銘銘各各が好きな音楽を耳に直接注ぎ込むから点滴という訳である。ならば、シャワーのように音楽を流したら面白いだろうと思った。暇そうにしている地下鉄がいい。レコード会社が何編成の何両かを借り切ってヒット曲を流す。皆で同じ音楽を聴くというのも、今となっては貴重な体験である。嫌ならば別の車両に行くか、ヘッドフォンで耳を塞げばいいし。でももう確かに歌謡曲の時代じゃないな。第一に流すような曲がない。支持率が八割くらいあるような国民的スターとか、もう出て来ないだろうし。


8/25・金

 八月も終わりに近づき、各メディアであった戦争特集も終了の模様。併し日中戦争を取り上げたものは少ないな。正直な話し、日米戦争まで進んで仕舞ったら、戦争など止めようがない。となると満州事変からの十年間の何処かにチャンスがあった筈なのだが。併しそうなると必然的に大陸での残虐行為に話が及ぶ。みんな及び腰になるのだろう。

 猛暑の中、御向かいは外装工事。片づけた筈の石灯篭も復活している。何処かに保管しておいたのだろう。坪庭などもあり、なかなか贅沢な造りである。賃貸併用だからかな。やはり本気で造った感がある。隣の賃貸専用物件の凡庸な造りとは大分違う。

 午後久久に本務校に。只管事務作業と雑用。業者テストの答案を集めたり、ごみを分別したりして過ごす。早目の退社の後は、月波君を新しい佐渡屋に案内す。序に鶴木さん、須々木さんも同席。更に中華立ち飲みに。日本語がよくわかる人が辞めてしまったので、何だか注文と微妙に違うものが出て来て困惑した(五目そばと五目焼きそばが混同す)。ところで久久の自転車通勤である。四国に行ったならば2000系特急気動車、東北に行ったならば701系軽快電車のような走りをしたくなるのだが、夜まで暑くて真面に走れず。小田急各駅停車のようにだらだらと走る。いやしかし、音鉄というのも気持ちは分かるな。ついつい口で真似をしたくなるもの。


8/24・木

 家人宛に詐欺電話が掛かってくる。何でも「一番上の甥」と名乗ったそうである。併し地球の事を太陽系三番目の惑星とか、岩手県の事を日本で二番目に面積の広い県とは、通常は言わないだろう。家人は騙されたふりをしてどうなるのか見てみたいと言っていたが、面倒なことは止めなさいと注意した。生半可な気持ちで犯罪者と対峙してはいけない。

 市民グループが公開した資料によると、加計学園の校舎等は相当な安普請にもかかわらず、建設費がかなり上積みされているのだという。結局は補助金目当てなのではないかと言う指摘が相次いだ。大学建てて、御金が儲かる。余りに時代が違うので、私財で以て学校を造った福沢や大隈や新島襄の例を出す積りもないが、何とも酷い学校法人であると思った。

 昨日以上の完璧な晴れ。三十五度近く。朝方は宿酔気味。コンビニ冷やし中華と胃薬。すっかり回復して、昼にはとんかつ弁当が食べられた。コンビニと弁当チェーン以外の外出は無し。


8/23・水

 実に久久に朝からかんかん照り。午後千寿校に。途中散髪す。例によっての数学だが、本日は本務校の平政君に作らせた模範解答と解説を元に楽楽講義す。いや実に答弁書は大事である。やはり質問は二日前までにして欲しいものである。

 退社後は月波君を上野のBに呼び出し、嫌なことは全て忘れて帰った。千寿からは再び常磐線を使ったのだが、上野には古い立ち食い蕎麦屋があり感心す。「爽亭」と言うらしい。つくづく上野は時代を感じさせると思った。また帰りの半蔵門線は東急8500系に当たる。プレートによると車齢四十年と言う大ベテラン。こういう所だけ見ると昭和後期と大差ない。上野発の夜行列車は何も無くなって仕舞ったけど。

 ところで銀座線にもホームドアが付き始めている。ただ不思議なことにホームドアが出来ることで却って危険が増す。つまりドアの無い駅をより危ないと感じるようになるからである。ドアなどが全くない時代に比して明らかに安全性は増しているにも拘わらず。安全というもののパラドクスである。つくづく安全と安心は別物であると感じた。


8/22・火

 件のレーニン主義者も解任されたらしい。彼は国家の解体だとか、文明の存亡を掛けた大戦争だとか、物騒な事ばかり言っていたらしいから、当然と言えば当然である。映画の見過ぎみたいな人が、政府にいては困るよな。そう言えばグレートリセットとか叫んでいた人も、最近は結構大人しくなった。市長として現実的な困難さを経験したのだろう。経験は人を成熟させる。

ところで保守と言うと、コンサバティブの他に、メインテナンスという単語もある。語源は違うのだろうが、従来の社会制度を維持管理するという点では、コンサバティブはメインテナンスでもある。そういう点では、吾人も保守主義者かもしれない。いや併し保守と言うのも、実に大変である。何しろ不断の努力を必要とする(白鳥だって足はバタ足だ)。大体、国を一気に建て替えるなんて出来ないだろうし。

また昨日の水漏れは給水管の劣化とのこと。壁を開けて修繕したと電話報告があった。何しろ古いからな。まあまあ晴れて、そこそこ暑い。家人は胃の定期検査。此れといって無為。


8/21・月

 結構長かった盆休みも終了。早速五号室から水漏れの通報。直ちに内装屋さんに電話して修理依頼す。古い物件は手が掛かる。併し此の手間を惜しんでは、建物はあっという間に廃墟廃屋となる。

徐徐に夏空に戻る。二週間ぶりにワイシャツに袖を通し千寿校に。此方の講習である。最後は再びの過去問演習。ホームページから出してきたものを持参されたのだが、何と答えは公開されておらず。こういうことはつくづく止めて欲しいと思った。質問は事前に出して欲しいなどと宣う駄目な大臣のようになって仕舞うから。

すっかり疲れた。嫌な数学は早く忘れたいので上野の座り飲みBへ。折角なので常磐線で行く。北関東の雰囲気を少しだけ連れて行きたかったが、乗ったのは取手発の快速電車。今一つだな。U店長は得意の三点盛りを作って歓迎してくれた。


8/20・日

 概ね曇り。今日は低木刈り。どんどん切って風通しと日差しを良くする。何しろもう夏も終了である。昼は隣町でとんこつ醤油ラーメン。あっさりしていて好かったが、店は居ぬきしたような変な造りであった。こういう所もチェーン店なんだろうな。激戦区とあって家系ラーメンだけで三店もある。学生が多いからどの店もライス無料を謳っている。併し今更、御飯要りますか?とか言われてもね。

作業を再開しよう思ったら、物置きで鳴き声がする。どうにもシロを閉じ込めていた。刃物は危ないから、その都度仕舞い込むことにしている。僅かな開け閉めの間に入り込んでいた模様。二時間程で出られて佳かった。併しシロという猫は、何しろちょろちょろしていて、長男だというのに始終落ち着きがない。でも此の猫が、こういうそそっかしい性格だからこそ、直ぐに懐き、弟妹揃って拙宅の外猫になったのだと思う。グレやミケはシロに感謝しなくてはならない。勿論我我人間もね。結構暑くて、三時過ぎには本日の業務は終了。夜は肉を焼いて食べた。


8/19・土

 段段と猛暑に戻る。草取りと日誌書きの繰り返し。蚊と暑さに阻まれて前者は捗らず。旅は四日、旅日誌も四日掛けて概ね纏め終える。すると漸く旅も終わった感じがした。夕方前から激しい雷雨となる。コンコンと音がするから、誰かが訪ねて来たのかと思ったら、雹まで降っている。当然家作の樋からは雨水がだだ漏れ。激しい雷雨は一時間ほどで止む。

多摩川花火大会は中止。落雷被害もあった。凡そ数万人がびしょびしょになったよう。それに屋台業者も可哀想だな。家でゴロゴロしていた人が得をするという形では内需拡大にならない。夜まで鳴ったり降ったりを繰り返す。


8/18・金

 バルセロナでテロ。ヨーロッパの観光都市はつくづく狙われる。となると観光客は益益日本やって来るな。ミサイル騒動の方もそろそろ落ち着くだろうし。一方、新しい外務大臣防衛大臣アメリカ詣で。色色と武器を買わされている。貴重な税金を惜しげもなく使う積りのよう。何しろちょっとしたものでも数百億円である。それだけあれば、北海道や四国のバスや鉄道を二度ぐらい立て直せる計算である。住民は安心して生活を送れるし、定住の促進は山河の保全に役立つ。正しく国土防衛である。其れに比して、つくづく軍備と言うのは無駄である。張り子の虎でいいから、ずらっと並べて置けば抑止力と言うやつになるだろうに。

大体北の国のあの御方は、日本のことなど全く考えていない。一顧だにしていないし、昔の表現を使えばアウトオブ眼中と言うやつである。日本に出来ること? 米国に電話して大統領の正気を小まめに確かめることくらいかな。平壌の方は番号すら知らないだろうし。そう言えば、あの料理人はどうしているのだろう。

 再び蒸し暑くなる。乗り鉄と草取りの疲れが出て、日中漫然とす。夕方になり品川に出掛ける。というのも月波君が静岡に帰省するというので、件の東日本パスを譲渡しようする。此れがあれば熱海以西の運賃だけで辿り着くことが出来る。まず港南口のもつ焼き屋に。併し月波君は下車後、自動車を運転するというので、本日はノンアルコール。となると解散も早い。19時59分発の通勤快速小田原行きのグリーンに乗せて見送った。小田原と熱海で乗り換えて凡そ二時間半の旅程である。


8/17・木

 旅費の精算をする。三泊して総額六万円余り。内訳は交通費が二万強(大半がJR)、宿泊費も二万円強(此れも半分はJR)、後は飲食費等(三割程度が車内販売及び駅構内での消費)。何しろ駅から離れない旅だったから。まあ家で飲んで食べても一万円は掛かるだろうから、五万円分の内需拡大である。一極集中が進んでも休みが沢山あれば、みんなが続続と出掛けて、地方に御金が回るのだろうけどね。

 雨は止んだ。今日も比較的涼しい。何でも先週の台風五号が、夏の気圧配置を壊して回ったらしい。元に戻るのは来週以降とのこと。まあ七月は十分暑かったから、平均すれば普通の夏になるのだろう。草取りと休憩、日誌書きを繰り返す。


8/16・水

 朝から晩まで一日雨。異様に涼しい。終日在宅し日誌を纏める。他は掃除等。新聞も纏めて読むが、此の時期は中身が薄くて助かる。


8/15・火

 下越地方から帰京するルートは三つある。一つは素直に上越線上越新幹線で帰る方法、二つ目は磐越西線、三つめは米坂線で一旦山形県に出る方法である。此の中で一番乗っていないのは三番目である。というので米沢経由で帰ることとす。

昨日の内に大分進んだから、ゆっくり起きる。乗る距離も時間も総量としては同じだから、昨日苦労した分、今日が楽になるというものである。折角なので宿の朝食を食べる。朝から盛り盛りと食べているのは工事屋さん。お盆でもやるのだね。おかずは大したものがなかったが、御飯だけは流石に旨い。おかわりしたいところだが、食べ過ぎると昼飯が入らなくなる。

駅に参り列車を待つ。米坂線直通の快速「べにばな」は二両編成で、先頭がキハ110で後ろが120と言う新型のコンビ。こういう編成があるのだね。列車組成も複雑である。ちなみに此の二両、車番でいうと10しか違わないが、齢で言うと十五は違う。歳の離れた兄弟と言ったところであろう。坂町から米沢までは大分登るから、弟がお兄さんを押し上げていくような格好となる。そう言えば弟の方が大分肉付きがいい。

車内は既に満席に近い。吾人は弟の方に腰かける。御向かいの若い男は郡山までの切符を持っていた。土産の菓子のような物をぶら下げているから帰省するのであろう。なかなかのものである。坂町から米坂線に入る。米坂線は山深い所を走るから、土石流や雪崩が頻発している。小国の手前、荒川のほとりには殉難碑が立っていた。戦前に汽車が転落したそうである。綺麗な花が手向けてあった。相当な歳月が経っているが丁寧な対応であると思った。乗車思源。井戸で水を飲むときは掘った人を思い、汽車に乗るときは建設や保守管理に当たる人を思わなければね。煙管乗車などもっての外である。

 小国駅でも中量乗車。他の小駅でもどんどん乗ってくる。大半が帰京客であろう。流石に此の時期は御客がいると感心して安心す。一年中、盆と正月とゴールデンウイークならば、地方線区の収支も相当改善するだろうと思った。併しさっきの若者、よくよく考えると、新潟から郡山に行くのは磐越西線である。態態遠回りをするような、所謂其の筋の人には見えなかった。ならば、経路検索サイトに騙されているのだと思った。大体、新潟から郡山に行くには大宮まで上越新幹線で行き、更に東北新幹線に乗り継げなどと計算してくるのが機械の世界である。時間だけを計算するから、とんでもないルートを平気で教えて来る。正しくコンピューターのくせに頭が可笑しいと思う次第である。

試しに時刻表を開くと、新潟を8時43分に出た、現「べにばな」+「つばさ」で、郡山到着は12時29分。一方、磐越西線の快速「あがの」+名無しの快速を使うと、新潟を8時25分に出て郡山到着は12時12分。うーん、時間的には甲乙つけ難いが、そもそもの運賃と料金が違うだろう。

いや、ひょっとすると吾人が切符を見間違えたのかもしれない。もう一度切符が見たい。車掌が検札に来て欲しい所だが、ワンマンカーなので其れも無し。謎が謎を呼ぶ、正しくトラベルミステリーである。色色と考えている内に米沢に到着。件の彼は新幹線に乗ろうとしていたから、やはり郡山に行くのだろう。敢えて「つばさ」に乗ってみたかったのだろうとの結論に至る。

 米沢の駅前食堂で牛丼ビールの休憩。福島行きの普通に乗車。此の区間の昼の列車は此れ一本だから、格安切符の難所中の難所である。峠駅では立ち売りの力餅を入手。家人への土産も出来、此れで旅も終了といったところ。

さて福島から黒磯までは延延と701系。四両だが都会並みの混雑となる。何となく席には有り付けたが、足も延ばせないし、立ったり座ったりしながら速度計を見に行くことも出来ない。忍の一字である。そもそも吾人はじっとしていられない質なのである。年寄りでも乗って来ないかと思ったが、生憎乗客はみな若目の人である。99%の人が終点まで行くから車内は丸で動きがない。ちょっとした軟禁状態である。堪らず、目の前の女性に座って下さいと譲ったが、即座に固辞される。其れでも吾人は立ち上がった。暫らくして近所の中年女性が座ったようだが、なかなかこういう車中で会話というものも生まれないな。

 黒磯で上野行きに乗り換え。グリーンも付いているが多分混んでいるだろう。混んだグリーン車は空いた普通車に及ばない。十両編成なので密度は薄まった。栃木県内を淡淡と走ると、また直ぐに混雑する。温泉や山帰りの御客である。よく此れだけの人が首都圏には居ると毎度のことながら感嘆す。

赤羽駅途中下車。今回は夜の支出が少なかったから、案外とお金が残った。改札外の「とんかつの和幸」に寄り、埼京線で帰った。併し関東も涼しい。家人によるとずっと梅雨のような天気だという。世が世なら冷害だな。併し数日も管理しないと、更に草が伸びた感じ。陽はなくとも水があれば草木は育つ。明日からも休みは続くが、兎に角ずっと草刈りの予定である。駐車思源。いえいえ、其れには及びません。


8/14・月

 朝から「リゾートしらかみ2号」に乗車。東日本自慢の観光列車である。乗るなり、目の前で津軽三味線の演奏会。併し猫を飼うようになって以来、どうにも三味線は気に掛かり演奏には集中できず。終了後車内検分に出る。2号はキハ48という古い気動車を改造したもの。何だかのっぺりした顔をしていて、頭にちょんまげのような物を乗っけている。さながら商家の若旦那のような感じ。中にはコンパートメント席などもある。併し多くの乗客が退屈した表情で乗っているのが宜しくない。海が見えるまでは前奏の積りなのであろうが、何も本を読んだりゲームをすることはないだろう。大体そういうことは、いつでも出来る。旦那も警笛を鳴らして少し怒った方がいい。

 車内販売も来たので、早速「故郷巡り・あおもり弁当」(1050円)を購入す。県内各地の惣菜が一口ずつ纏めてあり、つまみに最適である。途中の千畳敷で観光停車。多くの乗客が這い出すと、海岸は人でいっぱいとなる。四両の輸送力というものも侮れないと思った。観光名所なだけに、民宿が屋台を出して焼き烏賊などを売っている。一瞬で売り切れた模様。青森の人は商売っ気がない。

 まあこういう観光列車による列車観光も悪くないと思った。車内販売もあるしね。奇岩名勝を潜り抜け、十二湖までには車内は閑散とす。吾人もあっちの席、こっちの席と移動しながら車窓を愉しんだ。東能代で進行方向が変わる。ガチャンガチャンとシートも回転。昔の急行はボックスシートだったから、こういう面倒は無かった。何しろ当時は多層建てという列車が沢山走っていたから、方向転換も多かったことだろう。能代辺りから普通の御客も乗って来て、観光列車と言う感じでなくなる。何しろ奥羽線は本数が少ないから。となると、どの御座席も二回転はした計算である。指定料金は一席520円だから、結構稼いだな。

秋田定刻到着。五所川原から四時間近くかかったが、普段以上に少しも退屈しなかった。やはり車両がいいと、気分がいい。併し特急を含めて羽越線に接続列車は無し。実に一時間半も待つことになる。という訳で、駅前地下街で稲庭饂飩休憩。併し何しろ朝から飲んでいたから、酒類の注文は出来ず。呑み鉄と言うのも楽ではない。

 そしてやはり酒田や鶴岡にホテルは無し。併し鶴岡を過ぎると大きな街は暫らくない。民宿や温泉宿などはあるのだろうが、何しろ一人だからね。となると次は村上か新発田である。秋田から延延五時間。海を見ながら行くこととす。という訳で漸くスマートフォンで宿に予約を入れた。便利と言えば便利である。

日本海側は晴れていて気持ちがいい。幸い、701も空いている。大きな山は鳥海山。島は飛島かな。其の内に佐渡も見えてくる。此の区間は本当に絶景続きである。秋田からは家族連れとずっと一緒。旦那さんも頻りに喜んでいる。

酒田でキハに乗り換え。庄内平野を過ぎると西日は夕日となる。鼠ヶ関駅辺りで本日の太陽も勤務終了。海辺ではキャンプなどもやっている。海水浴同様、吾人には縁がないイベントだが、焚火をしているのは好いことである。是非吾人も揺れる炎を見ながらウイスキーを飲みたい。尤も此の時期は麦酒だな。

辛うじて笹川流れまでは残照があったが、桑川で「いなほ14号」に抜かれていると真っ暗となる。こうなると車窓からは何も見えず。あと一時間。乗り鉄も楽ではない。当初は元気だった家族連れも流石に静かになる。旦那さんは安い発泡酒を飲んで気を紛らわせている。其れに何だか目が落ち窪んだように見えた。元元外国の人だから、そんな感じだったのかもしれない。

 新発田到着。20時24分。吾人の旅程は此処で終了。朝の9時半に五所川原を出たから、十一時間はレールの上か、駅ビルかホームに居たことになる。いやあ良く乗った。一方の四人組は大急ぎで新潟行きに乗り換えて行った。御苦労な旅である。

駅近くの安ホテルに投宿。部屋は無駄に広いが、設備は古い。壁紙は張り替え、ベッドは新品を入れるとして、ユニットバスの取り換えなど出来るのかね。西洋式の鉄筋コンクリートだと改修も容易ではないだろう。結局ホテルというものは最新型が一番良くて、以後急速に価値が下がることになる。どんどん建て増ししている新興のビジネスホテルチェーンなどは、其の辺の事をどう考えているのだろう。同時期に建てたものが一気に古くなる筈である。

駅前はチェーン酒場以外は開いていない。少し覗いて見たところ、矢張り同窓会客で超満員。みんな里帰りして飲むのだね。従って、ひとり酒の雰囲気ではない。胃の調子も良くないので、コンビニ冷やし中華に缶ビールを一つ飲んで御仕舞。詰まらない晩である。


8/13・日

 早速駅に参る。と言っても駅の真上に泊まっていたのだから、其のまま階下に行くようなものである。昨日購入した「北海道東日本パス」は、青春18きっぷの東日本版のような物で、JRの他は一部の第三セクター線にも乗れる。東北本線の経営分離に伴う救済策のような切符でもある。連続七日間有効で10850円だから、東北を巡るには都合がいい。

 9時35分発の花輪線直通大館行きに乗車。好摩までは旧東北線、現岩手鉄道線を走る。花輪線は、中中縁遠くて、今回初乗である。一度五能線を秋田側から乗り進め、深浦の寒い旅館に泊まり、弘前から大館まで「かもしか」という特急を仕立てて乗ろうとしたことがあった。併し肝心の特急が雪で遅れて寸でのところで乗り継げず。鹿ならば雪の中でもぴょんぴょんと走って行って欲しいと大いに落胆したものである。そんな「かもしか」であったが、後後にヘッドマークに描かれた鹿の絵が、かもしかではなく蝦夷鹿ではないかという重大な嫌疑が掛けられたことがあった。何でも角の形が違うそうである。鉄道と動物の両方に詳しい人というのも稀に存在していて、間違いを見つけたのだろう。正しく看板に偽りあり。

 そもそも「かもしか」は羽越、奥羽線の特急再編によって生まれた列車で、今は新型の「つがる」となっている。当初から短命を予定しており、だからヘッドマークも適当なやっつけ仕事だったのかもしれない。まあ、絵付きのマークと言うものも今はないから懐かしい思い出である。其の晩は宮古に予約を入れていたので、延延と次の列車を待つ訳にもいかず。盛岡までは高速バスで移動した記憶がある。

あれから実に十余年、漸く乗る機会を得た。二両のキハは席が概ね埋まる程度。帰省客等を小駅に配りつつ進む。八幡平までは高い山がなく、開けた感じ。何となく本州離れした感じの景色が続く。途中から山が迫って来て、普通の風景となる。

 兎角、御荷物扱いされているローカル線であるが、放っておいたら家で脱線転覆しているような吾人をレールの上に戻し、態態新幹線にも乗らせ、直営のホテルにも泊まらせている。使用しているのは格安の乗車券だが、全体としては元が取れていると解釈すべきである。採算性を精査するなら、そういう所まで計算して欲しい。

十和田南で方向転換。併し十和田湖に向かうバスは既に廃止。売店も駅蕎麦屋もなくなったそう。構内も無駄に広く感じた。ラストレールには当面ならないだろうが、ラストキオスク、ラストバスルートは既に多数存在している。益益将来が不安である。観光列車でも走らせるしかないな。盛岡管理局、現盛岡支社はどう考えているのだろう。

 大館定刻到着。此処で一時間待ち。駅前の有名駅弁食堂は長蛇の列。バスターミナルに食堂が併設されていたのを思い出したので行って見る。店は健在。而もバス会社直営のよう。白い割烹着を着た御婦人方がきびきびと動いている。丸で昭和の学生食堂だと思った。朝昼営業なので御酒類はなし。健全食堂である。御客はひっきりなし。ひょっとしたら路線バスの売り上げより多いかもしれない。田舎のバス屋さんは色色副業をやらないとね。

 さてさて駅に戻る。二両が来るか、四両で来るか。運命はダイヤ管理者に委ねられている。愈愈やって来た。列車は正面から近づいて来たのでよくわからない。あー、二両である。と言っても奥羽線では乗客も高が知れているようで、楽楽乗車す。

クモハに乗ったのでモーター音が凄い。ヒューヒューと言いながら加速した後は、キーンという音をずっと立てている。常時百キロ近くは出しているな。田園都市線小田急線の急行よりよっぽど速い(何しろ駅が少ない)。山と田んぼと、所によっては海。大きな窓と開けっ広げな車内と轟音(ガタンゴトンと言うジョイント音を含む)。701系も登場から二十年以上は経ったか。東北地方を代表する車両である。オールロングシートという割り切った構造の為か、当初から評判は芳しくないが、景色が良く見えるから、吾人の評価はそれほど低くない。まあそれも空いていればの話しである。

 弘前で少しだけお城を見て、五能線に。まだ一時間近く待つが、ホームのベンチで缶麦酒休憩。適度に列車の出入りがあり、全く退屈しない。入れ替え信号に従って、行ったり来たりしながら三両編成のディーゼルカーが入場。17時06分発の深浦行きである。漸く此処で古いキハと出会えた。三両編成は真ん中だけ例のたらこ色。エンジンの上に腰かける。すると何だかアイドル音が変だ。ゴロゴロガタンと変調する。何処か具合が悪いらしい。何しろ古いからな。此の車両もいよいよ引退が決まったという。ただ力行すると変な音は収まった。林檎畑の中を一時間弱進み、五所川原到着。本日は此処で終了。

 今日の宿はサンルートチェーン。昨日より三千円は安い計算である。盛岡五所川原では地代が違うだろうから、部屋は此方の方が広い。そもそもビジネスホテルとシティーホテルは何が違うのだろう。一説には収入における割合の違いだと聞いたことがある。詰まり前者はほぼ寝るだけ、後者はレストランや宴会などの宿泊以外の収入が一定以上あるのだと。当然宿泊自体費も後者の方が高いのだが、何よりもの違いを見付けた。其れはサニタリー関係である。前者は大人用の御丸サイズなのに対して、後者は一般家庭並みの大きさであった。ベッド回りなどは大差がないが、此れだけは歴然としていた。

 お盆なので大半の店が開いていない。フロントの人に聞いて、営業中の居酒屋を紹介して貰う。さて青森まで来たら行き成り日本酒である。「田酒」と書いて「でんしゅ」と読ませる銘酒がある。早速注文しようと思った。併しどうにも吾人には訓読みを重ねる習慣がある。一度徳島に行った際、眉山を「まゆやま」と言って仕舞い、呆れられた覚えがある(此の時は本当に知らなかった)。日本酒はよく飲むから、田酒の読みは十分知っていた筈なのに、ついうっかり口から出たのは「たざけ」という音、いや訓である。途端に店の人に聞き直された。

 店内は同窓会等等で大混雑。元元胃もざらざらなので、放っておかれるのは却って都合がいい。其処でカウンターにあった『太宰治と旅する津軽』と言う本を読む。此の辺りは太宰ファンには聖地に準じる扱いなのだろう。百里搬精法C度対極だな。太宰は作為として破滅型小説家を目指したのに対し、百寮萓犬官僚的、教員的、鉄道的正確さを以て、捧腹絶倒、唯一無二な人生を歩まれた。中中お亡くなりにならなかった点も。


8/12・土

 未明に何やら騒がしい。どうも駐車場にあるオートバイを出そうとしているらしい。夜中に動かすのだけはやめて欲しいと思っていたところ、暫らくして見ると巡査が来ている。誰かが通報したのだろう。何も110番までしなくてもと思う次第だが、こうなると家主としては出て行かざるを得ない。巡査と一緒になって、夜は御酒をよく飲んで寝るようにと指導す。併し酒が切れた吾人はもう眠れない。

 起きたままで駅へと向かう。まず始発の東急線に乗る。途中で丸ノ内線に乗り換え。車内は大荷物を抱えた人でいっぱいとなる。物凄い数の人が東京駅を目指していることが分かる。そもそも此の時間に東京駅に来られる人と言うのは相当限られる。にも拘わらず此の大人数である。ニュースによると下りの指定席は軒並み連日売り切れだという。扉が開くなり血相を変えて走り出す人人は自由席なのだろう。

 旅人の心理には被害妄想的なことがあるのは重重承知している。詰まりみんながみんな同じところを目指しており、激的な混雑になるのではと考えたがる。併し今回ばかりは杞憂とは言えまい。吾人も何だか段段急ぎ足で新幹線ホームに向かう。丁度一本前の盛岡行きが出る所だった。ほれ見たことかと、デッキはおろか通路まで人でいっぱいである。今年の帰省ラッシュはやはり凄い。

尤も吾人が乗る予定の「やまびこ201号」仙台行きは全駅停車の「こだま」、詰まり昔の「あおば」タイプ。各戸口には二十人は並んでいたが全員着席して、6時20分に無事出発す。当然立ち客も無し。やはり杞憂であった。併し東北新幹線も本線は十両が基本。こういう時は二階建てか十六両フル編成の輸送力列車がないと捌けないな。一等車なども不要である。

 関東も東北もお天気は宜しくない。乗っているのは、昔の「はやて」型の車両である。此の車両は窓が大きくて助かるが、景色は霧が掛かる。どうにも太平洋岸は天候不順である。小山から小学生くらいの男の子が乗り込んで来て吾人の隣席も埋まった。併し此の子、席に着くなり背もたれを倒し、スマホのゲームに熱中している。乗り慣れた感じである。子どもの割りにどうにも感動が足りないと思った。大体吾人など、新幹線に乗ると言うだけで、前の晩から寝付けないのである。

 福島を過ぎた辺りで、漸く車販員がやって来る。「大変遅くなりました」と恐縮していたが、一体何処から現れたのだろう。見たところ仙台の人らしいから、まず上りの列車に乗り、途中で下りの列車に乗り換えて来たのだろうと思った。という訳で漸く此処で缶麦酒を一つ。

 二時間余りを掛けて仙台に到着。此方も小雨。杜の都と言うより霧の都といった感じ。駅蕎麦を食べた後は、仙台石巻ラインの特別快速石巻行きに乗り換える。此の列車は行けるところまで東北本線を走り、途中で仙石線に渡って行く。なお電化方式が違うからディーゼル運転である。而もハイブリッド方式と言う最新型なので、停車中はエンジンが止まっている。見たところ電車と大差がない。ただ床下に吊るしきれない蓄電池が客室に飛び出ており、数席分の座席が無くなっている。丁度それくらいの人が座れない。御客は立たせても、電池を下ろす訳にはいかないから仕方がない。

 それにあれだけ大きな電池を抱えても、走り出すと直ぐに電気が足りなくなるらしい。軽油を燃やして電気を熾こすべくエンジンが灯る。但し発電の為の一定のリズムだから、力行と惰行の区別がない。何となく調子が出ない。盛り上がらない映画か詰まらない先生の講義のような走りである。

 石巻で石巻線に乗り換え。終点女川下車。吾人としては二度目の被災地訪問である。併し女川という街は原形を留めないほど破壊され、全く新しい街に作り替えられている。駅前には殷賑な商店街があるが、郊外のサービスエリアショッピングモールと言った感じ。詰まり何が言いたいかというと、古い食堂の類はみんな無くなって仕舞ったということ。個人店では再建も容易ではないのだろう。つくづく津波というものが恨めしい。

観光食堂のような所で海鮮丼を食べたが、時間を無駄にするような所が何もない。併し次の列車まで一時間半もある。御酒でも飲めばあっという間だが、何しろ店が無い。そして何より雨が酷いので何処にも行けない。丁度石巻までバスが行くというので、少し戻ることにした。石巻も浸水被害はあったが、街並みは大抵残っている。駅近くの中華食堂で一服。もやしそばを肴に日本酒を飲む。先客の海鮮丼と混ざり合い、胃がパンパンである。後からやって来た石巻線小牛田に移動。此処からは東北本線の旅である。やはり本線とはいえ、ぶつ切り状態は各社共通。一ノ関で強制下車。其の度に大荷物の乗客は右往左往す。気仙沼方面も乗り換え。見た感じでは大船渡線も結構乗っている。併し今となっては、気仙沼線気仙沼には行かず、大船渡線大船渡までは行かない。JRも地元も鉄路の復活は諦めたらしいから、名が体を成すよう改称しなくてはならないかな。転換バスというものは本数は多いが、道路を走るから結構遅い。

 此処から先は二両編成となる。今まで四両で来たものが急に半分になるのだから、混雑は当然二倍となる。本当にぎゅうぎゅう詰め。困ったことになったと思った。時刻表を捲り、善後策を緊急協議す。すると北上始発の盛岡行きというのがある。盛岡に着くのは二十分遅いが、例によってどうということはない。這う這うの体で下車する。このように後続列車に乗り換えることを「段落とし」と言うらしい。こういう技は紙の時刻表でなければ生み出せないだろうな。何しろ全路線の全列車が手を取るように分かる。北上始発の列車も結構集客して、盛岡の少し手前で満席以上となる。既に超満員の先行列車はどうなっただろう。盛岡到着17時40分。

 今夜は「メトロポリタン」というホテルを奮発す。JR直営だから、謂わばステーションホテルである。高いホテルで元を取るには、部屋の滞在時間と睡眠時間を長くする以外に方法はない。晩は絶食。部屋に閉じこもり、昏昏と二夜分寝て過ごした。


8/11・金

 二年目の山の日である。一年目は丁度下水が溢れた日でもある。早速バケツで二杯ほど流した。低圧洗浄である。今日も異様に涼しい。一昨日は三十七度で、今日は二十五度。東北も寒そうだね。鶴岡だけホテルがない。調べてみると夏祭りか何かがあるよう。困ったな、では酒田にするか。其れに応じてダイヤも立て直し。泊まる街が少し変わるだけで、何通りも選択肢が出て来る。時刻表を捲り直す。何度も言うが、時刻表は紙に限る。


8/10・木

 続いて盛岡のホテルも予約す。朝から曇る。漸く体調も天気も平常に戻った。其処で墓参りに行くこととする。例によって一族を代表して吾人一人で参る。お盆にはまだ早いが、そもそも今日は義雄伯父さんの命日であり、また万代伯母の一周忌も近い。

 西武線に乗り、小平霊園に。何しろ昨年の納骨以来、ほったらかしである。草や葉っぱと格闘すること三十分。汗びっしょりとなる。線香を焚き、其方側に行った万代伯母の様子はどうかと尋ね、また衰え著しい老家人をもう少し頑張らせて欲しいとお願いした。しかし大きい都営墓地も人影はまばら。概ね墓の十軒に一軒は放置状態である。物故者は増える一方、墓守要員が明らかに足らないな。 

駅南口の中華屋で焼きそばビール休憩。其の後本務校に回航し、昨日行えなかった事務仕事等を行う。五時には退社。さてさて此れと言って行くところも無いし、会ってくれるような人もいない。自転車がないので、祐天寺立ち飲みBまで徒歩連絡。何だか気の毒なほどに空いていたので、若い従業員と話す。何でもお腹の具合が悪いのだという。飲食業でそういうことを言われても少し困ったが、無下に退ける訳にも行かない。ヨーロッパの安い白ワインを大量に飲むと便が固くなるようだと吾人の経験に照らしたアドバイスをした。駅からはバスに乗って帰宅。八時過ぎ。東風が入り、夜は朝より涼しい。

併し電車に乗って気が付いたのだが、もう大きな荷物を持った人が右往左往している。山の日が三連休に当たる為であろう。案外此の祝日も役に立っていると思った。兎に角、一日でも一時間でも休みを多くする。其れが働き方改革である。


8/9・水 

 台風が残していった熱気と風で朝から大変な暑さに。八時の段階で三十度、昼には三十七度にもなる。昼前に西向かって水を撒く。

 昨夜は麦酒しか飲んでいないから、宿酔はないと安心していた。併し起きて数時間経つと、徐徐に具合が悪くなる。時差を付けてやって来たのである。午後は相当悪い。堪らず、本日欠勤す。まあ千寿で普段の倍は働いているから、正当な権利の行使である。以後蟄居謹慎。ラジオを聞いていると故障車渋滞多し。人も車も壊れる暑さである。夕方に一雨あった。夜はコンビニ冷やし中華に麦酒を一缶。

 ちなみに本日のヤクルト戦の観衆は二万二千。昨日は二万五千だったから、麦酒目当ては三千人といったところ。案外少ないな。半額でも持ち込みの缶麦酒よりかは高いからね。


8/8・火

 のろのろ台風は北陸へ。関東は幾らも降らず。次第に晴れて、例によって蒸し暑い。五所川原のホテルは確保。後はどうにかなるだろう。本数の少ない列車、人口の少ない街のホテルから確保していくのが、旅の基本である。

 雨後の筍がもう出て来た。選りに選って日本ファーストなのだという。国粋団体だよ。こりゃあ。また聞いた話によると、都民何とかの代表もとんでもない人らしい。萎むな、急速に。都議さんたちのボロはまだ出て来ないけど。

 今日も神宮球場麦酒半額デーである。先月は未遂に終わったが、本日は決行に至る。但しヤクルト横浜と言う、吾人にとってはあまり関係のないカード。其の分、集中して飲酒が出来るというものである。参加者は月波君、客間君、かなり遅れて坪上君。チームオレンジ大学である。金曜会のおじさんたちには声を掛けなかった。五時半到着。屋台で買ったつまみ類以外の持ち込みは無し。後ろめたくないから堂堂と入場す。

客間君がヤクルトファンなので一塁側の外野席に陣取る。考えて見れば神宮には三十年以上は通っているが、此方側のスタンドには初めて来た。西を向いており、雲の間の夕焼けが綺麗。三塁側では見られないから得をしたと思った。其の内に、其の雲がもくもくと広がって小雨が降ったが、まあ大したことはなかった。

一杯350円の麦酒をどんどん注文す。周りも麦酒目当ての会社員多数。ボールパークと言うよりビアガーデンだな。野球の内容は何も覚えていないが、㈠国歌が流れた時はきちんと座って気持ちが良かったこと、㈡花火のあと煙と燃えかすが広がって来て、一種硝煙ショーのようになったこと、㈢グランドに落ちた燃えかすを拾い集める球場スタッフにヤクルト外野手がそっと帽子を取って敬意を払った(ように見えた)こと、㈣大半の人が酔って騒いでいるだけなのだが、後ろの若いカップルが案外野球に精通していて、解説代わりになったこと等等、まあこういうことは実際に球場に行かなくては分からないことである。

 それにしても神宮球場と言うのは気持ちがいい。夕日も雨も虹も夜景も花火も楽しめた。持ち込み規制が緩いというのもいい。此れで普段の麦酒がもう少し安いといいのだが。大体500円ぐらいが適正価格というものである。ところで此処も建て替えるんだっけ。試合は九時きっかりに終了。その後坪上君お勧めの薩摩居酒屋へ。帰宅は十二時近くだったらしい。


8/7・月

 昨日以上に暑くなる。遅い台風は南紀に上陸。其れに向かって南風が吹き付け、異様に蒸す。今月の電気使用量258キロワット、前年比13パーセント増。七月が暑い割りに少なかったのは省エネ効果が出ているのだろう。

御昼過ぎに千寿に向かう。そろそろ何処かに出掛けようと思った。其処でみどりの窓口に参る。千寿のような大駅でも有人口は二つしかない。例によって長蛇の列。そんな行列を他所に、件の賢い機械で座席指定券を探す。「リゾートしらかみ2号」の四号車十番Dという最後の最後の席が残っていた。以後、此れに合わせるように、ホテルとダイヤを探していくこととなる。ただ何しろ最近は地方もホテルがないからな。過日の松江のようなことにならないといいが。

 煙草屋を改造した変な蕎麦屋で遅い昼食。九時前まで授業。高校数学も得意の関数に引き込んだので楽楽指導す。退社後は大橋のラーメン二郎へ急いだ。最後の最後に滑り込む。初入店である。併し麺揚げも最後になり、何だか茹で過ぎの模様。おまけにニンニクと野菜の申告のタイミングが合わず、店主に嫌味を言われる始末。まあ二郎も半年に一度程度だね。


8/6・日

 朝から異様に暑い。一切の外の仕事は不能。五号は九州南部に接近す。本日は土用の二の丑だそうだが、そもそも八月六日に鰻を食う気もしないな。夕方西の方に向かって水を撒いた。


8/5・土

 朝からF蕎麦に参る。夏の主食は麺類である。今朝はミニかつ丼も付けた。但しF蕎麦は御飯が極端に不味い。例によってパラパラのぼそぼそである。

取った蔦の片付けの他はゴミ拾い。最近激増しているのがプラカップゴミである。コーヒーか何かが入っていたのだろう。大抵中身が残ったまま置いてある。此れをトングで横にして、慎重に踏んづけ、中身を出してから回収す。つくづく面倒臭い。大体片づける人のことの少しでも思えば、きちんと飲み切ってから放置する筈である。公共心がない人が余りに沢山いて本当に困る。またあの手の飲物の氷がそもそも多すぎるのも原因の一つである。溶けた氷がどろどろ水となって見た目も極めて宜しくない。

 愈愈蒸し暑い。台風五号は奄美を直撃。併し関東は一切無風である。何だか呼吸困難になりそうなほど。二十九度の設定にし自室に引き篭もる。昏昏と午睡す。夜はちらし寿司を解凍して御仕舞。


8/4・金

 朝方は空き家の絡まった蔦を払う。ついうっかり電線を切ろうとして仕舞い、ひやりとす。関係各位は御注意あれ。午後千寿校に出校。今日からこっちの講習である。例によって複数の学年と科目が交差していて、時間割もモザイク画のように複雑である。三時から九時までずっと授業。特に最後は高校数学。というのもSさんが戻って来た。Sさんは中三の時に少し教えただけだが、高校に上がった直後に病気になったと聞いていた。漸く回復し、再び習いに来たのである。

 此処で思い出すのは、本務校にいた春菜のことである。粗暴な子で、よく悪さをして怒られていた。体格も立派だったので、将来はプロレスラーにでもしようと思っていたところ、中三の夏に難しい病気に罹り、丁度其の一年後に亡くなった。見舞いに行く度に、元元は大きな体が小さくなって行く様は、如何にも可哀想であった。暑い中、葬式にも行った。こうなることが予め分かっていたのなら、嫌な勉強などさせずに、美味しい物でも食べさせてやればよかったと後悔したものである。

彼女は、其の春菜に生き写しまでとは言わないが、結構似ているので(頭と性格は全く違うが)、尚更心配していたのである。入院生活は一年に及んだそうだが、まあこうして元気になったのだから万事佳かった。

併しいざ教えるとなると話は別である。行き成り大学の過去問を持って来られて閉口す。数学の奇襲攻撃だけはやめて欲しいのである。平政君に丸投げしようかな。まあ勉強が出来るのも命があればこその話しである。げんなりして退社。月波君と客間君が飯田橋で待っているというので回航す。二人で「おけ以」に行ったとのこと。立ち飲みBで軽く飲み、小諸蕎麦で締めて帰った。ちなみに今晩話題になったのは歌手上がりの女性参議院議員グリーン車での密会が週刊誌に出た人物である。100系新幹線があれば、グリーン個室があるので、何をやってもばれなかっただろうということに。それこそ車中で一線を超えることさえね。でも東海は意地でも作らないだろうな。


8/3・木

 今日も曇って涼しい。所謂やませである。朝方草取り。昼は家人が拵えた冷やし中華。以後昏昏と午睡。例によって内閣改造。バランス重視の地味な変更である。そもそも組閣に驚きを求めること自体、何時から始まったのか定かではないが、変な話しである。其れに何しろ大臣を代えても、内閣総理大臣が代わらないからね。よって取り立てて言うことも無し。ただAも愈愈顔色が優れないように見えた。此れは希望的観測と言うやつかなあ。

夕方築地で火災。所謂、場外の古い住宅兼店舗が燃えたよう。密集している上に看板が邪魔で放水できず。毎回毎回、古い街はこうなるから再開発が必要なのだということになる。併し築地と言うのは一度も行ったことが無い。吾人としても意外に思う。何しろ朝の街だからかな。其れに銀座で朝まで飲み、築地で朝飯だなんて一生縁がなさそうだし。戸越銀座があるのだから、○○築地と言うのも作って欲しい。


8/2・水

 未明と早朝に地震。関東もかたかたと横に揺れた。空気が入れ替わり、割とさわやか。外に出て見ると、もう秋の雰囲気である。つくづく今年は天候不順である。

 御昼に出社。中学三年生には、スマホばかりやっていないで、(スマホアプリラジコで)ラジオを聴きながら勉強しろと説教す。其の際、件のラジオCMも聞かせてやった。大体音の世界から想像力が高まるのである。吾人が幼少の頃など、ポルノビデオなどはなく、ポルノカセットテープ想像力を養ったものだとは言わなかったが。音声だけのそういうものが存在していたと記憶している。金参万円受け取る。

佐渡屋が移転オープンしたというので、鶴木さんらと出掛けて見る。前店より巨大化して、収容人数も大幅増。よく二ヶ月で再開できたと感心す。以前はカウンターしかなくて、中中入れないことも多かった。今後は常連の座を回復するかもしれない。ただ店が出来たのは住宅街との境目。大人しく寝ている近隣住民からの苦情が来なければよいが。繁華街にあった個人店が四散して行くのは再開発の宿命である。尤も其れは、地権者や行政による暴挙の結果であり、店主らの責任ではない。

 帰宅後ぼんやりテレビを見ていると、次次とニュース速報が流れる。またテロか地震かと思ったが、組閣の顔ぶれが分かったとのこと。どうでもいいことで、態態人人の耳目を集めないで欲しいと憤慨す。夜は寒いほど。もう蟋蟀が鳴いている。窓を閉め切り、薄い布団も出す。


8/1・火

 森の夫妻は逮捕される。愈愈かつ丼の出番である。ただ本丸の国有財産大幅値引きまで捜査が及ぶかは不明。

朝から曇る。陽は出ないのだが、遠くの台風が水蒸気を吹き寄せ、異様に蒸し暑い。午前中は草との相互交渉。昼はスーパーの天麩羅と絵島蕎麦。午後から雨。室内で漫然とす。神奈川は大雨だったらしいが、都区内は大して降らず。それでも随分涼しくなる。晩食後は換気扇の掃除。

2017-08-08

2017年7月

07:07 |

7/31・月

 朝からかんかん照り。昨夜は確か十時には寝たのだが、三時間寝ただけで目が冴えて仕舞う。以後マンジリもせずという訳ではないが、多少うつらうつらしただけ。よって一日眠い。素麺を食べた後、御昼にバス出社。二時間ほど教えて、千寿に回航す。少し早目に終わったので上野に移動。立ち飲みBが支店を出したというので表敬訪問す。本店から異動して行ったU店長も居た。新店の立ち上げは激務らしく何だかやつれたよう。

 立ち飲みB、と言っても此処は全席座り飲みで、注文はタッチパネル式の端末を使う。また新築飲食ビルの五階と云う事もあり、店内は禁煙。而も建物全体が故郷をイメージしているらしく、Bも北関東というものを売りにしている。どうして群馬栃木茨城なのかは知らないが、まあ今時上野発の在来線は其の辺りまでしか行かないからな。桐生名物の「ひもかわうどん」なんてのもあって、案外旨かった(桐生に行くには東武線だけど)。ところでBは創業八年。此の度、大手飲食チェーンの仲間入りを果たしたのだという。数坪の店から始めて良くぞ此処まで成長したと感心す。併し大きくなって買い取って貰ったのか、あべこべ刈り取られたのかは、よく分からない。U君も頻りに首を傾げていた。

 今日は大した授業も無かったのだが、建物や電車やバスを出たり入ったりしていて、「おお暑い」と「ああ涼しい」を繰り返す。すると温度差にやられて、何だかあちこち体調がよくない。外周りも楽じゃないね。大人しく三杯だけ飲んで御仕舞とす(1980円)。帰りはU君にエレベーターまで見送り頂いた。殊勝な姿勢である。言葉ももう少し丁寧にしてくれればいいのだが。ちなみに南北、千代田日比谷銀座半蔵門と頗るメトロに乗った。低温シャワーと冷房で外から冷やして直ぐに就寝。

 長い七月も漸く終了。併し一日と晦日では、まるで政治状況が違う。Aも愈愈御仕舞だと思えば、気持ちも華やぐが、つくづく政治というものは水物だな。吾人ですらちょっと驚いている。


7/30・日

 民進党代表選挙にはE元官房長官が出て来るという。本命候補には違いないが、でも此の人、此の間一体何処で何をしていたのだろう。自身の潮が満ちるのを待っていたとすれば、少し性格が悪いな。いい日旅立ちを待っている間に、民進党は既に沈没寸前である。

 朝方にもう一雨。以後曇り。昼は池尻で付け麵。買い物は三便。少し動くと直ぐに蒸し暑い。よって草取りは進まず。午後は1984年に作られた映画「1984」を見る。『1984』は、ポストトゥルース時代に当たり、再び脚光を集めているよう。しかしまあ、現代における新しい全体主義とはこういう形ではないな。人人が、安全、安心、安定、正確、便利、快適、清潔、健康、注文通り、予測通り、方程式通り・・・、こういうものを追求すればするほど、世の中のあらゆるものが品質管理されて、新たな全体主義に近づくというものである。

 藤田省三大先生の言葉を借りれば、「不快を感じさせる全ての物事の元のものを根こそぎ何が何でも一掃しようという動機」こそが「全体主義的な思考」であり、「不愉快な社会や事柄と対面することを怖れ、それと相互的交渉を行うことを恐れ、その恐れを自ら認めることを忌避して、高慢な風貌の奥へ恐怖を隠し込もうとする心性」が「安楽への全体主義」を導くということになる。だから党とか独裁者とかプロパガンダなどは必要ではない。皆が皆、既に皆に対してのリトルブラザーなのであるから。

ところで主人公たちは、テレスクリーンを避けながら逢瀬を重ね、失われた人間性を取り戻すかのように情事に没頭している。全体主義に抗するのは、極めて個別具体的な肉体関係であるというのは、どうやら真実のようである。優れたポルノ映画は、恐らく優れたアンチ全体主義作品となりうるのであろう。夜は魚屋の刺身で中量飲酒。鰹、鯵、鮪と大量購入したので猫にもたらふく食べさせた。


7/29・土

 内閣改造を待たずして防衛大臣を辞任に追い込んだ例の日報問題で思うことを一つだけ。現場の指揮レベルでは、報告書に「戦闘が行われている」と正直に書ける自由さが、自衛隊に残っているという事。此れは組織としてのある種の健全性を示しているのではなかろうか。

 朝から草取り、いや草むしり。色色と刃物や道具を使って来たものだが、結局人間の手に勝るものは無し。軍手をはめて一心不乱に引き千切る。昨夜草叢に通行人が立ち小便をしたかもしれないなどと下らない想像をしてはいけない。大事なのは決意と実行力である。数次にわたる攻勢で45リットル数袋分の収穫を得た。試しに北朝鮮発表風に言うと、度重なる暴挙に対し怒りに震えた将軍様は自らの御手を以て、徹底的な攻撃を無慈悲に加え、反動的植物主義者どもは、恐怖に慄きながら成す術なく一瞬で一本残らず毟り取られた、とかね。阿保草。いやいや、別に草を目の敵にしているという訳ではない。そもそも植物あっての動物であるし、植物こそ命の母である。出来れば別のところに沢山生えて欲しいと思う次第である。

 という訳で朝から冷凍うどん、昼はレトルトカレーライスに一昨日のソーセージの残りを付けた。午後は暑くなりすぎたのか、夕方から結構な雷雨。買い物便が欠航したので夜は冷凍食品中心で中量飲酒。


7/28・金

 森の理事長夫妻は、補助金の不正受給で検察の取り調べ。ニュースでは、「主人は国の為に尽くしてきたのです」などと宣う夫人の過去の発言が流されていた。国家に奉仕して金が儲かるのだから大したものだと思った。でも此れ、漱石の『それから』に出て来る遣り取りにそっくりだと思った。つくづく此の国は百年前と変わっていない。また防衛大臣も漸く辞める準備が整った模様。あとはAだけである。

 まあまあ晴れて少し暑い。御昼に出社。月波君が来るというので、序にラインでおじさんたちを誘ってみた。すると丁度退屈していたらしく、柳夫妻、鶴木さん、須々木さんも二つ返事で来るという。偶には新天地を開発しようと、行ったことが無い東京М酒場という店を推奨す。退社して急いで駆けつけると、丁度みんなが憤慨して出て来たところであった。何と此れがとんでもなく酷い店で、パスタはぶよぶよ、マリネは酸っぱ過ぎ、チキンは焦げ焦げの焼死体で何一つ満足に食べられなかったという。今時そんなに不味いなんて、大した店だと逆に感心した。合流後は一般的な串カツ屋、何時もの中華立ち飲みを連戦するも、話題の中心はさっきの店の料理状況。推奨しておきながら吾人は入っていないから、何とも言えず。何とも申し訳がない。是非今度は其の味を確かめたいと思った。

 帰宅後、夜行ロケット運行実験。大して騒ぎ立てる程の事でもなし。でももし此れが昼間だったらどういうことになったのだろう。担当大臣が辞任会見していた筈である。となると多少は遠慮してくれたのかな。北の国はつくづくAの応援団である。


7/27・木

 今日も涼しい。何しろ呼吸をしているだけで幸福を味わえる。関東全域、軽井沢強制御招待と言ったところ。第一に電気も使わずに済むしね。朝から桐の枝切り。

夏から初秋に掛けてはオープンキャンパスの季節でもある。オレンジ大学から送られて来た広報誌には、「大学に遊びに来よう!」と大書きされていた。其れは如何にも微妙なキャッチコピーであった。

午睡から起きると、RH氏が党代表を辞任すると表明。併し後任なんているのだろうか。愈愈解体段階に入ったな。併し党内の右を切って、左に行こうにも、其処には元元共産党がある。左中間に挟まれた社民党のように埋没して仕舞うだろう。詰まり左にも伸び伸びとは広がれない。となると日本の左派勢力の可能性を狭めているのは、案外、此の特殊な政党かもしれないとも思った。共産党野党共闘はしても、解党的出直しなんてしてくれないだろうなあ。結局、自民、共産、そして件の宗教政党しか残らないのである。昼は素麺、夕方は草取り、夜は夏野菜と冷凍餃子に御茶漬け半膳。


7/26・水

 朝方までに大気が入れ替わる。漸く都内南部まで雨が降ってくれて、異様な暑さは強制終了。エアコンも勤続三十時間で停止す。降雨に連れ、気温はどんどん下がる。

漸く正気に戻って思い出したのだが、金長のラジオCMが面白い。舞台は田舎の中学校。男女のぎこちない遣り取りが、微妙な年頃をよく示している。此のまま連作してくれないかな。登場人物たちは来年は高校生になる筈である。「金長の国から」とかね。辛い夏の楽しみを一つでも増やしたい。

御昼にのろのろ傘差し自転車で出社。以後八時半まで連続授業。退社後は祐天寺立ち飲みB。夜も異様に涼しい。換気扇すら不要。東日本強制冷房である。ああ、関東に住んで居て佳かったと思う瞬間である。東海道線で言うと、何処から切り替わるのだろう。名古屋は暑いだろう。やはり熱海辺りかな。やはり東海とは空気が違うな。昼前に家人が作った焼きそば。夕方にF蕎麦。涼しくても米飯が遠のく。


7/25・火

 昨日今日と閉会中審査。Aも交えての加計問題集中審議である。知らぬ存ぜぬ、記録にないし記憶の片隅にもないの連続。いやまあAは言葉だけは丁寧になったらしいから、知りません、存じませんと言うべきか。併し公人として要職に就く人は、日記くらい書くべきである。死後に公開すれば、歴史の審判も仰げるというものである。

肝心の審議の方だが、例によって真相を究明すればするほど即ち総辞職ものであるから、解明に至る筈も無し。そんな中でも、疑惑を招いた以上、特区制度は全面的に廃止しますとでもすれば、ツーベースぐらいにはなっただろうが。支持率のじり貧は続く模様。其の分、A財務大臣の薄笑いが気になる。併し当の加計という人物は一切出て来ないから不思議である。

 南風が吹き付け、依然として異様に蒸し暑い。カレンダーを見て、七月がまだ一週間もあると知って愕然とす。暑さの到来が早かったから、もう八月半ばの消耗度である。ところで本日は神宮球場が麦酒を半額にするという日。最下位争いを見に行こうと思ったけど、何だか胸が痞えた感じがするので断念す。こうも暑いと外出もできず。

 因って終日自室に引き篭もり朦朧とす。エアコンは昨夜から連続運転。ちなみに設定温度は二十九。其れでも十分涼しいから、如何に外が暑いかということ。昼は家人が買って来た「まい泉」のとんかつ弁当。夜は伊那のトウモロコシ。最近の物は甘味が強すぎると家人は頻りに憤慨していた。トウモロコシトマトと並び、品種交代の激しい作物である。試しに「昔の玉蜀黍」で検索してみると、「クロスバンダム」と言う品種が売っていた。甘さ控えめでもちもち食感なのだという。でも今本当に食べたら、家畜の餌のような感じなのだろうな。昔は旨かった式のノスタルジーはつくづく要警戒である。


7/24・月

 とっくに廃止された急行能登が夢に出て来て、今から乗りに行くということに。目的地は金沢の先の福井防衛大臣の地元に抗議にでも行く積りだったのだろうか。一方のAは、未だに今年中に改憲案を出すと言っているらしい。愈愈御自分の立場というものが認識できなくなっているようである。仙台市長選でも与党候補は敗退す。また梅雨の末期の豪雨で、奥羽線は路盤流出。秋田新幹線と言う名の在来線は大曲から先が不通に。一方「ゆふいんの森」は小倉経由で運転されているという。成程、其の手があった。鉄道ネットワーク産業である。其れに気動車とは、正しく機動車である。

 朝から異様に蒸し暑い。御昼にバス出社。小学生に生物を教えた後、千寿に回航。途中構内喫茶でコーヒーブレーク。生憎地下店なので列車は見えない。電光表示板を見ながら休憩す。併し東武特急の行き先、大田とか赤城とかを見ても暑そうなだけで旅情は感じず。鬼怒川温泉も熱そうだね。霧降高原とかを出して欲しかった。九時まで授業。東口で付け麵中盛。今日は二日分働いた。缶麦酒と黒糖焼酎を一つずつで直ぐに就寝。


7/23・日

 漸く朝から曇ってくれた。久久の三十度以下。御昼は小雨。買い物と草刈り。晩食は厚揚げ麻婆。


7/22・土

 朝から牛丼Sへ。割と久久である。暑くなると米食が遠のく。また昨夜はうっかりエアコンの設定を二十六度のまま寝て仕舞った。早速鼻水止まらず。朝から抗ヒスタミン。日中は大変な暑さ。外出草取り等一切不能。夜は宅配のピザ。

 防衛大臣には自衛隊内部からも反発が強まっているという。而も其処ら辺から情報が流出しているのだという。駄目な大臣に謀反を起こしたという悪しき前例にまで発展しそう。何しろ実力組織である以上、格段の注意が必要なのだが。


7/21・金

 朝から異様な暑さ。御昼に出社。今日から講習である。退社後は晴雷亭、立ち飲みBと連戦。割と飲んで帰った。ところで嘗ての生徒K君が訪ねてくる。社内昇任試験の相談に来たのだが、こういう時は何気ない時候の挨拶として「お母さん元気?」と聞くことが多い。すると「実は亡くなりました」と予想外の答えが。もうそろそろそういう年齢である。いやでもまだ早いな。六十前後だもの。


7/20・木

 今日も蒸し暑い。朝方から出張所に参り、電話機を回収箱に放り込んだ。世田谷でも一部小型家電はわざわざ別口で回収している。何かの役に立つのだとしたら、苦労して持って帰った甲斐があるというものである。

 昼は「絵島八割そば」を盛りで。午後はケアマネージャーがやって来る。老家人に入浴補助器を導入することになった。何だか奇妙な椅子が運び込まれた。それにしても此の処の老家人は、気力体力の衰微が著しい。万代伯母と今生の別れをしてから一年。何だか老家人もカウントダウンが始まった感じである。以後、昏昏と午睡す。

 防衛大臣には次から次へと問題が発覚。最早対応不能と言ったところ。Aのお気に入りらしいが、もう成長することはないな。Aは何れは鰤になるとでも思っていたらしい。併し不思議なものである。あれだけの高支持率が一気に萎むのだから。K元首相の言うところの「まさか」というやつかな。いやいや、人人の怒りもいよいよ沸点に近づいたのだろう。ラーメンの次は、魚の刺身が来たよう。田舎の何でも食堂のような感じである。


7/19・水

 昨日伊那に居た頃、民進党のRH氏が会見し、とうとう戸籍の一部を開示したのだという。例の二重国籍問題が何時の間にか蒸し返されていたらしい。何だか色色と言い訳していたようだが、駄目なものは一度たりとて駄目である。特に人権とか平等とかに関わる問題に関しては、妥協とか例外とかは許されない。致命的な判断ミスである。そもそもどうしてこんなことになったのか。何でも党内からRH下ろしが出ていることに対抗したらしい。併し今のところRH氏以外に党首候補も無し。こういう実に下らない内輪揉めを見せられると、民進党はつくづくオワコンだと思う。其れにRH氏は実に詰まらない正論を吐くことが唯一の美点だったが、其れも今回までの話しと云う事になるだろうな。

 六号室退去。早速掃除屋さんが入る。朝方は涼しかったので、吾人も前庭の草取り。午後出社。退社後は中華立ち飲みで中から冷やしたが、直ぐに暑くなる。気象庁によると関東まで梅雨明け。どうにもすっきりしない。何しろ此の所ずっと晴れていたから。梅雨に明確な入り口と出口があるというのも、御役所的発想であると思った。

 帰宅後、BS12でやっていた『発掘!鉄道記録映像』を見る。今回は「第三の鉄道」ということでモノレールを取り上げていた。何にも知らなかったが、大船から江ノ島に至る湘南モノレールは、三菱グループの謂わば実験線で、此処で成功すれば全国に大売り出しを掛ける予定であったとのこと。併しモノレールというものは、フランス式、ドイツ式、ロッキード式、三菱系、東芝系、日立系、色色と咲き乱れたが、殆どが遊園地の乗り物留まりである。多くが短期間で廃止されたし、また実用的に作った路線も高い運賃と赤字体質に悩むこととなる。新技術が必ずしも普及するとは限らない好例である。既存技術を積み重ねた方が過去の蓄積もあるし、コストも安いのである。

 となるとリニアモーターカーはつくづくますます大丈夫だろうか。夢の交通機関と持て囃された辺りは、モノレールと似ている。そしてどの国も実験線止まりである。つまり明らかにオワコンのような感じだが。他にも色色とあるぞ。コンコルド、ホーバークラフト、TSL、水中翼船…。何はともあれモノレールの歴史など考えてもみなかったので、大変勉強になった。


7/18・火

 早速午前中から活動す。今回の任務は低木の枝切り。一メートルほどの枝切り鋏で以て、邪魔な小枝をどんどんと切っていく。例によって、植物の無限成長性と人間による作為との対決である。まあやっていることは丸っきり世田谷の生活と同じなのだか、幾つか違う所もある。何せ山の中なので切った物は其のままにしておけばよい。切り刻んでゴミ袋に入れる手間がないので作業効率は実に数倍となる。

面白がって数百回は引き金を引いた。気分は大門座頭市である。ついでに手入れの悪い隣りの別荘の木も切ってやった。併し敷地には少なくとも数百本の低木がある(と思う)。二時間頑張っても、文字通り切りがない。何せ人間の時間は有限である。俯瞰して仕舞うと、特に何か変わった様には見えず。いやいや、それでも多少は見通しと風通しがよくなったことだろう。

 昼食と午睡、更に仕上げの作業の後、伯母に駅まで送って貰う。帰りは列車にした。十六時過ぎの飯田線で岡谷に向かう。飯田線は例によってのろのろと進む。そもそもの線路が良くない上に、駅に着く度に車掌が乗車券の類を一つ一つ走り回って確認している為である。東海と言う会社は妙な所が真面目であると思った。辰野からは中央線に入る。すると結構速くなる。会社も変わった上、線路も旧本線にふさわしい規格で残っているのだろう。やはり列車というものも、遅いより速い方がいいと思う瞬間である。

 岡谷で更に速い「あずさ28号」に乗り換え。十二両編成の振り子車両だが、行楽帰りの客と出張客が混載され結局満席に。列車は空いている方がいいに決まっているが、なかなか願いは届かず。列車は西日を避けるように右に左にくねりながら進む。その都度吾人もブラインドを上げたり下げたりを繰り返す。

汽車弁当を食べていると関東平野が近づく。だんだん天気が悪くなる。大月から先は、雲が低く垂れこめ深山幽谷の雰囲気。関東は大荒れとのこと。それでもまあ何とか降られずに都内に入る。何しろ雨風雷に弱い中央線のことだから少しは心配していた。

新宿駅定刻到着。列車を降りる。普段と違う十番線に着いたので、何処が何処だか分からない。右往左往していると、汚いおじさんに罵られた。確かあの人は八王子から酒類を持って入った人である。指定席にうかうかと入って行ったから、車掌にたんまり料金を請求されたに違いない。それでむしゃくしゃしているのだろう。大抵の人は特急に乗って御酒を飲めば、贅沢な気分になって、百鬼園先生のように上機嫌になる筈である。

雷雨の影響で少しは涼しいのだろうが、右手には高遠の蕎麦と信州味噌と頂きものの胡瓜の束。左手には壊れた電話機を二台(子機も二台)と使用済み電池の小袋。背中には鞄。新宿渋谷と乗り換える度に、這う這うの体で輸送す。


7/17・月

 木曽には昨日行ったから、偶には伊那谷を下って行こうということになった。併しスマホのナビゲーションは、あっちだこっちだと下らない事は言って来るが、肝心なところが悉く駄目である。最悪動かなくなる。生憎紙の地図など持って来てないから、最後は人間の目と勘が頼りであった。

併しこんな為体では自動運転車など、当分無理だろうと思った。第一にナビすら満足にできない。其れとも外資の会社が適当に作ったものだからからかな。コマーシャルなどでは「オッケー何とか」と言っているけど。当方は「どうなってるんだ」と、何度も叩き壊したくなった。但し箱を壊しても仕様がない。それに何せタダだからな。文句を言うのは筋違いというものである。

 結局何回か彷徨し、飯田にある「かぶちゃん村」という施設に辿り着く。此処は昔の伊那谷の生活が再現されている。テーマパークと言えなくもない。案内の人によると、運営は純民間会社だというから驚く。今時大丈夫なのだろうか。園内は綺麗だったが、人の出はかなり少ないと見えた。

まあ、更に南信には色色と面白い所があるのだが、伊那からでもハードルが高い。日本のチロルと言うところにも行って見たいが、今日は此処でおしまい。踵を返して伊那に戻る。往路は広域農道を使ったので、復路は国道153号で帰る。ところで飯田は焼肉屋が多い街と聞いていた。つい街道脇の店に誘われるように入る。名前は「孫悟空」。まるで中華屋の名前である。地元の店らしいが、他の御客は一組のみ。他県ナンバーのチェーン店に取られたな。可哀想なので適当に注文して食べて帰った。午睡と休憩の後、早夕飯ということで一献傾ける。伯母の運転で駅まで参る。延泊する吾人を残して月波君は早めの帰京。吾人と伯母で静かに少し飲んで御仕舞。


7/16・日

 朝方は結構な宿酔に。何とか収めて周囲の散策。徐徐に体調も回復したので、まず電話機を買いに量販店に参る。自動車さえ使えれば、世田谷よりよっぽど沢山の店がある。助かると言えば助かる。但し車がないと何にも出来ない。途端に無能力者である。極端と言えば極端である。

4000円程度の見切り品を購入。其の後、木曽まで出る。「停車場」という蕎麦屋に入店。割子そばセット(1680円)。蕎麦も旨かったが、おまけで付いてきた初霜と言うお菓子が更に旨かった。柿をペースト状にして砂糖と柚子を合わせたらしい。自家製とのこと。是非和菓子屋も併設すべきであると思った。其の後、一瞬の通り雨。

 神社にお参り。すると何だか食べ足りないので、「ラーメン大学」の木曽福島キャンパスに入学。漸く二回生と言うことである。併しシンボルキャラクターの「大ちゃん」はおらず。きりりとした角帽が印象的だったのだが。早速味噌ラーメンを食す。何も信州まで来てチェーン店に入らなくてもと言う意見もあるだろうが、こういう地場の店を巡ると言うのも結構面白い。でも此の大学チェーンも退潮気味の模様。吾人が学生の頃はあちらこちらに在って、「此のままじゃ大学に入れないよ」「ならばラーメン大学に入れ」なんて遣り取りが沢山されたものだが。何しろ大学が増えたから、ラー大も其の役割を終えたのだろう。以上、散散胃に詰め物をして山荘に戻る。

まず電話機の取り付け。更にあらゆるリモコンの調子が良くないという。あらゆるリモコンの電池交換を試みる。高齢女性に家電のメンテナンスは難しい。更に問題は廃棄物である。取り換えたからには捨てなくてはならない。非定住者にとって、難しいゴミの類を出すのは大儀である。其処で吾人が担いで帰ることにした。夜は野菜の天麩羅に刺身蒟蒻。精進料理で中量飲酒。


7/15・土 

余りに暑いので伊那に避難しようと思った。幸い家人の体調もまあまあである。二三日くらいの外出は許されよう(其れにそもそも息子が行くところは自分の姉さんのところである)。JRの座席指定を取りに行く気もしなかったので、今回は高速バスにした。昨年落成した新型バスターミナルも見てみたかったというのもある。午前中は排水溝の点検と各種買い物。一日二日は飢え死にしなくて済む程度を買って冷蔵庫に詰めた。兎にも角にも、各種用件を済ませ、午後新宿に向かう。同行は例によって月波君。

新宿ターミナルは正式にはバスタと言うらしい。旧ターミナルの貧相さと比べれば雲泥の差である。いつの間にこんな立派な建物が出来ていた。併し何処から土地が湧いて出たのだろう。見たところ跨線橋が大型化した上に堂堂と建っている。つくづく建築技術は現代の錬金術、いや錬床術というべきである。

 連休初日ということで、富士山五合目行きなどは全便満席。次次とバスが出て行く。次次と御客も来る。巨大ターミナルである。客の国籍の多さから言えば、国際空港に来たみたい。また乗り場もぐるりと沢山あるので、バスの入場も少し早い。以前は二つしかなく、正しく秒単位で駆け込むように乗る必要があった。

 十四時三十五分発の駒ケ根行、伊那バス二号車に搭乗。幸い半分程度の乗車具合。車は最新型らしいが、例によってバスというものの大きさには限りがあるから、余り有り難いという訳でもない。早速出発す。旧ターミナルのように、通行人を掻き分けて恐る恐る出ていくようなことはしない。建物をぐるぐる回って降りてから、堂堂と国道に出た。

 序盤は道路混雑の為に多少はもたついたが、中盤以降盛り返し、定刻通り伊那市に到着。ところが此方のターミナルも建て替え中とのことで、随分遠くに降される。這う這うの体で市街に戻り、「うしお」に入店。更に新しい中華屋にも行き、散散飲んでタクシーで上がる。今晩の運賃は2700円。伯母を交えて歓談す。電話機の調子が良くないという。早速買いに行くことにした。

併し伊那の夜は寒いほど。布団を掛ける。長いズボンを履く。汗疹も一瞬で治る。此れは水がいいからだろう。


7/14・金

 一方のA政権の方は、「働き方改革」の看板はもう下ろして、次は「人づくり革命」だそうである。連立与党に配慮して、人間革命でも始める気なのだろう。よくもまあ次から次へと、下らない標語を思い付くと呆れ果てる。まあ其れもあと少しの辛抱である。

 今日は老家人の診察の日である。まず家人がタクシーを拾いに行く。併し三十分経っても掴まえられず、手ぶらで戻って来る。やむを得ず、バス停まで歩いて行くことにするという。すると早速、老家人が歩けなくなったと連絡が入る。慌てて簡易車椅子を引っ張り出して、追い掛けて行った。バス通りまで乗っけて行くと、案外素直に空車が来た。併しタクシーが無いだけで、出発まで都合一時間の大騒ぎである。タクシーというものに不満があるとすれば、本当に肝心な時にまるで役に立たないという事であろう。そこで九時の診察予約も変えて貰うことにした。何も朝一番で参る必要などないのである。

 昨日以上の猛暑となる。午前中の騒動の後は、「やすらぎの郷」で落ち着く。併し此のドラマ、画面の内外を問わずして、次次と物故者が出る。何せ高齢者が登場人物の大半を占める以上、仕方のないことだが、何だか見ていて辛い。老家人、家人の様子を見ていると、此れは吾人にも早晩訪れることであろう。あとどれだけの時間が残されているのか。

 午後出社。金参万円受け取る。漢字検定監督等の為、大変忙しい。ひとりで祐天寺立ち飲みBに参る。最近の祐天寺店は何だか御客が若返り、二三十代が大半を占めている。何だか急に歳を取ったよう。こういう晩は、例の老脚本家の心境である。頭の中には件の主題歌「慕情」が絡みつくように流れる。併しああいう情念を歌える人は、あの人以外に居ないね。帰宅後直ぐに入浴。夏の猛攻を受け、あちこち痒い。満身創痒である。ステロイド系クリームを次次に塗り込んだ。


7/13・木

 ラーメンの人が言い出した「時差ビズ」だとかで、田園都市線も一本、早朝列車が増発されたよう。駅頭などで盛んに宣伝されていた。電車は年中無休で混雑しているのに、何故此の時期なのかと言うと、三年後のオリンピックを想定しているらしい。ラッシュが酷くては観客も動けないからね。

併し満員電車だけはなくならない。ソーホーだとか、在宅勤務だとか、色色言われているが何一つ普及している気配がない(産休、育休、有休ですら)。「週休二日、しかもフレックス」なんて歌に歌われた時代から四半世紀も経っているのに。此の間、ずっと不況だったからな。貧すれば鈍すで、結局身体の丈夫な人が幅を利かせる世の中である。新たなアイデアも生まれないし、当然イノベーションも起らない。最新の情報通信産業などは少しは違うのだろうが、此れも米国の受け売りだからね。さてさて此の時差ビズ、早く来た分、早く帰らせて貰えるのだろうか。

 一日南風が吹き荒れる。買い物は一便。浄水器カートリッジがないというのでドラッグストアーに買いに行くも、何処にも売っておらず。似たような店が何軒できても、此れと言って何の役にも立たない。土地がないからホームセンターは作れないからな。日中蟄居。夕方草取り。雨が少ないから、案外伸びていない。


7/12・水

 結局相当な宿酔となる。午前午後と七転八倒。当然絶食。其のままふらふらと出社。夕方になり、コンビニの御結びを二個、よく噛んで食べた。併し、どうしてこうなって仕舞うのだろう。月波君が次から次へと注文するからだと思った。酒飲みは万事いやしくなるから、出されたお酒は結局みんな飲んでしまう。それで翌日にこうなるのである。毎度毎度同じ失敗をしていると、ラインを使って強く抗議した。

退社後も其のまま帰宅。碑文谷で付け麵。当然無酒。今日もかんかん照り。梅雨とは思えず。夜まで暑い。此処まで暑いと一本道作戦も使えず。拙室も初冷房。冷やした部屋で日記も二日分書く。


7/11・火

 一部識者によると、A政権とはヤンキー政権であるらしい。つまり戦後の憲法体制という巨大な秩序に挑み、其の破壊を目指しているのだと。だから何か言われると直ぐにかっとなるし、自分たちのオトモダチを大事にするのだと。こうなると保守ですらない。秩序の破壊を願うのだから、反動と言うのだろう。此の点においては、アメリカのバノンとかいう人と似ていると思った(彼はレーニン主義者だという)。それともイスラム国に近いかな。破壊の後は、現人神による支配、詰まり戦前回帰である。参ったな、国の最高責任者が此れなのだから。でもそれもあと少しである。だから毎日楽しい。

昨日の閉会中審査は成果無し。当たり前である。何かしらの成果があったら、即総辞職ものであるから。大体、動物のお医者さんが足りない足らないなどと言われているが、そもそも人間のお医者さんだって、足らないところは足りない。偏在は獣医に限ったことではあるまい。

 今日も物凄い暑さ。午後エアコン交換工事。寝室なのでパナソニック製の安い機種にした。当然メードインチャイナ。リモコンが露骨に簡素で何だか笑えるほど。エアコンで大事なのは室外機である。此れで拙宅のエアコン三台全てが2010年以降の製造となる。省エネ基準達成である。なおエアコン屋さんは八月まで予定で一杯だという。忙しいのはいいことだが、余りに暑いから気の毒である。もう少し気候のいい時期に替えたかったが、家電の類は結局壊れるまで使って仕舞うからね。ちなみに同期の三洋は家作に三台付いている。大丈夫かな。今年は猛暑らしい。

 月波君から暑気払いをしましょうと言うので、神保町まで出かけた。まず古書店を覗く。すると清沢冽の『暗黒日記(戦争日記)』がある。岩波文庫の抄録版は読んだことがあるが、本録は初めて見た。なかなか分厚く、大変な迫力である。会敵必討。ついつい購入す。3700円。

鷺乃間君も合流し、まず「ランチョン」という老舗ビアホールに。麦酒650円と高額なので三杯で打ち止めにす。続いて古い蕎麦屋に移動。ところで鷺乃間君は近近管理職に昇進するそうである。目出たい話しの筈だが、彼は組合活動なんかも熱心にやっていたから、手放しに喜べない模様。あちら側の人になることに警戒しているのだろう。万事真面目な性格だからね。木暮課長のような管理者を目指せばよいとアドバイスした。月波君ともう一軒行き、ふらふらになって帰宅す。十時ぐらいまで飲んだかな。


7/10・月

 イスラム国に占領されたモスルは漸く奪還される。併し見たところ市内は瓦礫の山。まるでスターリングラードである。また新聞報道によると、Aの支持率は軒並み下落。一か月に十ポイントずつ下がったよう。今までの支持率が奇跡のような物だったから、崩壊し始めると実にあっけないものである。また本日は加計学園問題を巡って、衆参共に閉会中審査。併し肝心のAは外遊中。実質的な卒業旅行だな。

 更に暑くなる。日中蟄居す。午後千寿に出校。途中床屋に行く。エプロンをつける際に「苦しくないですか」と必ず聞かれる。つい「生活が苦しいです」と応えた。自虐ネタが口から飛び出るあたり、潜在的な機嫌がいいのだろう。何しろ、盛り、掛けと来て、ラーメン(大好き小池さん)が現れたのである。蕎麦屋のメニューで考えると、次はかつ丼(刑事事件)辺りかな。それで総辞職である。めでたし、めでたし。でも取調べにかつ丼って、誰が考えたんだ。其れに何れも要職にあった人たちである。せめて、「かつ重」くらいにはしなくてはね。

 少し早目の退社。「大江戸」に入る。此の店はある時間になると半額になる。つまり回っているものが一旦回収され、一皿四貫の倍盛りとなって出て来る。以後全てがオーダー式に移行する。早速隣の若者は二皿取っていた。廃棄を出さないようにするのは飲食、小売業の基本である。


7/9・日

 昨日以上の暑さとなる。草取りも出来ず。簾を買いに行った程度の外出のみ。


7/8・土

 一日暑い。依然として梅雨前線西日本で圧し曲がっている状態。纏めて降った九州北部は大変な被害の模様。皇室行事も延期となる。朝市で泥葱を入手。そうなると葱たっぷりの麻婆豆腐が食べたい。東急ストアーに「庄内の厚揚げ」を買いに行く。一つ二百円。此の厚揚げ、生地はしっとりとしているが、適度なスキがあり、いい鮨職人が握った舎利のよう。やはり味を決めるのは豆腐である。豆腐くらい、いや豆腐こそ、多少いい物を食べるべきである。

 丁度先週の今日、A首相秋葉原で演説し、野次攻撃に遭う。すると、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」(+美しい日本から追い出してやる)と激昂す。器の小ささを印象付ける結果となったそうである(こうなると分かっていれば、吾人も行きたかった)。今後秋葉原は反権力の象徴のような場所になるかもしれないけど、そもそもの演説には来なくなるな。つくづく日本には異議申し立てをするような広場がない。何はともあれ、Aには終わりが見えた。想定より二年は遅かったが。政権がのたうち回るのは見ていて楽しいが、やはり一日も早く居なくなって欲しい。ちなみにAの後は、再びのAだという。財政再建は進むだろうが、大風呂敷を広げたままの金融緩和策の撤収は相当難しい。まあ此れも誰かが何時かはやらなくてはならないことである。


7/7・金

 今日も暑い。午後出社。面談に補習に講習準備等が重なり異様に忙しい。何だか最近生徒がパラパラと入って来た。退社後は中華立ち飲みに行く。久久の晴れた七夕だったが、会いたいような人とは行き合えず。碑文谷の柏屋で四百円の天麩羅そばを食べて御仕舞。麦酒で内から冷やし、シャワーで外から冷やす。そして一本道作戦である。台所の換気扇を点け、拙室の窓を開ける。其の間の室内の扉を全て開け放てば、涼しい風がどんどん入り、家の中を一巡りし、暖められて出ていくこととなる。前熱帯夜までならば十分対応できる。


7/6・木

 久大線の鉄橋も流された。「ゆふいんの森」も長期運休確定である。また多くの家も水に浸かったり、壊されたりもした。流木被害が多いのは、山が荒れているからなのかな。バイオマス発電で燃やして仕舞えばいいのだが。また鶴木さんの身内の人も日田に住んでいて被災されたとのこと。一方の関東はまあまあ晴れて日中三十度前後。取り立てて無為。夕方一雨あっただけ。


7/5・水

 朝から何時もの内装屋さんに電話をしてエアコンの手配をす。今回は量販店でも通信販売でもない選択にした。北の方はアメリカまで届くミサイルの実験に成功の模様。何時の間にか造っていたのだろう。此の半年で、纏めて実験して、纏めて進めた。双六で言えば五とか六を連発して一気に上がりといったところか。となると核放棄等を迫るのも、もう無理だろう。掌を返したように国際社会に温かく迎い入れるより手が無いな。いっそアフリカ辺りのPKOでもやって貰おう。そうやって少しずつ慣らして行く。其の内、気分も変わるだろう。何しろ、世界に輝く一等国なのだから。其れに、小さい中国がもう一つできたと思えば、そんなに腹も立たない。

 段段晴れて結局暑い。午後出社。事務仕事多く、正直授業どころではなし。金弐万円受け取る。退社後は中華立ち飲みへ。何だか雨が降り出しそうなので、職場に傘を取りに帰る。ぱっと電灯を点けると、奴らがいた。併し近寄ってくる訳でも、逃げる訳でも、当然襲って来る訳でもなし。見ようによっては出迎えていると思えないことも無い。いやしかし、奴らというか彼らに、こういう感情を抱いたことは今まで余りなかった。吾人としても意外である。何しろ酔っていたからな。九州北部は大雨。


7/4・火

 グレの数次に渡る攻撃と、朝の五時半から酔っぱらった若者たちが鬼ごっこか何かをやっていたので、三時間程度しか眠れず。おまけに八時からは御向かいの水道管接続大工事。止むを得ず、起きて草取り。併し異様に蒸し暑く、十五分やって一時間半休憩を数ターン繰り返して、午睡に移る。

 流石に各エアコンも使用開始。すると家人の部屋の物が調子が悪いという。音を確認すると、停止する寸前といった感じである。三洋電機製の十年物だが、元元が安かったから、あまり造作も良くなかった(特に室外機)。ストップゴーをすると機器に負荷が掛かるから、なるべく点けっぱなしにしておくよう指示す。何しろ寝室兼病室だから、一息に壊れたら目も当てられず。暑い上に、台風までやって来る。夕方から次第に大雨となる。夜半には止む。


7/3・月

 未明から南風が吹き込み、行き成りの熱帯夜となる。一瞬で汗疹が。昨日の投票率は51パーセント。まあ此方も吹いたことは吹いたのだろう。よくよく見ると世田谷では自民は三議席と全員当選。自民惨敗に手を貸せず、つくづく残念である。何せ議席が八もある大選挙区だから、風の影響も受けにくい。

 日中三十三度に達す。午前午後と漫然す。というのも普段は人間のことを飯の種ぐらいにして思っていないグレが、何度も上って来ては甘えてくる。当然睡眠妨害。一年に一二度はそういう時期があるからつくづく不思議である。此の所、グレはずっと無断外泊をしていた。恐らく何かの事情で先方から追い出されたのだろう。そして急に里心が付いたという訳である。

夕方千寿に出校。退社後はとんかつを食うと先週から決めていた。早速揚げ立てを食す。併しよくよく噛み締めて見ると、肉に何の味もしないことに気が付く。安い輸入豚なのかなあ。結局はソースの味で食っているのである。揚げ方はいいのだから、いっそ肉を持ち込みたいと思った。つまり揚げるだけの店、正真正銘の揚げ物屋なんていうのがあってもいい。


7/2・日

 香港返還から二十年。此の間、二制度目の民主主義も相当侵食されて仕舞ったよう。強面の国家主席は式典に出て来て、何だか得得と喋っていた。それにしても此れだけ相互交流が盛んになり、インターネットもある(本国では肝心な所は削除されるらしいが)というのに、中国民主化だけは全く進まない。経済発展ノットイコール民主化である。ロシアを見ても分かるように、そもそもの経済も開放経済という訳でもないのだろう。大事な所は党に悉く抑えられているというから、一種のマフィア資本主義である。となると経済危機というショック療法を待つより手が無いのかもしれない。

 朝から都議会議員選挙に行く。徐徐に晴れて次第に暑くなる。昼は中華食堂に。何時の間にか国道の此方側に移転している。店舗は拡大しているから業務拡張である。確かに並の中華チェーンより安くて旨い。一方、歩行能力の落ちた両家人は手に手を取って投票に行ったが、老家人は投票所まで辿り着けなかったという。もっと涼しい内に行くべきであった。

 夜は「KUNOICHI 2017」を見ながら、各局の開票速報を斜め見る。まず前者の説明。要するに女性だけで風雲たけし城を攻略するというもの。挑戦者たちは、跳んだり、撥ねられたり、水に落ちたりする。タレント、アスリート、一般の方方が割と公平に扱われていて、見ていて飽きない。

 さて後者だが、どうやら自民は壊滅。都民何とかが大勝す。風が吹いたのだろう。まあ都民何とかが何をするとも思えないが、Aに大ダメージを与えられたことだけは評価に値する。大体都議会選挙と言うのは政権への(不)信任投票だからね。Aとしては、元の防衛大臣を冷遇したことが都知事選への出馬を促し、巡り巡って自身の倒閣に繋がったというべきか。また世田谷では民進は議席を回復(前回は二人出して共倒れだった)したものの、都議会では第五党となる。

 今後は何何ファーストが雨後の筍のように出て来るだろう。ニューコンテンツの登場である。自民への対抗勢力は、結局風頼みだから、次から次へと出て来ては、直ぐに飽きられて捨てられるの繰り返しである。筍の旬はますます短い。二年ぐらいだろうな賞味期限は。一方、例の蝗は次の票田を目指してどう動くか。今度は新新進党でも作るのかな。


7/1・土

 朝方烏がけたたましく鳴くので外を見てみると、狸(のようなもの)が走っていた。そういえば、ハクビシン(らしきもの)も見たことがある。歩いているのは酔っ払いだけではないな。併し昼は何処にいるのだろう。家で寝ているという訳でもなかろう。都会の不思議である。いや、でも、猫の見間違いかな。正しく百猫夜行。

 人手不足でも賃金が上がらないのは世界的傾向らしい。今後の自動化、コンピューター化が怖くておちおち人を雇い入れられないというのが其の説明らしいが、どうにも本質を捉えていないような気がする。大体産業が自動化され徐徐に無人化されるというのは今に始まったことではない。

やはり資本主義が限界に達したというのが本当の答えでないだろうか。資本主義は成長を前提としている。貯め込んだ利益は投資に回し、それでも足りない御金は借りて来なくてはならない。臥薪嘗胆。今日より明日、明日より明後日(は生産力が向上しもっと豊かになる)。明後日のために今の支出を抑えよ、の精神である。必然的に労働分配率は下がる。併も折角苦労して投資しても、何しろ経済成長が止まっているから、大して儲からない。元手を磨らない事を第一に考えると、投資はしない方が佳い。という訳で利益はそのまま内部留保として貯まることになる。

 ならばいっそのこと、投資も留保も止めて、余った御金は社員に配って仕舞えばいいのだと思う。西日本の何処かにそういう眼鏡販売店があったと聞いたことがある。利益は社員と御客で山分け。つまり社員には臨時ボーナスを配り、御客には利益還元セールをして御仕舞。市場経済である以上、利益の追求はする。でもそれ以上の拡大は目指さない。正しく、脱成長、脱資本主義、脱近代化である。

朝から降ったり止んだりの繰り返し。梅雨も本番である。夕方には晴れた。昼は冷凍食品。買い物は二便。夜は京樽の茶巾寿司。老家人は食欲が足りないと、黄色の着物だけを剥がして食べていた。真っ裸にされた其れは何だか恥ずかしそうであった。夜は取り寄せた『数学する身体』という本で少し向学しようとした。

2017-07-05

2017年6月

10:19 |

6/30・金

 今日は資源回収の日である。例によって瓶と缶を一緒の袋に出している人が大勢居る。例によってゴミ拾いトングを使って分別す。併しこういう人たちは、みんな纏めて持って行ってくれるとでも思っているのだろうか。そんなに沢山行政サービスをしたら、財政破綻まっしぐらである。併しコンピューターとロボットが幾ら進化しても、こういう仕事はなくならないだろうな。

 東電幹部が強制起訴された件で漸く裁判が始まった。津波を予測できたかが焦点。同業他社はそれなりに対策をしてきただけに、やはり責任は大きいと言えよう。何も平安時代大地震を思い起こす必要はない。つい先日のスマトラ島沖の大地震を見れば震え上がった筈である。でも正直な話し、此の国の裁判所への期待値は・・・。それにしても非常電源の防水対策は二十億で出来たという。被害は少なくとも二十兆円に達する。

 午前中は雨模様。午後は曇り。夕方出社。退社後は鶴木さんを追いかけて、晴雷亭から中華立ち飲みへ。こうして六月も終了す。今月は一万八千字も書いた。何にもない月だったから、よく書けたと自画自賛す。


6/29・木

 朝方ミケが異様に飛び跳ねていると思って見に行ったら、案の定、小鳥を取っていた。庭で猫を飼うようになって七年。三匹で十羽は取ったかな。本能に基づく行動とはいえ、鳥類にはつくづく申し訳ないと思う次第である。雀は庭に埋めてやった。一方の蝶や飛蝗はすっかり食べて仕舞うから統計にもならず。

 失言続きの防衛大臣に、激昂代議士。Aには女難の相が出ているな。愈愈日曜は都議会選挙である。後者の音声は繰り返しテレビ等で流された。併し他人の激昂というものは聞くに堪えないものである。午睡の吾人も何度か起こされた。目覚まし時計で使えると思った。また吾人も時折声を荒げることがあるから、気を付けなければならないとも少し思った。そういえば、テレビに出て来る「夜回り先生」は決して怒らないというから大したものである。一方の現文科副大臣殿は、先生時代に体罰を振るったとかで少し問題になったことがあると記憶している。

 色色と考えたのだが、天麩羅に塩を付けるようになったのは、旨い塩が出回るようになってからではないかという結論に至る。つまり専売公社の民営化(1985年)が佳かったのかなあ。だとしたら数少ない規制緩和の成果である。

 昼はレトルト食品冷凍食品を掛け合わせてカレーうどん。午後、割と近所の大型スーパーに買いに行くも、野菜類以外は目ぼしい物がない。大体此の店はイオン系ではないものの、売っているものが何時も同じ(特に魚)。何でも沢山並んでいるが、食べたいものが何もない。みんな何を食べているのだろう。献立が考え付かないのは、此方の頭が悪いからではなく、売っているものがパターン化されているからだと思った。牛ゴボウ、鮭の西京焼きに、冷凍食品を摘まんで食べた。時時草取り。


6/28・水

 午前中は小雨。午後出社。駅前をぼんやりと歩いていると、何処かで聞いた声がする。其れはN前首相の声であった。都議会議員候補の応援演説にやって来たのだろう。近づいて見ると聴衆は僅か十数人。客間君の言い草ではないが、既にオワコンと言うやつである。

併しN氏には吾人とて色色と言いたいこともある。まず、そもそも何であの時期に解散をしたのだとか、首相在任中一度でも民主らしいことをしたのでしょうかとか、せめてO元代表との分裂選挙だけはやめて欲しかったとか、A政権の生みの親とまでとは言わないが、結果として産婆さんぐらいにはなって仕舞ったのではないですか等等。いっそマイクロホンを此方に投げて欲しいと思った。そうすれば即興の討論会、タウンミーティングが出来た筈である。

 退社後は久久に立ち飲みBへ。どうにも質の悪い中年客が、猥談を強要して来て閉口す。いやあ、こういう人は自分の話しが一番面白いと思っているから、本当に度し難い。勿論吾人も此の手の話題は嫌いではないが、幾ら酔っていても話し慣れた人以外には決してしない。またU店長は他店に異動とのこと。彼は言葉が悪いから少し心配である。立ち飲み屋であっても、矢張り言葉だけは丁寧な方がいい。何しろ言葉はロハだから。


6/27・火

 家人の発症から二週間が経過。発疹は収まりつつあるが、身体の中からの鈍痛が酷いという。後遺症的な神経痛の模様。所定量の鎮痛剤では効かないようで、ほぼ寝た切り状態。

一方の吾人も診療所に。家人に飲まされた血圧が下がる御茶が効いてきたのか、何も文句は言われなかった。また今回から高脂血症薬は四十五日分纏めて処方して貰うこととす。診察の機会が三分の二になると思えば機嫌も良い。それに医療費削減にも貢献出来る。

 午前中は「リミットレス」という映画を見た。人間は脳味噌のごく一部分しか使っていないと言われているが、此の映画では百パーセント動かせるドラッグが登場する(勿論違法)。早速主人公は、論文指導をしたり、小説を書いたり、株価操作を行うなど文理に渡る天才ぶりを発揮するのだが、結局は依存症プラス麻薬抗争のような事態に。つくづくドーピングは宜しくないと思った。ところで昨夜、中学生の棋士が新記録を樹立。ああいう人は常人の数倍は脳を使っている筈である。物の見方も違うのだろうか。但し、盤上の世界だけなのかな。池尻でとんこつ醤油ラーメン。以後、買い物、草取り、午睡と続いた。

 夜はアニメ美味しんぼ」。今回はチンピラに占拠されたうどん店を救うというもの。三十年前の東京ではうどん専門店は珍しく、一方のヤクザ屋さんも珍しくなかったのだろう(「うどんの腰」参照)。其の次の「鮎のふるさと」という話では、天下の食通さんたちが天麩羅をどっぷりとつゆに潜らせて食べていた。其処は塩だろうと突っ込みを入れたくなった。折角の小鮎の天麩羅が、実に勿体ない話しである。でも天麩羅に塩を付けて食べるようになったのは、一体何時からなのだろう。今時、立ち飲み屋でも普通に塩が出て来るが。併し再放送というものは勉強になる。最近の地上波は生放送ばかりで再放送が極めて少ない。だから若い人は歴史の勉強が出来なくなる恐れがあると思った。

 更に深夜になってNスぺの「人工知能2017」の再放送。将棋の名人が出て来て、強い怖い大変だとおっしゃっていた。コンピューターの進化に最も脅威を感じているのは、まずは棋士さんたちなのかもしれない。一方の学習塾は・・・。最近はネットで色色と教えてくれるみたい。確かに変な先生の下手くそな講義を聞くよりよっぽどいいだろう。知識を伝えるのは機械に任せるとして、浮いた時間で先生たちはもっと生徒と向き合わなくてはならない、などと高をくくっているけどね。


6/26・月

 一日曇り。午後千寿に出校。中学理科は物の燃焼。炭素プラス酸素で二酸化炭素などと言う愚にも付かないことが教科書には書いてある。世の中、そうそう教科書通りに問屋は下ろしてくれない。一酸化炭素も大量に発生す。二酸化炭素地球温暖化物質ではあるが、通常生活に於いて恐ろしいものは、此の一酸化炭素である。別に火事など起こさなくとも、やられるときはあっという間にやられる。物を燃やす時に大切なのは、兎にも角にも空気の入れ替えである。其処でくれぐれも換気扇を大事にするようにと力説した。大体扇風機が動かなくても命に関わることはないが、換気扇のそれは大事故につながる。ところで換気扇の日というものはあるのだろうか。換気扇の日日の地味な働きに感謝して、点検と清掃を行う日とすべきである(調べて見たらあることにはあった。いい空気で11月9日と云う事である。)

 退社後は生麦酒250円に釣られて構内の回転寿司店へ。奥の座席に案内される。場所的に板場が一望出来る。ついつい中の方を観察す。すると回り過ぎたものが次次とポリバケツに放り込まれている。あらゆる産業に在庫廃棄は付き物とは言え(学習サービス業運輸業は空席を廃棄している)、見ていて余り気持ちのいいものではない。特に480円の鮪が容赦なく二皿纏めて捨てられた時は、「あっ」と素っ頓狂な声が出そうになって仕舞った。高い皿はオーダー制にするか、時間の経ったものは格下の皿に乗せ換えるべきだと思った。という訳で食欲にも非常ブレーキが掛かり、麦酒も二杯で終了。其のまま帰った。今夜はとんかつにすべきだったと後悔す。注文式の揚げ物産業には廃棄は少ないだろう。


6/25・日

 未明から雨。昼前には上がる。草取りをしていると、月波君から近くに来たので飲みませんかと誘われる。夕方前、祐天寺立ち飲みBへ。客間君と蒲田の「山田うどん」に行って来たのだという。幾ら都内では珍しいとはいえ、態態電車に乗って食べに行ったのだから、物好きな二人だと思った。

早速都議選を巡って情勢分析。民進党は愈愈消えてなくなりそう。野党第一党首都から無くなる異常事態である。民進党は既に終わったコンテンツなのだろう。民進党が再生するには、もっと左に舵を切るべきだとは思う。併し其の上で支持を集めるには、経済危機とか緊縮財政で中間層が更に崩壊しなくてはならず、つくづく其れも明るくない未来であるという話しになった。一億総中流の遺産がある限り、結局は風頼みなのである。其の上、過去一度や二度の突風程度では自民党は大して壊れなかった。つくづく権力というものは、狡知で頑強である。またA政権への支持率は若い人ほど高い傾向があるという。若い人は物を知らないから、権力というものが、如何に恐ろしいものであるかについての認識がつくづく足りのだと思った。(別に戦前の例を出す必要はない。例えば、水俣、三井三池、最近では国鉄解体で何が行われたのか、少し調べるだけで十分である。)

 二時間ほどで御開きにした。ところで最近のBは酎ハイ類が極端に薄い。途中からワンカップに切り替えた。高架下の「東急ストアー」で鰹の刺身を購入して戻り、猫と老家人に食べさせる。結構高評価。何しミケもシロも食い付き方が違う(洋猫風情のグレは魚はまず食べない)。イオン系と違い東急は自店で包丁を振り回しているからだろう。でも電車も東急、バスも東急ケーブルテレビ東急、買い物も東急となるのは少少悔しい。何だか酔いが回り、少し横になって、起きたら十二時近く。日本酒の破壊力は誠に凄まじい。


6/24・土

 朝からF蕎麦に。今日は何だか矢鱈と汁が濃い。何時も以上に真っ黒である。粉粉になった天麩羅を丹念に箸で救い上げ、汁は成るべく残す。塩を取る習慣のないアフリカの何とかと言う部族には、高血圧の人は全くいないと聞いたことがある。塩辛いものを此れだけ浪費出来るようになったのも近代化の御蔭には違いないが、余り噛み締めてはいけない。一日晴れて終日暑い。取り立てて無為。


6/23・金

 一昨日の事故は、大雨で遅れた列車が集中し、過電流が流れて切れて仕舞ったらしい。田舎の新幹線と違って、うかうかとウヤにすると、乗り切れないほどの凄い数の御客がいるからな。だからリニアが必要なのですと言い出さないといいが。ただ誰が言い始めたのかは知らないが、仮眠用の車両を「列車ホテル」と言うのはどうかと思う。寝台車と違って横になれる訳ではない。

都議選が告示。何とかファーストの会も維新以上に十二分に胡散臭いが、政権与党を大敗に追い込めれば面白いことになる。併しAも許せないことは許せないが、それ以上に許せないのは、Aに唯唯諾諾となったかと思えば、今度は都知事にすり寄っていくあの政党である。併し票田だけは確実に捉えて来る。正しく蝗である。自称福祉等に明るい蝗。逆にして読めば・・・。

 朝から診療所に。どういう訳だか、年寄りで大混雑。待っているだけで血圧が上がるので今日は止めにして帰った。併し此の診療所に来ると何だか無性に腹が立つ。何故腹が立つのかというと、此処の御医者さんからは健康診断の結果について只管文句を言われるだけで、苦しい時に這うようにして掛かった経験が一度も無いからだと気が付いた。窮地を救って頂いたということが一度はないと医師との信頼は築けない。血圧やコレステロールがああだこうだと言われても、説得力がゼロなのである。

 午後になると歌舞伎役者記者会見。細君の死を告げる。ネット上に闘病記のような物を出していたらしいから、秘密にしておくことも出来ない。併しブログを励みにして来たような同病の人は衝撃が大きいだろう。本人としてはまさかこういうことになるとは思っていなかっただろうし、そんな事まで責任は取りようがないのだけれど、矢張り書いたものを公開すると云う事には大きな責任が伴う。其の最低限の自覚は必要であると思った。

 夕方になり、バスと徒歩で一旦本務校に出社。事務仕事を片付ける。以後千寿校に回航。ところで最近私鉄のダイヤを見ていなかった。行きしなに『東京時刻表』を購入。読みながら参る。最近の私鉄各線には有料列車が走っているから結構華やか。併し小田急線急行快速急行だけで一時間に十二本も走らせている(ちなみに十五年前は急行準急で八本)。こんなに沢山走るのだから、ちょっとやそっとの複複線でも足りないと思った。新百合ヶ丘ぐらいまでは欲しいかな。しかし将来は過剰投資になるのかも。何しろ中央線三鷹から先は諦めたというから。未来とは減少社会である。千寿の金曜代講は本日で終了。飯田橋に回り、月波君と飲んで帰った。立ち飲みBと屋台ラーメン。結構暑くて草臥れた。


6/22・木

 昨夜新大阪の手前で架線が寸断。大体電線が切れると数時間コースである。何万人も家に帰り着けず。東海としては珍しい部類の事故になるのだろう。また日本郵政の社長は株主総会で平謝り。何でもかんでも民営化して株式会社にすると、結局こういうことになるから考え物である。

 朝から晴れ。御向かいの足場が愈愈外れる。よくよく見てみると、田舎の小学校ぐらいある巨大な建物である(但し校庭は廃止)。実に何世帯入るのだろう。敷地人口は恐らく十倍近く増える筈である。

晩食は焼き鳥中心。今まで書いて来なかったが、割と近所に古い鶏肉専門店があり、生肉を売る序に店先でも茫茫と焼いている。一本九十円。小振りな胸肉と皮がサンドになっており、同時に噛み込むと口の中で丁度いい塩梅となる。こういう合わせ技は昔からの知恵なのだろう。辛口のタレと良く合い、何しろ噛みごたえがあるのが佳い。以前は行列も出来ていたが、最近は御客が随分と減っていると感じる。コンビニのふにゃふにゃもも肉に奪われたな。それに鶏を焼いている人は此の道何十年というベテランの人だけど、後継者はいないと思う(多分)。あと何年噛み締められることか。月波君から明日の予定について尋ねられたので、「あしたの事はあさってにならないと分からない」と返信しておく。後から気づいたが、案外此れは至言である。


6/21・水

 一週間経ったので、再び大病院に参る。まず何よりも先立つものはタクシーである。立って探したが、二十分は来なかった。雨なので実車が多いのは分かるが、何台も回送車が通った。併し空のままで一体何処へ行くのだろう。みんな都内の車だった筈だが。

 結局多少遅刻して受付す。此処で小一時間。肝心の診察はと言うと、経過も良好とのことで、処方箋すら出なかった。そもそも薬さえ飲んでいれば、そろそろ治った頃なのだろう。診療報酬220円。大病院は案外安いと思った。再びタクシーで帰る。往復で2500円。併し満足な車寄せも無い古病院だから、行って帰るだけで疲れて仕舞う。建て替え工事完了が待ち遠しい。

 御昼過ぎからは結構な強雨。昼食休憩の後、バス出社。久久の本務校である。行けば事務仕事が目白押し。まずは何よりも大切な授業料引き落としデータの作成と送信。併しパソコンが巧く作動しないという。どうも生徒が悪戯をした模様。調べてみると、大事な所がごっそりとゴミ箱に入っていた。削除された日時から推測すると容疑者は小四の男の子である。恐らく悪意はなくデスクトップを勝手に掃除した気になっているのだろう。万事子どもは気楽でいい。何とか復旧させ、郵便局に送信す。つくづくこういう仕事は不得手である。汗びっしょりになる。其の後は講習案内の作成。更に平政君の代講で高校数学。まあまあの高校だから、数気任皸導案颪靴ぁこちらも汗びっしょり。

 雨は夕方にはすっかり止む。退社後は中華立ち飲みに行き、常連のおじさんたち相手に多少毒気をつかせて頂いた。珍しいく十一系統のバスに乗って、降りて、環七から歩く。すると大通り中通りとも空車が洪水のように走っている。其の何割かを今朝に回せないものかとつくづく思った。雨の日だけ車庫から出て来る車とかはないのかな。


6/20・火

 一日晴れ。取り立てて無為。都知事が会見し、豊洲移転を正式に表明。但し築地も観光市場的に残す積りのよう。所謂両論併記。少しはいいアイデアを思い付いたのだろう。当然現実的ではないという批判も直ぐに出て来る。併し拗れに拗れたな。K知事に歴代知事の失策を一身に背負わせる訳にも行かないし。

 また盛りの方の理事長は検察の捜索を受ける。口封じを狙った国策捜査だと憤慨していたが、補助金を不正に受給した事実だけは動かしようがない。税金など取られるだけの立場から見れば、色色と書類を作って騙し取れる立場が実に羨ましい。来世は公務員か、補助金で暮らせる人になりたいと思った。


6/19・月

 放っておくと炎上するからという理由で、国会も閉幕。盛り、掛けと来たなら、次はどーんと鍋焼きうどんあたりが出て来て、内閣ごと吹き飛んで欲しいと思った。尚、支持率も少しは下がったよう。

 日本郵政不動産会社の買収を断念。新聞の見出しには、「日本郵政の成長戦略不発」とあった。併し何も郵便局が成長しなくたって、みんなが困ることは無い筈である。余り郵便料金を値上げされても困るが、日本全国津津浦浦に手紙と小包が配れれば十分である。社員さんたちにまあまあの給料が支払えれば尚結構。無理に成長しようとすると何処かに無理が掛かる。実際海外企業の買収ではかなりの損をしたらしい。どうしても不動産業がやりたければ、JRを見習えばよかろう。

 朝からかんかん照り。昨夜のアルコールと気疲れが充満して日中漫然とす。記念会で即売されていた『語る藤田省三』を読みながら千寿に出校。尾崎翠が出ていたので、千寿の大型書店で『第七官界彷徨』も購入。併しこういう文学作品は中中読めないな。字が大きくて助かった。退社後は「宗庵」で付け麵。魚系ととんこつ系が分けられていて佳かった。どうもあの合わせ味と言うのは少し苦手である。帰りの車中も只管ページを捲った。ほぼ休肝。


6/18・日

 朝から曇り。御昼にメトロに乗って久久に鳳生大学に参る。芥田先生の新著出版記念会である。学生食堂を丸ごと貸し切ってパーティーを行うことになっている。参加者凡そ数十人。大学関係、出版関係、研究会関係多数。学部学生出身は吾人らのグループのみ(月波君、坪上君、客間君)。年上の大学院生は既に五十に近くなり、社会人入学の方方は元元の年齢が既に高い。詰まり何が言いたいかと言うと、吾人らが最年少ということである。

 立食形式なので給仕の必要はないが、御酒は注がなくてはならない。焼酎を割ったり、ワインの栓を抜いたりと、酒当番を仰せ付かる。若い衆は働かなくてはね。学者マニアの月波君は喜んでいたようだが、やっていることは高齢者の面倒を見ることであって、普段の生活と大して変わりがないと思った。

 ところで数年と空けずに来た筈のキャンパスも次から次へと校舎を建て増しして、最早何処が何処だかさっぱりわからない。トイレに出た序でに一回りしたら、迷って仕舞う次第である。渋谷駅と同じだな、市ヶ谷永遠再開発である。併し何処にそんなに沢山学生がいるのだろうか。出席率が向上したのかな。吾人が学生の時分は、登録者百名、出席者数名なんて講義がざらにあったものだが。また旧校舎はあるにはあるが、此方も建て替えが決定しているとのこと。511という大教室は既に無くなっていた。人というものも猫と同じで、縄張りとしていた古い建物が無くなると、段段寄り付けなくなると思った。

 一次会は夕方前には終了す。雨の中を移動して居酒屋での二次会へ。参加者は凡そ半分になって三十名。其れでも誰が誰だか殆ど分からない。其の上、大声で怒鳴るように会話してもなかなか話は通じない。八時頃終了。幸い一次会の御金が余ったとかでロハで済んだ。色色多めに出してくれた人が居たのだろう。さてさて若手グループはラーメン「かわかみ」に寄って帰った。若い人は疲れるな。

 

6/17・土

 一日晴れ。伊豆大島の近くで、日本郵船が雇った大型コンテナ船とアメリカミサイル駆逐艦が衝突。後者に人的被害が出た模様。やはりテロより事故の方が怖い。戦争>事故>テロである。またロンドンの火事も相当な死者が出る見込みだという。やはり安全管理学部を作るべきである。

 朝からМ家で「焼鮭定食」(450円)。塩分抑制のために多めの味噌汁は半分残した。以後適当に過ごす。晩食の買い物に出かけた以外は概ね無為。


6/16・金

 森にしろ加計にしろ、賄賂が飛び駆った訳ではないから、大した問題でないと言う人が居る。まあ確かに、刑事事件で立件するのは中中難しいだろう。いやだからこそ、より質が悪いのである。言う事を聞かない相手でも、賂の力で説き伏せるというのが贈賄であり、捻じ伏せられるのが収賄である。詰まり金さえあれば誰にでもチャンスがある。併し今回の件ではオトモダチに阿吽の呼吸で便宜を図っている。政府と其の周辺が、御内人のような連中で固められて仕舞う方が、権力としての腐敗度はよっぽど高いと言えよう。

 また文部科学省の再調査により、所謂加計文書の存在は正式に認められるようになった。当初其れを怪文書と名指しした官房長官も旗色が悪いな。ところでこういう記者会見を見ていると、何だかパチパチと音がする。会見場でとんかつでも揚げているのかと思ったが、それは記者がキーボードを打つ音らしい。うーん、言葉の遣り取りを文字にするのは最近流行りの音声入力に任せるとして、記者は質問に集中して欲しいと思った。そもそも記者と速記者は表記は似ているが役割が違う筈である。

 一日晴れ。日中は何だか漫然とす。夕方遅くになり千寿に代講出社。東武線直通南栗橋行きに乗った筈だが、どういう訳だか突如として押上止まりに変更となる。ダイヤの上には何にも起きていない筈なのに理不尽な話しである。錦糸町で後続列車に乗り換え。直通は十分に一本しかないから、都合二十分分の御客が溜まり、車内は総立ちとなった。どうにも此の区間はつくづく弱い。もっとも吾人は北千住で降りるから、東武鉄道には一円も入らない計算である(北千住の改札はメトロと東武の共用なのでメトロの運賃だけで着いて仕舞う)。メトロが幾らか東武に支払う約束になっていると聞いたことがあるが、どちらにしても儲かる話しではないから、そもそものやる気がないのだろうと思った。

 何の面白いことも無く退社。東口で付け麵を食べ、再び半蔵門線直通に乗って帰る。すると車内には、小田急線複複線化のコマーシャルが流れていた。何しろ線路が倍になるのだから、出演している双子さんもすらりと分身す(鉄道会社らしく落ち着いていて、なかなか好い出来)。五十年来の悲願が愈愈来年春に叶うそうである。完成の暁には田園都市線の御客も取りに行く積もりなのだろう。ごっそりと奪って行って欲しいものである。併し十数キロを造るのに計画段階から五十年、実工事に三十年(住民に色色と訴えられたりもした)。費用は軽く三千億円。一方のあの会社は名古屋まで十年以内、五兆五千億で作ると言っているらしい。正しく痴人の会社、いや痴人の夢の会社である。勿論痴人とはあの人物のことである。


6/15・木

 ロンドンの高層アパートで火災。大分古い建物のようだが、やはり高い建物は危ないと思った。日本は大丈夫だとは思いたいが、例えば階下の住民がど派手に焼身自殺でもしたらどうするのだろう。特に横に逃げられないような、塔のように尖った建物は怖い(殊にワンフロア―に一二部屋しかないような物件)。併しああいう所に住んでいられる人は、何かしらの想像力が欠落しているのだと思う。吾人なら毎日火伏神社にお参りするだろう。

 共謀罪が朝方成立。併しこういう法律の成立をなぜ急ぐのだろう。此の件に関しては官僚主導のようにも見える。恐らく警察官の失業対策だな。何しろ国民がどんどんと少なくなるのだから、犯罪も少なくなる。ならば警察官も不要になるというのが筋である。そこで国際テロ対策を行うと云う事にして予算と人員を確保したいのだろう。危機を煽り立てるのは、昔の軍部も今の警察も同じである。軍縮と言うのも難しいが、警縮と言うのもつくづく難しい。少少暇になった方方を、行方不明になったお年寄りを探しに行く係とか、酷い目に遭わされている女子供を救う係とかに転属させたらどうだろう。此れらは所轄署の生活安全課の仕事かな。公安警察出身者は嫌がるだろうけど。また法律そのものより、法による委縮効果の方が大きいとも考える。例えば「個人情報保護法」でどうなったか。みんな勝手に忖度して、社員や学級名簿の類も綺麗さっぱり無くなったのである。

 家人の様子はまあまあ落ち着く。朝から銀行に行き、税金を支払う。此の時期は都市計画税固定資産税である。一年に十二ヶ月あるとして、大体二ヶ月分の賃貸料収入が此れに消える。あと日日の修繕費や不動産屋手数料等等にまた二三ヶ月、相続税の支払いに恐らく二三ヶ月(其れが三十年)。他に所得税住民税もある。償却済の建物であっても大して儲かる訳ではない。ちなみに吾人の特別区民税は五千円であった。所謂均等割の部分である。来年はもう少し払えるかな。

 昼は弁当。晩は冷凍うどんにスーパーの天麩羅を添えた。またチェーン古本屋で『漂白される社会』『絶望の国の幸福な若者たち』『呑めば、都』。夜は映画「パークランド」を見る。陰謀論という立場は取らずに、ダラスでの出来事をリアルに描いた作品。特に大統領の棺を機内に入れようと、警護官らが必死になって座席を取り外したり、壁を壊したりするシーンが胸に迫った。併し此の事件、結局どうなったんだっけ。未だに万人が納得できるような説明は無し。事件関係の報告書は確か2039年に機密指定が全面解除になる筈だが、実にまだ二十年もある。それにしても、あれから数十年。大統領の立場も頭の中身も随分と軽くなったものである。

 ちなみに、オ狙撃犯も彼の母親も相当ぶっとんだ人だったらしい。そんな人の弾に偶偶当たって仕舞ったものだから、あれだけ陰謀説が出て来るというのが吾人の見立てである。人はどうしても無意義な死というものを信じたくないから。


6/14・水

 起きてぼんやりしていると、出掛けた家人が戻って来ていて、今から大病院に行くと宣う。疱疹が愈愈収まらないので、朝から診療所に行き、既に紹介状も書いて貰ったのだという。慌てて車を呼び立て、近所の大学病院まで参る。例によって大病院は大混雑である。其れに紹介状はあるが予約票は無い。おまけに予約の患者も相当遅延している模様。以後延延と待つこととなる。一時間を過ぎた辺りで時間意識が蕩けて来る。此の感覚は何かに似ていると思った。そう、田舎の駅で滅多に来ない列車を待っている時の感覚に近い。ただ田舎とは雰囲気が違う。結局暗い待合室で二時間近くは待ったよう。

 肝心の診察はと言うと、まだ薬を飲み始めて時間が経っていないので、暫らく経過を見ましようとのこと。家人は入院する覚悟で来たらしいが(実際にお泊り道具を持参)、大体帯状疱疹如きで一一入院されたら、病院が破裂するであろう。結局其のまま引き返すこととなる。家に帰ったら午後の一時前。

 食事と休憩の後、本務校に出校。併し何だか頭がぼんやりす。本務校に来たのは今月二回目。併し六月も半分も過ぎている。夏期講習の準備も進めなくてはならない。此の所、吾人の時間が大泥棒に遭って、ごっそりと盗まれたような感じがして仕様がない。退社後も碑文谷まで戻って、「王将」に入る。少し麦酒でも飲んでぼんやりして、時間意識を正常に戻そうと努力した。併し麦酒の味がまだ戻らない。何だかピリピリする。スードラはどうも苦手である。


6/13・火

 家人は抗ウイルス剤と市販の鎮痛剤を服用す。痛い痛いとほぼ寝た切り状態。一方の吾人も咳が出続け、先日の「プレコール」を追加購入。五日分で1300円。

 東風が入り終日涼しい。午前中は草取り。すると雨が降り始める。少し食べ物から力を貰おうと思い、昼は「野郎ラーメン」(780円)。やはりこってりは旨い。糖質脂質たっぷりだが、野菜もたっぷりだからバランスは取れているだろう。序にスーパーで両家人用の弁当を購入。結局買い物は吾人がするしかなくなった。


6/12・月

 家人は今度は帯状疱疹を発症。股擦れかと思ったら、水疱があるとのこと。吾人の風邪ウイルスはうつらなかったが、自分のウイルス自家中毒を起こしている。しかし腰痛に続き、つくづく災難である。

 一日晴れ。午後千寿に出校。喋っている内に痰が絡んで来て咳が出る。慌ててマスクを掛ける。喋るから風邪が治らない。一種の職業病である。また千寿校に習いに来ていた真面目な女の子が今月で辞めて仕舞うことになった。週に一回とはいえ、中三の頃から二年以上見てきた子である。もっとも真面目と言っても、ただ只管真面目なだけと言う感じの子で、勉学意欲もそんなに高い訳でもないし、余計なことは何も喋らない。吾人の無駄話にも反応は薄かった。

 此の仕事をしている以上は避けられないこととは言え、まあどんな子であっても、途中退会というのは残念なことである。第一に、もう二度と教えることが出来ないし、それに途中で辞めて仕舞うと、何となく気が引けて教室に遊びに来るようなことも出来なくなる(但し千寿校はそういう雰囲気にはないが)。恐らく今生の別れに近い結果となるだろう。退社後は大橋の自動化寿司で一人残念会。京成線上野まで出て見て、銀座線経由で帰宅す。

 寝る前に「マッドマックス・怒りのデス・ロード」を見る。二十数年ぶりの新作と云う事であるが、またオーストラリアで撮ったのかな。文明崩壊後の世界は相変わらずの砂漠地帯である(本来なら「アバター」のような濃密な緑の世界になると思う)。ただ砂と車と汚い男連中ばかり見せられる中で、美女集団が出て来たのが少少目新しい。世紀末の後は女性活躍の時代である。


6/11・日

 朝から自販機周辺の片づけ。溢れた物を下げるだけでは根本的解決にはならない。思い切って箱を開け、中身を袋ごと取り出す。すると箱の底には予備の袋があった。中中準備がいい。袋を張り替える。片づけるのは構わないが、一枚数円とはいえゴミ袋を持ち出すのは何だか気に食わないものである。併し東京ゴミ戦争だな。さながら市街戦である。

 晴れてはいるが比較的涼しい。昼は上馬でへぎ蕎麦。蕎麦は旨いが、そば汁が一味足らない。まだ鼻の底が詰まっている感じ。其の後、昏昏と午睡す。


6/10・土

 朝からかんかんに晴れる。池尻にラーメンを食べに行くも、やはり一味足らない。鼻の奥がまだ詰まった感じが取れない。咳も少少。

 警察官が妻および子を殺害した事件が起こる。妻による一家心中を偽装したらしいが、直ぐに見破られた。部下の不祥事に県警幹部はショックを受けているらしい。まあしかし警察官としての立場を悪用して、第三者を殺めたわけではあるまい。恐らく、現職警察官としては偽装工作が低レベル(多分に素人以下)で、司法警察員としての能力の低さに衝撃を受けているのだろう。それにしても、殺された子はつくづくつくづく可哀想である。妻は夫を選べるが(見込み違いは多多あるが)、子どもは親を全く選べない。今後数十年に渡る筈の未来を奪われた子の方をもっともっと悼むべきである。

 夕方は「訊きたい放題」というMXの番組を見る。古谷という文筆家が、改憲派をドリーマーと称していたのは痛快だった。従来改憲派というものは、憲法改正というビッグな夢を語ってさえいればよかったそうで、具体的な改憲案などは特に何にも考えて来なかった。併しA政権が出来、いざ実際に改正発議をやろうと思えば出来る環境となって、慌てて改憲案を作っているものだから、丸で中身がないのであると。中中言い得て妙であると思った。此の人は吾人とは大いに立場を異にする人であるが、猫が好きという本を出したと聞いた頃から少し関心があった。矢張り猫好きには・・・。

夜はスーパーで一枚千円の牛の肉を買って焼いて食べたが、ちっとも旨くなかった。此れは味覚のせいではあるまい。旨そうに見えたのだけれど。痛恨の極みである。


6/9・金

 朝から概ね晴れ。昼はかつ丼にしたが、やはり一味足らない。嗅覚が戻ってないから、味覚も鈍感となる。併し発症から一週間以上経ってもまだ治らない。幸い両家人に風邪の症状は無し。同じ家屋に生活している人にはうつらないで、通りすがりの赤の他人からはうつされる。ウイルスというものはつくづく不思議である。

 午後千寿に出校。平政君が教育実習に行っている間は、吾人が代講する手はずになっている。ついでに月曜の振り替え授業も行う。平政君に丸投げした高校数学がブーメランのように還って来たわけだが、まあ何とかなった。退社後は大橋の自動化寿司に行っては見たものの、満席で入れず。かといって取り立てて鮨が食べたいという訳でもない。入れないなら入れないで結構である。他にも店を物色したが、何だか食べたいものが丸で浮かばない。結局其のまま帰り、コンビニに寄って御仕舞。今週はコンビニをよく食べた。何だか疲れて仕舞い直ぐに就寝。麦酒一缶のみ。そういえば麦酒の味も戻らないまま。


6/8・木

 午前中は薄曇り。御向かいは内装工事に移行。日日トラックに乗せられ、膨大な建材や建具の類が運び込まれている。作業も終わらないらしく、内装屋さんは連日の残業。膨大な内需なのだろうが、此れが無くなった暁には・・・。

朝方は草取り。御昼は「せい家」でラーメン。此処も今月から値上げした。併し何だか味も薄い感じ。まだ味覚が戻っていない。また三月に閉店した本屋はドラッグストアーになっていた。一体何軒目だろう。実にドラッグストアーだらけである。ドラッグと言うからには、余程儲かるのか。

 午後は更に晴れた。桐の枝を落とした後は、昏昏と午睡す。目が覚めたら夕方であった。三丁目の肉屋でとんかつを揚げて貰う。晩食中、同い年の鮨職人が頑張っているという話しをすると、老家人は「そんな年寄りの握った寿司など食べたくない」などと宣う。実に身も蓋も無い結論であった。

巨人はとうとう十三連敗。併し暴動はおろか、酷い野次や、ゴミの投げ入れとか、グランド乱入とかがないから不思議である。野球ファンは概して大人しくなった(阪神ですら)。暴れるような人はサッカー場に行っているのだろうか。


6/7・水

 関東まで入梅。と言っても比較的涼しい。嗅覚味覚共に回復途上。むしろ何だか昨日より却って調子が悪い感じ。午後出社。金参万円受け取る。雨雲が近いので退社後も其のまま帰ることにした。何処かで何かを食べようと思っていたが、決断できないまま最後の駅前商店街を通り過ぎる。するともうイオン系の「まいばすけっと」しかない。二日続けてコンビニ食となった。

 しかしより正確に記述をするとなれば、此の「まいばすけっと」と言う店は、コンビニとは全く違う。似て非なるものである。夜中は営業しないとか、傘や雑誌を売らない等等外見的な違いもあるにはあるが、もっと根本的な差異がある。そもそも売っているものが違う。自社のプライベートブランドか、ナショナルブランドの超定番商品のみ。其処にフェアーとかキャンペーンとか広告とか目新しさとか、そういう余計なものはない。何時でも同じ売り場、何時でも同じ商品(しかもどの店も全く同じ造り)。

 こういう店を前にすると、吾人は考え込んで仕舞う。資本主義市場経済というものは、僅かな差異を作り出し、そして売り込んで来た筈だと。例えばそれが食べ物ならば、「こんがり」とか、「さっくり」とか、「ぎっしり」とか、「おいしい」とか、そういう形容詞を商品に貼り付けることで、他社を出し抜き、多少なりとて売り込むことに懸命となって来たのである。併し「まいばすけっと」には、そういう差異がまるでない。店とか商品とかブランドとかにまとわりついていた魔術的な部分は全てを削ぎ落とされ、「必要」というものが、剥き出しのまま売り出されている(その分、安いことは安い)。

強いて言えば、ソ連の配給商店に近いかな。実際に見たことは無いけど。それにかの国では最後の方はスッカラカンだったけれど。恐らく、計画経済が最も巧く行った姿、つまり人人の需要に応じ最も適切に生産と輸送が行き届いた状態に近いのかもしれない。でもそれは、何だかとても寂しい姿である。必要だけが、必要な訳ではないからね。ひょっとしたら資本主義の行き着く先はソ連の配給所? いや、安さばかり追求していったら、何時か本当にそうなるかも。そして、商品の僅かな下らない差異を、何だか実に下らないなどと言っていられた頃が花だったのだと回顧するときが来るかもしれない。

帰宅後Nスぺの再放送を見る。「和食ふたりの神様・最後の約束」。二郎さんは九十一歳でも板場に立っておられる。吾人も授業くらいは立ってやらなくてはね、などと寝ながら見て思った。老家人ももう少し頑張らなくては。


6/6・火

 風邪の原因は身体の強張りにあるという。確かに此の所、不眠傾向であったし、お酒の方も味は兎も角、何だか胃が詰まって仕舞い、思ったように沢山飲めなかった。こういうのが前兆現象なのかなあ。

 ロンドンで再びのテロ。今回は自動車プラス刃物。どちらもありふれたものだから、テロを防ぐことはつくづく難しい。またイギリス首相は、テロ対策の不備を突かれて支持率も低下傾向とのこと。何でも内務大臣時代に警察官を二万人も削減したらしい。其れで警察力が弱体化して、監視捜査等が追いつかないのだという。緊縮財政と言うのは誠に凄まじい物があると思った。日本の政治家にはとてもじゃないができないな。まあ財政支出を余りに急に削減すると、社会の底が抜けたようになると言うから、最近は緊縮策と言うのは評判が悪いことは悪いが。

 何とか回復す。力が漲るという程ではないが、脳内オペレーターも復帰して来た模様。取り敢えず頭はすっきりと動く。朝から活動再開。まず方方の掃除と片づけ。続いて梅仕事。今年は裏年らしく、梅の実も小さい。三瓶で終了。夕方数日ぶりの入浴。もともと肌が弱いので普段は幾らも体を洗わない。たまにタオルで擦ると物凄い量の灰汁が出た。さっぱりした後は旨い物が食べたかったが、色色と疲れて仕舞い、本格的な買い物には行けなかった。結局コンビニメンチカツ焼き鳥

最近のコンビニはスーパーのお株を奪う勢いで惣菜類を揃えて来ている。詳しいことはわからないが、揚げる、焼く等の最終工程は店舗でやっているのだろう。となると、スーパーの方は鮨ぐらい自前で握らなくてはならないな。勿論魚ぐらい捌いて貰わなくてはね。また巨人が十一連敗もしてくれた御蔭で中日は四位に浮上。併し団体競技でもこういうことがあるのだね。指揮が悪いのか、士気が低いのか。


6/5・月

何とか熱も下がった感じ。鼻も止まった。痰を出す為の咳が少少。例によって虚脱状態といったところ。そろそろ梅の実も取らないといけないのだが、少し活動しただけで草臥れて仕舞う。とてもじゃないが一時間も電車に乗っては行けない。月曜臨時休講とす。以後昏昏と午睡す。夕方雷雨あり。飲酒も再開。麦酒を二缶から。

 衆参ともに決算委員会。政府は出鱈目な理屈を並べ立てでも文書の存在を認めない方針。また例によってA首相は、印象操作という四字熟語を多用して答弁しておられる。何とかの一つ覚えだな。暇に飽かせてテレビドラマも見た。まず「やすらぎの郷」。高齢者ばかりが出て来るというドラマである。時折、どぎついテレビ批判が出て来て面白い。老脚本家の回顧録のような作品である。日本で初めての年寄りを対象にしたドラマとのことで、評判も上上だそうである。でもお年寄りは買い物しないから、スポンサーが喜ぶかは不明。

ひよっこ」では、オリンピック不況を受け、ラジオ組み立て工場は倒産再就職が決まっていた石鹸工場からも入社を断られ、主人公は失業の危機に。此れは僅か数年後に再び起きることなのだろうか。公共放送は、人人から忘れ去られている此の不況を敢えて取り上げることで其れなりの警告を発しているのかもしれないと思った。

夜は「警視庁機動捜査隊216察廖I饌罎拙宅と同じ第三方面(目黒世田谷)なのでついつい見て仕舞った。併し沢口という女優もいい意味で変わったな。初期のか細いイメージから、今では闘う冷静な女である。芸能界で生き残るにはこれくらいでなくちゃね。


6/4・日

 未明に「プレコール持続性せき止めカプセル」という市販薬の残りを探り出して漸く投与す。余り効くとも思えないが、要は心の持ちようである。一日二回。一回一錠150円。乾坤一擲である。また家人は吾人が度度風邪を引くことに例によって立腹しているらしい。こういう時でも薬を探してもくれない。つくづくどうしようもない冷酷な親である。

 薬が多少利いたのかは知らないが、咳はやや収まる。続続と痰が出ることと喉の痛みと鼻は相変わらず。午後は三十七度五分。午前午後と呆然とす。自室でうんうん唸っていると、急ブレーキの音が。慌てて出て見ると、近くの四つ角でお爺さんの運転するタクシーが、更にお爺さんの運転する自転車を引きそうになったとのこと。どちらかが一時不停止なのだろうが、方向から見て悪いのは後者だろう。まあ何とかぎりぎり当たらなくて佳かった。昼は御粥。夜はコンビニ冷やし中華。治ると思ったが、案外治らない。ウイルスが強力なのか、此方が弱っているのか。


6/3・土

 朝方は大量の鼻水と寝汗。例によって夏風邪は発熱しているのか、部屋が暑いのか判別付かず。一日蟄居す。午後になればなるほど、寝れば寝るほど悪くなる。質の悪い咳も出始める。夕方三十七度三分。節節も相当痛い。

愈愈吾人もダウンして仕舞えば、稼動人口はゼロとなる。中華屋も蕎麦屋寿司屋もとっくの昔に廃業しているから、出前を頼めるものなどピザ以外にはない。病人に食える訳もない。止むを得ず、家人は痛みを堪えて買い物に行く。昼は肉まん、夜はコンビニ食。どちらも二三百メートル先の店である。すっかり油断をしていたが今回の風邪もかなりの規模である。本当によく風邪を引く。


6/2・金

 何だか小咳が出る。寝ても起きてもまだ眠い。午前午後と漫然とす。午後遅目に出社。抗ヒスタミンで頭がぼんやりするも、最後まで担当して退社す。こういう体調の日は頗る難しい。職場の近くで飲んでいると、うっかり人に誘われたり出会ったりして、我儘が通せなくなる恐れがある。かといって其のまま大人しく帰るほど具合が悪いわけではない。ということで、中間地点の祐天寺立ち飲みBに寄る。従業員は顔見知り程度だから、多少は構って貰えた。

すると若者集団が居て大声で騒いでいる。最近としては珍しい光景である。其の内に、煙草を振り回して灰を撒いたとかで、たまたま隣に座っていた女性陣が激昂するに至る。若い女はメニュー表を投げつけ声を張り上げ、抑える筈の年増の方も同調して声を荒げている。いやしかし此の二人組、よく怒るね。何だかにわかに店内は緊迫し、常連風を吹かしている吾人も帰るに帰れない雰囲気となる。

しかし不思議なもので激昂したらしたで、若者側が素直に折れ、何時の間にか何だか楽しそうに飲んでいる。酒は狂い水と同様、和解水でもある。まあ吾人もどちらかというと普段はあちら側の要員なのだが、今日は一人で飲んでいるから、こちら側でゆっくり観察させて貰えた。予定より三十分は余計に掛って帰宅す。帰宅後直ぐに就寝。


6/1・木

 未明に通り雨。水滴と共に冷気も降りて来て、少し涼しくなる。午後も一雨あった。夜はいい厚揚げを遠くのスーパまで買いに行き、麻婆豆腐。併し朝から晩まで異様に眠い。夜になり喉の痛みを覚える。どうも喉風邪の模様。鼻をやられ、次に喉をやられるという何時ものパターン。抗ヒスタミンを服用し、厚着をして早目に就寝。そういえば数日前、嫌な咳をしている人と出合ったが、咳の音は覚えているが、何処で出合ったのか思い出せず。

 それにしても、そもそもの政治主導というものは、決して悪くはない筈である。しかし同じ政治主導といっても、H首相が進めようとした基地移転に際してはあらゆる省庁のあらゆる官僚が寄って集って頑強に抵抗したのに対し、Aに対しては唯唯諾諾、それどころか言わずもがなの忖度理解で勝手に事を進めている。これぞ究極の政治主導、官邸優位である。つくづく、何かが何処かで引っ繰り返って仕舞った。悪夢のような政治主導である。

2017-06-08

2017年5月

08:06 |

5/31・水

 朝から大変に蒸し暑い。午後出社。退社後はNさんとS君と新しく出来た居酒屋に入店。立ち退き地域から移転して来た店である。店主はいい人そうだが、少し紫煙が濃いな。何しろ店主もその娘さんも、娘さんの旦那さんもぷかぷかぷかぷかやっているから。更に佐渡屋に行くと、本日が最終日と云う事で、もの凄い人の出。振る舞いの麦酒を一杯だけ頂いて帰った。此方の店も移転の目途は何とか立ちそうとのこと。こうして長い五月も終了す。


5/30・火

 昨日、此れまたAのオトモダチのYという人物に酷い目に遭わされたという女性が記者会見す。被害を訴え、捜査が進み、所轄警察署の捜査員が執行しようとした逮捕状が、警視庁幹部の指示で握り潰されたらしい。結局書類送検になったのだという(而も不起訴に)。いやしかし、こんな典型的なテレビドラマのような展開が今時あるのだね。ますます呆れる。それに何某スシローの他にも提灯持ちがこんなに沢山いるのだから、ますますますます呆れる。

 終日暑い。概ね蟄居。夕方になり、家人が病を押して買い物に行くというので介添えす。併し平均分速五十メートル程度では、イオン系の駄目スーパー以上には辿り着けず。併し駄目な店の中を何遍回っても、養殖ぶりの切り身や一丁百円の機械化豆腐程度の物しか置いておらず。此の時間があるのなら、吾人は急行自転車に乗り、もう少し遠くの、もう少し真面なスーパーまで買いに行けるのにと憤懣たる思いで付き添った。つくづく老人介護に必要なのは忍耐である。あと鈍感な味覚も。


5/29・月

 斜め向かいのマンションから住民が次次と引っ越している。何しろ借景としていた庭が無くなり、まるで巨大な鏡が置かれたかのように同じような建物が建つからね。あれじゃあ資産価値も下がるな。当然賃料も。またTVKのニュースによると、昨日の京急祭りの参加者は二万四千人で、過去最高だったそうである。どうりで混んでいる訳である。

 午前中は漫然とす。胃の調子は良くなったが、今度は腹具合がよくない。昼間に伯母と叔父が来たが対応できず。今日も非常に暑い。部屋に閉じ籠り、扇風機を点けていると、空気が攪拌されて埃の束が降って来る。するとくしゃみ止まらず。抗ヒスタミンを飲み、掃除機を掛けた。

極めて残念なことに五月は月曜日が五回もある。夕方千寿に向かう。直ぐに帰る。朝は冷凍うどん。昼は大手弁当チェーンが適当に作った食堂で「タルタルさくさくチキン南蛮定食」(値段の割に量が少ない)。夕方に小諸蕎麦。帰宅後にコンビニパスタ。ほぼ無酒。


5/28・日

 久久に金曜会の鉄道企画と云う事で、京浜急行鉄道祭りに行くことになった。朝の九時に横浜駅に集合。参加者は鶴木さん、柳さん、須々木さん。まず久里浜に向かうのだが、一般の行楽客と鉄道客が合流し、二扉の快速特急は怖ろしいほどの混雑となる。子どもたちは座席で燥いでいる一方、法事か何かに向かう九十近い婆さんがずっと立ちんぼ状態だったのは如何にも気の毒であった。それにしても18メートル車が八両で一時間に六本が横浜以南の基本輸送力である(他にも各駅停車等があるが短編成の上、短距離しか行かない)。東武小田急に比べると大分少ないな。快特は速いことは早いのだが、常時混んでいるという印象がある。久里浜に着くと此れまた凄い数の人が滞留している。無料の送迎バスに待って乗り、京急の整備工場に向かう。

 朝は曇って涼しかったが、気温上昇と共に雲が消え、かんかん照りに。以後目も眩むほどの紫外線が降り注ぐ。一応会場を一回りしたが、こりゃあたまらんと再びバスに乗り、適当な寿司屋に暫し避難。気を取り直し、ペリー上陸公園なんかも見学したが、暑くて暑くてそれどころでは無し。

 川崎まで戻り、焼き鳥チェーン店に入る。併し暑さと昼酒と人波に当たり、胃が停止状態。敢え無く途中退席となる。先週と同じパターンだが、違う点は今日は吾人が一番若いところ。併しおじさんたちは元気だな(その後、大井町立ち飲みBにも行ったそうである)。両家人用に崎陽軒で弁当を購入。歩く元気がないので祐天寺まで回り、バスで運んで貰った。結局這う這うの体で帰宅。六時半。直ぐに水分と胃薬を集中投入。もう秋になるまで外出は控えようと思った。


5/27・土

 朝から晴れた。腰痛についてネットで調べて欲しいと家人に懇願される。併し一一読み上げたり、プリントアウトしたりするのはつくづく面倒である。高齢者には本が一番である。併し地元の本屋は既に全滅。二キロほど離れた別の駅前商店街まで買いに出掛けた。二冊ほど買い与える。以後熱心に体操などをしていたが、概ね洗濯以外の家事は不能。結局稼働不能の高齢者が二名。買い物等の家事支援に回る。


5/26・金

 昨夕、件の前次官記者会見して、文書は全て本物だと述べていた。行政が歪められたとも。此の次官天下り問題の責任を取る形で、辞めさせられた人である。確か今年の通常国会、当初は天下り問題で明け暮れていたと記憶している。官邸から槍玉に挙げられたことに対しても、相当怒っているのだろう。併し長年の慣行が突如問題になること自体、今から思うと少し不自然であった。実は文科省官邸は相当対立していたのだろうと勘ぐる。そうなると、関連文書は綺麗さっぱり破棄しましたと宣い、官邸に唯唯諾諾になっている財務省の方が却って不思議に見える。増税計画を反故にされ、怒り心頭に発している筈と言うのが、大方の見方であるが。

 朝から雨。一時は結構降った。御昼には止む。以後曇り。家に居るとくしゃみが止まらないので、午後早目に出社。少し違う空気に触れようと、チラシを配って歩いた。早目の退社後は、「安安」で鶴木さんらと会う。久久に柳さん夫妻も来た。


5/25・木

 北千住の次の駅にある施設でD氏が死去。此の人の起こした事件を爆弾テロだと断じる人は正確性を欠いている。そういう間違った事を言う人は、まず松下竜一の『狼煙を見よ』を読むべきである。

前の事務次官がA新聞や週刊誌に出て来て、獣医学部新設に関する官邸のゴリ押しを証言。何せ大学だから、森より金額が一ケタ多い。Aも愈愈追い詰められるな。ところで此の次官さんは、新宿のへんな店に出入りしていたと、先日Y新聞に書かれたそうである。と言っても法に触れるようなことではなし。証言を無力化させようという、官邸からの差し金だな。つくづく酷い政権である。Aの広報紙と化したY新聞も。

 朝方は小雨。以後は曇り。さてさて飲んでばかりではいけない。偶には文教費も増やさなくてはならないと思い、渋谷へ参る。もうなくなって仕舞った東急プラザの裏の「博多天神」でラーメンを食べた後に、東急本店の大型書店に。流石に渋谷最大級。芥田先生の新著も三冊並べてあった。

併し本と言うのは結局買って仕舞うな。吾人にとっての本とは、様様な事物を教えてくれる教科書であり、分からなくなった時に直ぐに調べる辞書でもあり、傍線を付けたならばノートにもなりうる。だからついつい手元に置いておきたくなる。『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』『大航海時代の日本人奴隷』『村に火をつけ、白痴になれ』『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』を購入。どれも二千円以下の本だが。まあそれ以上の金額の本は気長に古本屋で探すことにしている。もう少し色色と見たかったが、本屋に着いた頃から腹具合が悪くなる。結局急いで引き返し、拙宅の便座に緊急着陸。晩のおかずも買って帰れなかった。


5/24・水

 例によって家人の腰痛は改善せず。痛みで死んだ人は居ないと吾人が言うと、もっと難しい病気を勝手に疑っているらしい。明言は避けるが、少なくとも漢字や横文字で十字程度のものである。併しよくもそんなことが心配できると呆れる。想像力の無駄いである。此れだから付き合い切れない。本当に神霊手術を受けさすか。

 多少曇ったが、今日も暑い。具合が悪いのは概ね此の陽気のせいである。午後出社。今年大学に入ったK君が来ていて、もう大学を辞めたいと宣う。まあ入りたくて入った学校と言う訳ではないから、そもそもの動機が足りないな。ならばまず形から入れと激励す。退社後は中華立ち飲みに。すると先日会ったNさんから佐渡屋に居ると連絡がある。急遽転進す。何となくいい雰囲気。今年は何かあるかもしれない。


5/23・火

 朝からずっと晴れ。家人は整形外科に行く。レントゲンを撮り、骨の曲がり方を解析し、対策としてストレッチ体操の方法を指南されたそうである。併し此の腰痛というものも近代医学では治らないものの代表選手である。

 いっそ東南アジア辺りで神霊手術でも受けさすかと思った。超能力者の指先一つで、どす黒い患部を摘出。以後ピンピンとする筈である。併し此の超民間療法も、吾人が小学生の時分までは、盛んに取り上げられていたものだが、最近は全く聞かない。それにしても、あの頃のテレビは実に楽しかった。大きくなったら川口浩氏の探検隊に馳せ参じたいと本気で思ったものである。(いや、本当の話しである。)

 北の皇帝ミサイル実験に成功し、破顔一笑、いやもっとだな、満面の笑みである。以後続続と実戦配備するのだという。いやしかし、あの顔は子どもの笑いである。真面な大人はどんなに酔っていてもあんなには笑えない。詰まり幼児性が抜けていないのだろう。世界中の困った顔と対比させたいと思った。困り顔のコンテストがあるのならば、吾人は直ちに立候補する積りである。朝夕の草取り以外無為。夕方は風が出て来て結構涼しい。今度はイギリスで爆弾テロ。


5/22・月

 М日新聞が天皇の御意向スクープしたそうだが、どうにも感心しない。何処から漏れたのかは分からないが、こういう形で報道合戦が進むと、結局何時の間にか天皇陛下の御威光に反した反しないという糾弾合戦に発展する。つまり戦前の二の舞である。せめて小さい囲み記事程度にしておくべきであると思った。併し今上天皇は、概ね右派とされる人人から見ると、必ずしも評判は芳しくないようである。謂わば支持層が逆転している格好である。其れ自体は結構なことではあるけれども、将来其の反対の事態が起こらないとも限らない。つくづく天皇制と言うものは取り扱い注意である。

 引き続いて暑い。外猫もぐったり気味。裏の三和土で伸びていたので、少し毛を梳いてやる。一方の家人は眩暈と腰痛で稼働不能。結局今日も買い物当番である。夕方千寿に出校。途中散髪す。暑さのせいか生徒も大して来ないので少し早目に退社。「大江戸」で軽く摘まんで帰った。


5/21・日

 朝から周辺のゴミ片づけ。コンビニで買ったような物がそのまま散乱している。酔っ払いが投げて行った模様。所謂サタデーナイトフィーバーである。おにぎりが三つと缶コーヒーとペットボトルの紅茶。脱いだと思われるシャツとスポーツクラブのスケジュール表。クリームサンドのような物だけは烏に荒らされていた。

 さてさて偶には変わったことをしようと思い、神宮球場へ参る。学生野球を観戦することにした。併しこうして六大学野球を見るのも初めてである。十時半開始の第一試合だから、モーニングゲームという感じ。当然モーニングビールである。而も今日は陽がかんかん照り。屋根付きの二階席に入って良かった。謂わばグリーン席である。

 月波君に加え、客野間君も遅れて参集。彼は現代政治に詳しいから、暫し政局談義となった。以下総括。民進党は誰が党首をやっても支持が集まらない。となると、自民党内の派閥の交代、詰まり疑似政権交代に期待するしかないが、余程の経済危機でも来ない限り、A政権支持率は高いまま。おまけに小選挙区制だから、党内で楯突く者もおらず。結局Aの春はまだまだ続くという、身も蓋もない結論しか得られず。それにしても一度の本番で懲りて疑似すら出来なくなるとは、日本国民は本当に意気地がないという話しになった(以上は下ネタ風総括)。

 ところで肝心の試合の方はと言うと、四対零でオレンジ大学の勝利。と言っても相手は日本で一番難しい大学だからね。其の後は、安い店を求めて彷徨す。名だたる大企業の本社ビル群を越え、青山の「直久」へ。炒飯をつまみに、麦酒日本酒を牛飲。更に「ライオン」にも行ったが、流石に幾らも飲めず。暑さとアルコールにやられて意識混濁す。四時には退席す。

 其のまま地下鉄に移るも、最早寝台車が必要な様相である。併し両家人用に晩のおかずを買わねばならないので、途中下車。相変わらず常に工事中の渋谷駅である。依然として何処か何処だか分からないまま、這う這うの体で弁当を二つ買って帰った。シャワー入浴後、六時から十時まで長大夕寝。やはり自室に勝るものは無し。此方は特等個室寝台である。


5/20・土

 勤めている会社がブラック企業ならば、辞めればいいじゃないなどと身も蓋も無いことを述べる人が居るが、そういう人は物事の本質を捉えていない。生活だとか収入だとか、経済的な心配もあるだろうが、それよりも、自分の勤め先がブラック企業であること、そして何よりも自分は就職活動に失敗して、ブラック企業にしか勤められなかったことを認めるのは、相当勇気のあることなのだと思う。そして余りに過酷な勤務は、人人からそういう自信や踏ん切りのような物を余計に奪って仕舞う。だから辛くてもますます辞められないのである。

 朝から牛丼Sへ。一日暑く、一日無為。夜になり、何となく『JR時刻表(三月号)』を捲っていたら、巻頭のさくいん地図から高速道路が消えていることに気が付く。張り巡らされた赤の二重線が無くなり、何だか随分とすっきりとしている。確か昨年まではあった筈だが。どんどんと延長されるので、書き足すのが面倒になったと見える。でも却って交通体系が分からなくなる。高速バスも貴重な足には違いない。それに今となってはバスでしか行けないような所もあるし。


5/19・金

 併し此のまま次次に嫁がれて仕舞っては皇族の方方も足りなくなるな。将来的には人手不足となり、宮中祭祀憲法に定められた国事行為を行うだけで手一杯となるかもしれない。まあ其れはそれで結構なことだろう。象徴としての務めと言うのは曖昧模糊としているから、やれなければやらないで済むことである。今上天皇は大変な人格者だが、将来右寄りな天皇が出て来られて、慰霊の旅と称して靖国神社護国神社でも回られたら、始末に負えないという一部識者の危惧も杞憂となる。従って、女性宮家設立など面倒なことも考えるべきではない。

 一日晴れ。午後出社。金参万円受け取る。金曜は低学年の授業ばかりで閉口す。高学年の授業がないので早目の退社。月波君が来たる。佐渡屋、中華立ち飲み立ち飲みBと連戦。鶴木さんや鰻犬先生などと合流するうち、結構な大所帯となる。Bでは新メニューだという鍋焼きうどんをついうっかり三つも頼んで辟易とす。併しもうじき夏だというので、なぜ熱い物が出て来るのだろう。


5/18・木

 ト大統領には次次と問題が発覚して、最早機能停止状態。もう持たないかもしれない。早いところ、平壌に乗り込んで欲しいものである。でも北は意地でも核開発は止めないとの見方も多い。すると逆転ホームランも打てないか。となると、北朝鮮を世界に冠たる一等国と見なし、国際社会に強制参加させるくらいしか、もう方法は無いのかもしれない。

 家人は痛みを堪えて鎌倉の伯母の家兼治療院へ。老家人に昼のうどんを食べさせた後、吾人は近所の店で麻婆飯。四川風とのことで想定以上に辛い。汗と涙が噴き出す。すると午後はかなりの雷雨となる。早速、樋の様子を見に行く。少少の大雨なら大丈夫だが、辺りが白く煙るほどの豪雨となると、やはり溢れて仕舞う。越水した時間は数分程度。一本の縦樋に集中するのであろう。また対策を考えなくては。


5/17・水

 A新聞によると愈愈二穴目、いや二杯目か、つまり森に続いて加計の方が露わになって来た。首相Aの関与を示す文書が文部省から出て来たのだという。世の中は皇室報道で浮かれているようだけど。ひょっとしたら、前者を薄めるために、後者を出したのかもしれない。

 ただ吾人としては、あんまりそういう陰謀めいた考え方は採用しないことにしている。なぜならどんな権力者であっても、世の中の細部まで把握することは困難であるからだ。予期せぬ事故や故障や自然災害や、思いもよらない誤解や勘違いに基づく意思の行き違い等等が発生して、当事者たちの意図せざる方向に事態が進むということは多多ある。陰謀も予定の一部だから、計画経済同様、大した成功を収めないものである。でも此の件に関しては、余りにタイミングが絶妙であると言わざるを得ない。退位の時もそうだったが、皇室報道に関してはNHKが独走している。此の辺も少少怪しいと思った。

 一日晴れ。午後出社。昼は昨日魚屋で買った蒲焼で巨大うな丼を食べた。当然上物ではなく、下の御飯を大増量したので、夜半まで腹は減らず。退社後は中華立ち飲みへ。S君とも会い、情報交換と情報共有を図る。作戦遂行の上ではくれぐれも勘違いや齟齬の無いように努めねばならない。帰り掛けに立ち飲みBとF蕎麦


5/16・火

 昨夜の事故は痴漢と疑われた人が逃げて線路に入り、電車に撥ねられたのだという。何というか、どういうか、要するに電車が混み過ぎていることに問題があるのである。詰まり、東京に人が集まり過ぎているのである。それにしても千寿も遠いが、青葉台も遠い。青葉台から千寿に毎日通うとなると気が遠くなるな。つくづく通勤など無駄な時間である。其れにそもそも満員電車ほど此の世に不快なものがあるだろうか。

 一日まあまあ晴れた。朝方は昨夜BSでやっていた映画『まあだだよ』を再見。初めて見たのは二十歳前後の頃だった筈である。あれから大変な歳月が過ぎ、また百寮萓犬虜酩覆某┐譴襪海箸發△辰燭ら、随分と印象が違って見えるものである。例えば、学生諸君のやや大袈裟な演技。当時は何だかわざとらしいと思ったものだが、吾人も芥田先生の前に立つとあんな感じになるな。師弟との間には、どうしても社会的な儀礼が入り込むものである。そういうことが分かる年齢になった手前、決して退屈な映画ではないと思った。(なお芥田先生には「方法としての忘却」という珠玉の百力世ある。『戦後精神の光芒』参照)

其の後は、信託銀行から還って来た相続関係書類を普通銀行の貸金庫に入れに行く。次に此の金庫を開けるのは何時だろう。それは、詰まり、・・・・ということである。クーポン券を使い五百円に割り引かれたラーメンを食べた後はずっと草木刈り。また家人の腰痛益益ひどく、買い物一切不能。冷蔵庫内はまるでソ連末期の食料品店のよう。弁当屋、スーパー、魚屋、唐揚げ屋を回り、中身をかき集めた。


5/15・月

 概ね曇り。夕方千寿に出校。何もいいことの無い一日だが、二週連続でとんかつを食べる気もしない。久久に「福しん」へ参る。炒飯と麦酒。此処の炒飯は安定して旨い。併し最近の此の日記も食べ物の記述ばかりだと思った。

 駅へ戻ると東急青葉台駅人身事故の模様。既に運転は再開されているというので半蔵門線直通に乗る。トンネルに入ると例によってグダグダ運転。一進一退、いや後退することは無いから、一進一停の繰り返しといったところ。結局三十分は余計に掛った。併し動きの良くない電車に乗っているというのも辛いものである。帰宅後は大至急風呂に入りたかったが、生憎家人が絶賛入浴中。而も今しがた入ったばかりだという。結局抑止三十分。風呂にも輸送指令が必要だと思った。吾人は大抵急行入浴、詰まり烏の行水である。


5/14・日

 朝から曇天。区のフードドライブに米を搬送す。一月に家電量販店から貰ったものだが、貰った時点で既に古米であった。何とか無駄にならずに佳かった。更に猫餌と両家人の弁当購入と、午前中から走り回る。昼はうどんチェーン店に参る。掛けうどんに竹輪天を付けたが、稲荷ずし等のサイドメニューが一つもない。何だか食べ足りないので総菜パンを買う。午後はずっと草取り。するともう蚊がいる。増やさない為にも風通しを良くしなければならないとますます思った。

 夕方になり月波君が来るというので、地元の駅で出迎える。以後適当な焼き鳥屋に入るも、月波君は何だか体調が不良そう。一時間半ほど飲んで敢え無くお開きとする。それにしてもまだ明るい時分である。すっかり上がる筈の梯子が無くなった。

 そこで持ち帰りのK鮨を買って帰ったが、ネタも舎利も元元は悪くはないのだろうが、両者とも既にカチンコチンで満足に食べられず。C鮨に比べて冷蔵温度が低すぎるのであろう。結局何貫かはコンポスト行きとなった。外食も中食も頗る難しい。例によって頓珍漢な一日であった。


5/13・土

 未明から雨降り。夕方まで降り続いた。雨樋は何とか良さそう。一切の外出は無し。冷凍食品と加工食品と買い置き食品で昼夕の二食。極めて無為


5/12・金

 今日も暑いが、少し草木刈り。今年は一回三十分、週四回はやらなくてはならないと目標を立てる。昼は初冷や素麺。午睡の後、出社。金曜はチラシ配りの日である。兎に角、体を使わなくてはね。少し早目の退社の後は、鶴木さんと佐渡屋へ。此処も立ち退き間近かだが、移転先は未定とのこと。再開発とは多くの人の生業を奪う事である。更に立ち中華へ。久久に天屋先生とも会う。暫し健康相談に乗って貰った。


5/11・木

 朝からかんかん照り。М家で朝定食。朝から盛り盛りと食べたが、暑くて草取りは不能。また家人は眩暈に腰痛で苦しんでいたが、とうとう風邪を引く。従って吾人が買い物当番。隣町に出来た何とか石井と言う高級スーパーへ参る。確かに色色と美味そうなものが並んでいて、御金が足りなくなりそうであった。買いたいものが何もない近所のスーパーとは随分違うと思った。暗くなって、いざ食べてみると、旨いことは旨いが、二倍も旨いわけではない。何処かの餃子ではないが、精精三割程度。二倍の御金を出しても二倍も旨くならないのが、食べ物の世界である。


5/10・水

 韓国大統領選挙も終わる。前任者の罷免から選挙戦へ。よく盛り上がると感心するような、呆れるような。少しは見習いたいな。A首相のY新聞拡張発言にも反発少なし。韓国フランスも民衆運動が政権を動かし、時に退陣に追い込んできたという歴史と伝統があるという。翻って・・・。

 未明からの雨は昼までしつこく残る。午後久久に本務校に出社。此の処の過眠と過食で頭もぼんやりす。金弐万円受け取る。退社後は立ち飲みBと中華立ち飲みを連戦。同年輩の飲み仲間であるS君とも久久に会う。二人で話していると知り合いという女性もやって来る。やはり、人には添うて見なくてはね。十二時頃帰宅。


5/9・火

 朝から診療所に。先月の血液検査の結果も何ら異常無し。益益頗る健康である。血圧の高さを重ねて指摘されるが、例によって逃げて帰る。

午後は発掘された防災食品の分別廃棄。昔ながらの乾パンや今時のアルファ化米など。少なくとも有効期限を数年は過ぎている。勿体ないけど仕方がない。渋渋口に運ぶような事態が来なかったことに取り敢えず感謝すべきである。それにしても家人は次から次へと買って来る。都市型社会は便利な反面、何かあったら始末に負えない。何しろ戦中派だから、そういう事態への恐れのような物があるのだろう。まあ、吾人とて同感であるがね。猫の毛が抜けるのか、雑草から花粉が出るのか、此の処アレルギー酷し。


5/8・月

 昨日以上の晴れ。フランス大統領選挙決選投票。極右政治家対グローバルエリートの闘いとなり、後者の勝利。併し関心は薄そう。まあ、政治や政治家に過剰に期待してもね。フランス人も随分大人しくなったな。

 何も面白いことの無いまま大型連休は終了す。午後中目黒経由で千寿に出校。何も面白いことにない日は「かつや」でロースカツ定食。前にも書いたが、揚げたてのとんかつというものは取り敢えずは旨い。自動で付いてくる豚汁も具沢山でよい。其の上安い。缶ビールを付けても千円と少し。そういえば、『気が付けばチェーン店でばかりでメシを食っている』なんて本もあったっけ。ところで店内には「恋するフォーチュンクッキー」のメロディーが流れる。併し仕事終わりの男の御客ばかりで恋占いも無いよな、などと思った。まあF蕎麦のように演歌を流されるよりいいか。


5/7・日

 一日晴れ。草取り程度の用の他は大体無為。先月芥田先生に出した礼状は、「早早」で締めくくったのだが、早早は正しくは草々なのだと今頃になって気が付く。此れだから慣れないことをするものではない。てっきり早早に失礼しますと云う事だと思っていた。併し、草々ってどういう意味だ?


5/6・土

 昨日は子どもの日と云う事もあり、子どもと教育を巡る記事が多かった。中でも気になったのは、「国際的に見て、日本の教育制度は優れている」と宣う人が居たこと。「公立校できちんと学習すれば学力はつきます」とも。そりゃあまあ学力は付くだろうが、満足度は低いだろうな(特に中学校)。其の証拠に、子ども自己肯定感先進国でも低い方である。国際テストではまあまあの成績が出ているらしいが(其れも何割かは学習塾の御蔭)、人格的には上手く育てられていない。そういう数値化されない部分こそ、教育に於いてはより重要なのである。まあ結局は先生が少ない、つまり予算の問題なのであろう。

 朝から草取り。昼は「王将」で餃子と炒飯(無酒)。ピーク時の焼き餃子は見込み生産制らしく、直ぐに出て来て助かった。こういう色色頼める中華屋さんで最も恐れなければならないこと、其れは即ち、真っ先に食べたい餃子が一番最後に出て来ることである(デザート餃子状態)。過去には餃子の順番を巡って事件も起きたというから、此の問題は切実である(通称、明石ラーメン餃子前後事件)。

 午後は初夏以上の気候となる。野球中継でも見ようと思ったが、中日は余りに不甲斐なく、とうとう六連敗。御蔭で午睡と草取りの時間が作れた。もう間もなく吾人の人生から野球というものが消えてなくなる予定である。家人の要請により、夜はスーパーの総菜を並べた。胃の調子が悪いせいか、何一つ及第せず。概ね三分の一が廃棄となる。そう言えば、昼の餃子も炒飯も今二つの味であった。


5/5・金

 宿酔は無く、朝からS家で牛丼ミニと豚汁。結構飲んでも大丈夫なのは、アルコールが良かった為だろうと思った。昨夜は赤霧島の一升瓶を空けた。

 終日晴れ。近所の店にお茶の葉を買いに行く。序に和菓子屋にも。柏餅一個200円。随分値上がりしたと思った。スーパーなどに並んだ自動化された商品ならば半額以下であろう。でもこういう季節物のお菓子はね・・・。商人道というものがあるなら、御客の道というものもある筈である。道を外れるのはくれぐれも宜しくない。夜はノンアルコールビール二缶。完全休肝


5/4・木

 昨日以上の晴れ。宿酔は無し。午前中は草取りを少し。F蕎麦で早昼。其の後、同じ世田谷の坪上君の家へ。妻子がいないというので所謂、宅飲み会。鷺乃間君と月波君も同席。三時ぐらいから延延と飲み始めた。件の『法学志林』も議論の対象となった。松圭先生は数百年あるいは千年と言う時間軸で都市型社会への移行を考えていた。其処に若干の退行や反動や行き違い等等があったとしても、此の流れは変えようがなく、だから少少細かいところを突っ込んでも、余り意味のある議論とは言えないとの結論に至る。

 途中例によって「吉田屋」へ。おじいさんたちとも暫し語った。三兄弟でやられているとのだという。男三人、仲がいいとは褒められるが、何十年もやっていると、色色と大変なこともあるというお話になった。更にもう一軒、古いラーメン屋に入る。名を「どさんこ大将」。味噌ラーメン500円。昭和後期の札幌味噌ラーメンブームを思い出させる店内は、当時で時が止まったかのよう。熊の彫り物も油と埃まみれ。同じ世田谷でも吾人の方とは大分違う。一世代前の世田谷が残っていて感心した。十二時頃、ふらふらになって帰宅。


5/3・水

 一日晴れ。折角なので何処かに出掛けなくてはならないと思った。最近行って無かった立川ストラスブールに行くことにした。大学が同窓の町山さんの店である。前回の訪問が2014年末だから、随分と不義理をして申し訳ない。

 まだ早いので、あちこちの本屋に寄り、高幡不動尊にお参りもす。併し目測を誤り、開店時刻(19時半)の大分手前に着いて仕舞う。止むを得ず駅前の「玉河」でひとり酒。開いた頃を見計らって漸く入店。併し贔屓のサッカーチームが勝利したとかで、ファンが押し寄せ店内は直ぐに満杯に。二年半で積もった話もしたかったが、そういう状況にはならなかった。店が繁盛しているのは結構なことだが、どうにも間が悪い。まあ細君も看板犬も元気そうで何よりである。近くの再訪を約束して店を出た。

 駅に戻ると特急が来るというので、贅沢して乗ることとす。「36号」と言うから、吾人も利用する最終あずさである。此れに乗るには伊那を19時に出て、岡谷に20時過ぎに居なくてはならないが、都心の繁華街だとまだまだ宵の口といった感じ。地方と東京では時間軸が違うからね。予め510円の特急券は買って入った。こういう時は検札が待ち遠しい。三鷹を過ぎた頃に漸くやって来たので、ほっとした。「安心して下さい。買ってますから」と言うと、若い車掌は少し笑ってくれた。


5/2・火

 昨日の雷で猫も寝不足と見え、誰も起こしに来ず。御蔭様で朝まで直通睡眠。終日快晴。さてさて本日から六連休である。普段から大して予定もない生活だが、今年は伊那にも行かないので尚一層予定がない。

 近所に本屋が無くなり悩んでいたところ、隣町には立派な大学があることを思い出した。大学ならば本屋があるだろう。究極の一手を思い付いたと我ながら感心しつつ自転車を走らせる。堂堂キャンパス内に入ると、案の定、絶賛休業中。奇策は実らず。

帰りは買い物序でにポテトチップスを探す。併しジャガイモ不足を受けてコンソメ味は売り切れ。K社もC社も傍流商品は後回しなのだろう。そんなに頻繁に食べるものではないが、ポテチを食うなら味はコンソメと決めている。実は売れ筋ではなかったのだと初めて知った。結局、本も食べ物も手に入らず。昨日からの悪い流れは変えられず。


5/1・月

 今年は二日ある谷間の平日。朝方は草取りと下水溝の点検。何とかの蓋を開けて見たら、何だか滞っていてぞっとする。多少の滞留ならば何れ決壊して自然と流れていくのだろうが、何だか心配なのでバケツの水で流し出した。午後は雷雨。今度は雨樋の目視。大丈夫そうな印象だが、大して降らなかったから、太鼓判を押すには至らず。此の処、排水恐怖症である。

 隣国では大統領選挙が近い。韓国社会も日本以上の格差に直面している。大企業と中小零細、正社員非正規雇用と言うのは御馴染みだが、無年金高齢者が大勢いるのが最近になって分かって来たのだという。年金制度の整備が遅く、成長期にもかかわらず大量の年金ロストジェネレーションが生まれたとのこと。結局、後発輸出国と言うのは安くするしかないから、何処かにしわ寄せが来る。謂わば内的植民地である。其処からの膨大な収奪が輸出産業を支えて来たのである。

 雨は止んだが、パッとしないまま千寿に出校。退社後は新装相成った寿司の「大江戸」に入る。差額皿制度は廃止され、全品150円に統一された模様。併し既に大半のネタが売り切れ。僅か五皿で終了す。どうにも鎮具破具な一日である。まあ御金を使わずに済んだと思えばいいか。帰宅後冷凍食品パスタ

2017-05-05

2017年4月

15:06 |

4/30・日

 昨日以上の好天となる。昼は二キロ離れた軽めの二郎系へ。わざわざ群馬から来た人が居て「こういうラーメンは地元では食べられない」と称賛していた。まあ確かに、豚骨ラーメンは「なんでんかんでん」が出来る前は都内では食べられなかったし(多分)、少し前まで豚骨醤油ラーメン横浜に食べに行ったものである。併し今では何処でも食べられる。北関東まで辿り着くのも時間の問題であろう。

 中日は多少盛り返して借金は五。最下位には違いないが圧倒的という訳でもなし。四位くらいにはなるかな。例のラジオ広報誌によると評論家の半分は中日を五位と予想している(残りは最下位)。


4/29・土

 土曜だが祝日である。御向かいの工事も無く頗る静か。世間的には今日から大型連休である。朝はコンビニのおにぎりを二個。お天気も佳く、「さあ何もしないぞ」という気になるな。併し本当に何もしない訳には行かず、エアコンの掃除と草取り。午後は野菜ジュースの大量廃棄。家人は健康に良さそうというものを色色と買い込んでは結局駄目にしてしまう。一部が凝固して仕舞い、缶を洗うのも一苦労であった。

 北の方では花火の実験。途中で失敗したそうだが、どういう訳だかメトロが臨時停止したという。地上区間が多い東西線なら兎も角、明らかに過剰反応だな。大体八月十五日だって汽車は走っていたのだし。


4/28・金

 終日晴れ。何だか宿酔気味。何とか収めて午後出社。チラシを配って歩いたが、宿酔明けの身には紫外線が堪えて何だかふらふらす。早目の退社後は鶴木さんらと「安安」で結局飲んだ。


4/27・木

 朝から曇り。ぼんやりしていると警察官がやって来る。てっきりまた振り込め詐欺の啓発だろうと思ったら、駐車場の車に別の車がぶつかったのだという。慌てて見に行くとナンバープレートが僅かに凹んだ程度。其れでも持ち主に連絡を取り、調書を作り、保険屋さんにうんぬんかんぬん。事故そのものより事故処理の方が事故のような物である。

 西も東も件の超豪華列車が走り出すよう。前にも書いたが、此の手の列車は贅沢の度が過ぎて、超高級旅館に偶偶車輪が付いたようなものである。併しJRはどういう積りなのだろう。旅行需要を喚起したいのだろうが、到底一般客が利用できる様な代物ではない(何しろ一編成の定員が数十人未満)。かといって他に乗れるような第二第三の列車も無い(特に西と東には)。超富裕層から二重三重に運賃料金を支払って頂いて、赤字ローカル線の足しにするという訳でもないだろう。

 吾人が唯一望む物は日常の中の贅沢である。例えば新幹線特急列車の座席をほんの少しだけ削ってビュッフェのよう物を作って貰えれば、多くの乗客に恩恵がある。謂わば贅沢設備の分割設置である。流れる車窓を眺めて麦酒を傾ける。立ち飲みブームだから儲かるだろう。昼はカレーライスかサンドウイッチでも出しておけばよい。兎に角、殺風景な時刻表にあのマーク(流石にワードにはないみたい)が灯るだけで、列車に乗って何処かに行って見ようという気になる。

 午後は晴れた。月波君が都心で飲みましようというので、のこのこと出掛ける。先ず新橋立ち飲みBへ。宮川店長も居たが、シフト表を前に浮かない表情。人手不足は相変わらずのようである。魔法のランプじゃないから、幾ら眺めても人は出て来ないな。混んで来たので、先日のちゃんぽんやへ。更にザギンのBに回航。ベトナムのDさんもいた。鯛焼きを買って来ては差し入れす。こうして飲み始めて数時間経った頃に、坪上君も漸く合流。更に新橋ビルの中華屋に腰を据える。すると見知らぬ二人組が入って来て、歌を歌わせて欲しいと宣う。何しろノーと言えない関東人なので「なごり雪」を歌って貰った。今時流しの歌唄いがいるとは思わなかった。一曲千円。都心に行くと色色とお金を巻き上げられる。十二時過ぎに帰宅。

 ところで月波君からは『法学志林』を受け取る。一昨年亡くなられた松圭先生の追悼号と云う事である。杉田先生の鋭い批評に暫し目を奪われる。併しまあ「アリストテレスは偉かったけれども量子力学を知らなかった点に限界があった」式の後知恵的議論と言う印象を拭えない。民主党政権にしろ、政治主導にしろ、兎にも角にも、一回やって見なければ分からなかったことばかりである(そしてより民主党的〞な存在としてのA政権!!という逆説が生まれたことも)。敢えて挑戦的な物言いをして問題提起をしたのだろう。

 一方細井保氏は、松圭先生と藤田省三先生を比較対照して、割と常識的な議論を展開させていた。学生時代にどちらのゼミにも参加したというから、松圭オプティミズムと藤田流ペシミズム、酸いも甘いも噛み分けた印象がある。


4/26・水

 復興担当大臣が辞任。数数の暴言だったが、昨夜のは一段と酷かった。併し碌な大臣が回って来ないな。復興庁には。

 早速芥田先生に礼状を書こうと思った。メールでは何なので葉書を購入。折角なので全部手で書こうと思った。五枚用意したので何枚でも書き直す所存だったが、一枚書き損じたところで敢え無く断念す。結局ワードで作成して葉書に印刷した。時候の挨拶の他には、吾人なりに纏めた節を一応付け加えておいた。以下参照。

・・・「大正知識人の「自我」の陥っていたこういうロマン主義化瓠Α嵌合理化」の諸相が」、「「社会」を実証的に対象化してゆく視点」との結合を妨げ、「また国家の権力的機構的側面についても考察を深められ」なかったので、「「昭和ファシズム的な」な思想状況への推移」を止めることが出来なかったのですね。煩悶と彷徨を繰り返した結果、結局天皇や民族といったものに帰依するというパターンは、現代にも見られます。大正知識人の思想を追うことは極めてアクチュアルな問題だと思いました。・・・

 先生は此の博士論文を四十年以上前に書かれたそうである。提出まで間がなく、清書の際には奥様や妹さん、御母堂まで手伝われたと「あとがき」にあった。ワープロの登場により文書作成の手間は二十分の一、更にパソコンとインターネットの普及により発信コストは百分の一になったことであろう。手書きだと僅か三百字程度でも難渋して仕舞う。結局葉書は三枚余った。

 終日概ね曇り。午後出社。大貧学院で久久に折込みチラシを出すということになり、大急ぎで文面の構成と校正を行う。A4片面モノクロ刷りなので造作もないことである。併し文字を書き過ぎた結果、よく入らない。ワードの行間調整機能を使って、よくよく一枚に押し込んだ。いやしかしつくづく便利な話しである。それに原稿を新聞販売店に直接持ち込むことで結構安く済むそうである。此れは「リソグラフ」の御蔭かな。退社後は祐天寺のBへ。随分と空いていたので、新店長の辺田君とよく話して機嫌佳く帰宅す。


4/25・火

 朝から何時もの親方と新しい屋根屋さんが参る。早速見て貰った所、横樋に這わせてあった防塵ネットのような物に堆積物があり、水路を狭くしているという。吾人もよろよろと梯子を半分だけ上って現認す。前回の屋根屋さんが狭い開口部を保護しようと思って取り付けたのだろう。数年以上も経つとゴミが乗って目詰まりする一方、劣化して其れ自身がゴミと化している。取り除いた上で、樋の清掃。作業は一時間半ほどで終了。何とかこれで大丈夫そうとのこと。次の雨が楽しみである。

 午後は『アフター・アース』というSF映画を見る。未知の惑星で少年が成長するという物語。ドラえもんひみつ道具張りの便利グッズも役に立たず、例によって肉弾戦に。併し惑星間救難信号が発せられないと言って困り果てる姿は、ケータイが繋がらないと何も出来ない現代人そのものであるな。とは言うものの最後まで見て仕舞った。吾人がラストまで見たということは及第点である。ちなみに其の惑星文明崩壊後の地球と云う設定らしい。ならば人類の成れの果ての姿も見てみたかった。

 併しあの少年ぐらい身のこなしが軽かったら、屋根くらいには簡単に上がれるだろうと思った。ちなみに同作品では、恐怖というものがテーマになっている(怪物は人の恐怖フェロモンを探知して襲って来るという仕掛け)。未来を思うから恐怖心が芽生える、今此の瞬間に心を集中しろと少年に親父さんは語り掛ける(何しろ本当の親子だそうですが)。なるほど、落ちるという将来を過剰に想像するから高所恐怖症が生まれるのだろう。でも今更・・・ね。

 其れにしても恐ろしいものは歳月を経るに従って随分と増えた気がする。飛行機に加え、健康診断テロ地震、無灯火逆走自転車デフレスパイラルハイパーインフレ年金制度、財政破綻確定申告及び相続税、上からも下からも水が溢れること、結局此のまま一人かもしれないという恐怖。さながら恐怖心恐怖症の様相である。もっと年を取れば変わるのかなあ。

飲酒も再開。飲んでいる時だけは恐怖を忘れる。酔うと時間軸が可笑しくなって現在進行形しかなくなるからであろう。従って二日酔い恐怖症というものは存在しない。


4/24・月

 世田谷区から高額療養費十二万円を払い戻すという通知が来る。申請から二か月は経ったが、有難い話しである。此れで万代伯母がらみの手続きは全て終了だな。次は何時だろうか。願い下げるという訳にも行かず。此れこそ人知を超えたものである。

 中目黒まで徒歩連絡の上、千寿に出校。退社後も小諸蕎麦の「二枚もり」のみ。昼は納豆ライスだったから、今日は休肝節食日である。半蔵門線直通で帰宅。ところで先週の東武のダイヤ改定では新型特急が走る一方、浅草直通の快速が廃止となる。オールクロスシート日光会津田島まで行ける、料金不要の乗り得な列車だったのだが。此れからは特急に乗りなさいと云う事なのだろう。早く行くか、座っていくか、どちらかでも所望するなら追加料金を払いなさいと言う風潮である。併し新たな設備や速度で走る列車は堂堂と新料金を請求すべきだし、乗客も支払うべきである。でも今まであった列車が無くなるのは隠れた値上げであるな。


4/23・日

 朝から綺麗に晴れた。家人と鎌倉に向かう。母方の親戚と昼食会。叔父叔母に伯母が二、いとこといとこの子どもが四。総勢十四人だった。官吏をしている健二君や、姉の亜紀さんとも会う。併しこうして会うのも久久である。恐らく十年ぶり。特に健二君などとはもっと教育談義をしたかったが、細君らと鎌倉見物をするというので、二時間ほど会食をして御仕舞。まあ今年は本省勤務だと云うから、また機会があるかもしれない。

 併しいとこと言うのも不思議である。親戚には違いないが、母方にしろ父方にしろ、共有する親族は半分ずつ違う。そういうずれは齢を追って大きくなるものである。従って幾ら年が近いいとこと言っても、付き合いがあるのは概ね中学に上がるまでぐらいであろう。以後次第に疎遠になるのが常だが、かといって他の多くの幼馴染のように音信不通になるという訳でもない。幼い頃の共有体験(旅行や法事など)も多いことだしね。ところでザギンアスターの五千円のコースだったと言うが、大して旨さを感じず。舌が肥えた? いや、人生に於いて感動が無くなったのだと思う。帰りの東横線では目が覚めたら代官山であった。渋谷経由で夕方前には帰宅。


4/22・土

 朝から曇り。八時にF蕎麦で朝食。以後ぼんやりとしていると『大正知識人の思想風景』が送られてくる。今月刊行される芥田先生の御本である。てっきり月波君が注文したのかと思ったが、よくよく見ると著者代送と書いてある。御大自ら送って下さったよう。くれぐれも大切に読まなくてはならないと思った。其れに礼状も書かなくてはね。早速少し読んだが内容は頗る濃い。ところで吾人はちゃんとした本を読むときは蛍光イエローのボールペンで傍線を付けながら読むことにしている。となると殆どイエローで埋まりそうである。

 少し遅れて老家人の誕生日を祝おうということになる。読書の合間合間に、碑文谷の「北浜」に小鯛と鰹刺しを、三丁目の肉屋に牛肉を買いに自転車を走らせた。まあ老家人は、九十云歳何が目出たいというような顔をしていた。ただ鯛は焼きが甘く、敢え無く焼き直しとなる。家庭用のグリルではよく焼けない。其れにそもそも焼き魚と言うのは、実は相当難しいのだろう。

夜は再びの雨。原因箇所を特定しようと直ちに出動す。あちこちの立樋に手を当てて聴いて見た。どうも一本が流れていない感じ。併し此れは19世紀的な触診だと思った。


4/21・金

 隣の建物は所有者が代わった。其の際に突如として現れたのが自動販売機である。新所有者が利殖の為に設置したのであろう。夜道を無駄に明るく照らすのは結構なことだが、例によって空き缶、空き瓶、空きペットボトルが散乱することとなる。一応回収箱はあるにはあるが、あっという間に満杯状態である。それでいてサービスマンは滅多にやって来ない。売り上げより、捨てられる量の方が余程多いのだろう(駅への動線上そうなるのかもしれない)。結局縁もゆかりも無い吾人が片づける結果となる。そう言えば斜向かいのマンションも同様である。此方には通いの管理人がいるようだが、販売機とは丸で無関係を装い、片づけようともしない。つくづくこういうものは何とかすべきである。昨日奪われたのは金塊の買取りがらみの御金だった模様。併し金の延べ棒に札束の山。脱税の臭いが充満している。事件捜査と並行して税務調査も必要である。

 午後出社。今日もチラシを持って少し歩いた。例によってバブル期並みにあちこち建て替え中なのだが、集合住宅の他には介護施設も続続と建っていることに気が付く。こうなると此の国の主要産業は老人介護である。最早。併しハコだけ作って、人(勿論従業員の方)は集まるのかね。

退社後は鶴木さんを探して中華立ち飲み立ち飲みBを連戦。週末と云う事もあってどちらの店も若い人が多かった。大方新入社員かな。就職状況は良かったのだろうが、社会全体に下降気流が吹いていることに変わりはない。離陸直後に墜落することに無いようにね。尤も吾人は離陸前に破壊されて仕舞ったようなものだけど。以後ずっと徒歩連絡である。


4/20・木

 今朝は猫と地震に起こされる。ところで米国大統領は生き生きとして、朝鮮危機を回避できると述べていた。出来ればそうありたいな。世論やマスコミ議会や予算や法や裁判所などなどに細細な対策と配慮が必要な内政なんかより、首脳同士の直談判で一気に事態が進展する外交交渉の方が、彼の性分には向いているのだろう。

 正直なところ、吾人とて荻生徂徠の言うところの「聖人の作為」に期待して仕舞う。勿論聖人とはト大統領である。但し誤解することのないように。大統領自身は道徳的には明らかな破綻者であることに間違い無い。此の場合の聖人とは、「道」を創り出すような大政治家のことである。政治家の個人的なモラルと政治的成果を切断することに徂徠の画期性があった。つまり「修身斉家治国平天下」を綺麗に分離したわけである。中でも、「修身」と最も千切れたところにあるのが「平天下」、即ち国際政治の舞台である。

 福岡の銀行で三億もの現金を下ろした人が襲われる。いやしかし、そんな大金どうする積りだったのだろう(恐らく税金対策)。現金はつくづく危ない。如何に安全とされている日本でも本当に危ない。最近のゼロ金利政策を受け、一億円くらいは軽く入るという大型の金庫も売れていると聞くが、よくよく考えてみるべきである。併し先進国でこれだけ現金が流通しているのは日本くらいのことらしい。将来的には国際標準に合わせ、現金取引も規制の対象になるだろうな。

 一日晴れ。大きな外出も無し。刺身がないので、余った半片をミケに出したところ、妙な歯応えに随分と驚いたようであった(噛みながら吐き出していたが結局食べた)。関東人でありながら、半片だけは吾人も苦手である。


4/19・水

 猫も嵐も来ず、久久に朝まで直通睡眠。今日は新聞回収日。新聞屋さんは自分で配った新聞紙の他、直接関係の無い古着の類も持って行く。そこで件の古着物も全て回収に出した。序に家作から出たファーストファッションなんかも出した。古着類は数袋で、トイレ紙ひと巻きと交換。どちらにしても茫茫燃やして仕舞うには忍びないことである。

 以後取り立ててすることも無いので、BS12でやっていた「美味しんぼ」(デジタルリマスター版)を見る。実に三十年近く前のアニメ作品である。例によって究極対至高の戦いを延延とやっている。併し今から見ると、会社の社長が壱億円をさっと寄付したり、幻の鯖を釣るために何日も会社を休んだりと、バブル景気満載だなと思った。

 ただ、『美味しんぼ』には、「食について語る権利があるのは、池波正太郎開高健といった知識も経験も豊富な名のある作家ぐらい」であった時代の、「男が生活の一部でしかない食事にこだわるのは、卑しくみっともないこととされていた」「タブーを破った」功績があるそうである。其の上、「マンガを読んだ若者たちが、登場人物の大仰な口調をおもしろがって真似し、蘊蓄を語る」だけでなく、「食品の危険性や偽装問題にも目を向けさせ」、食に関する「関心を底上げ」(以上阿古真理『昭和の洋食 平成のカフェ飯』)したのだとすると、十二分にエポックメーキングな作品だったのだろう。当時はまるで気が付かなかったけれど。

斯くして今や一億総グルメ評論家気取りである。但し所得と内需は下がり続けているから、評論対象はB級C級に限られるな。ところで海原雄山氏は今頃何才になっておられるのだろう。そろそろ老人施設に入られているのかな。さぞかし、「こんなもの(介護用流動食)が食えるか」と怒鳴り散らして、介護職員を困らせていることだろう。でも、此の『美味しんぼ』って、結局どうなったんだっけ?

終日安定した晴れ。午後出社。退社後は立ち飲みBに行くも誰とも行き合えず。帰り掛けにイオンミニスーパーに寄り、一玉百円のラーメンを買って茹でて食べて御仕舞にした。


4/18・火

 コンビニも無人レジを導入するらしい。何でも人手不足なのだという。いやしかし、此れは原因と結果を取り違えているな。人手が足りないのではない。そもそも店が多すぎるのである。それにしてもレジまで自動化されて仕舞っては、とうとう何にも喋らなくなるな。

 明け方まで大雨と大風。以後回復す。朝から方方の点検と清掃。例によって壊れた雨傘が転がっている。大抵は広げたままだからつくづく危ない。折れた部分を成るべく真っ直ぐにし、ビニールを柄に巻き付けて回収す。放り出して行く方も方だが、そもそもどうしてこんなに傘が沢山壊れるのかと言うと、其れは結局、矢鱈高い建物を作り過ぎたからである。壊れた傘は、突風を吹かせた当該建物にこそ叩きつけて来るべきだと思った。

 家人は再びの眩暈。結局買い物当番である。高齢者二人に、猫が三匹。一日三食家で食べるから、要求する物資も結構な量である。ネット通販は使わないし使えない。生協の宅配は週に一度は来るが、到底賄い切れず。それでいてあの商品は此処、其の食品はあそこと指定が厳しい。其れに少しは旨い物が食べたいし、不幸なことにどんどんと真面な小売店が無くなっているから、結局方方を自転車で走り回ることとなる。吾人がいなければ立派な買い物難民だな。


4/17・月

 朝は晴れたがだんだん曇る。午前の四時にシロに叩き起こされ、以後二度寝、三度寝と繰り返したが一向にすっきりせず。今夜から大雨だというので、雨樋の点検をしなくてはならない。やって来たのは以前施工して貰った塗装屋さん。高い所は平気なので早速屋根に登って見て貰ったが、よく分からないという。何でも開口部が非常に狭いので樋の中が見えないらしい。ならばゴミが詰まる可能性も低いか。

 万事すっきりしないまま千寿に出校。其のまま半蔵門線直通で帰宅。新型の電車だが、雨のせいで激しく空転す。何だか恐ろしいほど。こういう場合、モハとサハ、どちらが揺れるんだっけ。夜はコンビニ食。帰り掛けに軒を見上げたら、やっぱり漏れている。上に問題がないとしたら下かな。また設備屋さんに見て貰うしかなさそう。雨樋の打音検査をすれば原因箇所が分かるだろう。


4/16・日

 更に暖かく、初夏のような気候となる。買い物の他は、数キロ先に「とんこくラーメン」を食べに行ったのみ。

 夜はドラマ「小さな巨人」を見る。警察内部、特に本部と所轄警察署の相克を描く作品。本店(警視庁)と支店(所轄署)の不協和は「踊る大捜査線」以来、よく見られるテーマである(いやしかし、こういう対立が本当にあるかどうかは分からない)。全編を巡る異様な緊迫感が何だかわざとらしい。大袈裟な科白回しを見ていると丸で時代劇のよう。其れを少少コミカルに描いた「捜査線」はやはり革新的だったというべきである。併しTBSは昭和物が好きなのだろうな。銀行員の話しにしろ、自動車屋の話しにしろ。


4/15・土

 南風吹き荒れ更に暖かい。取り立てて無為。平壌で軍事パレード。音だけ聞いていると、運動会の入場行進を延延とやっているようなものである。そろそろ退場して欲しいと切に願う。併し皇帝は満面の笑み。目の前にいたら、いい加減にしろとど突いてやるな。


4/14・金

 朝方は宿酔気味。今日は一層暖かい。午後出社。少しまた歩く。併しまた続続と学習塾が出来ていて呆れる。此の一年で、少なくとも大手系が二つ、個人塾が一つ。どう考えて見ても儲かる筈がない。学習塾生産性が極めて低い業種だろうな。そもそもサービス業全般が過当競争である。なおフランチャイズ方式の物は一つが閉店していた。金参万円受け取る。退社後は中華立ち飲みに。節制して麦酒三杯で御仕舞。

 熊本地震から一年。未だ罹災証明の発行が終わらないのだという。下らない学校の認可と国有地の払い下げは超特急で進む一方、証明書一枚発券できない。此の国の御役所はつくづくどうかしている。


4/13・木

 一昨年過労自殺した女性社員の母親が当の会社で講演し、軍隊のような社風を改めて欲しいと述べたという。いやしかし、この電通と言う会社は、恐らく陸軍そのものだったのだろう。ルーツは戦前にあるし、「戦後きわめて多数の旧軍将校と旧満州国官僚を雇ったため、その本社が「第二満鉄ビル」として知られるようになった」(ジョン・ダワー『昭和』)そうである。

 そうなると戦後発祥の会社にはもう少しいい企業風土があるのかもしれない。併し官僚機構にしろ民間企業にしろ、戦前と戦後に否定しがたい連続性があることは、既に多くの識者が指摘する通りである。「戦後、あらゆる製造部門は、戦時中の発展に基礎を置くことによって離陸することが出来た」(同書)。奇跡のような高度成長然りである。未だ多くの企業が成長モデル(即ち戦時増産モデル)に縋りついているのだから、私たちの社会の一部分は未だ戦後にすら到達していないという事なのだろう。

 朝は晴れたが。結局曇る。結構寒い。大量のニンニクのせいか、幸いして風邪は引かず。但し臭気が酷く、家人には何を食べて来たのかと詰問された。日中無為。晩はスーパーで買って来た小鯛を焼いて食べた。焼き魚と言うのも子どもの時分には概して苦手だったが、こうして酒を飲むようになると頗る旨い。特に二本の箸で小骨を一本一本荒うようにして身を粉下げ、日本酒で流す。重ねて言うが、相当旨い。併し味覚と言うのも随分と変わるものである。


4/12・水

 昨日出掛けた際に見たのだが、家作の雨樋から水が溢れているよう。何処か詰まっているのだろう。早速何時もの親方に電話して、早早の点検を依頼した。勿論吾人が梯子くらい上ってもいいのだろうが、何しろ高い所も苦手である。そもそも吾人は世間一般で役に立ちそうなことは何一つも出来ない。釘一本打てないし、トタン板の一枚も動かせない。精精下らない理屈を捏ねるぐらいである。併し偶には雨の日にも見に行かなくてはね。

 朝からすっきり晴れた。午後出社。少しチラシを配って歩いたら、くしゃみが止まらない。つい油断してマスクをしてなかった。今季最大の被災となる。こうなると抗ヒスタミンも大して効かず。鼻を拭き拭き授業す。

 退社後は立ち飲みBに少し。夕方から寒気が入り異様に寒い。ついつい薄着をして来たので震えて帰る。北風が全身を通り抜け、何だか透明人間になったよう。堪らず碑文谷でこってりラーメン。J系という謎のラーメンだったが、どうやら二郎を真似た物らしい。ニンニク入りの小ラーメンを完食したが、それでも温まらず。また風邪を引いたのかもしれない。

 

4/11・火

 米国大統領支持率も回復し意気揚揚。いっそ其のまま平壌を電撃訪問して貰えないものか。ニクソンの再来だと喜ばれるぞ(彼も国内では不人気だったけど)。何しろ三日もあればできる。冷麺食って高粱焼酎で乾杯(彼は飲まないんだっけ)。核放棄を前提とした相互不可侵条約の紙切れ一枚で、朝鮮危機は全て解消である。巧く行けばノーベル賞ものである。

 朝からずっと冷たい雨。『血盟団事件』を読み返しながら、ケーブルテレビでやっていた映画「日本暗殺秘録」を見る。すると隣りの新住人から挨拶される。と言ってもやって来たのは若い秘書さん。何でも地方の会社が買い取り、社長の仮住まいにするのだと言う。投資目的も兼ねているのだろうが、今時景気のいい会社もあったものだと感心す(結構高そうな御菓子も貰った)。しかし、御向かいは大規模な建て替えで、御隣りは売却。それはつまり、例のカタカナ三文字しか思いつかぬ。

朝は茹で饂飩、昼は冷凍焼きそば。夜も冷蔵庫の在庫一掃セールの予定だったが、麻婆豆腐に使う葱がないのでコンビニまでは出掛けた。


4/10・月

 野党共闘に反対して某議員民進党を離脱。曰く「保守政治家として認められない」と。でもそもそも何で保守政治家民進党にいたのだろう。自民党に入れなかったからと言うのが主な理由だろうな。こういう輩はあと何人いるのか。この際、みんな出て行って貰った方がいい。

 朝から概ねうす曇り。今年度は月曜が千寿校に出校となった。まず中目黒まで歩き、桜を見物。併し出勤前では酒も飲めず。酒の無い花見など、花の無い花見のような物である。其のまま黙って日比谷線に。途中散髪す。平政君に丸投げしたので高校数学の担当は無し。ポンコツ先生は万事楽な方を目指す。併し此方も生徒は少ない。本務校に続いて千寿校も左前だな。

 退社後は久久に大橋方面へ。南口の自動化寿司に入る。此の時間帯は全て注文制なので、必死にタッチパネルを捲る。併し食べたかった鯵も鯛も鰯も鯖も悉く売り切れ。すっかり落胆す。すると売り切れた筈のネタがレーン上を行進している。注文品とのタグがついている。よくよく見ていると何遍も回ってくる。注文者はどうしたのだろう。注文したことを忘れたのか、注文したまま帰ったのか(後者ならば一種のテロ注文である)。御客に置き去りにされた数皿は、干からびながら同じところをぐるぐると回っていた。


4/9・日

 今日も午前中は小雨。午後も昨日以上にしつこく残る。結局夕方に買い物に出た程度。夜は魚屋の鰹のたたき。自家製なので旨かった。

 秋田に一編成だけ残してあった583系も引退。とうとう寝台には乗れなかった。吾人が学生の頃には夜行急行が残っており、確か「津軽」に充当されていた。座席でうとうとしながら、北を目指した覚えがある。北陸や東北辺りでも普通電車に改造された車両にもよく乗ったが、ついに寝台に体を横たえることはなかった。つくづく心残りである。昭和も国鉄もますます遠くなった。もう何処かに行って仕舞いたい気分である。


4/8・土

 どうにも隣りの御主人はとっくに転居していたことが判明。一階が自宅で二階三階は貸部屋と言う賃貸併用住宅だったが、恐らく丸ごと売って仕舞ったのだろう。併し丸で気が付かなかったし、何の挨拶もなかった。先代から顔が合えば挨拶程度はするくらいの仲だったが。まさかとは思うが、ローンが払えなかったとか。

 朝から小雨模様。一日遅れて「孤独のグルメ・シーズン6」を見る。相変わらず歩いて食べるだけの番組だが、見ていて飽きない。そう言えば一週間前、日本人の65%は日本社会に満足しているという内閣府の調査が公開されていた。てっきりエープリルフールの冗談ニュースの類だと思ったが、案外そうでもないのは、結局みんながみんな飲んで食べて嫌なことは其の日の内にすっかり忘れて仕舞うからだと思った。つくづく日本は食品産業の発展した国である。外食中食、和洋中華にエスニック、値段の高い安い、チェーン店から家族経営まで。懐と腹具合で如何様にも楽しめる。其れに飲食という行為は相手がなくても出来るからね。

 昼は伊那から持って帰った「高遠絵島八割蕎麦」で盛り蕎麦。乾麺ながら下手な手打ちよりよっぽど旨い。雨は午後までしつこく残った。暴食が祟り日中何度も上厠す。今年初めての草刈り。此方もシーズン開幕である。


4/7・金

 共謀罪が審議入りするらしい。法学部出身なのだが何しろ方角違いに歩いてきたので、余りコメントするほどの知識がない。ただ権力が一旦本気を出せば、立小便から自転車の無灯火運転、宿帳に書く年令を適当に誤魔化したことや、マイカー相乗り移動等等まで、あらゆる法令違反で検挙することが出来るという事だけを指摘しておく。

 米国大統領シリア空軍基地ミサイル攻撃す。戦術的にはやむを得ない判断であろう。併し前任者がとうとう踏み切れなかったことをあっさりやり遂げた。此の思いっ切りの良さが新大統領の真骨頂である。ただ同じことを朝鮮半島でやられると相当困る。

 朝から例の診療所に行く。例によってさして意味の無い問診をされて直ぐに帰る積りだったが、今日は血液まで取られた。何と2760円。元元健康な人を寄って集って不健康だということにして、御金を毟り取る。医療マフィアの成せる技である。

 午後徒歩出社。早早に退社し新橋へ。仲田大将の同郷人がちゃんぽん居酒屋を開店したというので表敬訪問。鶴木さん、須々木さん、月波君、鰻犬先生も参加。色色と酒とつまみを出して貰った。特にババロアみたいな豆腐が旨かった。あの辺の郷土食なのだという。二時間ほど飲んで立ち飲みBの銀座店へ移動。宮川店長とも久久に会ったが元気そうで何より。吾人は少しだけ中座して銀座界隈を一回りす。地元では丸で見ないような綺麗なホステスが闊歩しているあたり、夜のザギンというのは別世界だね(値段も一ケタ違うだろうが)。

おじさんたちと別れ、月波君と「博多風龍」というラーメン屋に。そんなこんなの銀ブラも大量飲酒で御仕舞。タクシーは空車の海が出来るほど余っていたが、地下鉄は余りに大勢の御客が押し寄せたのでかなり遅延していた。

 

4/6・木

 木曜不出社。南風強く非常に暖かい。偶には食べたことの無いような昼食を食べようと思った。併し地元には大小百もの店がある。散散逡巡した結果、評判の餃子専門店に初めて入る。小振りの焼き餃子が六個で290円。御飯にスープが付いても500円しないから安いと言えば安い。味は可もなく不可もなく。例によって餃子と言うものは最高値と最低値が余り離れていない食べ物である。そう言えば原日記には飯田橋の名店が度度出ていたが、未だに行ったことが無い。かの地では真っ先に居酒屋に行き、ついつい酒を飲んでしまう。酒さえあれば、肴は腐ったイカでいいというのが、大方の酒飲みの心情である。

 シリアでは再び化学兵器が使用されたよう。併しあのアサドと云う男だけは、目の前にいたらぶん殴ってやるな。


4/5・水

 御向かいの鉄骨の組み上げは終わったよう。三階だと思ったのは実は二階で、更に一階分継ぎ足された。すると結構高い。ところで御隣りのマンションの御主人は暫らく姿が見えない。郵便受けにはチラシ等が入り切らないので、少し片付けてやった。一か月ぐらい前の物からある。海外旅行にでも行ったのだろうか。何しろ男の一人暮らしだから少し心配である。

 朝から暖かい。午後出社。明日からの通常授業の時間割を決める。今年度は週三回の出勤となりそう。何しろ生徒も居ないし給料も払えないから。JRのダイヤ改定風に言うと、御客様の減少と講師の老朽化状況を鑑み、より適切な出勤回数に改めます、と言ったところ。退社後は鶴木さんらを探し出し、二時間ほど飲んで御仕舞。


4/4・火

 朝から牛丼のМ家で朝定食。牛丼屋で牛丼以外の物を食べるのも久久である。450円ながら小鉢も色色と付いてくる。鮭、納豆、漬物、海苔。お得と言えばとお得である(但し塩分が濃い)。併し此れを家庭でやれと言われても無理だな。パン食と朝食抜きが進む筈である。片づけ易いように、皿は重ね、容器殻等は纏めておいた。

 漸く暖かくなり桜も急激に咲く。火曜不出社なので周辺をウロウロとしたのみ。ところでプロ野球も始まっているが、中日ドラコンズは敢え無く開幕四連敗。今年の監督は大学出の人格者らしいが、何しろ戦力がね。併しこんなに弱くして仕舞って、球団首脳陣は一体どうするつもりなのだろう。まあ新聞も斜陽産業だからな。もう本当に御金がないのかもしれない。併し同じ新聞でも読売の方はまだまだ元気そう。あちらは副業が沢山あるんだろうな。


4/3・月

 結局かなりの宿酔となる。七転八倒ほどではないが二転三転程度とはなる。何とか収めて御昼に出社。夕方にはラーメンが入った。金参万円受け取る。通り雨あり。退社後も其のまま帰宅。早速二日分の日記を認ためる。入浴後もノンアルコールビールのみ。昨夜も最後は此れにすべきであった。結局白ワインに止めを刺された格好である。


4/2・日

 朝から鎌倉に参る。というのも年の離れた従兄が整体治療院を開業している。今までは何となく足を向けることはなかった。何しろ自らの経年劣化を認めるようなものだからね。併し肩は勿論、膝も痛いし、腰も痛い(後者は数年前の雪掻き以来のことである)。須見伯母の強い指示の下、行って見ることにした。序に月波君も同行す。併し鎌倉の伯父さんの家に行くのも久久である。結構周りの家が建て替わっており結構驚く。ただ伯父さんも益益頭が弱って仕舞っている。現在要介護四だそうである。

 施術は一時間ほどで終了。其の後従兄に行きつけの日本料理屋に案内される。結局三人で昼酒。支払った施術代は粗方飲食代に消えて仕舞った。何だか申し訳ないけど、まあ年が離れた従兄だからね。従兄とは此処で別れ、月波君と帰京。確かに肩は軽くなっている。膝も腰もまあまあ良い。生まれ変わってピカピカの新造船のようにはならないけれど、効果はあることはあるな。

 横浜東横線に乗り換え。まず祐天寺立ち飲みBで座って飲む。更にバスで移動。吾人は途中下車し、スーパーで買った刺身と弁当を両家人と猫に届ける。再び月波君と合流して、パスタ屋で締めの飲酒。八時就寝。


4/1・土 

 午前中まで小雨が残る。朝からF蕎麦に。朝の内から蕎麦が食べたくなるぐらいの酒量が適量である。体重がまた増えそうなので昼過ぎから歩く。何しろ飲んで食べることぐらいしか楽しみがないからな。日本全国のエンゲル係数も増加傾向だという。

近所の大公園では雨にも負けず花見をやっていた。併し今年はまだまだ咲いていない。それに桜の木自体が大分減って仕舞った感じである。桜も高齢化が進んでいるとは聞いた話である。午後は漫然としていたので買い物に行かなかった。従って晩の食卓に刺身は無し。何時も強請りに来るシロとミケに「今日は無いよ」と伝えると、「なあんだ」と云う顔をしていた。

 JRの発足から今日で三十年。本州三社と三島会社の格差は益益開く。そう言えば、数日前にBS-TBSで「世界に誇る夢の超特急新幹線開発物語」というのをやっていた。上條恒彦扮する十河国鉄総裁は、東海道新幹線の黒字を以て、北海道九州の赤字路線を支えますと豪語していたな。リニア新新幹線の建設と右翼国家の設立に心血を注いでいる東海の名誉会長に是非とも聞かせたい言葉である。ああいう自称愛国者どもは、故国の国土と鉄路が荒れ果てても一向に構わないのだろう。

 いやしかし、東海と言う会社自体が実に不思議な存在である。本州が西と東に分割されるのは致し方無しとしても(電電公社はそうなった)、そんな中に割って入って、超ドル箱新幹線を分捕って大儲かりしている(おまけに英語名がセントラル。其れに何しろローカル線飯田線高山線紀勢線ぐらい)。こういう会社は再度分割して、四国九州北海道と、序に沖縄モノレールの面倒も見させるべきである。